表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第1章 さすらいの星クズ
6/354

第6話 大変! 姉が来た!

 一人の女の子が某大学のキャンパスを歩いている。

 ポニーテールをシュシュで括って片側に流して肩に乗せ、白いセーラー服、長方形の大きな鞄を提げて、赤いアンダーリムのフレームのメガネで身長一五〇センチちょっとの可憐な少女だ。「大学は人生の執行猶予!」と言わんばかりに退廃的生活を送っている大学生の巣窟であるキャンパス内、今はオープンキャンパスの期間じゃないのにやってきた女子高生に、暴徒同然のギンギラギンの大学生はチャラチャラと声をかける。


「ようお嬢ちゃん、道に迷ったのかな?」


「怖いお兄さんがいっぱいいるよぉ。俺たちはいいお兄さんだけど」


 女の子は毅然とした態度でにっこり微笑んで見せた。


「ありがとうございます。しかし、困っていることはありません」


「これから困るかもしれないしね? ついてってあげるよ」


「しつこい男性は嫌われますよ」


 与太者大学生は少女の目力を見て少し怯んだ。そういう印象を与える化粧を施してはいないが、まるで甲子園を優勝するまで一人で投げ抜いた大エースか、若いながらも大河ドラマで重要な役を与えられた女優のような、自信、決断力、覚悟、経験、説得力を持った目だ。どれも与太者大学生にはないものである。女子高生が上から目線で、曲がりなりにも大学生の相手に説教をかます。立場だけで言えばナマイキなのはこの少女の方だろう。だが、その圧倒的な目力を前に、与太者大学生たちは、ナマイキだったのは自分たちの方だったと、グミにまぶしてあるパウダーよりもちっぽけなプライドを粉砕されてブツブツとお互いを慰めながら去っていった。

 少女は審判にスターティングメンバーのオーダー表を提出するプロ野球チームの監督のような堂々とした足取りでサークル棟に向かう。そして、漫研から少女とよく似た顔立ちの女性……。いや、同じ顔? 目力や表情から察せられる性格の違い、数年の年齢差、別人にも見えるような同じパーツと配置の顔が現れる。遠くからその姿を見た少女は表情を綻ばせ、その場を去った。足跡も足音も何も残さず、その場から雪が融けるように消え去ったのだ。




 〇




「三十五万七八〇〇円になります」


 メイド喫茶の黒服がフジに伝票を差し出した。フジは眉間に皺を寄せる。女子高生と話したくて、新規開拓のメイド喫茶にやってきていたフジは、一時間丸ごとメイドの電話番号を聞き出すことに徹した。自分はテキトーにワインとナッツを入れ、女子高生メイドにはシャンメリーを入れてやったが、三十五万七八〇〇円ー!? ぼったくりに違いない。フジにメンチを切る黒服を見てメイドは震えている。このメイドは借金のカタにこの異星人ヤクザの経営するぼったくりメイド喫茶で働かされているのだ。だいたいの客はここから丸裸にされ、ボコボコにリンチされてタコ部屋に放り込まれる。黒服の見立てでは、この客は異星人。地球人労働者よりも希少価値が高い。


「しょうがねぇな。この場で全員ブチのめしてやってもいいが、高い授業料だと思って支払ったらぁ」


 フジはため息をついて鼎……呼べば来る財布に電話をかけた。だが鼎もすぐ呼べばすぐ来られるわけじゃない。到着するまでにはしばらく時間がかかる。


「……」


 腕組みをしたまま、フジはクールな視線を黒服に送った。


「セアッ!」


 唐突に黒服の顔面にパンチを見舞う! 黒服の視界に銀粉が舞うが、メイドたちは黒服を支えたりしない。


「何しやがるこのガキ」


「授業料だ。あまりヤクザな商売していると正義の味方から罰を食らうぞ」


「……」


 今のパンチは尋常じゃなかった。星人である自分に適度に効くように調整された威力、それを見えない程の速度で当てる精度。このガキ、異星人の中でも只者じゃない。まさかアブソリュート人か? やつらは常に、地球にも潜伏しているという。

