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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第9話 レインメーカー

 あの日、フジ・カケルはあおり運転のブチギレツーブロックと一緒に大型トラックにはねられ、救急車で運ばれて入院した。アブソリュート人なので交通事故程度じゃ死にはしないが、全身に重傷を負って意識が戻らなかった。即死していないので寿ユキの持つ癒しの力なら短時間で治すことが出来るのだが、彼女はそうしなかった。いつまでも寿ユキがいる訳じゃないし、鼎もフジもこれ以上寿ユキに恩を作りたくないだろう。事実、鼎もユキが手を出さず、フジが時間をかけて地球人の手で治されることを少なからず喜んでいた。いざって時はユキが治してくれるだろうと甘えた考えも持っていたが……。

 ……そうも言っていられなかった。結局、ウラオビ・J・タクユキが犯行宣言をした直後にはフジは治され、病院のベッドでリザーバーとして待機していた。そして今、不測の事態の切り札として参戦する。


「アブソリュート・アッシュか」


「ゴア族ってことはあのジジイがらみか? それともババアの方か?」


「どっちでもないよ」


 むくりと沈花が起き上がる。病み上がりのアッシュの蹴りはそんなに軽かったのだろうか? アッシュは拳のグーパーを繰り返し、血流と神経の正常を確認した。本調子ではないが相手がゴア族ならば、マートンには勝てるしヒトミ級でなければ倒せるコンディションだ。


「チェラッ!」


「セアッ!」


 黒と交差する青の腕! 整形された顎にカウンター! やはり調子は悪くない。今のパンチを見たところこのゴア族も多少鍛えられてはいるが、ちょっと強い程度のゴア族じゃもうアッシュの相手は務まらない。ドス黒い血の飛沫が宙を舞う一万円札にぶつかって真っすぐに大宮駅のガラスに叩き付けられた。39mの高さから大宮駅のガラスを見下ろせば、地に倒れている沈花の全身が見える。


「状況がイマイチ掴めてねぇ。姉貴……は忙しいだろうから……。メロン! いるか?」


「はぁい」


 アッシュについていた分身メロンがアッシュの耳元まで駆け上る。


「どうする? とどめを刺すのか、それとももう見逃してやるのか。次がいるなら体力は温存しとくぞ。えぇと、ギレルモ星人、ヒオウ、アデアデ星人か。頑馬がいるんだろう? 今の俺じゃギレルモ星人とヒオウの連戦は無理だが頑馬なら余裕だな。そこは頑馬に任せる。だがこいつとアデアデ星人の二連戦くらいならいけるかなぁ」


「ウソつけぇ。わたしの次にアデアデ星人は無理だよアッシュ」


「ぶっ倒れたままイキっても悲しいだけだぞ。もう倒された前提で次の話をされたことが気に障ったか? 正論だろ、雑魚」


「正論なら言ってもいいって思ってる程度だったのか、アブソリュート・アッシュ。中学校で卒業しときなよ、論破した風で強がるのは。払拭したくて大変(タァイヘェン)~。ツメが甘くてXYZに勝ちきれなかったことを、改善するんじゃなくて上書きして乗り越えようとしている。とりあえず雑魚でもいいから誰かを倒して自分は弱くないってことを再確認しないと信じきれないんだ。雑魚狩りだけしてるやつは雑魚、でしょ?」


「立ってから言え」


 パンパンとメロンが手を叩く。


「キレちゃダメ。ユキは今、少し忙しい。わかって。確かにフジくんの言う通り、次の戦いがあるかもしれない。それにここはジェイドリウムだからジェイドの消耗も抑えなきゃいけない。だから“オーバー・D”は使わずに速攻。これで行きましょう」


