第22話 ゼロ・トレランス
“A→Zファッションチェック”
ハロー。一日の長さも時差も、昼夜の概念すらも宇宙では曖昧だからあいさつは一律「ハロー」よ。“A→Zファッションチェック”のお時間よ。チェックするのは新人のわたし、フレデリカよ。新人記者のわたしだってやるときはやるんだからぁ! もちろん、ヘマしたら最恐編集長、通称“マイコラスを着た悪魔”に宙吊りにされて、金属バットでの手加減スマッシュかプラスチックバットでのフルスイングを選ばされるハメになるわ!
“今日の皆さん”
「異次元空間に設置された遊園地“トーチランド”にお邪魔しまァ~す」
「ようこそフレデリカ。わたしがリーダーの駿河燈よ」
「ハロー、燈さん。さっそく自慢のメンバーを紹介して」
「OK。まずはサブリーダーのヒトミちゃんよ。とってもクレバーでフレキシブルで物おじせずにわたしにも意見出来る重要な存在。地球人としていい大学を出ていい資格を持っていい企業のOLだったのに、キッパリと止めて今はわたしのところでゴア族としてバリバリ働いているわ」
“因幡飛兎身”
・うさ耳カチューシャ……1980円
・バニースーツ……69800円
・ファーのブレスレット……左右セットで2000円
・やぶれ網タイツ……980円
・ブーツ……16000円
計88960円
Interview with Hitomi Inaba
「『ドラゴンボール』でブルマがバニーガールの恰好をさせられた時、わたしの中で何かが目覚めたの。いつかブルマみたいなバニーになりたいって思ってたのに世界にはロマンティックも摩訶不思議アドベンチャーもなかった。ロードに会うまではね。テキトーに勉強して大学行って資格とって企業に勤めたけど、今が一番生きてるって気がしてる。ロードはわたしの能力じゃなくパーソナリティを重視して役割を与えた。だからわたしの一挙手一投足がロードの為になるように組織が組まれているの。コスプレ出勤も許してくれるし、とっても充実してる。OL時代より給料はかなり下がったけどね」
〇
「次はイツキちゃん。メンバーの中では一番若いけど、素質と伸びしろは一番。それにとってもキャワイイの。わたしの想像を全て超えていく。今はまだヒトミちゃんには及ばないけど、素材と素質は十分よ。イツキちゃんを上手く成長させられるかでリーダーとしての手腕が試されているわ」
“犬養樹”
・“リトルキラー”キャップ……3000円
・“リトルキラー”バッジ……プライスレス
・“リトルキラー”Tシャツ……6500円
・高級ジャージ上下……100000円
・高級スニーカー……50000
計159500円
Interview with Itsuki Inukai
「……」
「イツキちゃんに代わってお答えすると、彼女は大きな変化を遂げたばかりなの。形からでも変わっていくべき。そういう訳でわたしのお気に入りのラジオ番組“ヘプバーンのオウムファイト100本”の公式グッズのシャツとキャップ、そしてお笑いコンビ・ヘプバーンのコニーのコーナーでハガキを読まれた証であるバッジをつけさせたわ。ロンドンのストリートの不良娘みたいでキャワイイでしょ? 犬養樹に“ヘプバーンのオウムファイト100本”! わたしの好きなものだけで作られてる最高にキャワイイ存在。目に入れたい! 瞼と眼球の間に挟んで瞳でナデナデしてあげたいくらい!」
〇
「次はヨシツネね。こいつのことはあまり好きじゃない。根拠のない自信に満ちてイキってる増上慢で薄気味悪いナルシスト。自分のことを強いと思ってるようだけど体型は幼少期から現在に至るまで豆苗しか食べてないぐらいのガリガリチビよ」
“ヨシツネ”
・黒のタートルネック……2980円
・太陽の塔Tシャツ(手作り)……700円
・スキニージーンズ……3980円
・スニーカー……3980円
