10・クラスで黄色い歓声を浴びた
翌日。
「髪型、笑われないだろうか……」
教室に入る前に立ち止まる。
昨日、北沢に連れられて美容院に行ったが、クラスメイトから変な目で見られないだろうか?
切った当初はカッコいいと思っていたが、何度も見ていると自分ではよく分からなくなった。
「……まあ、もう引き戻せないし……勇気を出して入るか!」
勢いよく教室の扉を開ける。
すると。
「きゃーーーーーー!」
ひ、悲鳴!?
やっぱりおかしかったのか?
一瞬そう思ったが、よくよく周囲を観察しているとそうではないことがすぐに分かった。
「え、だ、誰!? 男性アイドルなんてこのクラスにいたっけ?」
「めっちゃカッコいいじゃん! どこかで見たことあるような……」
「わ、私……勇気を出して声かけてみるね」
どうやら悲鳴ではなく、黄色い歓声だったようだ。
その中の一人の女子が立ち上がり、恐る恐る俺のところまで近付いてきた。
「えーっと……男性アイドルの方ですか? もしかしてなにかのイベントでこられたんですか? それともテレビのドッキリ企画とか……あっ、それだったら喋りかけなかった方がよかったでしょうか」
「い、いや。牧田だけど」
「牧田……君……?」
女子が顔を接近させる。
うっ、シャンプーの良い香りが……どうして女の子というのは、こんなに良い匂いがするんだろう。
やがて女子達は俺のことが分かったのか、
「あっ……ほんとだ。牧田君だ!」
「元々可愛い顔しているなって私、注目してたんだけど……まさか髪を切るだけでこんなに変わるなんてね」
「注目してたのは私も一緒だよ! ってか私が最初なんだからねっ」
「前髪のせいでよく分からなかったけど、こんなにカッコよかったなんて!」
注目してた? なんのことだ?
疑問に思うのもつかのま、次から次へと女子達が俺に雪崩れ込んできた。
「牧田君! 髪切ったんだね!」
「あ、ああ……変か?」
「変じゃないよ! カッコよすぎて誰なのかよく分からなかった」
「髪を切っただけで大袈裟だなあ」
「大袈裟じゃないよ! ……もしよかったらトークアプリのID教えてくれませんか!」
その中の一人が意を決したように、頼んできた。
だが。
「……ダメだよ。だって牧田君、彼女持ちなんだもん」
友達らしき女子がIDを尋ねてきた女子をそう窘める。
「あっ、そっか……確か一年生の可愛らしい彼女さんがいたよね」
「一年生……ああ、朱里のことか。朱里だったら別に彼女でもないぞ」
「え!?」
「そもそも最初から付き合っていない。あいつとは幼馴染なんだ。そのせいでよく一緒にいたんだが……」
北沢にもした説明をもう一度言う。何度も説明していたら、いい加減慣れてきたな。
「そ、そうなんだ……! だったらID、教えて!」
「もちろんだ。俺のIDでよかったらな」
「やった!」
「ちょっとずるいわよ〜。私も牧田君のID知りたーい!」
「私も私も!」
「わ、分かったから! 順番に……」
スマホを出して、女子達とIDを交換していった。
そのおかげでトークアプリのID一覧には女子達の名前がずらりと並んだ。みんな可愛らしいID名である。
ま、まさか一日でこんなに増えるとは……!
今まで朱里しか登録していなかったのに……。
「どうしたの、牧田君。手が震えてるよ?」
心配してくれているのだろうか、女子の一人がぴたっと俺の手に触れた。
「な、なんでもない……! ちょっと寒いだけだから」
「ふうん? もう五月なのにね。でも寒がりな牧田君もなんだか可愛い!」
なんか今の俺だったらなにをしても、女子達は好意的に取ってくれそうだな。
ゲームでバフがかかってストーリーをサクサク進めるキャラを作成したことがあるが……まさに、そんなキャラになりきったみたいだ。
やがてトークアプリのIDを交換し終わって、場が落ち着く。
俺は女子と別れて、自分の席に座った。
ぴろん。
その瞬間、スマホに通知がきた。
しかしそれは一度だけではない。
ぴろん、ぴろん、ぴろん、ぴろん。
ス、スマホがバグったのか!?
そう思ってしまう程に何通もトークアプリの通知がきたのであった。
『牧田君のIDで合ってるー?』
『アイコン、センスいいね』
『これからもよろしくね!』
というようなメッセージが山ほど。
こんなにすぐにメッセージがくるとは……周囲を見ていると、ちらちらと女子達の視線が俺に向いているのが分かった。
まるでジャングルの中に放り込まれたシマウマの気分である。
あたふたしていると、
「優」
北沢が話しかけてきた。
どうやら今登校してきたみたいだ。
「北沢のおかげだよ」
「なにがだ?」
「髪を切っただけで女子達からIDを交換してって頼まれた。まさかここまで効果があるとは……」
「なんだ、そんなことか。こうなることは分かっていたぞ。優は元々カッコいいんだ。後は自信を持つことだな」
「かもな」
そう思えば、今まで俺が朱里から言われていたことは全て間違っていたことになる。分かっていたことだが、改めて再確認する。
何度も「ブサイクだから、せめて前髪で目だけは隠せ」と言われていたからな……他の女子と目を合わせるな、なんて言われていたし。
「…………」
「ん? どうした、北沢。なにか言いたそうだが……」
両足をもじもじする北沢。
右手にはスマホが持たれている。
だが、やがて。
「ゆ、優! 私ともトークアプリのIDを交換しないか? まだしてなかっただろう?」
「ああ……そういえばそうだったな。もちろんだ。本来なら世話になっているし、俺の方から言い出さないといけなかったのにすまん」
「謝らなくてもいいぞ! 私もアプリで優にメッセージを送るからな!」
そう言って、照れ臭そうにスマホを突き出す北沢は、なんとも可愛らしかった。
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