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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第6話 それぞれの現在地 寿ユキ

「What’s the purpose of your visit?」


「holiday」


 アブソリュート・ジェイドなら2秒で移動出来る東京→ネバダ間を約13時間でフライトし、小柄な少女がタラップを降りた。

 複雑に編んだ髪、白いスカーフ、白いコート、ロングスカート、首から下げる勾玉。少しウキウキ気分で寿ユキは温暖なアメリカの地を踏んだ。

 入国審査で答えた通り、入国の理由は休暇。日本で何が起きても基本的には帰らず、アメリカ旅行を続けるか、きちんと飛行機で帰る。この旅行の前にかわいい弟が交通事故で意識不明になったことは大事件だったが、もう危篤は脱したし頑馬、メッセ、メロン、鼎が看てくれている。

 休む、ということをジェイド以上に重視するアブソリュート人はいないってほどジェイドは休む。しかしそれは怠慢や欠勤ではなくあくまでも休息。オーバーワークで精神的にも肉体的にも仕事が嫌になってしまう状態が一番よくないし、アブソリュートの星にいた頃は初代アブソリュートマンをはじめとした優秀な戦士がいたし、今の地球にはレイがいる。メッセとメロンも。ジェイドが休んでもバックアップはいる。

 こういった自己管理のことももっと……。弟子に伝えたかった。


「ようこそ、アブソリュート・ジェイド」


「お会いできて光栄です、ゾーキング博士。出来れば、地球(ここ)ではユキ・コトブキと呼んでください」


「OK、ユキ。入国審査でホリデーと答えて、アメリカが誇るSFとオカルトと宗教と物理学の権威であるワシに会いに米軍基地に来るなんて君くらいのものだよ」


「ええ、あくまでわたしの目的は休暇。オンオフで言えばオフの状態で、職務上必要なことではなく興味本位でゾーキング博士とお話ししたかったので」


 ユキとゾーキング博士を乗せたカートが米軍基地……エリア51の地下に広がる極秘の倉庫を走る。二人にとってはここに保存されるクリスタルスカルも失われた聖櫃(アーク)も手に負えないほどのオーパーツではなかった。


「是非、米軍でもサンプルの欲しかったものが日本にはあるのだがね」


「おそらく、それが今回、わたしがゾーキング博士とお話ししたいことです」


「なんて言ったって“アレ”だぞ? “アレ”の話が興味本位とは恐れ入る」


「入国審査では少しウソをついてしまいました。持ち込みが許可されないものをこの国に持ち込んだ」


 ユキが胸元の勾玉に触れると、細い指の間に白木造りの小さな木箱が握られる。ジェイドリウムに入れて密輸した“アレ”だ。


「まさか!」


「はい。アブソリュート・マインの遺灰です」


「ウヒョ~! くれるのかい!?」


「これはほんのごく一部です。どう扱うかはゾーキング博士次第ですが、双方にとって得のあることに使うことが条件です。危険だと感じた場合は即刻破棄する勇気がおありですか?」


「もちろんだ!」


「研究の成果は報告してくれますね?」


「もちろんだ!! 報酬は何がいい?」


「要りません。趣味ですから」


「それが君のタテマエということか。今のところは双方お得だな。さすがにアブソリュート・ジェイドとゾーキング博士が怪しい場所で二人で会って、渡航の目的は休暇、ではすまない。既成事実としてつまらない問答でもするかい?」


「今回は本当にそっちが目的なんですよ」


「いいだろう」


 地下倉庫の見物を終え、地上に上がった二人は滑走路から満天の星空を見上げてコーヒーを入れた。コピ・ルアク。どういうコーヒーかは聞かない方がいい。コーヒーから立ち上る湯気の次にはゾーキング博士の吐息が大きく曇る。あのアブソリュート・ジェイドと会話なんて息が上がるに決まっている。


「わたしは短い間ですが弟子をとりました」


「シーカーのことだね。ご愁傷さまだ」


「彼はマインの息子で、マインに殺されました。そこまでご存じ?」


「いや、シーカーが登録されたことと抹消されたことしか知らん。心中お察しする。マインへの思いは複雑だろう。一人で抱え込むには重すぎる。家族だけで抱え込むのにもな。シーカーを知らぬものの介入があれば、シーカーの件は完全な私事ではなくなる。要するにワシだ。マインの末路は知っている」


