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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第34話 碧沈花

「追ってこない。ここまでか?」


「みたいですね」


 ウラオビにも明かしていない、鎌倉の某所にある狐燐のセーフハウスにボロボロの四人が転送される。沈花は髪もボサボサで自慢のジャンパーは大学構内に置き去り、狐燐はメガネの右のレンズにヒビ、左のレンズは木っ端みじん、あちこちに血の染みを作った半纏。パンパンに腫れてプラプラのポンコツになった腕を抑え込む鳳落。そして出血が止まり、呼吸と血色がよくなったものの意識が戻らない鼎。


「鳳落さん、早く治さないと!」


「アタシはいい! 鼎ちゃんを早く! 」


「もうやってますよ! 双右さんがもう一度来るなら鳳落さんしか戦えない! ……鳳落さん、治されるのを拒否ってことは」


 沈花が歯ぎしりしながら地団太を踏んだ。もう信じられない。自分より弱いもの、例えば鼎くらいしか信じることが出来ない。


「恥を知れェ沈花ァ! 鳳落さんがどんな気持ちでいると思ってるんだ!」


「まずは狐燐、アナタも落ち着きなさい。状況を整理しましょう。双右……江戸川双右……。いえ、ウラオビ・J・タクユキが鼎ちゃんを攻撃した。そうよね?」


「そうっすね。やったのがウラオビか経修郎のどっちかはわからないけど、鼎ちゃんがやられました」


「で、狐燐が鼎ちゃんを助けようと沈花のところに飛ぶと、ウラオビと経修郎が追ってきて狐燐を攻撃して、沈花に沈花の治癒の仕組みを説明して……。アタシも呼ばれて経修郎にボコられたのね。アタシを呼んだのはどっち? 狐燐? ウラオビ?」


「わたしが呼びました」


「ここ、禁煙?」


「火気厳禁ですけどこの際いいですよ」


「悪いわね」


 やってられなくなったのか鳳落が細いタバコに火を点け、天井を這うクモに煙を吸わせた。


「スペアスペア、スペアのメガネっと。あった! あぁ、でもダメだ、ここに置いてあるのは全部まだ度が弱い。ふぅ。そんでわたしを治しちまったんですよ、沈花ちゃんが! ウラオビの言ってることが本当だともうわたしは電池ですわ。どうするあの反吐野郎」


「縁を切るのがいいかもね。あなたはどうしたい? 沈花」


 勝手のわからないセーフハウスで作業室の冷蔵庫を漁り、鼎の役に立ちそうなものどころか空っぽなことに気付いてため息をついた。


「ジェイドと戦う」


「ハァ?」


「そこはやっぱり、揺るがないですよ。何も出来ないポンコツ、チンピラ、ボンクラのわたしが初めて本気になれたのが、打倒ジェイドだった。そこはやっぱり変えちゃいけないもののような気もするんです」


「沈花。アナタが頑張ったことは認めてやりたい。アッシュ相手にもよくやった」


「そうですよ鳳落さん。アッシュとの決着だってまだだ」


「いいえ、ついているわ。アナタの負けよ。もう終わり。無責任だけど、ジェイドに任せてウラオビを倒してもらいましょう。経修郎はジェイドかレイしか倒せないわ。ウラオビにも何か切り札がある」


「でも……」


「アタシたちはウラオビに騙されていたのよ。ウラオビはアタシや狐燐が放っておかないような企画書でイタミ社に誘い、それから……。……なんでアタシたちはアイツにあそこまで協力したのかしら? まぁいいわ。アタシたちがまだ誰かと戦うとしたら、それは経修郎とウラオビを始末して責任を取るための戦い」


「そうだ! ウラオビは自分の最期を締めくくる英雄はジェイドがいいって言ってました。ならウラオビより先にジェイドを倒して格を落とし、ウラオビは名もなき民衆に裁かれてただの悪人として終わる。こんな筋書きはどうです? ウラオビと戦ったってことになりません? アッシュだって可哀そうですよ! 鳳落さんに負けっぱなし、わたしには逃げられっぱなし、鼎ちゃんはやられっぱなしですよ!?」


「そこを突かれると弱いわね。ええ、そうよ。アタシたちは鼎ちゃんの家族とアッシュから復讐を受ける義務がある。アッシュはまだ若い。話を付けるのは無理ね。でもジェイドならわかってくれる。わかってるの? ジェイドと戦うってことのヤバさ。ライターとしてあるまじきことだけどジェイドはヤバいとしか言えない。しかもジェイドが相手ってことはレイもいる。アッシュもメッセもいるわ」


