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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第36話 リチウム

「時間だョ! 全員出動!」


 全員集合を掛けられた約五十人の怪獣軍団は、珍しく出動前に現れたウラオビに戸惑った。大体いつも経修郎から集合命令と出動命令を受け、ウラオビの遠隔ポータルで現地に運ばれる。それが終わったらウラオビと沈花がやってきて治してくれる。そのはずなのに今日は最初からウラオビがいる。しかも沈花がいない。沈花がいないことにガッカリを抱きつつ、怪獣軍団はウラオビの笑みに含まれた感情を探る。もちろん職場に集合しているのだからスマホはすぐに覗けない。札幌で沈花とメッセが戦っていることなんて知らないし、そもそもウラオビと沈花が袂を分けたことも知らないのだ。


「全員出動って、いよいよ決着ですか?」


「いい質問だねカブロン。まだだ。第三段階だよこれは。君たちは今までさんざん沈花に助けられてきただろう? 沈花を助ける時だ」


 沈花を助ける。その一言で怪獣軍団の意気が高揚する。相手は誰だ!? メッセか、レイか、ジェイドか! 五十人でヨシツネ式フォーメーションを使用すればひょっとするぞ! インチキの人たらしウラオビ。天然の人たらし沈花。二つのモチベーションで怪獣軍団が気持ちが固まった。


「カブロン! 君にゆかりのある場所は?」


「え、なんです藪から棒に」


「君はいつも積極的に返事や発言をしてくれるよね。その御褒美だ。君の出身地、学校のあった場所、職場のあった場所、家族のいる場所。教えてよ」


「出身は東京の亀戸。学校も家族も亀戸です。職場は錦糸町」


「では亀戸と錦糸町以外のどこでもいい。大暴れして、街を潰してくれ。人を殺してもいい。物を奪い、悪の限りを尽くすんだ。警官もブッ倒してくれ。ジェイドやアッシュが来て危ない場面になったら経修郎が助ける。善悪や理性のタガを外し、君たちは怪獣になるんだ。そうだね。じゃあ渋谷にしよう。僕がジェイドに振られた傷心の地さ」


 ウラオビの話にウソはない。

 怪獣軍団の蜂起が沈花を助ける。本当だ。

 怪獣軍団を止めるためにジェイド、アッシュ、レイが来たら経修郎が助ける。これも本当だ。


「さぁ、沈花のために!」


「ヒール・ジェイドさんのために!」


 ウラオビのポータルで事務所にいた怪獣軍団は全員がセンター街に転送され、経修郎のみが渋谷ヒカリエの屋上で全容を俯瞰する。怪獣軍団に登録されている怪獣の数は五十人ピッタリ。しかしセンター街には四十九人しかいない。たった一人の欠員は、あのテンカウントだ。

 ではテンカウントはどこにいるのだろうか?




 〇




「ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!」


 テンカウントは山小屋でタオルを噛み、汗と涙を散らして痙攣していた。ぼろい椅子に縛り付けられ、既に右目は腫れて開かなくなっている。火傷した両肩に乗せられているのは、青いブルゾンから伸びる手だ。


「グフッ、フゥッ……」


 口から強引にタオルを引っこ抜かれ、テンカウントは荒い呼吸を繰り返す。電撃による拷問が止んだので舌を噛む危険性も薄れ、質問に答えろと言うことだ。


「ウラオビはどこにいる?」


「死ねアッシュ……」


「セアッ!」


 横っ面にパンチ一閃! 奥歯がメリリと歯茎の神経と肉から断絶されていく。


「こういう仕置きは映画の中だけの作り事と思ったら大間違いだぞ。もう一度訊く。一度に全部答えなかったらまたさっきの続きだ。一つ。ウラオビはどこにいる? 二つ。鼎をやったのはウラオビか? 三つ。ウラオビは何をしようとしている?」


「ぽこちーん」


 フジのカラスのような漆黒の目に怒りが燈る。唾液と胃液にまみれたタオルを乱暴な手つきで再び下っ端怪獣の口に突っ込み、両肩に手を乗せて電撃を送りこんで悶絶させる。さっきより電圧が上がっている。常人なら心臓が破裂してしまうほどの電圧だが、中途半端に強化されたテンカウントは気絶も出来ない。テンカウントはなんとか頷いた。それを認めたフジが拷問を辞めてタオルを外してやる。


