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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第11話 鉄コン筋クリート

「おばちゃん、タバコくれ」


「はいよ。あんた、カケルさんだっけかね? セリザワ・ヒデオさんとこの居候だろう?」


「ああ、そう。欠けているものがあるから(カケル)。酷い名前だろ?」


「響きはハイカラだ。で、なんにする?」


「ウィンストンのイナヅマメンソ……。いや、この時代にはまだキャスターすらないか。親父……ヒデオと同じのでいい」


「あいよ、ウィンストンのイナヅマメンソール」


 『三丁目の夕日』に出てくる噂好きのばあさんみたいなばあさんがやってるタバコ屋。フジが2020年で吸っているタバコは自らの能力と名前に縁を感じてウィンストンのイナヅマメンソール。しかしウィンストンはキャスターを前身とする新しい銘柄のタバコであり、そのキャスターすら1969年には存在しない。しかしタバコ屋のばあさんが棚から手に取ったのは黒字に緑の影、猛禽類がロゴの上を飛ぶウィンストンのイナヅマメンソールだったのだ。


「……」


「100円ね」


 フジは財布の中を検める。この時代に来る時に用意した当時の金は尽きかけており、またこの時代のミリオンに頼んで両替してもらわねばならない。100円……。ダメ元で平成24年の100円玉を差し出した。


「ヒデオさんはそろそろ奥さんをもらった方がいいわねぇ。カケルさん……。あんたはまだ若いけど、ヒデオさんもまだ若いんだ。嫁入り前の初心な女の子を連れこんじゃダメだよ。女の子も気の毒だしヒデオさんも変な気になる。困るのはあんただ」


「あいつはそんなタマじゃねぇさ」


 パッケージを開けて何も気にせず路上喫煙! 2020年と変わらないズビッとくる痛快な風味。メンソールは男性の機能を低下させるとかいうが今のフジにはそれがガセだろうとマジだろうと関係ない。この時代で女の子と親密にはしているけど、本命は2020年にいる。だから2020年に戻るまでは不能でいい。


「……2020年に戻るだァ?」


 何かがおかしい。

 何故、1969年のタバコ屋にウィンストンのイナヅマメンソールがあって平成24年の100円玉が使えた?

 スマホをポケットから取り出す。この時代に来てから新たなに登録された番号……。スマホを持っているのはこの時代ではフジくらいだったので相手は固定電話だが、電話番号と呼び出しマークが踊っている。


「はい、フジです」


「もしもし? フジさんですか? 明石です」


「ああ、明石ちゃん。ちゃんと休んでる?」


 電話線もないチョコレート一枚ほどの大きさの板で会話できる電話。しかし明石にはもう何も不思議ではない。セリザワ・ヒデオはアブソリュートミリオンだったし、怪獣はいるし、宇宙人もいるし、ACIDはセリザワ=ミリオンを突き止めていたし、さらにさらには2020年の未来からやってきたアブソリュートミリオンの息子と来た。明石がもっと柔軟な頭の持ち主だったら御用学者にでもなっていたかもしれないが頑固な明石は常識の否定に次ぐ否定で疲弊しきり、納得と言うプロセスを飛ばして全てを受け入れていた。そしてACIDで最もアブソリュート人とコネのある人物としてフジと密に連絡を取り、窓口になっていた。


「アブソリュート人は休みますか?」


「当たり前だのクラッカー。体内時計が地球にあってるから。俺たちが休まなかろうと明石ちゃんが休まねぇ理由にはならねぇ。休む時は休め」


「なんでそんなに休め、と?」


「明石ちゃんから休みなく電話が来るからだ」


「だからアブソリュート人も休むのかと聞いたんですよ」


 電話の向こうで明石は濃いブラックコーヒーを飲んで胃潰瘍の手助けをしていた。2020年の技術には及ばずとも1969年(仮)のACIDの基地は最先端技術のオンパレード。ここの設備をフル活用すれば初代『ドラゴンクエスト』くらいはプレイ出来るかもしれない。目がチカチカするような機械の類から逃れるように明石は蒸しタオルで目を覆い、受話器を一度拭いた。


