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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第28話 カゼがうつるといけないからキスはしないでおこう

 人の憧れへの矢印は奇妙なものだ。

 メッセ→メロン→フジ→ユキ。

 メッセはメロンの美貌に憧れた。自分が宇宙一だとは言わずとも、自分の生涯で、しかもまだ自分が美貌で勝負出来るほど若いうちに美しさで完全敗北を喫するなど全くの想定外。まさか自分が見た目で負けるとは。


 メロンはフジの自由さに憧れた。傍若無人の生き方を選び、ゴミ、クズ、カス、虫、ゲボと罵られ、謗られるのが当たり前の青春時代。なのに彼は気にするどころか、こういったマイナス評価を浴びせられる度に誇らしげな表情さえ見せる。態度や意見さえも一貫せず、自分のあるがまま。メロンのキレイなお顔を守る皮があれくらい厚かったら彼女はどれだけ楽だったか。


 フジはユキの全てに憧れた。才能、努力を続ける根性と向上心、その過程で手に入れた高潔な精神、結実である強さ。同じ親から生まれたはずなのに、ユキは全てでフジを上回った。ジェイドとレイの幼少期、ホワイトカラーに転身直後のミリオンは多忙を極めてまともに育児もできず、ジェイドとレイはそれぞれレジェンドたちに預けられて育った。フジが生まれた頃には余裕もあった父は末っ子を可愛がったが、アブソリュート史上最高傑作のジェイド、IFの最強レイには及ばなかった。最も父に愛され、父に育てられたはずの末っ子が兄弟最弱。戦士として輝かしい実績を持つミリオンに、指導者としての実績を飾ることは出来なかった。


 それぞれの目の上のタンコブだからこそ憧れた。


「メッセ! サイバーミリオンの準備を」


「待ってメロン。脳筋プレイになるけど、案がある。マインは変身しても弱いみたい。戦闘力はないって言ってるし、わたしもマインが強いとは思えない。ミリオンもそう思うでしょ? 敵の“楽”はフジが最低でも引き分けに持ち込めるとして、敵の“哀”は雑魚って判明してる。ミリオンなら勝てるわ。つまり、ミリオンが“哀”を、通常の世界に行った“怒”を頑馬が倒せるなら、わたしが怪獣化して直接マインを叩く超脳筋プレイが可能になる」


「あなたはそれでいいの? マインは未知すぎる。危険だわ。それにフジくんは負けない。本当に頑張ったもの……」


 トーチランドに飛び込む夏のクズ虫をやっていたフジは、お化け屋敷で寝転がっていただけじゃない。メロンを連れてきたのも話し相手が欲しかったからじゃない。フジ・カケルと網柄甜瓜が出会ってから四か月。彼女がメロンと名乗り、善意のストーキングを始めてから最初に彼女に気付いたのはフジだった。そして彼は善意のストーキングを利用することで、彼女の贖罪を助けてくれた。この四か月のフジの記憶のバックアップを務めたメロンとの対話で理論上完成した強化形態“オーバー・D”。その初陣と勝利をミリオンに見せてやりたいし、フジがこの時を、この姿を見せるきっかけを待っていたのを誰よりも知っている。


「それに本当はサイバーミリオンのすごさを見たいくせに」


 小悪魔の笑みにメッセのハートがズッキュンだ。フジの迷走と瞑想に付き合ってきたメロンと同じように、メロンがサイバーミリオンのトレーニングに励んできたことを誰よりも知っているのはメッセだ。特訓開始当初は人見知りで表情もぎこちなかったメロンがこんな表情を見せてくれるなんて、認められた気分になれる。


「バイオコンピューターだか何だか知らないけど、電子が存在している以上わたしなら触れることが出来る。そこからオーと同じゴッデス・エウレカのシステムを利用してマインにサイバーミリオンを潜らせて、潰す。よっぽど好都合よ。サイバーミリオンでマインを叩けるなら」


「無知な家畜ね。『Oh My! Super Hero!』なんてメジャーゲーム、わたしがやってない訳ないじゃない。おいで。遊んであげる」


「お前が家畜なんて呼ぶんじゃないわババア。生きることを放棄した化け物に生物としての格でマウントをとられる筋合いはない」


 メロンが持参したエウレカ・マテリアル製ゲーミングノートPCを広げる。合図だ。メッセは酒を飲んで酔拳を強化するジやつキー・チェンの如く角砂糖五個をエナジードリンクで呑みこんで糖分を補給、自らを電波塔に回線を強化し、彼女の霊魂が燈の魂に触れる。メロンのPCに強制的にオンライン対戦モードが展開され、敵プレイヤー“トウ”の選択キャラクターにアブソリュート・マインと駿河燈を足して二で割ったような、駿河燈と呼ぶには人工的、マインと呼ぶには人間的な天使が表示された。自信の表れか具現化した光背を背負い、友の遺志を組むかのようにゴア族の黒衣をアクセントに纏っている。本来『Oh My! Super Hero!』に参戦しているキャラクターではない。既にこれはマインに改造された『Oh My! Super Hero!』なのだ。


