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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第24話 優柔不断

「ヒトミちゃん、フジが何か言ってるけど監視カメラになんかある?」


「いや、ミリオンショックで気が散ってました……」


 ヒトミがキーボードを叩いてフジを幽閉しているお化け屋敷の映像を主モニターに映した。既に異常事態は発生していた。一帯を埋め尽くす半透明の緑の魑魅魍魎! カメラに映るほど濃い心霊現象だ! 燈も千里眼のチャンネルをお化け屋敷に合わせた。

 寝タバコをしていたフジが起き上がるとそこにも分身メロンが広がり足の踏み場にも困る程だ。


「これはメロンの分身?」


「なんだこの数!? 二千人どころじゃないですよ」


「試されているわね。フジの言う通り、分身から分身を作ることが出来るメロンが分身を増やした。或いはここにアクセスする方法を誰かが編み出して分身を送り込んだか」


「ジェイドは死にかけてますし、今もろくに動ける状態じゃないですよ。分身から作ったんでしょうね。で、こちらの行動はどうします?」


「フジは誘ってるのね。分身メロンを出せる数が二千以上に増えたとしても、お化け屋敷にいるメロンを全員殺せば恐らく本体にダメージが入るほど数がいる。でも潰しに行くとあの数のメロンとフジを相手にしなきゃならない。フジを守りながらメロンだけ必要数殺すのは至難の技よ。これは罠」


「フジは! 諦めましょって! バリアーはイツキちゃんもバースも使えるんですよ!」


「そうね。メロン潰しを最優先にしましょう。ここはバースに任せましょう。ヒトミちゃんはここに据え置き。バリアースタイルのイツキちゃんじゃフジに勝てないし、従来のやり方で戦うにしてもクジーのBトリガーは貸せないからやっぱり勝てない」


「ナニユエ!?」


「だって本物のクジーがいるのに紛い物の力なんて見せたら恥ずかしいし、バースに失礼だもの。バースがお手本を見せてくれるならいいんだけどね。それにバースはフジには負けない」


 理屈でイツキの勇み足を抑え、バースへのヨイショも忘れない。そしてトーチランドに入ってからの初戦闘がフジ。バースにもこれ以上ないリハーサルだ。安物だがド派手なネクタイをキュっと締め、バースが喫煙席でサムズアップする。タバコの煙で目が痛いのか渋い表情だが、やる気のようだ。


「Bトリガー、使ってみる?」


「オススメはあるのか?」


「バースにオススメのBトリガーはウインストンね。吸い込むと吐き出す、蓄える、の三つの能力がある。吸引と放出があなたの本来の能力である火炎との相性がバッチリ。延焼範囲を広げることが出来る。大量のメロンを焼き尽くすにはもってこいね。ド派手にブッ壊していいよ。明日にはリロードする」


「OK」


 何にも装備させていない状態のBトリガー……つまりボールペンを持ったバースがフジのお化け屋敷に転送される。彼の着地で数人のメロンが死んだ。


「こおっ!? なんでお前がここにいる!?」


 フジにとってのバース、アッシュにとってのクジーはトラウマ怪獣。インチキ同然の神器の力があってようやく勝てた相手だ。数日間幽閉されていたフジはカイが死んだこと、ユキが丸焦げにされたこと、メッセがヨルを倒し後任にバースが入ったこと、ミリオンが天狗軍団を倒したことすら知らなかった。


「“怒”の後任でな。お前に勝算はあるのか?」


「なくはねぇが。マジで。でもいきなりバースさんにお相手してもらうのは気が引けるなぁ。何が目的だ? ババアに上手く転がされたんだろう」


「お前とレイ、二人と戦うバックアップをしてもらえる」


「そいつぁいい。さらにファミレスでワインでも飲ませてもらえるインセンティブも付けたらどうだ?」


「ゴルフ、わかるな?」


「ゴルフ?」


「ボールをホールに入れる競技だ。特にホールインワンは難しい。だがホールからボールを出すことは簡単だ。そういう理屈でこの場所にホールインワンすることはジェイドでも難しいが、出すだけなら俺のポータルでも出来る」


