第29話 プリンセス×プリンセス
としまえん!
東京都練馬区にある遊園地! 観覧車はないが、23区最大級のプールやウォータースライダー、海賊船やオバケ屋敷が持ち味のモヤモヤスポット! 春には桜が咲き乱れ、夏には花火とアジサイ、冬にはプールが釣り堀に! 時折大量のコスプレイヤーが出現! 映画のロケ地になることも多い。
2020年8月31日に惜しまれつつ、94年の歴史に幕を下ろして閉園した。
「偶然にしちゃ出来過ぎね」
今日一本目のエナジードリンクを喉に流し込んだメッセは耳をタップして頼れる緑の相棒に独り言に似た言葉を漏らした。
頑馬と鼎が同時にブッキングされることの状況、そしてロケーションはとしまえん。鼎は知る由もないが、としまえんはあのアブソリュート・マインが愛した場所であり、彼女は異次元にとしまえんのレプリカ“トーチランド”を作り出し、そこをアジトにしていた。ならば不可解な現象にも説明がつく。マインの本来の能力は鬼火で相手を爆殺することであり、不愉快な嘲笑は比較的マインとの接触が少なかったメッセも嫌になるほど聞いた。頑馬、としまえん、鼎。出来過ぎだ。
「頑馬はどう考えてる?」
「今は道化に徹するでしょうね。メロン、警戒を続けて。気づいたことがあったら随時報告する」
頑馬がこんな偶然に気付いていないはずはない。
あの図体で実は繊細なところを持つ頑馬はヤンキーらしく身内に甘く、特にあの戦い以降も自らを慕ってくれる弟に強い愛情を抱いていた。それは罪悪感の裏返しでもある。
バース、マートン、オー、メッセの四人が鼎を爆殺しようとした過去。それを許してくれたフジと鼎に出来る限りの贖罪をしたいと考えている。
それは世間へも同じ。ユニバーススポーツ新聞の名物キャラとしての使命をまっとうしようと粗暴でツンデレのヤンキーを演じ続けている。もちろん奉仕の精神だけではない。アブソリュートの戦士の地球防衛任務中は基本的に無給であり、任務終了後に一括で報酬が支払われる。兼業は認められており、ジェイドはミネラルウォーターと家賃収入、グッズのライセンスで収入を得ている。頑馬の主な収入源はユニスポの取材協力費とグッズのライセンスだ。そのためユニスポには真摯に向き合っている。殊勝なものだ。
「いや、わたしが軽薄で厚顔無恥なだけか」
とメッセは独り言ちた。
本当は鼎に声をかけてやるべきだ。しかし鼎の視線はやや下を向いて左右の動きはない。鼎とちょうど同じ背丈のプリン頭のアメリカンカジュアルギャルのジーンズを軸に落ち着いている。どうやら鼎はかつて自分を殺そうとした宇宙ヤンキーよりも新しい友人に安心を求めるらしい。それはそれで自然なことだ。
「ハジメマシテ。紅錦鳳落です」
「飛燕頑馬だ。今日は一日、世話になる。こっちはメッセ。とにかく頭が切れる。記事の中では副隊長という肩書だが、文芸に関してはアンタらがプロだ。上手く使ってやってくれ」
「ハジメマシテ」
190センチを超える巨漢同士ががっちりと握手した。メッセも鳳落、狐燐から名刺を受け取る。しかしメッセは私立探偵なんて物騒な名刺を出せるはずもなく、ユニスポ関係者ならばメッセの怪獣という身分もご存知だろうと口頭での自己紹介で済ませた。
「こちらはアルバイトの碧沈花と望月鼎です」
「ハジメマシテ」
そういう体で行こうということは、企画が決まったときにはメロンを通してメッセから鼎にも連絡済み。イタミ社が怪しい集団であること、また、今回の取材先であるとしまえんがあのアブソリュート・マインと縁の深い場所であることはいたずらに鼎の不安を煽るとして伏せるということは、メロンを通して頑馬とメッセは連絡済み。
管理者の開門でまだ取り壊されていない部分へ歩みを進める頑馬探検隊。するとウフフフーッ! 早くも怪奇現象、嬌声のお出ましだ。
「ナニナニ今の声!?」
「若い女の声だったよね?」
「若い女の子だったら江戸川さんがオバケの女の子をナンパしちゃうよぉ!」
頑馬にとって非常に難しい場面である。
まず一つ。鼎と沈花の仲が良いのはいいことだ。イタミ社が怪しい集団であることがメッセの考えすぎであれば、人見知りで難儀な人生を送る弟の恋人は良い友人を得たことになる。