 このパンチにより黒服はすっかり縮み上がってしまった。三十五万の請求は撤回しないが、吹っ掛ける相手は選ばなければならない。

 呼べば来る財布こと鼎から現ナマでお金を受け取り、黒服は身の振り方を改めることにした。


「女子高生もたまには悪くねぇぜ。グヘヘヘ」


「普通じゃないわ。少しは懲りなさいよ。せめて安全なお店を選びなさいよ」


「高い授業料を払っても全然響かないほど金持ってるって最高ゥ~」


 大通りを歩く二人の前に、仁王立ちの女子高生が立ち塞がった。ものすごい目力で人々は無意識に彼女を避けて通り、その強い存在感でまるで世界に彼女しかいないようだ。


「あら! ガールフレンドが出来たようね、アッシュ。いや、カケル」


 フジの口がどんどんと歪み、眉間に皺が寄って体が脱力と緊張を繰り返し、それに応じて冷や汗が噴き出す。見たことのないフジの状態に鼎の心臓も早鐘を打つ。


「姉貴?」


 寿(コトブキ)ユキ。

 本当の名は“アブソリュート・ジェイド”。好きなものはマンガ、白玉団子、善の心。嫌いなものは悪人。

 アブソリュートミリオンの長女で、次男であるアッシュ=フジ・カケルとはかなり年が離れている。

 アブソリュートの星には多くの戦士がおり、宇宙のあちこちの平和を守る守護者である。地球で最も有名で、最強とされているのはアブソリュートミリオンだが、宇宙規模においてはこのジェイドを史上最強に推す声も多い。アブソリュート戦士の中でもごくごく僅かしか出来ない強化形態への変身が可能であり、吹雪の力を宿した“アブソリュート・ジェイド:スノウブレイブ”は強力だ。多くの優れた超能力を扱うとされ、さらに“神器”を持つという。

 悪のアブソリュートマンであるアブソリュートマン:XYZが怪獣軍団を率いて宇宙戦争を企てた頃、弟フジはまだ生まれていなかったが、敵の大将であるXYZとの一騎打ちをしたジェイドは重傷を負いながらも倒すことに成功している。そして数年前にも地球にやってきて、電車に轢かれそうになっていた子犬を助けるために命を落とした気弱な性格の漫研所属の女子高生、寿ユキの勇気ある行動に感動して命を与えて体を共有し、リハビリしながら異星の文化を学習、体験、理解し、地球の平和を陰ながら守っていたのだ。

 幸いにもジェイドの地球滞在中に変身しなきゃいけないような荒事は起きなかったので、回復したジェイドは地球を去った。

 そして、数年経ち、再び地球にやってきたジェイドは寿ユキの姿に変身し、まずはかつての相棒である寿ユキの姿を見に来たのだ。ユキは自分が憑依していた頃よりも少し大人になっていた。気弱な性格で自分の描くマンガにも自信が持てなかったユキも、ジェイドとの奇妙な共同生活で少しは前向きになったのだろう。もうユキには何の心配もいらない。

 だがジェイドが地球に来たのはかつての相棒が恋しくなったからだろうか?


「カケルにも地球人の友達が出来てお姉ちゃんは嬉しいわ」


「いやっ、ホントすみませんでした」


「どうして謝るの?」


「いやぁいろいろと……。先に謝っておこうと思って」


 こんなに歯切れの悪いフジは初めてだ。対するユキは余裕のアルカイックスマイルを浮かべたままだ。

 フジは姉が苦手である。品行方正で、独善的ではない正しい正義のモラルと理想を持っている。地球人と同化していた頃も、毎日五キロのランニングや決まった時間に一汁三菜の正しい食生活、早寝早起きを行い、人間態の寿ユキの健康管理やマンガ制作に大事な体力作りに気を配っていたし、小遣い帳もつけて金銭感覚も培った。もちろん、人間態ユキの負担にならないように、遊びに行って息抜きをすることも忘れない。ユキとジェイドが同化していたのは短い間だったが、二人は最高の親友になれた。加えて輝かしい戦士としての実力と実績。誰がこの理想のヒーロー、アブソリュート・ジェイドに文句を言えるだろうか! 自堕落で浪費癖のある宇宙一のクズ野郎、フジの姉とは思えない! この非の付け所のない姉の説教や存在は眩しすぎる目の上のタンコブだ。さすがのフジも姉の説教にはイチャモンをつけられない。


