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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第11話 業

 数日前。トーチランドでボーナス発表会のあった翌日だ。“喜”担当の深浦貞治はロードである燈に声をかけ、時間を作ってもらった。


「これを受け取ってもらいたい」


「何? ラブレター?」


「オウラァイッ。似たようなものだ。俺が日常とシャバに向けた辞表と言う名のラブレター」


 ジャンパーの懐で草履のように温めていた辞表を両手で丁重に燈へと提出する。燈はイヤな顔せず、睫毛の一つも動かさずにそれを受け取った。


「読んでもいい?」


「お願いします」


 パソコンやスマホでなんでも作れちゃうこの時代。真心を伝えるための手段として手書きは存在する。ジョージがヘタクソな字と苦手な日本語で(したた)めた全身全霊の辞表だ。ちなみに彼は日本生まれ日本育ちの日米ゴの混血だ。


「受理します。ジョージくんの気持ちもわかります。何も言わない方が、下手に言葉をかけない方が傷つかないならわたしは何も言わない。餞別にセンゴクのBトリガーは差し上げる。最後に経験値だけはコピーさせてもらうけどね。すぐに辞めちゃう?」


「出来るだけ早くにしてもらえると助かる。ボーナスも返金する」


「それも受け取って。ジョージくんには必要なお金になるはずだから。辛かった?」


「辛くなかったと言えばウソになる。だが俺の弱さが一番心に沁みた。ロードやヒトミ、イツキがスゴすぎることは罪じゃねぇ。ついていけない現実、ついていけない自分の弱さが辛かった」


「君のこの後の人生にいいことが起きるように祈っています。今までありがとね」


 こうして深浦貞治は円満退職し、トーチランドの“喜”に空席が出来た。

 賢い駿河燈はこうなることを予想していた。深浦貞治が“喜”を続けてくれてもよかったが、ジョージはイツキやヒトミに比べると安定感やモチベーションに欠け、最低限のことをやってやったつもりになっていた。十段階中三のものを求めればジョージは四か五までやつてくれたが、イツキとヒトミは常に十まで突っ走るやる気を見せてくれる。実際に十までやれるのはヒトミだけだし、イツキは頑張っても十までは出来ない。でも最低限八か九まではやってくれる。

 トーチランドの目的、リーダーである燈、仲間たちに魅力を感じられないジョージを使い続けても双方にとっていいことはない。それに空けば新たな戦力を“幹部”という引力のあるポストで勧誘出来る。


「ジョージくん辞めちゃったんだ。どうしますロード。托卵ゴア族をもっと探します?」


「いえ、アッシュを誘いましょう。幹部の座ならあいつも少しは揺れるかも。不憫なジョージくん。もう戻れないのに。わたしが戻したくても、彼が戻りたくてももう戻れないのに」




 〇




 今日。

 何もやることがなくなり、何者でもなくなったジョージは街をブラブラしていた。目的も何もない。何か買い物でもするか? 映画を観に行ったりカラオケでもするか? それとも女の子をナンパするか? トーチランドの女の子たちはレベルが高かったなぁ。

 病んだようにガリガリだが儚げな美しさがありそのアンバランスさを支えたくなる燈。

 鋼の筋肉を華奢に収めたクールビューティーのイツキ。

 人懐こさと計算高いあざとさが両立したスウィートなヒトミ。

 常にカリカリしているが芯の強さと超絶歌唱力を持った鉄火肌の歌姫のヨル。

 あの四人に比べちゃその辺を歩いている女の子なんて……。久しぶりに戻った日常は何もかもがつまらない。「辛い」と思える分だけトーチランドは幸せだったのだろうか。手なんて絶対に出せない四人の女の子に囲まれ黒一点。劣等感や恐怖心に苛まれつつもあそこにいるほうがよかったのか?

 そんなことを考えてしまう心の弱さが! 嫌だったから辞めたんだ! いくらでも幸せになってやる! この何もない日常で!


