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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第35話 いなずま・あらし

 何の負荷も感じない。

 “怪獣”テンカウントは“人間”ノーカウントだった頃にトレーニングで駆け上がっていた山の斜面を減速どころか加速して進む。この先にある“何か”を見たい。


「……何が起きた?」


 憧れの男頑馬と憧れのヒーローレイは同一人物だったが、ここには頑馬がいて頑馬の鐘があったはずだ。その鐘がない。折り畳みのチェアもないし、防火用の巨大バケツは原形をとどめないほど激しく暴力をくわえられてゴミになっている。鐘の近くで爆発でも起きたのか、その地点から放射状に木が折れて地面が煤けている。人の気配は微塵も感じない。しかしここで巨大な堪忍袋が、緒が切れるなんてやわい動詞じゃなくて緒も袋も爆ぜた、というべきか。


「俺はどうしたかったんだ?」


 ここで頑馬に倒されるか、それともレイに倒されるか、頑馬でもレイでもいいからケンカを売りたかったのか。少なくとも、今は少しも気が晴れない。誰かいてくれたらどうにかなったのだろうか。どうひっくり返ってもテンカウントが頑馬に勝てるはずもない。そんなことはテンカウントはもちろん、ウラオビも経修郎も頑馬もわかっていることだ。

 きっと倒されたかったのだろう。なし崩し的に怪獣にまで落ちて、今度は頑馬に……。いや、怪獣としてレイに負けたいと思っている。負ければもう終われるのだ。

 ウラオビのように自分の終わりを他者に求め、さらにその終わり方にまで贅沢を言う。死ぬべきクズ野郎だ。




 〇




 札幌地下鉄大通駅。雪を固めて細く削ったような美しい肌の女性がトレンチコートを着て立っている。その顔の造りは素材が雪では柔らかすぎる。そしてその表情は素材が木材でも石材でも難しすぎる。メッセは耳を二回タップして頼れる緑の相棒を呼び出した。


「ヘイ、メロン。最寄りの自動販売機は?」


「メッセ。あと五分で時間よ」


「なら余計に糖分が必要。モンスターエナジーでもレッドブルでもコーラでもドクペでもあとなんだっけ? 北海道名産の、そうガラナ」


 駅構内の大きな柱をいくつも通り抜け、集まる視線を柱でシャットアウトする。メロンの案内通りに自動販売機にやってきて清涼飲料水を流し込み、たっぷり糖分を補給して懐から能面を取り出した。


「来たわね」


 マンガ家のテクニックで縁取られたポータルが開き、鋭い目つきでメッセを睨みつける沈花とそのセコンド……もう一回の洗濯じゃ洗えないくらい厚着して防寒対策した狐燐が札幌にエントリーする。沈花は全長二十八センチメートルほどの木の棒を握っている。沈花のほぼ全ての超能力の媒介になる刃物ゴアの守だ。抜刀と同時に開戦となるだろう。


「沈花ちゃん。挨拶しよう」


「メッセ副隊長。本当にすみません。でもどっちにしろこうなる予定だったんだ。若者には、間違ってるとわかっていても答え合わせと採点が必要なんだ。……そういえばアッシュに言われたな、わたしは所詮コンビニ、ジェイドは伊勢丹だって。ここらで西武デパートくらいになってみますかねぇっと」


 間違った答えを是とし、手を差し伸べてくれたメッセに弓を引く罪悪感から逃れるように沈花は笑っておどけて見せた。


「お前はバカよ、ヒール・ジェイド。この戦いで一つでも二つでも三つでも、賢くなるといいわ。例えば本物の怪獣にケンカを売ること、大人は怒ると怖いということ、自分のわがままに誰かを付き合わせること……」


 メッセがそっと大きな柱の方へと歩いていき、徐々に能面の位置を上げ、もう片手でトレンチコートを掴む。そして沈花と狐燐から見て柱の陰になった一瞬、コートがはためき、投げ捨てられ、再びメッセが二人の視界に入ると、その姿は完全に別物に変わっていた。


