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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第31話 シンクシンク

 どこかの居酒屋。ここで頭にタオルを巻いて汗を止め、大型コンロで一心不乱……のように見えてどうでもいい空想ばかりしながら、オーダーされた焼き鳥をあぶる男がいる。


(ジュン)! そろそろ交代だ。(ショウ)と一緒に休憩取ってこい」


「了解っす」


 瀧澤(タキザワ)(ジュン)(21歳)。

 成瀬(ナルセ)(ショウ)(21歳)。

 この居酒屋でバイトしているうだつが上がらない男たちだ。二人は店の裏口から出て行って路地裏でビールケースに腰掛け、ビールの空き缶を灰皿にしてタバコをふかした。ヤニにまみれたポスターに紫煙を吸わせて。


「ハァ……」


 “キリリとスッキリ! とびっきりの爽快感で明日も張り切り!”

 “肉を食え! ガツガツ肉食パワーでビッグバン!”


 清涼飲料水のポスターはアブソリュート・ジェイド。あまり口に出す人はいないが、やや薄味できれいに整った清い顔立ちでポスターに清潔感をもたらす。

 肉のポスターはアブソリュート・レイ。生まれ持った顔面の精悍さもさることながら、肉を食って作った筋肉美が性的な意味ではなく、男を興奮させ、肉への欲を煽る。


「アッシュのやつには何のポスターがいいと思う?」


「未成年の飲酒喫煙ダメ絶対とか反面教師にしかならねぇな。あとは無免許運転と飲酒運転」


「運転関連は比較的まともにやってた方だろ。大変だな、アッシュ。ジェイドだってよく見りゃ美人だし、レイなんかもっと派手な見た目だ」


 この二人は超常現象研究会やネオンのヒーローショー一派やリュウノスケとヒビキの特撮カップルとは違う。アッシュへの馴れ馴れしさを説明するには二人の本名をお知らせしなければならない。

 瀧澤(タキザワ)(ジュン)の本名は“アブソリュート・ファルコン”。

 成瀬(ナルセ)(ショウ)の本名は“アブソリュート・ジャッジ”。

 アッシュの幼馴染で落ちこぼれのアブソリュート人だ。


 幼少期からずっとアッシュと一緒に学び、遊んできた。ファルコンもジャッジも、アッシュほどではないが将来を嘱望され、いい学校に通っていた。しかしアッシュの扱いは破格だった。ジェイド以来の逸材と期待されながらも伸び悩み、12歳でアッシュがレジェンズに弟子入りした後はズルズルズルズル。アッシュも少し評価されたものの凡才の域に留まり、「アッシュの周囲にいたダークホース」である家柄も血筋も凡な二人は出走することはなかった。

 異星で名乗る名前と姿を与えられても二人は居酒屋バイトが精いっぱいなのだ。もうやれる気なんてない。ガキの頃は缶蹴りで無双したあのアッシュの走力ももう大した武器ではないようだ。靴ひもを自分で結べない頃は神童と騒がれたアッシュも今はジェイドとレイの召使い。

 友達の姉というのは無駄に美人に見えるものだ。アッシュの家に遊びに行くたびに憧れたジェイドも、アッシュとジェイドが同じ土俵で戦わねばならないとなると目の上のタンコブ。アッシュを応援したい。でも自分たちの応援が必要なほどアッシュが伸び悩んでいるなら、自分たちが頑張って自分たちをどうにか出来るだろうか。

 モラトリアムが終わる。

 なんだかんだでアッシュはプロの戦士で食っていけるだろうが、狼子野心だったあの男はもう……。自分たちはもうオーディエンスになる。

 そのため、この二人が地球までアッシュを助けに来る、なんてことはないし、いくら仲が良くてもこの二人に助けに入られるとアッシュのプライドが傷つく。


「アッシュがポスターになるなら家電の下取り程度か」


「そりゃあいい。戦に負けたやつらが真っ先にやることは廃品(トラッシュ)の回収とそれを売り込むことだ」




 〇




 ここは地球、北半球のアジア、日本国、東京都豊島区池袋。ここにもポスターは貼ってある。清涼飲料水のジェイドと肉料理のレイ。アッシュが入れる商品やキャンペーンはない。