「おいウソだろ」


 街を徘徊するジョージが見覚えのある顔を見つける。幾分精悍になったがまだあどけなさの残る、日焼けした顔の少年。都築カイだ。ヒトミの身代わりになったあの戦いで自分に毒を入れて死の淵まで追い詰めたクソガキだ。向こうはまだ気付いていない。エコバッグに果物やパン、荷造りヒモなんか入れてご機嫌な休日を過ごしているようだ。あのヤベージェイドもいない。完全に一人だ。ジョージはポケットに手を入れ、中のBトリガーに触れる。このまますれ違いざまにBトリガーを起動し、ポケットの中からセンゴクの剛腕で殴りつければ勝てるのでは? それで気は晴れるのか?


「……」


 Bトリガーから手を放し、頭のサングラスを下げて自分の目線を隠す。不意に視線を感じると、すぐ目の前に都築カイが立っていた。汗も周囲の人の動きも止まる。穏やかなカイの視線だけが今のジョージの世界の全てだ。


「NOだ」


 ジョージはニヒルに笑って両手を耳の横で振った。武器も持っていないし拳も握っていない。やる気なんてないし、やらない日常を求めてトーチランドを辞めた。


「この前は大丈夫だったのか? “水”の弾を受けて」


「ああ。全然大丈夫じゃなかったぜ。危うく死ぬところだった。ロード……。元ロードのおかげであの日のディナーのカレーライスのお預け程度で済んだ」


「悪いことをしたな。あんなことにするつもりじゃなかった」


「フッ、変わったボーイだな。俺が憎くないのか? 俺を殴りたくない?」


「今のあんたは何かするつもりなのか? そうは見えない」


「ああ、何もする気はねぇぜ。俺はもう辞めた。ゴア族という身分は変えられないが、俺は足を洗ってカタギで生きていく。なんでだろうな。なんで敵だったお前にこんなことを話して救われた気になってるんだろうな。何も知らないボーイにこんなことを言って」


 サングラスをかけていてよかった。サングラス以外にも涙で視界が悪くなる。このガキがアブソリュートやゴア族のしがらみに囚われていないってわかっているからか。何も知らないガキだから……。


「そう言うならそうなんだろうな。一つ持っていくか?」


「なんだ、コレ。フランスパンか?」


「バゲットだ。買いすぎたんだ。知り合いがおすすめの店があるっていうから行ってみたら、ついに財布のヒモが緩んでしまった」


「バゲットねぇ。一発でその知り合いが誰かわかったぜ。フン、もらってやる。お前にあのヘビーな毒を食らった後は何も食えやしなかった。少し腹が減ったぜ。ありがとな」


 カイに別れを告げ、駅前の緑のカーテンで涼をとってフランスパン……バゲットか。バゲットに塗るジャムは何がいいかなんてカタギらしい妄想を膨らませる。ヘチマやゴーヤのカーテンの向こう側に大きな影がかかった。その影は右に動き、自らの胸に触れるような動作をしてからジョージに向かってくる。


「お兄さん、少しいいですか? 警察です。少しお話いいですか?」


 異星人の犯罪を取り締まる特殊警察ACIDのエース、和泉岳だ! 相変わらず職務への協力を拒ませる無愛想で石のようなしかめっ面が威圧的にジョージに接する。


「はい免許証でいいですか? どうぞ」


「拝見しまぁす。貞治(サダハル)さん?」


「ジョージ」


「お仕事は?」


「この間辞めて今は無職です」


 やましいことはある。地球人だってバカじゃない。ジョージがゴア族と関わっていたことは知っているはずだ。今まで尻尾を掴めなかったゴア族の残党から一本毛が抜けたからそれを逃さずやってきた。だがジョージだってバカじゃないし人並の忠誠心はある。ロードやイツキたちに不利益が生じないようにトーチランドのことは隠蔽するし、トーチランドが職質回避や職質対応などの研修やロールプレイで対策をとっていることは地球人もご存知だろう。むしろイツキやヒトミの方がトーチランド外でもよっぽど不審な恰好や行動をしている。きっと地球人にとって一番不審だったのは、ゴア族が単独で行動していることなのだ。


