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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第13話 芸術は爆発だ

「ったくしゃあねぇな。天狗13号! 原版を持って逃げろ。敵……。メッセとメロンの索敵範囲から逃れたらトーチランドに連絡して避難させてもらえ。1号から12号は偽札を持って逃げろ。ベンケイ。あとは頼んだ」


「お前はどうする? ヨシツネ」


「侵入者を足止めしてお前らの逃げる時間を稼ぐ」


 黒のタートルネックの優男がモニタールームで舌打ちした後、ゲーミングチェアから腰を上げて壁に飾っていた刀を手に取る。モニターには飛燕頑馬隊長率いる探険隊がアジトの入り口に鎮座する巨神像を見上げている。長すぎる前髪で目が隠れているメッセがカメラ目線になった。隠しカメラの存在に気付いたようだ。


「頑馬はデカいぞ。お前の体格(サイズ)よりも俺が出るべきでは?」


 一体何者なのか、この二人。平徳子の言ってたことが本当ならば、こいつはヨシツネ(一六七センチ)。そしてこの巨大な部下はベンケイ(二四四センチ)。一九一センチの頑馬とやり合うにはヨシツネは小さすぎるように感じる。だがベンケイはデカすぎる! このサイズまでいってしまうと巨体と引き換えに運動神経が損なわれている場合があるが、通常の人間とは違った誕生と人生を送ってきたベンケイにその常識は当てはまらない。頑馬にとっては相手がヨシツネだろうとベンケイだろうと二十センチ以上の体格差になる。競技の安全上階級が分けられる通常の格闘技でこのような体格差が実現することは少なく、可能性があるのは無差別級であるプロレスと相撲くらいのものだ。


「いや、これはチャンスでもある。確かに頑馬はデカい獲物だ。トップである俺の活躍と出世がお前たちの地位を良いものにする。お前らは俺がボタンを押すエレベーターに大人しく乗ってろ」


 ともあれこれはユニスポの危機だ。天狗みたいなこのテの記事は「ウソつけ!」と読者にツッコまれることで記事として成立する。本当に天狗がいてどうするんだ!


「それにウズウズしてたしな。そうだ。こうしよう。天狗12号。監視カメラの映像をトーチランドに転送しろ。俺の活躍を燈に見てもらえ。空席の“喜”に俺が昇格するかもしれない」


「どうしやすボス。転送設定したままだと偽札印刷の証拠隠滅が出来やせんが」


「うぅん、大丈夫だろ。天狗13号がトーチランドに連絡を取れば輪転機ごと引き取ってくれるはずだ。ここを捨てるなら一週間後に例の場所に集合だ。俺のことは気にするな。ヒトカラやネットカフェにもそろそろ行きたかったところだ。しばし下界を満喫させてもらうぜ。あぁーあ、でもお前には無理だなベンケイ。お前はデカいし目立ちすぎる。プークスクス」


 ガチっと刀を肩に担ぎ、巨神像の前でシャッターを切る頑馬探険隊の元へと鼻歌を歌いながら向かっていく。


「フフフーン。コンニチハー、コンニチハー、セカイノー、クニカラー」


 巨神像の鼓動、即ち天狗のアジトで密かに稼働していた偽札の輪転機が停止する。代わりに聞こえてきた明るくオーラのある歌声に頑馬探険隊に緊張が走る。名古屋コーチン隊員は恐怖に怯えタマゴに戻ったように硬直してしまった。頑馬の目に灯る闘志の炎は一点に収束し、ガスランプのように揺るがない強い光へと変わっていく。探険隊のメンバーを庇って歌声の源に向かって一歩踏み出し、上着をメッセに預けて拳のグーパーを繰り返して血を全身に巡らせた。


「俺の作った太陽の塔はいかがだったかな? 飛燕頑馬。観客が粗暴な天狗ばかりで誰も理解しちゃくれなかったんだ。まぁいい。そう簡単に凡人から理解や共感を得るようでは凡人と大差ない。お前がわかってくれれば少しは俺も救われるのにな。お前は凡人じゃないだろう? 頑馬」


「何者……」


芸術(ゲイジュツ)爆発(バクハツ)ダー! 俺の名はヨシツネ。現代に蘇った英雄ヨシツネだ。空いたポストは埋めなきゃならない。この国に不在のポストは“英雄”だ。決してお前やジェイドではなく、俺がふさわしい。地球人の俺がな」


