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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第19話 トリプルスレット

 博物館での戦いの後、寿ユキの部屋に召還されたフジ・カケルは解毒と応急処置を施され、鼎と一緒に公共交通機関で帰宅することとなった。メロンとメッセと頑馬が警戒を続けているし今日はもう襲撃されることはない、と姉は保証した。要するに、今日中にもう一度敵襲があれば今度はフジや鼎が気付くこともなくジェイドが出る、ってことだ。

 祖師ヶ谷大蔵駅から新宿を経由して池袋まではフジと鼎は同じ電車に乗れる。夏、まだ都築カイが生きていた頃の海遊びにフジと一緒に向かった時以来の小田急線にまたフジと一緒に乗っている。


「……」


「ねぇフジ」


「どうした?」


「そっちこそどうした。シリアスだよ、顔が」


「見てたろ、さっきの。あそこで晒したシリアスよりはまともな顔のつもりでいるんだが」


 紅錦鳳落のせいだ。少なくとも、鼎が見ている前でフジがあんなにド直球でリスペクトを示されたのは初めてだ。あの姿勢に引き出され、鼎には隠しておきたいと思っていたような戦士の顔、戦士の底を見せてしまったような気がする。

 紅錦鳳落は悪気があってそんなフジを引き出したんじゃないだろうさ。むしろ良かれ? いや、良かれでもない。あれはあれで紅錦鳳落の自然体なのだ。それにつられてシリアスになっちまったが中途半端についたかっこが上手くオチないなら新しい扉なんて開かなくてよかった。

 戦っているときはあんなに晴れ晴れとした気持だったのに。やっぱり負けは負けだ。


「……わたしに何か出来ることはある?」


「ちょ、マジか。マジで落ち込んだ、今の。お前にそんな気を遣わせるほどか。何も特別なことはするな。俺にとってお前は……。日常と平穏の象徴なんだよ。だからそこに踏み込んできたマインと、あとは昔の頑馬をマジで殺そうとしたんだ」


「でも出来るの? ……修行しよう」


「修行だぁ?」


「勉強してるんだ、これでも。アブソリュート人や怪獣のこと。1960年代前半に地球を守った初代アブソリュートマンと1960年代後半のアブソリュートミリオンはキョーカケータイを持っていなかったらしいんだけど、ジェイドとレイには出来るみたいなんだよ。アッシュも出来るでしょう? テレビで見たよ。それとあの……でるたすぱ」


「キャメメメ!! 絶対にお前の口からその言葉を聞きたくない! あのヒオウに言われるのだって嫌だったんだ!」


「キョーカケータイとあの光の矢を同時に使えないかな?」


「俺はオードリー春日かなんかか? 漫才、エアロビ、東大受験、ラジオ、ライオンズの応援、ゴースト・オブ・ツシマ、自分磨きを同時にやれって言ってるようなもんだぞそれ」


「でもオードリー春日はそれらをやってて暇がないってことでしょう? それにあれは直列につなげば出来ることなんだよ。二つぐらいなら並列で行うっていうなら、わたしだってオードリーのラジオ聴きながら勉強できたよ。確か三分だよね? たった三分のキョーカ……」


「キャメメメ! わかった、わかったから! やってみるからもう言うな! あとラジオと勉強の同時並行が出来てねぇからお前の大学はアレなんだ」


「なんつった今?」


「わかった。学歴のことは言わねぇ。だからお前も俺の戦いに口出しするな。オードリー春日が本業の漫才が一番苦手なように俺も本業の戦いが一番苦手なんだよ」




 〇




 和泉が目を覚ましたのは温もりを色にしたような橙の光が天井に揺れ、柑橘類の香りが漂う静かな部屋のソファの上だった。


「目が覚めましたか? 和泉さん」


「ジェイド」


「解毒はしました。ただし完全とは言えません。この毒は未知です。弟が受けた毒は量が少なかったのでわたしの癒しで打ち消し、弟の体力がまだ多く残っていたこともあって回復出来たのですが、和泉さんの受けた毒への対処はこれで正しいかはわかりません。具合はどうですか?」


「十分だ。もう俺を地球人に引き継いで大丈夫でしょう?」


「ええ。和泉さん、ありがとう」


「ありがとうだと?」


 感謝の言葉でさえ残酷に聞こえるのなら今の和泉には何と言ってやればよかったのだろう。ヒール・ジェイドを止められず、助けに行ったはずのフジもジェイドの口ぶりでは負けているようだ。というのも和泉はかなり早い段階で気を失っており、東洋館に避難させたのも分身メロンのバケツリレーなので自力じゃない。その後に頑馬とメッセが助けに来たことも、フジがヒオウにKOされたことすら知らないのだ。

 ジェイドの気持ちを無碍にはしたくなくても和泉の心が否定する。しかしなんと言ってほしかったのかシミュレーションしてもどれもダメだ。


「ああ、どういたしまして」


「そういえばあの後のことを話さねばなりませんね。弟がヒール・ジェイドを射抜いた後、兄が……」


「不要。その程度なら地球人でも確認出来る」


 しまった。こんなに嫌味ったらしく自嘲気味に言うつもりはなかったのに!


