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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第16話 今でもあいつに夢中なの?

「こいつぁ珍客だ」


 古谷(フルヤ)春治(シュンジ)(20歳)。

 中学受験で中高一貫の私立の男子校に進学し、バスケ部に入部。上は高三、下は中一の厳しい上下関係に耐えきれず二年で退部。放課後の居場所を探して、地元の埼玉県和光市で小学校時代の友人と遊ぶ。

 短い部活動で先輩から教わった知識で武装し、少し大人びた少年として女子からはモテモテだった。鼎もそんな風に古谷くんに想いを寄せたミーハーで田舎者の少女だ。

 高校に上がると彼はアメフト部に入り、放課後の拠点を東京に戻した。

 その後のことはよく知らない。鼎も古谷くんも中学生時代からケータイを持っていた世代で連絡先も知っていたが、鼎には度胸、古谷くんには鼎に対する興味がなく、何も起きなかったため、古谷くんの高校以降の人生は今年の成人式で再会するまで知らなかった。


 地球人としては悪くない物件だ。フジに比べると身長がやや低いが、くりっとした目、バスケ→アメフト→ストリートバスケで手に入れた細マッチョ。洋楽や海外文化好きも変わらないようだ。スーパーボウルも欠かさずに観ているし、NBAもちゃんと追っている。染めた髪とピアスは珍プレーにならないように落ち着きがあり、ヤンキーではない「海外かぶれのイキリ大学生」として完成度が高い。タバコもコンビニじゃなく専門店じゃなきゃ買えないようなマイナーな銘柄だ。加えて大学も所謂難関私立であり、まだ就活には間に合う。家も裕福で本人もバイト……ではなく、人脈を活かした「知人の手伝い」で収入を得、キューバ、モンゴル、イスラエルなどに長期間一人旅に出て、旅のアウトプットとして旅行記を書いている。もちろんそういう人脈の相手にはLINEなんて使わない。見たこともないようなSNSでやりとりする。ここまで来ると就活すらいらないかもしれないぞ。

 おいおいおい。フジ・カケルが勝っているのは身長と家柄と貯金だけだぞ。それだって一七四センチのフジは武器になる程の身長じゃないし、アブソリュートミリオンの息子という家柄は地球ではあまり通用しないし、貯金は異星人の闇カジノから強奪、つまり犯罪で得た金だ。


「ごめん、待った?」


「俺が早く来たかっただけだよ。確かここには『ONE PIECE』が全巻揃ってたから、久々に読もうと思ってな」


「中学時代も『ONE PIECE』好きだったもんね」


「昔はな。だが、木村拓哉だの、矢口真里だの、ファンキーモンキーベイビーズ加藤だの、『ONE PIECE』好きを公言したやつらが一体何をした?  『ONE PIECE』から仲間の大切さや絆を学んだって言ったくせに仲間と決別して不倫してる。何を学んだんだ」


 成人式で見た古谷くんは相変わらず大人びていた。地元の喫茶店に待ち合わせ時間よりちょっと前に行くと、古谷くんは既にブルーマウンテンを一杯空けながらマンガを読んでいた。自分やフジがバカみたいに熱中しながら読むのではなく、冷やかすような読み方。あぁこれだ。斜に構えた悪童のスタンス。忘れられない片想いの相手。

 鼎はこの五年で積み上げたもので捨てて古谷くんに挑む。即ち、フジ・カケルが「評価すべき」とした“オタサーの姫”という望月鼎の素質と技術の最大公約数を捨て、一般的女子大生スタイルで臨んだのだ。


「まだラップとか好き?」


「まぁね」


「わたしでも一曲歌えるかな?」


「フッ、望月が? どうしたどうした。Sッ気のある彼氏に甘噛みでもするってのか?」


 上目遣い。駿河燈襲来前のオタサーなら瞬殺出来た必殺技だ。

 ジョーク。中学時代のように先輩から教わった知識をひけらかすのではなく、自分の知識や経験をセンスと交えて自分の言葉に紡ぎ直すインテリのアクロバット。

 進学した大学の学生数や偏差値の差か、埼玉と東京しか行き来しない鼎と、日本、キューバ、モンゴル、イスラエルを旅した古谷くん、その行動範囲の差か。人間としての器が、底が、天井が違う。