「ルールはシンプルに“対戦”! フィールドはパリよ。花の都パリ! パリに行ったことを自慢するのなんてスネ夫くらいのもんだと思ってたけど、ニセモノでもパリは身が引き締まるっていうか、優雅な気持ちになるわ」


 よくしゃべるババアだ。

 ここで『Oh My! Super Hero!』の二つの対戦ルールを紹介しよう。

 まず一つは“防衛”だ。片方のプレイヤーを“防衛者”、もう片方を“破壊者”とし、時間内に“破壊者”は可能な限り自然、建物、文化、財産、生物を破壊し、破壊スコアを上げる。“防衛者”は“破壊者”を止めて平和を守りつつ戦わねばならず、敵のスコアの上昇を抑え、既定の数値内に収めれば勝利となる。ちなみに“防衛者”がウッカリ人を踏んだ場合でも敵にスコアが加算されるので、“防衛者”にはフラストレーションが溜まるクソゲー、“防衛者”に対し理不尽すぎる程の判定の厳しさがヒーローの高慢を物語っているようで燈の気に障った。ちなみに使用キャラは自由なので怪獣で防衛も出来るしヒーローで破壊もできる。

 もう一つは“対戦”だ。善悪の区別なく死ぬまで戦う。


「気を引き締めて行けなさいメロン。誰もあなたにこう言わないからわたしが言ってやる。あなたは誰より頑張った」


 マイン自身がコンピューターなのは想定外でも、こちらもチートキャラのサイバーミリオンを使っている。回線強化に専念するためメッセ自身はプレイできないが、チートを使った脳死のゴリ押しならそれこそ鼎でも出来たはずだ。チートを使ってもなお念入りに殺しに行くためにはメロンのプレイスキルが必要だった。

 少し時計の針を戻そう。あれはカイが死に、ユキが黒焦げにされて初代アブソリュートマンに回収された直後だった。新しい友人の凄惨な死、頼りになる友人の瀕死、信頼に足るかはグレーゾーンな友人の誘いに動揺しきっていたメロンに、メッセはまずコントローラーに触れることを勧めた。非日常に対抗するには習慣を取り戻すことが一番だ。メッセにはエナジードリンク、ユキにはマンガ、フジにはエロDVDと精神的に安定するためのスイッチが備わっている。


「ちょっと説明を急ぐわ。サイバーミリオンの最大火力の技は元ネタと一緒で“ホリゾン・ブラスト光線”で全キャラでも屈指の威力よ。でもこれも原作と一緒でサイバーミリオンも反動ダメージを受ける。どれくらいの反動かというと、“ホリゾン・ブラスト光線”の威力を自分の防御力で受けるダメージ。つまり低HPで紙耐久のサイバーミリオンが使うとほぼ必ず死ぬ仕様」


「よくて相打ちという訳ね」


「でもチートが働いてると体力自動回復や被ダメージ無効で反動ナシで“ホリゾン・ブラスト光線”を使えるわ。でもそううまく行くと思う? わたしは思わない。そうね。わたしたちの仲間に昔、オーというやつがいた。あいつの脳にサイバーミリオンで攻め入ってもチート無効くらいは出来るでしょうね。だからこっちもわたしも向こうのチートを無効化する術を何とか用意する。だから結局はチートなしでの戦いになるわね。だからあなたじゃないとダメ」


「じゃあ使用キャラはサイバーミリオンじゃなくていいんじゃない? せっかく用意してもらったけど……」


「ゲーマー魂が疼くのはここからよ。サイバーミリオンは反動技と低耐久力でガンガン命を削るスタイル。でもゲームの使用上、“ホリゾン・ブラスト光線”の反動ダメージを真っ当な方法で無効化できる。『Oh My! Super Hero!』では、クリティカル、バフ、デバフ、相性、技威力、ステータス、乱数、装備アイテムで各種計算を行ったダメージの数値が2の16乗である65536を超えた場合は処理出来ず、オーバーフローとなって無効化されてないはずのダメージが0になることになる。反動ダメージそのものがなくなるんじゃなくて、0のダメージを受けるってこと。反動ダメージが65536以上になった場合のみサイバーミリオンはチートを使わず無反動で“ホリゾン・ブラスト光線”を使えるってことね。プレイスキルと速攻で勝負をつけに行くなら反動ダメージをオーバーフローしたサイバーミリオンの“ホリゾン・ブラスト光線”を撃つしかない」


「でもそれだけのダメージを自分に与えるってことは相当バフとデバフをかけないと」


「幸いにもサイバーミリオンには“鬼人態”みたいに耐久を削って攻撃力を上げる技が揃ってる。さらに乱数で0.85から0.01刻みで1.0までの16パターンの乱数補正がかかって、これは特定の歩数歩いたり特定のボタン数秒押しっぱの状況再現で乱数調整が出来る。わたしは素人だけど計算の結果、16パターンの乱数のうち、オーバーフローが起きるのは8/16。燃えない?」