「ポケットの中を見せてもらってもいい?」


「どうぞ」


 危なかった。Bトリガーをメリケンサックに装着したままだったら連れて行かれていただろう。分離した今のBトリガーはただのボールペンだしメリケンサックは置いてきた。剥き出しでもBトリガーは起動できるが、地球人じゃボールペンとBトリガーの判別は出来ない。和泉はジョージの免許証を照会している間は無駄話に花を咲かせる。ここも警察の腕の見せ所だ。


「暑いんでね。気を付けてください」


「お巡りさんこそ大変でしょう。交番の婦警さんとか真夏にもあんな重装備で、いつもありがとうございます」


「そう言ってもらえるとお巡りさんは助かります。ハイ、ありがとうございました。ジョージさん」


 今の和泉にジョージをしょっぴくことは出来なかったが、これは何気にジョージに効いていた。トーチランドにいた頃は完全にクロだったので警官を意図的に避けて通ったし、地球人もゴア族に職質をかけて暴力で抵抗されたら和泉以外は全員やられる。なんの後ろ盾もない男一匹ゴア族。「見張っているぞ」とアピールされたのだ。

 どうすれば元の生活に戻れる? どうすれば足を洗える? どうすれば地球人にもゴア族にもアブソリュートにも怯えずに済む?

 罪を償う? 刑務所にでも入るのか? 裁判は受けさせてもらえるのか? 刑期は? 法廷で不利な発言をしたらイツキやヒトミが自分を消しに来たりしないだろうか? スネに傷どころじゃない。

 二十四歳までフツウに生きてきたのに三か月前にいきなりスネに入れ墨が入っていたことが発覚したみたいだ。ロードが自分を見つけなければ……。

 トーチランドに加担したことは罪だろうが、托卵ゴア族に生まれたことは罪ではないはずだ。

 大嫌いだったBトリガーをちょっとひと撫でしてため息を一つ。優秀すぎるヒトミやヒステリーのヨル、魅力が怪しさに直結していたロードと違ってイツキは裏表のない子だった。ロードに褒められたときにだけ少し綻ぶイツキを思い出してしまった。


「ハァ……」


 思い出はいつもきれいだがそれだけではお腹がすく。カイからもらったフランスパン……バゲットをワイルドに齧る。

 これから先は人間の深浦貞治として泥水をすすって生きていくか、それともゴア族の端くれとしてパッと散り、何も考えずに与えられた刑期という“贖罪”を享受させてもらうべきか? 燈の言った通りの不憫なジョージくん。もう戻れないのに。燈が戻したくても、彼が戻りたくてももう戻れないのに。


「ムギィ」


 脳裏に焼き付いたイツキの照れ笑いと歯茎に食い込むバゲットの弾力。二つを天秤にかける。




 〇




「さぁ、カッパ! フジの力を引き出して!」


「カッ!」


 日本の妖怪カッパvs宇宙最強アブソリュート人の若者。異色の対決カードの火蓋が埼玉県飯能市の河原で切って落とされる! アブソリュート・アッシュのセールスポイント、つまり燈が買ったポイントはバリアーの扱いとアブソリュートのプライドを捨てて地道かつ狡猾な戦いをすることだ。投石、草結び、落とし穴、バリアーの障害物といった強さとは正反対のズルい戦い。このスタイルはミリオンやジェイドに憧れた賜物だろう。ミリオンの闘志剥き出しの気迫や剣術、ジェイドの多彩な超能力を持たなかったアッシュは才能の差や限界に抗い、邪道という自己流を手に入れた。

 投石でマートンを倒したあの河原の戦いも燈は知っている。川の上流と下流の違いはあるが足元には投げるにはうってつけの石が唸るほど転がっている。


「お前、名前なんて言ったっけ? いや、言わなくていい。どっちにしろお前は鼎のプライドを踏みにじった。お前の目的がそうじゃなかろうとそれは変わらない。お前の名前はなんて言ったっけ?」


