第2話 殺伐
セリザワが目を覚ましたのは絵を描く前のキャンパスのような白の天井だった。
「目が覚めましたか? セリザワさん」
「お前……。明石か?」
「お久しぶりです、セリザワさん」
病院で本を読みながらセリザワの目覚めを待っていたのは、かつて放火怪獣アラリア、合成怪獣キングゴッチの事件で行動を共にした北海道出身の大学院生、明石だった。
「その制服。捜査局に入ったのか」
「今はACIDという新しい組織に名前が変わりました。あなたが捜査局に辞表を出した後、入れ替わりで入職しました」
「……俺に点滴を入れるのは楽な仕事じゃなかっただろう」
「驚きました。針が皮膚を通らない。熱は45度を超えていた。心拍数も血圧も即死の値。しかしある意味で驚きはしませんでしたよ。あなたがアブソリュートミリオンだったってことはね。ACIDに入職して驚いたのは、ACIDは既にアブソリュートミリオンの正体があなただということを突き止めていたこと」
ぽつぽつと点滴の音が一定の間隔で刻まれる。心拍、血圧、体温が常人なら即死のはずのアブソリュート人に人間用の薬が効くのかはいささか疑問が残るが、地球人たちはセリザワを助けようと努めたのだ。
「こう言っては悪いが、お前たちは足手まといだ。だから俺は捜査局で二足の草鞋を履くのを辞めたし、新しい組織が俺の正体を突き止めても手出しをしなかったのは……」
「わかっています。わかっていますよ。でも何もせずにいることなんて、出来ないんですよ」
明石の手の甲に血管が浮かび上がった。これだからいい。地球人は捨てたもんじゃないし、捜査局の刑事という職を失って無収入になっても守る価値のある星と人々だ。だからアブソリュートミリオンは地球を守る。
「すまないな明石。医療費は後程振り込んでおく」
セリザワはベッドサイドのハンガーラックの上着に触れた。どうやらあの火災でそれまで愛用していたものは焼失したが、明石が代わりを用意してくれたようだ。しかもポケットには新品のピースとマッチまで入っている。ACIDは全焼したウラオビのアジトからミリオンの愛刀まで回収してくれた。
「もっと頼ってくださいよ。何日眠っていたのか、とか、ウラオビ・J・タクユキの行方と組織のこととか、もっと聞いてください。わたしたちは確かにあなたに守られている。抗えないほど強い力で守られ、その力がなければきっとたった1匹の怪獣で文明は崩壊してしまう。でも、何もせずにはいられなかった。……もう何も言いません。何も言わず、この情報を受け取ってください。マッチを擦れば火が付くのと同じくらい当たり前に、ACIDからのサポートを受けてください。知ってますよ、これが無力な地球人の片思いだってことぐらい」
「余計なことを言うぞ明石」
「はい」
「婚期を逃すな。お前、随分といい顔をしているぞ。情報はありがたく頂戴する。明石。ありがとう。ここからは競争だ。お前たちが先にこのウラオビ・J・タクユキを逮捕するか、それとも俺が先にこいつを殺すか」
無力に震える明石を放っておいてやろう。セリザワは素肌の上に上着を羽織り、刀を提げて病室を出た。
「セリザワさん!」
「どうした」
「残念ながらメガネは焼けてしまいました。代わりにこれを」
それでも明石は立ち上がる。顔を伏せたままセリザワに眼帯を握らせ、げっそりとした顔でセリザワとは逆方向に歩き出した。
〇
セリザワの住まいは世田谷区の千歳烏山だ。ここの6畳に本棚を置き、ちゃぶ台には将棋盤、窓も開けず換気扇も回さず部屋でタバコを吸うので壁は黄ばんでいる。彼は意外とだらしなかった。しかしこんなに乱雑に散らかした覚えはない! ウラオビ一味が荒らしていったのだろう。腕時計が盗まれているが、ほかに金目のものはなかったので整頓しなおすと大体のものは無事だった。しかし刀を手入れするための打ち粉、釘、油といったものは、わざわざ「殺してください」と言わんばかりに所定の位置から持ち出され、ちゃぶ台の上に刀の手入れの教本と共に置かれていた。
セリザワはその教本に従い一度刀を解体し、焼けた部品は交換して素人ながら研ぎなおした。鞘と鍔が使い物にならなくなっていたので間に合わせの部品では非常に簡素な拵えになってしまったが、ミリオンの愛刀アブソリュートブレイドには元々切れ味はない。しかし持ち主であるミリオンの超能力を通しやすく増幅する機能があるため、念力のコーティングによって国宝級の日本刀の切れ味を再現させているどころか、敵の血や脂による切れ味の低下も抑えることができる。もちろん、キチンと専門家に任せて研げば超能力なしでも十分な刃物となる。
「石神井公園か」
ウラオビ殺しの依頼をしたクラダと会った場所で、ウラオビは待つという。
ミリオンが愛した車は、捜査局を辞職するときに売り払ってしまった。それに今回の石神井公園行きの帰りは車も歩きも必要ないだろう。変身解除の際にのみ使用できるテレポートで直帰する。
明石がこの戦いを見ることは……ないのか?
