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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第27話 怪獣の本質

 敵が怪獣化・巨大化した場合はレイ。

 敵が人間サイズのままの場合はアッシュ。

 イタミ社がこの役割分担に気付いているかは不明だ。しかし頑馬がレイに変身してくれたことはこの男、鉄竹経修郎にとっては好都合を超えて僥倖だった。

 レイは高校生たちの喝采を浴びながら、彼らに影響が出ないよう陽炎のオーラをセーブしてその分を内にため込んでいる。ここでの勝負は純粋な殴り合いだ。暗殺者、忍者のギレルモ星人にこんな歓声は似合わないが、まぁいいだろう。会いたかった。会いたかった、レイに!


「レイよ。一つ聞きたいことがある」


「馴れ馴れしくすんな」


「何故お前は俺をスカウトしなかった?」


「おぉっといきなり意味が分かんねぇぞマヌケ。さてはお前、ウラオビの手先じゃねぇな?」


「いや、ウラオビの手先だぞ」


「ウラオビってのも大したことないらしい。こんなバカを雇ってるくらいだ。金はばら撒くほどあるんだからよっぽど人望がないようだ」


「レイよ、もう一度訊く。何故俺を、いや、俺でなくてもいい。何故、打倒アブソリュートのメンバー集め……。“虎の子の助っ人”にギレルモ星人を呼ばなかった。クジー、ゴア族、ゴッデス・エウレカ、エレジーナ……。悔しいが種族の壁でギレルモ星人がクジーとゴッデスに敵わぬことはわかっている。エレジーナもまぁいいだろう。やつらの持つサイキックは強力だ。だが集団ではないゴア族など雑兵にしかならぬ。使い走りが欲しかったのなら、ゴア族ではなくギレルモ星人でもよかったはずだ。何より我々はアブソリュートを恨んでいる。初代アブソリュートマンとアブソリュートミリオンに仲間を何人殺されたと思う? 動機はある。力もある。何故ギレルモ星人を誘わなかった?」


「くだらねぇ。そんなことがわからねぇなら所詮はパシリもまともに出来ねぇプライドだけのバカ野郎だ。よかったぜ、てめぇを誘わないでおいて。可哀そうなウラオビ。こんなバカが部下で。可哀そうなウラオビ。こんな程度のやつしか部下に出来なくて」


「当時のアブソリュート・アッシュに負けるようなあのゴア族で本当によかったと思うのか?」


「マートンを選んだことに後悔はない」


「ならば今から悔いろ。あのゴア族でなければアブソリュート・レイ一派はアブソリュート・アッシュを倒し、一勝は確実だった」


「当時の俺は若かった。自分が無敵だと信じて疑わず、ジェイドや初代にも勝てると思っていた。ただジェイドと初代の二人を同時に相手にするのは無理だからバースが必要だった。俺の最初の仲間はバース。よかったんだぜ? 当時の俺とバースの二人ででも殴りこめば俺たちの望み通り初代とジェイドの二人と戦えただろう。だが俺たちは若かった。もう少し旅をしようと一期一会を大切にした。結果、出会ったオー、メッセ、マートンはスゴウデだった。以上。俺はお前とも、ギレルモ星人とも出会わなかった。それだけだ。お前はバカだからダメだがギレルモ星人なら腕はいいだろうな。ああ、戦力が不足してるって感じたらギレルモ星人をスカウト候補に挙げたっていい。だが俺たちは出会わなかった。俺、バース、マートン、オー、メッセの五人で最強だったんだ」


「現実はバースとゴア野郎はアッシュに負け、メッセはメロンに負け、お前とオーはジェイドに負けた。ギレルモ星人さえいれば……」


「ゴア野郎じゃねぇ。マートンだ。それにそれだけ打倒アブソリュートにこだわるなら自分でやれ。ウラオビがそうするつもりならウラオビの力になれ。それも出来ず、一番アブソリュートに迫った俺に文句も言うようなやつならやっぱりお前はいらねぇ。お前は面白くない。一緒にバーベキューも出来ないしバンドも組めないしバスケも出来ない。これからお前がどれだけ強いが試してやるが、お前はバース、マートン、メッセ、オーに必ず劣る。強いだけの辛気臭くて面白くないやつはチームカラーにあっていない。それもわからないやつを入れようとは思わねぇな。そんなにアブソリュートを倒したくてしょうがないなら……。あ、すまん。あの時にいなかったってことはお前、マインにもスカウトされなかったんだな」


