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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第14話 君のいちばんにホントはなりたかった

 空席の目立つ電車だから少し離れて、フジ・カケルと望月鼎は都心から遠ざかる。

 望月鼎、二十歳の夏。別に彼氏なんかといい思い出を作れるとは思っていなかった……と言えばウソになるが、昨年の夏の計画ではオタサーに囲まれてチヤホヤされるはずだった。ただ成人式を挟んでいるので地元の男子がいい感じに……。なってはいなかったし、中高は何もかもがダメだったので成人式もノーチャンスだった。

 そんなオタサーと過ごせるはずだった最低限すら奪われ、オタサーは燈の記憶を失った。空しい。夏の思い出も敗北すらも全て奪われた。敗北すら奪われると、逆転も勝利も得られないのだ。

 不完全で手抜きな記憶の消去。オタサーのゲーム機には燈との対戦記録も残っているし、燈がいた痕跡はいくらでも残っている。


「あ、海だ」


「ああ、そうだな」


「今年、結構海見てるなぁ。深夜バスでも見たし」


「マジ? 深夜バス以外で見てないの? 少しは埼玉から出ろ」


「ハァ? 大学は東京ですけど?」


 駿河燈に消し去られた埼玉の山奥のワクワクバーベキューの代わりと言っちゃあアレだが、フジが海に誘ってくれたのだ。だがこの海水浴の主催者は寿ユキ……。全力ビーチフラッグとか全力ビーチバレーとか全力ライフセービングみたいな筋肉主体の海になるのか? 鼎のレベルから見れば頑馬だけじゃなくてユキも十分筋肉主義者だ。誰もあの人にはついていけないし、周りの人がどれくらい自分についてこられないかの見極めが甘いのが、鼎からユキに呈したい苦言だ。多分、一番楽しいのはフジと二人でいつも通りに過ごせるこの電車の中だけだろう。


「でもまさか来てくれるとはな」


「あんたがわたしを誘って変なやり方でブン回そうとしてる時って大体何か考えてくれてるもの」


 そしてこの夏のラストイベントのグループチャットは鼎にとってやや不穏だった。

 メンバーは寿ユキ、フジ・カケル、和泉岳、都築カイ、網柄甜瓜、そして飛燕頑馬とメッセンジャー。

 和泉岳? あのヘンな黒服の人か? 和泉はちょくちょく鼎を監視しているが彼はスゴウデなのでその監視に鼎は気づいていない。もっと言ってしまえば「アブソリュートミリオンスーツを着た変なおじさん」と「和泉岳」が同一人物だということにすら気づいていない!

 都築カイ? 弟の話によく出てくるフットサルのカイくん? ユキの知り合いとは聞いていたがこんなに仲が良いとは。

 網柄甜瓜? メロンさんにはお世話になりっぱなしだ。会えるといいが……。

 頑馬とメッセ? こいつら、わたしのことを殺そうとしてなかった?

 でもこの人たちが全員わたしを守ってくれるなら最高だなぁ! 海から海水仕様のシーカッパが攻めてきても全然余裕だ。

 一つため息をついてガタガタと列車は走り、フジと鼎は海に向かう。




 〇




 宇宙は広く、歴史は長い。ビッグバンから約一三八億年。地球人がその生涯で全ての地球人に会えないように、鼎を例にもっと言えば日本、関東、埼玉、同じ大学同じ四年間在籍した全員に出会えないように他の星と一度も出会わず終わる星も多くある。

 宇宙には星と星とを行き来する人々もいて、多くの人達に共有されている伝説こそが初代アブソリュートマンだ。

 最強にして最高の戦士で、言い換えるなら真実を追求する探偵でもある。現在でも現役最前線、今日も宇宙のどこかで真実を追求し、悪を討っているだろう。強さではジェイドに抜かれてしまったが、レイが己を「アブソリュートで二番目に強いレイ」などというのはまだ早い。

 人からの理解や共感が入る余地もないほど真っ直ぐ揺るがない真実の追求。彼の性格だとか喜怒哀楽だとかを理解したり読み取るのは彼の実の親であるアブソリュート・ファザーでさえ出来ない。血縁は無いが初代アブソリュートマンの弟であるアブソリュートミリオンのみが、たまに彼と会話をするという。

