第12話 頑馬隊長探険隊 怪奇! 謎の遺跡に伝説の妖怪は実在した!
『奇跡の続報! 19年の沈黙を破った天狗リーク』
東京編集局に衝撃の写真が!
過去、本紙が「驚天動地 宇宙木枯らしで地球を脱出した太古のフェアリー発見」と報じたのは2001年12月15日付1面だった。
編集局に届けられた「T県・匿名希望」の写真をもとに、ユニバース・スポーツ新聞の独占記事となった天狗だが、「またユニバース・スポーツの虚構記事」「ユニスポの記事なら俺でも書ける」「新聞を名乗るな」「自作自演」「人を疑うことを知らないくせに平気でウソを吐く」など読者から厳しい意見が寄せられ、飛燕頑馬からも「(ユニスポは)既に大丈夫な状態ではない」と顰蹙を買った。
忸怩たる想いで真摯に宇宙のスポーツをお伝えしてきたユニバース・スポーツ新聞は報道の最前線として矜持を持ちつつ関係者一同臥薪嘗胆の日々を送ってきた。
しかし19年の沈黙を破り「T県・匿名希望」氏から続報があった!
T県に再び天狗が出現し、謎の遺跡に集団で出入りしているとのこと。
一度「T県・匿名希望」氏に痛い目に遭わされている関係者一同はこの天狗インパクトを誌面にてお伝えすべきか会議を重ね知恵を集め、現地に赴いて確固たる証拠をカメラに収めるべきだと結論を出した。
「T県・匿名希望」氏の情報が確かなものならば、T県の山中にアジトを構える天狗の集団が存在する。優れた頭脳を持つユニスポ編集局だが、武芸に長けた天狗を迂闊に刺激すると最悪の事態が発生する可能性もある。
何か良い手はないだろうか。優れた頭脳を持つユニスポ編集局が導き出した答えは、あの飛燕頑馬を隊長に任命し、探険隊を結成することだった。
かつての天狗記事でユニスポに半信半疑になってしまった飛燕頑馬からの信用を回復し、用心棒にもうってつけ。さすが宇宙に誇るユニスポ編集局の頭脳と言ったところ。
隊長就任のオファーを出すと、飛燕頑馬から宇宙某所のステーキハウスに緊急招集がかかった!
●アブソリュート・レイ(飛燕頑馬)
「お前らバカじゃねーの? 本当に大学出たのか? お前ら。ありえねぇ。大学を出て、やってることが地球で天狗探しか? 大学を出してくれた親が泣くぞ。子供に自分の仕事は天狗探しって言えるか? お前らもいつか本気で天狗を探していた自分のバカさに気付いてイヤな思いをする。お前の天狗探しは親子三代を苦しめるんだぞ。天狗記事なんかアーカイブに残せば三代じゃ終わらない。バカの墾田永年私財法だ。ホラホラ! カメラしまえしまえ! 脂が跳ねっちまうだろう」
アツアツの鉄板に乗せられた爆盛ギガアブソリュートステーキ二七〇〇グラムにステーキソースをかけると香ばしいグッドなスメルと湯気がもうもう。ツンデレ飛燕頑馬のささやかな心遣いに感謝。湯気が晴れると、本誌記者の拳ほどの大きさの肉を噛みちぎりニヤリと笑った。
「で、いつ現地に飛ぶ?」
次々と肉をカットして頬張る飛燕頑馬に大まかな計画を説明。小刻みに頷く飛燕頑馬はどうやら乗り気のようだ。
「天狗捜索探険隊の隊長、確かに承った。だが助っ人が欲しいな。一人心当たりがある。電話をかけて訊いてみるからここで待ってろ」
スマホを片手にファミリーも多い大混雑のフロアを離れた飛燕頑馬。そのまま戻ってくることはなく、テーブルには爆盛ギガアブソリュートステーキ二七〇〇グラム、ドリンクバー、カツ丼、ソーセージグリル、若鳥の唐揚げ、コーンポタージュ、ティラミスの伝票だけが残された。
〇
『許すまじ! エロ天狗の先制攻撃!』
人間か! エイリアンか! T県で恐れられている天狗とはいったい何か!?
