第22話 怪獣治外法権地帯
ひっそりと、マルチアース8ケラ島から“代表選手団”約300名が地球に護送された!
開催国の地球日本国東京からはアブソリュートミリオンのみが参加する予定だったが同じくアブソリュート人のアブソリュート・アッシュ、地球人の犬養樹も緊急参戦する! 問題はない! 最終的にはケラ島から参加する選手団が全員死ねば目的は達成される。
また! このヤクザオリンピックでは全ての競技にて妨害が許可され、相手を死に至らしめても問題にはならない!
「サンセンの兄貴、このままじゃおいらたちただの皆殺しですぜ」
「故郷で死ぬことも許してくれんのか」
「随分あくどいことをやりやしたからね。それが勲章でもあった」
「俺らのやることは簡単だ。健闘しろ。健闘すりゃケラ島じゃヤクザになれば地球でアブソリュート人と戦えるってガキが憧れる。脱走して地球で暮らす目もあるぜ。アブソリュートミリオンを倒せたらもしかしたら恩赦で放免もあるかもしれないってくりゃあ俄然やる気が湧くだろう?」
「それが出来るのは兄貴くらいでしょう。……それにヤクザに憧れてヤクザになった訳じゃねぇっすけどね。なるしかなかったんだ。ヤクザになってから憧れたヤクザならいる。あんただ」
第一種目 400メートル走
・最下位は死刑。
・後ろからは戦車が追いかけて来るので追いつかれたら死刑。
・競技中に邪魔な奴は殺してもいい。
「じゃあ兄貴、おいらこの種目に出場予定なんで……。逝ってきます」
「カタキは取ってやる。必ずミリオンとチバを倒してやる」
パァン! とスタートの号砲! まず頭一つも二つも抜けたのは青い影と黒い影、即ちフジ・カケルと犬養樹だ! 2020年に肉体的な全盛期を迎えた彼らは最新鋭のトレーニングと脚力を鍛えあう関係もあってヤクザ共では話にならない! 速い! あまりの速度にレーンに焦げが残っている。
「だぁあああ!!!」
第一競技の400メートル走では最初からフジの眼中にはイツキしかいない! スタートダッシュで後れを取った。唯一眼中にある背中は遠ざかるばかりだ。
「セアッ!」
カーブに差し掛かったところで競技場の中心からレーンを走るフジに車軸のように雷が落ち、強化形態へと移行した青の戦士が急加速する。最早両者のデッドヒートはカメラでは追えない! 後方ではゆっくりとキャタピラを進ませる戦車に乗った警官が槍や拳銃で鈍足ヤクザたちを殺している。ヤクザの血がフジとイツキの加速で焼け付いたレーンを鎮火していった。
「畜生が」
しかし今大会目玉のアブソリュートミリオンは生憎にも鈍足。戦車の射程距離ギリギリで距離を保ち走行する。余裕をもってヤクザと警官たちの出方をうかがい、どの程度の妨害があるのか見極めるつもりだったのに既に主役はフジとイツキだ。
「勝った……。イツキに勝ったぞおい! はぁ……」
第一種目 400メートル走
金メダル フジ・カケル
銀メダル 犬養樹
銅メダル ダイボク
……
……
9位 セリザワ・ヒデオ
この競技に絶対の自信があったイツキ、落ち込む。しかしまだ総合優勝の可能性は大いにある! ヤクザ共はもちろん、ミリオンは本当に鈍足だ。陸上競技が続けば総合2位は十分に狙える。
「まだ長距離走があるもん」
「ふえっふぇっふぇ。でも400メートルは俺の勝ちだ」
ヤクザオリンピックはまだ始まったばかりなのにフジはもう強化形態を一度使ってしまった。このままではバテる。対するイツキのスタミナは無尽蔵! ヤクザ全滅まで時間がかかり、競技大会が長引けば有利なのはイツキだ。
「あ、兄貴ィ……」
虫の息の下っ端ヤクザが兄貴分のサンセンに手を伸ばす。この下っ端の名前はコウシン(21歳)。貧困家庭に育ち、母、姉、妹の全員が売春婦になっていた時期がある。家族の売春を止めることは出来なかったがせめて管理をしたい。無茶な勤務や悪い客の相手をさせたくない……。なのでヤクザの世界に入って家族をヤクザの管理下に入れるしかなかった。そして素敵な兄貴分サンセンに惚れこみ、ヤクザの誇りを手に入れ、すぐにチバに蹂躙された。
ヤクザオリンピックでは400メートル走に出場し、ゴール手前で戦車に撥ねられて上半身と下半身が分離し、上半身がゴールを通過したため完走となる。
「ひでぇことしやがる……。許さねぇ、チバの野郎はよぉ……」
「サンセンの兄貴ィ……。おいらの遺言聞いてくれぇ……」
「安心しろ。チバは必ず殺す」
「ハハハッ、そんなこと頼まなくてもあんたならできらぁ。おいらの妹……。あんたの嫁にしてくれよ……。憧れてんだ……。ハハッ、そしたらおいらがあんたの兄貴になっちまうな。じゃあ姉の方で……。なぁ兄貴ィ……。掃きだめでも情までは……」
「コォォォウシィィィン!!!」
コウシン(享年21歳)。
〇
第二種目 バスケットボール
・競技中に相手を殺害してもよい。
・武器の使用は可。
・使用者がコートに直立した状態での腰の高さを超えない高度で展開される超能力の使用のみ可。
・ファウルはあるが、明確に殺害を目的とした暴力行為の場合はファウルをとられない。