「何がヨシツネだおいヤンカマッテンカオォラー!」


「そういきり立つなよ。俺は確かにヨシツネ。二〇二〇年に蘇った時代錯誤のヨシツネさ。そう、時代錯誤! この国はタマが抜けてやがる。やはりヒーロー不在のこの国には、社会を敵に回してでも、勝って官軍となるパワーを持った男が必要だ。そのプロセスで悪事に手を染めたり誰かに一時的に仕えることはある。全く手を汚さず誰にもへりくだらず天下をとった人間はいない」


「……時間稼ぎか? 全くイヤになるぜ。俺の相手はいつだって時間稼ぎの雑魚ばかりだ。何を守ってる?」


「おぉっと、少しは脳ミソが増したようだな。ジェイドに負けて反省して頭使ったか? 負けてない、引き分けだなんて言うなよ。格下が格上に引き分けたんじゃ格下の負けなんだよ。フッ、昔のお前の方が今よりも魅力的だったぜ。俺の部下に必要なのは理屈っぽいやつじゃなくて純粋にして凶暴な暴力。ヘージョーシンやセーギカンなんてスローガンに掲げるぐらいならもう最強目指すのなんてやめちまえ。就職しろ。俺の部下にはいらない」


「なんだよこいつ……。シンプルにキモいぞ」


「そう言うなよ。少しいい気分だ。久しぶりにレベルの高い相手と話せている。お前ら、誰に聞いてここに来た? 当ててみようか。徳子殿だろ」


「……」


「気の毒な徳子殿だ。人魚の肉なんて食っちまったばかりに不死身になって醜く老いている。だが俺はどうだ? 平安時代の人間のはずなのに二十代の見た目と身体能力でこんなに美男子だ。つまり、俺をこんなにした復活、もしくは若返りの術がある。簡単な話だ。復活か若返りのどちらかの手がかりをつかんで今の徳子を殺し、美しい姿で蘇らせる。そして太陽の塔を手土産に国を盗り、日本を俺と徳子殿の愛の巣にする。素晴らしい計画だと思わないか? 復活の術があるといいな。岡本太郎と同じ時代に生きたかった。彼も復活させるべきだ。織田信長が俺を相手に国を盗れるか試すのも悪くないな。飛燕頑馬、お前はどうする?」


 バグってやがる……。

 天狗記事を書いて得意げになっているユニスポとは違う種類のバグり方。バカなことをしてテンションが上がっちゃう文化祭前夜の男子中高生の悪ノリでもなく、バスケでラフプレーをするマートンの悪意とも違う。このヨシツネにはまず悪があって、一度も善に触れることなく生まれ持った悪を誇りに思っている。凡人の天狗に囲まれて辟易していたというのもウソではないのだろう。こいつの話を聞く限り、本当に岡本太郎以外に誰からも影響を受けていない。その岡本太郎さえも彼の中では歴史上のカリスマ。顔の見えないイエスマンの天狗たちに持ち上げられたせいで研がれていない悪を矯正できず、膨れ上がって大人の踵のように硬くなった赤ん坊。

 自然に生まれた存在ではないだろう。頑馬の中の記憶はかつて部下だった機婦神ゴッデス・エウレカのオーに結び付いた。オーはロボット生物のため実年齢ではメンバー最年少だったが、生まれた瞬間から大人で、プログラムに沿った思考と行動をとった。いきなり大人から始められた自我。他者の影響を受けてジグザグに、あるいは真っ直ぐに進むはずの幼少期やモラトリアム、バックボーンを持たない。一応、オーはゴッデス・エウレカの歴代の機体から受け継いだ感情と頭脳、アブソリュートへの敵愾心という遺伝のようなもの、そしてシリーズのメーカーであるリーチ星人からの期待と寵愛があったが、このヨシツネにそう言ったものは感じない。

 空っぽ。真っ白、或いは真っ黒の単色の人間像。“生まれた”のではなく“作られた”存在。

 そんな空っぽの悪人が、気に入らない人物は殺し、気に入った人物は気に入った姿で蘇らせると言っている。こいつはこの先、善に転じることは決してない。ジェイドやその弟子のカイは性善説なので出来ないだろうが、頑馬やフジならこいつを救う方法は死のみ、と割り切れるだろう。