「ハァ、わかった……言う……」


「三つとも答えろ」


「一つ。お前の彼女は厚着の冬服の上からでもわかるほど巨乳で美乳。二つ。お前の彼女をマワしたがってるやつはいっぱいいた。三つ。お前の彼女がウラオビさんに襲われた後、どう扱われたかは知らねぇ」


「わかった。理由と方法の詳細は省くがお前はこれから死ぬ」


 突如、フジの背後に強い存在感と熱気が発生した。その源をテンカウントは直視している。その目に映っているのは希望か、それともこれ以上の絶望か。


「やめなさいフジ。そんなやつでも命よ」


「このオネエが。お前さんだけは特別だって信じたかった」


 山小屋に現れたのは紅錦鳳落だ。転送者は狐燐であるが、彼女は札幌で沈花のセコンドについているため正確にアッシュとテンカウントの座標を正確につかめず、転送位置がずれてテンカウントへの拷問を許してしまったのだ。


「アタシの知っていることを話すわ。まず、鼎ちゃんはインターンで来ている間は何も悪いことはされていない。アタシと狐燐と沈花が保証する」


「そのお前さんらをもう信用出来ねぇって言ってるんだ」


「次に、鼎ちゃんをやったのはウラオビか経修郎のどっちかよ。おそらくウラオビ。それから、鼎ちゃんが気絶した瞬間は狐燐が目撃していて、それからは狐燐、アタシ、沈花の誰かが見守って、そのままジェイドに託したわ。最後にウラオビの居場所はわからない。アタシたちも探しているけど、ウラオビは常にポータルで移動している。でもウラオビはマインと違って異次元チャンネルの設置は出来ないからジェイドや狐燐でアクセス出来る場所にいるはず」


「わからねぇやつだな。だ、か、ら、そのお前さんらをもう信用出来ねぇからこの雑魚を拷問してるんだろうが!」


「それは拷問ではないわ。八つ当たりよ」


「この期に及んでまた説教か? お節介も大概にしろ」


「もうジェイドからあらましは聞いているんでしょう? もう答えは得られているのに気が済まないから誰かを傷つけずにはいられない。それではウラオビと同じよ。……アタシにしなさい」


「あぁん?」


「アタシと戦いましょう、フジ・カケル。アタシはそいつよりも責任がある。アナタとの因縁もね。アタシには、鼎ちゃんのことでアナタから復讐を受ける義務がある」


「御大層なことを言いやがって。罪悪感だろう?」


「アタシの宣戦布告の理由を罪悪感だと言ってくれるのなら、少しは信じてくれているということね」


「その宣戦布告を受け入れることこそ、まだ戦い以外で殺しを出来ない俺の覚悟の甘さ、そして敵からぶら下がる都合のいい真実をついばむカラスの卑しさだ」


「ぬばたまの心ね。カラスはカラスで美しい生き物よ。ドブネズミだって美しい。そうなりたいって歌だってある。真っ黒は鏡には映らない。鏡には映らない、美しさがあるから……。いいじゃない、カラスと鳳凰が戦うなんて」


「……付き合ってやるよ、その八つ当たり。お前さんもウラオビを止められなかった罪悪感からの八つ当たりを俺にしようってハラだろう? ただし今は無理だ。それからこの雑巾は持ち帰れ。勝負は、鼎が目覚め次第行う。それでいいか?」


「ええ。……。強くなりなさい、フジ・カケル。アタシたちはもう戻れないから……。今のままじゃアナタとアタシ、どっこいどっこいよ。今のアタシもベストコンディションじゃない。そうね、鼎ちゃんが目覚めてからってのは賛成。でもこっちの負い目が少なくなるほど……。罪悪感が薄まれば思い切りがよくなって拳が軽くなる。アタシを超えて強くなりなさい、フジ・カケル。そしてウラオビ・J・タクユキを倒し、英雄になりなさい」


