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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第31話 頬っぺたから横隔膜まで

 知識を蓄え、実践で叩き込んだ全ての要素を味方にする。それが特訓というものだ。

 タイミングよくガードを成功させることでダメージを完全に無効化するジャストガード、さらにシビアなタイミングが求められるが、ガードと挑発を同時に行い敵にデバフをかけるジャスト回避。この二つはガードゲージを消費しない。

 攻撃または挑発を途切れさせず与え続けることでチェインボーナスが溜まり、一撃の威力とクリティカル率はさらに増す。

 さらに十六パターンの乱数補正。

 メロンがこの戦いでやらねばならないことは、低HP紙耐久のサイバーミリオンをガードと回避で守りつつ、分身との同時プレイで発見した乱数調整、チェインボーナス稼ぎ……。


「結構頑張るね。でもこっちもこれ以上、お前に仕事させるわけにはいかない」


 サイバーミリオン、残りHP僅か5。簡単な攻撃や当たり判定で死んでしまう。

 初代アブソリュートマン、アブソリュートミリオン、キッド、ホープ、ブロンコ、プラ、ジェイド、ファザーのアブソリュート勢はもちろんクジー、エレジーナ、ゴッデス・エウレカ、ヒオウ、マグナイトに至るまで、怪獣を相手にシミュレーションをオンラインオフラインで繰り返し、攻めずに守って挑発さえしてればいいのなら、『Oh My! Super Hero!』に登録されている全てのキャラを相手にノーダメージで時間切れまで持ち込める自信があった。

 しかしサイバーアブソリュートマインは全然違う。


『マインゴッドハンド“機”』……具現化した神の両掌による中遠距離攻撃の十六連打。

『マインゴッドハンド“弩”』……掌を矢にして飛ばす。低威力、長射程、速初速。

『マインゴッドハンド“愛”』……巨大な掌が敵を包み込み、長時間拘束する。掴み属性。

『マインゴッドハンド“落”』……巨大な掌が上空から圧し潰す。


 マインが最早アブソリュート人でも怪獣でもないとわかったからなんとか納得出来るが、知らなかったら理不尽すぎる無理ゲーだった。このキャラはアブソリュートでも怪獣でもなさすぎる。マインという属性、ジャンルなのだ。“機”の初撃に当たれば連打で一気にガードクラッシュされてHPを削られ、“愛”に捕まると長時間捕捉されてチェインボーナス、バフ、デバフが消える。“落”は範囲が広く判定が長い。戦いながらこれらへの対処法を編み出せるのはやはりメロンだけだった。いくらメッセの頭が良かろうと不慣れなゲームではコマンドが追い付かず、いくらユキが器用だろうとゲームへの経験値が足りない。メロンでなくてはダメ、メロンという最高のカードじゃないとダメだったのだ。

 サイバーマインはエッフェル塔も凱旋門も関係なくマインゴッドハンドで破壊していく。コントローラーを握るメロンは静謐だ。トーチランドにもし蝶がいればメロンの睫毛で休むことも出来ただろう。娘の千穂は小学校に上がることなくこの世を去ったが、今のお母さんなら春にお母さんの周りに種を植えておけば夏休みにはお母さんに絡みついた朝顔が咲くくらいの集中力。富士山のように壮麗で不動で神々しく慈愛を帯び、内にマグマのような苛烈な闘志を秘め、皮膚、肉、骨、腱、脳が一体となってマインの猛攻をガード、ジャストガード、ジャスト回避とレベルを上げていく。


 ここまで一体、メロンはどんな仕事をした!? 寿ユキ一派の連絡・諜報・話し相手を担当し、膨大な量の記憶から“オーバーD”の理論構築を務め、フジのトーチランド脱出を助け、さらにBトリガーをパクってそれを解析し、ユキをトーチランドにアクセス出来るようにした。燈の言った通り、メロンは寿ユキ以上に面倒な相手なのだ。しかもメロンは、一度黒焦げの半殺しにしたユキと違ってノンストップ。寿ユキが“武”を軸に様々な要素で飾り付けた豪華なクリスマスツリーならメロンはあらゆる方向にパツンパツンに漲る様々な要素でひび割れて網目が走るメロンだ。燈もこれ以上メロンに仕事をさせる訳にはいかない。

 故に焦る! 対策しようのない隠し玉中の隠し玉、サイバーマインが通用しなくなってきている。


「貴様カラ殺シテヤル。鏖殺ダ! 生キテ返スト思ッタカ? 鏖殺鏖殺鏖……」


 バツンバツンバツン! サイバーミリオンが吼える。一つ、二つ、三つ。ついに“機”の全てをジャスト回避することに成功した。十六連射の“機”なので十六回連続で挑発が入り、チェインボーナスもたっぷり溜まった。ジャスト回避でのバフ、デバフ、クリティカル率、この半歩で乱数調整……。マインの魂に触れているメッセはかつてない程の動揺を感じ取る。まるで自分までサイバーミリオンとメロンに壊されてしまいそうだ。

