表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第1章 さすらいの星クズ
4/318

第4話 纏うは極み

 皆様はこの男のことを覚えているだろうか?

 和泉(イズミ)(ガク)

 長身で筋肉質、石のようなしかめっ面でフジへの敵意を隠さない男。


「~~~~~~~ァッ!」


「警察だ」


 異星人による危険ドラッグ取引現場。きつい宇宙訛りで誰何された和泉は、警察と名乗る。だがこんな警察官、異星人は見たことがない! 全身は深い青の薄い金属板で覆われ鎧のよう、首や肘、膝などは蛇腹状に組まれ、肩や胸はゴツいプロテクター、目のある位置にはフィラメントの切れかかった電灯のチカチカした燈りを反射する残忍なバイザー。頭頂部から後頭部にかけ、ブレ-ド状のトサカのようなものが装着されている。地球では『ロボコップ』なんて映画が流行ったが、あれよりも幾分スマートで、軽そうだ。


「その青、そのプロテクターそのバイザー、そのトサカは……。ミリオン……か?」


 異星人たちは当たり前のように地上波で『ロボコップ』を放送していた頃はまだ地球にいなかったので、その姿は伝説と化しているあの最強の戦士アブソリュートミリオンに紐づいた。


「地球人だ」


 和泉は拳を振り上げ、異星人のサイバーチックな武器を叩き落とし、腹部を蹴り上げる! 異星人Aは、地球人なら吐瀉物とは認識出来ずもらいゲボも出来ないようなカラフルなものを吐き出し、変身が解けてグロテスクな素顔を晒し、痙攣しながら膝を着く。


「地球人にこんなことが出来る訳ねぇ……。こんなこと、上から聞いてねぇ!」


 BLAM!

 虫の息になった異星人Aは、せめて取引先だけでも逃がそうとしたのか、隠し持っていた地球の拳銃でこの異様なハイテクノロジー鎧を着こんだ地球人を至近距離で撃つが、弾丸は鎧にキズ一つつけられずいとも簡単に弾かれ、跳ねた弾がゴミ箱に穴を開ける。一家団らん中だったゴキブリさんの一家が慌てて家族で外に避難した。


「逮捕する」




 〇




 特殊警察ACID(アシッド)!

 アブソリュートミリオンが活動していた約五十年前、独立した機関だった宇宙捜査局の後継のような組織である。アブソリュートミリオンは侵略者から地球を守ったが、ミリオンの活躍によって侵略者たちは地球に手を出しづらくなり、ミリオンがフォール星人とその切り札マグナイトを倒すと、侵略者たちのトレンドから地球は消えた。そして皮肉にも宇宙捜査局もお払い箱となったのだ。

 しかし侵略者たちへの警戒はゼロになってはいない。異星人によるオレオレ詐欺、闇カジノ、ぼったくりバー、人身売買や薬物取引などの犯罪は後を絶たない。大巨人アブソリュートミリオンや超兵器は必要なくなったが、人間が出来る限りのことをしなければ地球は侵略者の魔の手に落ちるだろう。そのため、現在は警察内に特殊警察ACIDが存在し、異星人犯罪者たちが放つ悪のシグナルに日夜目を光らせている。地球人が自らの手で地球を守れること、それはミリオンが望んだ地球の未来でもある。


 和泉岳は優秀な学生だった。当時まだ生まれていなかったが、地球を守った伝説の英雄アブソリュートミリオンに憧れ、高校を卒業後、警察学校へ。座学、術科、逮捕術、全ての分野で完璧であり、空前絶後の逸材かと思われたが、彼には欠点があった。


「腐れポリ公がー!」


「またお前か」


「点数稼ぎ以外もやれ公僕」


「住みづらい町になったわねぇ」


 交番勤務時代、彼は熱心過ぎたのだ……。休む間もなく片っ端から職質をかけ、切符を切りまくった。彼の勤務していた町が映画『ロボコップ』の舞台デトロイトのような世紀末犯罪都市だったのではない。警察官を拷問の末に殺したり、暗黒メガコーポが牛耳ってるわけでもない、ロボ警察官どころか普通の警察官でも何も問題ないいたって普通の町だったが、熱心過ぎた和泉の正義は住民への負担となっていた。実際、和泉は自転車泥棒の中学生なんて一目で見抜けたし、職務質問で検挙した数も同期でトップだ。一方で、「クソ警官に職質食らった」みたいな動画を隠し撮られてアップされた回数もトップである。

 住民たちはパトロール中の和泉を見かけると隠れたり逃げるようになり、和泉の勤務する交番は誰もが避けて通った。優秀すぎる観察眼や決断力、崇高すぎる正義の理想と行動力を持っていたが、彼の正義についていけるのは彼だけだったのだ。町に警察官は必要だ。だが町のための警察官でなければいけない。和泉のような警察官がいると警察と町民の間で信頼関係を築くことは難しかった。和泉の正義の信念は“負い目がないこと”。負い目のない行動は正義だ。それでも和泉は真に優秀な警官と言えるだろうか?