「聞き飽きた。ガッカリだ。お前さんまで英雄の誕生は他力本願か」


「いいえ、アタシや世間のためじゃない。鼎ちゃんの英雄に」


「あぁあぁわかったわかった。あんたが善人なのは十分すぎるほどにわかってる。俺がそれに猜疑心を向けて、偽善に見えるようになっちまう前に、今は一度消えろ」




 〇




「メラァッ!」


 尻尾の先端を札幌テレビ塔に突き刺して蓮を広げ、振り子の要領で体をスイングさせてドロップキック! ヒール・ジェイドを蹴り飛ばしたメッセは慣性の法則に従って宙へ飛び出し、デパートの屋上に着地して尻尾の先端をヒール・ジェイドに向けてから体勢を整える。ガリガリのメッセの体なら窓ガラスと垂れ幕を振動させるだけで済む。ビルは無事だ。


「メラ!」


「チエエ!?」


 すかさずエレジーナ電磁流で追撃! 黒いボディのヒール・ジェイドではわかりづらいが既に痛々しい火傷がいくつも刻まれている。それ以上に札幌テレビ塔を中心に放射状に広がる破壊の跡、遠くにいくほど浅く長い。沈花の人差し指がメッセを捉えるより早く電后怪獣の王女は建物の陰に隠れる。大雑把に放たれたケイオシウム光線とほぼ同じタイミングで尻尾が他のビルへと突き刺さって花弁をアンカーに、尻尾の伸縮で空から降る雪を横から体の側面で受ける。沈花の視線が追い付くと能面はもう真っすぐに自分を見据えていた。


「メラァッ!」


 電磁流! からのハイキック! 巨大化した状態での戦いのシミュレーションでは、ここまで立体的な戦闘スタイルは想定していなかった。アッシュとの戦いでは建物や鉄道を凶器に使われたが、地形としての利用、そして尻尾を使った素早い立体機動の動きは全く次の動きが想像出来ない。メッセの足が地についた。尻尾も何にも刺さっていない。今なら読める! 右!


「ケイオシウム光線!」


 読み通り、時計回りでメッセが走り、その足跡のようにケイオシウム光線の爆炎がなぞる。何も考えず本能だけでメッセを追った指先の軌道の顕現である炎は、徐々に沈花に近づいてきている。


「メラァァァッ!!」


 超俊足で死角に入って飛び膝蹴り! 動きの予想は出来ても対応不可能な速度だ。蹴りの着弾点である頬、肉に守られた歯、頭を支える首の骨、厚い骨に覆われたあまり性能のよくない脳に衝撃が走り、その残響として激痛が残る。色違いと言えど、“ジェイド”がここまでに被弾し、満身創痍になった姿なんてアッシュやレイでも見たことがない。

 街を壊すしかない。メッセは札幌テレビ塔をメインに、建物に尻尾を打ち込むことでそれを伸縮させてスイングし、このアッシュ以上に軽快で不規則な動きを実現している。ならば札幌を更地にしてそういった動きの軸になる建造物をなくすしかない。しかし……沈花の指先はメッセのいない建物に向けられない。

 仰向けに倒れて逡巡するヒール・ジェイドの頭の両側面の雪に細い棒が突き刺さる。大股に開いたメッセの足だ。メッセの足、股、能面が一直線で沈花の目線で結ばれる。


「ここまで?」


「ワァーオ、君みたいな美女がそんなはしたない姿をさらすものじゃあないよ!」


 メッセの髪がぞわぞわと逆立つ。きっとメッセだけじゃない。消防と警察の誘導で避難した道民の女性たちも寒さではなく嫌悪感で鳥肌を立たせているはずだ。


「ウラオビ・J・タクユキ」


 空前絶後の美男子がヒール・ジェイドの額に立っている。北海道は美人が多いというが、呪われた出生と歪んだ人間性さえなければ全員口説き落とせる美貌だ。恥じらうことが屈することだったような気がしたので、あえてメッセは大股を開いたまま股下のウラオビを睨みつけた。