探険隊は隊長の飛燕頑馬、副隊長のメッセンジャー、本誌記者のサカモト、ナグモ、登山の専門家マスダ、現地のガイドアキヤマにて構成される!
未知の山林地帯に足を踏み入れることは非常に危険だ。まずは天狗が集団生活を送っているとされる山のお膝元の鬼怒川温泉にて一泊し、英気を養った! 大きく消耗する探検隊にとってはちょっとした体力、気力の綻びが死に直結する! 万全を期すことは探険隊に課せられた重要な任務だ。
その時だった!
「キャー!!」
入浴中のメッセ副隊長の部屋から悲鳴だ! 果たして、自らの領域に今まさに侵入せんとする我々に先手を打って天狗が襲撃してきたのであろうか!? 急いでカメラを用意し、メッセ副隊長の部屋に突入した!
「キャー!!」
しかし、既に天狗は去った後だった! バスタオルで体を隠したメッセ副隊長が壁に背をつけて怒りに震え、手桶を投げつける! 本誌記者サカモトのカメラを確認したところ、謎の光が映り込み、メッセ副隊長の体の一部が隠されてユニスポでも掲載出来る写真が撮影出来たが、これは野暮な天狗の仕業なのだろうか!? だがこのT県には何か超常の力を持つ何者かが確かに存在する。硬いもの同士がぶつかるカンカンカンという音が暗い山に遠ざかる。天狗の下駄の音であると考えるのが最も自然だろう。
バスタオルをしっかりと抑えるメッセ副隊長にカメラを向け、確かな手応えにジャーナリズム魂が燃え上がる。
「メッセ副隊長! 天狗を目撃しましたか!?」
「早く出ていきなさい三流カメラマン!」
「天狗は!?」
「……面をつけていたけど髪型はツーブロックだったわ」
翌日、「T県・匿名希望」氏がいるとされる山中へと車を走らせる探険隊一行。しかし不思議なことが起きた! ドライバーを務める現地のガイドアキヤマが路肩に駐車する。
「アレ? 大変です頑馬隊長! 大変なことが起きています!」
「何が起きた?」
「カーナビがイカレっちまいました! 玄界灘の洋上を走っていることになっています! 天狗だァ……。天狗の仕業だ!」
なんと、カーナビで車の位置を示す印はT県の山道ではなく玄界灘の沖に表示されている。外の世界からやってくるものを全て侵略者とみなす天狗の秘伝の妖術だろうか!? 車内に緊張が走る。メッセ副隊長のお風呂を覗いておきながら自分たちは徹底的に逃げ隠れしようなどなんと都合の良いことだろうか。ユニスポの正義漲る報道魂が再燃する。
詳細はお伝え出来ないが、メッセ副隊長の超能力を使ったガイドで何とか目的の村に到着した探険隊。そこで待ち受けていたのは想像を絶する不可思議な出来事だった!!
〇
『何者!? 平家の姫を名乗る謎の老婆』
プライバシーの観点や本記事の真偽の確認を行うアグレッシブな読者を守るために詳細は伏せるが、拓かれた山中に数軒の茅葺屋根が軒を連ねる寒村に「T県・匿名希望」氏は在住する。
車を降りると二人の少女を連れた老婆が我々探険隊を出迎えた。どうやら彼女が「T県・匿名希望」氏であるという。村の広場に招かれると、質素な焚火の傍に串に刺さった様々な肉が。
「どうぞ召し上がってください。シカとイモリの串焼きです。申し遅れました。わたしは建礼門院、またの名を平徳子と申します」
平徳子! 時の太政大臣・平清盛の娘であり、帝に嫁ぎ国母となって各地の水天宮に祭られている波乱万丈の人生を送った悲運の女性! 平安時代の人物が二〇二〇年の日本に生存し、ユニスポに天狗の写真を送り付けたというのだろうか!? 地球人の読者では最高齢ではないだろうか!? これでは三流タブロイド紙のインチキイタコ記事ではないか! 真相を追求すべく頑馬隊長からメスが入れられる! シカ肉を一口で飲み込み、串の先端を平徳子に向けた!