「全員わたしが倒す」


「バカ言ってるんじゃないわ。ウラオビの言ってる通り、アナタが“取り立て”を出来ても、無関係な怪獣たちが生命力を吸われる。狐燐もよ。この傷を治せばアタシも!」


「でも逃げたくない……」


 家の持ち主が蛇口をひねると赤錆の水が流れ出て、しばらく水を流した後にタオルを濡らして鼎の額に当ててやった。もう熱もない。


「自分の力だけで倒す」


「わたしらの負けですね。先に言っておきますけど、わたしは沈花ちゃんに治されなければここでトンズラしてました。でももうしょうがない。最後まで付き合いますよ。やれるだけ、ジェイド相手にやってみましょう。わたしはもう爆弾抱えてますし……。ハァ……。沈花ちゃんの言う通りかもね。ジェイドを倒し、ウラオビの理想を砕いてやる。ジェイドが負けるとなると繰り上げで最大の英雄はレイになる。レイだって骨が折れる。ジェイド、レイを同じ人間が倒したとあれば、次には出てくるのはやっぱり……考えたくないけど初代かミリオンか。アッシュやメッセ副隊長だって十分にヤバい、ですよ、鳳落さんの言葉を借りれば。そして一つだけこれはケジメつけさせてください」


「なんです?」


「さっきまでの大学の会話と出来事は全部メロンが記録している。当然ジェイド、レイ、メッセ副隊長にも伝えられている。アッシュにだけはまだかもしれないですね、ショックが強すぎる。そんなわたしたちが、逃げもせずに“ウラオビと戦うため”にジェイドと戦う。こんなメチャクチャな行動に出るってことを、メッセ副隊長にだけはお伝えしておきたくて」


 メッセは寿ユキ側では真っ先にイタミ社の正体を暴き、さらに狐燐の自白という裏付けもとっていた。そのメッセは狐燐、鳳落、沈花への興味とウラオビと経修郎への嫌悪から、三人の良識派を見逃し、その動向を見守っていた。何かと義理堅く情に厚い狐燐である。メッセにとっては残念なお知らせは、その場になってさぁ勝負、ではなく、事前に伝えておかねば狐燐のプライドが許さない。




 〇




「やぁ。元気かい? 僕を知っている?」


「ウラオビ・J・タクユキ」


「ご名答。君はもう僕に会ったことがあるよ、ナカムラくん」


「知らん」


「君のプリンセスの彼氏のことを?」


「知ってる」


「彼がアブソリュート・アッシュだってことも?」


「それは知らんかったけど別にええんちゃう? むしろホッとしたわ。勝てなくて当たり前の相手やね」


「本当にそれでいいのかな。アッシュと戦ってみようよ。君のプリンセスを守れるの? アッシュはプリンセスを守れず、悪いやつのせいで彼女は大ケガをした。僕が君に力を貸すよ。君が守らないと。そうすればきっと彼女も君の方を向く」


「プリンセスがこっちを向かないなら好都合。こんなキモメンブサメンダサメン、目の毒や。プリンセスの瞳に映るだけでその分プリンセスの美しさが損なわれる。だってようやく来月から美容院に行ってみようって男だ」


「デザインはかっこいい方がいいかな? 生まれ変わる時だ」


「生まれ変わらない。俺はこれで満足してる。分相応を理不尽とも思わない。哀れなやつ。可哀そうなウラオビ。人の覚悟ってもんを舐めんな、反吐製の泥人形が。俺はアッシュには勝てんしフジさんにも勝てん。プリンセスを守るぅ~? それはフジさんの仕事や。フジさんがアッシュやって言うならアッシュの仕事。それにイケメンは嫌いだ。アッシュにボコられてドブに帰りぃ。ザリガニと仲良くしてるのがお似合いや」




 〇




「へい、法の番人、君の番。ミリオンスーツはおじゃん、あの戦いでの末路は避難。気になるのは劣等感? それともまだまだ消えない正義感? それともまだ覚えてるアッシュに食べられても悪い気がしなかった牛タン?」


「失せろウラオビ」


「そうはいかないよ、和泉岳。地球人の切り札ともあろうものがこんなところで燻っていていいのかな? 外道の力も正義のために使えば正義の力。力は誰がどう使うかだ。君はどうする?」


