第30話 万能の君の幻を僕の中に作ってた
じゃんけんの手に強さはないはずだ。全てが対等なパワーバランスで、完全な敗北と完全な勝利、完全なあいこがある。惜しい勝負はない。
アブソリュートとクジーは何度も惜しい勝負を繰り広げてきたが、結局クジーがアブソリュートに勝ったことはない。いつもクジーの惜敗だ。相手が初代アブソリュートマンだろうと、彼には遠く及ばないアッシュだろうと惜敗。クジーはアブソリュートに勝てる手ではないのだ。
「バギィイ!」
歴史から見ればレイはグー、バースはチョキなのになんといい勝負をしているのだろうか。レイの攻撃を時に角張り、時に柔軟に捌いてカウンターの強打と拳打のラッシュと火球がレイにダメージを蓄積させていく。アッシュに敗北した悔しさをバネにしただけではこんなに強くはならない。新たなリーダー、駿河燈のマジックだ。
「漢字を覚えるコツはいろいろあるわ。まずは部首を覚えて文字の意味と関係性を知る。つくりは音読みで同じ読みになることが多いからそれも覚えて。心構えとしては苦手意識をなくすこと。負けて当たり前って思っているうちは無意識に拒否反応が出てしまう。でも出来て当たり前なんてすぐに思うことはない。出来るようになる、こう考えること。あなただって最初から強かったんじゃない。初めて立って、火球を撃って、人を殴った時はヨチヨチだった。知識、モチベーション、管理。他のことと同じようにやるだけよ。たまたまバースの場合、漢字が苦手だっただけ。でも他に自慢出来ることがある人は、成功の方法を知ってる。絶対に出来るようになるよ、バース」
バースは燈に漢字を教えてもらっていた。救いようのないウルトラバカのイツキも大学入学程度の学力はあるので、気分転換でイツキに教わったこともあった。横の繋がりも必要だからバースはイツキとも話したかった。ヒトミは教えてくれなかった。自分が教えるとイヤミになると知っていた。
脳は体の一部。特に脳は最も重要な部位だ。脳のポテンシャル、秘められた部分が解放され、爆発的に成長すれば体も連動する。オカルトや怪しい宗教にも通じるが、脳の開発は肉体と精神に絶大な影響を与える。そしてバースは覚醒した。
種族の差。ゴア族でもゴッデス・エウレカでもエレジーナでも出来ない、アブソリュートへのかつてないほどの肉薄! アブソリュートに勝てないはずのクジーなのに「時間稼ぎ」「捨て駒」「人質」以上の「撃破」を期待される程になった。
「ブアアアギッ!」
互いに変身して戦いの舞台を大阪万博記念公園に映した二人の燃える男。「横浜」すらマトモに読めなかったのに、燈の見立てでは今のバースは漢字検定三級から準二級相当。これはイツキより僅かに上だ。様々な書物や文字を読むことでバースの知識はアップデートされ、苦手意識のあった漢字を克服したことで自信がついた。それはアッシュに喫した敗北のトラウマをも払拭出来るような晴れやかで清々しい達成感だった。
燈には感謝している。燈もバースに感謝している。漢字を教えてくれと頼んだのもバースだし、バースは燈の想像以上に積極的にトーチランドへの貢献を自ら望んだ。アッシュに逃げられてからはマグナイトのBトリガーを作るためのバリアーは自分がやろうとしたこともその一つだ。
頑馬と燈。バースが仕えた二人は目的も手段も、リーダーとしての方向性も全く違ったが、どちらもバースを成長させたし、どちらも従う価値があり、バースのように真面目で優秀なスタッフの有難みを理解して使いこなせるリーダーだった。
完全に想定外な勤勉さ。自身や世間、アブソリュートへの想像以上の怒りは全て嬉しい誤算で、バースは忠誠で燈からの信用を買うことに成功した。そしてバースは燈の不確定要素ではなくなり、扱いやすさと強さの掛け算ではXYZ以上の暴力エースとなって有難い言葉まで頂戴した。
「“怒”の担当だからって無理に怒る必要はないよバース。もう十分にやってくれている。わたしが十のことを求めてもバースは最低でも十一までやつてくれてる。命令内でも外でも」
報いろ、バース。