二つ。女子大生が心霊現象に怯えて素のリアクションを取るなんてユニスポにとっては最高の展開だ。
三つ。今の声はマインの人間態、駿河燈に似ていた気がする。寿ユキ一派の中でマインとの接触が最も少ないのは頑馬だった。海水浴ではニアミス。怪獣供養の受付でマインが暴言を吐いた時、頑馬はもう会場の中にいた。頑馬はトーチランドに突入せず、サイバーミリオンとサイバーマインが戦っているときは通常の世界の大阪でバースと烈火の如き激戦を繰り広げていたので会っていない。羽田空港では大勢が決した後に捨て台詞と遺言を遺しに来たマインしか見ていない。マインと会話したことはなかった。それでも怪獣供養の会場内でのマインの嘲笑は嫌になるほど脳に刻み込まれている。1万2千年という前代未聞の年齢であるマインは、その人生で得た知識と経験全てを使い、初代アブソリュートマン以外の全ての存在の命と生き様を嘲笑したのだ。
「ビビんじゃねーッ! 頑馬隊長がついてるぞ!」
それに今はメッセがいてくれる。今のところは、道化でいい。
「……」
全てを疑え。メッセは飴玉を転がしながら、ファンサービスのホットパンツでとしまえんの中を練り歩く。
やばいパターンはいくらでも思い浮かぶ。イタミ社のメンバーが全員クロなら……。頑馬とメッセは二人でユニスポのサカモトと鼎を守りながら戦わねばならない。その程度ならどうにかなるだろう。偽ジェイドは雑魚だった。
だが……。まさかこいつら、マインを復活させたんじゃあるまいな? そうだったとしたらさすがに手に負えないぞ。
「鼎ちゃんはここによく来ていたんでしょう?」
「はい」
「どんな場所だったの?」
「珍しい……カブトムシ……」
全宇宙屈指の頭脳の持ち主、ユニスポ編集部のサカモトでも「珍しい……カブトムシ……」では何も書けはしない。
「碧さんは来たことないんですか?」
「わたしは……。そうだね。あんまり遊園地とかに行った記憶はないかな」
「何をして遊んでたんですか?」
「ずぅーっとゲームしてるか、ファッション雑誌を読んでいるか。うん、しかも少し古いゲームをしていたかもね。『星のカービィ スーパーデラックス』とか『ヨッシーアイランド』とか『MOTHER2』とか」
「初代スマブラのスタメンじゃないですか」
「鼎ちゃんはゲームは?」
「DS以降の記憶ですね。ずっと『ポケモン』のピカチュウが好きで」
「『ファイナルファンタジー7』はやるべきだよ。ジェノバ、セフィロス、クラウド……。いいキャラが揃ってる」
沈花はリュックサックから一冊の本を取り出し、目次を検めてからページをめくった。
「『新訳・三香金笛抄』によると、この場所には魂も肉体も持たない戦士が現れた、ということになっている」
「思い当たる節は全然ないですね。魂も肉体もない? 幽霊って魂はある状態なんですか?」
「その辺りを定義しないと江戸川さんもこれを書けないはずだよね。ほら、わたしはこの本を作ったときはまだ働いてなかったから。でもこのページがイラスト付きってことは狐燐さんは知っているはずだよ。狐燐さぁーん。このページのことなんですけど! 狐燐さん?」
「……虎威さんいなくなった?」
「え……オバケにやられたの? 頑馬隊長……」
「碧さん! わたし、あの人苦手なんでせめて副隊長の方でお願いします」
「副隊長ー! ……副隊長?」
鼎の背筋にぞくぞくと嫌なものが走る。この数か月で何度も味わってきた、鼎の危険予知への異常な反応だ。
「ウフフフーッ!」
また奇妙な声がする。
〇
「フジ・カケルさんですね?」
「おう」
「どぉうも、ナカムラです」
鼎がアルバイトに行っている間、スイカと天ぷら以上に危険な組み合わせが池袋で激突する……。
「フジさん、なんか食いたいものありますか?」
「お前は何かあるのかよ、食いたいもの。合わせてやるよ。……悪い、嫌な言い方になった。何が食いたい? せっかくだ、いいもの食おうぜ」
「俺はフジさんの食いたいものが食いたいんですよ」
ヨシダとナカムラのサシ飲みの夜、居酒屋を出た二人はアテもなく池袋を彷徨っていた。そして例の場所に偶然訪れた。南池袋公園である。薄暗くオシャレで緩やかな階段に持ち込んだツマミと酒で楽しくやるあの公園だ。フジと鼎がマンガの貸し借りをしたりする二人の本拠地の、あの公園だ。