「なんでまた天狗の写真を送った?」
「わたしの人生は長いのですよ。わたしは壇ノ浦の戦いで入水しましたが、源氏の熊手に髪をからめとられて引き上げられました。海中にいたその一瞬、人間の戦を見に来ていた人魚に出会い、その肉を食べて不死身となりました。わたしは幼い頃に一人の男性と恋に落ちました。彼の名は源義経。しかしわたしと彼は平家と源氏。でもわたしたちはまだ幼かった……。それでもわたしたちは一目で互いに恋に落ち、運命に抗いながらいつか一緒になれる夢を描いて懸命に生きました。わたしとのロマンスを頼朝に咎められ、追い詰められた彼は自刃を隠れ蓑にモンゴルに渡ってチンギス・ハーンとなりましたが、わたしを迎えに来ることなく死んでしまいました。しかし悪しき者の手により復活した義経は義経のような何か、“ヨシツネ”として、かつての部下だった“ベンケイ”と共に天狗を率い、頼朝のいない二〇二〇年の日本で悪事を行っているのです。かつての思い人である彼を止めてあげてほしいのです」
平安時代の女性は何ともロマンティックである。しかし「人を疑うことを知らないくせに平気でウソを吐く」などという意見を甘んじて受け入れるユニスポは天狗記事リベンジのためにも平徳子の証言のウラをとらねばならない! それが報道の使命であるからだ。
〇
『ついに発見! 天狗のアジトに謎の巨神像!』
平徳子からの情報を頼りに山中を進む飛燕頑馬隊長探険隊。彼女が記憶を頼りに描いた信頼に足る証拠とは言えない地図には平徳子の村から山を三時間程歩いたところに義経率いる天狗軍団のアジトがあるという。路面の整備がされていないため車を使った探険が出来ず、これ以上は親から与えられた足を使うことになった。
探険を開始する前に平徳子から探険に必要なアイテムを渡された。愛知県の特産品でもあるニワトリ“名古屋コーチン”である。これから先の探険には必要になるという。名古屋コーチンは勘が鋭く、天狗の気配や毒ガスや幻術など天狗の化学妖術兵器を敏感に察知し、さらにいざという時は食料にもなる。野性味溢れる料理を好む健啖家の頑馬隊長からは他の隊員とは違う期待の眼差しを向けられているが、この名古屋コーチンも大事な隊員である。
暑さをはねのけるホットパンツのメッセ副隊長からエナジードリンクを貰い、小休止を挟んだその時だった!
「伏せろ!」
頑馬隊長の鋭い命令が飛ぶ! なんと山の中腹で発生した落石が我々に向かっているのだ! 天候の乱れも見られない平和な山で都合よく落石が発生するだろうか? これは天狗からの「タチサレ」のメッセージなのではないか?
「ジャラッ!」
いわにかくとうはこうかばつぐん! 頑馬隊長の鉄拳が落石を粉砕し、事なきを得たが探険隊は確信する。やはりこの山には我々に害をなす謎の集団が存在しているのだ。メッセ副隊長のお風呂を覗き見したツーブロックの天狗の悪行を暴き、正義のユニスポの手によって報の裁きを下さねばならない!
頼れる頑馬隊長を先頭に我ら頑馬探険隊は進行する。その時だった! 頑馬隊長が決定的な証拠を発見する!
