第9話 忘れられない場所
外庭数。職業は医師、そして異次元人“ゴア族”の族長。好きなものは名誉、力、賞賛。嫌いなものはピーマンと般若のお面。
ゴア族にはロードと呼ばれる神がおり、ロードに奉仕するという使命でその凶暴さを抑制している。ロードは強力な力を持っていたがずっと眠っており、ゴア族をはじめとするその星の生命に危害を加えなかった。そのロードに関わる神事、政治を司るのが族長である。
前任の族長は宇宙の支配を企み、自らの星のGODであるロードを改造して怪獣兵器にしてしまった。ロードを改造した怪獣は“マステマ”と名付けられ、暴走して制御不能に陥って宇宙のあちこちを血みどろにしたが初代アブソリュートマンに倒され、ゴア族も滅ぼされかけてしまった。
外庭が族長に就任すると、彼はまずロードの復活を試みた。ロードを祀ることでゴア族は一つになる。他の民族を侵略するにもまずロードの復活からだ。しかしダメージは甚大だった。ロードの細胞は生物学上生きているが、ゴア族の技術で復活は見込めなかった。星そのものであるGODの力に抗えないように、GODを癒すこともまた出過ぎた真似なのだろうか。いやそんなはずはない。前任の族長はロードをマステマに改造出来た。自分にも出来るはずだ。
GODにはGODだ。地球のGODは、不死身の再生力を持つという。その細胞を移植し、ロード、いや、怪獣マステマを再起動させる。そしてマステマを好きなようにコントロールすることで、外庭はゴア族を完全に支配出来る。これが外庭の計画だった。
GODは星の免疫細胞。外から来たウィルスへの対抗として必ず現れる。地球に注入する第一のウィルスは、まずは超ドラゴン怪獣サウザンXだ。第二のウィルスは、アブソリュートミリオンorジェイド。サウザンを倒すためにやつらが派手に暴れれば、GODは必ず現れる。そろそろ現れてもらわんとなぁ。自分がゴア族を解散させる、怪獣になっちまう。
地球人に擬態して暮らし始めて数十年。全身の骨は軋むし髪は白くなった。ジムで鍛えてはいるが、一九九センチメートルの身長を支えるには限界が来始めている。右目を覆う黒い包帯も人の手を借りなければ巻けなくなってしまったが、ゴア族の平均身長も下がってきている。包帯を巻いてもらうには座らねばならない。シュルレアリスムの代表的な画家サルバドール・ダリ(サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク1904年 – 1989年)のようなヒゲをねじり、外庭は甲板に上がった。
「テアッ!」
鋭い掛け声と同時に若者の悲鳴があがる。サクリファイスを追うアブソリュート・ジェイドをまだ止められないのだ。
船倉に到達したユキを数十の銃口と刃物、鈍器が狙う。ユキは胸の勾玉を右手で握って腕を伸ばし、左掌を添えてから肩を開く。勾玉が薄く細長く伸び、五十センチほどの刃渡りの剣に変化した。ジェイドセイバー! ジェイドを最強と呼ばせる神器の力! 刀身は名が示すように美しいヒスイ色、剣技は父ミリオン譲りだ。より一層増した凍気に、飲みかけのペットボトルがべコッと凹む。軽い一振りでジェイド目掛けて発射された弾丸たちが即座に凍結し、床に落ちて砕け散る。
「テアッ!」
「クソォッ! 聞いてねぇ! こんなの上から聞いてねぇ!」
「やるしかねぇ!」
ユキに左手を向けられた若手のゴア族が念力で吹っ飛ばされて壁にめり込み、分厚い氷に覆われて動かなくなる。コンテナの陰から撃ってくる敵に人差し指と中指で遠隔の二連デコピンをすると氷のミサイルが発射され、コンテナごと叩きつぶしてしまった。誰も彼女を止められない。奇声を上げながら巨大な刃物で襲ってきたゴア族に掌を向けると敵は念力で舞い上がり、手首を利かせてジェイドセイバーを縦に一回転、斬りつけられると同時に凍結した血肉はゴア族特有のドス黒い血と同じ色の吹雪となる。
「点火!」
KABOOM!
サクリファイスもフォークリフトに乗ったまま分身を爆破しながら若者たちに促されて逃走を続けるが、相手はまだ全然本気じゃない!