これから石神井公園で戦うので、報道管制と人払いを頼むべき?
せめて明石の気遣いである眼帯は連れて行ってやろうと、眼帯の上からメガネをかけた。そんなことを考えている間に石神井公園に到着してしまった。
「いらっしゃーい」
石神井公園で待ち構えていたのは、刃渡り60センチほどの巨大な裁ちバサミの開閉を繰り返し、ミリオン殺害への思いを隠し切れないウラオビの側近、伽藍だった。そのハサミの開閉が立てる物騒な音はスズメバチの威嚇にも似ている。
「ウラオビを出せ、三下が。そんなオモチャで何をする?」
「オモチャとは言ってくれるねぇ」
スズメバチの威嚇は蝶の羽ばたきへ。二枚の刃が羽ばたきながらセリザワの喉笛に迫った。セリザワは一瞬にして抜刀し、最小限の動きで蝶を止める。鍛え抜かれた金属同士の散らす火花、金属音。その殺伐とした感覚はセリザワにとって心地よいものでもあった。
「ハサミで戦うということは貴様、ギレルモ星人か」
「フォフォフォ。ギレルモ星人に受け継がれるハサミの切れ味、とくと味わえ!」
ギレルモ星人。宇宙で殺人業を請け負う犯罪宇宙人だ。しかし既にギレルモ星は不幸な事故で爆発し、当時星間旅行中だった約20人のギレルモ星人の殺人業者の生き残りとその子孫が、あちこちで新たな主を見つけて組織の殺人を請け負っている。伽藍の主はウラオビ・J・タクユキだということだ。
そういった殺人稼業のためアブソリュート人の間でも情報共有されているが、アブソリュート人の間では未来恐竜クジー、機婦神ゴッデス・エウレカ、異次元人ゴア族が最も警戒される種であり、ギレルモ星人は戦闘力・組織力のいずれかで彼らに劣り、地球にギレルモ星人が出現した噂を聞いたこともまだなかったのでミリオンにとっては初めて戦う相手だ。
「……ディ」
刀を左手の逆手に持ち替えて切っ先を真っすぐ地面に向け、踏み込みと同時に刀の腹を突きつけて伽藍のハサミの可動域を探る。どうやら酔狂な武器だから戦闘力は不足ということではないらしい。
「オモチャじゃないが難儀なものだ。ギレルモ星人はハサミで戦わねばならないからなぁ」
伽藍がハサミを閉じ、上段の切り払い。回避することは容易だが背後の草木が刻まれた。伽藍のハサミには峰にも切れ味があり、閉じた状態では二枚の刃の質量を合わせた重い斬撃になる。事実、侮れない威力だ。受けても刀が押し込まれる。
「フォッ!」
一瞬にしてハサミの蝶番が分解され、今度は両手に刃を持った二刀流。右手の斬撃を刀で防げば左が足を狙ってくる。重ねた状態より威力は低いが、その速度はバカにできない。右の刃が懐に! セリザワは反射で体を反らして回避したが、伽藍は絶え間なくスナップを利かせて空気をひっかき、足を使って追撃してセリザワに余裕を与えない。まるで水でさえ切り刻んで形を作ってしまうような速く鋭い斬撃だ。
「ディアッ!」
右の刃を強打で振り払うが、体勢を崩された伽藍は不敵に笑った。次の瞬間、セリザワの脇腹に鋭い痛み。
「順手も逆手もないんでね」
伽藍の左手を見るとなるほど、刃が一瞬にして持ち替えられている。伽藍のハサミは刀ではないのだ。持ち手は輪であり、即座に回転させて刃の向きを変えることができる。常識が通用しない。伽藍の戦いはオモチャのハサミでも二刀流でも両刃でもなく、ギレルモ星人というセリザワの経験したことのないジャンルなのだ。
「クッ」
伽藍に背を向け、一時的に逃走! 枝をかき分け、石垣を蹴った三角飛びで立体的に移動するが、最短の直線距離で草を踏む音は背後の音はそう遠くない。音と伽藍は同じ最短距離で追ってくる。
「逃げるのか?」
「バカ言うな。生憎と鈍足でな。腕力と念力は鍛えてどうにかなったが鈍足と無愛想だけは治らん」