 バースが両の握り拳をこめかみに当て、触角のように人差し指を立てるとバースとフジの間に穴が開き、正三角形で作られたパターンのタイルが二人の間に現れた。フジには見覚えがあった。東京ドームシティの床の模様だ。


「今の情けないお前を倒しても何も意味がない。フッ、今のお前と“戦う”だァ? 神器もないお前と。それにお前という人質がいるとレイとの戦いは純度が下がる。純粋な決闘でなければならない」


「矛盾と迷走に溢れているな、バース。お前は勘が鋭いのに肝心の頭がパーだ。敵の強さを測る勘は誰より鋭い。お前は俺に楽に勝てる。だが姉貴と兄貴には勝てねぇとわかってる。どこの口が戦いの純度などと? お前に一貫してるのは悔いを残さないことだ。神器を使えねぇアッシュには勝てるとか、どうせ勝てねぇジェイドとレイにはせめて言い訳なく散りたいとか、負けることばかり考えている。戦いで死にたいが、どうせ死ぬならレイに殺されたいとか考えてるんだろ? レイを相手に価値ある負けを貰ってそれを退職金にムショで隠居を決め込むか? XYZに魅力はねぇか? きれいなお洋服を貰っていい気分とは兄貴もがっかりするな」


「図星かもな。だが俺はプロだ。環境や報酬を選べる立場にある。燈は金の払いもいい。これ以上禅問答をしても無意味だ。燈が来るぞ。お前の気持ちを当ててやろうか? 神器さえ、神器さえあれば一度倒した相手からの施しを受けずに済んだのにぃ! だ」


「……遠からずだな。言っておく。兄貴はお前と組んでた頃よりはるかに強いぞ。お前は否定したくない思い出にくっついてるレイこそが理想で最強で不変のものであると思いたい。自分がいない間にレイが強くなったと信じたくない。兄貴は強いし変わったぞ。お前がいない間にな」


「だろうな。お前がレイを兄貴なんて呼ぶ程だ。でも俺の方がレイが好きだ」


「とりあえずここから出してくれることには感謝する。礼をやるよ」


「あぁ?」


「セアッ!」


 フジの脳から発せられた電気信号が雷速で全身に伝い、彼の体を動かす筋肉以上の力が稲光となって発露し、迸る。フジの筋肉の力と速度の限界を超えた威力がバースの腹にめり込み、バースは腹部を抑えて咳き込んだ。


「バゲェ……?」


 バースの胃に重大なダメージと痛みが発生。激痛と不快感の処理に回すため、足の力が手薄になる。上半身の安定を保つために高級スーツの膝を着く。そしてその肩に靴を乗せてフジがせせら笑い、フジがバックステップでポータルに消えた。


「後悔しやがれ、バーカ」


 約一週間ぶりにフジが地球を踏む。同時にトーチランドから流出したメロンの存在で不忍池の父、兄、姉に弟の帰還が教えられる。病み上がりと天狗軍団の侮れない策略でベンチに寝かされていたユキがメロンの位置を手掛かりに弟を不忍池に転送した。ユキのポータルが閉じた瞬間に東京ドームシティのタイルが爆炎に晒される。恩を仇で返されたバースの怒りだ。


「無事だったのね、カケル」


「おいおい姉貴……。どうした……。誰にやられたんだ」


「あなたはどこまで知ってるの? どこにいたの?」


「ババアのところに潜入してた。一週間くらいか? 体内時計も狂っちまったしあそこは時空が歪んでたし完全に隔絶されてたからメロンがいなかったらかなりヤバかった。成果としちゃ七十五点ってとこだな」


「聞いてカケル。カイが殺された。わたしも五日ぐらい仮死状態になっていた」


「ババアが言ってた通りってことか」


「マインは油断出来ない相手よ。よく無事で戻ってこられたわね。本当によかった」


 ユキの額の冷えピタをミリオンが交換してあげた。父の存在にはもちろん気付いているが、若干気まずい。ミリオンはフジにとって追うべき大きな背中であり、なおかつ初代程遠く大きくないちょうどよさだ。厳しくも優しく、息子に対するミリオンのやり方は父親として適切だった。フジに問題があるのだ。