「ガッテンテン」


 アブソリュートマン:XYZを仕留め……られなかったアブソリュートの基礎スタイルに立ち返り、沈花が立ち上がるのを待つ。急ぐな。ユキは忙しくとも頑馬も控えている。


「チェアー!」


 沈花が上体を起こして指を組んで印を結ぶと空間が水面のように歪み、沈花を中心に歪みが収束して波動の弾になった。ゴア族の人造怪獣サウザンに搭載されている悪の波動と呼ばれる技だ。アッシュが今までに戦ったゴア族では生身でこれを使えるものはいなかったが、この程度か……。バリアーすら張らずダッシュで波動弾を蹴り上げて勢いのまま沈花をサッカーボールキックで沈め、血が地面を這ってラフレシアの花弁の如く広がる。


「……俺の調子がいいんじゃないよな? 挑発とか抜きでこいつ弱すぎねぇ?」


「……」


 実際、フジの調子は徐々にだが上がってきている。とはいっても数日間寝たきりの体がようやく起きた、程度。


「ウラオビさん……。もう無理みたいです」


 狐燐のテレパシーを経由して沈花の悲痛な声がウラオビに伝わってきた。テレパシーに雑音が混じり、もう虫の息だ。狐燐も心が痛い。可愛がっている沈花がここまで通用せずフルボッコ……。もう“あれ”をやるべきだ。


「沈花に伝えてくれ、狐燐。“あれ”をやる時が来た」


 許可が出た。

 ウラオビから沈花への切り札使用の許可は救済であり安らぎで、勝利宣言に等しい。もう安心と嘲りで笑ってしまえるほどだ。

 沈花は倒れたままブチブチと目を覆う包帯を引きちぎった。アッシュが沈花と戦うためにジェイドリウム内の大宮に来た時、沈花はその光に目が眩んだ。しかし巨大化したゴア族には目そのものが存在しない。では何故目が眩んだか。沈花は目を持つゴア族だからだ。

 剝き出しになったその左目に左掌を当て、波動を放つ。この所作は……。


「チェアー!」


 漆黒の鱗粉が舞い上がり、ひらひらと粉雪になって血に溶けていく。沈花の姿が変わっている……。頭を這う2枚の刃、スリムな体型……。フジを最も怯えさせるシルエットだ。


「……姉貴?」


「これがわたしの切り札、(ヒール)・ジェイド」


 負わせたはずのダメージさえもすべて回復され、白のジェイドとは対照的な黒に血や汚れ、損傷はなく自然なグラデーション。無敵のジェイドがそうであるように、ヒール・ジェイドに変身した沈花の体は全くの無傷だ。目の色は地球人の血と同じ不吉な赤、ジェイドセイバーの代わりにゴア族の刃物ゴアの守を携え、左の人差し指をアッシュに向けた。


「ゼータストリームか!?」


「フジくん! クールに」


 フジの平常心はもう崩れ去った。

 姉。

 大好きすぎる姉。怖すぎる姉。憧れを超えて信仰の趣さえある。普段、どうやって姉を相手に軽口を叩いていたっけ? どうやって姉に触れていた? どうやって姉を見ていた?

 こいつはジェイドじゃない! 姿は似ていても色が違うし、中身はさっきまでボコっていたゴア族だ!

 どこまで似てる? というか似せた?


「チ」


 沈花の指先の空間が歪む。さっきまでの悪の波動と同じだ。歪みは指先の直線上に連なった大きさの異なる五つの波紋状の輪となり、これから放たれる攻撃の軌道をアッシュに予想させる。

 アッシュの目に映る五つの輪の径同士の間隔が全く同じの五重丸になった。輪の中心の指先から発射された光線は、点だ。


「セエアッ!」


 咄嗟に張ったバリアーが貫通され、緊急回避先、逃走ルート、全てを最短距離で追い、沈花の指が向けられた先は駅、ビル、看板、地面、車、樹木に至るまで焼き切られた。指を動かすだけの沈花と違ってアッシュは走って逃げなければならない。アッシュと沈花の距離が離れれば、被害の三角形は広がるばかり、走る距離も伸びるばかりだ。環状に走りながら距離を詰め、偽の大宮の街の明かりが歪な円になり、光線の着弾点の爆炎はアンモナイトの殻の断面図のように中心の沈花に迫っていく。