「ちょっと待て明石ちゃん。……オラァー!!! あいさつぐらいしてけコラァ!」


 1969年(仮)の通信でもわかる、悪罵、怒鳴り声、銃声。明石も聞き慣れた音。ACIDで採用されている拳銃の発砲音であり、この時代に来たフジに支給したものだ。


「白昼堂々ご苦労さんだ、クソが」


 白昼堂々なのに蒸しタオルの下の目がもう開かない。白昼堂々? それは24時間のサイクルで生きている人間の言葉だ。つまり明石のものではない。彼女は本来明るく聡明で活発な女性だがそうでいられるのは激務に晒されていない時であり、強い正義感を持つ真面目な明石は常にその本来の良さを発揮できない条件に当てはまっている。つまり四六時中鬱屈と疲弊だ。


「有楽町の日本劇場前でエイリアンの襲撃を受けた。おそらく相手はアデアデ星人」


「フジさんにお電話したのはニュースが二つあるからです。まず、最近アデアデ星人の目撃情報が増えています」


「襲ってきたってことはよからぬことを企んでるな。アデアデ星人はピンキリだ。基本雑魚だが強いやつはマジでやばい。特にマンガを描くような芸術肌のアデアデ星人は化け物だ。俺と親父で始末していいか? 今のが悪いニュースならいいニュースはなんだ?」


「ニュースが二つあると言いましたが二つとも悪いニュース。もう一つの悪いニュースは、セリザワさんがアデアデ星人目撃多発地帯で消息を絶ちました。アデアデ星人の奇襲を受けたのかと。一年前、セリザワさんはアデアデ星人を一人殺したと情報が残っていますので、怨恨の線も」


「アジトは大体わかる。それとも俺に教えたい?」


「教えたいです。力になりたい」


 明石が教えてやったのは東京湾の倉庫街。思い出すなぁ。そういえば昔、2020年の4月ごろに晴海ふ頭のエイリアンのアジトで和泉をボコって遊んでやったなぁ。

 アデアデ星人は意外とバカなようで、彼らのアジトはすぐわかった。見張りがやってきてフジに声をかけた。


「こんな時間にどうされました?」


「お前アデアデだろ」


「アデアデ? なんのことです?」


「なんでこんな時間に倉庫街でネクタイに背広が見張りやってんだよ」


「随分とモーレツ企業戦士に偏見があるようですね。企業戦士は上から命じられた全ての任務を文句も言わずにこなすのです。背広で見張りもします」


「じゃあ上司にこう言いな。アブソリュートミリオンの息子、アブソリュート・アッシュがやってきた。未亡人になった部下の嫁に香典を払いたくないなら逃げるように命じろって」


「面白い冗談ですね。ありえませんよ。あんな無愛想なアブソリュートミリオンに息子だって?」


「若いころの親父はマジで無愛想だったんだな。俺を育てた時には大分丸くなってたってことか」


 フジは腰の拳銃を抜いて見張りのアデアデ星人に銃口を向けた。まだ微笑。アデアデ星人は銃を向けられた程度じゃ上司を裏切らないし、フジも銃と暴力の扱いには慣れている。


「ハハハ、さすがにそんな粗末なオモチャではアデアデも倒せませんよ」


「ッセェーゾゴルァー! テメッ、サッサト客人通セドサンピンガァアー!?」


「はっ、承知しましたプレジデントッッッ!」


 分厚い壁で隔てられているはずなのに、倉庫の中からとんでもない大音声の罵声が飛ぶ。かろうじて日本語として認識できるがひどく乱暴な言葉だ。しかし見張りのアデアデ星人は畏まって針金みたいになり、フジに礼をしてから倉庫の扉を開けた。