「サクリファイス」
「ジェイド」
「この人たちにわたしを攻撃するのをやめさせて」
「出来ない相談ね。ゴア族の一員として、わたしは……。わたしは最高幹部サクリファイス!」
ジェイドが最強らしくなく顔をしかめた。
「あなたはゴア族ではないわ、サクリファイス。網柄甜瓜でもない。あなたの本当の名は、鹿井響子」
「……何?」
「あの日のフットサルで、わたしはあなたの手を見た。少し肌が荒れていて、爪は清潔に切り揃えられて、包丁で切った傷跡があった。家事をしている手よ。母親の手。親指の皮が厚かった。ゲーマーの手。手は人生を語る。わたしの手はこう」
ジェイドがセイバーを持ち換え、右手をサクリファイスに見せつけると、剣を握って出来たタコと中指にペンダコがあった。ジェイドが歩んできた人生と、ジェイドの人間の姿・寿ユキが歩んできた人生の証だ。
「あなたには家族がいた。夫の名は凪。娘の名前は千穂。二人は異星人の無免許運転による交通事故で死んだ。そして響子、あなたも生死の境を彷徨う重傷を負い、一人の悪人によってサイキッカーとして体と記憶を改造されて蘇った。その美貌を醜く使おうとした悪人。それをやったのはゴア族族長外庭数よ」
「……フッ、なんとなくわかってはいたわ。自分の記憶が不完全だって。だって……。おかしいもの。あんなにメロンばかり食べて、特撮番組ばかり観て……。きっと鹿井響子もそうだったのね。メロンと特撮が多少好きだった。でも記憶を改竄するにあたって、改造の必要がないメロン好きと特撮好きをそのままにしていたら、希薄な自我のテトリスを埋めるためにその記憶が肥大してしまった。最高幹部なんて聞こえはいいけど、実際は若手を束ねるために用意されたゴアサーの姫。そんなところ? 気づいてはいたわ……。特撮番組がいつから好きだったのかわからない。DVDは二十年分用意されていて全て好きだけど、リアルタイムで観た記憶があるのはここ数年のものだけ。誰かと一緒に観たはずなのに、それも思い出せない」
「あなたの娘、千穂は少し変わった女の子だった。女の子なのに、男の子向けの特撮ヒーローに夢中だった。あなたはそんな千穂のために中野ブロードウェイに通った」
「何故特撮が好きなのか忘れてしまっても、中野ブロードウェイだけは忘れられない場所だったという訳ね。だからと言ってなんだと言うの!? わたしはもう鹿井響子じゃない。網柄甜瓜で、サクリファイス! そして網柄甜瓜とサクリファイスの人生は、族長のもの! 族長に救われたこの命、犠牲にする覚悟は出来ているわ!」
数千人の小型サクリファイスがユキにとびかかる! ワールドカップの決勝戦のように熱狂したサクリファイスのビックウェーブはユキの全身を覆いつくす。しかし自爆はしない。サクリファイスが起爆の合図を出しても爆音も爆風も発生しない。
「響子。中野ブロードウェイに行って。そしてゲームセンターで、昔の大会の動画を観るの。鹿井響子はそこにいる。中野ブロードウェイは、あなたを鹿井響子だと思っている。中野ブロードウェイに来るあなたが何も変わらなかったから」
「点火!」
KABOOM!
破裂音が船倉にこだまする。サクリファイスの自爆とは思えない、大人しくしけた音だ。シャボン玉が割れるようにただ小型サクリファイスは消えていく。そしてサクリファイスは口を抑えて膝を着き、体を震わせた。指の隙間……。母親であり、ゲーマーであった、鹿井響子だったものの指の隙間から真っ赤な鮮血がしたたり落ちる。真っ赤な、地球人の血だ。
「何故……」
「本当はわかっているんでしょう?」
鹿井響子が外庭数に改造され、網柄甜瓜となって習得した超能力“サクリファイス”。この超能力の特徴は四つ。
まず一つ。魂を削って分身を作り出し、自動もしくは遠隔で操作する。
二つ目。分身は感触・温度・距離などを感知するセンサーとなる。
三つ目。分身は自爆させることが出来る。
四つ目。自らの体や魂を自らの意思で“犠牲”にした時のみ、そのダメージを受けない。
そのため、自らで“犠牲”にしている分身の自爆でダメージを受けることはない。トカゲは自分の尻尾を“犠牲”にした場合、大きく体力を消耗するが、サクリファイスの場合、一切消耗はないはずだった。しかし今、自爆の威力は極限まで下がり、その削った魂での自爆ダメージが自身の肉体に現れている。サクリファイスの中に目覚めたジェイドへの友情か、本当の人格である鹿井響子の優しい性格か。ジェイドをゴア族への“贄”には出来なかったのだ。