・刀A……5000円
・刀B……1000000円
計1016640円
Interview with Yoshitsune
「芸術は爆発だしYOLOだ。YOLOってのはYou Only Live Onceの略、人生は一度きりって意味。平安と令和、二つの時代を生きてる俺が言うのもおかしな話だが人生は一度きりって考えなきゃ糸が弛む。パッと花開こうぜ。刀は今まで、日光で買った土産物の模造刀を使っていたが、斬れる刀が必要になって急遽、燈に立て替えてもらって業物を買ったんだ。その名も“殺死悲狩”! 試し斬りは済んでる。このヨシツネ、二度目の生で初めてローンを組んだぜ」
〇
「最後はバース。期待のニューカマーよ。誰より経験豊富で頼れる実力者。入ってまだ五日だけど、わたしからバースに教えることなんて何もない。わたしたちに一番欠けていたのは実績、経験。最後のピースが埋まった。彼の実績は知っているけれどパーソナルな部分はこれから知っていきたい。そういう意味でもフレデリカが間に入ってくれて、バースを知る機会を作ってくれて嬉しいわ」
“バース”
・ロンドンの高級テイラーのスーツ……350000円
・ベスト……150000円
・ネクタイ……3500円
・スラックス……130000円
・シューズ(ブローグではなくオックスフォード)……100000円
計733500円
Interview with Bass
「今の俺に求められていることはわかっている。所詮、俺は外様で無知な怪獣だ。時は来た。それだけだ」
〇
“駿河燈”
・ワンピース……4980円
・サンダル……6980円
計11960円
Interview with To Suruga
「清貧って言葉は好きじゃない。わたしは好きでこういう恰好をしているの。みんなのコーディネートを見れば経済的余裕がかなりあることはわかるはず。体のラインもわたしは今のままでいいと思ってる。フカフカでムチムチな体型の女の子が好きなのは男の子だけよ。女の子はみんな、ヒトミちゃんやイツキちゃんやわたしみたいなスレンダーな子の方が好き。あまり面白いインタビューにならなくてごめんね」
今日はここまで。バーイ。
〇
「……」
「どうしたのヨシツネ。人生と人格がハリボテ過ぎて死にたくなった?」
「燈、お前が作ったこのマッチメイク表。今のところ上手くいってるな」
イツキが清書したマッチメイク表は高級な墨の光沢で輝いている。ファッション誌のインタビューを終えたヨシツネはそれを見て気が付いたのだ。刺激的なネタが欲しくて犯罪組織にインタビューした新人記者のフレデリカは多分、最恐編集長“マイコラスを着た悪魔”に金属バットフルスイングをブチ込まれるだろうが、イツキとバース以外のトーチランドの面々の自己顕示欲は満たされた。イツキの自己顕示欲も、書に認めることで満たされる。このマッチメイク表は力作だ。
都築カイvs犬養樹
フジ・カケルvs犬養樹
メロン&メッセvs目ヶ騷夜
寿ユキvsヨシツネ
飛燕頑馬vsアブソリュートマン:XYZ
都築カイと犬養樹は種子島で死闘を繰り広げ、勝利を手にした都築カイは燈に惨殺された。
そしてバリアーに目覚めた犬養樹は幽閉されたフジ・カケルと模擬戦闘を行った。
メロンこそ参戦しなかったが、メッセと目ヶ騷夜の戦いは、燈がヨルの“人間としての才能”を見込み、解き放つための負け戦でもあった。
「お前らしくないな燈。フジvsイツキはきっとお前の計画通りだろう。フジの強さはちょうどよく、倒せば自信をつけられるが負けても傷つかない程度だからな。バリアーが被らなくてもイツキが戦うにはいい相手だ。メッセvsヨルもメロンが参加しなかったのは想定外かもな。だが予告まで出しておいてあそこでジェイドを殺すのはらしくないな」
「……あぁ?」