「なんて言ったらいいかわかったぜ。不愉快だ」


 表情に乏しいアブソリュート人ではわかりづらくとも、アッシュに変身しているインナースペースのフジは目を狂暴に血走らせて頬を紅潮させていた。不愉快。それはジェイドをまねた相手の姿への戸惑いを押しやってしまった。不愉快だ、消せ。


「この畜生が!」


 沈花の意識外からの衝撃で視界内に火花がスパークする。しかし“碧沈花”から“ヒール・ジェイド”になってしまえばアッシュのパンチ如き一発受けてもフィジカルは持ちこたえ、メンタルにも危険信号は発せられない。


「チッ、チェア」


 右のゴアの守で牽制しながら左手でパンチを刻む。しかし沈花の拳は空気や光のような形のないものにしか当たらない。アブソリュート・アッシュのダッキングやスウェーバックといった格闘の基礎技術の防御は堅固で軽快だ。しかしアッシュも沈花の形を変えられない。ゴアの守、ゴア族拳法、離れれば光線。アッシュは経験と結び付いた戦闘回路をフル回転させ、ジャブで牽制を続け……


「チェッ!」


 ノーモーションで口からオリジナルの悪の波動! まともに食らって吹っ飛び、放射状に広がる停電範囲と瓦礫からアスファルトに爪痕を残して減速する。双眸には沈花を捉えたままだ。


「カッコイイー」


「何が?」


「どんなにクズでも、一つでも真剣になれることがあってそれにガチる男はカッコイイ」


「姉貴の姿で軽薄なことを言うんじゃあねぇぞ」


「フッ。ケイオシウム光線」


 指先の点線、光線、炎の破線。


「第二ラウンドはわたしの勝ちだ!」


「あああもう!」


 ……。そういえば姉貴って彼氏とかいるのかな? 頑馬には彼女がいるだろうな。メッセとは恋仲じゃないだろうけど、メッセにも彼氏はいそうだ。


「生々しいんだよ、畜生が」


 いくらジェイドをまねた姿でもジェイドの背負った十字架までこいつに背負えるはずがない。

 畜生、勝ちたい。


「メロン」


「ええ、わたしももういいと思う」


 急ブレーキでザッとアッシュの足元のコンクリが砕けて下水管まで剥き出しになった。ここで止まっても次の瞬間にはもうケイオシウム光線は避けられる。アッシュの脳の戦闘回路が過剰な速度で回転してスパークした。


「シッ!」


 ジェイドリウムの天蓋を貫いた落雷がアッシュを狙ったケイオシウム光線をかき消し、より真剣……。より凶悪、より乱暴、より物騒、より残虐、より俊敏、より強くなったアッシュに纏わりついた。


「オーバー・D……。三分間の第三ラウンドか」


「セエアッ!」


 ドロップキックが決まっていくぅ! 高さ、深さ、鋭さ! 世界に一つだけのドロップキック!


「ガアアッ!」


「チエエエ!?」


 沈花の顔面をビルに叩き付けて横から壊し、そのままぶん投げる!


「チィ……」


 話が違うような気が……。ヒール・ジェイドに変身したらアッシュぐらいには勝てるはずじゃなかったか?

 川崎の狐燐は顎に手を当てて考える。テレパシーで沈花に接続されているのでイタミ社サイドで戦況を最もリアルに観察しているのは狐燐だ。イタミ社サイドで一番厄介なのはテレパシーをはじめポータル等多彩な能力を使える狐燐であり、結果論だが狐燐がフリーになっているのはジェイドの采配ミスだった。バラバラバラとテレパシーではなく鼓膜が雑音を捉える。大宮で沈花が暴れたせいで地球人のヘリが出動して狐燐へのマークを始めたのだ。