「焚火の跡がある。まだ温かい」
隊員たちに緊張が走る。急いで名古屋コーチン隊員を籠から出し、焚火の痕跡を調査させた。
「コッコッコッ」
名古屋コーチン隊員の様子がおかしい。声に警戒を露わにし、何かを伝えようとしているようだ。名古屋コーチン隊員と密にコミュニケーションをとっていた本誌記者ナグモは名古屋コーチン隊員の言葉を代弁する。
「人間が失ってしまった野性でないと感じることの出来ない妖気が残っているのかもしれません。なんだなんだ!?」
その時だった! メッセ副隊長の舌の先端から強い電撃“エレジーナ超電磁流”が放たれ、ナグモの足元の木の根を焼き切った!
「ボヤッとしてるんじゃないわよ! 毒蛇がいたわ! しっかりしなさいよ! あんたプロでしょ!? アルバイトじゃああるまいし!」
女性だというのに全く臆することなく、電撃で焼き切って絶命したヘビを両手に持ち、ナグモに警戒を促す。メッセ副隊長の手に握られているのは地球最強の毒蛇キングコブラであり、その長さは二メートルを優に超えている。もしもあのままメッセ副隊長が気付かなければナグモはキングコブラの毒に侵されここでリタイアとなっていただろう。名古屋コーチン隊員の野性の警戒心すらすり抜けるキングコブラは狡猾かつ残忍であると言わざるを得ない。しかし何故こんなところでキングコブラがとぐろを巻いていたのだろうか。次第に強くなる天狗からの激しい拒絶と警戒のメッセージに、頑馬隊長の目にもこの怪奇を解明せんと燃え滾る熱い決意の炎が灯る。
頑馬隊長にメッセ副隊長、この二人がいなければ探険隊は何度全滅していたのだろうか。頼れる二人を先頭に探険隊は山道を進む。
「洞窟を発見したぞ!」
頑馬隊長の声が反響する。突如悪魔の形相のようにぽっかりと開いた歪な洞穴が我々を飲み込まんとする。その床は平らに均され、人、或いは妖の出入りを裏付ける重要な証拠になる。名古屋コーチン隊員の羽が逆立ち、メッセ副隊長も白くなまめかしい二の腕をさする。二隊員の野性の勘がここから発せられる超常のシグナルを肌に感じているのだ。
現地のガイドアキヤマによるとこの洞窟を発見して生きて帰ったものはいないと地元住民に恐れられており、同行を拒否するという。しかしそうとまで言われたここを調査せずに何が天狗捜索隊。まずは特攻隊長名古屋コーチン隊員を偵察に送った。
「コッコッコッコッコッコッ……」
引きずり込まれるように躊躇ない足取りで悪魔の喉のさらに奥へと自ら足を進める名古屋コーチン隊員。段々と彼のさえずりが遠ざかっていく。
「コケェーッ!?」
その時だった! 洞窟の奥深くから名古屋コーチン隊員が叫び声をあげた。ついに天狗を発見したのだろうか。この奥で待ち受ける大いなる展開に不安と恐怖を禁じ得ない。そしてついに頑馬隊長が単身特攻を敢行した名古屋コーチン隊員の救助に向かうべく勇敢に駆けだした。
「おいおいおいなんだこれは! 早く来い! メッセ! サカモト!」
頑馬隊長の声が洞窟内に反響し十重二十重となる。スベスベの生足メッセ副隊長の太ももを食い入るように追いかけて洞窟に突入すると想像を絶する光景が待ち構えていた!
「なんだこれ……。本当にスクープ記事じゃないですか!!」
本誌記者サカモトの絶叫がこだまする。洞窟内の岩壁に巨大な像が存在し、我々を監視するように見下ろしているのだ。洞窟のさらに深部からはこの像の鼓動であるのか、短いスパンで規則的な異音が聞こえてくる。
「頑馬隊長、なんですかこれ……。アブソリュートマンの像!?」
「いや、もっと面妖な……。これは、“太陽の塔”か!?」
ジジジジジ、ブツッ。