「フジさん、あんた仕事は?」


「俺は学生だ。稼ぎの悪くねぇバイトしつつ仕送りもらってる」


 ナカムラの問いに対するフジの答えはウソではない。フジは地球へは留学兼地球防衛で来ていて、偶然にも彼の留学中にゴア族、頑馬一味、トーチランド、イタミ社が暴れだしてしまった。そのサポートにまずジェイドがつき、レイも追加された。そのため、メインで地球を守っているのはアッシュということになる。

 実は数年前にもジェイドが防衛任務で地球に訪れている。しかしその時は怪獣もおとなしくしていたので地球人はジェイドがいることに気付かなかった。常に地球は守られているのだ。


「望月さんとはどこで?」


 ナカムラは腹をくくった。この男の前でカッコつけたり競り合ったりするのを辞めよう。

 ナカムラの中でも鼎への淡い色の想いはある。しかし本気で恋をするな、というヨシダの鉄則、それを破っていたヨシダの遺言に従い、恥も外聞も捨ててがっつく。今は本気で鼎を想うことがサークルを守り、ヨシダへの礼儀だ。

 爆弾処理は慎重にすべき? かもしれない。しかし思い切ってケーブルを切る決断力が必要だ。


「鼎のバイト先」


「あんたパチ打つんですか」


「最近はやってねぇよ」


 これもウソじゃない。鼎と出会ってヤクザから一千万を強奪したため、パチ程度のギャンブルでは勝ってもさして射幸心が満たされないのだ。


「……」


 どうしてやればいい? 鼎と付き合っていることを自慢してこいつを再起不能にしてやればいいのか? いいや、違う。鼎の立場を守ろうと言葉を選ばなければならない。

 フジとナカムラ、鼎を大事に思う気持ちは同じなのだ。


「レバーは好きだ。血が通っている。ワサビは嫌いだ。脇役のふりして油断させて後から主役を押しのけるほどツンと来る」


「何の話ですか?」


「俺という人間を知りたいんだろう? ただ俺の話をしているだけだ。それとも鼎の話が聞きたいか? 悪趣味だろう? だから聞かれたことしか答えてやらねぇ。野球部のマネージャーってのはとにかくお守りと千羽鶴を作りたがる。俺はそれを背負っていく覚悟がまだ足りなかったかもな。でももうお守りは持ってるんだよ、他校の女子マネの分もな。それに込められた気持ちを俺は知らなきゃならねぇ」


「俺らの作ったお守りと千羽鶴ですか」


「そういうこと。なんて言ったらいいだろうな。鼎を育てたのは、お前らだ。でもお前らを褒めれば褒めるほど、俺の傲慢さが際立つ。トンビに油揚げをかっさらわれた気分になるだろう?」


「……それでええ。ようやくわかった。俺はあんたに嫉妬しとったけど、それでええんや。こんなに早う俺も遺言を遺すことになるとは思わんかった。俺らの自慢の姫があんたの元でちゃんと彼女をやれとるなら、そらそれでよかってん。俺らは望月さんを幸せには出来ない。あんたなら出来るんなら、あんたに託す。ようやく先輩の気持ちがわかった。望月さんのことを鼎、なんて呼べる男やないと無理やってん」


 同じ二十一歳と聞いているのにこのフジ・カケルは同い年とは思えないほど長生きしているように見える。目の色が深い。鼎を諦めるんじゃない。でも敵わない……。揺さぶって崩れるような目じゃない。鼎と知り合ったのはナカムラの方が昔でも、過ごした時間の濃さ、交換した想いの量が違う。これが鼎の認めた男の顔か。


「親の顔が見てみたいわ。ええ顔しとるね」


「ああ、親父に似ているってよく言われる」


「望月さんを幸せにしてくれ。さもないと殺す」


 ヨシダならどうしただろうか。今ならわかる。鼎への気持ちを殺し、サークルを守るためにフジの存在は絶対に隠ぺいする。それにフジがいることを裏切りだとも思わない。鼎には鼎の、幸福を追求する権利がある。自分たちに許された幸福の追求の限度は、鼎に飼われることまでだったのだ。