徐々に自覚が出てくる燈自身の感情。それを代弁するかのようにヒトミがヨシツネにメンチを切った。
何故、イツキ、ヒトミ、ジョージ、ヨルのことは愛せるのに、カイ、ヨシツネ、ベンケイを愛せないのか。それは自分で作ったものだからだ。托卵ゴア族の四人は燈が頼んだ訳じゃないがこの世に誕生し、外庭の遺志を継いで彼女が引き取って鍛えた。だがカイ、ヨシツネ、ベンケイは自分で作った生命体だ。お腹に十月十日で生んだカイと遺伝子工学で製作したヨシツネ、ベンケイと違いはあるが、燈は自分自身で生んだものを愛せない。自分で生み出したものに欠点があれば、その原因と責任を自分のせいだと感じてしまうからだろうか。
ヒトミが意見すれば予告を破ってまでもジェイドを殺すのに、ヨシツネからの意見は内容に関係なく燈をイラつかせる。
「なぁみんな! 率直に、腹を割って忌憚なく話そう。ジェイドは死んだと思うか? 俺はそう思わない」
「何を仕切ってんだオイ。調子に乗るなよ」
「そういうお前はどう思うんだヒトミ? この中で燈の次に発言力があるのはお前だ。慎重に答えを選べよ」
「わたしの意見はロードの逆張りよ。それはロードへの反逆じゃない。ロードの意見を検証するため。ロードがジェイド生存派ならわたしは死亡派だし、ロードが死亡派ならわたしは生存派。お前と違って信頼関係があるからねぇ」
「イツキはどう思う?」
ヨシツネに手を向けられたイツキはジャージの裾を掴んで視線を逸らし、不愉快そうに貧乏揺すりをした。そして何か言おうと何度か口を震わせた。彼女はヒトミと逆で燈に同調したいのだ。
「死んでると思う……。ロードの花火に生身で耐えられるとは思えない。ロードの予告が破られるのは残念だけど、ジェイドは死んだと思う方が前向きになれる」
「イツキちゃん……。よく出来ました! その答えがあってるかどうかはどうでもいいの。イツキちゃんがちゃんと意見を言えたことに感激! 前向きに進もうとする姿勢も百万点よ」
清貧ボディと清貧ワンピースでイツキを抱きしめてナデナデしてやつた。
「バースは?」
「ジェイドは生きてるだろうな。燈の爆弾ってのは建物一つ壊せなかったんだろう? レイはデラシネのとんでもない爆発から生還した。アブソリュート人は姿こそ地球人でも強さは同じじゃない。その辺はお前が一番わかってんじゃないのか? 燈。認めたくはないがジェイドは最強で無敵だ。頭と心臓を切り離して、それぞれ百光年離れた場所に一年隔離してようやく死んだと言えるだろう」
これぞまさに燈が期待したバースの経験と実績。ごく短時間だが、福岡でバースは巨大化したジェイドと戦っている。ジェイドはアッシュにバトンタッチしたが、あのまま戦えば敗北は時間の問題だった。
「燈は?」
「死んでてほしいね」
ヒトミも腕組みをしてマッチメイク表の前に立ち、ヨシツネの表情を窺う。そして燈の開発した犯罪に役立つアプリがたくさん入ったスマホをパチパチタップする。
「ヨシツネ。提案がある。いや、みんな聞いて。ヨシツネとレイを戦わせよう」
「うん?」
「ヨシツネが調子こいてるから懲罰でレイにぶつけるんじゃない。ヨシツネ。お前はここにきて“喜”に座る時、ジェイド対策とメッセ対策があるって言ったわよね? わたしも聞いた。悔しいけどお前のジェイド対策は理に適ってた。そしてそのジェイド対策は今、レイにも通用する可能性がある。それでレイを倒せれば最高だし、お前のジェイド対策はジェイドが生きてた場合に治療やリハビリが不完全なまま無理矢理復帰させることが出来る。予告通りにヨシツネvsジェイドになりますよ。それにお前のジェイド対策がレイに通じれば……バースの気持ちの整理になる」
「ほほう。悪くないだろう。だが俺の作戦は場所を選ぶぞ」
「それがピシャリなのよぉ。レイの現在地は、上野」