 しかし和泉のようなクソ真面目すぎる男は地球に必要だ。


「ご苦労。スーツの性能はいかが?」


「上々です」


 そして和泉は、和泉を必要とする特殊部隊ACIDにスカウトされたのだ。全国ポリスマンタイマントーナメント大会が開催されれば素手で皇宮警察さえ叩きのめして優勝出来るであろう身体能力と天性の勘の良さと、良くも悪くも働く図太さはACIDにハマった。和泉ほどのスペックと正義感がなければ挫けてしまっていただろうし、この貴重なメンタリティを上司の明石も評価し、重宝していた。

 そして今、和泉岳は、日本の最新技術のオンパレード、最新装備“アブソリュートミリオンスーツ”の着用者に選ばれたのだった。


「地球は地球人が守る」




 〇




「ハァーハッハッハ! バァカめぇ!」


 東京都練馬区の六畳一間。ここの主は和泉岳が憧れたアブソリュートミリオンの息子、アブソリュート・トラッシュことフジ・カケルだ。フジはここ数日、買ったばかりのゲームにのめりこんでいた。このゲームはモンスターを育成し、ネットに繋いで他のプレイヤーと戦わせるタイプのゲームであり、いかに手の内を隠し通せるかがキモとなる。


「フジ! そいつは『トリックルーム』持ってる! ウラはローブシンとコータス! ローブシンは『こんじょう』よ!」


「なら『おにび』は撃てねぇな」


 そして今、フジと鼎が行っているこれは、ネットの動画配信サイトにプレイ動画の生配信をしているプレイヤーとマッチングし、放送を観て手の内を盗むゴースティングというインチキである。相手プレイヤーの手の内は、二人がかりのフジと鼎には筒抜けだ!


「これがチームプレイだ」


 スパーとフジがタバコをふかし、大きな空き缶に灰を落とす。元々は粉ミルクの缶詰だったこの缶も、余生は人の寿命を縮める粉の行き場になるとは思っていなかっただろう。もっとも、タバコ如きで削れるアブソリュートの戦士の寿命などちっぽけなものだが。


「よし、よし!? いけるな? いけるな!? このタイミングだな!? ……よっしゃ決まったぁ! 降参読み降参! ハァーハッハッハ! こりゃいいぜ! ん?」


 充電器に繋がっていたフジのスマホが鳴る。鼎がフジに投げてやると、電話の相手を検めたフジは顔をしかめた。


「はい。元気ィ? 親父」


 !?

 鼎の頭の上に疑問符が浮かぶ。フジはあのアブソリュートミリオンの息子。しかし、アブソリュートミリオンは約五十年前、フォール星人の切り札マグナイトと戦い、命を落としているはずだ。その戦いっぷりは伝説であり、空気の読めない落選議員は選挙特番で「アブソリュートミリオンの思いであります」とか言ってうなだれる。

 アブソリュートミリオンは死んだはずでは? いや、そうだとするとフジは少なくても五十歳ということになる。鼎から見てフジは、コンビニでタバコや酒を買ってもギリギリ年齢確認されるかされないかの青年だ。


「うん……。バイト、したいんだけどね。面接とか行くのってやっぱいいスーツとか靴の方がいいじゃん? うん。だから……ちょっと送ってもらえると助かるんだよね。二万でいいよ。二万あればバイトの面接行ける。履歴書も今は手書きじゃなくて印刷するからさ。プリンター持ってないし……。やっぱこう、ね? 社会経験になるならいいとこでっていうね。アザース」


