表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
336/375

第36話 バナンザ/バイオレット

 男なら! 誰もが一度は目指す“宇宙最強”!

 この海部愛波ことアブソリュート・エコーは女性だが、男ばかりの兄弟の中で育ち最強に憧れた。やがて兄弟最強に。そして習い事で始めたちびっこ相撲で横綱に。小学校最強をかけたアブソリュート・アッシュとの勝負は実現しなかったが、勝てたかもしれない。

 中学校、高校でも横綱街道を突っ走り、女性初の大相撲を目指したが女性であることを理由に挑むことすら許されなかった。そして、女子プロレスに誘われ、二十三歳にして早くも全宇宙の女子プロレス界の中心、既にGOATと名高い。

 宇宙最強を目指すことに言い訳は出来ない。かつて宇宙最強と呼ばれた初代アブソリュートマンはアブソリュート人、彼を超えてしまったアブソリュート・ジェイドもアブソリュート人で、エコーもそうだ。

 女性でも最強になれる。ジェイドはアッシュの姉……つまり女性だ。つまり種族と性別で言い訳は出来ない。

 そして、ふと気付いた。自分は最強を目指しているはずだったのに、なれるはずがないと。


「これ、全部ガラス片ね」


「とれないんですか」


 パソコンのモニターに映っているのは、エコーの両手のレントゲン写真だった。おはじきやビー玉というにはいささか物騒な形の鋭利な破片が、子供が散らかしたようにエコーの指の付け根でいくつも光っていた。これはスカーとの戦いで自ら手の甲に突き刺したガラス片の残りだった。そして、レントゲンに映るエコーの手……。たくましい肉と皮で、そもそもがグローブの如き分厚さだった。


「無理ね、これ。一応除去出来る分は出来たけど、全部は無理ね。でも全部手の甲側だから。ほら、プロレスも相撲もパンチは禁止でしょう?」


 医師はあまり真面目には見えなかったが、むしろ務めてフランクであろうとしていること、そしてこんな態度が許されるくらいに偉い医師であることを物語っていた。大病院のVIP待遇を受けられるのは年寄の権力者か、若いアスリートだけだ。エコーは後者の代表格でもある。病院は手を尽くしたのだ。


「相撲はもうやらない。あれは過去だ。それにプロレスでパンチは反則だが、やってもいい」


「反則じゃないの?」


「プロレスでのパンチは反則だが、プロレスには四秒以内の反則なら金的とサミング以外はしてもいいというルールもある。パンチをかますだけなら一秒もかからない」


「でもやめとくことだね。全部除去するとなると……。それだけでリスクが伴う。でもパンチを使っても手の甲側のガラス片が神経を傷つけることもあるかもしれない。よぉく考えることだね。まぁ、よっぽどの無茶をしなければプロレスには支障はないでしょう」


「ありがとうございました」


 なれるのか? パンチなしで、宇宙最強に。

 ああ、そうだ。エコーは再び宇宙最強を目指すことにした。ようやく彼女も気づいたのだ。

 ブレイズを世代ナンバーワンアブソリュートマンにすることがエコーの夢だった。だがブレイズが夢を叶えてしまえば、自分はブレイズを超えることが出来ない。

 ……。前提として、地獄から這い上がったブレイズを誰よりも尊敬している。ブレイズを見ていたから自分が挫けるなんて恥ずかしくて出来なかった。

 だが、ブレイズは思っていたよりも強くはなかった……。ならば先に行こう。ブレイズはいつか、世代最強になればいい。その時にラスボスになるのがアッシュではなくエコーになっているだけだ。

 要は、ブレイズをいったん放っておくことにした。どうせあいつはまた這い上がる。


「……」


 ジャンパーに手を突っ込み、ひねくれているポーズとして猫背で街を歩く。だがその巨体と冬なのに焼けた肌、いかつい表情におらおらしたファッション。人々は自然と距離をとって歩き、エコーの視界は拓けていた。やがて彼女は墓地が併設されたとある寺院についた。