 頑馬を覆う陽炎のオーラはリトマス紙だ。目的がハッキリし、無駄な熱を放出せずに最低限を身に纏う。


「先に言っておく。以前のお前なら俺に勝てたぜ、頑馬。今のお前では俺を倒すための決定的なものが失われている」


「下がれ、お前ら。メッセ! お前が指示を出して全員安全な場所に逃がせ」


 頑馬は頭脳ゼロじゃない。

 ヨシツネの言っている決定的な何かには既に気付いている。

 変身だ。この洞窟の天井は、ヨシツネの力作の約五メートルの太陽の塔がギリギリ収まるサイズであり、五十三メートルのレイに変身すれば天井が崩落するか、ぎゅうぎゅう詰めになったレイの体が変身の際の圧に耐えきれず肉団子になって死亡する。ヨシツネがどれだけ強かろうと自称する通り地球人ならばひっくり返ってもレイには勝てない。だが頑馬になら勝てると踏んでいるのだ。だからといって洞窟から出ればヨシツネの目論見通り。時間稼ぎのために出てきたのに敵が勝手に出ていくならこれ以上の好都合はない。

 名古屋コーチン隊員を抱きかかえたメッセが探険隊のメンバーを出口に向かって導いていく。反響した名古屋コーチン隊員の声が轟き、正気を取り戻した名古屋コーチン隊員とその声の遠さで彼らの安全を確認する。その合図を待っていたかのようにヨシツネが刀を抜いた。


「クローッ!」


 ヨシツネが挑発的に突きを放って頑馬の腰を引かせ、追撃より先に顔を付きつけてニヤリニヤリと頑馬の顔を覗き込む。もうかばわなきゃいけないやつらがいない。陽炎のオーラでガードした腕を上げ、切っ先の動きに注意を払う。


「あぁ、言うの忘れてた。この刀に切れ味はない。だがまともに当たれば骨折は狙えるし、突きは普通に入る。生かすも殺すも俺次第だ」


「バカなやつだな。種明かしをしなけりゃもう少しお望みの時間稼ぎが出来ただろうに」


「そんな小細工で稼ぐ時間は大したことない。バカか? 俺がお前に勝てるなら、時間稼ぎをする意味はない。殺すまで」


 ともあれ、刀での攻撃に過剰に気を付けることはなくなった。打撃になら耐性はあるし、危険なのは突きだけだ。しかし頑馬の中にはドス黒いモヤがかかる。

 洞窟という地形を使った変身封じに、申し訳程度だが刀の切れ味を明かす舌戦。バグっているが大馬鹿ではないように思う。まだ何か隠していることがある。それだけじゃない。頑馬の中に目覚めた正義の心。弱者を見捨てたり踏みつけるのではなく、寄りそう思いやり。そういったものが、ヨシツネから都築カイの前世? 失った過去の断片を聞き出せるように感じさせるのだ。もし、カイもヨシツネも記憶を改ざんされたのではなく、最初からこういう人物であると人生を書き込まれ、予め成長させてあった肉体にその人生を植え付けたなら……? ユキは薄々、いや、確実に気付いているだろう。カイは“生まれた”者ではなく“作られた”者であると。このヨシツネの誕生の経緯が、頑馬の考えるカイの出生と同じものなら、同じ誰かが作った兄弟の可能性もあるのでは? ヨシツネとカイ、どちらかがプロトタイプだったとか……。

 だがきっとユキにはそんな生まれのことなんか関係ない。懸命に生きているカイを支えたい、その素質を見込んで伸ばしたいと思う心は真実だ。


「クロッ!」


 作られた者であるヨシツネの心の容量は頑馬より少なく、簡単に心の色が変わって迷いなく頑馬に突きを放つ。二十センチ以上の身長差をハンデに感じさせない鋭さと速度の突きだ。腕にオーラを集中させて守りつつ見極める。頑馬の心のモヤが濃くなる。こいつ、わざと外していないか?


「クロッ!」


 バネで弾くような突きが頑馬をのけ反らせる。やはり当てる気がないようだ。このウソツキテキトーヤロウが……。まるで水の流れの如く流線型を描いていた頑馬の頭の動きが急に角ばった。ヨシツネがフリーの左腕で頑馬のTシャツの襟を掴んで引き寄せたのだ! 当てる気がないように思えたのはフェイント!?


