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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第25話 アブソリュートマン:レンマ

「さぁみんな、大きな声で応援してね! アブソリュートマン! レンマァーッ!」


 鯉住(コイズミ)音々(ネオン)(22歳)。

 元気な声が東京都練馬区屈指の大型公園、大泉中央公園に響き渡る!  シンと澄んだ秋の夜、明かりはまばらな街灯と遠くに見える自衛隊朝霞駐屯地へ向かう車のライトばかり。それでもネオンの額からは汗が飛ぶ。


「頑張れ頑張れ負けるなレンマ! もっと大きな声で!」


 キツい、苦しい、辛い……。しかしその笑顔にウソはない。一呼吸入れたネオンの顎から下の空気が白く濁る。ベンチに置いていたスマホを回収し、録画停止ボタンを押して今度は再生。本当に危ねぇよ……。若い女の子がバカげた声量で真夜中に大声、しかも人通りも少ない僻地の大型公園、さらにこの公園ではまれに土下座したジャージを着た男が別のジャージの男に蹴られながら泣いていることもある。いざって時のスマホまで手元に置かない。いろんな意味で本当に危ない。

 ネオンはカメラから動画再生アプリに切り替えた。


「やぁ! 俺の名前はアブソリュートマン:レンマ! 東京都練馬区だけの平和を守るスーパーヒーローだ! 俺の目が黒いうちは、練馬の平和は永久保証!」

 ※コラボお待ちしています。


 再生数は三桁。これがネオンの趣味。そして将来は仕事にしたい。

 ネオンはそこそこ大きい大学で芸術を学んでいた。そこでヒーローショー研究会に所属して現在は会長であり、東京都練馬区の平和だけを守るローカルヒーロー、アブソリュートマン:練馬(レンマ)のマネジメントとヒーローショーのMCとアテンドをやっていた。

 ヒーローショー研究会のメンバーは四人。

 アブソリュートマン:レンマの変身前の姿西(ニシ)(タケシ)を演じる、目が虚ろな細マッチョの生田目(ナマタメ)有人(アリヒト)。しかし虚ろすぎる目からイケメンとはいいがたく、無口なため“スタープラチナ”の蔑称を得る。

 レンマのスーツアクターで空手が得意の鯖江(サバエ)(ケン)

 レンマにアテレコする美声超滑舌の調布(チョウフ)凛治(リンジ)

 一芸だけならかなり粒揃いの面々だ。しかしネオンのみけた違いのスペックの持ち主で、清潔感と透明感ある精悍で溌溂でとした美人、張りのある声と滑舌、照れに負けずショーで笑える度胸、さらにヒーローショーの脚本にレンマのデザイン、スーツの作成、テーマソングの作詞作曲、宣伝、交渉にいたるまで行う。筋肉美、空手、美声の一芸しかない男子三人とは大違いで総合力の高い才媛だ。

 その「頑張り」なんて言葉では片づけられない熱意と努力は……報われなかった。

 レンマショーに死力を尽くしたネオンは就職活動を行う暇がなく、年が明けた3月にはフリーターになる。

 映画館でのバイトで声と度胸を鍛えたものの、稼いだ金はレンマスーツとボイストレーニングとエステと撮影器具、編集ソフトに突っ込んだので貯金はない。レンマのソフビを作ってストップモーションやミニチュア撮影もやったがこれも金がかかる。

 それでも熱意が潰えない。ネオンの能力なら特撮の制作会社に就職することは容易だっただろうが、ネオンはレンマにこだわってしまった。一応、必死の売り込みで地元のお祭り程度には出演出来るものの、ネオンの地元練馬(ネリマ)には現在も大絶賛放映中の老舗特撮番組『マスクファイターZ(ザエモン)』と『威嚇戦隊! 能面ジャー』の二つを制作している撮影所がある特撮の総本山であり、ローカルヒーローの入る余地はなく肩身は狭い。

 しかしそんな不利な土地でも挑み続けることに後悔はない。もしネオンに欠けているものがあるとすればそれは忍耐だ。しっかりとプロに入り、自分のヒーローを持てるまで臥薪嘗胆すればよかったのに。


