第23話 ドストライク
第三種目 野球
・競技中に相手を殺害してもよい。
・武器の使用は可。
・使用者がグラウンドに直立した状態での腰の高さを超えない高度で展開される超能力の使用のみ可。
・プレイヤーが殺害されるなどで人数が足りなくなった場合、プレイヤーの補充に制限はない。
・99点差がついた時点でコールドゲーム。
・打者がいなくなった場合は敗北。
・打席・走塁中に選手が殺害された場合、アウトにはならない。
・敗北したチームは死刑。
「さすがに野球は無理ではないか?」
「策はある。うぅん。大丈夫か? イツキ」
イツキは変わらずポーカーフェイス。まだまだ肉体的な疲労には程遠いはずだ。こいつのフィジカルの凄さはフジが一番よく知っている。そうだ、かつてのマインやヒトミ以上にフジがよく知っている。それ故に心配な点もよく知っている。メンタルの弱さ、不安定さだ。イツキはまだ、殺しの理不尽さをよく知らない。確かにイツキはマインの元で悪に従事してきた。しかしイツキを可愛がっていたマインは殺しに絡むような危険なクエストから彼女を遠ざけてきた。フジと組んでからはアデアデ星人キシ・モクシの部下を殺したことがある。しかしあれはエウレカ弾の銃を向けられた殺すか殺されるかの瀬戸際であり、殺しに正当性があった。
しかしこの競技大会はどうだ? 一方的な虐殺じゃないか。フジだって少し前ならこんな理不尽な殺しは納得出来なかった。ミリオンという揺るがぬ殺意が幹にならなければ良心の呵責に食い潰されてしまう。そのミリオンだってこの殺しを楽しんではいない。そもそもミリオンだって殺しを楽しんだことはない。
総合力では初代、ジェイド、レイに劣れど、アブソリュートミリオンの評価が高いのはこの“確殺”の誓いによるところが大きい。その精神の強さ、迷いのなさがアブソリュートミリオンの強さとイコールで結ばれる。しかしこの“確殺”こそミリオンの弱みでもある。再戦、復讐を恐れるが故の勝利=殺害。若き日の父のその“確殺”の誓いに触れてしまったせいでフジの中でアブソリュートミリオンの像がぼやける。
レイならどうしただろうか? ジェイドならこのヤクザたちだって救うことが出来たのだろうな。ミリオンではヤクザを殺すしかなかった。ジェイドなら救える。この二つの間でアッシュの気持ちは揺れる。レイならここで迷ってもきっとすぐに答えを出せるはずだ。だからいくら強くなったつもりでもまだ自分はジェイドとレイに劣るのだ。
そんなジェイドもレイもミリオンもよく知らないイツキはなんの手がかりもなくこの殺人に身を投じ溺れつつあるか、それとも殺しへの答えは既にマインと導いているか。
「キャッチャーが俺。ピッチャーが親父。セカンド兼ショート兼レフト兼センター兼ライトがイツキ」
「おいおい……。そいつはちょっと無理があるんじゃないか?」
「技術的に問題はない。野球はよく観てるし俺の身体能力なら現状での知識のアップデートで高校生レベルの守備は技術でもインサイドワークでも可能。イツキはもっと大丈夫だ。こいつはガキの頃から東京ドームで死ぬほど試合を観てる。親父はどうだ?」
「俺もピッチャーの動きなら草野球程度の知識はある。身体能力はお前と同じだ。知識をしっかりと更新して把握すれば再現出来るはずだ」
先攻:ヤクザチーム
1番 中 ダイボク
2番 二 サンギ
3番 遊 キンエ
4番 左 ラセ
5番 三 リュウエイ
6番 右 カンバル
7番 一 バイキュウ
8番 捕 スイトウ
9番 投 ショウホク
後攻:地球チーム
1番 一二三遊左中右 犬養樹
2番 捕 フジ・カケル
3番 投 セリザワ・ヒデオ
「どう勝つ?」
「スコアボードの計算上、一イニングでは99点までしか取れねぇ。でも99点差がついた時点でコールドゲームだ。だから初回は0点に抑えてウラに99点取れば勝てる」
「本気で言ってるのか」
「適宜考える。マウンドに行ってくれ。球は低めに集めろ。バリアーを張る。“使用者がグラウンドに直立した状態での腰の高さを超えない高度で展開される超能力の使用のみ可”。このルールがある限り、低めのボールを後逸することはない」
プレイボール!