「このウソツキテキトーヤロウが」


「クロォウ!」


 引き寄せられる頑馬の顔面と突き出されたヨシツネの頭頂部が約一七〇センチの高さで正面衝突する。刺す痛みから焼けて滲む痛みへ……。鼻と上の前歯が痛みの火炎に覆われる。ツーと唇に伝った鼻血でようやく頭が回転を再開した。


「この野ル」


「クロォア!」


 頑馬の頭の回転はまだ万全じゃなかった。万全ならば頭突きを食らったことより、鼻血が出たことより、まだヨシツネに襟を掴まれていることを最優先に考えただろう。頭突きで反らされた上半身は再び引き寄せられ、まるでヨシツネに踊らされるハイパーヨーヨーだ。

 怒りの火花をまき散らしながら再回転した頑馬の頭は威嚇と牽制と鼓舞の怒鳴り声を上げるために胸いっぱいに空気を吸い込んだ。そこを狙って胸に火を噴くような肘鉄が叩き込まれる。脳への酸素の補給が不規則になり、頑馬の視界がぼやけてくる。頑馬も頭はまだ回転しているが、驚嘆に満ちていた。なんなんだこいつ!? ハイパーヨーヨーで遊んでいるかと思いきや完璧なタイミングで音ゲーか? 的確な鳩尾への狙いはFPS、技の運びと重ねはRPG。そして帯刀しているくせに頭突きと肘鉄か。ナメられたものだな。


「あと五センチ、お前にタッパがあれば今のでオダブツだったぜ」


「さすがにタフだな頑馬」


 ハートも強くなった頑馬の全身に血が行き届く。血は熱く頭はクールにしなければ。一度気持ちをリセットし、陽炎を放出してヨシツネを遠ざけて呼吸を整えた。ヨシツネは手首をぐりぐりと回して刀を弄び、おちゃらけて余裕をアピールする。


「ジャラッ!」


 細かく歩幅を刻んだ隙を生じさせないフットワークで距離を詰める。この飛燕頑馬もだいぶ変わってしまった。ただ「暴力を振るう」ってだけなのに……。今まで何度もやってきた暴力なのに、一丁前に拳が重くなる。拳にまとわりついて重くするのは雑念だ。

 このヨシツネを作ったやつがどこかにいる。そして多分、そいつが平徳子も作ったのだろう。ヨシツネに仕込んだ偽のロマンスの記憶を補強し、ヨシツネのモチベーションにするために。だが本当に平徳子が十九年前にユニスポに天狗写真を送り付けたのなら平徳子は十九年前にはもう作られていたことになる。

 カイの記憶は二年分しかない。カイは二年前に作られたか、それとも二年前に記憶を消去されたか……。カイはまだ少年だ。十九歳には見えない。そう考えるとヨシツネ、平徳子がプロトタイプでカイが本番か?


「クソッ」


 こんな風になっちまったからバースは自分に愛想を尽かしてしまった。

 何も考えず! 敵がどれだけ傷つこうと構わない! 自分の拳がどれだけ血で汚れようと構わない! 暴力を貪るのがアブソリュート・レイだった!


「別にバースのためだけにやってるんじゃねぇ」


 まるで海底に揺れるチンアナゴ! ヨシツネは上半身の最小限の動きだけで頑馬の拳を空ぶらせ、顔を頑馬の眼前に突き出してニタニタ笑って挑発する。ならば蹴りだ! というのも上手くはいかない。顔面には顔面がビッタリマークされ、足元の突起に気付かずステップが乱れてしまう。中途半端になった蹴りを八双跳びで回避し、全ての蹴りの中で最高威力とされる後ろ回し蹴りで執拗に頑馬の鳩尾を責め立てる。大胸筋の黒部ダムを破壊することは出来ないが、せっかくユニスポが作ってくれた頑馬探険隊の揃いのTシャツなのに! 靴の跡がついた!

 夏休みのお子様たちはT県の偽札工場に見学に来てはいかがか? ツーブロックの天狗をはじめとした男子校の空気に山でウキウキスローライフ、ボスのヨシツネさんがチンアナゴのモノマネを見せてくれるぞ。


「ジャラ!」


「クロウ!」


 人間の反射速度〇.一一秒で痛覚が体に警鐘を鳴らす。ぬめりと感じた血液の場所、痛みの発生源からしてダメージの個所は左の耳。左目にはヨシツネの刀の鎬しか映っていない。突きが耳たぶを貫いたようだ。スッポンの捕食のように一瞬で貫き、一瞬で刃が引かれ、頑馬の左目が緋色の切っ先を収める。だがすぐにヨシツネがステップし、太陽の塔を照らすスポットライトの光の中に隠れてしまった。

