第32話 エクスペンダブルズ
「僕は……。僕はぁ……」
傾国の美男子ウラオビ・J・タクユキはどこかで頭を抱えて蹲っていた。誰もがみんな彼を避けて通った。まるで川に突き刺さった杭。高速道路の中央分離帯。重ねに重ねた紙を一斉に折った折り目。そんな空間だ。
「嫌われている! 僕はみんなに嫌われているんだ! ラララァー」
そして突如、美しい顔を天に向けて手を振り、陽気なステップを刻みだす。そして奇妙な姿の何者かが何十人か、彼と一緒に踊りだし、言葉をかける。
「大っ嫌いだウラオビ!」
「サンキュー!」
「死に晒せウラオビ!」
「こんばんは、きれいなスマイルだね。こっちを向いてよマドモアゼル」
「反吐の擬人化ウラオビ!」
「ユニークなラッピングの誉め言葉だね! タラッタッタッタッタ……」
指パッチン!
ウラオビのダンスが激しくなり、彼の頭のあった位置、さっきまで足のあった位置を奇妙な何か……怪獣たちが攻撃し、ウラオビがそれを躱しているような独特のダンスになる。
「君も僕のことが嫌い?」
「ウラオビ大好き!」
「ウソツキ。君は?」
「ウラオビ愛してる!」
「ウソというジュエリーは透明だけど僕には見えるよ。君は?」
「ウラオビ尊敬してるんだ!」
「とても高度なレトリックだ。僕じゃなきゃわからないよ。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い……。嫌ってる腐ってる反吐が出る主役が世に蔓延るのは残酷かい? パッシブなだけではアッシュにも勝てないしボブもロングもマッシュもバングもどんな女の子にもモテないよ」
顔の隠れるほどの巨大ハチマキを巻いたテンカウントもこの茶番にバックダンサーで参加している。彼の顔がハチマキで隠れていたのは幸いだ。テンカウントから見てもウラオビはクソ野郎だ。でもウラオビが怖い。テンカウントはウラオビがリュウノスケ=ナーガにした仕打ちを間近に見ていた。よくよく思い返せばナーガはウラオビに目をかけられているようだったのであの末路は必然だったのかもしれない。そしてあの最期の実行犯を指名されたテンカウント自身はウラオビのお気に入りなのか、それとも歯向かうなと釘を刺されたのか……。無邪気に偽装した深い深い恨み、妬み、嫉み、憎しみ、怒りといったウラオビの隠せない腐った性根がその無邪気をより不気味にさせる。
「カブロン! 僕のために戦う覚悟はあるかい?」
カブロンと呼ばれた怪獣がバックダンサーたちの中から陽気な動きで飛び出した。無骨なフルフェイスのヘルメットを被っているが頭頂部だけカッパのようにツルッツルの丸ハゲ、けば立った短い羽毛のコートに包まれている細マッチョだ。カブロンもまた、ウラオビの地道な営業で増やした怪獣の一人であるが、ナーガよりもテンカウントに近いタイプで、比較的人間だった頃の姿を変身後も残しているタイプだ。お調子者なのか、慌てた動作でウィッグを頭頂部にかぶせてポージングする。
「御意ッ!」
この際、カブロンの本名は伏せておこう。本名というか、生まれた時に役所に提出した名前だ。きちんと両親が字画を考えた悪くない立派な名前だが、カブロンはもう完全に人間を捨てて怪獣として生きていくことに決めていた。つまり今はカブロンが本名だ。
人間だった頃、カブロンは中小企業に勤める若手のサラリーマンだった。とても明朗で、二十代前半にして宴会部長だった。しかし宴会部長だったのには理由がある。
彼の身体的特徴がアドバンテージだったのだ。つまり頭髪である。
同年代に比べて明らかに少ない毛量を自ら武器として曝け出すことで馬鹿野郎の道化を演じ、コンプレックスに負けない強い心の持ち主であることを心掛けた。
でも本当にこれでいいのか……。迷いは生じる。道化を演じれば所詮道化だ。道化は誰にも愛されない。要するにモテない。
そんな葛藤の最中にウラオビが現れ、ドリフ世代にはたまらないヘアースタイルを模したウィッグを貸してくれた。身体的特徴に左右されるな。あるがままの姿でやりたいことをやれ。そういう意図だったが、カブロンはウィッグを被って……。より明確に「いじれる」姿で笑いを取り続けることを選んだ。それはもう拍手喝采大爆笑の嵐。身体的特徴だけでそんなことは出来ない。カブロンの明るい人物像がもたらす、彼の立派な力だった。しかしウィッグのレンタル期間が終わり、ウラオビに返却すると周囲の人間は「カブロンはつまらなくなった」と文句を言うようになった。
……。
彼は自分の頭髪を全てひっこ抜いた。
それでも笑いは戻ってこなかった。
「何もしてないのにああいう髪だったから面白かったのに」
「そこまでやるのはちょっと引くよ」
「ここは会社ですよ!?」
笑いも頭髪ももう戻ってこなかった。それどころか宴会のための頭髪を引き抜くなんて業務に支障が出る、優先順位を考えろ、なんて説教までされてしまった。