「ヒール・ジェイドに変身した沈花ちゃんはカタログスペックではアッシュに負けてない。ただ教育と経験の差がある。アッシュの確変はたったの三分。頑張ろう!」


 いかにも旧世代アデアデ星人的ブラック勤務の押し付け! 訓練だけで実戦のない女の子に、一流の血筋と教育と経験を持つ二流アブソリュート人の相手をさせ、しかも納期も退勤時間も定かではない! ウラオビがジェイドと話している間は頑張れだァ? 本当は狐燐だって沈花を助けに行きたいけれど十代後半から二十代前半にかけて酷使したせいで椎間板、腰、ストレス耐性、体力に不安のある狐燐は助太刀に行ってもアッシュに殺されるだけ……。そう思い込んでいる。


「……」


 沈花からの返信はない。沈花は、沈花と同じくらいの年齢だった頃の狐燐によく似ている。すぐ調子に乗るけどすぐ弱気になって落ち込む。経験値の分母が小さいから一つ一つの経験で影響を受けやすい。初めてマンガを描き、すぐに賞を取り、担当編集者がついた時の狐燐は無敵の気持ちだった。沈花もヒール・ジェイドを手にしてからアッシュと戦い始めるまでの間は同じ気持ちだった。しかしあの頃の狐燐の未来、つまり現在は挫折。手にした力は若者には大きくても大人になるとしょぼい宝になる。


「第三ラウンドは俺の勝ちか?」


 この三分間を惜しみすぎず、余すことなく使え。

 オーバー・Dを使うと興奮状態になり、バリアーを張ることが出来なくなる。そのため最大打点であるΔスパークアローも使用不可になってしまうが、それを補い余りある身体能力の向上、そしてアッシュ最大の弱点である雑念が自らの狂暴にかき消され混ざりにくい。

 その我武者羅に救われることもあるし、足元を掬われることもある。この力をどう使っていくべきかはアッシュもまだ決めかねている。もしあの時……。もっと理性を捨て我武者羅に殴りかかっていればXYZに止めを刺せただろうか?

 この力を使う度に使用後の疲労や筋肉痛は少なくなっていくが、慣れてきたせいか三分間にも雑念が混じるようになってきた。

 父の気持ちに思いを馳せる。父の時代はまだアブソリュートと地球の環境の違いや準備の問題でアブソリュート人は地球上で三分から五分しか活動できなかった。他の星での活動時間を延ばすために怪しげな装置を外科手術で埋め込む猛者もいたという。ジェイド、レイ、アッシュの時代である今、地球での変身持続可能時間は大幅に伸びて弱点ではなくなったが、ミリオンはアッシュよりも三分間という限られた時間をシビアに扱ってきた。


「チエ……」


 沈花が四つん這いになった。吐くんじゃない。ゆっくりとアッシュを睨み上げ、爪が鋭く尖って地面に食い込んだ。空気が変わった。


「姉貴の姿で下品な様を晒すな」


「まだこっちの方が馴染む。わたしは本来、ゴア族の白虎の巫女……」


 ムカつくな、こいつ。ゴア族、巫女、偽ジェイドと選択肢をたくさん持ち、その使い方に迷って持て余している。そしてそれを戦いながら洗練させていこうとしているのだ。まるでシーカーだ。


「チェアー!」


 爬行してからのアメフトじみた低空タックル! 至高の戦士ジェイドにはない粗野な攻撃だ。アッシュは左足を上げ、脛で沈花のタックルを受け止めた。


「チ……チッ!」


 アッシュは決して経験豊富な戦士ではないが数少ない実戦での相手は強敵揃い。しかし狐燐の言った通りカタログスペックでは沈花が上だ。ここは拮抗! アッシュの技量vsヒール・ジェイドの肉体。足でのカウンターは決定打にならず、メキメキとアッシュの足と沈花の肩が互いの肉に食い込み、骨の芯まで圧をかけあう。