この勝負、またしてもキーマンはイツキだ。野球に一番詳しいのはイツキ。そしてマウンドより後ろは内野・外野問わず全てイツキが守らねばならない。
ヤクザチームの1番打者、ダイボクが左バッターボックスへ。このケース、アウトに出来る条件は三振かフライのみ。地球チームにはファーストに選手がいないため、イツキがゴロを捕ってもファースト送球は不可。外野へのゴロなら打球判断によってはセリザワ、フジがセカンドとサードのカバーに入ってランニングホームランだけは何とか免れるか……。
イツキの守備位置はライトの定位置。左打者の引っ張りを警戒してセカンドかサードで刺そうって作戦だ。
初球!
「ドグサァ!」
アウトローへのストレートを空振りッ!
2球目ッ!
「ドグサァレェ!」
真っすぐのインロー!
「ブヂゴラァ!」
後逸覚悟で度胸を見せつけるインハイ! ビシッと決まって空振り三振! セリザワの投球、フジの捕球、両方とも思った以上に様になっている。
S
B
O●
サンギが左バッターボックスへ。イツキの守備位置が少し浅くなる。この位置に根拠はない。勘だ。
「イツキのやつ、よく考えているな」
「ああ、長打はいらねぇとヤクザも気付いただろう。当てて転がしてくるぞ」
初球!
「オドレェ!」
レフトへのファウルだ。どうやら振り遅れているらしい。しかし振り遅れているということは、イツキのいるライト側ではなくレフトに飛ぶということ。イツキの位置がライトからセンターの浅い所へ変わった。
2球目!
「ジャケェッ!」
打球はセリザワの頭上を越えてセンター返し! サンギの足は速くない。センター浅めで守っていたイツキの捕球が間に合い、フジがサード、セリザワがセカンドへとダッシュする。しかしヤクザたちは長打はいらないとわかっている。サンギ、余裕をもって無人のファーストでストップ。ここからの攻撃はもっと簡単だ。さすがのお嬢もファーストに張り付くしかないはずだ。
「……ウソだろ?」
現在のイツキの守備位置はやはりセンター浅め。つまりファーストは無人のままだ!
「アッシュ、どう守る?」
「親父、わかってた? なんだかんだでこの試合、やっぱり俺らに不利なんだ。俺は低めの球ならバリアーで後逸せずに済むけど、低めに集めるなら打球はゴロになりやすい。イツキ一人じゃファーストにヤマを張ってファーストゴロしか狙えねぇんだ」
「ならば高めか……」
「まぁいいさ。今のこの場面なら高くていい。うんと高くていいぜ。俺には見えてるからな、イツキが」
3番キンエが右バッターボックスへ。アブソリュートミリオンの狙いはもう決まっている。うんと高くていい。
「……」
初球!
キンエでもこれはわかる。明らかなボール球だ。見逃すのが最善択。キンエの意識がボールから逸れる。ボールの向こうにはアブソリュートミリオン、その後ろにあのお嬢。そのお嬢が随分と……。全力疾走していないか?
「走らせて刺す! セアッ!」
イツキがセカンドベースカバー! フジの鉄砲肩でサンギの盗塁を刺した。イツキは笑顔の一つもありはしない。
「ランナーいる方がかえって守りやすいな」
「おいアッシュ」
「なんだ?」
「お前、その……。本来の時代に恋人がいるらしいな」
「おぉっとイツキもだいぶ親父に懐いたな。昔はセキセイインコより無口だったのに」
「イツキが言うには、その娘はイツキよりいい女らしい。だとしたらどえらい上玉だ。そうそういないぞ、あんなに気の利く女も。どうやって口説いた?」
「イツキはちょっとなぁ……。イツキに惚れんじゃねぇぞ。無愛想二人が両親になるなんてまっぴらごめんだ」
S
B●
O●●
「いい気になるなよ、ボチボチ殺しちゃる」
対戦は続行! 右打席に立っているのはフィジカルエリートのキンエ(30歳)! 珍しく貧困世帯の出身ではなく、将来有望な高校球児だった。このヤクザの組では高卒がそもそも珍しい。しかもキンエはプロ野球にも入った。しかし成績は伸びず、二軍での野球賭博やロッカー荒らしで解雇。野球賭博の縁で組に入り、ヤクザ草野球で無双に近い成績を残す。
イツキはファーストに山を張ってファーストゴロに備えている。その初球。ランナーなしでは低めに集める配球を読み切って、インローを捌きレフト線を破る好打だ! イツキは間に合わない! しかもキンエの足はまだ錆びついていない。的確にベースの角を踏んで最速でベースランニングし、セリザワが鈍足でボールを追っていく。間に合わない。キンエがサードベースを蹴った!
「イツキ! この場面ではどうするか決めてたろぉう!? やれ!」
ファースト後方から光が消える。闇が放たれ光が吞まれたのだ。闇はカメラのレンズを絞るように一点……イツキの右手に収束し、スタジアムのカクテル光線がその姿を照らして幾重もの影を作る。左手を前に突き出し右手を引き、暗黒の矢を三本番えた射手の構えを!