ヒトミのスマホでは、燈の描いた人相と頭の悪い頑馬の似顔絵が上野で点滅している。夏休みの上野公園には、博物館、美術館、動物園、不忍池、アメ横と人の出入りが見込まれる。ヒトミの言う通りヨシツネのジェイド対策の条件にピシャリだ。
「どぉすかねぇロード。ダメなら退けばいいと思うんですけど」
「異論はないわね。やってみる? ヨシツネ」
ヨシツネはニヤリと笑い、ここまでずっといたのにシカトされていたベンケイの肩にそっと触れ、視線を交わしてどちらともなく拳を突き出して叩き合わせる。
「ああ、そろそろ待つのは限界だったしな。行くぞベンケイ。天狗たちに準備をさせろ。燈、三分で用意する。頑馬が上野を離れる前に転送してくれ」
「期待してるよ、ヨシツネ」
燈も自らの心の欠如に気付きつつあった。自分で生んだものを愛せない一種のネグレクトを否定すべく、ヨシツネを必死に肯定する。彼を愛せるようになるために、自分の能力に因んで「芸術は爆発だ」を決めゼリフにしたんだから。
〇
「ああ、わかった」
不忍池のベンチで頑馬が電話していた相手はメッセだ。メッセはメロンとゲームの特訓をし、さらにフジの失踪、バース脱獄の知らせを受けていた。フジの失踪……。あいつなら雲隠れするくらいはおかしくないが、彼についていた分身メロンも同時に行方不明になったので不安が募る。バースは頑馬にとって最後の希望だった。戦力、信頼、そしてユキに比べると性能が低いがポータル。バースがポータルをパワーアップさせることが出来れば戦える範囲は広くなるし、敵の根城にアクセス出来たかもしれないのに。
「敵の気配だ」
「思ったことを全部言うとオツムの程度がバレるぞ頑馬」
「なんだ、お前か……」
夕日を背にヨシツネの小さな影、ベンケイの巨大な影、天狗軍団の怪しい影が頑馬を覆う。妹の仇をとるためにブッ殺してやろうと激しく燃え上がる“レイ”の気持ち。敵を理解し、許し、浄化するために力を奪う正義の“アブソリュート”の気持ち。実際にヨシツネと対面すると彼の心に真っ先に去来したのは哀れみだった。最初から最後まで生き方を定められた悲しき存在。ヨシツネの人生の展開に、ヨシツネの制作者にとっての想定外はない。
「今度はちゃんとお前を斬れる刀を持ってきたぞ。こいつが試し斬りの結果だ」
ヨシツネがリュックサックから五枚重ねた極厚ビニール袋に包まれた赤黒い塊を頑馬に投げつける。咄嗟にキャッチした頑馬にヨシツネが突きを放ち、ビニール袋に穴を開けると粘ついた液体と吐き気を催す悪臭が漂い、観光客たちが距離をとる。もう天狗コスプレ軍団のフラッシュモブには見えない。悪臭を伴うテロ行為だ。ビニール袋からゴロンと、老婆の頭部が転がり落ちて骨と肉の壊れるグシャという音がした。
「平徳子……。ヨシツネェェェ……。お前!」
「蘇りも若返りもある。お前の妹は生きてるかもな? 燈の目的は初代アブソリュートマンを最強にすること。地球なんざどうでもいいんだ。俺が貰う。美しい姿で蘇った徳子殿、待っててくれ!」
ベンチから立ち上がった頑馬の背後にベンケイが回り込み、右手側には中肉中背の天狗、左手側には長身痩躯の天狗が立つ。前後左右を取り囲み、一定以上の距離を保つ。残った十一人の天狗はさらに分散したフォーメーションだ。
「言ってみろよ」
「何?」
「死後の世界がどんなものか言ってみろよ。お前らがジェイドをどこに送ったのかをよぉ! ンンンな訳ァねぇよな! ジェイドが死んでもお前みたいなものと同じ場所に行くはずねぇ。そもそもジェイドが死ぬはずねぇ。パチモンが!」
「答え合わせはあの世で妹とやっやんな。すぐに弟も送ってやるからよ」
頑馬の筋肉が隆起し、真正面のヨシツネに拳の矢が放たれる。ヨシツネは動揺することなく冷静にバックステップするが、偽札工場での戦いの通りに後退するヨシツネと進撃する頑馬では歩幅が違う。逃げられるはずない! ……はずだった!
