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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第37話 ワンダー

「薪悟、一杯付き合わないか」


「はい」


 薪悟は故郷に帰っていた。地球での仕事は少し長めの有給休暇を急に申請してしまったが、許されるくらいに薪悟は模範の社員であったし、申請した時の薪悟の憔悴っぷりからも会社は彼には休養が必要だと察したのだ。現場では地球人として振舞っている薪悟だが、会社のホワイトカラーは彼がアブソリュート人だと知っているし、むしろそれをリスクだと思っている節もある。彼が暴れたら手が付けられないとかそういうことではなく、命を預け合う現場に同胞……地球人ではないものがいることで伝播する不信感だ。この一年半にアブソリュート・アッシュやその兄姉、仲間の怪獣に何度も地球を救われたにも関わらず、偏見は抜けない。


「焼酎でいいか? 薄めるか?」


「もう子供じゃないんです」


「悪いな、俺は薄める。サイダーでな」


「それって割るって言うんじゃないですか?」


 アブソリュート・マイオス。Z飯店メンバーからはパトラパパと呼ばれることもあり、実際パトラの父である。

 薪悟の母が存命の頃から家族ぐるみで付き合いがあり、薪悟十三歳時に母が倒れた時は仕事を与え、十六歳時に逝去した後は自宅の敷地にプレハブを建てて以降薪悟はそこに住んでいた。幼い頃のZ飯店メンバーを連れてどこかで出かける時は引率もしたし、誰もが認める人格者で、父の記憶を持たない薪悟にとっては父同然だった。そしてマイオスの方は薪悟との間にないものは血の繋がりだけで、完全に息子とみなしていた。いずれ自分の工務店も継がせるし、娘のパトラも彼と結婚すると信じていた。むしろ遠慮しているのは薪悟の方だった。


「はぁ」


 一杯目を飲んだマイオスはあの頃の血色の良い紅潮ではなく、一種不具合のように顔色を変えた。工務店も拳法の道場も、主導はするが彼が最前線ではなくなっている。


「これで足りるか」


「十分すぎるくらいです」


 よく食べた安いキノコと牛肉の炒めもの。名のある料理ではない。ただの炒めものだ。それを大皿によそい、二人は箸でつつき、酒を飲んだ。薪悟は……。マイオスに言わねばならないことが山程あるのに言えない。

 それでもマイオスは、薪悟を卑怯だと言わない。ここは薪悟の実家である以上に彩凛の実家だ。その彩凛が今は薪悟に会いたくなくて傷心だというのに薪悟がここにいれば、彩凛はここに戻ってくることは出来ない。

 それでも言わないのは、彩凛の方が強い……血の繋がりのある娘だからではなく、シンプルな見極めとして娘の方が精神が強く、支えてくれる人間も多いからなんとか出来るだけだ。実際に彩凛はメッセと一緒にいるから大丈夫、とマイオスに伝えている。それでも内心思うものはあった。区別をつけるつもりはなく、パトラもブレイズも遍く子供として接してきたマイオスだが、土壇場ではやはりパトラを……。


「SNSに流れてきた映像で見たが、アッシュは強かったな」


「俺が弱かったんです。フジもディエゴ・ドラドデルフィンも強かった」


「俺はお前に甘いから……。アッシュやディエゴと違い、お前に課題を出し、正解もくれてやらないが、何が間違っているかは教えてやれる。まず、お前がアッシュに挑もうとしたことは間違いではない」


「でも、俺は何かを間違った」


「そうだな。間違ったな。彩凛はすべてわかっていた。お前には欠けているものがある。だが、その欠落をどうにか出来ない限り、お前はアッシュには勝てないし仲間を取り戻すことも出来ない。言葉は悪いが今までは仲間が自分の意思で自然体のお前を慕っていただけだ。これからはお前が自分で仲間を取り戻すために努力しなければならない。だが、今のお前にその力はない」


 フジの雷撃よりも厳しい言葉だったが、そこには優しい父の熱が確かにあった。口調はあくまでも穏やかで、かつてはあれだけ酒に強かったマイオスが焼酎のサイダー割りでここまでろれつが怪しくなってしまうのは……。マイオスは確実に老けていっているのに、薪悟自身は何も成長していないような気さえしたのだ。