「Δノワールアロー」
「グブ……」
イツキから放たれた漆黒の矢がキンエの脇腹を貫き、闇が血を引いて三塁側ベンチに突っ込んで何人かのヤクザを負傷させた。
「グォオオオオオ!」
キンエはまだ絶命していない。Δノワールアローは急所を外れていたのだ。
ここまでの種目でキンエはいったい何を見てきた? コウシンは死んでもゴールした。運動が苦手なインドア派のカクデンも勇猛果敢にアブソリュートミリオンに立ち向かっていった。スクールカーストなんてありはしない無法の島だったが、アメリカ風に言えばジョックスであったキンエが多少の「痛い」「怖い」「逃げたい」で怖気づいていいはずがない! モヤシのカクデンでさえ意地を見せたんだ!
死んでもホームインしてやる。ホームまではまだ走れる……。
「一つ! 所詮は不良の筋肉バカ! どれだけ鍛ってもフェアプレーもスポーツマンシップも、人の道すら知りはしねぇ! 二つ! ヤクザになっても名を売るどころか人にヤク売り媚を売り! プライド高めの俗の低め。やっと見つけた極道で、三つ目のアウトを取られる前に、兄貴のために男一匹キンエの生き様、目に焼き付けてくだせぇ、サンセンの兄貴ィ!」
一歩、また一歩とキンエがホームに向かって歩みを進める。Δノワールアロー着弾時に前に散った血を踏みながら一歩一歩……。
「……」
「……」
立ちふさがる、フジ・カケル。ボールはもうセリザワからフジにバックホームされているのだ。タッチすればアウトになる。イツキの狙いはフジの注文通り、射抜いた場所は正確で最適だった
・打席・走塁中に選手が殺害された場合、アウトにはならない。
このルールがあるのなら、本塁が陥れられそうなら野球のルール上ではなく命の方をアウトにして殺すしかない。しかし捕球直後、投球直後のフジとセリザワでは打者走者を攻撃することは難しい。広く守って余裕があり、Δスパークアローの同系統の技であるΔノワールアローがあるイツキがやるしかない。
しかしだ。即死させた場合は上記のルールでは「アウトにならない」ため、一点を守ることしかできない。そのためあえてイツキは急所を外し、キンエを半殺しにして「絶命していないうちに」フジが本塁でアウトにすればいい。冷酷にミットがキンエに触れる。
「……Out!」
それは悲しいボディランゲージ。主審からアウトとタッチ時にはまだキンエは生きていたことが宣告された。キンエ死亡のタイミングは主審の胸先三寸だった。キンエにお前は最後まで駆け抜けた、と労いをかけてやりたかったのなら、その情が災いし無情のスリーアウトとなる。
キンエ(享年30歳)。
「ナイス、イツキ。大丈夫か?」
「わたしは大丈夫。もう殺しには耐性が出来てきたつもりだもの」
「殺しへの罪悪感に大丈夫ってことはない。性欲と違って発散することが出来ない蓄積するマイナスの感情だからな。残酷な指示だったはずだ。俺でもまだ嫌なものは残る」
「勘違いしないでよ、フジ。わたしたちの関係は対等。師弟じゃないよ」
「そうだったな。さぁ、切り込み隊長行ってこい」
バシッとフジがイツキのヘルメットを叩いた。フジはまだミスター・チルドレンなのでイツキの肌や服越しに触ることが出来ず、なるべく体温を感じないところにしか触れられない。
「99連続ホームランしか勝ち目はない。そう考えると攻撃の方が絶望的だ」
・打者がいなくなった場合は敗北。
イツキ、フジ、セリザワが出塁し、全員がベース上にいると打者がいなくなって自動的に敗北になる。そうなるとヤクザチームの動きはわかりやすい。地球チームの人数をもっと減らせばいいのだ。
でも危険球による頭部死球での殺害をヤクザチームは狙ってこない。その気ならその狙いはバレバレだから見逃すのは簡単、当然ボールになる。そもそもヤクザチームの球威でイツキ、フジ、セリザワが殺害可能には思えないので、出塁後……おそらくファーストベースでの殺害狙いが最も濃厚。なので出塁出来てもシングルヒット、フォアボールは危険だ。
というかフジの言った通り、ホームラン以外で自動的に敗北になる。
イツキ、左バッターボックスへ。イツキは年に20試合以上東京ドームで野球……というかビールのお姉さんを観に行く大の野球場好き。バッターボックスでの構えもフジにはよく観慣れたものだ。
その初球!