「美しい……。これがエレジーナの王族か」


 全身が艶めいた乳白色! 四肢も胴体も生物としての機能があるのかすら疑問に思うほどの異常な細さであり、骨の周りに肉があるのではなく、外骨格を持った昆虫を想起させる。胴体も上半身はケープ状の毛に覆われているものの、人間の姿のメッセのバストからすれば半分以下だ。指は狐燐の商売道具のペンほどの細さ、最も太い部分も内臓があるはずの胴体ではなく太ももの筋肉であり、強力な瞬発力と脚力を想像させる。綿あめのような白くふわふわの頭髪が頭の後ろに流れ、メッセの身長と同等かそれ以上の長さを持つ尻尾がある。こちらもやはり細いが、先端は蓮のつぼみのように膨れている。

 そして顔には能面。その能面の下顎から覗く、怪獣の姿のメッセは前歯まで全て臼歯、こめかみから伸びるらせん状にカールした二本の角から、草食動物の特徴も見せる。


「メラァッ!」


 尻尾を起用に動かして先端のつぼみの部分を顔の高さまで上げると蓮が花開く。花弁に守られた一際細い花蕊(かずい)が現れて即席のパラボラになる。一瞬にして電気が溜まり、人間の姿では舌の先端から放つエレジーナ電磁流が照明をいくつか破壊して地下鉄の構内を照らす。大通駅に進入してきた車両が緊急停止し、停電してしまった。舌から放つものとは段違いの威力であり、発射の反動で尻尾がのけぞって能面に激突した。蓮の花弁に守られなかった部分は電熱の煤が付着し、白い能面に黒く稲妻のような模様が浮かび上がった。

 今のは出力調整だ。別の生き物のようにメッセの尻尾が体操に似た動きを見せる。沈花も抜刀し、毒の刃トキシウムエッジを伸ばした。


「ケイオシウム光線!」


 Zap!

 悪の光が鋭く伸びる。しかし次の瞬間に沈花は車両のフロントガラスと運転席を突き破り、客席と転々として嗚咽を漏らす。パシャパシャと車両の外にも光が漏れる。ひとしきり悲鳴と怒声を上げた乗客たちは急に飛び込んできた女性にスマホを向けてフラッシュ付きでシャッターを切ったのだ。


「メラッ!」


 車両の運転席が電流で金太郎あめの如く焼き切られ、電光石火そのものが突っ込んできてスマホのフラッシュより強い電光が窓から順に漏れて奥へ奥へと進んでいく。さながらエレベーターの階数表示だ。電光が弱くなれば沈花の胸、腹、腰といったメッセに対面している部分に強い衝撃と光が発生してさらに奥へ奥へ……。


 既に道民に被害が出ている。感電、火傷、打撲、裂傷。メッセには関係のない話ではないが、メッセはジェイドとは違う。今は別の話なのだ。車両もぶっ壊す! 無関係の人間にもケガを負わす! しかもメッセに“正義”なんで大それた大義はない! 敵をブッ倒せという暴力の過程で傷つくものは仕方がない。このスタンスを危険視し、ウラオビは怪獣軍団にメッセを襲撃させるのをやめた。殺されてしまえば電池にもならない。


「メガッ!」


 尻尾を巻きつけて超高圧電流! 沈花が半分白目を剥いて全身を痙攣させてつばの飛沫を飛ばし、メッセは尻尾を高く掲げてその背中に回り蹴りを見舞う。フィラメントそのものとなった沈花は車両の後部から飛び出してレールに少し通電させ、煙を上げて一度動きを止めた。意識を取り戻した沈花はアメリカ映画で観たバチバチする帽子を思い出していた。


「なんなんだー!」


「あっつぅ! 火傷した!」


「お姉ちゃん!? ねぇ起きてよお姉ちゃん!」


 道民の叫びが沈花を奮い立たせる。人々のネガティブな声に愉悦を覚えるのではなく、自分が始めてしまったことの責任と始末は自分が望んだ形で負いたいのだ。即ちメッセへの勝利である。ここで負けては人々が傷つくだけなのだ。

 では始めなくてはよかったのでは? メッセの言う通りおとなしく自首し、要求されればウラオビと経修郎を倒すのに協力する。それでよかったのでは?