 おのれレイ……。おのれマイン……。


 弾けるような金属音。それが開始のゴングとなる。

 タン、タン、タン。それが続いて続いて、甲子園応援の定番、通称“魔曲”『ジョックロック』が流れ出す。レイを応援すべく吹奏楽部が急いで楽器を引っ張り出してきたのだ。

 魔曲がレイを鼓舞し意気を高揚させる。対する経修郎は宝玉を握る龍の如く掌を天に向けてやや肘を曲げ、それを衣と袖で隠す独特のスタイル。龍のようであり、何かを乞うようなポーズでもある。ギレルモ星人の誇りを表す貴であり、苦汁を舐めてきたギレルモ星人の賤でもある。


「ジャラッ!」


「フォッ!」


 レイの打ち出した巨大な拳の矢が一瞬だけ経修郎の衣に包まれた。岩石や金属さえ超えろと硬く硬く握りしめた拳は柔い柔い糸のように敏感に感触をレイに伝える。この拳は異様な逆恨みをモチベーションとするこのギレルモ星人に当たっていない。即座に拳を引くよう脳から命令が下るが、放たれたレイの拳は命令を無視して指を広げ、次の瞬間には掌を地についてレイの上半身の体重を支えていた。

 視界が濁る。掌にかかる重心が増える一方だ。足は何をしている? 震えている。手足と言った体の末端から順に目まい、耳鳴りと徐々に異変がレイの芯に迫ってくる。

 この症状は脳へのダメージだ。なんてことだ。『ジョックロック』の魔性は経修郎に味方するのだろうか!?


「毒を塗ったハサミか?」


「見極められぬならそこまでだ。だが答えをやろう。それは不正解だ。半分はあっている。ギレルモ星人はハサミで戦う。最強の“チョキ”だ」




 〇




 キッと鋭い音を立て、テンカウントの肘が体育館を滑り摩擦で火傷を負った。ロクに学校に通わなかった“怪獣”テンカウント……その前身“格闘家”ノーカウントは負うことのなかった傷だ。でもこんなのはビンの破片や酔っぱらいのゲボが凝固したものが散らばるアスファルトを転がされるのに比べてなんと軽度で健全なケガだろうか。

 ちょいちょいとフジ・カケルが指を動かしてテンカウントを挑発した。


「クソが! アブソリュート・アッシュが!」


「おい姉ちゃん。逃げろ」


 ネオンは体育館の出口のすぐ横に座り込んだまま動かない。顔を鼻まで膝にうずめ、汗でセットが崩れた髪の隙間からフジvsテンカウントの戦いを眺めている。微動だにしない。


「まぁいいか。安全っちゃ安全だ。こっちの爬虫類が敵に寝返ってもこのチンピラ程度は問題なし」


「ナーガは敵じゃないよ」


「ナーガ? どこかで聞いたな。ふぅーん。インド神話に起源を持つ、蛇の精霊あるいは蛇神のことである、か。案外俺も博識だな。ナーガ、だけで手がかり掴んだんだから」


 テンカウントのホワイトニングしたばかりの歯がミチミチと音を立てる。マウスピースがなければ折れていた。


「クソ! クソアブソリュート・アッシュ! 真剣勝負の最中にWikipedia見てんじゃあねぇぞ!」


「真剣勝負だァ? セアッ!」


 テンカウントのパンチをダッキングで躱し、174センチのフジが一瞬にして170センチのテンカウントの懐に潜り込み、ボディブロー! マウスピースが飛び出そうだ。フジがテンカウントの襟を掴んで顔を覗き込む。特攻服の怪獣は軽薄なヒーローに唾を吐きかけようと息を吸い込んだが、ドンピシャのタイミングで胸を蹴り上げられて息が詰まり、意識が遠のいた。その隙に糸を引くような回し蹴りで再びテンカウントの肘が焼け、痛みと怒りで気を取り戻した。


「……」


 もう回復している。何でも言える。「くたばれアブソリュート・アッシュ!」「童貞野郎が!」「雑魚狩りしてるだけの雑魚」「お前の彼女をマワしてやる」「レイなら俺をワンパンに出来た」。アッシュにぶつけたい暴言はいくらでも思い浮かぶ。でも今、呼吸、舌を動かすと真っ先にこの言葉が出てしまう。


「強い」


 怪獣になってもなお、アブソリュート人とは勝負ならないのか……?