非常に危険なニアミスだった。フジと鼎、ヨシダとナカムラ。鼎の存在に気付いたのはナカムラだけだった。フジと鼎はヨシダとナカムラに気付かず、鼎に想いを寄せていた名君は、その忍んだ想いへのご褒美か、恋人と一緒にいる姫がいることに気付かなかった。
ナカムラはそこでヨシダと別れて帰らせ、しばらく二人が座って話しているところを眺め、フジがタバコに立ったところでフジに話しかけた。暗い公園でなければ、またはフジが非常に劣悪な視力の持ち主でなければ、ビキビキに血走った目と剥き出しの嫌悪感に歪んだ超常現象会の二代目キャプテンの形相に強く動揺しただろう。
ナカムラはフジのことを知らないが、フジはナカムラを知っていた。今年の夏、飯能の河原でのバーベキューでナカムラはマインの手先であるカッパに襲われたが、フジはナカムラを見殺しにした。一命をとりとめたナカムラはマインにケガを治される代わりにその記憶を消去されたため、あの河原にフジがいたことを知らない。
フジは記憶の片隅にあった顔、そして鼎から聞いたことのあるナカムラという名前で乱暴に服を掴んできた男の素性を即座に察した。そして話し合うのは日を改めて鼎のいない場所で、ということで落ち着いたのである。
「ナカムラ。お前、レバーとビールは好きか?」
「ええ、好きですよ」
試されている。ナカムラはフジの食べたいものを食べる、と言った。ミスター・チルドレンのナカムラはデートのやり方なんて知らないが、フジと鼎がデートしているなら……信じたくないが……フジがリードするならフジの好物を鼎も食べているはずだ。フジが金持ちなら、鼎もいいものを食べているはずだ。
池袋でフジの後ろを歩きながらナカムラはプリンセスをたぶらかした男を観察する。貧しい身なりの男ではないようだ。ブランドもののマフラーに汚れのないブルーのブルゾン。髪の毛はおそらく四千円以上かけてプロに頼み、清潔感を保っている。靴も普段ナカムラが調達し行くような安い店では見かけないカラーリングとつやのあるスニーカー。全体的に漂うニヒルな雰囲気は超常現象研究会では類を見ない。同じくらいの齢でも人生経験の差が違う。
歩き方ひとつとっても違う。ナカムラは肥満体系ではないが、前を歩くフジのジーンズの中の肉は歩いても揺れないシャープに鍛えられたものであると、歩き方からも読み取れる。
少し距離が離れたところでフジはすっと振り向き、雑踏の中にいるナカムラを探さず一瞬で見つけ、無造作にポケットに手を突っ込んで彼を待つ。池袋でイキってもヤンキーもカツアゲも怖くないのだ。
しばらく繁華街を歩き、二人は雑居ビルの焼き肉屋に入った。
「おいナカムラ」
「なんや」
「全部吐き出せ。聞いてやる」
それが自分を揺るがせるほどの熱量であるならば受け入れる。ただし鼎は手放さない。そのつもりだ。
無念を! 食らうことも! その食らった無念を糧に強くなることも! フジの学んだ戦士の心構え! その無念を食らう様は兄姉と父、師、そして初代アブソリュートマンの偉容から学んできた。
覚悟は出来ている。罵詈雑言も嫌悪感も無念もぶつけられることに。
ただしこの戦いはフェアじゃない。フジはナカムラがマインに惑わされて鼎を邪険に扱ったことを覚えている。あの河原でもマインに媚を売り、カッパに尻子玉を抜かれる醜態を目の当たりにしている。しかしフジはそのことを盾にナカムラに反論することは出来ない。
ナカムラが勝てるはずもなかった。
ナカムラは確かに鼎を慕っている。しかし恋愛感情ではなく、身近に女子がいてくれる環境に感謝していたのだ。許せないのはフジよりも鼎なのかもしれない。ヨシダの遺言を聞いてしまったからには、ナカムラもこのまま引き返すことは出来ないのだ。
なんの勝負ならこのメガネ野郎に勝てる? ナカムラが勝利することで、鼎とヨシダにとって価値のある勝負は何だ?
「とりあえずビールから初めてつよぉい酒でも飲みますか?」
そうか。ショックだったのは、鼎は自分たちのNPCじゃなかったってことか。鼎には鼎の人生があり、超常現象研究会はその一端に過ぎない。学校の外に出ればバイトもするし恋愛もするのだ。自分たちの存在は鼎にとって大きく濃いものではないということがショックだったのだ。