「彼氏なんかじゃないよ」


 その言葉を急がず、そして躊躇わずしっかりと言えたことにホッとする。古谷くんに未練がないと言えばウソになる。だが思えば古谷くんはあの頃からずっと手の届かない人だった。この五年間で得た経験値が同じでも、五年前の時点でかなり差のあった鼎と古谷くんの人間力の差は縮まらず離れたままだ。鼎も中学時代から多少成長し、ないものねだりをしない、勝てない相手には挑まない、身の丈に合わないものを望まないなど、心にダメージを負わないために脅威を避ける機能を備えた。これは弱者にとってはスカウターにも等しい機能を持ち、相手の人間力を見極めることで手痛い敗戦を逃れることが出来る。しかも旧式のスカウターと違って対象の戦闘力が測定不能の値になっても爆発したりはしない。駿河燈のように戦闘力を自由に上下させるタイプにはまだ対応していないが、攻めてくる相手からも毎回逃れるようでは、鼎は人生で何も手に入れることが出来ない。敗北するかもしれなくても、守るために挑まなきゃいけない戦いっていうのものがあるのだ。それはオタサーであり、フジ・カケルであり……。いくら駿河燈や古谷くんが強いからって手に入れたドラゴンボールを全て差し出すわけにはいかないのだ!


「勘違いだったらごめんな。昔、お前は俺のことが好きだったんじゃないかな」


 そして今、スカウターの数値が爆ぜる。




 〇




 都築カイを取り巻く人間模様のカクテル光線は、カイの歩みで電球に近づき、もとの色がハッキリと見えてきた。

 簡単に言うなら、寿ユキvs駿河燈。立場も信念も地位も力量も揺るがない二人のリーダーは、アブソリュートマン:XYZ、都築カイ、飛燕頑馬、メッセ、フジ・カケル、イツキ、ヒトミ、ヨル、ジョージ、ヨシツネ、ベンケイなどを取り合ったり押し付け合ったりして周囲を固め、来るべき戦いに備えている。

 徹底抗戦の構えを取り、明確に寿ユキへの殺意を抱いて目標がしっかりしている駿河燈の方がチーム力が上か。史上最悪の大エース、アブソリュートマン:XYZ擁する駿河燈に対し、寿ユキのエースは寿ユキ。兼任監督は疲れるなぁ。だからこそ飛燕頑馬の補強と、彼が想像以上に逞しくなりエースを張っても恥ずかしくない強さになったことは寿ユキの負担を大きく軽減した。信じあい、頼りあう。兄弟や家族とは本来こうあるべきなのだ。

 この短期決戦において寿ユキは都築カイの育成までしなきゃいけない。エース兼監督兼コーチ。激務だ。エースとしては頑馬、監督としての仕事も作戦担当コーチのメッセとヘッドコーチのメロンのおかげで助かっている。ユキ本人はカイのコーチを重点的にやりたいのに……。

 そして時に、監督はプレス向けのパフォーマンスも求められるのだ。


「ネクタイの締め方わかる?」


「ネットで調べたからわかるけど激ムズ」


 アブソリュートマン:XYZの魂に使われた怪獣たちの供養というのもプレス向けのパフォーマンスと一笑に付されればそれまでだ。怪獣や異星人を倒すこと……。アブソリュート人の間でもそういった行為への議論は終わらないし、終わるべきではない。人間は犯罪者を逮捕し、裁判を受けさせ、罰を与える。だがアブソリュート人は逮捕と裁判をスッ飛ばして、侵略や破壊に対したった三分かそこらの時間で「死刑」と断じて執行している、と批判する者は内外にいる。怪獣を保護することに特化した戦士もいるし、独断専行での死刑が正しいとする者、怪獣や異星人との戦いを力比べと捉える者……。意見交換や個々のスタンスの確立はアブソリュートの義務教育では必須だ。それでも答えは出ない。逮捕や捕獲、裁判が出来るのは、最前線で正義を執行する戦士に余裕があるかどうかで決まることもある。アブソリュートミリオンはそのあたりは過激派だったかもしれない。少なくとも、地球で彼と戦って命拾いした敵はいない。正しい答えなどないのだ。