 よくない。何が起きるにしても自分の“わがまま”が挟まれていることが、自分が歴史の中にほんの少しでも名を残し、生きるということだ。悪名でもなんでも生きた証を刻まねばならない。


「郷に入っては郷に従え。この土地の伝統的な方法、サイコロで決める? 選択肢は六つある。一つ。あと一発蹴られてから感電死。二つ。あと二発蹴られてから感電死。三つ。あと三発蹴られてから感電死。四つ。あと四発蹴られてから感電死。五つ。あと五発蹴られてから感電死。六つ。あと六発蹴られてから感電死」


「くっそマジか……」


 メッセの蹴りと殴打で負った沈花のダメージは決して軽微ではない。しかし電撃の痛みは泣くほど痛い。全ての痛覚を電撃に持っていかれてしまっている。車掌席で蓮の花が開く。残った窓ガラスに映るのは、悪鬼の表情の白皙の美貌……。その美しさは能面に覆われている。


「ケ、ケイオシウム光線ッ!」


 電撃と光線が激突して爆発を起こし、列車のワイヤーがぐわんぐわんと鳴いた。そのぐわんと悲鳴が届くのよりも速く、打撃!


「メラァッ!」


「チエ……」


 蹴りを見舞った直後、電気が回復し地下道が照らされる。その一瞬に反応したメッセは跳躍し、器用に尻尾と指を突起物に絡ませ、虫の如く壁に張り付いて能面の双眸が沈花を射る。


「ケイオシウ……」


「メラ!」


 あの細い体では指の力だけで充分壁に張り付いて体重を支えられるようだ。尻尾をフリーにして電撃を放ち、沈花のジャンパーに一文字の傷が刻まれた。


「どうかしら?」


「ヘヘヘッ、電撃にハイスピードの格闘……。アッシュへの予習にもってこいだぁあああ! ケイオシウム光線!」


 もぉうどうでもいい! 巻き込まれて傷つくのは鼎が最後にしたいなんてきれいごとはおしまいだ! 連射式ケイオシウム光線で構内を満たすと、顔に石っころと砂が当たる。メッセのダッシュで足元のコンクリが砕けて沈花に浴びせられたのだ。メッセのダッシュの反動で石が当たるということは、メッセは逃走している。音がクリアになってきた。聞こえてくる雑音、つまり悲鳴はどんどん遠ざかっていく。

 広いところで巨大化も視野に完全決着がお望みらしい。


「狐燐さん! 地上へのポータルお願いします!」


「違う! 上だ!」


 バチバチバチと不穏な音を立て、沈花の目の前の天井から床に一直線の電撃が走る。ここから出て来いということだろうか? しかし電撃は止まない。沈花を中心にぐるりと縦一直線の電撃が円を描き、天井が崩落してくる。沈花の現在地は地下四階のため、地下三階、二階、一階、地上の床が縦の空間を失い、四枚の床がケーキの層になって沈花を押し潰した。

 その穴の遥か上方、地上に向けられているメッセの頭のてっぺんは既に四十一メートルの高さに至るまで巨大化し、尻尾と腕の筋肉を交互に動かして札幌テレビ塔の頂上まで登攀していく。


「どうせまだ死んでいないんでしょう? 筋は通しておく。としまえんでわたしはマインに似た声を聴いた。ウラオビは変身能力を持っているそうね。ウラオビのことは具体的によく知らないけど何故かあいつはクズだとわかる。マインに変身でもしたんでしょう? その後に怪獣が出たことも知っている。あなたが鼎を守ってくれたのね」


「だったらどうだってんだよ」


 メッセの電撃でくりぬかれた地下道を変身の圧で吹き飛ばし、沈花もヒール・ジェイドに変身して雪の積もる札幌の地上までよじ登る。


「ありがとう。おかしいけどね。結局お前たちはこうした。わたしはメロンから聞いて、お前たちがウラオビに協力するのでなくこうしていると知っている。だからこそ残念でもあるのよね。狐燐には話したけれど、人情は真実を曇らせる。それはアデアデ星人も同じよ、狐燐。人情が真実も、統率も効率も狂わせる」


「なんの話?」


「お前の気持ちもまったくわからない、という訳ではないという話よヒール・ジェイド。こんなガリガリでガチの殴り合いなんて理屈に合わない。憧れとか何か影響を受けて、時に邪魔をされる。それが人情よ。……お前が何かを壊そうとするときも、誰かはお前に与えようとしている。お前はわたしから何を得る?」


「わからない。だからもう少し戦おうか」


 札幌の空に蓮の花が咲く。茎をぐりんぐりんと動かす蓮を誰もが見上げた。誰もが必ず一瞬は蓮の花を真正面から見た。そして無慈悲に、電撃の吹雪が吹き荒れる。

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