・ファウル五つで死刑。
・プレイヤーが殺害されるなどで人数が足りなくなった場合、プレイヤーの補充に制限はない。
・敗北したチームは死刑。
「この競技のことはよくわからんな」
「親父の世代じゃそうだろうな。俺らの世代じゃあもうアレよ。この競技をテーマにしたマンガが金字塔を打ち立ててな。同じバスケマンガってだけでアレと比較される。下手すりゃスポーツマンガってだけでも。いや、マンガってだけでもだ。アレの方が面白い、アレの方が傑作って面白さ議論でもないのにぶっ込んで自爆テロで聖戦を仕掛けて来て結局アレの評判を下げてるバカなファンのことを俺はイ〇ラムダンクって呼んでる。実際傑作だよ。俺もファンだ。ダメなのはそういう分別のないファンだ」
「ならばルールはわかるな?」
「ああ。あのルールに則ってこの変則バスケをクリアしよう。キーマンはイツキと親父だ」
「だからこの競技のことは知らん」
「だから追加ルールを見とけ。“殺しに行って殺した場合はノーファウル”。親父はとにかく邪魔なやつをブッ殺してくれ。片っ端から殺せ。バスケは俺とイツキでやる」
ボールを受け取ったイツキがピタッと指を這わせる。懐かしい感覚だ。トーチランドではずっとフリースローゲームをやっていたっけ。
「バスケは本来五人でやるがこっちは三人。しかも一人はルールも知らねぇ。でもイツキならどうにか出来る。オフェンスは全部イツキに任せる。俺はイツキを守って邪魔するやつを殺す。24秒ルール、8秒ルール、5秒ルール、3秒ルール……。とにかく攻撃は素早くやれって競技だ。イツキのマークがきつくなって秒数がオーバーしそうな時だけパスを受ける。OK?」
「ディフェンスはどうするの? 向こうも殺しに来るし、高さ制限があるからブロックとリバウンドをバリアーですることは出来ないよ」
「お前がやられるとゲームオーバーだ。イツキはファウルと殺害を避けることを第一に考えろ。最悪向こうにゴールされていい。そしたらこっちボールだ」
「三vs五でディフェンスがザルは危険かも」
「じゃあスリーポイント頼む。ヤクザは2点ずつ。こっちはイツキのスリー。交互に点を取りあえば勝つ」
ティップオフ! ジャンプボールを制したのはフジだ。阿吽の呼吸! 即座にイツキにボールが渡りリングを双眸に捉える。
「ブッ殺せェーッ!」
ヤクザチーム
PG:カクデン
SG:サンギ
SF:ショウホウ
PF:バイキュウ
C:ラセ
バスケ素人であるヤクザチームは個々の能力ではイ〇ラムダンクの影響でバスケに身近に感じてきたフジとイツキに敵わない。よってここでの選択肢はシンプルである。ボールを持っていないやつを殺す。武器の持ち込み可のルールはまずヤクザチームに有利に働き、インサイドのショウホウ、バイキュウ、ラセはゴール下へ。そしてカクデンとザンギは拳銃を抜いた。
「ディアッ!」
しかしセリザワは最初からバスケをするつもりはない! カクデンの腕を刎ね、シーザーズパレスの噴水の如き勢いで血が数メートルの高さまで打ち上げられる。しかしボールは血に濡れない。既にイツキの手を離れている。SWISH! 死の恐怖と痛みにのたうち回るカクデンの不規則な血の噴水と違ってイツキのスリーポイントの弾道は絹のようにしなやかで美しい放物線……。
「グアアア!!」
「カ、カ、カクデェーン!」
「サンセンの兄貴ィ……。俺を引っ込めたら一生恨みやす」
「戻れカクデン! 止血しないと死ぬぞ!」
「ハ、ハ、ハ……。あんたぐらいですぜ。まだ生きて帰れると思ってるのは。あんただけだ。ならあんただけは生きて帰す!」
「カクデン……?」
「このカクデン! 一世一代の大舞台! どうせ死ぬんだ! 暴力プレイでファウル五つとられようが、向こうの一人は負傷退場させてから死んでやる!」
カクデンは腕の出血が止まったような錯覚を感じた。この悪寒。これだけ寒さを感じれば血も凍って止まるはずなのに。
「アブソリュートミリオン」
コート上に立つアブソリュートミリオン。ひとっかけらの情もない。火照ることも茹だることも融けることもない、殺意の冷酷で真っ白に凍結した心。
どうにか出来るつもりでいたのか? このままでは自分は大量失血により数分で死ぬ。その火事場のバカ力、死に物狂い、やぶれかぶれで特攻を仕掛けてこのアブソリュートミリオンに傷一つでも付けられるだろうか? 絶望が心を覆いつつある。
「サンセンの兄貴」
まだ競技に出ていないサンセンの運動靴に血が数滴落ちた。サンセンは食いしばるあまりに下唇と歯茎から出血し、さらに血涙を流してベンチに座っていた。
まだやれる。カクデンの意気が高揚する。この競技で選手を消耗すれば、まだ体力の残っているサンセンまで出場することになり、アブソリュートミリオンとぶつかることになってしまう。ヤクザチームの望みはたった一つ。サンセンをとにかく温存し、最後の最後でアブソリュートミリオンにブチ当てる! サンセンなら、サンセンならアブソリュートミリオンと戦える!