「留年しちゃおうっかなぁ」


 夜も遅いのにブラックの缶コーヒーを開ける。こんな時間に飲んでもすぐ眠れるほど疲れ切っている。明日、また明日が来る。そしてまた明日はまた明日へ。アリヒト、ケン、リンジの三人と出会った時とは違い、明日も未来も先細りしていく。三人はもうすぐ卒業する。三人は芸術学部じゃないので卒論を書いた。ネオンの卒業制作はなんだ? 提出期限はまだだがレンマスーツ、レンマのテーマ、レンマの最初の動画だけでも卒業制作には十分なくらいだ。


「いやぁお見事!」


「誰!?」


「何、通りすがりのレンマファンです。レンマの動画、観てますよ」


「ああ、ありがとうございます」


 隣のベンチに座っていたのはシックなスーツに身を包んだ、アリヒトとは比較にならない絶世の美男子だった。足を組んだポーズの気障さをはるかに上回る存在自体が気障すぎるほどのイケメンだ。


「僕の名前はレンマの動画のコメント欄の一番下にありますよ」


「ウラオビ・J・タクユキさん?」


「はい。僕はいくつに見える?」


「二十三、四ですか?」


「そう言っていただけると嬉しいね。つまり君より年上だ。だからアドバイスしよう、鯉住音々さん。君たちには足りないものがある」


「ハァ?」


「怪獣だよ。レンマの強さを誇示するためには敵を倒さねばならない」


「本当にレンマのファンですか? レンマってそういうヒーローじゃないんですけど。レンマは何もやることがない。それ即ち練馬の平和。レンマは何もしないからいいんですよ」


「一つ、君のこだわりがレンマの活躍を妨げている。二つ、君以外のメンバーが力不足。これが弱点だ。全部これに尽きる。君以外のメンバーは力不足なのに、そのメンバーにも君はこだわっている。じゃあ打開するには全員が少しずつ妥協し、こだわりに目をつむって優秀な人材を入れるしかないんだ。君はレンマで何がしたい?」


「……レンマを完結させたい。そしてプロになって新しいヒーローを作りたい」


「ならば変革の時だ。僕の知人に一人、特撮好きの男の子がいてね。しかもお金持ちだ。大森龍之介というのだけど、彼も自主製作の特撮を撮ろうとしている。いい仲間になれるんじゃない?」


 こだわっているうちはよくても現状維持か……。ネオンは空を仰いで思いを巡らせる。レンマは……。レンマを終わらせる時が来たのだろうか。


「その人を紹介してください」


「ええ、いいですよ。しかし欲張ってはいけません。彼はあくまでも、レンマの有終の美を飾る、終わらせるための怪獣。そして条件があります。怪獣のデザインはこちらで決めさせてください」


「それはレンマの世界観に合うかどうかでわたしが最終的に決めます」




 〇




 練馬文化センター! そこで行われた区のイベントの前座でレンマショーが行われる。リハーサルは完璧だ。新しくネオン一派に加入したこの大森龍之介という男、実に勤勉で真面目で謙虚、特撮愛もネオンに負けず劣らずだ。怪獣スーツを着た状態での動きも上々、レンマの最初にして最後の敵には適任だ。


「みんなァー! こんにちはァー! 練馬文化センターへようこそ!」


 肝心のネオンが進行をミスることも全くない。ショーはつつがなく進み、期待のニューカマー大森龍之介扮する怪獣ナーガが登場した! ナーガは心霊スポットでもある練馬区石神井公園三宝寺池に不法投棄されたアリゲーターガーに、戦国時代にこの池に身投げした姫に思いを寄せた侍の怨念が乗り移ったものである、とネオンによって設定が追加された。


「大きな声で呼んでね! レンマー!」


 ……。牛タン串のキッチンカーの方が人気じゃねーか畜生。畜生!