 実際のところ、ウラオビ率いる組織ではテンカウントはイタミ社社員ですらなく、ウラオビ私設の怪獣軍団の一員の中では強い方、程度だ。

 怪獣軍団はテンカウントやリュウノスケのようにウラオビに唆されて怪獣になってしまった、或いはされてしまった元人間であり、ウラオビにとって本命のイタミ社メンバー四天王の鉄竹経修郎、紅錦鳳落、虎威狐燐、碧沈花には遠く及ばない、敵の主戦力への勝利を期待されていない雑兵だ。

 四天王でも碧沈花は気さくに怪獣軍団にも雑談を持ちかけてくれる。彼女曰く四天王内でも戦力格差は大きく、一時はアッシュを追い詰めた沈花が最も弱く、次に弱いのが戦闘と暗殺のプロの経修郎。文筆業やデスクワークを本業としているが自衛のために戦闘手段を身に着けた紅錦鳳落と虎威狐燐の強さは経修郎より上の異次元の強さであり、かつての“虎の子の助っ人”レベルだと言う。戦いたくはないけど戦えるようにした、っていう程度のあのオネエと仮病がそんなに強くていいのか!? あの二人が机で楽な作業をしている間にランニング、ウェイトトレーニング、シャドーボクシング、瞑想、栄養管理なんかで鍛えてきたテンカウントや経修郎はそんな二人に負けてしまうのか!?


「強くなりたい」


 乗り換えたわけじゃあねぇさ。今でもテンカウントの心には、ノーカウントだった頃に憧れたメッセの姿がある。でも今、一番気になるのは碧沈花だ。恋心もどこかにあるのかもしれない。しかし沈花への憧れはレイ、頑馬、メッセへの憧れとは違う。ノーカウントがテンカウントになってしまってからまだ数か月。その間に碧沈花は爆発的な速度で成長し、強くなっていった。元々の才能もある。既に人間として極限近くまで鍛え、伸びしろがなかった自分の行き詰まりもある。もっと早くから自分に投資しなかった手遅れもある。だからこそ沈花の成長は輝いて見えた。どちらかというとメッセに抱いた憧れよりも頑馬とレイに抱いたものに近い感情だ。そういうものが男女の間だと恋愛感情に変わることもある。しかし相手はエリート。一方自分はゴミ。

 ゴミゴミゴミゴミゴミ。

 沈花はアッシュに諸刃の剣の強化形態を使用させた。自分は強化形態どころじゃない。

 やはりテンカウントと沈花の最も大きな差は経験値だったのだろう。下手に経験を積んだテンカウントは、勝てない相手には勝てないと戦いの最中でわかるようになってしまった。


「もう終わりだ。どうするかな、この場合。和泉に渡すか、姉貴に渡すか。こいつが単品で来たならこいつの単独犯だったかもしれねぇがあのギレルモ星人が出てきたってことはウラオビ……」


「ねぇアッシュ! ウラオビさんを知ってるの?」


「むしろ知らねぇのかウラオビ・J・タクユキ。この間ネットニュースになったろ」


「そうだよ、おかしいと思ってたんだよ! ウラオビさんはリュウノスケくんを紹介してくれた。変な人だったけど、悪い人には見えなかった! あのウラオビさんだよね? 渋谷でお金をバラまいて、ジェイドと睨みあった。同姓同名のドッペルゲンガーじゃないよね?」


 そう。ネオンにリュウノスケを紹介してくれたウラオビ・J・タクユキは数週間前、ネットに五億円ばら撒きと怪獣の使役を宣言し、それを実行した。ネオンがウラオビに会ったのは例の五億円事件の前の一度っきりだった。それ以降はウラオビとコンタクトを取る術もわからず、ウラオビに成果の報告と感謝を述べることも出来なかった。


「個人的にウラオビを知ってるとなると話が変わってくるなぁ。あいつには近づかない方がいい。あいつは……」


 リュウノスケを紹介してくれた、か。今さらフジが諭したところでネオンの中からウラオビへの感謝を追い出すことは不可能だ。それどころか鯉住音々もウラオビへの仁義から怪獣へと転身する可能性も捨てきれない。