「失せろウラオビ」


「情けをかけられるのはもう最後にしないかい?」


「失せろウラオビ」


「どんな力がいい? ミリオンみたいな剣豪? ジェイドみたいなガンナー? レイみたいなグラップラー? アッシュみたいなサイキッカー?」


「失せろウラオビ。俺が望むのは俺だけが使える力ではない。貴様のような宇宙のクズを捕えて一生独房に閉じ込めておく法律と強さを地球人全員が持つことだ。俺だけではダメだ」


「そんなことないよ。現状、地球はジェイドとレイに支配されている。彼らに地球人も強いんだぞ、ってアピールするには、まずは一人でもいいから彼らに匹敵しなければならない。ガツンとものを言える力を持った突出した人間がまず一歩目を!」


「ウラオビ。貴様のやり方は知っている。そのやり方で随分と多くの地球人を怪獣に変えたようだな。しかしキレがないぞ。何か焦っているのか? 今のお前はまるで泥水だ。おお、よかったな。ヘドロよりは泥水の方が少しは澄んでてかっこいいぞ。一心不乱にはまだほど遠いが、何かに努めている分少しはマシだ。あの余裕ぶった気味の悪い薄ら笑いよりはな、ヘドロ野郎。情けをかけてやるのは最後だぞ、ウラオビ。アドバイスしてやる。お前はもう終わった。お前は自分で思っているよりかっこ悪いし頭も悪い。失せろ」




 〇




 新宿の雑居ビルの屋上。雪が降りそうな空を見上げるメッセの横で狐燐はしゃがみこんでいた。高所恐怖症ではないがやけ下が気になる。歩いている人たちに石でもビンでもいいから投げつけてやりたい気持ちだ。


「つまりメロンの報告通りということね」


「そういうことです」


「悪いことは言わない。ユキに申し出た後、地球人に出頭しなさい。フジはキレるだろうけどそれはもう仕方のないことをした。かつてはわたしもした。あの頃の弱いあいつなら泣き寝入りして迎合するしかなくても、今のあいつならあなたとも鳳落さんともウラオビとも戦う。悪いことは言わない。フジからの報復は甘んじて受け入れ、ウラオビとあのギレルモ星人を倒すのに協力しなさい」


「ウチの大将はもう沈花ちゃんだ。人にわがままを言える、ダダをこねられるってある意味の才能ですよねぇメッセ副隊長。勝手に遠慮してしまう人間、妙に大人びた人間、お利口ぶった人間ってのは結局わがままに付き合わされるものなんですよ。メッセ副隊長だってそういう頑馬隊長だからついていったんでしょう?」


「そういう言い方をすれば頑馬は才能がないわね。あいつはもうアブソリュートの戦士。献身が身の上の中間管理職よ」


「……ジェイドってのはどんなやつです?」


「わがままもダダも言わない。でも誰もがあいつについていく。いや、それすらも必要ないか。ジェイドは誰の力も必要としない。必要なふりをしているだけ。……本気なのね。ジェイドと戦う気なのね」


「ウチの大将がね。相手がミリオンじゃなくてよかったなぁ。ジェイドなら目を覚まさせてくれる。ミリオンが相手だったら殺されちゃうよぉ」


「そう……。甘いわね。鼎を傷つけられてフジが黙っているとでも? 本気になったあいつは……。きっとあなたたちを殺すことすら厭わない。何度倒しても敵が蘇って襲ってくる恐怖と怒りをあいつは十分すぎるほど知っている。わたしたち、マインたち、ウラオビたち。そういう敵は愛する人に害をなすと覚えた。殺されるわよ。あいつはレイやジェイドとは違う。……わたしがレイを知りすぎたかもしれないけど、レイじゃないのよ。敵を倒すためには死に物狂い、その結果相手が死のうと構わない。むしろ再戦と復讐で不覚を取らないように念入りにとどめを刺す。やつのモチベーションは慈愛でも闘志でもない。殺意なの。アブソリュート・アッシュこそが、本当の“アブソリュートミリオン二世(セカンド)”なのよ」


「そりゃあ恐ろしい! ヒエー。でももうそれでいい……。わたしたちを締めくくってほしい。その二世でもいいから。ジェイドのところにはこの後行きます。鼎ちゃんを返さないと。そういう訳でメッセ副隊長。明日お迎えにあがります。セコンドにメロンを付けて構いませんので、札幌でウチの大将とタイマン、頼みます」

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