「“取り立て”を使え、沈花。“取り立て”を使えばメッセくらいには勝てるよ」


「くらいってのはぁ、失礼に当たる。メッセ副隊長は十分すぎるほど強いよ。それにわたしはもう……」


「甘いこと言うなよぉ。怪獣軍団でさえ傷つけたくないって言うんだろう? じゃあどうだろうか? 怪獣軍団が人や街を傷つけているとしたら……。どうする?」


「止めたいよ」


「君なら止められる。僕の命令の元、五十人の怪獣軍団が今から、渋谷で無差別に殺人、強盗、破壊活動を行う。ジェイドやレイに止められると思う? 君も知っているよね? 数にものを言わせて戦うヨシツネ式フォーメーションのことを。ヨシツネ式フォーメーションを使えば、ジェイドとレイが一気に来ても三十人は破壊活動に専念できるよ。何を言ってるかわかる? ジェイドとレイでも止められないんだ。それに経修郎がついている。渋谷を守れるのは、君だけだ、沈花。どうすればいい?」


「……“取り立て”で怪獣軍団から力を奪う」


「ご名答。君はメッセを倒すために“取り立て”るんじゃない。渋谷をウラオビ・J・タクユキとその部下である怪獣軍団から守るためにやるんだ。彼らにそんなこと出来ないって言いたいんだろう? そうだね。彼らも数か月前までは人間だった。同類である、人間を殺し、傷つけ、愛した街やこの国を壊すことなんて良心の呵責に耐えられない……。そうかもね。でも彼らをその気にさせるにはこのセリフで一発さぁ! “それが沈花のためになる”。これで十分。街を壊すその手が、人を蹴るその足が、罪悪感で重くなっても“これがヒール・ジェイドさんのためになる”、その言葉だけで彼らは悍ましい行為をやれるんだよ。可哀そうだろう? だから“取り立て”で止めてあげるんだ。罪の呪縛から彼らを救い、彼らの力を君のために使え。それが、怪獣軍団のためになることなんだよ」


 唾でも吐きたい気分だ。でも吐くと能面に付く。メッセの不快感は稲妻と雷鳴に変わって発露する。ヒール・ジェイドは懲らしめてやる程度でいいとどこかで思っていた。真の悪はウラオビ・J・タクユキだ。それにミリオンの持論で言えば「再戦や復讐が恐ろしい場合は敵を殺せ」だが、ヒール・ジェイド程度なら怖くはない。それにこの子供は良くも悪くも純粋でバカだ。再戦も復讐もないだろう。

 しかしここで! ウラオビ・J・タクユキにとどめを刺せるのならば、ヒール・ジェイドが巻き添えで死んでも仕方がない。


「渋谷のクズもわたしが殺してやる。だからお前たちもここで死になさい。メメメ……」


 メッセは変電所に尻尾を突き刺してフル充電、いや、それ以上だ。メッセに電気を吸収されて札幌が停電する。迸る電気が能面の目と口から強烈な白熱光を発し、メッセも自らの電気の負荷に耐えきれず声を漏らす。バチバチとメッセの上空から神でも降臨するのか、細い光の柱が伸びてきた。その柱は急激に太くなり、強烈な雷鳴と稲光を纏った直径二十メートルを超える極大の電撃へと変化する!

 親父、と言えば平成の世じゃ、娘からは「一緒に服を洗わないで!」「くさい」「キモイ」などとののしられる存在。令和じゃ少し風潮が変わって「パパ大好き!」なんていう年頃の娘も増えたそうだが、昭和以前じゃ「地震・雷・火事・親父」。怖いものの代名詞だった。

 札幌に住む御年百歳の女性野田サトさん(100歳)はこう語る。


 ――「地震・雷・火事・親父はそれは恐ろしいものですよ。どれが一番かなんて甲乙つけがたい。そう思っていました。あの日、やっとどれが一番怖いかわかったんですよ。雷です」


 メッセが両手をクロスさせるとヒール・ジェイドが光の柱で照らされる。姿はアブソリュート人の模倣なので表情に乏しくとも、目を見開いて怯え切っているのが読み取れる。ウラオビは手でひさしを作って顔を守りながら、足元にポータルを開いて消えていった。


「ギガァァアッ!」


 天から降り注ぐ雷撃のエネルギーで光がネガポジ反転し、高圧電流で融解した雪が水蒸気爆発を起こしてキノコ雲を作った。

 着弾の瞬間、ヒール・ジェイドの体が頭にくぎを打たれる俎板の鯉になってはねた。


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