「あら、逞しいお客様」


「海部愛波と申します。事前に連絡も予約もなく恐縮ですが、碧沈花さんのお墓はどちらでしょうか?」


「彼女とはどんな関係?」


 優しく淑やかに抑揚の利いた声、尼衣、剃髪ではないが短髪。そしてメガネはファンタジーの魔女じみて半月のフレームで、シルバーのチェーンがついていた。そして声は横隔膜を直接振動させるようなバリトン、身長は一九〇センチを超えている。ホウキを握る腕から覗く筋肉は直線的で、よく鍛え抜かれたものだった。エコーをして、この人物の持つ筋肉の出力と強度は油断ならないと直感が告げる程だった。


「えぇと……」


「そうよね……。いきなりこんなオネエが相手だと困っちゃうわよね。でも、アタシは碧沈花の伝説の語り部なの」


「では、あなたが紅錦(ベニシキ)鳳落(トリオ)さんですか?」


「ええそうよ」


 紅錦鳳落。エコーが調べた通りだ。この……男性。性的自認も性的指向もストレートだが、趣味で女装と女性口調を嗜む女装家にして、僧侶、賢者、碧沈花の伝説の語り部など、彼を表す言葉は様々だ。


「あなたは海部愛波……エコーね。いいのいいの。まずは気にせず、あなたの思ったことを話してごらんなさい。あなたは碧沈花の何を知りたいの?」


「……碧沈花は何故勝てたのか」


 (アオイ)沈花(シズカ)。彼女を呼ぶ言葉は、鳳落と違って罵詈雑言が多い。

 曰く、テロリスト、殺人鬼、快楽犯罪者、泥棒、あばずれ、チンピラ。

 彼女は既に他界している……ということを知っているものも少ないが、生前の彼女に興味を持つものは多い。というよりも、この数年間で最も地球を震撼させた人物が碧沈花だったのだ

 ちょうど一年前。突如として碧沈花は人々の前に姿を現し、札幌でメッセンジャーと戦って彼女を撃破した。程なくして東京は木場のショッピングセンターでアブソリュートの国宝と讃えられるアブソリュート・レイをKOした。一週間も経たないうちに、今度は横浜で宇宙最強の戦士アブソリュート・ジェイドと戦い、海に沈めた。ここまでは当時ほぼすべての日本人が知る最大の下克上であり、地球を守るアブソリュートマンが二人も倒されるという未曽有の危機だった。

 未確認の情報だが碧沈花はジェイドを倒した数日後には、今度は誰もいない石神井公園でアブソリュート・アッシュに勝利したという。彼女が何故死んだのか、何が目的だったのか、何故それ程の異常な強さだったのかを知るものはほとんどいなかった。

 そして、時を同じくしてSNSを媒体に日本中の暴動を扇動していた稀代の悪党ウラオビ・J・タクユキは碧沈花にたびたび言及したが、両者の繋がりは不明のままだった。それでも、今でもウラオビの信者は碧沈花の首を狙い、碧沈花の死を知らないものは彼女の再来に怯えている。


「あなたが碧沈花と一緒に写真に載っていたのを見た」


「懐かしいわね。アタシはかつて、あの子がアルバイトをしていた小さな編集プロダクションの社員だったの」


「碧沈花は……。史上最大の下克上を成し遂げた人物。わたしはプロレスのコーチから、下剋上こそ最大のドラマと半ば洗脳じみて教え込まれています」


「だからあの子に惹かれるのね。そして、女子プロレス界で最強になってしまったあなたはもう下剋上を食らうだけ……。ならばどうする?」


「わたしはもっと強い敵と戦います」


「わかったわ。あの子のお墓に案内する」


 寒い墓地を二人の巨人が歩く。そしてエコーは目を疑った。碧沈花の墓は特段の装飾や大きさではなかったが、視界に入った途端にそれが彼女の眠る場所だとまずは直感が理解したのだ。