「……。どう言ったらいいのかわからない」


「友達同士なら冗談で笑えばいいと思うよ、とでも言えたかもな。残念ながらそうじゃない。すまん、また尖った言い方になった。フジとあなたには少なからず情を感じている。メロンやレイにはそういった類の感情は持てない」


「それは正常です。和泉さん、ありがとうって言ったことは嫌味でも社交辞令でも慰めでもない。本当に助かったんです。和泉さんが来なければ弟はもっと早く負けていましたし、弟の負けの内容と質と心境も全く変わっていた。兄にバトンタッチした後には重要な情報も得られた。和泉さんが来てくれたからですよ」


「かもな。でも俺が俺自身に期待していた働きはそんな程度のものじゃない。自惚れではなく事実として、俺は地球人の切り札だったはずなんだ。フジが……。夏にも役立たずだった俺にフジはこう言った。所詮、これが地球人の限界だ、と。地球で一番有能なお前がこのざまなら地球の限界はこの程度なんだと」


「弟は心得ているというか、和泉さんとちゃんと仲が良いのですね」


「ああ、そうか。俺は今でもあいつを友達だと思っていたのか。今、地球の守護者が地球人ではなくあなたたちアブソリュート人なら、俺も今回は少し役に立ったのでしょう。でも地球人の役には立っていない。何せ警官が負傷したのに地球人の医療施設じゃなくアブソリュート人の自宅で休んでいるくらいだ。友達……。フジの役に立てたというなら少しは溜飲が下がるが、友達の少ない俺にとって上から数えた方が早いはずの友達のフジも、フジにとっては下から数えた方が早い百番目の友達なのかもしれないな。だとしても力は尽くしたい。しかしそれではダメだ。俺は……フジのためではなく、アブソリュート人のためでもなく、地球人のための地球人でありたい」


「弱音を吐くのも結構。なんて言おうとしたらもう乗り越えそうな兆しが見えています。まだ弱音を吐く権利はありますよ。弟への愚痴も」


「まだまだ若いつもりですよ。確かに地球人の限界では力が及ばない脅威がある。でも地球にアブソリュートは一人いればいい。アッシュがいればいい。アッシュがいればジェイドもレイも不要。地球の担当はあいつでしょう? ハァー。俺はてっきり肩を叩かれるんだと思ってましたよ。もう助太刀も邪魔もしなくていいから死にに来るなって」


「それを言うにはまだわたしには勇気が足りませんでした」


「……。足りないのは勇気じゃない。優しすぎ、上手すぎるな。ついつい転がされてしまった。だから残念だがやはり俺はあなたとは友達にはなれない。俺は俺たちの……。地球人のやり方でどうにかする。俺と地球人とアッシュでどうにかする」


 かちっ。電気ケトルのボタンの音がする。東京の乾いた冬では電気ケトル一つで部屋には湯気が張る。電話台の上に飾ってある写真も曇ってしまった。上体を起こした和泉がそこに視線を滑らせた。所狭しと並んだ写真の数は寿ユキの人望と人々への愛の深さを物語る。

 寿ユキとのツーショットでかなり身長差があって顔が隠れている女性はおそらくメロンの写真だ。マッスルボディに乗っかってるデッカイ頭は飛燕頑馬だろう。今はバッサリ切ってしまったようでもまだ夏にはスーパーロングだったのでメッセも顔が隠れていてもわかる。紫のパンプスと白のタイツとフリルのスカートと絶対領域は鼎のものだ。日焼けした長身痩躯の少年、あれは一緒に拳銃の訓練をした都築カイ。和泉の視線の移動が止まった。一葉の写真に思わず釘付けになってしまったのだ。


「……」


「あれは“フジ・カケル”の最も古い写真です」


「ああ、そうだな。もっと古い“アブソリュート・アッシュ”の写真はあっても“フジ・カケル”の写真ではあれが最古だろう」


 それは数年前。地球にやってきたばかりのアブソリュート・アッシュは、地球への留学直前に父であるアブソリュートミリオンから、地球人に名乗る名前フジ・カケルを授かった。そしてミリオンからの推薦状と紹介状を持ってACIDを訪れ、ようやくフジ・カケルと名乗ったのだ。