「マインは復活するとお考えですか?」


「するだろうね。ほぼ間違いなく。ただし君がマインに会うことはないと考えている」


「何故?」


「マインの理想と手段は完璧だからだ。自分の気に食わないすべての事象から目を背け、気に入ったものしかない世界が来るまで眠り続ける。それが出来るのならばワシだってそうしたい。君はマインの“お気に入り”ではないはずだ。あくまでもマインがウソをつかず、ワシが知っている通りの行動をしていると仮定したらの話だが。ワシも死が近づいてきた年齢だ。物理よりも宗教やオカルトにすがってしまう。この国ではなじみが薄いが、君の拠点である国では輪廻という概念があるね?」


「はい」


「すべてのものは輪廻のように繰り返される、とワシは考えるようになった。この世に“直線”は存在しない。すべては“円”に含まれる。時計の針、自転、公転……。この宇宙そのものにさえ輪廻があり、繰り返される。今、我々が生きているこの宇宙も時間も、かつてあった輪廻の先にあるもので、この先の輪廻に含まれる。パラレルワールドとはこの世界の隣にあるのではなく、先にあるのだ。並列ではなく直列」


「それはマインの考え方ですね」


「マインの野望に共感はせんし与したりはせんよ。だが彼女の思想は面白い。この世界が、既にマインによって改変された世界である可能性を持っていたかい? 君はマインと戦ったジェイドがジェイドに転生したジェイドである、とか」


「さすがにそこまで考えたことは……」


「君を、アブソリュート・ジェイドという役者だと仮定する。既に“アブソリュート・ジェイド”は“寿ユキ”を演じているがね。世界という劇で、アブソリュート・ジェイドという役者は、自分がアブソリュート・ジェイドを演じていることすら知らず、目的すらも知らず、アブソリュート・ジェイドの人生を演じ続けている。“次の世界”にもアブソリュート・ジェイドは存在するが台本は少し違うかもしれない。セリフの言い回しが多少違うようなものから、共演者が違うというような大きなものまで。アブソリュート・マインならばその台本を書き換えることが出来るのだよ。何故ならマインという役者は役を演じずカーテンの間を移動し、台本を書き換える権利を手にしてしまったから。気に入った“劇”が出来るまで何度も台本を書き、気に入らなければ劇が終わるまで眠りにつくさ」


「ならばどう対抗すれば?」


「さぁ? ワシには難しすぎる。すべての生命が滅びる輪廻と輪廻の隙間が重なれば、命の数が減って理論上マインは復活する。しかし君はもういない。ワシもいない。しかし世界そのものも生命であり、死を経て転生のために滅びるのならば、マインもその理に逆らえず呑まれて滅びるか、マインだけは“円”ではなく“直線”であり続け、世界に干渉するか。いずれにせよその時に君はいない。きっと、この世界はまだ世界の転生先でマインに改変されたものではないのだろう。何故なら君はマインの“お気に入り”ではないから。ワシがマインならば君の名前は世界のキャスティングから消す」


「……シーカーが幸せになれた世界も直列に連なるパラレルワールドの先に存在するかもしれないのですね」


「あくまでも与太話だ。ワシの話にはいくらでも粗はあるぞぉ。マインが輪廻を超えるのならば、世界の転生先には理の中に生まれた新たなマインと輪廻を超えた世界の転生前のマイン、二人のマインが存在する。パラドクスだ」


 ユキのマグカップにはもうコーヒーが残っていないが、ゾーキング博士のマグカップには冷めてしまったコーヒーがまだ残っている。


「この世の理を数字を用いて表現することが物理だ。画材を用いて表現するものは絵画。文字を用いて表現することは文学。思考で表現することは哲学。まとまっていない場合は与太話。これは与太話だ」