 アブソリュート・ジェイドの手も血で汚れている。多くの敵の夢を砕き、命を断ってきた。彼らの夢と命を全否定せず、その礎の先にある正しい未来を掴むための意思表明、それが怪獣供養なのだ。ジェイドの中での答えはそうだ。


「頑張って。礼服買ったからバイト代フッ飛んだでしょう? わたしの自己満足なのにごめんね」


「それはいいよ。ユキの言う通りだ。冠婚葬祭のマナーも覚えないと。……XYZを昔倒したんだって?」


「ええ。わたしが十五歳の時。XYZが怪獣軍団を率いてアブソリュートの星を襲撃したの。あの頃、レイは旅に出ていたし、アッシュはまだ生まれていなかった。わたしがXYZを弱らせて、六人のレジェンドのカギでXYZの魂を封印した。六人のレジェンドの弾はカイも持っているでしょう?」


「うん」


「あの時、既に死者だったXYZをどうやつてこれ以上殺せというのよ」


「僕に言われても」


「あなたがXYZの息子でも、あなた自身は悪じゃない。あなたはわたしが名付けた通りに探求者(シーカー)。自分の在り方は自分で見つけるべきよ。わたしはその答えが正しいものであるように導くだけ」


「気になるのは母親の方だよ。マイン? あの人が僕の母親?」


「そうなるのね」


「……」


 怪獣の供養は、ジェイド、アッシュ、レイの活動拠点である日本で普及している仏式にて執り行われることとなる。海遊びをドタキャンした和泉は呼んでいない。ドタキャンしたからでなく、地球人である和泉にとって怪獣や異星人は地震雷火事親父以上の災厄であり、恨みこそすれ供養など出来はしないし、仮にも地球人の公務員である彼は、異星人の自己満足に付き合えるほど暇ではないのだ。よっぽどひねくれていない限り怪獣は忌むべき存在。それを弔うなんてのは、怪獣より強いアブソリュート人にしか許されない傲慢なイベントだ。そのため、式を執り行うのは仏門に入った異星人の和尚である。

 頑馬、メッセ、メロンは既に礼服に着替え、会場入りしているが、フジは本当に来なかった。それを責めないのは、やはりユキの中でもこの怪獣供養がどこか的外れであるとわかっているからだ。レイのような中堅に差し掛かりつつある若手ならば、怪獣に対する自分のスタンスを確立させつつ、他者の意見を尊重して同調することは出来るが、アッシュやシーカーにはまだ経験が少なすぎる。真っ新なシーカーならまだユキの色に染めることが出来ても、既に殺しを経験したフジは……。自分の着地点を見つけつつも、答えはまだ宙ぶらりんだ。


「カイはこの供養をどう思う? 上手くいけば現在のXYZを弱体化させることになるし、XYZを操っているお母さんの邪魔をすることになる。……意地悪な質問だったわね。忘れて」


「僕はまだ誰も倒したことがない。ジョージには勝ったって言えるのかな。人の目的を挫く行為ではあるけど、譲り合いや話し合いが通じない相手もいる。あの狼の巫女はそうだった。あの人は僕やケンヂを殺そうとしたし、町を焼くことにも抵抗がなかった。ただの悪人だったら否定するだけでいい。でも善悪がブッ飛んでしまった相手は難しい。多分、母は前者だ。ブッ飛んでるだけの敵よりも、まだ希望が持てる。逆に、母ももうマトモにはならないってわかった時の悲しさは深い」


「優しいのね」


 話したこともないお母さんを気遣えるなんて。


「アレ? 名簿に名前がない? 意外と気が利かないなぁ。来るって予想は出来たはずなのに」


 出た! 駿河燈だ!