「何故、鹿井響子のことを知っていたの?」
「わたしもユキも、中野ブロードウェイが好きだからよ」
ユキは血を吐くサクリファイスを抱えて浮遊し、自分の背後にポータルを開いて船倉を海水で満たし、一気に凍結させて力の差を見せつけるのと同時ゴア族の雑兵を氷漬けにした。そして冷たい床に来ていたカーディガンを敷き、その上にサクリファイスを寝かせてやった。
「何故、わたしを助けたの?」
「ここで終わるなんてそんな人生、あんまりだもの。鹿井響子にも、網柄甜瓜にも」
「フッ、やはりあなたが最強でよかったわ……」
サクリファイスの脳裏を走馬燈が駆け巡る。初めてゲームをした日のこと、誕生日だけメロンを食べさせてもらえたこと、門限を破ってゲーセンに入り浸って怒られたこと、凪に出会ったこと、千穂が生まれたこと、千穂を抱っこしてヒーローショーで握手をしたこと……。思い出の場所、中野ブロードウェイ。メロン好きと特撮好きの記憶は小さくなり、本来あった記憶のテトリスが正常にハマっていく。
「……族長の右目」
「何?」
「族長の右目は義眼よ。その義眼にサウザンのコントローラーが隠されているわ。でも族長を殺してはダメ……。族長はサウザンに自分の人格を移植しているわ。族長……外庭数を倒しても、族長の意識がサウザンの肉体に移るだけよ……。そうなったサウザンに弱点はない。操作者を倒すというセオリーが通用しなくなるわ……。サウザンを先に倒すのよ……」
「ありがとう」
「きっと、これを伝えることすらも族長の掌の上なのね……」
「どうかしら。でも死なないでね」
全ての敵を取り除いたユキは甲板に上がる。そして一人で潮風に当たる一九九センチの長身の老人と一五三センチの少女が視線で火花を散らす。
「外庭数」
「寿ユキ。いやアブソリュート・ジェイド。何から話そうか? そうだ、君にこれをやろう。ゴア族に伝わるとても原始的な刃物、“ゴアの守”だ。原始のゴア族はこの一本で植物を切り、肉を切り、敵を切った。割と最近まで鉛筆も削っていたがね」
外庭の掌から厚みのある小刀が落ち、乾いた音を立てた。
「とりあえず私の気が収まらないから、君はそれでまず小指を落としたまえ」
「何?」
「小指を切り落としたまえ。聞き訳が悪いと順序が逆になるな」
手品のように外庭の手に拳銃が現れる。ユキの記憶と照らし合わせれば、それは地球で使われている一般的な拳銃だ。何も問題はない。
BLAM! 至近距離でユキの眉間に弾丸を撃ち込む! 即座に氷で眉間を覆い、ダメージはカットしたが衝撃でユキの頭が大きく揺れた。
「小指を落としなさい。次は薬指。次は腕だ。ジワジワと八つ裂きにしてくれる!」
「……あなたにも話が通じると少し期待していた。挑発には乗らないわ」
少なくとも、ユキはサクリファイスとは心が通じたと思っていた。あのフットサルの日、全てのゴア族がサクリファイスのようだったらいいのに、と言ったことにウソはない。全てのゴア族がサクリファイスのようだったら、話は出来た。わかりあえたかもしれない。若手のゴア族はフットサルで地球人とも交流していた。だが、外庭数には通じない……。外庭だけがそうなのだろうか? それともこれこそがゴア族の本質なのだろうか?
「フン、ならば好きにしろ。もう一ついいことを教えてやる」
外庭の足元にネズミ花火を彷彿とさせる真円の火花が散る。結界のように外庭を囲った火花の円の中は、何も見えない暗黒だ。いや、暗黒ではない。金色の宇宙だ。
「ポータルを開けるのは君だけではない」
外庭の姿がユキの視界から消える。手のジェイドセイバーを握り直しながら、全感覚を張り巡らせて周囲を警戒する。いた。自分の上空約三十メートル! 空中にネズミ花火を描き、その円の中から、地球の重力とは逆さまに直立している。その外庭が懐から小さなボールを取り出し、手を放すとボールだけが重力に従って落下し、氷の平原になった東京湾にコツンと小さな音を立てた。
「来い、サウザン」
ボールの落下点から東京湾に直径約二〇〇メートルを超える巨大な火花の円が開かれる。外庭が開いた特大のポータルからは九十メートル近い黄金の柱が伸びて二本天を衝き、バサッと音を立てながら柱に沿って翼膜が展開する。巨大な翼の間から、三つの頭がしなやかに伸び、体に付着した砂金を散らしながら東京の空に舞い上がり、六つの目で寿ユキを威嚇する。その悪意に満ちたオーラを間近で受けたユキのメガネのネジが軋む。ユキは複雑な形に指を組み、ポーズをとった。組まれた指が蛍のような淡い緑の光を帯びる!