「ジェッ!?」
後方のベンケイ、左右の天狗から同時にローキックが頑馬に叩き込まれる。ヨシツネが逃げるには十分なほどに歩幅を削ぎ、時間を稼ぐことに成功した。そして誤差およそ〇.九秒以内のタイミングで三方向から同時に殴打! 後方のベンケイ以外は警戒に値しないダメージだが、頑馬の勘は既に回答を導き出していた。
前後左右! 四人で頑馬を取り囲めば、必ず誰かはフリーになる。さすがの頑馬も四人同時に相手にするには骨が折れる。しかもただキレただけのチンピラが四人同時に襲い掛かってくるのではない。役割分担と守備範囲に隙間のない、リハーサルを何度も重ねた綿密な策。ヨルと鳥人間のような攻撃することだけを考えた即興コンビじゃあないのだ!
「相変わらずセコいな」
「9号&10号! ライト!」
ヨシツネが後退しながら号令を出すと頑馬の背後のベンケイが両眼を閉じる。そしてヨシツネの背後から超強力軍用ライトを持った天狗9号、そして悪質なフーリガンがサッカー選手に照射するレーザーポインターの10号の光撃が頑馬の顔面に浴びせられる。幸いにも頑馬のメガネはサングラス。メガネの遮光が薄いフジ、ユキ、カイだったならこれだけで視力に激甚なダメージを与えただろう。頑馬も目を閉じて直撃を回避したが、十五人の敵は容赦しない!
「アーンド、キック!」
ベキッ! 左右の天狗と後方のベンケイからのキックが頑馬の筋肉を振動させる。この状況、結構ヤバくないか!?
「ジェアアッ!」
大声で威嚇し、距離をとりたいが懐中電灯とレーザーポインターは危険すぎる。特にレーザーポインターが瞳孔に直撃した際のダメージは計り知れない。最悪の場合は瞳孔が傷ついて変身不可になるか、失明……。それを避けるべく、頑馬は左目を閉じたまま戦わねばならない。
「左がお留守だァ! キック!」
誤差〇.九秒以内のシンクロ攻撃! 着実に頑馬にダメージが蓄積していく。確かな手ごたえを感じる天狗たちのモチベーションが上がっているのか、キックから迷いが消え威力が増してきた。
「Nooo! Why Japanese People!」
「OMG! OMG!」
死角になっている頑馬の左側が慌ただしくなる。悲鳴を上げる外国人に聞くに堪えない異音、続いて物の焦げる異臭、肌で感じる恐怖と悪意。
「俺の天狗軍団に社内ニートはいねぇ。全員働いてもらうぞ!」
「~~ァッ!」
頑馬が到底観光客にはお聞かせ出来ない究極の悪態を吐いた。自分を囲むヨシツネ、ベンケイ、二人の天狗、頑馬の顔にライトとレーザーを照射する妨害要員。その他の天狗は人を襲って建物や自然を破壊し、さらに頑馬を焦らせる。数に物を言わせた極悪の連携プレーだ。
この先のタネ明かしをすれば、頑馬を囲む天狗が疲れれば妨害要員と破壊・襲撃要員と交代し、頑馬は常に四人に囲まれることになる。上野は人も多く、歴史的に価値のある建物や文化財が多い。破壊と襲撃を可及的速やかにストップさせなければ、と頑馬……当初の予定ではユキをハメるにはもってこいの立地だ。
そしてこれに激怒するレイなら、もうバースの理想のレイではなくなっているのだ。
「ライト、アンド、キック!」
バキィッ!
「ジャアラァアアア!!!」
この飛燕頑馬。強者との戦いを好んできた。頑馬が挑戦し、そして頑馬に挑戦する相手は力量の差に関わらず誇りある暴力を振るってきた。こんなにフラストレーションの溜まる戦いは初めてだ。さっきよりも遠い場所から外国人の悲鳴が聞こえてくる。天狗の破壊、襲撃範囲が拡大しているのだ。
「グッ」
頑馬が左腕を振り上げる。会津若松ラーメンぐらいの極太の血管が怒りで浮かび上がっている。だが振り上げただけの左腕はフラストレーションでブルブルと震えるだけだ。
「そいつで左目を覆うってのかい頑馬。好きにしな。俺たちはアリのように散らばるだけだ。全員踏み殺すってんなら上野を潰す覚悟が必要だ。それよりもそのグラスを外す勇気があるか? 俺たちのライトは強烈だぜェーッ! どぉれ一発お見せしますかねェ! ライト!」
ヨシツネの後ろにポジショニングをとっている天狗9号のライトのスイッチが押された! 咄嗟に顔を庇う頑馬の後ろに影は伸びなかった。瞼を突き抜けて強烈な光が差し込んでくるはずのベンケイはヨシツネの号令と一致しないイレギュラーを察知し、マニュアル通り一度頑馬から距離を取る。
「……?」
ベンケイの目の前にあるのは依然変わらず頑馬の後頭部だ。しかし頑馬の頭の角度が違う。頑馬は真正面のヨシツネではなく、斜め下を見下ろしているのだ。頑馬より先で焦点を結ぼうとすると……。
「テアーッ!」
SPLAT!