駿河燈の考えはこうだ。まずはバースを東京のどこかで暴れさせる。誰かが止めに来るだろう。燈の予想では頑馬が最も濃厚。
体力温存や療養優先のユキはポータルを使用せず、頑馬は自力でやってくるはずだ。東京で戦いが始まったらバースは即変身し、燈がすぐにユキが追ってこられない程どこか遠くに飛ばす。というか二人が戦い始めたら、今のユキには止められないし介入があれば頑馬のプライドが傷つく。
燈が大阪を選んだのは、既にヒーローぶっている頑馬なら被害を出さないように戦うし、東京の次に戦いで気を使いそうなのは大阪だと判断したからだ。
「ジャラァッ!」
レイの気合の雄たけびで公園の木の葉が散り、窓ガラスがビリビリと共鳴した。だいぶ相殺されたがまだ十分な威力を保持したままのバースの火球はセミさんや野次馬に乾燥肌の心配をさせた。レイが顔面に火球を受けスッ転んだ。怒角天衝! 鹿のような神秘的な角は剥き出しの心をそのままに、地団駄と共に揺れる。
「本気出せよレイ。あぁ? なんとか言え」
「強くなったな、バース。あの頃よりずっと強い」
「当てつけを言ってやろうか? カリスマはお前の方が上でも、能力開発は燈が上だ」
「あのババアが」
「そこまでだぞレイ。あいつのすごさを理解出来ないなら高が知れる。確かに燈はあたおかババアだが、あいつの手腕は確かで尊敬に値する。いろんなやつが言っていたが、理想がマトモでコンプレックスさえなければ、燈は誰よりも優れたアブソリュートマンになっていた」
「違いねぇ。俺じゃお前をここまで強くは出来なかった。あのババアを見ていると俺たちがやっていた打倒アブソリュートはごっこ遊びだ」
「あの時間を否定はしない。だがよかったぜ、お前らがガキの頃の遊び相手でよ。大人になった俺に必要なのは、燈だった。俺にはメッセみたいに出来ねぇ。お前みたいにもなれねぇ! 誰もが誰も、志を掲げられると思うな! 俺にように、誰かスゲェやつの志に寄り添うことしか出来ないやつもいる。お前や燈は、俺のようなやつを踏みつけて、乗り越えていくべきなんだ」
「教えてくれ、バース。お前はマインの志に賛同したのか、それともマインの姿勢、手腕に感動したのか」
「後者だな」
「すまん、訊いてから意味のない質問だったとわかった。どっちでもよかった。お前は何も変わっていない」
「あぁん!?」
「いい意味でな。断ち切りたいのか、断ち切りたくねぇのか、俺の中で覚悟が決まってなきゃお前に訊いても意味はなかった。ジェアラーッ!」
レイの咆哮で空から雲が消え、さっきの雄たけびでは散るだけで済んだ木の葉が灰になった。求愛行動をするセミもレイの音量で自信を喪失して今夜はクヌギのパーティクラブでDJスズメバチに暗い曲をお願いするだろう。高校野球において史上最強だったが現在は体罰問題や上下関係で野球部がなくなったあの高校のOBOGは、この咆哮で一、二年生だった頃のトラウマが蘇ったはずだ。バースも角をスタビライザーに大音量の衝撃を分散させた。
「ジッ!」
レイの胸に穴が開き、レイだけがアクセスできる異空間からレイを鞘に身の丈を超える巨大と呼ぶにもスケール違いの剣がゆっくりと抜刀された。
「神器か。今じゃまるで負ける気がしない」
“ゴールデン・レイ”。それがレイの強化形態の名だ。神器の一角である剣をそのまま武器として使用するのではなく、分解させて覆面プロレスラーを模したマスカレード風のアイマスク、肘、膝、手首、足首等主要な関節を覆うプロテクターへと変化させる神器使用とアブソリュートのポテンシャル解放の強引な合算だ。
「まるで怖くねぇ。お前がそいつでジェイドも初代もブッ飛ばすはずだったのに、それでジェイドや初代をブッ飛ばせるビジョンが微塵もわかねぇ」
「お前が強くなったからだろう。悔しいな。リーダーとしての力量はやはりあのラリラリババアが何枚も上手だった」
肘の神器のスラスタから黄金の粒子を噴射して不可避の鉄拳の矢を放つ。しかし衝撃に備えたレイの右腕は空を打ち、体勢が崩れてつんのめる。レイの拳が当たる位置にポータルが展開され、レイの肘から先だけがバースが最近読めるようになった難読地名、新潟県新発田に転送されてしまったのだ。無関係な新発田の稲穂が衝撃波で金色の波を描く。