 夏休みのお子様たちはT県の偽札工場に見学に来てはいかがか? 本家に比べるとガタガタのグズグズでかなりミニサイズだが太陽の塔があり、ボスのヨシツネさんがスッポンのモノマネを見せてくれるぞ。


「ついに使ったな、刀」


「で? 蜘蛛の巣で蜘蛛に敵うと思うなよ」


「中途半端な戦い方だから雑念が入った。ありがとよ。お前の剣術。なんてショボいんだ。何てショボい。あいつには敵わねぇな。なら素手のままでも十分いけるぜッ!」


「あいつ? ジェイドか? あいつも確かに剣の扱いは上手いがあくまでもサブだろ」


「ああ、ジェイドもあいつに比べりゃあ全然。アブソリュートミリオンの剣技には誰も敵わねぇ。よかったぜ。あいつの剣捌きを一度でも見てしまえばもう剣士は怖くねぇ。ああ、そういやカケルが言ってたな。親父のことあいつなんて言っちゃいけないって」


 ジェイドとの引き分け、ヨシツネの言葉を借りれば格下が格上に引き分けたのだからレイの負けだったが、それをきっかけにアブソリュートで鍛え直した二か月間! 得たものは多い。何よりも、幼少期にほとんど一緒に過ごさず、顔も背中もよく見なかった、自分の種親程度の認識だったアブソリュートミリオン。総合力では初代やジェイド、レイに比べれば慎ましい強さだが、剣捌きの一点だけは誰がどう見ようともレジェンド中のレジェンド。剣士ではない自分には関係ないジャンルなんかではなかった。父としっかり向き合えたこの二か月間! 父の強さ、愛、人生! レイの人生観を大きく変えた。


「ジェアッ!」


「クロッ!」


 ヨシツネの刀からの決定打は突きだけ。そうとわかれば簡単だ。突き、顔を突きつけ挑発し、鳩尾を狙ってくるこのパターン。起点は必ず突きだ。そうとわかれば!

 愚血唖(グチャア)!

 あえて右手を犠牲にし、突きを自らの腕の肉で飲み込むべし! ヨシツネの刀が頑馬の右腕の筋肉に締め上げられ、肩の力でたった一六七センチのヨシツネから一九一センチの頑馬が奪い取る。これ以上の力比べは無用とヨシツネも悟り、逃げ腰になる。だが一六七センチのヨシツネと一九一センチの頑馬では歩幅が違う! ここだ!


「技を借りるぜマッスル・A! ジャラッ!」


 血の溢れる右掌を体の横に突き出した左拳に叩きつけ、技の前奏曲(プレリュード)が整った!

 宇宙プロレスに詳しい人間なら熱狂するはずだ。この頑馬が使うこの構え、そして繰り出されるこの打撃は!


「“マッスル・クローズ”!!」


 かつての宇宙プロレス最大手、ユニバース・プロレスリング・エンターテインメントの最後のエース、マッスル・Aが得意とした必殺のラリアットは、頑馬の体が覚えている。引退したマッスル・Aから引き継がれた単純(シンプル)にして至高(エクストリーム)必殺技(フィニッシュムーブ)! 拳の先端から血の尾を引き、筋肉の水平線がヨシツネから落とし前の喀血を引き摺り出す!


「クロロロォ……。クソッ」


 ヨシツネの下半身が衝撃で持ち上がり、後頭部から落下して悶え苦しむ。やはり体格差はアドバンテージになりうるのだ。たった一撃! ヨシツネは数々の小細工を弄したが、飛燕頑馬はたった一撃のマッスル・クローズ! 天地を失ったヨシツネの手が刀を探して這う。


「ジェアアアアア!!!」


 オーディエンスがいたらボルテージは最高潮のはずだ。いない観客を煽って雄たけびを上げる。

 ヨシツネの手が止まった。刀を諦めたのか、掌で顔の血を拭い、さらにタートルネックで拭ってスキニージーンズのポケットに手を伸ばす。そしてシワシワの紙幣を引っ張り出して頑馬に投げつけた。


「買収しようってぇのかぁ!?」


「チケットさ」


 ヨシツネの紙幣の肖像画は……。

 福沢諭吉でも樋口一葉でも野口英世でもない。新渡戸稲造でも夏目漱石でもなく、シュルレアリスムの代表的な画家サルバドール・ダリ(サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク1904年 – 1989年)のように左右に伸びる巨大なカイゼルヒゲの白髪の老人……。見開かれた目はダリとは違う邪悪な光が肖像からも感じ取れる。この人物には見覚えがあった。直接会ったことはないが、いつか潰す予定だったクソジジイ。