ベンケイの瞳、口を経由して喉にオーラでコーティングされた水滴が直撃する。瞳孔がグシャグシャに破壊され、眼球の内部で水滴が弾け飛んだ。頑馬の反応で何が起きたか直感で察したベンケイの気道に侵入した水滴を誤嚥し、たった一滴で溺れる。
「……すまねぇ。俺にもっと力があればお前は休めたのに……。すまねぇ。情けねぇ……」
「戦いに飢えているのはあなただけじゃないわ、頑馬」
数メートル後退したヨシツネは刀の峰に触れ、タフな笑みを浮かべる。寿ユキはやっぱり生きていた。もう復活出来るってのは想定外だったが、ヒトミの言う通りに無差別に破壊と襲撃を行うこのテロ連携は寿ユキを引き摺り出した。ヨシツネvs寿ユキは、予告通り実現した!
「狼狽えるな! 敵が一人増えただけだ! こっちはまだ十五人もいる。やることは変わらない! 当初の予定ではジェイドを囲むはずだっただろう!? そのままやるだけだ! ジェイドは俺がマークする! 天狗1号! ベンケイが復帰するまでお前が指示を出して頑馬を囲め!」
ヨシツネの喝が不忍池の水面を揺らす。やってることは姑息だが、プライドは、ある!
「クロァ!」
「テェッ!」
ここまで囮と生存に徹していたヨシツネは天狗を鼓舞すべく勇敢に寿ユキに斬りかかる。最強の戦士は神器ジェイドセイバーで受けに回るが、ジェイドセイバーは地面に垂直だ。まだ回復が不完全なのだ。本来の寿ユキなら力でも技術でも少なくともヨシツネとは対等。いや、明らかに上だ。しかし今のコンディションではそのどちらもヨシツネを下回っている。
ヨシツネは己を鼓舞する。ジェイドは最強、ジェイドは無敵! あの爆発と燈が麩菓子を食べたくなる黒焦げからたった五日で復活したこいつは化け物だ! だが“強さ”とか“すごさ”ってのは全盛期の数字でしか語られない。あのイチローだって病気になった時はすごくなかった。コンディション不良という不確定要素があるからこそ、ジャイアントキリングは起こりうる!