「君がどんな覚悟、どんな傷をもって臨んでいたかを彼らは知らないんだね」
とウラオビは言った。ウラオビはフサフサだった。というかウラオビの容姿には美しい、以外の特徴なんてなく、欠点は一つもなかった。こんなに美しければ道化になんかならなくてよかったのだろう。
カブロンは気が付いた。自分は人を楽しませるために道化を演じていたのではなく、自分が傷つかないための予防線、他人から傷を負わされる前に自らを傷つけることで致命傷を避けていたことに。
「僕と一緒に来るかい?」
「ヨロコンデー」
こうしてカブロンは人を捨てた。
それから数か月。夜中のとしまえんで沈花と戦ったり、ウラオビのお気に入りとして活躍していた。元々、明朗で優秀であることは、容姿が怪獣になっても変わらない。
ある午後、カブロンも加入しているウラオビ怪獣軍団の連絡網に事務長の鉄竹経修郎から連絡が回り、事務所に約五十人の怪獣が集まった。カブロンのように怪獣に徹する者、かつてのリュウノスケのように基本的に人間として生きている者とプライベートの過ごし方に違いはあれど、ウラオビからの取り立て、或いはウラオビへの妄信と忠誠によって、怪獣軍団はウラオビ中心のスケジュールを組む。最近、ウラオビ及び経修郎からの連絡と召集の回数が増えてきた。プライベートを人間として過ごしている者はそろそろ有給を使い果たすか、授業の出席日数がきつくなって苦難しているだろう。
ガラガラガラ。ウラオビの陰謀が進んでいることは音でもわかりやすい。事務所にやってくる車輪の音が増えている。つまり点滴スタンドだ。
「今日もジェイドと戦ってもらう。メンバーは……」
レイと引き分けた時のダメージがまだ癒えていない経修郎は左腕を吊り、眼帯をつけている。経修郎が読み上げた十五人の中にはカブロンの名前もあった。
「作戦はいつも通り」
「……」
最近の主な仕事はこれだ。ウラオビが江戸川双右の姿で管理しているイタミ社がかつて敵対していたジェイド、レイ、メッセを集団で襲撃する。
システムはヨシツネ式と呼ばれるものであり、数にものを言わせて前後左右を囲み、照明器具やレーザーポインターによる妨害でターゲットの動きをけん制する。かつて駿河燈/アブソリュート・マイン率いるトーチランドの“喜”担当、ヨシツネがレイ対策として一定の成果を挙げた連携である。ヨシツネがやったような大規模な破壊工作は抑えているものの、ヨシツネを連想させるだけで破壊工作を示唆出来るためそれには及ばない。破壊工作はいざとなったらやればいいのだ。
ゴア族主流派、虎の子の助っ人、トーチランドを倒したジェイド一派は強豪揃い、特に宇宙屈指の実力者であるジェイドとレイは非常に危険だ。しかし弱点はある。
被害を最小限に留める、敵を殺さない。この二つを厳守するアブソリュート・ジェイドは、実力は最強でも、自陣に回復手段と逃亡手段さえ確保しておけば案外戦うことは無理ではない。むしろ戦闘能力ではジェイドに大きく劣っても被害は承知の上で確殺を誓うアブソリュートミリオンの方がよっぽど厄介であると、ウラオビ怪獣軍団の手本であるヨシツネが証明している。アブソリュート・ジェイドを攻略するのに最も有効なのは数の力ということだ。
そのため立て続けの襲撃では、メッセやレイを襲うよりよりもジェイドを襲う方が怪獣軍団の被害も少なく、むしろこの三人の中では最弱のメッセと戦うのが一番危険という結果が出た。
そしてウラオビ怪獣軍団には回復手段にはヒール・ジェイド、逃亡手段にはウラオビのポータル、そして怪獣軍団とは一線引いてあまり接してくれないイタミ社の虎威狐燐のポータルがある。
カブロンは今日も元気に鉄砲玉をやる。
これからジェイドが走りに来るはずの公園のランニングコースに転送され、他の人たちの迷惑にならないように横に逸れて座り込む。
「なぁカブロン」
「どうした?」
「カブロンもヒール・ジェイドさんに治してもらったことあるよな?」
「ああ、あるぞ。それがどうした?」
「ヒール・ジェイドさんの治癒の力は確かにまだ不完全だ。ケガは治っても体力は戻らないし免疫が落ちてるやつもいるから点滴打ってるやつもいるけど、治ることは治るんだよな?」
「そうだ。治る。俺も先週はジェイドに二度もボコボコにされてるのにこんなにピンピンしてるぞ。眉毛から上でピンピンしてるものはないけど」
「おかしくねぇ? じゃあなんで経修郎さんはいつまでも腕を吊って眼帯をつけてるんだ? ヒール・ジェイドさんの治癒なら経修郎さんの体力は戻らないけど、ケガは治っていてもいいはずだ」
「……。パワーとかHPの問題か? まだヒール・ジェイドさんの力じゃ経修郎さんほどの大容量を回復させるほどのパワーがないとか? 回復呪文……。まだ初期段階のケアルのままなんじゃないのか? 経修郎さんを治すにはケアルガじゃないとダメなんじゃないか? まぁ俺は毛有じゃなくて毛無だけどホォ……」
Splat!