まだ距離があるうちに回転。ミリオンの刀より短い伽藍のハサミでは、この距離では小細工を出す余裕はない。
「フォッ!」
だがダメだ。強靭な腕のバネから放たれた左の刃が矢となってセリザワの肩に突き刺さり、リアクションをとる間もなく伽藍がヤクザキックでセリザワの背を樹木に叩き付ける! 痛みが脳に届く暇もない。痛覚がうるさすぎる。鳥が悲鳴を上げて飛んで行った。伽藍は距離を詰めてセリザワに刺さっている刃で肩を切り上げ、息をつく間もなく頭突き、頭突き! 衝撃で木の葉が降ってくる。その頭突きも的確に一番痛い箇所、鼻の根本の神経の集まる場所に初撃、余裕をもって二撃目は眼帯の左目を撃ち、奥の手の変身の芽すら摘みに来ている。こんな武器でもこのアブソリュートミリオンと互角に戦えるほどのシミュレーションと実戦を積んでいるのだ。関心が感心に変わってきた。
「クソッ! ディアァッ!」
こいつは思っていたよりもずっと強いぞ。セリザワの顔面を突き刺しに来た左の刃を屈んで避け、力任せに伽藍の腹を蹴り飛ばして距離をとる。伽藍の延髄を目掛けて刀を振り下ろすが、凄腕の暗殺者は頭越しに刃を自らの背骨に沿わせ、致命的な一撃を未然に防いだ。両者の汗と笑みが火花のように散った。病み上がりにこんなやつの相手は息が上がる。だがこの殺伐は悪くない。
「ハハハッ」
「フォフォフォッ!」
火花、金属音、セリザワの血、伽藍の血。索敵するセリザワの視線の移動速度が上がる。伽藍は間を嫌って速攻を仕掛けてきた。伽藍の猛攻を捌ききれず、鞘でガードするがたった一撃で白木の鞘は花火のように砕け散ってしまった。
腰が引けたセリザワを目掛けてまた刃が投擲される。セリザワが身を屈めると背後の樹木に突き刺さり、樹液が滲みだした。好機! 屈伸の勢いで下段から火の出るような切り上げを狙う!
「フォフォッ」
しかし伽藍は見事なパルクールでアクロバティックにセリザワの背中に自分の背中を合わせて回転、切り上げを回避して向こう側に着地し、刃を回収する。落ち込む余裕もない。木に刺さっていた刃が真っすぐに地面に突き刺され、セリザワの視線が誘導される。
「フォッ!」
残念! 地面に突き刺さった空振りは空振りじゃなく布石だ。セリザワは自らの目と脳を運ぶ上半身の動き、伽藍はそれを蹴り上げる動き。二つが1メートルほどの高さで激突する。セリザワは切っ先を伽藍に向けて顔面の痛みに耐えながら間合いを保つ。さすがの伽藍も息が上がってこれ以上の連撃は無理なようだ。両の刃を手になじむ位置にあわせ、笑みを浮かべる。そしてまた耳をつんざく金属音が短いスパンで鳴り響く。
こんな激しい戦いが現実なのだから、やはり時代劇のチャンバラはフィクションだ。常に互いの隙を狙いながら殺しあう戦いではあらかじめその筋書きを知らなければカメラがあっても追うことができない。戦いの中で平静や激情といった画面に映える表情を作るのだって難しい。平静も激情も、本当の殺し合いでは“殺伐”という一つの言葉に収められるのだ。
「この畜生がァー!」
セリザワの雄たけびに伽藍が怯み、慎重に間合いを保つ。
相手の強さにかかわらず、戦いの中で唐突に癇癪を起して過剰に殺しにいくのはセリザワの悪い癖だ。今だって姑息な手を使われたとか不覚を取ったとか慢心があったとかではなく、理由のない唐突な激高。だが誰も彼に直せと言わない。セリザワが真価を発揮するのは大体、ブチギレてしまってからなのだ。
「ディッ!」