 中で待っていたのは紋付き袴の豪奢なアデアデ星人と、外の見張りのような企業戦士のユニフォームとして背広を着るのではなく着こなしの映えで勝負をするモデル体型で美形、白手袋のアデアデ星人たちだった。


「こぉれはこれは、アブソリュート人!?」


「親父はどこだ」


「まずは名乗ろう! ワシはキシ・モクシという。学生時代は地球の絵描きでね。パトロンがつかず絵も売れずアデアデに帰り企業勤めして、今は会社を立ち上げて美術品を買い漁っとる。アブソリュート人の標本なんて誰もが欲しがるぞ!! ゴア族の新しい酋長候補……。確か名は外庭とか言ったな。彼も地球にいるらしい。未来から来たアブソリュートミリオンの息子となればそれは高値が付くだろう!」


「いいからミリオン返せよ」


 芸術家気質でモーレツ企業戦士でもあるアデアデ星人キシ・モクシ! 頑固かつ破天荒な人物像がフジのアデアデ星人対策の選択肢を増やす。芸術家気質のアデアデ星人は同胞のアデアデ星人を嫌っている。企業戦士タイプのアデアデ星人はアデアデ星人が大好きだ。


「イーズーモッテンラマシェー!?」


「いい銃持ってんな羨ましい、か?」


「ああ、そうだ。すまんな、いいもんを見るとつい熱くなりすぎてしまう。地球の銃か」


「ああ地球の銃だ。くれてやるよ。中身の方をな」


 バン。

 キシの眉間を弾丸が貫き、2020年の世界では少し流行りの陰ったイカの墨の塗りあいゲームのように壁が赤一面。


「コラー! さっさと壁と床をふけぇ! 品に汚れが付いたらどうすんだァー!」


 しかしキシは変わらず部下に罵声を浴びせている。死んでいないし無傷なのだ。


「品、か」


「なんだ?」


「商品と呼ぶならお前は商人なんだろうさ。作品と呼ぶならお前は芸術家。どっちでもないのか、どっちでもあるのか」


「さぁな。ワシはアデアデだぞ? 二色怪人アデアデ」


 フジの鼓膜が耳介で集めやすい方向とそうでない方向、両方からのキシの声で震える。眉間に銃弾を食らって一度倒れたが、すぐに再生して立ち上がったキシ。そのキシの血で塗られた壁をフジの後ろから見ているもう一人のキシがいるのだ。部下のアデアデ星人が撃ち抜かれたキシの血で汚れた窓を拭くと、フジの後ろに立っている白い紋付きのキシが見える。


「俺の統計通りと言うか、経験則、つまり勘の通りだ。芸術肌のアデアデ星人は超能力が得意な傾向にある。お前は芸術家のようだな」


「芸術家のアデアデなんているのかね?」


「未来にな。グエエ……。あいつのことを思い出すだけで吐きそうだ」


「君のくれた弾はどうやら安物だったようだがアデアデの銃を見せてやろう」


 ジャキッ。

 キシの部下たちが拳銃を抜き、フジが未来で吐くほど苦労した相手……。アデアデ星人虎威狐燐の描くマンガの集中線のように射線と弾丸がフジに集まる。


「セッ」


 フジを囲む橙色のマズルフラッシュ。筒状のバリアーで防御。弾丸の触れた位置だけバリアーが反応して少し青く発光するが、ヒビもダメージも入らず造作もない。アデアデ星人の弾も安物の鉛だ。


「バリアーを張るアブソリュート人か。ならばこいつはどうだ?」


「うるせぇぞ」


 指を空中に滑らせるだけでバリアーの矢が一本、目の前のキシ……キシ(黒)を射抜いた。「グフッ」とか言ってたように聞こえたので痛みやダメージはあるのだろう。しかしすぐにキシ(黒)は無傷となって立ち上がる。


「学習したまえ。正攻法ではワシは殺せん」


 音の方角から、今しゃべっているのはフジの後ろのキシ(白)。


「確かに芸術を好むタイプのアデアデは超能力が得意なようだ。ワシは二色怪人アデアデ」


 キシ(白)に向き直り、バリアーの円盤を飛ばして真っ二つに切断してやった。しかし避ける素振りすら見せない。……切られた(白)の方は!