「よろしく。わたしの名前はアブソリュート・ジェイド。でも地球(ここ)では寿ユキって呼んでね」


 ユキは鼎に握手を求めて手を差し出した。鼎もフジをビビらせる女子高生の手をおっかなびっくりと握る。飾り気はないが、氷柱のようにすべすべな肌触りで真っ白な指だ。しかし、その滾る正義感が熱になったように温かい掌だ。


「あなたの名前は?」


「望月……鼎です」


「もう! カケルったら! すみにおけないんだから! もぉう! このこの! よろしくね、鼎ちゃん」


 ユキは嫌がるフジの脇腹に肘を打ち付ける。これだこれ……。フジが姉を最も苦手とする理由がこの歳の離れた弟フジへの可愛がりだ。フジがさっきのぼったくりメイド喫茶で会計を拒否して暴れなかったのは正解だろう。姉からきつい説教を受けてしまうところだった。そして陰キャラである鼎にとってもユキのこのテンションは肌に合わない。


「地球での遊びも覚えたようね。それでいいのよカケル。他の民族の文化や風土に馴染み、理解を深めることで、やっと何を守ればいいかわかる。アブソリュート人は守るものがあればより強くなる!」


 グッと拳を握ってフジにグータッチを求める。フジはすねたようにそれを拒絶した。


「カケル?」


「何しに来たんだよ姉貴」


「弟が心配になったらいけないの? それだけではないけれどね。ゴア族が怪しい動きをしているっていう情報もあるわ」


 ゴア族。先日、池袋で戦った変態コスプレのことをフジはゴア族と言っていた。誰も池袋での出来事を気にしていないし、フジとサクリファイスの大立ち回りの写真も出回っていない。鼎だけが覚えている?

 だか数年前にもジェイドがユキと同化して地球に潜伏して睨みを利かせていたように、地球にはいつも何かしらの危機は迫っているのだ。


「お姉さん、何か知ってるんですか?」


「まぁね。でもカケル。お父さんから随分と仕送りをもらっているようだけど、生活に困っているの?」


 ユキの言葉に裏はない。ただ、単純に最近、父ミリオンが弟へ仕送りをたくさん送っていることで心配になったのだ。フジへの仕送りで家計が圧迫されることはないが、地球での暮らしはこんなにお金が必要だろうか? 

 だがこの問いかけで、鼎は目の前の小さな女子高生ユキが、弟が一千万円もの大金を手にしたことを知らないと確信した。フジは異星人ヤクザから強奪した一千万円のマネーロンダリングをアブソリュートの星にバレないようにやれと言っていた。ゴア族とかいう危険かもしれない存在から身を守る用心棒をフジからユキに替えようとしていた鼎は思いとどまる羽目になる。


「姉貴が地球にいた頃は実家暮らしの女子高生だったから、一人暮らしの俺とは違うだろ」


「そうね。ならお姉ちゃんと一緒に少しお金の使い方を学びましょう。それにカケル、ゴア族がよくない動きをしたときにあなたが対処できるかテストしてあげる」


「おぉっとウザいな姉貴」


 フジが舌打ちをして心底鬱陶しそうに頭をかいた。


「ガールフレンドの前でカッコいい姿を見せないとね。大丈夫。地球で経験を積んだあなたの実力を見せてもらうだけ」


 ユキが胸に提げていたヒスイの勾玉を掲げると、世界の動きが停止し、鼎だけがその勾玉に吸い込まれ、再び世界が動き出す。鼎はさっきまでいた池袋の路上に立っていた。サンシャイン、HUMAXシネマズ、ブックオフ、ゲーセン……。だが無人だ。人っ子一人、猫の子一匹いない。空を見上げると、幼い顔つきの巨大な少女の顔、あのフジの姉であるユキが覗いていた。

 これぞアブソリュート・ジェイドの持つ神器、“ジェイドリウム”である。空間を折り畳み、ミクロ化した世界をジェイドが作り出した異空間に再現する。今は有事の際の地球人の避難場所として、地球がジェイドリウムの中で構築されている。怪獣や星人を閉じ込めることも可能だが、制限時間があり、中で暴れられるとその制限時間は数分程に短くなる。さらに強い怪獣や星人を閉じ込めるとそれだけでジェイドは激しく消耗し、戦力を大きく削られてしまう。だが鼎一人を閉じ込めるのならば消耗はないに等しい。


「鼎ちゃん、鞄を持っててね」


 鼎のいる空間の空に穴が開き、ユキの持っていた鞄が降ってきた。身軽になったユキは空に頭を向け、一気に上空に舞い上がる!