腕の表面を走る血管が膨れ上がり、セリザワの元に集まる情報の質が変わってきた。光、音、におい、気温。全てがセリザワの激情に油を注いで煽り立て、主観時間が鈍化する。伽藍の足さばきにはかかとに重心がかかるものが多くなってきた。後退から防御による抵抗へ。伽藍の足元の枯れ枝がへし折れた。今のセリザワの太刀はハサミをバラしたまま、それぞれ片手の力で受けきることができない。ハサミをドッキングさせて両手持ちへの移行を試みるが、一瞬にして蝶番が刺突で穿たれ、伽藍が次のプランを練る間もなく耳をふさぎたくなるような音で左の刃が真っ二つにへし折れた。磨き抜かれた刀身に映る伽藍は意外と……。まんざらでもないような顔をしていた。
「ディアッ!」
伽藍の左肩に刺突を撃ち、皮膚、肉、腱がブチブチと切断される手ごたえ。伽藍のうめきを無視してさらに刀を押し込み、襟を掴んで組み付き、軍隊や警察でも用いられる腕拉ぎ十字固めでハサミをふるう腕をへし折った。ついに伽藍の体から力が抜ける。腕拉ぎは相手を気絶に至らしめる技ではないが、腕をへし折って物理的に戦えなくするその威力は敵を再起不能にするのに不足ない。
「畜生が……。こんなやつが何人いやがる」
突いた腕に腕拉ぎをかけてしまったので新品のズボンが血塗れだ。血を吸ったズボンに付着した細切れの草木や土を払い、周囲を見渡す。石神井公園の草木は直線だらけになっている。この世に生きる全ての生物の形は、輪廻を待つように円を描く。必ず縁があり、辿れば円になる。しかし刃物での殺し合いは草木に直線を刻み込み、巻き添えに命を絶った。生物の姿に刻まれる完全なる直線。それは死と断絶を意味する。
「フォフォフォ……。いい勝負だった。と俺が言ってもいいか?」
「あぁ? 悪くはなかったぞ」
「ファー。ギレルモ星人が……。悪名であろうともアブソリュートに名を覚えてほしかった。我々はクジーにもゴア族にもなれぬ」
「貴様もウラオビと同じく、死をもって自分を飾りたかったか?」
「どう見えた? アブソリュートミリオン。お前は俺の生きざまをどう見る?」
「知ったことか。貴様自身で示せ」
「これから先の人生でまた俺と戦うというのか? ……残念だ。そうならない」
「自決するなら勝手しろ。なんでもかんでも俺に言うな。貴様の主人のあの野郎。ウラオビは刀で全身の毛を剃った後に三宝寺池に頭から叩き込んでスケキヨみたいに殺してやる。やつもさぞかし満足するだろうよ。自慢の股間を衆目の面前に晒してやるんだからな」
「残念だ。そうならない」
「貴様、いったい何を?」
伽藍の顔が血で染め上げられる。誰の血だ? セリザワのだ。セリザワの太ももを貫いた、見覚えのあるハサミがもう動けない伽藍を血で溺れさせる。
「答えてやろうアブソリュートミリオン。15人だ。今、ここにいるギレルモ星人の人数は、俺を除いて15人」
ようやく収まってきた激情は、動脈を傷つけられた太ももから噴出する血の形となっての二度目の高揚のメタファーとなる。
しかし激高の最中にありながら、セリザワの獰猛な殺意はもう曇っていた。ウラオビに毒を盛られ、銃で撃たれ、火をつけられ、生き埋めにされ、病み上がりでなんとか倒した伽藍。それと同じギレルモ星人があと15人もいるのか!? 振り返ることが怖いと感じた。しかし時間は待ってくれない。セリザワの足から刃が抜かれ、セリザワの体内には虚脱感が、外部からは新手のギレルモ星人の怒声が聞こえてくる。
「ディアッ!」
刀に力が伝わらない。ハエも殺せない。むしろハエが止まる。セリザワを奇襲したギレルモ星人にいとも簡単に止められる。そしてクソッタレだ。本当に15人もいやがる。
「我が名は鎮守」
「五色」
「如意」
「普賢」
「羅漢」
「無明」
「北辰」
「比丘」
「独鈷」
「実相」
「波羅」
「末法」
「華厳」
「朱印」
「知足」
こういう時こそ冷静さを取り戻さねばならない。まだ猶予はあるようだ。相手はまだ、勝てると思っている。付け入る隙がある。
カラカラカラと風車の回るような音で30枚の刃の15のハサミが威嚇する。セリザワは髪が逆立つのを感じた。