 だってここまで本音を赤裸々に話せるのは、鼎よりもフジの方なんだもん。もう鼎は……。




 〇




 としまえんでの心霊スポットマッチポンプ探検隊の取材はまだ続いていた。バイトの身である鼎と沈花からすると、ユニスポ分の取れ高は頑馬が稼いでいるし、イタミ社分の収穫は鳳落が十分に稼いでいるし、メッセと狐燐も戻ってきた。寒さと暗さで疲れた女子大生二人は、特に仕事をするでもなく『三香金笛抄』を読み直していた。


「狐燐さんによると幽霊は魂がある状態だから『魂も肉体も持たない戦士』ってのはオバケのことじゃないね」


「バカなりに考えを言ってみてもいいですか?」


「鼎ちゃん、わたしよりバカだったの? そんな人類がまだいたなんて驚きぃ。いいよ、言ってみてよ」


「戦士、ってことは戦わされてるか、戦ってるってことなんで、魂がないなら『たたかう』コマンドを誰が出しているかってことになりますよね」


「なるほど。『たたかう』コマンドを入力されたクラウドには魂がないもんね。ストーリーの中のクラウドには魂があるけど、プレイヤーの命令を受けて動くだけのクラウドは魂のないプログラムだ」


「つまり『魂も肉体も持たない戦士』はゲームのキャラ?」


 おバカのクセに鋭いじゃないか、それとも互いに刺激して急速に成長させあうことが出来るよき相棒? 盗み聞きしていた狐燐は何も言わず心の中で〇を出す。正解だ。裏側の世界のとしまえんに『魂も肉体も持たない戦士』、つまりサイバーアブソリュートミリオンがゲームの世界でサイバーマインと戦った。


「いつ頃に現れたのかは詳しく書かれていないね。でも鼎ちゃんの仮説通りならそんなに遠い過去じゃなさそう」


 ピカリと何かが光った。おいおい……。本当にとしまえんは心霊スポットか!? それともこの場所に後々建てられる予定のハリー・ポッターの施設の魔法が前乗りしているのか!?

 沈花の目は既に捉えている。無骨なフルフェイスのヘルメットを被っているが頭頂部だけはフッサフサ、けば立った羽毛のコートに包まれている細マッチョだ。こ、こ、怖いーッ。そんじょそこらのオバケよりよっぽど悍ましい変態不審者だ!


「頑馬隊長は苦手?」


「正直苦手です」


「あの人がレイって知ってるよね?」


「キエッ? ええ、まぁ知ってました。レイとジェイドは顔出しして活動してますし」


「じゃあ安心じゃん。レイだよ? あの強ぉいレイ。わたしは一人で探検してくるからさ、ちょっとレイと一緒にいなよ」


「わたしは体育会系の人はもれなく苦手です」


「そうなの? わたしもカンフーとリングフィットアドベンチャーやってるから体育会系だよ」


「……」


 せっかく仲良くなれたのに、この人も……。碧沈花もきっと地球人じゃないんだろうな。頑馬隊長探検隊の話が舞い込んできたときからこの人も普通じゃないってどこかで察していた。

 フジ、メロン、ユキはまだいい。頑馬とメッセも今はもう味方だという。しかし鼎はいかにして頑馬とメッセが味方になったのかも知らないし、夏に大学に駿河燈がやってきて侵略された後、立て続けに因幡飛兎身と犬養樹がやってきて圧力をかけられた恐怖を忘れていない。その鼎がイツキを拒絶し、それがきっかけでアブソリュートマン:XYZが覚醒したなんて知りはしない。怖いものを怖いと拒絶しただけなのだ。碧沈花も「怖い」のか?