「チッ、しょうがねぇな」


 フジも首に巻いていたパーカーに袖を通し、バリアーの足場を上昇させ、サンシャイン60よりも少し高いところで姉にメンチを切る。姉はアブソリュート最強の戦士。アブソリュート最強である以上、勝てなくて当たり前なのだが、鼎の見ている前で負けてしまうと一千万を持ち逃げされる可能性がある、とか考えてしまう。負けたくはない。完膚なきまでに叩きのめされる前に、上手く落としどころを見つけるしかない。


「セアッ!」


 近寄ったらやられる。相手はアブソリュート最強戦士。見た目はああでも接近戦にも抜かりはない。フジはまず小手調べに指先で円を描き、円盤状のバリアーを回転させたカッターを作り出してユキに投げつける。サクリファイスには有効だったこの攻撃は一切ユキ、いや、アブソリュート・ジェイドには通用しない。何かしらの念力をぶつけられて消滅してしまい、キラキラと白銀の粉が舞う。白銀の粉はさっきまでのお節介焼きのお姉ちゃんから自信漲る戦士の顔つきになったユキの周囲で乱反射する。


「テアッ!」


 その白銀の粉につむじ風を起こし、ユキはフジに急接近! 粉の動きで姉の動きを予想したフジは急上昇し、上空でユキを待ち伏せする。そして自分を追ってきたユキを認めると急降下し、踏みつけて地上に叩き落す! 樹木の枝を何本もへし折りユキは地面に激突、池袋の人間たちは何も気にせずスマホゲームを続ける。人間なら即死する程のダメージだが、寿ユキはアブソリュート・ジェイド。問題はない。


「姉貴とはいえ女の顔面を蹴るのはちょっとよくないものを残すぜ」


 上空のフジはまた高度を上げ、バリアーのカッターを二枚用意する。


「テアッ!」


 遥か下の方から巨大な氷柱のミサイルが飛来! フジが張っていたバリアーに砕かれるが、その陰に隠れてユキが急上昇する! 加速のついたユキはもう止まれない。さらに加速し、体当たりでバリアーにガギッと耳を塞ぎたくなるような音を立ててヒビを入れ、ブチ割って上空に飛び出した。


「食らいやがれ!」


 バリアーの突破で一瞬速度の下がったユキの体に直径約一メートル、長さ三メートルのバリアーの円柱が直撃! バリアーの円柱にサーフボードのように乗ったフジは容赦をしない。そのままバリアーを推進させ、円柱の先に姉を押し付けたまま東京都を飛び出し、湘南の海岸までやってくる。


「ハァーハッハッハ! このバァカめぇ! このまま伊豆の火山にブチ込んでやる!」


 ヤロウ……わたしのことを忘れているな!? ジェイドリウムの中で鼎は地団太を踏んだ。もちろんこの程度ではジェイドリウムに何も影響はないが……。しかしユキも好きなようにやられていた訳ではない。ここなら戦っても被害が少ないと判断したのか、両手を突き出し、指を複雑に組み合わせてポーズをとる。凶暴に歯をむき出すフジも、その構えを見て笑っていられなくなった。バリアーの円柱を解除し、高速で距離をとってバリアーを張る。


「ネフェリウム光線」


 組まれたユキの指が淡い緑色に発光し、フジのバリアーを目掛けてヒスイ色の細い光線がエレクトーンを加工したような音と発射された。幾つもの星人、怪獣を退治してきたジェイドの必殺技ネフェリウム光線だ!