「シ」


 三分間は貴重。押し合うだけ無駄だ。アッシュが力を抜いて沈花をいなすと、ヒール・ジェイドにして白虎の巫女は体勢を低く保ったまま引っかき、アッシュの足さばきのプランを反撃から回避と逃亡に変更させる。

 アッシュの膝に桃色の笹の葉が現れ、その表面にラズベリーが実っていく。傷、そして血だ。沈花の爪に掠ってしまったのだ。しかしアッシュはジェイドじゃない! “無傷での勝利”なんてものにはまだ拘れない。


「タコが!」


 四足歩行になればアッシュの技の精度を狂わすことが出来るとでも? 最近はめっきり減ってしまったが四足歩行の怪獣も昔はたくさんいた。アブソリュートの教育に抜かりはない。止めることではなく飛ばすことが目的のサッカーボールキックで沈花の顎を蹴り上げ、転々とした白虎を追って連続で踏みつけ攻撃を狙う。一撃ごとに車が跳ねる! 白虎は這うことも出来ずにゴロゴロと転がって逃げるばかりだ。

 ヒール・ジェイドに変身して自身の戦力を上げなければ勝てない相手なのは確実だった。しかしジェイドの姿でアッシュを惑わすなんて捕らぬ狸の皮算用もいいところだった。戸惑いと激高を超え、アッシュの炎の揺らぎはガスバーナーのように強く収束してしまった。


「それでいい、沈花ちゃん。今のアッシュは少々やばいみたいだ。時間を使っていこう」


「……」


 相変わらず返信はなし!

 沈花はアッシュと逆で大きく揺れている。ヒール・ジェイドになればアッシュ如きに守りに行く必要なんかないはずだったのに!


「チェアッ!」


 我武者羅。それはアッシュが失いつつある心の力……。


「いただきます」


 沈花の手の動きに合わせてアッシュが仰向けに倒れて躱し、沈花の腕をとった。

 腕拉ぎ十字固め……。超能力もクソもない、基礎中の基礎技だ。さすがの沈花もこの技は知っている。地球暮らしが長いし、格闘技好きの双右の下にいれば嫌でもこの技は知る。腕拉ぎ十字固めが決まっちゃえばさすがに勝負も決まっちゃうかなぁ。


「チェアアア!」


 腕を極められる前に苦し紛れでケイオシウム光線を放つ。アッシュのこめかみを掠めるも、アッシュの決意はもう揺るがない。


「……」


「?」


 腕に組みついたアッシュの背中が地面に着く。しかし沈花の腕は折れていない。アッシュの体重は感じるが関節技の痛みが来ない。……さっきまでは攻撃を受けても当ててもバチバチしていたアッシュの電気の刺激を今は感じない。


「まだ三分経ってなくねぇ?」


 慣れすぎたせいか、病み上がりのせいか。オーバー・Dの時間切れだ。しかしアッシュの方がまだ早い! これはピンチだと脱するアッシュの方が、これはチャンスだと技から逃れる沈花より速い!


「畜生が……」


 体が重い。関節が悲鳴を上げている。しかしこの戦いは事情が違う。


「てめぇは殺す」


「なんで?」


「姉貴を騙ったからだ。姉貴を騙った上で俺に負けるような醜態をさらしたから。許せねぇよな。許せねぇ。殺す。ジェイドの偽物は所詮、アッシュに負けるような不出来な偽物だった。そういうことだ」


「グッドラック。第四ラウンドだ!」


「セアッ!」


 バリアーの円盤を手に這わせてチョップを繰り出す。沈花は白虎の爪で受け止めた。いける。オーバー・Dじゃないアッシュならいける!