「バギバギッ!」
中距離で火球を足に一発! 左膝の神器が高熱でヒビ割れ、煤けて葉脈のような亀裂を鮮明に浮かび上がらせる。至近距離で火球を顔に一発! レイの呻きと破裂音がバースに手ごたえとして認識される。
「バギィッ!」
マスクのレンズを巨握の手で握り潰し、威嚇か悲鳴か、口を開けたレイに掌からのゼロ距離火球を浴びせた。
「ジエ……」
「バギィッ!」
防御寄りの強化形態ですら防ぎきれない、水の如き流れる連撃。煤だらけのマスクで表情も読めなくなったレイがついに膝をついた。しかしバースは許さない。レイの両腕をそれぞれ掴み、Yの字に吊るしてガードの余地を奪って顔面に膝蹴りを叩き込んだ。グチッと肉が設計図にない形に変形する音がバースの膝とレイの顔から発せられた。コンマ数秒後、地響き。ついにレイがダウンを喫したのだ。黄金のマスクとプロテクターが光に分解され、うつ伏せに倒れて激しく上下するレイの大胸筋の隙間から胸に還っていった。もうさっき程の力を感じない。勝ってしまったのだ。
「晴れねぇ……。バギイイイ!!」
なんてフラストレーションの溜まる戦いなんだろう。燈に無理に背負う必要はないと言われているのにとうとうと湧き上がる怒り。
あの頃……。つるんでいた頃のレイは超えた。驕りでも飾りでもなく、超えた。今なら神器持ちのアッシュにだって負けはしないと断言できる。今の強さは、アッシュの神器のようなインチキじゃなく、脳への刺激から解放された自分の真の力だ。何故誇れない? 何故満たされない?
「お前に勝ってしまったからか」
「まだ負けてねぇぞバース……」
「時間の問題だ。クソがアアア!」
ここでレイを倒してしまえば、燈の下でやる仕事はもう終わる。根っからの子分体質を憂う身ではあるが、それはレイにずっと付き従ってきたから。不敗、不動、不変のレイだったから。転職先……? それともフリーになってジェイドに挑んでみるか? いや、XYZがジェイドを倒すから、残っているのは初代、アッシュくらいか。ミリオンあたりでもいいかも。
燈やレイが志を失えば、バースも志を失う。志を失ってもなおこんな力を持っているのは惜しい。いや、目的を果たしても燈がどこかで生き続けるなら、どっかの農村でご隠居する燈の用心棒として生計を立てたり畑を耕したりするのもいいか。ちょうどUPEのビルド・マクミランとマッスル・Aのように、志を失っても変わらない主従関係はあるし、プロの子分であるバースから見れば燈はそれに値する。
自分が憧れたレイがこんな程度で倒れるなんて信じたくない。アッシュより強いレイが、アッシュの鏡以上の熟練度で剣を使っているのに瞬殺。こんなことは許されない。あの頃、自分たちはこんな程度のレイを最強だと祀って、いつかジェイドや初代にも勝てるなんて言いながらバカみたいに遊んでいたのか? 強くなりすぎてしまったバースが、あの五人で過ごした青春時代を貶めてしまう。本当にごっこ遊びにしてしまう。
「断ち切れないことを理由に弱るんじゃあねぇぞレイ! 俺の方がずっと迷ってるんだ。……だがわかってんだよ。今のお前に言っても意味はねぇ」
「今度こそたった一つだけ訊かせろバース……。今度は何か訊きたいかわかってる。答えろ……」
「なんだ? 今は俺の方が上! 与えてやるよ」
「“ゴールデン・レイ”の一発目、何故ポータルで避けた?」
「強くなった俺の力を誇示するため」
「本当にそうか? 違うだろ。今、気付いたぜ。あの時、お前の後ろには、太陽の塔があった」
「……」
「ちょっと前にヨシツネって野郎と戦ってな。あいつは岡本太郎に心酔し、自分で太陽の塔を作ったり太陽の塔のプリントTシャツを着ていた。“芸術は爆発だ”。マインが自分の能力とかけてそんな風にあいつを作ったのかもしれないが、太陽の塔はヨシツネにとって大切なもの。もしかしたらマインにとってもか? 壊したくなかったんだろう。お前が避けたら壊れるし、受けても衝撃波が……」
「何故そう思う?」