「ウラオビさんがやったんだね? ウラオビさんがこいつを送り込んだんだね? ウラオビさんが、レンマ最終章をめちゃくちゃにしたんだね!?」


「……そうだ」


 ネオンは嗚咽を漏らして全身を震わせ、さらに縮こまってしまった。ネオンがまだ体育館の中にいてよかった。こんな姿は誰にも晒せない。“完璧”の鯉住音々ではない。


「おい姉ちゃん。いや、鯉住音々。お前さんは俺のことをどういう風に聞いている?」


「アブソリュート・アッシュを? アブソリュート最強の戦士ジェイドの弟で、鋼鉄の正義漢アブソリュートミリオンの息子。態度や言動は乱暴だけどビシッと決める強いヒーローだよ」


「そうか。知らねぇんだな」


 ――俺がただのクズだって。


「ヒーローらしい仕事をしてやる。これでも俺は一応、アブソリュートで結構いい教育受けてきたからヒーローの心得もある。いいかネオン。こいつを恨むな。ウラオビのことも恨むな。こいつもウラオビも俺たちがケリをつけてやる。ただしお前さんに、ウラオビにされたことを一切合切忘れて何事もなかったかのように生きろなんて言わねぇ。悔しさはあって当然。ただし恨むな。恨みにとりつかれると人は変わってしまう。鯉住音々は鯉住音々の本質を変えず、強い心の持ち主のままでいろ。強い心をすでにお前さんは持っている。お前さんの力じゃどうしようもない強い暴力や脅威には、俺やレイやジェイドが立ち向かう。こういう説教も一応ヒーローの仕事だ。やり直せよ、レンマ最終章」


「……。そんなの関係ないよ。ウラオビさんが悪人だったらそれを容認することは出来ない。でもウラオビさんへの感謝は捨てない。ッッッお前に言われなくてもわかってるッッッ!!! でもレンマは終わりよ! レンマは今日終わる運命だった! いや、運命じゃない。わたしがそう決めた。ウラオビさんのおかげで終われて、ウラオビさんのせいで終わった! 最終章をやり直せ!? 出来るわけないじゃない!! これ以上レンマを続けて、ウラオビさんに感謝するなっていう方が無理よ! リュウノスケくん抜きのレンマももう無理よ! レンマはもう終わったの! レンマは完結したの!」


「おいおい、そうそうヤケになりなさんな」


「ヤケじゃない! ありがとうウラオビさん! でも、裁かれろ、ウラオビさん! アッシュ、レイ、ジェイド! 後は任せた! ……写真を撮らせて、アッシュ。次のヒーローショーに活かす!」


「無粋だってわかってるがアッシュじゃねぇ。今はフジだ。……いや。俺はアッシュ。アブソリュート・アッシュ! さすらいの星クズは、ジゴワットの輝きだ!」


 瓦割パンチがテンカウントにとどめを刺し、アッシュが空手の型で残心した。テンカウントの気絶を完全に確認したフジはキッと鋭い眼差しをナーガに向ける。


「リュウノスケくん」


「慎重に選べよ、“怪獣”ナーガ。その気なら相手になってやる。だがわかってるだろう? お前が本物の外道になれば鯉住音々とアブソリュートマン:レンマのキャリアが汚される」


 寸胴の体でナーガが両手と両膝をついた。安定していた上下の動きが激しくなり、出入りする空気の量も増えていく。逆立った鱗同士がジャラジャラと鳴り、頭の位置が下がっていった。戦う意思はない、とアブソリュート・アッシュの経験則は判断した。


「どうした。体育館で泣きながら土下座とかもうバスケがしたいです、以外に出るセリフねぇぞ」


「戻れない」


「あぁ? 手ぶらでウラオビのところには戻れねぇってか?」


「体が元に戻らない。どうしてだ?」


 怪獣への変身方法は自然と習得していたのに怪獣から人間に戻る方法がわからない。ウラオビは何か言っていたっけ? いや、怪獣になる方法もウラオビからは聞いていない。おそらく“こう”すれば姿の切り替えが出来る、という方法は言語化できない感覚でわかっているのだが、それを実行しても姿は寸胴、鱗、牙、ヒレの怪獣のままだ。