「ネフェリウム光線」
フジに撃った時は大違い、シュシュが吹き飛び、足場である船が氷を砕いて揺れる程の反動で大出力のネフェリウム光線が発射される! しかしネフェリウム光線はサウザンの目の前で拡散し、流れたネフェリウム光線がサウザンを守る球状の結界の形を浮かび上がらせる。そしてネフェリウム光線が表面を流れるままの球状の結界を激しく発光させ、エネルギー弾に変換して貨物船に向けてゆっくりと撃ち込んだ。
「一つ貸しだぜ」
突如現れた巨大なバリアーがエネルギー弾を強引に食い止める。昔の野球マンガの剛速球派ピッチャーのストレートのようにエネルギー弾がへこみ、潰れ、爆散する。その全てが一枚のバリアーに一方向に偏り、ゴア族の怪獣兵器に浴びせられる。ユキも船も、その背後の東京も無事のままだ。そして、サウザンもだ。
「カケル!」
「ゴア族のジジイ、それから姉貴。オークションだ」
「オークション?」
「このフジ・カケル、いや、アブソリュート・アッシュを味方につけたいのはどっちだ? いいことを教えてやる。俺は金で動く男だ。この力にあんたらはいくら出す?」
上空でバリアーの足場の上に立つフジはクルっと指先で輪を描く。お得意のバリアーのカッターだ。しかしフジはカッターが出来上がっても指を回すの止めない。その直径をどんどん大きくし、最終的にはサヨナラのランナーにホームへの帰塁を指示するサードコーチャーのように腕をブン回し、北海道のローカルタレントを苦しめたキング・オブ・深夜バスはかた号の長さ程の直径のカッターを頭上に回転させる。
「セアッ!」
斬ッ!
サウザンの中央の首をカッターが刎ね飛ばし、異形の龍とその首が氷を割って東京湾に沈んでいく。海中から真っ赤な血が氷の裂け目に滲みだし、ユキの乗っている貨物船を転覆させんばかりの波が襲う。最終兵器だったはずのサウザンが死んだ。しかし外庭は動じない。
「で、どっちが俺を競り落とす? おいジジイ。俺は今殺してやったバケモノ以上にいい働きをするぜ。すぐに決めろとは言わねぇ。おっといけねぇ。寿司の宅配が届く時間だ。あばよ」
スマホの画面を覗き込んでから、フジは高速で西の空に消えていった。ユキも外庭ももう追いはしない。
「ナメやがって、ガキが。フン、今日はここまでだ」
外庭もポータルを開く。その時だった! サウザンの沈んだ氷の穴が青白く発光し、氷が融解し、海が沸騰して蒸気をあげる。大型の弦楽器を松ヤニで不適切に扱ったような巨大な不協和音が貨物船の窓ガラスを粉砕し、背中から海底の熱水噴出口状の突起を生やした黒い岩石のような肉塊がゆっくりと東京湾に上体を起こす。肉食獣のような犬歯と光のない真っ白に濁った瞳はどこを見ているかわからない。ユキすらも眼中にはない? 右腕に持ったサウザンの中央の首を捕食し、唸りを上げる。ユキは目を見開き、額に汗を浮かばせた。
これがGOD。ユキには直感でわかった。強い怒りと怨嗟、そして自分に匹敵する力、存在感、カリスマ……。醜い姿ながらも、確かに神々しい。戦闘種族の血が騒ぐ。睥睨するGODに向けてネフェリウム光線のパターンに指を組んだ。
「計算通りだ。さらばジェイド。」
GODの目の高さに降りてきた外底が拍手を送る。そしてGODごとポータルで囲い、一瞬でどこかに消え去ってしまった。ネフェリウム光線が空を切る。……だが、当たっていても今の姿のまま、ユキのままではダメージにならなかっただろう。
「……」
ゴア族のアジトの壊滅、怪人G-斬、死亡したサウザン、そして黒幕は外庭数。今の地球人にはこの情報処理だけで精一杯だろう。ユキもジェイドセイバーを勾玉に戻し。少し疲れて座り込んだ。
次回、最終回。