表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
338/375

第38話 赤と青き線

「ところで、この中で釣りやったことある人間はおるんか?」


「市ヶ谷の釣り堀なら」


「え……。まさか龍之介さん、あの釣り堀の近くの大学の学生……?」


「そうだよ」


「ポンコツ大学の学生が恐れ多くも話しかけてしまって申し訳ありませんでした」


 レンタカーのハンドルを握るナカムラは完璧に自分の役割を理解していた。この落ち込んでいる耕平ってやつの友達になればいいし、そのプランを補強するために龍之介も呼ばれた。フジは……。ナカムラはある意味で、フジの最も誠実な場面を見てしまった人間でもある。サークルで姫待遇していた鼎との交際がナカムラにバレた時、フジは冗談や普段通りの不遜な態度も交えて、自分と言う人間を伝えるという最も誠実な対応をとった。そこにごまかしやお世辞、謝罪はなかった。だから今も、やさぐれのオオカミを演じなければならない理由があるのだろう。龍之介はこんな穏やかな人間がいるものなのかと世界の広さを実感する程の好青年だが、自力での発信力には欠ける。ならば自分が道化になるしかない。本当はナカムラだって毎週新喜劇を見てげらげら笑う典型的関西人ではない。むしろ陰気な方だが、鼎の件をふっきって少し肩の荷が軽いだけだ。だから、こんなギリギリのバランスの自虐ネタも言えた。


「耕平くんは?」


「おい、こいつらには隠すことねぇぞ。話してやれ、耕平」


 言い淀んだ耕平をすっとフジが促した。口調は穏やかだったが、明らかに車の空気はフジが支配していた。一番話すのはナカムラだったが、あくまでも今回の主宰はフジ。将棋の駒を動かすように淡々と会話のペースを支配していたが、この場にいる全員がフジの本質……不器用、臆病、こけおどしの不遜を知っている。


「俺は高校に上がるまでロクに学校に通ってなかった」


「マインクラフトでタージマハルでも作ってたんか?」


「俺の家業は狩猟と廃品回収、そして廃品修理。地球で言う昔の夢の島みたいなゴミ溜めをうろついて、使えそうなものを再生させて自給自足の生活をする。あとはケモノを狩って、その毛皮や内臓を売ったり肉を食ったりしてた。だから学校には通ってなかったし、親父もじいちゃんもそうだ」


「でも高校には行ったんやね」


「両親と兄貴と姉貴が定職について、中央に仕事を持ったからな。俺は中学校に通ってなかったのに工業科に推薦入試で入って奨学金まで出されて資格をたくさん取った」


 だが、そうするように制度を整えて援助してくれたアブソリュートミリオンをこの場で礼賛し、神のように崇めるつもりはない。息子であるフジのプライドが傷つく。


「釣りは?」


「当然したよ。でも釣り具を買ったことはないな。すべてクラフトした。俺がやったのは川魚や淡水魚を釣るだけだよ。ちなみにブラックバスとブルーギルは美味い」


 耕平は名状しがたき不思議な高揚の中にあった。そのために驚く程饒舌になっていた。龍之介が怪獣であるという身の上をあっさりと告白したことも追い風だったのだろう。


「……大丈夫か? この後。海釣りやったことある人間いないぞ。フジさんが適当に思いつきで海釣りって言っただけで。なんとなく二十代の男はレンタカーで海釣りって思っただけで何も起きんぞこの後。釣り具借りて海眺めるだけで終わるぞ。寒いしな。悪いけどさぁ龍之介さん。このまま向かったら別に何かあるか調べてくれへん?」


 助手席の龍之介は頷き、目的地である三浦半島周辺のマップを開いた。地図のレイヤーを切り替えると、東京からほとんど出たことのない龍之介が臆するくらいの緑と短い間隔の等高線、ぎざぎざの海岸線……。


「ついこの間まで水族館があったみたいだ。先々月閉園した」


「おいおい大丈夫かぁ? 今から渋谷に切り替えへん?」


「これなんて読むんだろう……。三に崎でサンサキ? 漁港ってところはマグロが美味しいらしくて、レンタルサイクルで観光しながらマグロを食べるコースが定番らしいよ」


「それって三崎(ミサキ)ちゃう? フジさんがウラオビと戦いに行く前に、俺に奢ってくれるって言ってたマグロとちゃうか」


「じゃあそのあとすぐに僕がウラオビとの戦いに乱入したってことになるね。あの戦いでは僕も頑張ったよ」


「じゃあもうマグロでええやん。耕平くんはどう思う?」


 耕平は少し頬が火照るのを感じた。ナカムラと龍之介の気持ちはわかる。自分の友達になるために、ノリの良い若者を少し無理に演じている。だがもう本質はわかっている。どこまでもお人好しな二人だ。だからこそ、こんな二人と友達になりたい……。Z飯店は幼馴染が目的を持ち、戦闘集団と化してしまった組織だが、幼馴染故に通過したスクールカーストも持ち込まれており、高校入学でなんとかナードになれたシカリと違い、エコーはバチバチのジョックだった。この両極端によりZ飯店の中で誰もが無意識に軽視していた耕平だが、この場にいるのはもうスクールカーストなんて脱したある程度の大人であり、分類しても自分に近い階級の人間だった。