「うぉおおお! こちとら生まれた時から爪弾き! ガキになったら蚊帳の外! ヤクザになっても縁の下! ありがとよ、サンセンの兄貴。あんたの軒に入られただけで、縁の下でも俺は満足だ。雨露しのげたよ。ウォォォォォ!!」
「ディッ!」
セリザワの刀がカクデンの胸を一突き。もうカクデンを見てもいない。カクデンは血の雨露となった。そしてアブソリュートミリオンの暴力と狂気と脅威から、惚れこんだ男サンセンを守る傘の骨の一本になった。
カクデン(享年25歳)。
父はヤクザではないが前科者。シャバにはいたが、どこへ越しても噂は引っ越し業者より早く行く先々で村八分にあった。そんなに偉いのかよ、そんなにお前らは潔白かよ。世界を呪ったカクデンは罪の連鎖から逃れようと必死に勉強したものの、どこへ行っても犯罪者の子。チバと同じくらい勉強したはずでも、家族が潔白だったおかげで検察官になれたチバと、ヤクザの会計係になるしかなかったカクデン。余計にチバが恨めしかった。
「ダァー!?」
既に絶命しているカクデンの血液数リットルがコートに流出している。そのためにボールをキープしたサンギが足を滑らせ転倒し、ボールを外に出してしまった。アウトオブバウンズ! 地球チームのスローインだ!
「イツキ」
スローインはフジからイツキへ。バッシュがキュッと音を立てて床を焦がす。
「そのお嬢にボールを持たせるなァーッ!」
イツキの世界には雑音がない。シュート体勢に入れば必ずセリザワとフジが敵を倒してフリーにしてくれる。安心していつも通りをやればよい。
SWISH! バスケが美を競う採点競技ならば10点の価値があるスリーポイントシュート!
「クッソ……。止まらねぇ……」
ヤクザボールでプレイ再開。カクデンの代わりで入ったPGアンブがボールを持ちコートを見渡す。お嬢にボールは渡せない。確実に点を取られる。メガネの小僧もダメだ。あいつが攻守の起点になる。ならば……。しかしアンブは一つ気付いた。さっきはカクデンの血でサンギが足を滑らせアウトオブバウンズ。だがあの血だまりならば敵チームも滑るのでは? 得点力があるのはお嬢一人。お嬢が滑ればチャンスはある。転倒したところを袋叩きでもいいしアウトオブバウンズでボールもとれるかもしれない。
「ならばいっそお嬢にパスじゃあ!」
血だまりを挟んでイツキの足元目掛けてスローイン。ボールは血に塗れて回転と勢いがそがれ、イツキは拾うために屈まねばならないはずだ。
「……」
しかしボールはアンブ、いやヤクザチームの予想を裏切って通常通りに跳ね上がり、寂しがり屋の飼い猫のようにイツキの手中に収まった。
「なんでじゃあ」
「……」
マズイ! またスリーポイントか!? 二点で済むか!? アンブにはわからない。イツキのいる位置が……わからない! イツキの立っている場所はイツキの表情のようなブルーの何か。グラデーションも光の反射もない、ヤクザたちの顔と同じく青ざめた一枚の板。板の角と血だまりに映る影の角がギザギサになっていることから、イツキが立っているのは本来の床から数センチ浮かび上がった超常の力による新たな場所であることがわかる。
「腰の高さを超えない超能力の使用は可。バリアーで床を作った。これなら滑らない」
イツキの腕のバネがしなる。靱! そして穏! 静かにボールがゴールをくぐる。もうヤクザたちには嘆くことも出来ない。ブルーの床が消えた。重力に従って最短距離で着地したイツキの足の位置は、スリーポイントラインの一歩外。
……
……
111―7
金メダル:地球チーム