 右手で電話を持ったフジは鼎に向けて舌を出し、左手でピースサインを作ってみせた。そしてニタリと笑い、薬指も立てて三本見せる。


「え? わかった。お袋にも電話しとくわ。ちゃんとやってるって! もぉう、心配性だなぁ親父は。じゃあ、またな。……おい三万入るぞ! ッシャァ!」


 ベロベロバーと舌なめずりをしながらフジは畳に仰向けに倒れ、スマホをポイッと投げ捨てた。


「三万円! 何に使おうっかなぁ。キューバの葉巻でも買ってみっかなぁ。お前さんにもハーゲンダッツぐらい奢ってやるよ」


「あの、今のってお父さん……。アブソリュートミリオンなの?」


「そうだよ」


「生きてたんだ……」


「地球では死んだことになってんのか。地球で死んだことは死んだ。マグナイトっていうバケモンを倒すためにホリゾン・ブラスト光線っていうヤバい技を使って一瞬で過労死したが、俺の伯父にあたる初代アブソリュートマンが回収して、蘇生したんだよ」


「そのアブソリュートミリオンが、三万円送ってくるの?」


「一千万のことは言ってないからな」


 こいつ、一千万持ってるのに親に三万円せびりやがった! バイトの面接の資金とかもっともらしいウソを吐いて! 地球のために一瞬で過労死する程の技を使ってくれた伝説の英雄の余生は、クズな息子に小遣いを騙し取られる悲しいものだったというのか!?


「お母さんもいるの?」


「そりゃいるさ。泣いてたってよ。フッ、しょうがねぇな。俺は女の涙にゃ弱いのよ!」


「なんで泣いてたの?」


「訊くな。ちょいと出かけるぜ」


 フジはパーカーを首に巻き、スマホをパチパチ操作して、何かの情報を確認した。




 〇




「~~~~~~~ァッ!」


 多くの船が荷下ろしする晴海ふ頭! 薄暗く巨大な倉庫の中に、宇宙訛りの罵倒と銃声がこだまする! 何発もの銃弾を受けても火花を散らすだけで、“アブソリュートミリオンスーツ”を装着した和泉にダメージは一切ない。かつて“鬼人”と称されたアブソリュートミリオンの荒々しい闘志むき出しの姿をそのままに、和泉は人身売買組織の構成員たちを叩きのめしていく。


「黒幕がいるな」


 精巧かつ適切に設計、製作されたミリオンスーツは、装着者である和泉の指の動きすら妨げない。この組織の構成員たちは皆、一様に胸元に焼き印のような跡がある。異星人ヤクザが忠誠を誓わせたのか?


「地球人を売ろうなど、いい度胸だな」


「……フッ」


 胸ぐらを掴まれている下っ端の構成員が憐れむような笑みを浮かべた。


「なんだァお前? 地球人のくせに知らねぇのか? 教えてやるよ、地球人には、いや、地球にはな、もう侵略するような価値なんてねぇんだよ。最初っからそんなものはねぇ。未だに植民地支配を考えて地球に来ているようなやつは宇宙でも原始人同様よ」


「なんだと?」


「だがてめぇはムカつくから、教えてやらねぇ」


 構成員はガラス片を自らの喉に突き刺し、緑色の血を撒き散らしながら自害した。紺青色のミリオンスーツにも血が飛び散るが、今更異星人の自害などで狼狽える和泉ではない。


「おぉっと、ちょっと遅かったな。いらねぇことを言いやがって」


 倉庫の窓ガラスを打ち砕き、フジも倉庫にやってくる。見晴らしのいい天井付近に浮遊……。いや、立ったまま、フジは倉庫内を見渡し、父を模した強化服を見つけて冷笑した。


「随分なお召し物ですねェ、ヒーロー様?」


「フジィ……」


「どうした? 地球では警察官がアブソリュートミリオンのコスプレパロディAVでも撮るのか? もうあるぞ。『アブソリュート・ボインvsペロペロ怪獣』」


 ベロベロバーと舌を出し、和泉を挑発する。


「フジィ……。貴様、何か知っているな?」


「ルーク・スカイウォーカーの親父がダース・ベイダーってこととか? あと、お前さんの大好きなアブソリュートミリオンが俺の親父だってこととかか? アブソリュートミリオンの跡目を継げるのは、ミリオンを真似たお前じゃねぇ。血を引く俺だ」


「俺はミリオンになりたいんじゃない。ミリオンのようになりたいだけだ! フジ! 貴様何か知っているな! 詳しく聞かせてもらおう!」


「嫌だって言ったら?」


「力尽くでも聞き出す」


 スラスターを全開にさせ、爆音と同時にミリオンスーツが舞い上がる! ミリオンスーツは装着者である和泉の動きを妨げないだけでなく、地球人では不可能な大跳躍や短期間の飛行を実現する! 空中戦の実戦データは、これから採取するのだ。フジ・カケル=アブソリュート・アッシュという考えうる限り最高の相手で!