「病み上がりをイジめるのは心が痛む、なんてこと、平安時代の戦で言えるか? 俺は気にしない。悪いね」
ヨシツネのお喋りの間にユキが後退し、ジェイドセイバーの鍔の勾玉に触れる。そこから光の輪が急速に広がり、最も遠くで暴れて焼きそば屋台から食べ物を強奪していた天狗4号まで輪の径に収められた。
「ジェイドリウムか。俺たちを丸ごと異空間に転送するってのかい? 調べはついてる。やってみな」
ヨシツネを包む風景が流れて細長い線になり、天地の回転が始まった。上下左右もない転送途中だが、ヨシツネには想定済み。
「点呼ォ! ベンケイ!」
「おう!」
「1号!」
「ファイッ!」
13号までの確認が取れた。全員転送されたようだが、ここでまだ襲われないということは、ジェイドリウム内に頑馬はいないということだ。話で聞いていたよりも転送に手こずってるようだが、敵のコンディションが想定よりも悪いに越したことはない。点呼終了から約三秒経って風景が安定し、先程までと同じ上野公園にヨシツネたちは立っていた。
「よし、全員いるな。ジェイドリウムに送り込まれたが、ミーティング通りだ。ジェイドリウムの中で暴れられ、破壊されるとジェイドはここに俺たちを長く閉じ込めることが出来なくなる。しかもジェイド自身はジェイドリウムには入れない。中で時間切れまで追い込めばジェイドは無力だ。やることは変わらないぞ! ただし頑馬がいない分、さっきよりド派手にやってやれ! 積極的に放火するぞ!」
「ガッチャー!」
天狗たちが男子校の部活みたいな返事をする。放火の前科者である天狗6号、本名はロイズという。お調子者でもある6号がイキイキして無人の屋台のガスボンベのガスに穴を開ける。
「どけオッサン! ケガするぞ! 老体に焼きそばはよくねぇぞ! 薄めたつゆで温かいそばを食いな! キィーキッキ!」
「キッキッキ! 6号のやつ、やぁさしぃ~」
6号と仲良しの2号も一緒になって修学旅行一日目の夜みたいなテンションになっている。ん? ヨシツネの脳内に緊張が走る。
「おいオッサンって誰だ!? 俺たちの他に誰かいるのか!? 6号! 無事なら挙手しろ! 血が流れてからじゃ遅いぞ!」
ぴょこんと屋台の陰から天狗6号の掌が飛び出した。かつての放火でミスってしまい、指紋と掌紋が焼失した右手だ。挙がったことにほっとするが、その掌を見上げるヨシツネの視線はどんどん上昇する。やがて天狗6号の掌と天狗6号を繋ぐものが手首から流れる血だけであること、視線が落下し始めた今はもう繋がっていないことに気付く。
虫の息で這ってきた天狗6号の鼓動が止まる。彼を斬った鋭い刃からは可視出来る程の殺意が発露し、冷酷で残忍な光に目が眩みそうだ。頑馬のような荒々しい風貌ではない。だがユキほど優しそうでもない。フジほど空気は緩んでいない。凪のような静けさの紺の道着と、一人殺したばかりなのに何事もなかったかのような無表情がさらに恐怖をあおり、天狗たちはヘビに睨まれたカエルのように足が竦んで動けなくなった。
天狗たちは覚悟した。ああ、これから俺たちは死ぬんだな、と。今から俺たちはこいつに殺されるんだ、と。そしてついに、ヨシツネの視覚とリンクする燈の千里眼も先客の姿を映し出す。
ジェイドを殺した時以上の前代未聞な燈の動揺が視神経を通して伝わってくる。
「ヨシツネェェェ!!! 今すぐ逃げなさい!! そいつはジェイドやレイよりもヤバい! そいつは確実に殺しに来る! だからここにいる! ジェイドやレイと違っ……。そいつが! そいつが!」
間のフィルムが何枚か抜かれたように、過程が見えないまま天狗8号が胸を斬り裂かれ、血の花を咲かせながら喀血し、血に伏して自分の血で溺れる。
ヤバいヤバいヤバい!
姑息な策でアブソリュートを陥れようと目論んだ天狗軍団の悪意など、この男の強大で研磨された殺意の前では蚊の針だった。今までにないヨシツネの危機に、ようやく燈はヨシツネへの愛着を感じられた。死んでほしくないと初めて思った! ようやくヨシツネを愛せるかと思ったのに……。
そう! 刃から血と殺意を滴らせるこの老人こそが! “不屈の戦士”“鋼鉄の正義漢”“鬼人”と呼ばれ! アブソリュート史上で最も偉大な戦士の一人に数えられる! レイ、ジェイド、アッシュの父親!
「アブソリュートミリオンよ!!」
アブソリュートミリオンの地球人の姿、セリザワ・ヒデオが刀を構える。だが一瞬だけ鎬に映ったヨシツネはまだ諦めているようには見えない。
「落ち着け! 何度でも言うぞ、やることは変わらない! 俺が前に立つ! 破壊・襲撃要員は全員妨害に回れ! ここ一本、凌ぎきるぞ!」
刹那、涙より先に天狗5号の血がヨシツネの目を濡らす。断末魔より先に歴戦の勇士の雄たけびが鼓膜を揺らす。
「ディアアアアア!!」