 フジはオタサーの設営したテントからロープを引っ張り出す。テントに使う頑丈で細いロープだ。そのロープを両手で引っ張ってまっすぐ伸ばして大体の長さを確認し、カッパと燈に怒りの眼差しを向ける。


「ヒモと名前で思い出したが、お前は『君の名は。』は観たか? ネタバレになるが三葉が瀧に髪のヒモを投げて渡すシーンはグッと来たなぁ。あの時のヒモには結び目がついていたから真っすぐヒモが飛んだ」


「でもそのロープはただのロープだよ?」


「今はな。セアッ!」


 フジの一振りでロープがカッパに一直線だ。何の変哲もないロープの先端がカッパの水かきに叩き落とされるが、タイミングが狂った?  そのまま投げれば自重と空気抵抗でヘナヘナにしか飛ばないはずが、今は確実にカッパを狙ってきた。ロープは不規則に変化しながらしなってフジの掌に収まる。


「結び目の代わりにバリアーの錘をつけた。そうだな。この技、命名するなら『名前は三葉!』だな。次はカッパ巻にしてやる」


 バリアーの錘がついたロープをカウボーイのように振り回し、カッパとの間合いを図る。バリアーの錘でロープを投げられるように!? ダッサい。バリアーの錘が作れるんならカウボーイの投げ縄にも忍者の鉤ロープにも宍戸梅軒の鎖鎌にも出来るだろう。ミリオンやジェイドなら真っ向から殴りに来るところをダッサくするのがいい。このダッサさがアッシュの魅力!


「安心してくださいロード。カッパはヒモには負けません」


 カッパの爪が灼熱の陽ざしで鋭く光る。水泳選手の体格が非常に大柄でパワフルなように水中に適応したカッパの腕力や握力、瞬発力は馬を川に引きずり込む。加えて未だに不明なところが多いカッパの生態やスペックを把握しているのは燈くらいだ。彼女はこのフジvsカッパの盛り上がりにもう少し期待する。


「もう一発! 『名前は三葉!』だ! セアッ」


「カッ!」


 カッパの爪が空を切る。投げられた後のロープが空中で右折し、馬の皮膚を切り裂いて肉に食い込むカッパの鋭い爪をヘビのように回避したのだ。渇きつつある目を凝らすとまさしくヘビを模したバリアーの背骨がロープを靱帯にして覆っている。先端に錘をつけただけではなかった。バリアーの関節で完全にロープをコントロールしている。


「カッ!?」


 ロープがカッパに巻き付いて馬鹿力を元から縛り上げた。ゴツゴツとした河原の石の上にバリアーを敷いて均したコートをしっかりと正しいフォームでフジが走りこんでくる。バリアーで足場を敷けるフジにグラウンドコンディションの不良というディスアドバンテージはない!


「セアッ!」


 右の鉄拳がカッパの頬を殴り飛ばし、クチバシにヒビを入れる。渦潮の中みたいに目の前がグワングワンと揺れるが、これはカッパには想定内だ。


「ってぇ」


 二〇〇八年、スポーツの祭典オリンピック! 北京で行われた夏の大会で注目を浴びたのが水泳競技だ。着用した選手が次々と好記録をマークした水着には、水の抵抗を削る“サメ肌”のような機能があった。そしてカッパも、同じくヤスリのようなサメ肌を持つ。フジの鉄拳はカッパの頬のサメ肌に削られ、拳に深い擦り傷を作って出血させる。このサメ肌と水陸両用の身体能力がある以上、殴り合いではカッパ有利。このまま身をよじればサメ肌でロープも千切れる。