「畜生がッ!」


 一枚目のバリアーが貫かれる。高速で後退しながらせわしない動きで次々とバリアーを展開する。ネフェリウム光線を止めるのにバリアーを五枚も費やしてしまった。相変わらず馬鹿げた威力だ。フジの額の汗を乱気流が飛ばしていく。遥か彼方では、雄大な海の白波に飲まれてしまいそうな程ちっぽけな少女ユキが笑みを浮かべているが、先程までのアルカイックスマイルではない。


「どぉした!? もっと熱くなりなさいよ!」


 良くも悪くも、アブソリュート人は戦闘民族。戦いになるとテンションが上がるのは一族の血だ。特にジェイドはクールとは程遠い。その実力の高さがあるから熱血っぷりまで模範とされるジェイドだが、フジのように正義を崇高なものと思っていない人間からすれば暑苦しいお節介以外の何物でもない。この辺が苦手なのだ。しかも火がついてしまっている。

 フジはジェイドが飛ばした氷のミサイルを殴り壊し、歯ぎしりしながらメガネのフレームを掴む。ユキの首から下がる勾玉からはきっと鼎が見ているだろう。


「畜生がッ!」


 らしくなくイラだったフジは両掌に円盤カッター這わせ、ユキの上昇を上空で待つ。遠距離戦では氷柱のミサイルと厄介なネフェリウム光線がある。こっちのバリアーも遠距離で真価を発揮するが、ネフェリウム光線を止めるのには五枚もバリアーが必要だ。これなら先程は不利と判断した接近戦でイチかバチかしかない。それも殺すつもりでだ。アブソリュート・ジェイドが相手なら、殺すくらいでやらないとお話にならない。


「ダッセェ」


 フジはため息をついた。本気で戦って負けるのもダセェ。これなら最初っから勝てない勝負だとやられるようにやられるほうがカッコがついたのでは? どっちでもダセェ。ならイチかバチかだ! 万馬券だって買わねば当たらない!


「セェエエエエエアッ!」


「テァ!」


 接近戦の誘いに乗ったジェイドの右拳は、リーチで勝るフジの防御を上手くすり抜けて的確に頬を打ち抜く。フジの歯が軋む!


「テア!」


 息をつく間もなく左拳が顎へ直撃! 強烈な攻撃のたびにフジから戦意が抜け落ちていく。


「まだまだまだ! イケるぅ! ほらもっとイケるよぉ! アブソリュートの血を燃やしてみなさいよ!」


 弟から流れる血を見てさらに興奮し、さっきまでとは別人になってしまったユキはフジの襟を掴んで気色ばむ。ユキがフジを恫喝するたびにユキの胸の勾玉が揺れ、中の鼎も無敵と信じていたフジが一方的に弄ばれる様に戦慄する。


「フッ、確かにまだいけるな」


 鎌倉の上空にバチバチと不穏な音が鳴り響く。やがて雷鳴となって確実に空を割り、稲妻がユキの真上を駆け巡る。これがフジの奥の手にして、本来の超能力……“雷”! 膨大な量のバリアーを粒状にして上空に巻き上げ、弾き合わせる、擦り合わせるなどで静電気を起こし、即席の雷雲を作り上げる! 束の間の接近戦でフリーになったバリアーで密かに雷雲を作っていたのだ。その威力は1.21ジゴワット!


「死にやがれ!」


 雷光で一瞬目が眩んだ隙を突き、雷雲からバリアーの避雷針をユキに落とし、そのまま海に沈めた! その電撃とバリアーの避雷針による『神の杖』めいた威力は、海に突入しても威力を保ったままだ! 轟音と閃光が遥か海底に向かって遠ざかっていく。


 マアジ……水深10m

 マダイ……水深30m

 イトヨリ……水深50m

 オニカサゴ……水深100m

 スルメイカ……水深150m

 メガマウス……水深200m

 キンメダイ……水深300m

 マッコウクジラ……水深500m

 よろい怪獣グボス……水深1000m


「ハァ……。逃げるか」


 バシャアと大瀑布が背後からフジを襲う。即座に球状のバリアーを張って直撃は免れるが、大質量の海水に押し流され、約十メートルの深さでマアジさんに「おいさっきのお前か? もうするなよ」と説教を受けた。