「なんだこれは」


「これが碧沈花の正体よ」


 墓石の周囲には、セロハンが結露で湿ったチョコレート菓子、真新しいスナック菓子、函館限定の銘菓。インスタントコーヒーから紅茶のパック、しめやかな墓地なのに缶ビールさえあった。変わり種では最新号の音楽雑誌まで置かれ、寒さで急激に死にゆく花束が所せましと並んでいた。明らかに異常な量のものが供えられており、お供え物も古いものから今供えられたばかりと思われるものまで様々だった。

 何度も繰り返し、エコーはこの墓を異常だと思った。碧沈花はテロリストのはずでは? この世の最正義であるアブソリュートマンを三人も倒した悪人……いや、邪神のはずでは? だが目の前の光景が違うと証明している。

 碧沈花は死後もなお、生前と変わらない程人に愛されている。本人がもういないだけで。


「月命日には朝一にジェイドが、昼前にレイとその奥さんが、昼過ぎにメッセ、メロン、狐燐の三人組が、午後の遅い時間にアッシュとその恋人で、この子の親友だった子が来る。他にもいろんな人が来るけど、世間にはこの子をテロリストと信じ込む輩もいる。だからこの子の安らかな眠りのために、この子がここに眠ることを知っている人間は限られるけど……。でも、そういうことよ」


「碧沈花に負けたレイ、ジェイド、アッシュ、メッセがこれを供えたと?」


「ええ。この子は今なお、彼らに愛されている」


 なんでだよ、クソ……。自分を倒した相手を讃え、ここまでその死を悼むってどういうことだよ……。知らねぇぞ、そんなノリ……。

 ジェイドとレイはまだ若いが既にアブソリュートの歴史に名を残す最強の二人だ。その最強の二人は正義と平和をかけて戦い、負けたのに讃える? プライドも積み上げた戦歴も、支持率も平和の純度も下がるのに……。エコーは沈花を悪人とは決めつけていない。そしてそれは正しかったとこの墓を見て確信した。

 だが……。理解には苦しんだ。ジェイドもレイも、既に最強と呼ばれている自分を倒したのだからそんな相手は大したものだと、負け惜しみじみて褒めるような人間ではない。

 何かがあるのだ。誰も持たない稀有な才能を、碧沈花は持っていた。


「気を悪くしないでね。アナタは、この子がメッセ、レイ、ジェイド、アッシュに勝ったから、どんなに強いやつなのかと興味を持った。そんなところでしょう?」


「ぶっちゃけそうですね」


「いいの、いいの。そうね……。強くなりたいのね?」


「はい」


「誰からでも学ぶ覚悟はある?」


「あります」


「本当に?」


「本当です」


「アタシは、赤羽でのあの騒動の一部始終も、アナタとDD興業シャオシャオ・シルバーシュリンプとの戦いも知っている。その上で言うわ。アナタはアタシに勝てないけど、アタシを倒したら何故碧沈花が強かったのかヒントを上げる」


「……はぁ?」


「ちなみにアタシはこの寺院で、あの子を死なせてしまった罪を償っている僧侶。非暴力に徹しているわ。この足を見て」


 巨漢の尼僧は衣の裾をめくり、膝を見せつけた。そこにあったのは別の生き物が付着したようなものすごい縫合痕と形成手術の痕跡だった。エコーのアブソリュートマン人生、アスリート人生でもこれ程の傷は……そういえば赤羽で戦ったスカーフェイスの頭はこれ以上にひどい状態だった。つまり、自分はまだ甘かったのだ。本当の戦場ではこのくらいの傷を負うことは珍しくないのだ。


「少し前、不躾な人間が沈花の墓を荒しに来た。その時にアタシは盾となり、この傷を負ったわ。靭帯が三本断裂し、日常生活が限界。でもアタシは非暴力故に反撃はしなかったし、アナタにも勝てる」