 誰よりも平等だからこそ誰よりも優しく誰よりも薄情な初代アブソリュートマン。そんな彼は宇宙のあちこちを旅して数多の敵を倒して数多の人を救ってきた。だが理解も共感もされない存在は、崇拝か恐怖のどちらかを抱かれる。そして崇拝を集めた初代は、正義の偶像としてあちこちで神の如く称えられている。そんな彼だからこそ、畏敬の念を込め、全てのアブソリュートを代表する戦士、アブソリュートマンと呼ばれるのだ。


 アブソリュートマン:XYZはそんな初代アブソリュートマンの細胞から誕生したクローンだ。長きにわたる戦いで流された初代の血や細胞片は、異次元の裂け目に吸い込まれてプラナリアのように自己再生し、異空間……。あの世とでも呼ぶべき場所に魂のない空の初代アブソリュートマンが出来た。その空っぽの最強の肉体に、それまでにアブソリュートの戦士たちに倒された怪獣や異星人の怨念が集まり、復讐の総意として紡がれた邪悪な魂がXYZとなった。

 そこからは皆さんご存知の通り! 初代アブソリュートマンのスペックにプラスされた怪獣の技と能力! そんなバケモノが怪獣軍団を率いてやってきたのが三十語年前の出来事で、ジェイドに倒されたんですよねぇ~。

 という訳で、試験に出るアブソリュートの歴史をどんどんUPしていくのでチャンネル登録お願いしまァ~す、ってのがこの間フジが宇宙人専用動画投稿サイト、uTube(うチューブ)で観た早口系投稿者が語ったXYZの歴史だ!

 アブソリュートミリオン以外には心を開いていないとも言える初代アブソリュートマンは弟子も妻子も持っていない。ミリオンはファザーに引き取られた孤児の養子のため、初代とは血縁関係はないがレイ、ジェイド、アッシュの伯父だ。ということは、カイは初代のクローンの息子ってことで、遺伝子の上では初代の息子でもある? 初代の息子であるのならアッシュから見れば従弟だ。

 XYZの息子ってことより初代の息子だってことの方が同情だ。ジェイドを姉に持つアッシュだから説得力が増すが、親父がミリオンでよかったぜ! 初代だったらやってらんねぇ!


「なんかここだけめっちゃ空いてるね。夏だしこんなにいいビーチなのに」


「ああ、ここな。ここ訳アリだから」


「訳アリ?」


「まぁ、ここじゃない訳アリビーチの話をすると、今から四十五年前に七里ガ浜では暴走族六百人が大乱闘して今でも砂を掘ると当時折れた歯が出るらしい」


「そんな七里ガ浜にも人は集まってるよねぇ? 何があった、このビーチ。暴走族六百人大乱闘よりヤバいの?」


 当時の地球人が必死に隠蔽工作をしたおかげでミリオン研究が大好きだったオタサーでも知り得ない情報だが、この神奈川県某所のビーチは海底から地上侵略を試みた海底遊牧民と呼ばれる地球人の一種が上陸したビーチである。海底からの侵略を察知したアブソリュートミリオンはここで全ての海底遊牧民を倒し、地上の平和は守られた。そんな曰く付きの場所であり、このビーチへの立ち入りは制限されているが、ユキは事前申請が通ったためこの場所を使用出来る。どうやらフジと鼎が最後で、参加者はもう揃っているようだ。


「うわっ、いるよ」


「マジで、出すなよ態度に」


「え、何が?」


「お前さん、頑馬のこと嫌いだろ」


「……」


「アレで結構繊細なんだよ」


「……アレ、あの身長高い人がもしかしてメロンさん?」


「ああ、メロンだな」


「スッゴイ美人……」


 チックショウが!

 深夜バスで一晩鼎を守ってくれたメロン。鼎はその素顔を見たことがなかった。湘南を舞台にした多くの映画、ドラマ、マンガがあるだろう。そのどの役者、登場人物よりぶっちぎりで美人だ。それにあの長身、スタイル。何一つとして非の打ち所がない。絵にも描けない美しさだ。桑田佳祐だってメロンを相手にナンパするのは臆してしまうだろう。じゃあこっちのメッセで……となってしまう。メッセだって十分高嶺の花なのに。