「カカカッ。カッパをナメたな小僧!」


「狡い真似しやがって」


 バチンバチンと音を立ててロープを軸にバリアーの結束バンドがカッパを締めあげ、背中、両側面、正中線に真っ直ぐな支柱が入る。ちょうど小学生が夏休みに家に持って帰るアサガオだ。もうカッパには首から下の身動きはとれないがまだ手はある。“仮想ゼータストリームショット”の高圧水流をクチバシから放てばフジ如きを貫くのはヘのカッパだ。


「俺の名前を言ってみろ!」


 カッパの上空の日光が屈折した。唯一自由な首を上空に向けると、半透明な……。ハンコ? 平らな底面、その上にゴツゴツした何かが……。


「セアアッ!」


「カペッ!?」


 幾分美化されているがバリアーで作ったフジの胸像が直下し、体を垂直に固定されて肉と骨のサスペンションが効かないカッパの脳天から踵まで衝撃が貫通する。脳天の皿にヒビが入り、ガクンとカッパが直立不動で仰向けに倒れ、甲羅の丸みでゴロっと転がった。


「スゴーイ。ものすごいダッシュだった。ベン・ジョンソンみたい! トランプマンみたいなトリックに綾小路きみまろみたいなジョークのセンス! ウチにピッタリだわ!」


「例えの人物がもう時代から去ったやつばかりだな。さては中身はババアかお前?」


「……もうちょっとカッパには頑張ってもらおうっと」


 ババア呼ばわりが気に障ったのか、燈が軽快に指をパチッと鳴らすとカッパの皿が再生し、膝に手をついて立ち上がった。口と肺で深呼吸し、フジと燈に目配せする。


「もう少し頑張って、カッパ」


「プラモデルじゃあるまいし、人間やバケモンやゴア族をくっつけたり、科学者さんのやることはわかりませんなぁ、俺なんかには」


「『ゴジラvsビオランテ』のセリフ? わたしもあの映画は大好きよ。さぁカッパ、燈ちゃんもっと応援しちゃう!」


 「燈ちゃん」が「torture」に聞こえる。カッパにも後はない。ゴア族や幹部には優しく甘いロードも時には厳しさやムチでメリハリを見せなければならない。その犠牲になるのは自分たちのような非正規のヒラ異星人たちだ。ジョージが抜けて正規職員たった四人でアブソリュートにケンカを売るトーチランド。成功の暁にはどのような報酬が出るかは見当もつかないが、自分や自分たちの一族の立場が見直されるのは間違いない。厳しく当たりはするが理不尽な不遇を強要せず報酬は弾むのが燈に一本通った筋だ。


「カァッ!」


 距離をとったらまたバリアーでやられる……。着脱可能な甲羅を外し、ライオットシールドにしてアサルトを決行する。投石やバリアーの礫、電撃程度なら防御出来る硬さだ。これで距離を詰め、カッパサメ肌とカッパ瞬発力、カッパ馬鹿力で制圧する。シンプルだがこれだ。


「最近流行ってるなぁ、AトリガーだのBトリガーだの。じゃあ俺はCトリガーを使わせてもらおう。触らなくてもどうにかする術くらいいくらでもある」


 数歩足で後退し、カッパをバック走で振り切れないと悟ってからはバリアーの足場に乗ってカッパとの距離を保つ。ダッシュのピークが過ぎたカッパの足が止まり、フジを見上げる。両手にバリアーで作り出した刃を握り、二枚を交差させて切っ先をカッパの左手に狙いをつける。そして刃の交差するポイントに小さな軸……ネジが打たれて蝶番になり、ジョイントさせてバリアー製の巨大なハサミが出来上がった。

 ヂョキン!


「カパァ!?」


 ハサミがカッパサメ肌ごと左腕の腱と筋肉を切断し、カッパの鮮血が川に流されていく。真夏だってのに燈の背筋はゾクゾクだ! バリアーとロープを組み合わせた支柱からの胸像の落下、バリアーでハサミを作って触れないカッパに強力な斬撃! この応用力はBトリガーにも活かされるだろうし、ゴリ押しの効くミリオンやレイ、手札の多いジェイドには出来ない同じ技へのこだわり!