 ふっ……。


「……ウメハラ? 高橋名人?  세준(セジュン)?」


 メロンは何かおかしな幻を見てしまっているようだ。だがビッグベンやロレックスが狂うか? 必ず決まった時に決まった時を告げるように、メロンはこの時を間違えたりしない。メロンはウメハラ、高橋名人、セジュンの域に達してボタンを押す。


「“ホリゾン・ブラスト光線”!!」


 9999×9のダメージが入り、HP1428のサイバーのHPバーが爆砕され、パリジェンヌたちが拍手喝采を浴びせた。敗北する想定すらなかったのか、サイバーマインは悲鳴や負けセリフすら出さない。サイバーミリオンも被ダメージの演出を受けてのけ反るが、バーには一切変動がない。全ての条件が噛み合い、反動をオーバーフローさせることに成功したのだ。またもメロンは仕事をした! メロンがゲームのキャラクターになるなら特殊スキル『マインキラー』がつくだろう。

 ウメハラ、高橋名人、セジュンの幻が消える。心臓に生えていた毛もだ。凪、千穂の幻影が一瞬現れ、今、真っ先に勝利を報告しなければならない現実であるメッセ、フジ、ミリオンの姿が混じりっけなしによく見える。モニターに熱中しすぎて視力が一時的に疲労しぼやけていても、現実には今の自分が助けた人たちがいる。


「……。……台パンしちゃおうっかなぁ」


 マインが手を振り上げる。ゲームの中のマインゴッドハンドまでは行かずとも、一七五センチのメロンに三十二メートルのマインの台パンはオーバーキルになる。

 ドス黒い瘴気がマインの神の光にダイヤモンドダストのように混じった。しかしダイヤモンドとは逆で瘴気の粒子が光を呑みこんでいく。


「XYZ様がね」


 ビタンビタンとおぞましい音を立て、素足のXYZが毒の水でコンクリに穴を開けながら歩いてくる。毒の水で溶けた穴からはギリギリ人体に影響のない毒ガスが吹き、歩く災害であるXYZの身上を物語る。


「お前がマインか」


「おはよう、XYZ様」


 疲労困憊のフジ、まだ余裕綽々のミリオンが左目に左手を当てる。全く気配がなかった! メロンの美技に酔っていた以上にXYZは異常だ。ヘトヘトのフジはともかく、ミリオンが気付かないはずがない。


「マイン。お前のプログラムで俺は……。俺はどうなってる?」


「健康そのものよん」


「いや、違う。お前による俺の復活は不完全だった」


「どうしてそういうこと言うの? みんな頑張ってくれたのに! あなたが起きたということは、みんなを自慢出来るということよ。メンバーに入れ替わりはあったけどイツキちゃん、ヒトミちゃん、ジョージくん、ヨルちゃん、ヨシツネ、バース、みんなが頑張ったからあなたはいるんじゃない」


「俺はアブソリュートに倒された者たちの怨念の集合体。以前ジェイドに倒された時点では251万3299の魂の恨みの糸が一本のロープに縒り合されたものが俺だったはずだ。そのうち228はミリオンに殺されている。そしてそこの娘はエレジーナだな。俺の中にはミリオンに殺されたその娘の祖母がいたはずだ。だが何も感じない」


「何も?」


「以前の俺なら真っ先にミリオンをブッ殺していたし、その孫娘への愛もあったはずだ。だが俺は虚無だ。251万3299の恨みの集合ではなく、一つの恨みを源に動いている。その恨みが不自然だ」


「でも喜怒哀楽は揃ってるでしょう?」


「ああ。だが違う。これは俺じゃない」


 ぐちっ!

 XYZの拳がマインの光背をひしゃげさせ、彼女の形象を崩壊させた。バシッと緊急脱出装置が発動し、マインの魂が駿河燈の姿に戻って、生体の一部から破損させられて物体に戻った自身の破片の上に立ち、腰に手を当ててXYZを見上げる。手をひさしにする必要はない。そこはXYZの影だし、トーチランドに太陽はない。


「再現したものとオリジナルの違いって訳ね。吉と出るか凶と出るか。でもジェイドとレイを倒して、最終的に初代に倒されてくれるなら多少バグってても問題なし。複製した自我で無いものを超える、アブソリュートマン:XYZのさらにXYZ、Xerox Yourself Zeroとでも呼ぼうかしら」

 