「お前がそういうやつだからだ。効いたぜ、火球。つるんでた頃は、俺を気遣って使わなかったもんな。こんないいものを俺のために封じるなんて、男だぜバース。礼を尽くす」
愚ッ……レイが腕をつき、膝をつき、近畿地方が歪むような陽炎のオーラを放出する。足下の草が灰になり、微笑の口元から炎が覗く。
愚遮……。
突如、レイの右腕が地面に向かって真っ直ぐに伸び、透明な刃が地中深くまで突き刺さって大地の断面が見えた。松葉杖の要領でレイの右肩が支えられる。その透明な刃は次第に黄金に染まり、再び黄金の剣がレイの右腕のみを覆う。これが剥き出し、攻撃態勢の本来の神器の姿。
「“ゴールデン・レイ:Part Deux”。お前の前じゃなく、いつか隣で見せるはずだった姿だ。ご覧の通り、神器は右腕に纏っているだけで俺は剥き出しだ。しかも俺の力不足で、この状態じゃ剣は重すぎて戦うことが出来ないと来てる。そこで! 初代! ミリオン! ブロンコ!」
レイが左手を突き出すと初代アブソリュートマン、アブソリュートミリオン、アブソリュート・ブロンコを象った杯が出現、剣を纏った右腕をハンマー投げの如き全身運動でブン回して杯を粉砕する。レイを包む黄金の粒子が発火し、何も焼かない純粋な生命力の炎の渦が天まで伸びる。さながら地から空に落ちる流星だ。筋肉の膨張と反して神器はサイズダウンし、振り回せる大きさになる。しかし破壊のポテンシャルの濃度とバースの勘の危険信号が増している。
「だがこの“レイジングスタリオン”なら剣をブン回せる。体格! 品格! 適格! そして風格! 目標を、父を、師を知り、己が未熟を受け入れ成長した人格! 足りないパワーをパワーで補う“ゴールデン・レイジングスタリオン”だ。お前以外にはまだ、見せようって気も湧かなかった」
頑馬→レイ→ゴールデン・レイ→Part Deux→レイジングスタリオン→ゴールデン・レイジングスタリオン。全てはこれのための前振りだった。全部前振りだったのかよ。底知れない力の奔流。福岡で戦ったジェイドの強化形態“スノウブレイブ”よりももっと粗削りに殺意と暴力の予感をバースの脳に書きこみ、直接的に死の恐怖を煽る。死ぬ程恐ろしいのに死ぬほど歓喜している。これならば! 自分の苛立ちは抑えられる。これなら……。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、だな。さぁあああ、俺をブッ殺してみろレイ! ヒーローになるんだろう!?」
「ジェアアアッ! お前を倒しても!」
バネで弾いたような低空のジャンプから振り下ろされる剣! 切れ味は皆無だがただひたすらに重い……。肉と骨で刃を止めることが出来ない。剣での殴打がバースの体の凹凸を均し、溝にしながら滑り抜けていく。婆遮ッ。外部からの圧力で圧搾された内臓が破壊され、無事だった喉を抜けて空を赤く染める。
「ヒーローにはなれねぇ」
「バゲゲ……」
「ヘヘッ、じゃあな」
深紅の巨漢は華麗な身のこなしのアクロバットでバースの膝、胸、顔を踏み台に宙返り、少し距離をとってうつ伏せに身を伏せ、剣の先端をバースに向けた。三か月前なら決してバースに向けられることはなかった剣の先を。
「ジャラッ!」
剣そのものがミサイルとなってレイの腕から発射され、万博記念公園が黄金の粒子で満たされた。レイの周囲の草木は根こそぎ吹き飛び、発射の反動で轍を作りながらレイが十数メートル後退。黄金の粒子を入れた万博記念公園という風船に空いた穴から空気が飛び出すように、先端にバースを突きつけた剣ミサイルが宙に向かい、加速を続けてく。レイが離れていく。
「……本望!」
いくら自分が強くなっても、あの頃のレイに勝ってしまうのは納得がいかない。
いくら自分が弱くなっても、あの頃のレイに勝ってしまうのは納得がいかない。
あの頃を超えたレイに勝ってしまうのは、レイを裏切った自分の愚かさを直視しなければならない。納得がいくのは、あの頃を超えたレイに負けることだけ。
「……んな訳あるかバカが!」
土壇場になってようやく気付いた。二度も自分の主を敗軍の将にしてたまるか! 今の自分の将は、レイじゃない。燈だ!