「よく戻ってきたな、カケル。最近は仕送りの追加も要求しないし、成長が見える」


「あぁ、ちゃんとやってるからさ」


 嘘だ。約四か月前に一千万円を強奪してミリオンから金をせびる理由が消えただけだ。そしてフジは照れ笑いの裏でとてつもなく落ち込んでいた。カイが死に、ユキが死にかけたのが燈のせいだと言うのなら、それは燈の仕掛けた爆弾が作動したということ。カイは死んだが、ユキの一番はもう自分じゃないのだ。


「成果ってのはなんだ?」


「やつらの使ってるBトリガーを一つパクって来てやったぜ。誰から盗んだか教えてやろうか? バースだ」


 メロンがバケツリレーで豪華な万年筆を運んできた。無意味に見えたバースとの問答の間にメロンがバースの持つウインストンのBトリガーを盗んだのだ。東京ドームでかなりの数の分身が焼かれたのか分身が濁っているが、メロンはここでも大きな仕事をした。フジとメロンのタッグでのトーチランド往復をフジは七十五点と評したが、七十点はメロンの得点だ。


「やつらの話を聞いてる限りじゃこのBトリガーは雑魚だな。Bトリガーは基本的には量産品で、俺のバリアーを3Dプリンターに使って至高のBトリガー……。マグナイト……。マグナイトのBトリガーを作ろうとしていた」


 父のトラウマ怪獣マグナイト。名前を出すのも気が引ける。一番気を遣わなきゃいけないのは、ミリオンが命と引き換えに引き分けたマグナイトですらXYZに比べれば三下で、ジェイドとレイにとっては脅威じゃないってことだ。ミリオンはマグナイトのBトリガーに慄くかもしれないが、トーチランドのメンバーがマグナイトの力を使えたとしてもこの兄姉には何も問題じゃない。


「メッセと戦ったやつが使ってたのと同じみたいだな」


「おいおい激動過ぎるだろこの一週間。メッセまで? そういやバースが“怒”後任って言ってたな。前任はメッセが倒したのか」


「……バースは何か言っていたか?」


「あんたと戦うとよ、兄貴。気をつけな。あいつも強くなってたぞ。ポータルの性能が上がってた。あいつはじっとしてただけじゃない」




 〇




「ウインストンのBトリガーは型を取ってるから量産出来るのでいいですけど、フジを逃がした上にBトリガーをパクられるって……。ありえないっすよ。南アフリカのワールドカップを思い出しますよ」


「南アフリカのワールドカップ?」


「某センターバックが二試合連続オウンゴールしてましてねぇ。わたしは当時中学生でしたがモテモテで、サッカー部の彼氏もいました」


「オウンゴールだけ切り抜いて闘莉王を……あ、闘莉王って言っちやった。某センターバックを責めるなんてその彼氏もまだまだね。オウンゴールは許されないけどセンターバックとしてちゃんとやってたわ。バースはここからよ。これで憑き物も落ちたでしょう。フジとも頑馬とも、後は戦うだけだもん」


「で、噂の助っ人は?」


 火花で飾った縁ではなく、漆黒の円がトーチランド事務局に開かれてバースがガールズトークの邪魔をする。燈とヒトミの見える範囲にバースはいなかった。目視出来る範囲のみの短距離瞬間移動だったはずのバースのポータルは性能が向上し、見えないところのアクセス権まで彼に与えた。


「燈の言う通り、憑き物が落ちたよ。ここからはもう……。命令にないことはしない。だが燈、お前の言った通りだ。ここのメンツでアッシュに勝てるのは俺だけだ。イツキやヒトミじゃもう勝てない。あいつも強くなっていた」


「もぉう、バースのバカぁ! お着替え中だったらどうするの? ノックぐらいしてよぉ。なんてね。ヨシツネが死んだのは想定外だけど」


「ヨシツネが死んだのは想定外だと? ああ、そうさ。あいつは死んだばかりだ。仲間が一人死んだばかりなのにセンターバックの話をしてる方が頭がおかしい。燈はまだわかる。ミリオンが小僧に見える程の年齢なら人の死にも慣れてるんだろう。お前はおかしいよ、ヒトミ」