 予測出来るならしてみろと言わんばかりに、右腕である因幡飛兎身と寵愛する犬養樹を引き連れ、怪獣供養の場に突如出没した。どこから? いつから? ユキにさえまったく見当がつかない、異次元の瞬間移動。まるで同じ能力を持つユキへの鞘当てだ。

 燈は黒を基調としたセーラー服、ヒトミとイツキは普段のトチ狂ったようなド派手な衣装ではなくマナーを弁えた礼服だ。燈も部下に冠婚葬祭のマナーを教えたいのか、きちんと香典も用意して芳名帳に名前を記入する。金はヨシツネ工場長のゴアの偽札じゃなく日本円だった。


「大丈夫だよジェイド。ヒトミちゃんはこう見えて人生経験豊富っていうか、とにかく優秀で空気が読めるから。イツキちゃんは少し多めに見てね。お葬式は初めてなの。変なことしそうだったらわたしが止める」


「お母さん、ですよね? 僕です。カイです」

 

「プッ、神にもヒトにもアブソリュートにもなれなかった半端者が人間ぶって葬式ごっこなんてウケる。木梨憲武の細胞は入れてないんだけど? ああ、木梨憲武は葬式出された方か。石橋貴明の細胞は入れてないんだけど、タカ・タナカ? 確かにお前はジャイアンツの助っ人ね。葬式のマナーならメロンに教われば? 早くに旦那さんと娘さん亡くして慣れてるんじゃない? あぁ、そういえばその時はメロンも外庭くんに手術されたばっかりで植物人間だったから葬式には出てないのか。ご愁傷様でぇす」


「……ッ!」


 知らなかったから期待を持ってしまったのか。母は悪人じゃないと、母は目を覚ませると……。フジやユキには余裕っぷりを見せるネチネチ嫌味おばさんの燈は、初めて会話を交わす息子に悪罵を極めた。その必死にも見える態度の違いが燈とカイが親子である証左なのか。ユキの表情は彼女の才能の一つである“冷徹”を押し出し、右手の指を二本立てる。


「仏の顔も三度までです。もうあと一回ですよ駿河さん」


「はいはぁい。この度はご愁傷様でした」


 急遽椅子を三脚追加し、最前列にユキ、カイ、メロン。飛び入り参加の燈、ヒトミ、イツキを挟み、後列に頑馬とメッセ。

 祭壇には怪獣たちの遺影が飾られる。妙な話だが、この怪獣供養の主催者はユキであり、彼女は頑馬、メッセ、メロン、カイ、燈、イツキ、ヒトミからの香典こそ受け取ったが、その他の費用は全てユキ持ち。そしてユキの貯金の大半は十五歳の時にアブソリュートマン:XYZを倒した莫大な額の報酬とそれを投資で増やしたものだ。

 結局復活させてしまったのなら受け取るべき金ではなかったのか? だがこれは供養。フジの中では外庭が死んでいるように、ユキの中ではXYZは死んでいるのだ。


「なんだァこのガキ……。ドコラモッテンコラァ……」


「頑馬、ここはわたしの顔を立てると思って落ち着いて」


「フン、ここで暴れるほど青くはねぇさ。だが本気で弔う気のやつと冷やかしの違いぐらい見ればわかるんだよ」


 トーチランドの主力Bトリガーの四種も弔われている。

 未来恐竜クジー。初代アブソリュートマンを最も苦しめた怪獣の一つ。死因は爆死。

 摩天楼怪獣センゴク。初代アブソリュートマンの記憶に残る怪力怪獣。死因は爆死。

 電后怪獣エレジーナ。美しい個体でメッセの祖母。死因は八つ裂き。

 悪食怪獣ウインストン。何もかもを胃袋に落としていく食いしん坊。死因は斬首による失血死。

 他にもゴッデス・エウレカ、ゴア族、マグナイト、バルバル、マステマ、クリア星人、ベムロス、フォレストン、エクトーブ、グボス、ホープチェイン、キングロッカ、海底遊牧民、キングゴッチ、アラリア……。歴代の戦士から受け継いだ戦いの歴史を、備えるべき脅威以外にも個々の生命として尊重し追悼する。それが礎というものだ。