「バギィッ!」
加速を続けるミサイルに火球を刻み続ける。しかしアブソリュートの力の結晶は揺らぐことはない。火球が炎上しなくなってきた。バースの体力が尽きかけていることも理由の一つだが、剣ミサイルはついに地球の大気を突破し真空の宇宙空間に達してしまったのだ。
「ハァ……。耐えた……。耐えたぞ!」
ついにここまで来たか、未来恐竜クジー! アブソリュート史上最強の素材の完成の果てである神器の最終攻撃を気力と体力で凌ぎ切ったのだ。剣ミサイルが風化していく。もう一発火球を浴びせると、剣ミサイルは跡形もなく砕け散り、星の光に混じって粒子になる黄金の風にもう力は感じない。燈の千里眼にプレッシャーを掛けられ、奥の手の試運転すら出来なかったレイは使い慣れない力を使い果たしたのだ。
クジーはアブソリュートにいつも惜敗? だがこのバースの相手が務まるのはもう……。誰だ!? 初代アブソリュートマン、ジェイドだけか!?
「ジャラ!」
闇を呑みこむ黄金の嵐が吹き荒れる。音のない宇宙だから心に響く声。陽炎のオーラで灰塵を引きながら、“レイジングスタリオン”でも“ゴールデン・レイ”でもない、ありのままの姿のレイが、全身いたるところ損傷だらけで甚大なダメージを負っているレイが、バースの目の前まで迫っていた。疲労とダメージで動くのもやっとのはずなのに、ここにきてまだこの気迫! それでいて泰然! 地球と月の間に太陽が来ることなんてありえないのに、バースの目が眩い光に眩んでしまう。レイの両腕ががっちりとバースのボディをホールド、腿が側頭部を挟み、角に足を絡めて減速せずに月面に向かって驀進していく。
「バ、バ、バ、ババギ……!」
火球がもう出ない……。高揚が収まってきた。祈りもない。
「バース。この技は俺のゴールではないし最強には程遠い。だが俺に出来る最大の恩返しだ」
この技は知っている。取るに足らない技だ。アブソリュートや怪獣の力もいらない、ただの格闘の技。ある程度体格が近ければ地球人同士でも繰り出せるプロレス技、ツームストン・パイルドライバーの名前をただ変えただけの技“ガンマドライバー”だ。
頑馬。アブソリュート・レイが地球で名乗る名前。頑馬の名を冠するこの技は開発した地球での日々の肯定であり、今は決別を意味する。
ありがとうレイ。いつも遊んでくれてありがとう。志をありがとう。
ありがとうマートン。不撓不屈の心技体をありがとう。
ありがとうオー。敵意と合理が混ざると途方もない悪意になると教えてくれてありがとう。
ありがとうメッセ。センスとインスピレーション、あと美しいことの誇りをありがとう。
「すまない、燈……」
見上げた男だ、バース。最後の最後まで、この男は忠義の道を往き続ける。この男が強ければ強いほど、レイも燈も誇らしい。
「……いや! まだだァ! バギィィ!!」
「ジェアアア!!」
怒愚遮唖!! レイとバース、二人の体重と加速が乗った全身全霊のガンマドライバーが月面に触れたバースの角をバラバラに粉砕し、月が欠けるほどのクレーターを残した。
……惜敗。初代アブソリュートマンの代から続くアブソリュートvsクジーの戦いは、またしてもクジーの惜敗!
「……ジャラッ!」
レイがヒーロー然として月面から飛び去った。さらば、二人の青春。