相棒の頭がガクンと揺れてぐにゃりと地面に倒れた。どうやらターゲットの到着らしい。
「お命頂戴!」
随分な距離を走ってきたはずなのに寿ユキは息も切らさなきゃ汗もかかない。走っている意味があるのかも最早不明だ。怪獣たちはフォーメーションを組む。カブロンの頭頂部の防御力ならばネフェリウム光線やゼータストリームも理論上耐えられ、拳や蹴りも滑らせる。敵を殺さないことに拘るジェイドが全力でそういった技を頭頂部に打ち込むとも考え難い。
頭突き恐竜パキケファロサウルスを模した怪獣であるカブロンはヨシツネ式フォーメーションではジェイドの前、という最も危険なポジションを担うことが多い。しかしもう気分は緩み切っている。どうせジェイドは自分を殺さないし、逃げられるし治せる。痛いのは一瞬でも負けることもウラオビのシナリオだしウラオビは何かを得ている。
「テアッ!」
Kick! Splat! Zap! やはり有象無象の怪獣軍団ではユキに歯が立たない。あっという間に蹴散らされ、SNSで拡散される前にウラオビが回収する。楔形文字のポータルで今回の襲撃もウラオビの仕業、とジェイドにアピールするのも忘れない。
「ぐへぇ」
「イタタ……」
「ヒール・ジェイドさん……早く治してくれ……」
今日はカブロンもウィッグを外す前にゼータストリームで水を掛けられ、そこを凍結されて固定されてしまったため頭頂部を出すことが出来ず、昆虫みたいに細い足でのハイキックでKOされてしまった。どうやら首をやってしまったらしい。他のメンバーも同じ程度のケガだ。戦えないけど命に別状はない。
「沈花。頼んだ」
「バッチコーイ」
痛みを消してくれるという意味でも沈花は怪獣軍団のアイドル、まるで野戦病院のナイチンゲール。それに狐燐や鳳落と違って怪獣軍団を白眼視しない。
「ああ、カブロンさん。元気ですかーッ!?」
「ええ、やられちまいましたよ。ウラオビさんのシナリオ、わかってきましたか?」
「わかんないです。でもさぁ……。わたしが双右さんと経修郎さんを疑い始めると、イタミ社がなくなってしまいそうな気がするんですよ。双右さん、経修郎さん、鳳落さん、狐燐さん、みんな揃ってイタミ社でしょう? わたしが間に立ってみんなの仲を取り持つよ」
なんて若い! なんて甘い! なんて優しくてバカ! 付け入る隙がいくらでもありそうだから道理で怪獣軍団に人気がある訳だ。
「経修郎さんは治さなくていいんですか? 今日はまだ治せますよ」
「いや、不要」
「そっか。早く治るといいですね」
一人一人は天狗よりはマシでもヨシツネの天狗軍団より連携能力が低く、ヨシツネ式ももうジェイドには通用しなくなってきた。ジェイド相手に無謀な特攻でそのたびに満身創痍になる怪獣軍団はウラオビのシナリオでどういう意味を持っているのか? カブロンのようにウラオビを妄信している人間、沈花と話せることが嬉しい人間はそれで満足だ。しかしテンカウントはいつジェイドと戦わされるのかとヒヤヒヤしている。
次々に復活する怪獣軍団に経修郎は哀れみの目を向けた。経修郎が沈花に治されることを避けている理由は治癒の出力の不足ではない。
沈花の治癒はジェイドの治癒と根本から仕組みが違う。ジェイドの治癒は他人への慈しみの力であり、無償の愛である。しかし沈花の治癒は毒による人体の破壊を逆回転させた治癒であり、貸し借りである。そのため沈花の治癒を受けた怪獣軍団は治されて儲けた分の生命力をいつか沈花に返済しなければならない。もちろん利子もつく。
怪獣軍団から一斉に取り立てた時、ヒール・ジェイドのエネルギーは一時的にジェイドを超えるだろうとウラオビは計算している。問題なのは取り立てが出来ることを知っているのはウラオビと経修郎だけだということだ。沈花は治癒の力を頼られることで本当の慈しみが芽生えつつあり、自分の善意がウラオビのせいでインチキになっていると知らない。
ウラオビのシナリオ。それはつまり、来るべきジェイドとの最終決戦でヒール・ジェイドに力を集めるために、怪獣軍団の生命を掌握して生命の借金の根を張ることであり、ウラオビ怪獣軍団の役割は、ヒール・ジェイドのいざという時の電池に過ぎない。