「だが、俺は先日アッシュの父親であるアブソリュートミリオンと話す機会があった」


「何故そんな機会が?」


 アブソリュートミリオンは薪悟の憧れだった。戦闘スタイルこそ初代アブソリュートマンの模倣だが、幼少期に学校の視察に来て学級文庫を勧めてくれたことは忘れられない。あれをきっかけに薪悟は宮沢賢治と田中角栄に出会い、その薫陶を受けて建設業を志した。


「当時の保護者会もあるし、地域のシンポジウムではああいうお偉いさんも来るんだ。ミリオン曰く、アッシュに授けた地球での名前は漢字表記で不二(フジ)(カケル)。素晴らしい才能を持つ二つとない存在だが、欠けているものがあるとしてそう名付けたそうだ。だが彼はそう言語化出来るだけで、人間とはみなそうじゃないかと俺は思ったよ。欠けている部分のないものなどいない。今のお前はそれが露呈し、向き合わねばならなくなっただけだ」


「じゃあどうすればいいって言うんですか」


 箸を握る手に力がこもりほんのり手の甲が赤くなった。少し掴みつつある。今まで自分は、貧困や苦境を何度も呪ったが、その憂き目にあわなかったフジを恵まれていたと恨んだことはない。言い訳にする気もなかった。だが確実なハンデであるとは認識していたのだ。今はもう違うと断言出来る。ついこの前までの薪悟は貧困でもなければ苦境でもない。仲間に恵まれ、幸せに過ごしていた。それでもZ飯店は消えた。外部的要因ではなく、自分に問題があったのだ。


「答えは教えてやらないとさっきも言った。ただ、お前は所謂“手のかからない子”だった。ただお前を育てるだけなら欠けているものなどなかっただろうな。朴訥としているが悪いことはせず、彩凛を思いやることが出来、自分の価値観を決して人に押し付けない。親が制御しやすい子だった。だが、アブソリュート・アッシュやディエゴ・ドラドデルフィンはどうだ? 仮にその二人を倒したとして、それでもまだ高みを目指すのなら次の相手はジェイドとレイだ。ただのいい子ではやつらには勝てない。ハッキリ言ってやるぞ」


 ガソリンを入れるようにがぶり、とマイオスは酒を飲んだ。そして酒がきつかったのか、息子同然の男を介錯する苦しさか渋面を浮かべた。


「Z飯店のメンバーの中では、お前が一番アッシュに勝てる見込みがない。アブソリュートマンは正義の使者だが……。かつてジェイドが言っていた通りだ。もしも地球のような特定の星の平和と秩序を永久に守ることが目的なら、アブソリュートがプログラミングした最新型のゴッデス・エウレカの設計図と材料を常に供給し続ければそれでいい。それではダメだからジェイドもああやって動いている。何故、人は働かなければならないのかを考えてみろ。宮沢賢治に憧れるのも結構。宮沢賢治のデクノボーは美徳だ。だが、何かを変えたいならば田中角栄になるしかない」


「……結局、答えを教えてくれるんですね」


「歳をとるとお節介になって、口も軽くなるんだよ」


 炒め物を箸で摘まむマイオスの頭には白いものがかなり混じり、そもそも頭頂部はかなり薄くなっていた。

 あの頃。耕平が作った六十メートル級怪獣の全身骨格で作った鉱石ラジオを見るためにスラム同然のゴミ捨て場に連れて行ってくれた頃や、工務店で仕事を教えてくれた頃の頑健さはもうない。肌つやも血色も悪くなり、声も嗄れている。あとはゆっくりと子供たちを見届けるだけでよかったのに、“手のかからない子”だった薪悟は養父に、最後の最後に手間をかけさせてしまった。


「さぁ、どうする薪悟。Z飯店のメンバーを取り戻すか? アッシュを倒すか?」


「ディエゴ・ドラドデルフィンにもう一度会ってみようと思います」


「正解かはわからん。だが、お前がアッシュに挑もうとしたことは否定しない。現時点で勝てないのはわかっていた。お前にはまだ……時間があるから。ディエゴからも学ぶといい。忘れるな。スクラップアンドビルドが俺たち建設業の仕事だ」