「ポータルか」


 バリアーに包まれ海に沈んだまま、フジは思考を開始する。ジェイドは宇宙での旅と戦い、そして神器に認められたことで、空間と空間を繋ぐポータルという術を持っているという。避雷針のバリアーはジェイドを海底まで押し込んだが、水圧、低温、電撃、バリアーによる物理攻撃に耐え抜いたジェイドは自分の真後ろにポータルを開いて移動し、一緒についてきてしまった海水で押し潰そうとしたのだ。海から空中に上がると、ジェイドがポータルを開いた場所からは北海道のローカルタレントたちを苦しめたキング・オブ・深夜バスはかた号ほどの大きさの氷柱が立っている。もしああしなければ津波が沿岸を襲っていただろう。だがマトモじゃない。アブソリュート・ジェイドの強さはマトモじゃない。


「おぉう姉貴ぃ~。無事でよかったぜ。あんたが拉致った俺のガールフレンドを返してもらわなきゃな!」


「フン、かっこいい姿を見せなきゃいけないんじゃない? どうする? する? ……変身?」


「いや、しねぇ。姉貴が強いのはよぉくわかった」


「でもよくやったわアッシュ、いや、カケル。わたしも変身しようかと思ったほどよ。地球では久々……」


 相模湾の水生生物に多くの犠牲を出したせいか、ジェイドの戦闘民族の血も少し落ち着いてきたようだ。


「俺のガールフレンドはまだ変身した俺を見せたことがねぇんだ。アブソリュートミリオンも知らない世代だよぉ~。変身なんか見たらショックを受けちゃうぜ。それにもうやめようよぉ姉貴ぃ~? 歯が折れちまったよきっと。重傷だァ。もうヘトヘト。家に帰るのが精いっぱいだ。あと俺のガールフレンドを家に送るのでもう限界~」


「さっきのは効いたわ」


「冗談だよぉ~。ほんのお遊びお遊びぃ。イテテ、殴られたほっぺが痛いなァ~? 俺のガールフレンド、鼎ちゃんに膝枕してもらいながら氷で冷やしてもらわないと」


 フジは凍った海面に座っておどけてみせる。これ以上はいろんな意味でやれない。変身なんてまっぴらごめんだ。フジは正義なんてどうでもいいし、強さも自分の利益になるうちで使えればよかったが、実際にここまでレベルの差を見せつけられるとプライドにキズが付く。フジも地球に来るまでは一通り戦士としての訓練は受けてきたし、決して彼の評価は低いものではなかった。地球に来て“無敵”と言える程の力は持っているのだが、やはりアブソリュート・ジェイドは強すぎた。同じ親から生まれたのにこんなに差が……。だが本気になればなる程、その差から目を背けることは難しくなる。


「鼎ちゃんを返してあげるわ」


 ユキが勾玉を掲げると、無事なままの鼎が分厚い氷の上に現れた。一部始終を見ていた鼎には何も出来ない。フジを慰めてやればいいのか? それとも、強すぎる姉に負けたが自分の身を守るには十分だとおだてればいいのか? それともフジからユキに鞍替えし、すり寄るべきか? 一千万はある。ユキを買収出来るかもしれない。


「鼎ちゃん、連絡先交換しましょう」


「へぇ」


「どうしたの? カッペになってるわよ。まぁいいわ。困ったことがあったらいつでも呼んでね。ゴア族の怪しい動きを見張るためにしばらくは地球にいるつもりだから」


 氷にクレーターを残し、ユキは空に去っていった。フジは大の字に転がり、割れそうにも沈みそうにもない氷に体を預けた。鼎も冷たい氷に正座する。


「今日はこのくらいで勘弁してやんよクソ姉貴」


「わたしはいつからあんたのガールフレンドになったの?」


「あぁ? 知らねぇよ。それで姉貴が納得してくれたんなら別にいいだろ。ゴア族も見張ってくれるとよぉ。ありがてぇありがてぇ。さっさと帰って中野のキャバクラのフウカちゃんにほっぺつんつんしてもらおうっと。ケガしちゃったもんなぁ」


「フジ」


「何だ?」


「あんたやっぱりクズね」

第7話

鼎の弟現る? サクリファイス率いる異世界人ゴア族先兵隊との戦いは……フットサル?

次回、『我ら青雲!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