「安心しろ! 俺が来たからには練馬の平和は永久保証!」


 レンマのソバット! 練馬の名産品大根の力を宿した大根ソードで滅多打ち! ナーガも負けてはいない。ズシンズシンと押し込んでレンマと互角以上の力比べを演じる。


「さぁ! レンマにパワーが溜まったわ! 必殺! ネリマウムスパーク!」


 バシーンと必殺パンチ! 怨念が浄化され練馬の大地に還った。観ていない。誰も観てはいない。いつからだ……。あれだけ体に突き刺さっていたこの静寂をいつの間にか受け入れ、包み込まれて安らぎを抱いていたのは……。


「握手会もありますからねぇ!」


 どうせいつも通りの静寂。ならいつも通りするだけだ。いつも通り手を抜かず、完璧であれ。


「……じゃあ、一列でお願いします! フラッシュ撮影はお控えください!」


 牛タン串のお客の約半数がレンマを先頭に連なり、子供たちが次々と手を差し出す。子供の手を握るたびにレンマの手袋から汗があふれ出した。そして初老の男性がレンマに握手を求めた。


「お嬢さんらは大学生かい?」


「わたしはそうです。レンマはアブソリュートの戦士です! ニシ・タケシは練馬大根の漬物工場の跡取り息子です!」


「よくやってる。実によく出来ている。SNSをフォローさせてもらうよ」


「ありがとうございます!」


 スタントマンレベルの動きで最敬礼をしたネオンに拍手が送られた。やはりネオンに偽りはない。レンマを“始めた”ことへの評価と好奇はあった。しかしレンマを“続けた”ことへの評価はない。続かなければ終われないのだ。

 レンマは終わる。

 その日の夜。区内某所の焼き鳥屋での打ち上げ中に異常事態が発生した。


「みんなお疲れ様。今日のショーは史上最高だった。リュウノスケくんもありがとう」


「俺はウラオビさんに紹介されただけだよ。あんたはすげぇなネオンさん。本当にすげぇよ。……プロになれるよ。脚本家でもデザイナーでも営業でも広報でも、上手くいけば女優でも。学生レベルじゃないよ」


「ありがたぁい」


 ピコンピコンとネオンのスマホに通知が連発する。SNSにアップした今日のショーの動画に好意的なコメントが殺到しているのだ。


「なんだこの数!? ウワーッ!」


「どうしたネオン?」


「こここ虎威狐燐がフォローしているぅ! ギャアアア!!! 虎威狐燐がレンマのイラストを描いているぅ!」


「虎威狐燐だって!?」


 虎威狐燐。数年前に中堅月刊誌に彗星の如く現れた若き天才マンガ家。代表作は『東の宝島』で、アニメ化の後に劇場編集版が公開された。『東の宝島』は虎威狐燐が二十歳から二十四歳の約四年間しか連載されなかったが、そのバケモノ、天才、オバケと称される画力とストーリーの完成度によって未だにファンの間で語り継がれる名作である。『東の宝島』終了後、虎威狐燐は連載を持たずイラストレーターとしてSNSでは人気者のインフルエンサーだ。

 虎威狐燐の投稿したレンマのイラストは白と黒のはずなのに百万ワットの輝きだ。ネオンの描いたイメージボードとは格が違う。


「うっれしいけど複雑な気持ちだ」


「どうしてだよ。素直に喜べよネオン」


 リュウノスケにも虎威狐燐にも感謝はする。しかしリュウノスケと虎威狐燐の力がなければ今日のショーも今まで通りの、学生のお遊戯に過ぎなかったのだ。ウラオビ・J・タクユキの言う通り、改革しなければ何も……。


「最後にいい思い出が出来たよ」


「ああ」


 リンジとケンが照れながら乾杯をする。それはホセ・メンドーサと戦い切った矢吹ジョーが最後の力を振り絞ったような弱弱しい乾杯だった。

 やり尽くしてしまったのだ。アリヒト、ケン、リンジは死力を尽くして力を使い果たしてしまった……。

 それをネオンも察してしまった。


「みんな。最後に一つだけわたしのお願いを聞いて」


 ネオンが大ジョッキのビールを一気飲みしてガチンとテーブルに叩き付ける。延長ラウンドのゴングだ。


「レンマ最終章を作る」


 しばしの静寂。ヒーローショー研究会にとってレンマが成功、財産、矜持であれば、ネオンのお願いは今までいい夢を見させてくれたリーダーへの恩返しになる。逆に失敗、苦痛、試練であれば、この期に及んでまだ我儘かと愛想を尽かされる。そのどちらであるか、ネオンにはわからない。ようやくネオンは気づいた。自分は独裁者だったのだ。


「最後に一回だけ、本当に頼む。それとは別件で、ここからレンマがバズった場合のことだけど……」

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