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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第8話 マネーインザバンク

 ネットに一つの動画がアップされた。

 中性的な顔立ちのイケメンが5億円相当のピン札を数え、それを21時から東京のどこかでバラまくと宣言した。

 しかし偽札? ウソ? 信頼など出来るはずもない。しかしそれが本当であると証明するために、19時に日本の4か所に怪獣を出現させるという。ただし怪獣は暴れさせない。

 怪獣は脅威ではないんだよ、今回の5億円はプレゼントだしそれが出来る力があるんだよ、と、動画をアップした男性……。ウラオビ・J・タクユキはそう告げた。

 この動画はあっと言う間に拡散された。


「もしもし? 和泉だ」


「和泉さん。お疲れ様です。寿ユキです」


「例の動画だが……」


「怪獣四体には我々では対抗できません。カケルが入院している今、わたし、頑馬、メッセの三人しか巨大化した敵には……。地球人の力が必要です」


「ミリオンはもういないんですか?」


「父は星に帰りました」


 呼び戻すことだって可能だった。あのウラオビ・J・タクユキが1969年(仮)から時を超え、2020年の11月で騒乱を起こそうとしているなんてアブソリュートミリオンが知れば地球に戻ってくるだろう。しかしジェイドはウラオビ・J・タクユキを知らなかったのだ。ミリオンはウラオビ・J・タクユキに関することを一切話さなかったのでジェイドは彼のことを知らないのだ。


「最低でも一体は地球人の力でどうにかしなければならないのか」


「……」


「何か言いたげだな」


「手はなくはないです。ただし、以前話した通り。アブソリュートは地球人が全力を尽くしたときのみ、力を貸す。かつての地球人にはそのガッツがあったと父から聞きました」


「……」


「何か言いたげですね」


「ああ、いくらでもな。どうにかする」


 和泉もユキも動き始めた。どこに怪獣が現れるかわからないので地球人はどこの誰に何を任せればいいのかわからない。暴れないと宣言した怪獣をどう扱えばいい? ウラオビ・J・タクユキがバラまくと宣言した5億円だって大事件だ。

 例えば、19時になり、四体の怪獣が出現したタイミングで全員をジェイドリウムに転送し、その中でレイ&メッセのタッグと2vs4で戦わせる? レイとメッセの二人なら相手が並の怪獣なら楽勝だろうがジェイドリウムの消耗が激しすぎて論外だ。


「これではいけない」


 地球人が地球人の力で地球を守ること。これを大切にしなければならない。かつての明石がそうだったように、フジが地球に来た頃、フジに拳銃を習わせていた和泉のように。

 ユキの作戦が決まった。ユキ、頑馬、メッセ、メロン、フジのグループチャットに情報が回る。


「時間よ」


 ゴア族の文字で縁取られたポータルが首都圏の四か所に展開された。ほどなくして緑のポータルが三つ。


「フォフォフォ」


「ジャラッ! ジエ……。ギレルモ星人か」


 マッチメイクは相手を見てジェイドが決める!

 船橋は飛燕頑馬vs鉄竹(カナタケ)経修郎(キョウシュロウ)!

 ギレルモ星人は殺人稼業の暴力異星人。ハサミで戦うことにこだわるが、変身してもハサミは装備品であり着脱式。捨てることも可能だ。経修郎はハサミを持っておらず、僧侶のように法衣を着こみ、忍者のような暴力的な装いではない。頑馬はレイには変身しない。宣言通り暴れないなら、睨みを利かすだけで十分だ。


「オホホホ!」


「わたしの庭をめちゃくちゃにしようってのかしら」


 新宿はメッセvs紅錦(ベニシキ)鳳落(トリオ)!