 何より、この二人はいいやつだ。


「マグロにしようよ」


「しょうがねぇな……。ナカムラは就職祝い、龍之介は進学祝い、耕平は中野ブロードウェイでの礼だ」




 〇




「Can we take a picture together?」


 秋の黄色への衣替えすら終え、はらりはらりと銀杏の葉が散る上野公園。東京国立博物館との境目では大きなラジカセに革ジャン、リーゼントの中年たちがツイストを踊っている。その男たちは……息を飲んだ。おおよそ人間の頭髪とは認識不可能な巨大なタワーが、人間の頭部から生えている。それが、ディエゴ・ドラドデルフィンが五十年以上かけてつくった無敗の証、即ち特大リーゼントだった。


「ファーック!」


 条件反射じみて暴言を吐いたのち、エンターテイナーの本能と理性に従って外国人観光客の写真撮影に応じツーショットを撮り、プロ格闘家の技術を使って派手な音と派手な振り、それでも痛みを与えないビンタを見舞い、最高のファンサービスをした。その巨体、怒声、カリスマ性。上野公園は人も空気も、ディエゴと彼を先頭に歩くDD興業幹部を中心に回っていた。上野公園に限っては天動説、地動説でもない。ディエゴ中心説!!!


「いい旅をな! グッド・ファック!」


 “無頼怪獣ヘイワン”

 Diego(ディエゴ) Dorado(ドラド)delfín(デルフィン) (??) ♂

 歩くデンジャラス! その腰に輝く黄金のチャンピオンベルトの位置は、並大抵の男の頭より高い位置! スケール違いの絶対王者!


「どうだ、シャオシャオ」


 “双尾怪獣ジナジニア”

 Xiǎo(シャオ) Xiǎo(シャオ) Silver(シルバー)shrimp(シュリンプ) (23) ♀

 実に可憐なチャイニーズ・カンフー・ガール! 可愛い見た目に騙されるな! 生き生きしている金の亡者!


「ワタシが潜入してた時のエレベーターと歩幅から考えて、大体この辺りに上野地下宝物殿があると思われるヨー。でもエレベーターの降下にかかったG、降下時間から考えるに宝物殿は地下鉄よりもずっと下にあるハズダネー。でも二次元での大まかな座標はここであっていると思うヨー」


 DD興業の暴君はそっと石畳に触れた。近くの噴水は、冷や汗のように急に水を噴き出し、冷えた風と水、そしてディエゴの熱がまざりあってにわかに薄い霧さえ発生させた。


「ラーナ、スティング。お前らでも無理か?」


 “残虐怪獣スレイル”

 Svetlana(スヴェトラーナ) Scarlet(スカーレット)skate(スカート) (28) ♀

 妖艶の深淵からやってきた緋色髪の美女! 触るな危険! ディエゴの愛人である以上に、超危険サディストだ!


「ポータルのリクエストを送ってみたけど、アクセスが拒否されました」


「私も同じだ。シャオシャオの報告通り、上野地下宝物殿はネガ・エウレカでコーティングされポータルを開くことが出来ない」


 “石怪獣()ラメ()

 Sting(スティング) Seryyjelly(セーリィゼリー) (??) ??

 禍々しいフェイスペイント! ロングコートにロングブーツ! ゴス! ゴシカル! 怪奇派プロレスラー! 


「じゃあ地盤ごとぶっ飛ばすしかないな!」


 ディエゴは片膝をつき空手家瓦割りじみたデモンストレーションを見せた。

 ばごぉん! と凄まじい音を立て、石畳は茹で卵か何かのようにひび割れ、噴水まで亀裂が伝播して水が漏れだし、そしてディエゴの拳が作ったクレーターの中心に浸透していった。恐ろしいことに、水はクレーターから溢れることも溜まることもなかった。それだけ深くまで地面を割り、水は地下に流れて行っているのだ。


「社長、そのやり方では威力が足りません」


「テメェ、俺のパワーに不満があるのか?」


「人体と物理の仕組みの問題です」


「じゃあこうするまでだ!」


 ディエゴはイルカになった。

 全身運動の跳躍でイルカじみて天高く飛び上がり、水しぶきの代わりに地面を砕いて飛散させた。DD興業メンバー、観光客の目から見て、その巨体がメダカじみて小さく見える程の高い跳躍……。そして真下方向へと放たれた常識外のスーパーマンパンチが、上野公園を砕いた……。あまりにも強いパンチにディエゴは水に潜るように地面に潜り、今なお地盤を砕きながら地下へと下降し続けている。それを中心に地盤はばきばきと砕かれ、行き場を失った土が隆起して上野公園は自ら潜った生者の埋まる古墳じみて地形までもが変えられてしまった。この一連の現象を質量と地面の衝突と理解することが出来るものは……。DD興業のメンバーだけだろう。


「おいオスカァー!」


 ……。地盤を砕く音が終わり、今度は十重二十重に反響した怒声が地下から轟いた。

 ディエゴがやってのけたことはもうテロリズムといった域を超え、人為的な災害の類だったが観光客は身の安全を確保出来る位置で見入っていた。のどかな公園を破壊し、これから強奪という犯罪行為を行うというのに、それでもこの一連のカタストロフィを見ていたものたちはディエゴのファンにさえなってしまった。拍手喝采さえしたのだ。


「降りてこい。宝物殿についた」


「ガッチャ」


 “臥纏怪獣モポルポ”

 Oscar(オスカー) Orange(オレンジ)octopus(オクトパス) (??) ♂

 華々しい同僚と違って質素なツナギにモップの男! 頭もモジャモジャ野暮ったい!


「さぁ……。上野地下宝物殿より取り見取りだぜ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