 足音や勘から察するに、フジが(白)に意識を移した瞬間に(黒)がポジショニングを変え、(白)とフジの直線上に(黒)が来るように位置を調整していたようだ。


「分身か」


「もう見切ったというのならさすがはミリオンの息子」


「ただの分身じゃねぇ。どちらかが無事ならもう片方が受けたダメージがチャラになる分身。同時に殺さないと死なないだろ、お前」


「……さすがはミリオンの息子。ではどうする?」


「分身が二人なら楽勝だな」


「幸運を祈る。ワシが使える超能力はこれだけではない。そしてアデアデも高価な弾を使わせてもらおう」


 エンターテイナーな親父だ。

 部下のアデアデ星人たちが装填した弾は鉛ではない。アデアデ星人の弾がフジの予想する物質ならば……。ミリオンは常日頃から口を酸っぱくして言ってきた。


「バリアーが得意でもエウレカ・マテリアルには全力で注意しろ」


 エウレカ・マテリアルは宇宙最強のロボット怪獣ゴッデス・エウレカのボディにも採用される最強の物質で、何故かアブソリュートによく効いてしまう。その理由は未だにわからない。しかしそのエウレカ製の弾丸が装填された銃を向けられているのならさっきのようにバリアーでは防げないのだ。


「畜生」


 窓をタックルで破壊して一時逃亡! 超能力のない通常アデアデ星人のスペックならば深追いはしてこないはずだ。フジも銃に弾を込め、呼吸を整えて計画を立てる。


「どこへ行こうというのだね?」


 にょきっと倉庫の壁からキシ(白)の上半身が生えてきた。いや、生えてきたんじゃない……。うんざりだ。うんざりなんだよ、芸術タイプのアデアデ星人のこの超能力には……。


「セアッ」


 拳で振り払うとキシ(白)はすぐに姿を消した。正確には消えていない。生えてきたんじゃないし消えたのではない。すり抜けてきたのだ。倉庫の壁を! 壁をすり抜ける。壁をメインに戦うフジにとってこんなにウザい能力はない!

 フジの耳より約10センチのところで青い硝煙が吹く。倉庫内の下っ端アデアデ星人が下半身だけ倉庫内に残した社長を目印にエウレカ弾で撃ったのだ。

 壁を貫通するエウレカ弾!

 壁をすり抜けるキシ!

 少々マズイ展開だ。


「ムハハハ」


 フジは高速でスマホにタッチを繰り返し、耳に当てる。呼び出し音は鳴っている。


「ムハハハ。面白い道具だ」


 (白)の嘲笑と呼び出し音が混ざる。

 ムハハ+ピルル。

 ムハハ+ピルル+2000年代に流行ったネガティブな女性歌手の少し悲しいロック。


 フジのスマホから呼び出し音が消える。キシのムハハの笑いも消える。どこかから聞こえていた悲しいロック……着信音も消え、今、位置の重なった三つの音源の新たな音がフジのすぐ横の壁からリアルで発せられる。

 壁にヒビが入って接合部分が砕け、キシ(白)の上半身がボロンとフジのいる外にもたれかかった。


「ムハハバカナー!」


 倉庫内からキシ(白)にドロップキックが決まっていくぅ! 高さ、深さ、鋭さ、痛さ、強さ、美しさ! 全宇宙の歴史上最高のドロップキック! フジのドロップキックなんて所詮“世界”レベルだ! 本家には敵わない!


「サンキュー、イツキ」


「……」


「悪いな。また手を借りるぞ」


 もうスマホは必要ない距離だ。彼女ももうスマホを腰のホルダーにしまう。壁をすり抜けて消えていったキシ(白)で空けた穴越しに、フジ・カケルに犬養(イヌカイ)(イツキ)が手を差し伸べる。

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