「……燃える!」


「これを特訓しても出来るのはあなただけ。『Oh My! Super Hero!』を複製した。分身を増やして、特訓と同時にウラ技を見つけて」


 燃えるシチュエーションだけど、やっぱり普通のキャラで戦うのがいいんじゃないかなぁ? メッセの熱意に押し切られる形ではあったがメロンはサイバーミリオンの修行を続けてきた。まだ娘の千穂が小さかった頃。専業主婦だったメロンはキチンと家事をこなし、千穂が眠っている時やほんの少し許された余暇でゲームボーイとソフト数本と通信ケーブルを同時に操作して『ポケットモンスター 銀』で全国図鑑を完成させた。あれよりも終わりが見えない。でも一緒だ。楽しむと同時に「わたしのお母さんはポケモンを全部持ってる!」って娘が自慢出来るようにと始めた試みと同じく、自分の頑張りが……フジを助ける。

 燈の盗聴を避けるために、ユキにさえ隠された強化形態“オーバー・D”。これを使用可能なのはたった三分だと知ってるのは、フジを除けばまだメロンだけだ。メッセも長時間、燈に近づくのは危険だ。

 オーバーフロー“ホリゾン・ブラスト光線”での速攻しかない。




 〇




 “襲う”……漢字検定四級。

 “暴れる”……漢字検定六級。

 “戦う”……漢字検定七級。

 

 漢字検定の難易度からもわかるように、バースにとっては“戦う”が一番簡単だ。

 頑馬に仕えていた頃も、彼の目的は“戦”だった。だから今のようにフリーで自然、建物、文化、財産、生物を襲って暴れろとか言われるより、戦う方が楽チンだ。それにバースは雑魚じゃない。そもそも未来恐竜クジーという種族が強豪怪獣で、違法な知能特化改造個体バースはオーを超える超高性能な最新兵器でもある。“戦”以前の暴力の行使などお膳立てをしてもらっていい立場だ。

 

「おいそこのお前ェ! おいシカトぶっこいてんじゃねぇよこのォ……。(タコ)! (タコ)ォ!」


 まだ(セミ)採りも出来る昭和記念公園でバースが暗そうな青年に因縁をつけて服を掴む。英国紳士の服装からのバカボキャブラリーに困惑した青年は襟の内側にジットリと汗を滲ませる。バースの軽微な暴力からの被害を最小限に留めるために脱力した体は確かに蛸だ。

 “蛸”……漢字検定準一級。


「おい蛸ォ! (ワメ)け!」


 “喚く”……漢字検定三級。


「喚け! 命乞いをしろ! そうすれば殴らないし燃やしもしない。泣け! 叫べ! 呼べ! さっさと助けを呼びやがれ!」


「誰に?」


「いいから呼べってんだ。誰だ!? お前らを守ってるやつらの名前は! 言ってみろよ。ジェイドか? アッシュか? それとも……。レイか」


 この蛸はもう助けを呼ばないな。ニュースも観ないし新聞も読まないし、常識もない。己の命や平穏を守る手段すら知らないのだ。


「クソがぁああ!!」


 蛸のTシャツが破れないように手加減した技術で解放し、平和な国立公園で心底の呪詛の罵声をあげた。これはウソでもその場しのぎでもない。

 レイはヒーローになってしまった。

 心の整理はつけてきたはずなのに。ヨシツネと天狗軍団のレイ包囲網で、既にレイは他者を守りながら戦うようになったことを知った。ここで自分が暴れれば、レイは自分を倒しにやってくるのだ。

 元からバースはいつかレイと全力の力比べもしたかったし、アブソリュート……具体的にはレイvsジェイドとバースvs初代アブソリュートマンでタッグマッチもしたかったし、今のフヌケたレイを否定して後悔させたくもある。どのレイでもいい。トガりにトガってたレイ、心境に変化のあったレイ、ヒーローになっちまったレイでもいい。レイがいて、バースという人物は作られるのだ。そして、出来れば理想のレイに負けて……。

 整理をつけるための道具や時間はあっても、やり場のない気持ちは“怒り”となって発露する!


「出て来いブタ野郎! 俺だぞ! ブタ野郎! 俺を危険に感じないのか!? ブタ野郎! 殺してやる! ブタ野郎! あぁ? ブタ野郎!」


 怪獣由来のパワーや宇宙屈指の攻撃力の火球がなくても言動だけでいよいよ危険人物だ。漢字検定では何級でも出ないであろう悪罵を連呼しながらバースは公園を練り歩く。怒りは高級シューズの靴音の間隔を短くする。コッ、コッ、コツ、コツ、コツ……。


「俺を憐れむみたいな目で見るんじゃねぇぞクソが!」


 バースは小脇に抱えていた紙の束、即ち燈に見てもらった漢字検定三級合格相当の答案を人々の流れとは逆に立つマッチョマンに投げつけた。飛燕頑馬のスポーツグラスはわかりやすい。彼のグラスにまだ映っているうちは危険だ。だが頑馬より後ろに行ってグラスから消えれば安全だ。人々はどんどん頑馬のグラスから消えていく。


「読んだぜ、ユニスポ。ようやく読めるようになった。俺はメッセみたいに出来ないからなぁ。俺にはメッセみたいに出来ないから……。まぁ四の五の言わずに殺し合おうぜ!」

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