 ユキは言わなかったが、アッシュが地球から送ってきた最初の写真……。友達が出来たから人間関係は心配するな、という便りには、フジ・カケルと和泉岳が映っていた。




 〇




「悔しい悔しい悔しい! 怒りたくない怒りたくないのにぃ!!」


 フュージョンエンジンの効果か、Δスパークアローの直撃とレイのビンタとゲンコツを食らいまくった碧沈花はもう復活して小伝馬町のイタミ社でダダをこねていた。もうダダをこねていい年齢じゃないのに。それに付き合う鳳落と狐燐もこんな大きな子のダダこねの面倒なんて見られない。


「ちっくしょぉおおおおお!!! レイが来なけりゃ勝ってたぁ!!!」


「負けてたわよね? 狐燐」


 ズズッと狐燐が渋ぅいお茶をすする。仏蘭西饅頭によく合って、糖分とお茶の温度で疲労が少し和らいだ。


「負けてましたね鳳落さん。無理っす。いやぁ無理だわ。レイが来た時点で生きて帰られたのが奇跡っすよ。なんでぇなんでぇ。これじゃ敵の強化イベントじゃないっすか、鳳落さん。アッシュに塩送りすぎでしょう。沈花ちゃんが何か得るものがあったか……。何か得るものはあったはずだ」


「ええ、学べることは多かったはずよ」


「それを還元出来るかどうかも沈花ちゃん次第、それも落ち着いてからっすねぇ。経験値、適性、背景。沈花ちゃんとアッシュの間にそういったものの差があっても、負けを受け入れて強くなれないようじゃあ困る。ゲームじゃないんだ。負けても経験値は積める。これってアデアデ的ブラック企業上司の言葉かな? わたしは得るもの、ありましたよ。わたしのステルスはレイなら騙せるしそのままインナースペースから引っこ抜ける。アブソリュートマンを引っこ抜いたのは初めてじゃないけどレイまで一発で行けるとはね。でもジェイドだったら無理かなぁ」


「ちゃんと無理なものは無理って嫌味じゃなく言える勇気を持つ人間はブラック上司じゃないわ。安心なさい」


 社内のホワイトボードによると江戸川双右と鉄竹経修郎は“外出中”。

 ……。

 紅錦鳳落と虎威狐燐は考えていた。江戸川双右は何がしたい?

 いろいろ事情は聴いている。子孫を残したいだとか、不老不死になりたいだとか、マインに頼んで世界を改変したいだとかいろいろ言っているが、命令がざっくり過ぎる。

 「沈花をサポートして敵を倒せ」。これしか言われていない。その沈花に姿を持たせ、道具を持たせ、技を持たせたところで、一回目の戦いを観た時点でレイやジェイドはおろかアッシュに勝てるイメージすら消えた。この子はただ、ジェイドの姿に化けられるだけの普通の女の子なのでは? 双右はこの子を使って何がしたい?

 保険としてアブソリュート・アッシュの彼女を人質にとっても、すぐにアッシュを襲撃する理由がわからない。

 イタミ社も一枚岩ではないのだ。怪しい陰謀に奔走する双右・経修郎派、戦闘も出来る編集プロダクション社員として沈花を支えてやろうとする鳳落・狐燐派。もう辞表を出してもいいぐらい双右に不安と不満を感じる。やはり双右は女性には本能的に嫌われる運命か……。それでもイタミ社に籍を置き続けるのはこのままでは双右に壊され、使い捨てられるであろう沈花への愛着。知らぬ間に鳳落と狐燐は後輩を人質にとられていたのだ。

 それに『新訳・三香金笛抄』の仕事は楽しかったし、あの時の社長は……。もう一度あんな仕事がしたい。編集プロダクションの社長や作家としてなら立派なのに。思い出や期待さえ質にとることは出来ないはずだ。


「やっぱこれは全部デザインされた負け戦っぽいですね」


「……」


 お茶の渋さが身に染みる。鳳落から見れば狐燐もまだまだ若いのだ。ようやくこれが負け戦だって気付いたらしい。


 ウラオビ・J・タクユキ/江戸川双右の理想の最期はイタミ社の全員が知っている。

 悪として遺恨であり続け、理ではなく人々の記憶の中で伝説として残るため、英雄によって処刑されることで有終の美を飾る。

 勝者は処刑されない。


「娑婆僧ですわ、この虎威狐燐も。社長を死なせるくらいなら社長の意思に逆らって勝ち戦にしちゃおうっかなぁ~?」


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