「顔と名前を覚えられん。まとめて無縁仏にしてやる。鏖殺だ!」
満身創痍の体で振るった刀は、先頭にいる鎮守にも全く届かない。だが鎮守は血を吐いて倒れた。
見えない何かが鎮守の胸に突き刺さったのだ。
突然の風でミリオンの目からはぎとられた眼帯が仰向けに倒れる鎮守の胸の数十センチ上で見えない何かに引っかかり、まとわりついて三角形を形作る。まるで三本の矢が突き刺さっているように……。
アブソリュートミリオンの技のレパートリーにこんなものはない。
興奮が絶望に書き換わっていたのに髪が逆立った理由が分かった。強烈な静電気が発生しているのだ。背後からバチバチと火花が弾ける小気味よい音が聞こえてくる。
「セアッ!」
刹那、何者かがすさまじい速度でセリザワの横を背後から通り抜ける。雷光の如き速度、雷鳴の如き気迫、雷霆の如きの威力の飛び膝蹴りを知足の顔面に見舞い、あまりの衝撃で稲光が発生した。当然、不意の乱入者の一撃に耐えられるはずもなく、知足の顔面が火傷と打撲で変形した。セリザワはこいつの元の顔を覚えていなかった。無理もない。この乱入者の速度はメガネをかけていてもなお見切ることは容易ではない、生命は屈することしかできない天災や自然現象の域に達しているのだ。
「セアアラァ!」
乱入者は華厳の胸に拳の雷雨! ミリオンの理解が追い付かない速度で華厳の体に異変、異常、破損、損傷、致命傷の順でダメージが現れ、またもや稲光をまとった回し蹴り! 華厳は三宝寺池の水面を5回ほどはねて着水した。乱入者が右の人差し指を立て、魔法の杖のように円を描いてから華厳を指すと青天の霹靂! 池に1.21ジゴワットの雷が落ち、感電したコイ、アメリカザリガニ、華厳が力なく水面を漂う。
「フォッ!」
「セ!」
乱入者が手をかざすだけで独鈷のハサミが阻まれ、突撃の威力が余った汗が不可視の壁から雫となる。乱入者と独鈷の間の土や草木……いや、空間そのものが独鈷に押し寄せ、セリザワは両者の間に存在する透明な壁の有無を確信した。
乱入者が右手を大きく引く。次の瞬間には独鈷は鎮守と同じように胸に三つの穴を開けて卒倒していた。
「フォー!」
「シ……セエアッ!」
突然、乱入者が消える。乱入者のいた場所には土がえぐれた楕円のクレーターが残された。目にもとまらぬ速さで動くと土を蹴るだけでこんなエネルギーが発生してしまうのだ。新しくクレーターが出来る度に目で追うと乱入者の目の残光が糸のように朧気に残っていた。ようやく現れた乱入者は波羅のハサミを側転で回避し、その回転の中で繰り出されたこめかみへの蹴り! 即座に立ち上がって稲光のドロップキック。
落下の受け身をとった乱入者が左手で地面を叩くと高さ約2mの半透明の光の柱が出現し、ギレルモ星人たちの腰が引ける。乱入者はそれを軸にポールダンスじみた動きで普賢の顔面にハイキック! 光の柱を引き抜いて、普賢の脳天に叩き付けて頭蓋をかち割った。
光の柱……半透明の槍を軽快に振り回し、構えをとるとようやくギレルモ星人たちも、セリザワも落ち着きを取り戻した。この槍さばきの堂の入り方はセリザワの刀と同格かそれ以上だ。加えて不可視の壁、不可避の矢、雷撃……。こいつのとんでもない強さが分かったのだ。
槍を持つその人物の顔は自分とうり二つで鋭い目つきだが、まだセリザワより幼さが残っていた。装いはセリザワは見たこともない奇抜なファッションだ。青い外套、足にピッタリとはまった派手な色彩の靴、「TOKYO 2020」と書かれたシャツ、白いほつれの目立つ濃紺の綿のズボン。奇人の類か?
「なんだ貴様……。アブソリュート人か!?」
「ああ。俺はアッシュ。アブソリュート・アッシュ。さすらいの星クズは、ジゴワットの輝きだ!」
 