 フジは右の耳を人差し指で二回タップしてメロンを呼び出した。


「メロン。何かわかるか?」


「ナーガをサーチさせて」


 現在、フジについているメロンは分身から分身を増やせるリーダーメロンである。そのリーダーメロンから分身がどっと増え、蹲る怪獣を囲む防衛隊の如くナーガの体をよじ登って体の異変をサーチした。ナーガの顎の下、逆鱗の位置に緑の魑魅魍魎が多く重なる。


「ユキにも遠隔で診てもらったわ。ここ。ここに大きな傷がある」


「チンピラボクサーに執拗に攻撃された位置だな」


「ここがナーガの弱点らしいんだけど、ここのダメージが大きくなり過ぎて、ナーガの自己治癒力が本来の人間の姿と癒着してしまっているみたいなの。この逆鱗だけはナーガでも大森龍之介でもない状態。だから元に戻れない」


「今の体はナーガベースだから、そっちに合わせて逆鱗を治し直してもう一度完全なナーガになれば大森龍之介に戻るスイッチも復活するのか? ならその逆鱗を死なない程度にブッ壊せばいいのか」


「そうはいかないみたい。ナーガの状態で受けたダメージはナーガの代謝と回復力で大森龍之介に戻ろうとする。その方法でもう一度完全なナーガに戻すことももう出来ない」


「じゃあ姉貴の治癒では?」


「ユキの治癒は基本的に対象の生物が持つ回復力を増幅させる仕組みだから、ユキがやっても同じことよ」


「詰んだ」


 それを口に出してしまうあたりがまだ未熟な戦士なのだ、アブソリュート・アッシュ!


「どうする、ナーガ」


 今度の問いはナーガに全てを委ねるものだ。


「俺はどうしたらいい?」


「残酷だが、俺に怪獣の生き方はわからねぇ。ただ言えるのは、この地球に異形の怪獣の居場所はない」


「……。ネオンさん。俺がまだ人間の心を残しているうちに聞いてくれ。俺の恋人の藤守響っていう女を、頼む。友達になってやってくれ。あんたに負けず劣らずの特撮好きで、自主製作の特撮を撮ろうとしている。ヒビキが負けているのは才能じゃなくて周囲の人間、環境のせいだったって思いたい。あんたといればヒビキもあんたと同じくらいに」


 外からの『ジョックロック』より鮮明に体育館に拍手の音が反響する。壇の上に立っているのはスーパーモデル以上のルックスと着こなしのスーツ男、ウラオビ・J・タクユキだ。


「ウラオビさん」


「こいつがウラオビか」


 ウラオビへの恨みを持つ者、ウラオビへの感謝を持つ者、ウラオビへの使命を持つ者。三人の若者の視線が薄ら笑いの浮かぶ点で交差する。


「おっと! 君とは戦えないよアッシュ」


「ビビってんのか?」


「半分ね。今戦うと僕は君に負ける。でも君如きにウラオビ・J・タクユキの最期は譲れないよ。リュウノスケくんに話があってきた。君を戻す方法はあるよ」


「今すぐやれ」


「僕の話をこれ以上邪魔するなら僕はもう何もしないで帰っちゃうよ? リュウノスケくん、君を戻す方法はある。君の変身方法はアブソリュートで言えばジェイド、レイ、アッシュ、シーカー、マイン、それから怪獣ならバースやメッセと同じくインナースペース方式だ。僕の会社にはインナースペースからもう一つの姿を引っこ抜いて強引に戻すことが出来る優れた人間がいる。でも僕はすぐにそれをしてあげない。どうしてだと思う? リュウノスケくん」


 リュウノスケは何も言わなかった。ウソでもなんでもいい。ウラオビの気に入る答えを出さねばならない。


「時間切れぇ。僕は君が嫌いだからさ。君の恋人、ヒビキちゃんはとてもいい子だ。そんなヒビキちゃんを君は心底愛している。そしてヒビキちゃんも君をとても。それがただただ羨ましくって気に入らなくって、猛烈に! 強烈に! 激烈に! 気分を害した。愛とはこうも美しいものなんだね。君はもう終わったんだよ、大森龍之介くん。僕に出会った時から、ヒビキちゃんを想った時から、ヒビキちゃんに出会った時から。怪獣になったことを悔いるなら、ヒビキちゃんと過ごした全ての時間と幸福を呪え。愛ってこんなに美しく潰えないものなんだね。愛が永遠だというのなら、全治永遠で許してあげるよ、ナーガくん」