「アシャ!」
やはり頭部死球ではなく真っ向勝負! イツキのバットが火を噴いた。ボールはセカンドの遥か頭上を越え右中間を……。
「弾道が低い!」
「イツキィ! ランニングホームランを狙え!」
快足はファーストベースを蹴ってセカンドへ。しかし当たりが良すぎた! 打球はフェンスに激突して大きく戻り、クッションボールの処理に奇跡的に成功したライトからドンピシャでボールが戻ってくる。さすがのイツキもこれ以上の進塁は不可能だ。ツーベースヒット。通常の野球なら先頭バッターとして十分な仕事だ。しかしフジは絶望していた。
「終わった……」
「……」
フジより少し勘の鈍かったイツキもようやく気付いた。この試合は、負けだ。
「敬遠しろッ!」
ヤクザチームにも少しは頭の回るやつがいるらしい。さっきのバスケの時、ベンチで血涙を流していたヤクザだ。あいつだけは少し空気が違う。
その一味違うヤクザ、サンセンの言う通りである。繰り返しになるが、この試合は変則ルールにより打者がいなくなった場合はそのチームの敗北となり、さらに敗北は死刑である。
このため、続くフジ、セリザワが故意四球により敬遠されれば満塁にはなるが打者が不在になる。
「アッシュ」
「何か考える……」
「俺にはそこまで絶望的には感じないぞアッシュ」
「お気楽で羨ましいぜ」
何か手を考えろ。何か手を……。フジ、右バッターボックスに立って必死に打開策を探す。しかし無い。何もない。バットは握っているが力は込めていない。
キャッチャーのスイトウが極端にファースト側に寄って立ち上がった。敬遠だ。
「ん?」
そう、敬遠。
ここで改めて説明すると、敬遠(故意四球)とは、あえてストライクゾーンへの投球を行わず、意図的に四球を出してバッターに安全進塁権を与える代わりにバッティングを行わせない戦術である。一点の重みが大きい延長戦やタイトル争いが苛烈なプロ野球のシーズン終盤では珍しくない光景である。
「あららぁ! やっぱり俺たち未来人だったぜ!」
フジとイツキの暮らしていた2020年、敬遠の形は少し変化している。
日本プロ野球では2018年より、敬遠はバッテリーの負担軽減と試合時間短縮を目的とした“申告敬遠”という形へ変わっている。
申告敬遠は、守備側のチームが敬遠の意思表示をした場合、ボール球4球の投球を行わず、審判による申告敬遠の宣告と同時に打者は一塁へ行く。
しかしここは! 1969年(仮)! 申告敬遠はまだ存在していない! そのことをすっかりと忘れていた! この時代ではまだ4球投げねばならないのだ!
「4球もあるなら頂くぜ」
フジへの敬遠第2球!
「サードだ!」
三塁手リュウエイのグラブにボールが収まったときにはもう遅い! 惚れ惚れするほど完璧なスタート、スピード、スライディングの3Sでイツキの三盗が決まり、捕球したリュウエイがイツキの姿を捉えた頃にはもうイツキはサードを踏んだまま立っていた。ホント、いい女だぜ。
「まさかホームスチールもする気か!?」
ホームスチール警戒……。変化球はダメだ……。緩い球は時間がかかりすぎる……。フジは右打席。敬遠するならキャッチャーはギリギリまでファースト側に寄るのがセオリーだがそれではサードから走ってくるイツキに遠ざかる……。
球速は少し上げ、もう少しホームに寄らねばならない……。投げるのが怖い。捕るのが怖い。
ちなみに2023年のメジャーリーグでは投手がボールを持ってから15秒以内に投球をしないとボールになる。そのためボールを15秒以上持ってボールになる、を4回繰り返せばルール上投球せずに四球になるためバットは触れないし走塁も出来ないのでこれでも地球チームは詰んでいた。もしこのスタジアムのルールブックが2023年のものに更新されれば申告敬遠、15秒ルールにより、イツキがホームランを打てなかった時点で地球チームは負けていたのである。
「丁か半か!」
フジへの第3球! さっきよりは球も早い棒球! そしてホームにも近い!
「ストライクゾーンよりちょっと外れた女と付き合ってるもんでね。絶好球!」
メシャア! 敬遠球に強引にバットをブチ当てる。衝撃でカクテル光線が逆に照らされるほどの雷光が迸り、白球が右中間スタンドに突き刺さった! 文句なしのツーランホームラン! 快足は必要ない。悠々と歩いてホームインしたフジが同じく歩いて本塁へ戻ったドストライクの女……イツキとハイタッチする。この程度なら触れても大丈夫だ。
「ナイスバッチ」
「ド真ん中を打ち損じるよかボール球をしっかり打つ方が割れ蓋に綴蓋で俺にはお似合いだ」
……。
「鼎ぇ……。そろそろ帰りてぇな」
1
ヤ0
地99x
金メダル:地球チーム