 鳳落は骸怪獣ヒオウであり鉄腕とも呼ばれる。超高熱の体温で熱した鉄腕は触れただけで相手を焼き尽くし、古い時代の中国の処刑を連想させる。テキサスの暴れ馬の首の骨すら一撃でへし折る鳳落のラリアットは腕を熱するヒオウの特性と相性がいい。


「ゲッホゲッホ、これでジェイドやレイが出てきたら死んじゃうよぉ。メッセでも無理だぁ」


 川崎で咳き込む「白」とも「黒」とも呼べない二色カラーのスリムなエイリアンは、二色怪人アデアデ星人の姿に戻った虎威(コイ)狐燐(コリン)。今月の残業がこれでまだたったの10分だ。

 今日は突っ立ってるだけでいいと双右に命令されているので、ジェイドやレイ、メッセと戦うのはまっぴらごめんだ。しかし彼女のお望み通り。実際、彼女のところにはジェイド、レイ、メッセは現れなかった。警官隊が銃口を向けているが、そんなのは36mに巨大化した狐燐には何も問題ではない。


「狐燐さんのところにも誰も来ていない?」


「来てないねぇ」


 大宮に現れた(アオイ)沈花(シズカ)はゴア族の血を引いており、ゴア族の黒衣を纏い、両の目が覆われて口がむき出しになっているはぐれゴア族だ。ただちょっとおしゃれさんな沈花はゴア族の黒衣をアレンジし、白いレースを縫い付けて民族衣装から可愛げのあるゴシックロリータ風に改造し、矯正手術と整形手術を受けて変身時の顎も地球人と同じものにして口紅も黒く塗っている。彼女がイタミ社で一番仲が良いのは狐燐だった。あんな狐燐も面倒見はいい。今だって狐燐側から沈花の様子を聞きにテレパシーを飛ばしてくれた。


「つまり、こうだ。強そうな経修郎と鳳落のところにはレイとメッセが行くけど、雑魚の二人はどっちかが不穏になるまで放っておけっていうジェイドの判断」


「じゃあどうすればいいですか?」


「突っ立てりゃいいよ。死にたくないでしょ? 下手に動けばジェイドが来る。何もしてなくても地球人は来るだろうけど何もしなけりゃ何もないよ」


 新宿の探偵事務所の屋上で棒立ちの骸怪獣ヒオウを見上げていたメッセは、連絡用の分身メロンを呼び出してユキに連絡を取った。


「ユキ? 一つ、気づいたことがある」


「言ってみて」


「ギレルモ星人が船橋、ヒオウが新宿、アデアデ星人が川崎、ゴア族が大宮よね?」


「ええ」


「つまり東京と埼玉、神奈川、千葉をつなぐ要所が塞がれて、京急、京成、湘南新宿、埼京、山手なんかが止まって、東京と行き来する鉄道が止まってる。でもウラオビ・J・タクユキが21時に東京で金をゲリラでバラまくつもりってことは、この3県から東京のウラオビの金を拾いに多くの人が徒歩、車、自転車なんかで来る。逆に東京からその3県に帰りたい人たちは帰宅ラッシュが怪獣災害で阻まれて帰れない。東京に人が集まりすぎる。新宿のヒオウが暴れると超危険」


 何か手を考えろ。強そうなギレルモ星人とヒオウにはレイとメッセを付けた。でも21時まではまだ2時間もある! 頑馬はだいぶ大人になったが、こんな挑発を受けて2時間もじっとしている、なんてことが出来るのか!?


「嫌になる。嫌になるぜ! 俺の相手はまた時間稼ぎかよ! 本気で俺にタイマンを挑んだやつってノーカウントとバースだけか!?」


「フォフォフォ。アブソリュート・アッシュにアブソリュート・マイン。さんざんバカにされたものなぁ、レイ。俺の方から手出しはしない。しかしお前が出すなら応じる」


「マジで言ってるのか?」


「信じられんか? まぁそうだろうな。ウラオビもまずは信じさせるために我々を遣わした」


「ギレルモ星人如きでこのアブソリュート・レイの相手が務まると思ってるのかよ、マジで」


「フォフォフォ……」


 経修郎は心の中でギレルモ星人の義務教育であるお経を唱えて平常心を保った。


「ギレルモ星人はハサミを使う。そう思って舐めているな。チョキしか出せない相手にはグーを出せばいい、と。だがこの俺はグーはおろかアブソリュートにすら敗北しないほどのチョキを持っている。相手を確実に梟首(キョウシュ)するチョキ。俺こそが史上最強のギレルモ星人だ。ナムアミダブツ」


 経修郎は印を結び、釈迦如来の仏像を模したゆったりとした構えでさらに頑馬を挑発する。わかりやすすぎる。つまり頑馬に先に手を出させろってことだろ? そうはいかない。


「馬の耳に念仏だ、勝手にやってろバカが」


 むしろ危ないのはこっちか!?