「ネオンさんはどうなる?」


「彼女は別に。美人は好きだけどただの美人だ。僕がメチャクチャにしたかったのはネオンちゃんじゃない。大森龍之介と藤守響だよ。なっただろう? 鯉住音々をメチャクチャにしたことで、大森龍之介と藤守響はメチャクチャになっただろう?」


「なんだか気の毒な奴だな。ウラオビ・J・タクユキ。マインの猿真似が限界か」


「マインは君のことを高く評価していたよ、アッシュ。高く評価されていてもあの扱いだったけどね。じゃあ僕は帰るとしよう」


 マインの模倣犯はゴア族特有の楔形文字を残して消え去った。やつはまだ何か切り札を隠していた。その切り札が何かはわからないしこの人口密集地であんまり大きな規模の戦いは避けねばならない。

 轟捨亜(ゴウシャア)! ウラオビはこれを察知していたのか!? アブソリュートの中でもひときわ巨大なレイの刃状の角がここまでアッシュが死守してきた体育館の壁をかち割って壇上の校章を引き裂いた。電線が切れてしまったのか体育館だけは無音。校舎と校庭には避難指示の放送が流れている。


「おい兄貴!」


「何をしているアッシュ……。さっさとその姉ちゃんを逃がせ」


「加勢するか? それとも姉貴を呼ぶか?」


「加勢? 舐めんじゃねぇ。俺はお前があのヒオウにボコられてるときに加勢したか?」


「任せた。ネオン、ナーガ」


 ナーガはアッシュの手招きする方向へ歩かなかった。壁の裂け目から、倒れるレイのその先の経修郎を見据えている。


「俺があのギレルモ星人と戦う」


「ナーガ?」


「アッシュ。あんたには何かレイに加勢できない理由があるんだろう? 俺は知ったことじゃない。ウラオビさんへの恨みを……」


「ふさわしくないな」


「何?」


「アブソリュートに味方する正義の怪獣の存在はゼロじゃない。今だってメッセがそうだ。だが恨みを持つな。恨みと固執があるうちは悪だ。ましてやレイは“アブソリュートミリオン二世(セカンド)”。泥を塗るな。俺もかつては恨みにとりつかれていた。今でもその恨みはゼロじゃない。ウラオビの言った通り愛ってやつは全治永遠さ。俺も永遠に恨み続ける相手はいる。でも抗い、固執を捨てろ」


 ナーガは考えていた。このままレイに加勢するとネオンはどうなる? ヒビキはどうなる? ネオンは学校で暴れた危険な怪獣と手を組んだ異常者になるのか? ヒビキは……。

 愛こそが全治永遠でその代償がこの姿ならヒビキからリュウノスケは永遠に失われた。もう大森龍之介はこの世にいないのだ。


「恨みは捨てるように努める。固執は捨てられないな、アッシュ。ネオンさん、ヒビキを頼む。アッシュ、ネオンさんとヒビキを頼む」


 テトリスの隙間をどんどん無視するように、日めくりカレンダーの8月が15日を超えていくように、何かが取り返しつかなくなりながらナーガは巨大化し、鱗に包まれた白身の筋肉を躍動させて経修郎の顔面に強烈なパンチを入れた。経修郎の口吻がメトロノームになる。

 タン、タン、タン。


「『ジョックロック』だ」


 魔曲が再び波乱を呼ぶ。安全な場所まで避難した高校生はナーガの登場、さらに控えるアブソリュート・アッシュの存在で安心し、演奏を再開したのだ。甲子園とは無縁の高校の応援団が二人並んだレイとナーガに応援の雨を降らせる。音のビッグウェーブの中に幽かに混じる声がある。リュウノスケには聞き慣れた、溌溂とした、毅然としたヒーローの声が……。


「かっとばせー! レーイ! オイ! かっとばせ! レイ! かっとばせーレーイ! レイ、レイ! オーッ!」


「かっとばせー! ナーガ! オイ! かっとばせ! ナーガ! かっとばせーナーガ! ナーガ、ナーガ! オーッ!」


 口吻でどうやったのかは不明だが経修郎が舌打ちのような不愉快な音を立てた。レイは、ナーガに自分の隣に立つことを認めた。経修郎、もしくはギレルモ星人の誰かが立つはずだったレイの隣に。


「フォフォフォ……。殺すとするか」

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