 さすがに卒塔婆までは立てられない。今までに倒した全ての怪獣に戒名をつけていたらユキも財布がパンクするし、過剰に弔うことは地球を戦場にされた地球人の感情を逆なでする。よくメロンは付き合ってくれた。

 読経が始まり、焼香、献花と葬式のプログラムはつつがなく進行していく。燈の言った通りイツキはまだ葬式の経験がなかったので焼香は燈が方法を教えながらとなったが、やり方がわからないやつを放り出すのではなく、多少不作法でもつきっきりで場が荒れないように指導したことは燈なりの誠意でもある。

 カイにとっては複雑な光景だ。自分が製造された、或いは記憶を消去されたのは二年前。この二年間で冠婚葬祭に出席したことはないので彼も焼香のやり方はわからなかったが、師匠であるユキが事前にやり方を教えてくれた。母は血縁もないイツキに愛を注ぎ、つきっきりで……。ユキにポータルの腕前を見せつけたように、カイにも母の愛を見せつけたのだ。


「人間に最も効く毒物は罪悪感です。罪悪感はなくすことが出来なくても、整理することは出来ます」


 その後は何も起こらなかった。ガンガンに視線で威嚇する頑馬とメッセに絡むことも、メロンを無駄に挑発することもなく、ユキの挨拶で締めくくられた供養の場から、いつの間にか駿河燈とその部下は消えていた。いつまでいた? どこから消えた? 最後の最後まで超能力の一点における格の差をつきつけた。

 受付に駿河燈が現れた瞬間にユキの気持ちは折れかけていた。自分たちがいくら供養しようと、その魂を悪用する存在が冷やかしに来た時点でXYZの怨念が救われることはない。お前たちに出来ることは殺すことだけだと宣言されたのだ。そりゃあ燈も笑いをこらえられないだろう。噴飯ものだ。

 最も効く毒物は罪悪感? この場に来なかったアッシュがいつか戦いで勝ってしまったことを悔いるだろうと思っての発言だったのに罪悪感も誠実さのかけらもなく笑っているやつがいる。いったい自分たちに殺された怪獣たちの何がわかるというのだろうか。駿河燈はずっとその怨念に寄り添ってきたというのに。むしろアブソリュートへの復讐の手助けをする燈の方が怪獣たちにとってありがたい救いの神だ。




 〇




「フジ」


「おう」


「アンサーソングができた」


「……」


 怪獣供養を欠席したフジは無理矢理、鼎に声をかけて予定を入れていた。会うのは夕方からだが、頑馬に自宅に突撃されてもいいように真っ昼間からスマホゲームをしながら街を徘徊していたのだ。夕方に池袋か。飯田橋あたりからブラブラと歩く。

 頑馬からの自宅突撃を躱す他にも家にいられない理由はある。いてもたってもいられないのだ。鼎からアンサーがあったらどうしよう。ワクワクでもムラムラでもないムズムズだ。


「最近のパソコンってすごいね。一番上手く歌えたところだけ組み合わせてさぁ。最初は喫茶店で歌詞を考えたんだけど、ドウテイとか言ってると変な目で見られるからカラオケ行って……。ラップは難しいから『愛をとりもどせ』の替え歌に逃げようかとも思ったんだけど、あんたが身を削ったんだからわたしもそうしないと」


「その口ぶりだと一人でやったんじゃないみたいだな」


「古谷くんっていう男子と作った。中学時代に好きだった相手」


 メラァッとジェラシーの炎が燃え上がる! なんてヤブヘビ! 鼎を想ってディスラップを作ったのに初恋の相手のキューピットになってしまうなんて笑えない。悶々だ。


「でももう二度と会えないよ。あんなダサいラップ、忘れたいもん。一緒に作ってくれた古谷くんには悪いけど、古谷くんを見るときっとこのラップを思い出す。もう二度と会わないよ、きっと。もう成人式もないからさ、会おうと思わなきゃ会うことはない」




 〇


 MC・K インザサイタマケンワコウシジュリンコウエン フゥーウ

 宇宙のゴミを片付けてやるか!