「ヘイ、誰とは言わねぇがこの新宿で一番ワイルドでタフな姉ちゃんよぉぉぉ!!! 知ってんだぜ! 糖分の取りすぎと偏食はよくないぜ!」


 紅錦鳳落の大声が新宿の防災放送をかき消した。これはグレーゾーンだ。暴力行為ではないが迷惑行為。しかしメッセが挑発に乗って怪獣化し新宿が戦場になると被害は計り知れない。ウラオビ・J・タクユキが金をバラまく場所の最有力候補として新宿には人が集まっているのだ。メッセには怪獣エレジーナとしてヒオウを倒す戦力ではなく、探偵として脅威を抑える自制心が必要だ。


「俺は名のある随筆家の息子であってなぁ! 俺の親父は俺の子育て随筆でだいぶ評価された。俺を連れてあちこちを冒険して、俺は初めて陰毛が生えた時のことすら随筆に書かれた! 俺が主人公の随筆は中学受験の国語の定番さ! だが俺は親父を相棒に日々大人になるワンパク坊やを拒否して、大学に上がってからはデタラメな格好でラーメンばっかり食っていた。チャーシューだけ1000g食ったこともあったし、家系、二郎インスパイア、つけ麺、ありとあらゆる麺を試した! 俺はラーメンしか食わなかった! 周囲に忠告されてもやめねぇ! ラーメンブログばかり書いて親父の読者の中にいる、少年の俺をぶっ殺していたら、いつの間にか糖尿になって救急車に乗って死にかけた! これも人生か!? これで本望か!? 周囲は何度も忠告した! それは読者の中にいる俺が死ぬからじゃねぇ! “俺”が死ぬからだ! 反省した! 人の意見に耳を傾ける! そりゃ今だって肉は食う! しかし運動、野菜をきちんととって今じゃ健康体さ! 痛い目を見るまでわからねぇバカはいる! そいつらに忠告してやるのが、俺たち大人の務めってもんだろう!? 何も坊主にならなきゃ説教できねぇわけじゃねぇ! 生の体験をした大人の言葉がガキには必要なんだ! お前はどう思う? プライベートアイ」


「レイに代わってほしいわ。あいつになら挑発に聞こえない。食肉トークで盛り上がったかもしれないのに」


 この新宿を心臓に、東京各所に張り巡らされるメロンの足跡。池袋、新宿、渋谷、六本木、品川、お台場……。分身メロン2000人で探してもウラオビ・J・タクユキが見つからない。メロンの進捗状況を知ってユキ、頑馬、メッセはうんざりした。3か月前、アブソリュート・マインの根城トーチランドが掴めないせいでどれだけ苦労したか……。ウラオビもマインと同じような能力を持っているのだろう。

 頑馬とメッセをほめてやるべきだ。この二人は20時59分に、渋谷のテレビ局の屋上にウラオビ・J・タクユキがポータルで現れたとメロンが報告するまで、経修郎、鳳落とのにらめっこをこらえ切ったんだから。

 メロンの報告とSNSの興奮はほぼ同時だった。動画がアップされて以降、東京はウラオビ・J・タクユキを探す人であふれかえっていたんだから、ついに彼が見つかったとなればタイムラインは賑わう。しかもウラオビ・J・タクユキは自分から渋谷にいることを明かし、テレビで写せなくなるから絶対にミッキーマウスのグッズを持ってこないで渋谷まで金をとりに来いとジョークまで飛ばした。


「ウラオビ・J・タクユキ」


「やぁ、久しぶりだねジェイド」


 真っ先にウラオビ・J・タクユキの5億円に迫ったのは、足を使わず輪で移動するアブソリュート・ジェイドだった。武器は持たないし睨みもしない。言葉と態度で止める。


「お金をバラまくのはやめて」


「やめないよ、悪いけど。さぁ、再会の紙吹雪と行こう」


 生臭い風がトランクの中の金をオーディエンスに運ぶ。観客たちの手が空を切った。見上げた空にはウラオビ・J・タクユキと寿ユキはいなかった。何もない虚空。“薄さ”の概念がない輪がウラオビ・J・タクユキと寿ユキのいる空とオーディエンスのいる地を隔て、落ちてくるはずの金は輪をくぐれずどこかに消えた。