 しかし明かりもない暗闇の中をまっすぐに歩く背中はまだ幼くても一端の戦士のものだった。自分の身柄はもう、沈花から頑馬に預けられてしまったのだ。

 幼いバカがバカなりに気遣ってくれている。それを斟酌する手段がバカのふりをすることなら、バカのふりして怖がらず頑馬の元へ行こう。

 鼎との距離が十分に取れたと判断した沈花は全身に血と気を張り巡らせて目の前の不審者に声をかけた。


「こんばんは。双右さんの怪獣軍団の一人?」


「そうかもな。名はカブロン」


「悪いけど帰って。今日は穏便に行こう」


「ダメだ」


 変態不審者が怪しげな拳法の構えを取ると沈花もスニーカーの踵を踏み鳴らしてゴア族カンフーの基礎を取り、左手の人差し指にエネルギーをチャージして暗闇の中に波紋が連なる。その波紋の輪を描くコンパスの針が打たれたポイントを通り抜け、紫の光線がとしまえんを舞う埃を一瞬照らし、舞わせ、燃やす。


「カブローン!」


 カブロンが頭頂部の頭髪を鷲掴みにするとウィッグが外れ、頭頂部だけくりぬかれたフルフェイス! そこはカッパのようにツルッツルの丸ハゲだ! そのツルピカの頭皮がケイオシウム光線を乱反射させて拡散させ、威力が無に消える。


「チェアーッ!」


 しかしケイオシウム光線を無効化するためには頭頂部を前に突き出さねばならない。次の動作は顔を上げて状況判断に決まっている。そのタイミングに合わせて沈花がゴア族カンフー攻めの奥義のハイキックで上に動こうとするカブロンの脛骨を強引に右にずらして関節と脳に振動とダメージを与える。面白いくらいにカブロンの挙動にその影響が現れた。好機! ドリブルというには乱暴なキックの連打! しかし対象をキープし、ハンドリング出来ている。


「チェッ!」


 頭頂部は今、沈花の見える範囲にない。カブロンの手や武器の類も今は遠い。何度もアッシュに狙い打たれたケイオシウム光線の発射台の細い指は安全、射線も着弾点もクリアだ。


「ケイオシウム光線!」


 ダダダダダッと背中、肘、足、膝、ヘルメットの後頭部に連射式ケイオシウム光線を撃ち込んで羽毛を燃やした後、ふと我に返って毒性を抑えた限りなく水に近い毒液で消火して対象を沈黙させた。そして毒を逆回転させた力……癒し(ヒール)でカブロンを回復させ、倒れるカブロンの前で体育座りしてしばし待った。


「うぅ……。強いなさすが四天王」


「何しに来たの?」


「ウラオビさんのシナリオだ」


「双右さんのシナリオか。だからなんだ。それで納得するわけじゃない。わたしはお人形じゃない」


「残念ながらヒール・ジェイド。全ッ部ウラオビさんのシナリオ通りだったよ」


「一回話し合った方がいいかもな、双右さんと。双右さんのシナリオ通りだったってことはわたしがそちらさんに勝つことも織り込み済みか。帰れ。今日はもう辞めといたほうがいいよ。レイもいるしメッセもいる。レイとメッセがいるってことはメロンもいる」


 楔形文字のポータルでカブロンが消える。はやり裏で糸を引いていたのは双右だ。モヤモヤ。沈花の心の中に、上手く戦えたこと以上にモヤモヤに覆われる。双右の動きが読めなくなってきた。双右は自分を使って何がしたい?

 考えないコマのままではいられない。鼎を守りたいと思ったこと、そして今日のこのとても短い戦いでは、誰の命令も受けず自分の意思で戦い始め、内容を組み立てたこと。

 双右のシナリオが自分を成長させることなのだとしたら、反抗期突入という裏目に出るのでは? 何が起きても「シナリオ通り」なんて言い逃れは出来ないぞ。

 沈花がモヤモヤに苛まれて座り込んでいると、肩に温かいものが触れた。


「沈花ちゃんも大変だねぇ全く。おっと驚いて振り向くなよ。冬の缶コーヒーは揺らすとめっちゃ熱くなる。今日は取材終了だ」


「狐燐さん」


「本当に難しい。作家と編集のマウントの取り合い。双右さんと話そう。わたしも一緒に行くよ。一つ忠告しておく。あんまり真人間になりなさんな。鼎ちゃんは無事だよ。でもそれに安心しすぎるな。辛くなる」


「……」

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