「戦うのは嫌いだったんじゃないのかよ……」


「ああ、嫌いだね。だがお前程度が相手なら戦いじゃねぇ。ただの始末だ」


 Cトリガー……。シザーの頭文字ってCだったっけ? このカッパは恐らく宇宙一英語に詳しいカッパだが予想外の攻撃に混乱する。甲羅なら……。甲羅なら防げる!


「カパッ!」


「おっとさっきから随分とその甲羅に自信があるようだなカッパ。じゃあこうだ」


 ハサミの刀身が縮まって分厚く平に変化する。刃先には細かい凹凸が出来、挟んだ対象を逃さず固定する形状だ。


「カッパ! それは甲羅でも防げない!」


「セアッ!」


 パキッ!

 ハサミよりも強い力で対象を捕捉し、両の腕力を挟んだポイントに集約させる工具、ペンチ。右腕一本のカッパと両腕でペンチを握るフジではもう力比べにならない。甲羅は奪い取られ、バキバキとヒビが入って使い物にならなくなる。初代、ミリオン、ジェイド、レイに比べれば雑魚? そんな風に聞いていたがそういえば初代、ミリオン、ジェイド、レイとも戦ったことはないしよく知らないし……。確かにそいつらと比べれば弱いんだろうが、上手く燈の口車に乗せられていた気がする。


「セッ!」


 すかさず投石、投石! クチバシが砕けてボイスモジュレーターが剥き出しになった。続いてペンチで掴んだ炭の流星群! 全身に火傷を負ってもんどりうつ。もう何も言えねぇ……。もう「無理です」とか「諦めます」とか、ロードの意に沿えない言葉しか出ない……。


「セアアッ!」


 三本束ねられた光の矢がカッパのサメ肌、胸、肋骨、内臓を通過して背中、サメ肌と抜けていく。もう痩せ我慢も不可能だ。これ以上立てないことに感謝すら抱きながらカッパが地に伏せ、気を失う。


「お見事! CトリガーのCって何? 持ち手とネジさえ打てば刃はハサミにもペンチにも、やつとこにも連結させられるからConnect(コネクト)のC?」


「不気味なガキ……。ああ忘れてた。中身はババアだったな」


「頑張り屋さんなのが伺えるね。アブソリュートじゃ教えられない戦い方。地球でよく吸収して学習したのね。ご褒美を上げる。望月さんの為にサークルのみんなの記憶からわたしを消してあげる。それとも体で支払った方がいいかしら? ムフ」


「一九八〇年代の週刊少年サンデーのセンスだな、ムフって。島本和彦が大学生時代に衝撃を受けた表現だぞ。やつぱり中身はババアだな。ピチピチのオタサーの姫がいるからババアに用はねぇ。しかもババアはジジイかもしれねぇ。失せろ」


「失せていいの?」


「ああ。姉貴がカイの素性を知らねぇとでも? お前がXYZの黒幕なら、俺のようななんの責任もない雑魚じゃなく姉貴が始末すべきだ」


「ムフ。本当はわたしに勝てないから見逃すふりをしてるのに。キャワイイ」


 タヌキババア。お見通しか。この駿河燈……。捨て駒のカッパを使わずともフジを焦らせ、力や切り札を引き出すことが容易な程の強力な力を隠している。フジ自身にもまだ気持ちの整理がつかず、巨大化なんて事態に追い込まれると遠くまで避難出来ていない鼎が危険だ。

 それにジェイドが始末すべきというのも本心だ。あの時、ジェイドがXYZを抹殺出来なかったことが今の事態に繋がっているのなら、詰めの甘さの指摘を回避するためにジェイドがケツを持たねば。


「バイバーイ」


 火花でデコったド派手なポータルを開き、駿河燈が異次元に消える。

 本当にカイがXYZの息子なら、三十五年前にXYZを殺せなかったことでジェイドはカイという最高の理解者と生きがいを得たのか。


「因果なものだ」

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