「行きたくないなぁ」


「それ言ったら俺だって行きたくねぇよ。あのガキは嫌いだし。しかも和泉の野郎……。ドタキャンしやがった。キャンキャン吠えて尻尾巻いてろイヌ男優が」


 一七五センチのメロン、一六六センチのメッセ、一五三センチの寿ユキ。その間の一六一センチの鼎は実に地味だ。スタイルなら幼児体型のユキには勝てそうだがメロン、メッセの壁が高ぇ……。メロンは落ち着いた格好だがメッセの肌の露出がかなり……。ユキだって身の程知らずな大学生からナンパされることはある。秩父の川で披露出来なかった水着をフジに見せてあげるはずだったのにメンタルが……。芸術品のメロンにスーパーモデル級のメッセって……。カイくんは大丈夫なのか!? 多感な時期の少年があんな官能的なのと海で遊ぶな!


「来なきゃよかったな。また頑馬に変な肉を食わされるかもしれないし、もうこれが全てだろ。和泉はドタキャンした。これが全部物語ってる」


「フジさーん!」


 帰ってもいい空気になっていたのにカイがフジと鼎に気付いてしまった。頑馬から渡された謎の料理を頬張って手を振っている。そういうところがまだ少年なのだ。この距離まで来ていて、勘の鋭いユキやメッセが気付いてない訳ない。カイ以外はみんなもう結構いい大人なのだ。帰りたがっている若者を帰してあげることぐらい出来るし、察する度量もある。頑馬だって随分と大人になった。だがユキやメロンよりちょっと子供な頑馬は、自分が引き留めるのは恥ずかしいからとカイにチクって代わりに呼び止めさせたのだろう。


「カンガルー肉美味しいですよ! すごくヘルシーで、頑馬さん特性のバーベキューソースとも相性がバッチリです!」


 カンガルー……。


「鼎、悪いけど先行っててくれ。俺はケンタッキーで食えるもの買ってくるわ」


「マジで?」


「メロンが空気読んでくれるだろ。早くしねぇと、あぁーあ間に合わなかった」


 鼎の背中から刺すような日光が消えた。ビーチからは堤防でギリギリ死角になり、気の緩んでいるメロンとメッセの索敵をギリギリ躱す土俵の外に一つの影が現れた。国道を異次元に繋ぎ、地面のマイナス地点から階段を作って一歩昇るたびにピアスが夏の日差しを反射させる。


「グルメタレントの真似事なんてウケる。あいつに阿藤快の細胞は入れてないんだけど?」


 出た! 駿河燈だ! 涼しげな白いワンピースに潮風をくぐらせてスカスカの胸を少し膨らませ、ニタニタと邪悪な笑みを浮かべている。燈が後ろに現れたのは幸いだ。この微笑には悪意があったと知ればその印象は今まで以上に醜悪なものへと変貌する。秩父の時点で鼎の燈に対する恐怖と嫌悪はもう限界だった。


「何しに来やがったクソガキ」


「クソガキ? これでもわたしは君の倍は生きてるんだけどね、フジ」


「ああ、そうだったなババア。倍返しなら親孝行か銀行でやってろ。『半沢直樹』は日曜九時からだ。今から帰れば間に合うぞ。それとも土下座を見せてくれるか?」


「やーだ。でもいくつかフジにニュースがあるの。まず一つ。君を誘ってた“喜”の座にヨシツネっていうチンピラが入ったの。詳細は頑馬に聞いてね。本当はあんなの使いたくないなぁ。だからいつでも来てね。ヨシツネはあくまでも仮だから。もう一つ。これはフジには隠してたことだけど、爆弾を仕掛けたの」


「爆弾?」


「わたしの本来の能力はポータルでも異次元チャンネルの設置でも治癒でも遺伝子工学でもない。わたしの本来の能力は爆発だから。でも爆発なんて言い方はダサいから花火って呼んでね。史上最高の出来の花火をもう仕掛けてある。これが爆発すれば確実にジェイドを再起不能にできる。わたしを殺しても意味はないよ。カウントダウンはもう始まってる。その花火を止めることが出来るのは、フジ、君だけ。君の行動で爆発はいくらでも先送り出来る。爆発のトリガーは、“フジ・カケルが寿ユキの一番じゃなくなること”。今、寿ユキが一番好いてて、可愛がってて、気にかけているのはフジ・カケル。そうじゃなくなった時……。例えば寿ユキが、都築カイのことをフジ・カケル以上に愛したらその時はお姉ちゃんにバイバイしないとね。誰かがフジを超えた時点での寿ユキの愛が強ければ、威力はより高まる。言い換えれば、寿ユキが一番愛してるのはまだフジ・カケルなんだよ。でもわかりやすくていいよね。寿ユキが炎に呑まれた時、彼女の一番はもう君じゃない」