「よっと」


 フジは一直線な和泉の動きを簡単に見切り、天井付近から一気に床まで急降下! 天井の梁を掴む和泉と、床で腕組みをしたまま余裕の笑みを浮かべるフジの視線が交差する!


「無理すんな」


「抜かせ!」


 空中から相手を攻撃する……。警察学校でも訓練しなかったシチュエーション下に、戦略を高速で組み立てながら和泉は降下する。しかし、スマホで撮りだめた写真でも見るようにフジが空中で指をスライドさせるとミリオンスーツは制御を失い、コンクリに蜘蛛の巣上のヒビを作りながら転々とする。


「……」


 それほどの衝撃を受けていながら、スーツはもちろん、中にいる和泉も全くの無事だ。ミリオンスーツはダテじゃない。このスーツは、異星人を相手に戦える力だ。


「ベースは、ミリオンと幾度となく戦った侵略ロボット“ゴッデス・エウレカ”と同じエウレカ・マテリアル製! 装甲はミリオンと戦った放火怪獣“アラリア”の作り出す人工ダイヤモンドミラーコーティング! コンピューターはミリオンの相棒としても活躍したサイボーグ怪獣“フェルザ”の残骸を参考にして作られている。百万回以上の試作、百万人以上の関係者、百万発の弾丸を受けても壊れやしない! アブソリュートミリオンの遺産は失われてはいない。纏う力は正義と極み! だが、立ち上がれるのは、地球人の底力だ!」


「百万? そりゃスゲェな。本当に壊れねぇか『ヒルナンデス』でオードリーに試してもらえよ」


 フジは床ギリギリを浮遊し、後退しながら和泉の振るう拳を躱し、おちょくるように念力で小突いてくる。ラチがあかない。和泉はホルスターから銃を抜く。


「おっとあっぶねぇ!」


 以前、この銃から発射される弾がエウレカ・マテリアル製だとフジに話してしまったのは和泉の失策だった。それがなければ、この挑発的で侮辱的で軽薄な宇宙人に一矢報いることは出来ただろう。


「フジィ……。ビビってるのか? 変身してみろよ」


「変身だァア?」


「本来の姿、“アブソリュート・アッシュ”になってみろ」


「フン、イキってるじゃねぇか。飼い犬に手を嚙まれるとはこういうことだぜ」


 フジは一流のバレリーナのようにつま先から着地し、芝居がかった仕草でメガネを外してむき出しの左目に左手をかざした。


「最後に一回だけ訊いてやる。ここでやめるんなら、終わりにしてやってもいいぜ。そもそもお前さんが売って来たケンカだしな。だがこれ以上やるんなら、そのガラクタはハロウィンでしか着られないようになる。どうする? 降参読み降参のドローで丸く収めてやってもいいぜ?」


「決まって……」


「決まって金的ィ!」


 和泉、いや、ミリオンスーツのセンサーでさえ全くわからなかった程の一瞬で急所が蹴り上げられる。いくら優れた技術、硬度のスーツであろうとも、いくら強靭な肉体と精神の警察官であろうとも、ここに攻撃を受けると立ち上がることは様々な意味で不可能である。だがミリオンスーツを貫通するほどの威力……? 何か汚い手を使われたに違いない!


「お勤めご苦労さん。末代まで祟ってみなぁ! 今ので末代がまだ作れるならよぉ! おい泣くなよ? 俺は女の涙にゃ弱いのよぉ! ハァーハッハッハ!」


 フジは高笑いしながら、入ってきた時と同じく窓から飛び出し、高速で空に去っていった。

 フジは父ミリオンから、異星人の人身売買組織を検挙あるいは壊滅をさせればさらに仕送りを追加すると言われていた。ミリオンを崇拝している和泉に、ミリオンが実は生きていて、息子にたかられていることをバラさなかったのはフジに残った最後の良心だろうか?


「和泉!」


 うつ伏せに倒れる和泉を明石が介抱する。明石には、今のフジの攻撃は手心、峰打ちに見えた。


「クソッ……。勝負はついていない……」


「いや、ついていたよ和泉。急所攻撃の前から勝負は決まっていた。だからこそ、まだ上を目指せるんだろう?」

次回、いよいよガッカリじゃないセクシー女幹部登場でヒロイン交代? フジに天敵現る!

第5話『サクリファイス』!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