 ため息をつきながらアンニュイに微笑む複雑な表情を見せる。オタサーに始めて来た時と同じ顔だ。


「誰から理解もされず、共感もされず、ひたすらに平等に真実を追い求める。アブソリュートの戦士が! 人並に悩むな! 弱みを見せるな! 個性を見せるな! 擬人化されるな! ベラベラ喋るな! アブソリュートマンは常に弱き人々の希望の光、神であれ! 見事なまでに失格なアブソリュートマンでウケるくらいね。これが初代に倒されてくれればこういったアブソリュートマンが誤りだと確信できる。大嫌いなものを作ったんだから愛せなくてもわたしは正常なのかな? 残念なのは、みんなで作ったはずのXYZ様が完璧でなかったこと、もうイツキちゃんしか見せる相手が残ってないことね。フジィ……。いつかXYZ様がお前も殺してやる。よくもヒトミちゃんを……。お前はもうアブソリュートマンを気取るんでしょ? フジィ……。お前の友達に和泉っていう法の番人がいたね。ヒトミちゃんにヒドイことをしたら無事じゃ済まさないって伝えておいてね」


 微量の火薬が弾けるように一瞬でポータルが開閉され、駿河燈は別の次元に移動してしまった。現在のトーチランドもメロンが盗んだBトリガーを手掛かりにアクセスした以上、燈が新たな異次元チャンネルを設置してしまえばもう追うことは出来ない。


「多少消耗したけどまだ戦える。わたしが変身して時間を稼ぐ」


「急ぐなメッセ。俺が止める。お前たちは元の世界に戻り、体力を回復しろ」


「お言葉ですけどねぇミリオン。あなたの持ち時間って三分から五分でしょう?」


 鼎の言葉を借りればフジは“ミスター・チルドレン”なのでメッセみたいにセクシーな女性に触れることが出来ない。そのためメロン伝いにメッセを止め、父の決意に水を差さないよう促した。


「変身してカタルシスを得たい気持ちはわかる。だがお前は既にゲームに疎い俺でも頑張ったとわかるほど体力と魂を使った。もう一度言う。元の世界に戻り、ジェイド、レイと合流して体力の回復を図り、作戦を立てろ。お前が必要だ」


「ミリオンにこう言われちゃしょうがないわね。それに“アレ”の中にお祖母ちゃんはいないみたいだし」


「ハッ、案外話の分かるやつかもしれないぞ。マインをブン殴ったのは胸がすいた。やりあうとしても俺にはサイバーミリオンほど上手くは出来んがな」


 ここに来てまだ見せるか、背中の大きさを。

 姉や兄より弱い、忖度ナシなら圧倒的に弱いはずなのに、まるで負ける気がしない。虚勢や「たまには息子にいいとこ見せんとな」じゃない。この親父はマジで自分たちの体力が戻るまで時間を稼ぐだろう。どんな手を使ってでも。その信頼と実績を持ち、安心を与える。メッセとメロンにはミリオンと血の繋がりがないからその実感が薄いだけだ。血の繋がりがあるが故の甘え、過信もあるのかもしれない。でもこの親父は、やる。やる気にさせてくれる。戦闘種族としての血が薄いはずのフジなのに、父に報いるために全力を尽くそうと思えた。そしてフジの出来るベストとは、やはり回復して万全の状態でXYZとの戦いに臨むことだろう。


「親父」


「俺を越えていけと言っただろうアッシュ」


「すまない。ここ、頼む。帰るぞ!」


 緑のポータルが開かれ、メロンとメッセの宇宙二大美女がミリオンの背中に触れて労いと感謝を物理的に手渡した。輪の向こうでは寿ユキ、傷だらけの飛燕頑馬が何も言わずに視線で父の背中に尊敬を向けていた。今のフジの背中はまだこれらに耐えるようなものはない。気絶したヒトミが分身メロンのバケツリレーで運搬されて最後の一人が輪をくぐる。ここから先は駿河燈以外、もしかしたら駿河燈すら見ていないかもしれないアブソリュートミリオンvsアブソリュートマン:XYZのデスマッチが始まるのだ。


「話は聞いてたでしょう? しっかり休みなさい」


「なんでお前が一番悔しそうなんだメッセ」


「繋がりがないからよ。ミリオンを疑ってしまう心の弱さがあるから、ミリオンを見殺しにしたような気持ちになってしまう。お疲れだったわね、頑馬。バースと戦ったんでしょう? あいつはわたしとは大違い。メチャクチャ強いから」


「ああ、さらにメチャクチャ強くなってたぞ」


「その姿を見ればわかるわ。回復の方法ね。眉唾だけど一つ案がある」


 メッセがスマホをタップして、集会所である自室の座卓に滑らせた。不気味でポップな文字と背景が躍る怪しいオカルト系サイトのようだ。


「地球で最強の生命力を持っていた生物は破壊神GODよ。でも今、GODは弱り果てて、GODに供給されるはずだった地球の力が無駄に消費されている。これを吸収して頑馬とフジの疲労とダメージの回復を図る。もしかしたらユキも万全になるかも。そのGODの巣は霊穴と呼ばれ、今でも同じ場所にある」


「どこだ?」


「以前にGODが現れたのと同じ場所、東京湾。有明から羽田空港のエリアよ。羽田空港に声をかけて場所をあけてもらい、頑馬、フジ、そして間に合えばユキ。この三人が東京湾でXYZを迎え撃つ」

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