「セルララアアア!!」


 バリアーの円盤をバズソーめいた高速回転! 硬い爪に弾かれて目も眩む火花が散る。建物が破壊しつくされ、明かりの消えた大宮では火花が一際大きく見える。


「チェアーッ!」


 近距離だったら手が塞がっていてもこれだ。悪の波動! 受け身をとったアッシュは沈花を視界の端に捉えたままスプリント開始! またケイオシウム光線が追ってくるはずなので、何か考えないと第二ラウンドのリプレイになってしまう。

 やはりだ。アッシュが飛び越えた大宮駅がケイオシウム光線で貫かれ、沈花の血で張り付けられた紙幣が舞って金の雨が降る。その金の雨が今度はスカイブルーの障壁に押し付けられた。透明度0のスクリーンバリアーだ。ケイオシウム光線で貫いても小さな穴が開くだけ、その後ろにアッシュがいるとは確証できないし、いたとしても闇雲に撃ったら消耗するだけだ。


「チ」


「そこがまだガキなんだよ」


 ケイオシウム光線をストップさせた瞬間にスクリーンバリアーが消滅、バリアーの裏側からアッシュが姿を現した。さっきよりもより……。狂気。


「ケイオ……」


「セアッ!」


 アッシュに突き付けた指にアッシュがパクってきた北陸新幹線の先頭車両がぶっ刺さる。突き指した上に新幹線が指にすっぽりはまってしまった。


「ヘヘェ、随分と豪華な指輪ですねぇお姫様ッ!」


 ベキィっと新幹線を掴んでグリッ。沈花の指を掴むのは難しくても沈花の指が刺さっている新幹線なら簡単だ。指が逆向きに折れて車両の先端が手の甲を超えて肩に触れた。激痛! そして技の生命線が死んだか!?


「ケイオシウム光線……」


 光線は出た。しかし複雑骨折してしまった人差し指では新幹線を破壊しただけでアッシュを狙って正確に撃ち抜くことはもう不可能だ。慣性の法則と重力でプランプランと指が揺れ、クラブのレーザーみたいに大宮に降り注ぐ。


「おっとっと、燃えよドラゴン!」


 残った新幹線の二車両をヌンチャクにして沈花の顔面に強打! さすがにカタログスペックの差とか言っていられなくなってきた。オーバー・Dが終わってもアッシュは闘志を失わない。やはりジェイドの姿でいることはアッシュを必要以上に怒らせてしまった。


「せっかくだからこいつも食らっていけ。名前は三葉!」


 ルミネ大宮のエレベーターシャフトからぶっこ抜いたワイヤーをバリアーの錘で操作して沈花に巻き付け、本日の二度目の世界に一つだけのドロップキック! 沈花は受け身もとれずに倒れ込みワイヤーが食い込んで出血するだけだ。手もつけない。物理的にももう立てない。


「沈花ちゃん、沈花ちゃん! ……二択。これぐらいは答えて。助けに行った方がいい? それともいらない?」


「……」


 狐燐の真心も既聴スルー!

 本当は狐燐の助けが必要だってわかっている。でもアッシュに勝ちたい、勝ちたい。勝ちたい!


「……」


 気持ちだけだ。もう体が動かない。次の瞬間、ヘソを掴まれて天地が回転するような浮揚感。


「畜生。姉貴の方が限界か」


 ジェイドリウムを開いたままウラオビの金を回収しつつ、アッシュと沈花の激闘。アッシュvs沈花だけなら十五分はもったはずだが、二人の戦いは約六分だった。


「もう立ち上がるなよ。ここはリアル埼玉。埼玉だけは傷つけない」


「……」


「言ったそばからまた新手。いい加減にしろ」


 既聴スルーは発信した側が勝手に解釈した。アデアデ星人虎威狐燐がポータルで大宮に現れ、古傷が開かない程度に体を動かして奇妙なダンスを見せつけた。


「戦う気はない。ウチのバイトちゃんを回収しに来た」


「フゥー。好きにしろ。変身したまま埼玉で戦う気はねぇ。どうせさっきの戦いも見てたんだろ? 俺はまた勝ちきれなかった。あそこで勝てなかった戦いの決着をもう動けない雑魚の始末でつける気はねぇ。決着はついてねぇが、偽ジェイドはアッシュより弱かった。それだけ覚えとけボケが」

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