「話が長いな色仕掛けの真打ババア。ここは高座じゃねぇしババアの枕営業なんていらねぇんだ。本題を手短に話せ」


「フジ・カケルがもっと寿ユキに好かれたいなら真面目に強くならなきゃ。そうしてフジが強くなってくれたら“喜”の座にももっとふさわしくなる。もちろん、憎悪もまた愛。寿ユキからの嫌悪の量が都築カイや……。あと頑馬とかミリオン? あの辺を上回ってれば爆発はしない。だから常に寿ユキの心で一番広い面積を占めていて。既に君はジェイドの弱点なんだよ? でもネガティブに思うことはない。ジェイドが最強である以上、誰も彼もが弱点。ジェイドの力とジェイドを取り巻く人々の力を足して頭数で割って、ジェイド本来の力よりその数値が大きくなることはない。レイもミリオンも弱点だから」


「姉貴を倒してどうする?」


「わたしの最終目的を教えてあげる。わたしは初代アブソリュートマンを再び最強にしたい。初代アブソリュートマンこそがヒーローで、正義であるべきなの。誰から理解もされず、共感もされず、ひたすらに平等に真実を追い求める。アブソリュートの戦士が! 人並に悩むな! 弱みを見せるな! 個性を見せるな! 擬人化されるな! ベラベラ喋るな! アブソリュートマンは常に弱き人々の希望の光、神であれ! ミリオンもアッシュも全項目で失格だけど君は最初からまっとうなアブソリュートマンになる気なんてないでしょう? だからジェイドが邪魔なの。歳を取った証拠かしら。どうしてもジェイドを認められないの。いくら『屍滅の刃』が流行ろうとリアルタイムで読んでた当時のマンガが上に見えちゃう」


「XYZを使ったのもお前か」


「そうだよ。XYZ様は初代を最強に押し上げるための最強の噛ませ犬になってもらう。ジェイドにはそのXYZ様の噛ませ犬になってもらう予定だったけど、噛ませ犬にするだけならもうレイで十分。厄介なジェイドを相手に危ない手を選ぶことはないし、バカなレイなら簡単に噛ませ犬に出来る。ここでジェイドを爆殺出来るならしておかなきゃ。ジェイドが負ければ、もう初代が出てくるしかないもの」


「……カイはその花火の導火線って訳か」


「本当はあいつを神にしたかったんだけどね。あいつには心があった。神にはなれない。でもわたし、ただでは退きたくないし何事にも二つ以上の使い道を見つけるのが得意なの。カイだって噛ませ犬に出来るし、こうやって導火線にもなった。フジだってそうだよ。幹部にもしたいし、ジェイド爆殺にも使えるもん」


「二つ以上の使い道か。鼎におっと……。これはまだ姉貴にも言ってねぇが俺に臨時収入があって鼎と手を組んだ時、あいつが真っ先に買ったものがあった。高性能ICレコーダー、高性能スタンガン、高性能ブザー。特にレコーダーは役に立つ。防犯にも使えるしパワハラの証拠にもなる。たまに帰省した時のお袋みたいに長々と引き留めやがってババアが、もう鞄はパンパンなんだよ」


 悪意で塗り固められた燈の顔に緑色の光が差す。手をかざしてから目を細めて光量を絞ると、神器ジェイドセイバーを構えた寿ユキが眼前に迫っていた。


「おっと」


 ストンと燈の体が異次元に落下して刃を回避し、その数メートル後方に火花でデコった円を開いて髪も服も重力とは逆さまに空に立つ。ユキでさえ不可能な超高度の空間操作能力……。


「何者? 正体を言え!」


「うふ。わたしがきっと最初の一人のはず。レイは力と自由を求めただけで悪じゃない。XYZ様は肉体こそ初代でも、魂はアブソリュートのものじゃない。わたしが最初の一人。わたしが本名を隠す理由はあなたたちと同じよ、フジ、ユキ。みんな恐れてしまうもの。でももう教えてあげる。わたしの本当の名は、マイン。アブソリュート・マイン。君たちの星できっと最初で最後の、悪のアブソリュートマン」

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