外庭(ゲテイ)(カゾエ)か」


 ゴア族族長・外庭数! 老齢と憎しみで正気を失い、あっけない最期を迎えた最後の族長。ゴア族族長としての手腕は決して悪くはなかったはずなのに、前任の族長が初代アブソリュートマンに倒されて急遽火中の栗を拾わされた、アブソリュートに翻弄され続けた人生を送った悪魔だ。彼の強すぎる自己顕示欲はゴア族の紙幣に自分の肖像を使わせる程だった。


「ゴア族の偽札を作ってるってのか!?」


「フッ、ゴア族の偽札? それはこの地球では何の罪になるってんだ? 地球上のどこの国の貨幣にも似てないゴアの金。これがダメってんなら子供銀行券だってアウトさ」


 ビッと強い光が洞窟内を照らす。あまりにも強い閃光に刺激され太陽の塔のスポットライトがフィラメントから爆発してしまった。その閃光はゴア族の偽札に目を見開く頑馬の頭のちょっと上に着弾する。頑馬を超える巨体……二四四センチのベンケイは顔面が焼け、表情が苦痛に歪む。


「今のはエレジーナ超電磁流」


「頑馬! 次のが来てる!」


「ジャラ!」


 遠距離から狙いをつけていたせいでメッセの舌が乾いてしまったが、彼女の援護射撃は実際グッジョブだった。ボスを案じるのはメッセもベンケイも同じだが、ここはメッセが一枚上手。いくらデカいベンケイでも、不意に顔面にエレジーナ超電磁流を食らってはただでは済まない。顔面に深い一文字の火傷が出来る。即座に頑馬が師匠ブロンコとの修行で身に着けた必殺パンチ、スタリオンアッパーをベンケイに叩き込み、主導権を奪う。


「メラッ!」


 舌を湿らせたメッセが遠距離からの狙撃でヨシツネの復活の芽を摘む。電撃で右腕の水分が沸騰してしまったヨシツネはもうさすがに戦えない。頑馬とメッセの連携は息ピッタリだ。メッセの援護は戦況的にも精神的にも頑馬を救う。かつての部下は、全員が全員バースのように今の頑馬を否定する訳じゃない。それに! ベンケイみたいなデカいやつを倒すのが格闘の醍醐味!


「ジェアラッ!」


 二〇〇キログラムを超えるベンケイを肩に担ぎあげ、上下さかさまに吊るして腿でベンケイの頭を挟んでジャンプ! マッスル・クローズをくれたマッスル・Aへの返礼品に用意しておいた必殺技、ガンマドライバーだ! ここはプロレスのリングじゃない。岩の転がる洞窟でパイルドライバーを行えば確実に相手を死に至らしめる。


「ジェッ!?」


 頑馬の膝が洞窟に着地する。ガンマドライバーを使えば地面に着く順番は頑馬の膝よりもベンケイの頭の方が先のはず。だがベンケイは地面をすり抜け、往年の名作サスペンスのように下半身だけが生えている。


「ポータルか!」


 火花でデコったポータルが頑馬の足元で開かれ、ベンケイが叩きつけられるはずだった地面をどこかの空に変えたのだ。そのままベンケイは空に吸い込まれて消えていく。


「あーばーよー」


 ヨシツネもグズグズに火傷した右の中指を左手で強引に引き起こし、攻撃的サインを突きつけてポータルで転送される。


「すまねぇなメッセ。今のやつら、どう感じた?」


「もう糖分が足りなくてヘロヘロぉ。でも、手の内盗まれるだけ盗まれた感じよね。クソヤローだったわ」




 〇




 トーチランド。


「お疲れ、ヨシツネ、ベンケイ」


「燈……」


 ヨシツネとベンケイを回収したものの、燈の視線は冷ややかだ。こんな目はイツキやヒトミ、ヨル、そして退職したジョージにも向けたことがない。敗色濃厚になったカッパのような無能の下っ端に向ける冷たい目だ。


「俺に“喜”のポストをよこせ!」


「ふぅん。何か手土産はある?」


「ジェイド対策とメッセ対策が見つかった。俺とベンケイと天狗ならこの二人を倒せる。俺たちのアイディアならメッセを確実に倒せる。あぁーあ。残して来てしまった太陽の塔だけが心残りだ」

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