「かつての友人は将棋が好きだった。数手先を読め、と。この手まで僕は読んでいたよ。君はこうする。僕の居場所がわかったら僕の金をポータルでどこかに隠してしまうんだ。そうすれば犯罪者の金は民に渡らない。でも僕が金をバラまく前に金庫から金を奪うとただの窃盗。だから君は僕の手を離れた金を真っ先に手にすることでしか止められない。でも数手前から既に状況はカオスなんだ。今のこの状況、みんなにはどう見えるかな?」


「……アブソリュート・ジェイドが、ウラオビ・J・タクユキが配るはずだった金を独り占めした」


 観衆からの罵声が答え合わせだ。


「さて質問だ。君は5億円を手にした。使い道は? 私腹を肥やす? それとも寄付? ユニセフ? 盲導犬? 24時間テレビ? どうしたって偽善になるよ。僕は5億円程度の出費は痛くない。返さなくていいよ。さぁ、どう使う?」


「それは後々考える。目的を教えて」


「いろいろありすぎて説明するのが面倒だ。でも次の手段では、君の厄介な貯金は5億から10億に増えるかもね。ミリオンから聞いていないかい? ウラオビ・J・タクユキを」


「聞いていない」


「知りたければ……。いろいろとやってみることだね。僕の最愛の妻、ジェイド。僕の目標その一。君を怒らせる。その二。君に愛される。その三以降は君自身で探ってくれ。その一とその二のために一つ、ウソをついた」


「一つ?」


「ウソっていうか解釈違いというか、詭弁、屁理屈、脱法? 金は配り終えた。そう、配り終えたんだ。5億円全部をジェイドが受け取っただけで僕の動画での宣言は終わった。ここからは、本当のサプライズ! 君の貯金が増えるよジェイド。追加の5億を今から配る。そして……。出番だ、沈花!!」


 大宮の防災放送は聞き取れない速度まで加速し、慌ただしくなる。戦いなんか知らない人たちでも、自分たちを襲おうとする狂暴な敵意は察することが出来る。大宮にいた人間たちはこのゴア族をまるで流れ星か花火かなんかと思ってスマホで撮影していたが、この流れ星は大宮に落ちるし花火も暴発する。

 沈花の拳が駅ビルを殴り壊した。悲鳴は0! 死者・ケガ人0! 沈花が拳を振り上げた場所は大宮だが、コンクリのスプリンクラーにされたのは異空間ジェイドリウムの中に再現された無人の大宮だったのだ。沈花が破壊したビルの中の観葉植物に一万円札が落ちる。

 追加の5億、暴れる沈花、両方に対処するには両方をジェイドリウムに転送するしかない。ジェイドの体力と念力が大量に消耗されていく。


「クールな顔だ」


「……」


「卑怯だって思う? でもお金を配ったことの方がみんなにとって重要みたいだ」


 状況はウラオビ・J・タクユキがリードしているのに、ジェイドは顔色一つ変えずに淡々と一つずつ対処し、その“正義”の姿の揺らぎを他者には一切見せない。その表情にウラオビは欲情していた。沈花も状況を把握した。まがい物の大宮の空に大きな穴が開き、空の断面から降り注ぐ金。見上げる沈花の目が眩んだ。雷? 渋谷はゲリラ豪雨か? 稲光を光源にした沈花の影に一つの影が重なる。


「セアッ!」


「チェッ!?」


 稲光を追い越して沈花にキックをお見舞いしたのは、青のボディに走るシルバーのライン、頭部の三枚の刃に切れ長の目。


「病み上がりなのにごめんなさいアッシュ。戦える?」


「ゴア族程度なら」


 その男。ゴア族酋長外庭数、エリート戦士マートン、鬼畜の因幡飛兎身を倒したゴア族ハンター! 彼がアブソリュート・アッシュだ!

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