 ◯




 彩凛がいなくなり、がらんとした赤羽のアパート。いかに彩凛の持ち物が多く、そして人間として多くの情報量を湛えていたかがわかった。彩凛とはいつから一緒だったのかわからない。そもそも薪悟の母とパトラパパであるマイオスも幼馴染だったはずだ。

 自分がいることで彩凛の帰省が妨げられると気付いた薪悟は地球に戻っていた。

 ……。やけっぱちになることはいくらでも可能だった。宿命のライバルと定めたアッシュに手も足も出ずに敗れたこと、失った仲間、いなくなった恋人。そしてよくアーカイブを見てみれば、自分が不器用でも一生懸命に倒したあのスティング・セーリィゼリーは全く本気ではなく明らかに手を抜いていた。ロゼとの戦いでは別人のような強さだったが、それでも恐らくまだ本気ではなかった。つまり薪悟は踊らされたのだ。そして何故かもわからない。


「……」


 彩凛がいないとテレビで何を観ればいいのかわからない。クイズ番組? それとも映画? Z飯店、彩凛に定義されていた自分が一人になった時、自分が何者であるかわからなかった。そして薪悟はスタジアムジャンパーを着て外に出かけた。腹が減ったらどこかで何かを食べることだろう。


「あれ? ブレイズさん?」


「はい?」


 薪悟に呼び止めたのは、限界まで空気を入れた風船のように張りがあって溌剌とした声だった。振り向くとそこには、やはり溌剌、そして勝気に整った美貌の女性がいた。どこかで会った覚えがある。だが手がかりは一切ない。相手からのヒントがなければ名前を一文字を思い出すことも出来なかっただろう。


「覚えてないですか? 夏、アブソリュート六大レジェンドが地球にやってきた時、近くにいたものです。で、ブレイズさんに六大レジェンドの解説をしてもらった」


「ああ、アッシュの恋人と一緒にいた方ですか」


鯉住(コイズミ)音々(ネオン)といいます」


 鯉住音々。ヒーローに人生を狂わされた熱狂的ヒーローオタク。

 その熱意により、大学生ながらオリジナルでローカルヒーローをクリエイトし、デザイン、スーツの作成、ショーのシナリオ、テーマソングの作詞作曲、ショーのお姉さんまで務め、むしろ彼女が出来なかったのは人数的な問題やスーツアクターなど性別の関わるものだけだった。大学卒業後は仲間を集めてオリジナル特撮チャンネル“スタジオNEcho”を立ち上げ、ヒーローショーと並行してミニチュア特撮のワークショップや映像作品の投稿をしていた。

 だが大学生時代のローカルヒーローは空前絶後の悪党ウラオビ・J・タクユキによって破壊され、スタジオNEcho初期のヒーローとヴィランを金田一蔵之介の走狗に台無しにされた。その代わり、アッシュ、レイ、初代アブソリュートマンといったアブソリュートマンと出会い、その誰もが決して挫けない音々のメンタルこそヒーローに最も重要な素質と認め、今となってはアッシュ、レイ、初代、そして音々と話したことのないジェイドでさえ音々が思い描く理想のヒーロー像こそが、アブソリュートマンのあるべき姿と認めている。

 スーパーヒーローの精神を備え、理想のスーパーヒーローのビジョンを正しいと認められる。あとは力が伴っていればスーパーヒーローになれてしまったかもしれない、ある意味で異質な地球人だった。


「その節はどうも」


 頭を痛めて作った子にも等しいオリジナルヒーローを何人も悪党の手で失ったが、彼女は代わりに何度もアブソリュートマンの戦いを最前列で観戦し、特別な人間と認識されている。

 今年の夏、初代アブソリュートマンは……。音々のためだけに二回も戦った。音々の考えが正しいと肯定するために。ついに初代はアブソリュートの歴史の頂点に立つ六大レジェンドを引き連れて彼女にその戦いを見せた。そこに現れ、音々の守護と六大レジェンドの解説を行ったのが、ブレイズが初めて地球人を相手にブレイズと名乗った瞬間だった。

 だが、当然薪悟は音々のことを覚えてはいない。あの時は六大レジェンドの戦いを見ることに夢中だったし、少年のように……今となってはあれは本当に自分だったのか、と疑問に思うくらいに熱烈に話して、見ていた。


「一杯奢らせてくださいよ」

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