 逃げ場はないぞ! くたばれ!


 わたしが鼎 かわいい姫 聴いとけクソダサドウテェ

 まずはシスコン治せよ マヌケ

 ダセェメガネをさっさと外せェ


 (以下略)




 〇




 さよなら、古谷くん……。

 フジはイヤホンを耳に突っ込んだまま頭を抱えてしまった。人の振り見て我が振り直せ、という教訓を今更省みるにはフジも鼎も捨て身過ぎた。でも心中してもらえるなんて男冥利に尽きる。


「鼎……」


「何も言うな……」


 さよなら、古谷くん。少しでも初恋に後ろ髪を引かれるなら、フジへのアンサーなんて放っておいて古谷くんに彼が読んでいなかった間の週刊少年ジャンプの内容を詳らかに話すことだってやぶさかではなかった。

 古谷くんは間違いなく、あの頃よりカッコよくなっていた。


 ……。


「勘違いだったらごめんな。昔、お前は俺のことが好きだったんじゃないかな」


「……好きだった」


「あの頃の俺はモテ期が来てたんだな。あの頃の俺はカッコつけることしか考えてなかったから今更気付いたよ。望月はあの頃からなんか少しトガってて、それがお前にとって大事なことだったんだろう。こんなことを言うと失礼だが、今のお前の方がずっと魅力的になってるよ。誰がそうしたんだろうな。そいつを好きになったから望月は可愛くなった。俺にはそうできなかったのに。妬けるねぇ」


 フジがいたから、鼎は五年越しに古谷くんに認められたのだ。お前はすげぇよ古谷くん。古谷くんに認められるには鼎とフジ、二人の力が必要だった。

 フジだ。いくら今の古谷くんに認められようと今はフジだ。勝てる相手とかそうじゃない。

 フジから鼎に送られたディスを古谷くんに聴かせ、クソダサラップのリリックを考えて歌って、古谷くん自慢のノートPCで編集して……。まだ古谷くんのことが好きだったら二人でこんなドキドキ共同作業なんて出来やしない。そして出来たフジディスラップこそが、葬った初恋に送るレクイエムなのだ。


「フジ。頑張ってね」


「何を?」




 〇




 その頃。ユキは燈から受け取った香典の封筒を開けた。さっき確認した時には、過不足ない金額が入っていたはずだった。だがさっきは入っていなかった、手書きの紙が封筒からヒラリと落ちてきた。


「……」


 ユキは冷徹を通り越えた氷の表情でその紙を畳み、握り潰す。


 都築カイvs犬養樹

 フジ・カケルvs犬養樹

 メロン&メッセvs目ヶ騷夜

 寿ユキvsヨシツネ

 飛燕頑馬vsアブソリュートマン:XYZ


 マッチメイク表だ。なんていう挑発。さっきはなかったはずものが入っているということは、式の最中か終わった後に、封筒の中に転送したということなのだろう。無論、ユキでさえできない芸当だ。ユキに狙いを定めた燈は徹底的に空間操作の力量の差で勝負を挑んでくる。

 何より、このマッチメイク表で気に障ったのは二戦目だ。フジを引っ張り出し、さらに相手は一戦目でカイと戦うことになっている犬養樹。燈は、カイとイツキが戦えばイツキが勝つのは決定的だと伝えてきた。カイには辛いはずだ。母の愛はカイに向けられることはなく、母が期待していて愛しているのはイツキなのだ。

 しかも自分自身と側近のヒトミは温存こともユキの癇に障る。


「カイはもう負けたりしない」

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