「では、輪廻……パラレルワールドを超える方法は?」


「もうやめてくれ。ワシの知識ではもう無理だ」


「ええ、ですから趣味で」


「……“前世”の記憶を持ったまま輪廻の先へと転生し、自らが演じていることを自覚する。これはパラレルワールド間の移動であり、タイムトラベルに近いものになる。例えばこの世界の2020年のジェイドが魂と記憶を保存し、次の世界の1969年まで持ち越すことが出来れば疑似的なタイムトラベルになる。ただしこれも“直線”ではない。幾度となく輪廻を迎えた先にすべては一周し、全く同じ世界がもう一度来る。その時には意図的な転生は出来ない。故に一度はマインに存在そのものが抹消されようが、もう一度アブソリュート・ジェイドは生まれてくる。いくら直線があろうとも、外角の和は必ず360度だ」


「それを知ろうとすることを観測というのでしたっけ?」


「これが学問の話ならばな。どう知る?」


「マインが理を超越できると仮定して、やれることをやってみます。興味本位で」


 すべてがマインの理想通りに進んでいるとして、“前世”の記憶を引き継いだまま“次”のパラレルワールドに持ち越せる存在。自分に与えられた役割を理解し、演じ続ける人物。たった一人だけ心当たりがある。

 犬養樹だ。犬養樹はアブソリュート・マインに不老不死の能力を与えられ、マインが目を覚ますまで永久に“直線”のまま存在し続ける。世界が輪廻によって繰り返され、その輪廻も輪廻を迎えて完全にリセットされるまで、犬養樹は世界のどこかにいる。

 しかしユキは犬養樹を抹殺しようとは思わなかった。そこまでするのは酷な気がした。マインは悪人だったが、どこか人間味を感じさせ、そこに感情の業を感じさせた。そのマインが犬養樹に託したものは、寂しさという弱みだったのだ。自分だって非情なふりをしていても情を捨てきることは出来ない。それにゾーキング博士から聞いた輪廻の話はあくまで休暇に興味本位で聴いた与太話なのだ。


「答え合わせを出来ないことを知ろうとするのは無意味と思うかね?」


「世界の碩学であるあなたたちがそれを止めれば、何もわかるようにはなりませんよ」


「君はこの話、オカルトと感じたか?」


「……どうでしょうね」


「こういう与太話が聞きたいなら、お勧めの本がある」


 ゾーキング博士がユキに差し出したのは、黄ばんだ和紙に墨で何書かれた文献を表紙に、明朝体で『新訳・三香金笛抄』と書かれた日本語の書籍だった。パラパラとめくると古文書の内容を文章、絵、マンガで解説している。


「こうして『キャプテン・アメリカ』のコミックも友達に貸したもんさ」


「『新訳・三香金笛抄』。作者は、江戸川(エドガワ)双右(ソウウ)……。とても楽しく、いい旅行になったようです。ありがとう、ゾーキング博士」


 本に書かれている作者のプロフィール欄の出身大学は、現在鼎が通っているものだ。こういうことは珍しいんじゃないか? 鼎には悪いけど、あまりいい大学に通ってなかった作家が出身校を明かすのは。東大や京大や早稲田や慶応じゃああるまいし。







 ……東京。『新訳・三香金笛抄』を寿ユキが手に取ったネバダとの時差約17時間。

 三流SF作家の江戸川(エドガワ)双右(ソウウ)は親友で秘書の鉄竹(カナタケ)経修郎(キョウシュロウ)と街を歩き、チャラチャラと女性に声をかけては経修郎にどつきツッコミを食らってニヤニヤしていた。経修郎にツッコまれる前提のボケであるような内輪のネタのノリのナンパだ。

 『新訳・三香金笛抄』には出身大学まで書いてあるのに生年月日は書いていない。もちろん、本名も。


「後輩から連絡だ」


「誰のだ? ウラオビの? それともソウウの?」


「ソウウの方だね。大学の後輩が『新訳・三香金笛抄』に興味を持ったようだ。会える日が楽しみだよ、アブソリュートミリオンの子供たち」


 古代にアブソリュート人がいたことを示唆し、ジェイド、レイ、アッシュの三兄弟の活躍を古文書に書き込んだこの男、江戸川(エドガワ)双右(ソウウ)

 アラサーに見えるので女の子に声をかけても悪い顔はされないが、生年月日は194-年1月1日。

 本名は、ウラオビ・J・タクユキ……。

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