「ミリオンショックを払拭したいのもあるけど、あなたは情に厚いのね。怪獣なのに。悪くとらないでね。あなたはとても人間くさい怪獣よ。ある意味で誰よりもマトモ。力を手にすると人格は破壊されて共感はすることもされることも難しくなってしまうの。あなたは力と情が両立してる。面白いね」


「アッシュには気をつけろ。不意打ちとはいえあいつのパンチがあんなに俺に効くはずがない。あいつは強化形態を身に着けた可能性がある」


 カルテを記入する医者のようにヒトミが情報を走り書きしていく。その手が止まってブルーライトカットのメガネを外した。


「強化形態? スノウブレイブやレイジングスタリオンみたいな?」


「暇ってのは時に人を成長させるんだよ。あいつの飼い殺しにこだわって閉じ込めてたことが裏目に出たな。俺と同じだ」




 〇




「クソォ……。クソクソ!」


 都内某所の大型公園。大の男が一人でベンチに座ってても白眼視されない公共の施設だ。ここでスマホを観て悪態を吐きながら頭を抱える男がいる。しゃくれた顎にポマードテカテカオールバックの彫りの深い男、深浦貞治だ。不忍池に突如出現し、観光客や建物を襲撃した天狗軍団の悪行は、報道規制が追い付かずSNSで拡散されていた。トーチランドのメンバーだったジョージは、ヨシツネと入れ替わりで“喜”を退いたため彼と話したことはないが、トーチランド傘下の天狗軍団のことは知っていた。その天狗軍団が東京に現れ、ここまで大規模に活動したということはトーチランドの目的も次のステップに進んでいるということ。SNSに映っていたのは何度も復習した寿ユキ、飛燕頑馬……。あの二人が敵なのはわかっちゃいたが、戦いが始まると一抜けピーじゃ済まされない。もっと何か出来なかったのか。自分が何をしたいのかさえよくわからなくなってしまう。トーチランドの悪事には加担したくない。でも燈やヒトミ、イツキはいいやつらだった! 悪事をしてるのにいいやつというのは矛盾しているが、例えば燈が善人で、彼女が経営する個人の飲食店とかだったらよかったのに。カリスマモチベーター店長の燈にキレ者でマーケティングもバッチリのヒトミ、皿洗いもジョッキを運ぶのも頑張るイツキ。こんな世界だったらどんなによかっただろう。


「ジョージさん、少しお話いいですか?」


 クギを刺すように和泉の影がベンチでジョージの影に重なった。


「なんすか……。また職質ですか。それとも逮捕か任意同行か?」


「保護です」


「保護だと?」


「おわかりでしょう?」


 つまり、重要参考人であるジョージが、トーチランドに抹殺されることを危惧しているのだ。トーチランドの動きが活発になり、アブソリュートミリオンがジョージの後釜を倒したことも和泉にはユキから報告済みだ。地球人が限界まで力を尽くした時、アブソリュート人は力を貸す。憧れのアブソリュートミリオンが地球に来たからって、重要参考人を抑えておけばミリオンが会いに来てくれるかも、なんてミーハー心はない。


「決心がついたよ和泉さん。あんたが来なかったら俺はウジウジしたままだった。ありがとう」


「なら、行きましょうか」


「いや、行かない。次に俺のところに来るときは手錠を持ってくることになるな!」


 ジョージの影が真っすぐに伸び、そこから生えた細い影が和泉の影にめり込んでいく。和泉がくの字に折れて悶絶する。

 ああ、終わった……。

 ジョージの人生はここで事実上、終わった。保護のために手を差し出してくれた地球人を拒絶し、暴力に物を言わせたのだ。

 イツキ……。イツキ、イツキ! こんなことじゃイツキを笑わせることは出来ない。イツキを笑わせることも出来ないし、地球人にもなれなかった。

 ジョージの人生は終わった。これでもイツキがいつか笑える時まで、笑顔ゲージに〇.一でも貢献出来たのなら本望だ。

 結局こうなるなら、ずっとトーチランドにいればよかったのに……。


「じゃあな」


 ジョージは全力疾走で立ち去った。

 じゃあな、全て!

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