「反撃しないのに、わたしに勝てるというのですか?」


「アナタには見込みがある。アナタに精神の乱れを感じた時は、警策(きょうさく)として肩を叩くわ」


「……」


「少し昔話をさせて頂戴。アナタは確か、アッシュの同級生……。じゃあアッシュとアタシたちの話をするわね。アッシュと沈花は三度戦っている。一度目の戦いはアッシュの圧勝。お話にもならなかったわ。二度目の戦いもアッシュの勝利。アタシがヘロヘロの沈花のヘルプに入った時、アッシュはまだピンピンだった。そして、その時アタシはアッシュを完封したわ」


「アッシュを完封……?」


「アッシュとの二戦目。アタシは負けたけど、アタシの人生で最高の戦いだった。アタシに勝ったことでアッシュは見違えるほど強くなった。でも」


「その後に碧沈花に負けたと」


「そういうことね。さぁ。どこからでもかかってきなさい」


 鳳落がホウキを冷えた石畳に置き、深呼吸と連動させて筋肉を緊張、そして緩和させた。……。空気は何も話さない。声帯がないからだ。だが、空気を通してエコーに伝わるのは、目の前の賢者が空気を書き換えてしまったことだ。アブソリュートマンの強化形態のように物理的に何かを発散するでも、空気や空間に干渉するサイキックでもない。賢者に触れた空気の……。それを言語化する能力を、エコーは持たない。

 だが一気に空気そのものが障害物となった。どろどろのコールタールに浸かったように空気がまとわりついて重くなり、拳を振るうことすら出来ない。或いはニトログリセリンか? 動いたショックで爆発してしまうのか? 戦士としての本能が、恐怖という直感すら超えて合理的に「目の前の敵を攻撃することは出来ない」と答えを出していた。


「ヨツ……」


 拳は握った。腕には縄めいた筋肉が浮き、攻撃はリロードした。それなのに、目の前の賢者はまるで、釈迦の指先のように遠かった。どれだけ走っても、拳を突き出しても決して到達することが出来ない孫悟空が自分だった。


「マッ」


 ぱし、と賢者は掌で優しく孫悟空を警策した。まったくダメージにはならない接触だった。むしろ、子供はこんな風に親に触れられたら喜んで笑うことだろう。


「なんで……?」


「アタシは自覚したことないけど……。よく“法力”があるなんて言われるわ。悟りを開いて“法力”があるから、これを突破出来ない人間はアタシに攻撃出来ない。最初に戦った時のフジもそうだった」


 法力。

 紅錦鳳落の人生経験、葛藤、哲学、思考、思想。そういった心の鍛錬と成果は気合のような不思議な力となり、彼の体を強化して守る。彼が属する骸怪獣ヒオウは怪力での殴る蹴る以外に戦いでの選択肢を持たない怪獣であり、本来使用可能な力ではない。

 反発と受容、傾聴と理解、敬意と感謝、孝行と親心……。しっかりと生き、答えを見出した人間に神や天は褒美を与える。それが紅錦鳳落の不思議な強さの源である法力だ。

 確かにエコーはブレイズへの依存を断ち切りつつあるが、まだまだ甘い。まだ時間が足りないのだから仕方ない部分もあるが、あの頃……紅錦鳳落を倒さねばならないと決意したあの頃のフジには及ばない。

 だがもしも、自分の法力が精神の力であるならば……。昔からよく言われてもそんなバカなことにまともに向き合ったことはなかった。本当に悟った人格者を不思議な力が守るなら、聖人は死なないし教科書に載る天草四郎の乱など起きるはずがないのだ。だが、この力を攻撃的に使ったら? その時は、碧沈花のような異常な力を手に入れるのだろう。


「く……。もういい」


「あら、早いのね」


「碧沈花のことはもういい。でもあんたに興味を持った。何も教えるな! 自分で答えを出し、絶対にあんたを倒す」


 踵を返し、目を背けると一気に気分も体も軽くなった。やはり自分は弱く、この賢者は異常に精神が強い。クソッタレ……。クソッタレ!


「わたしはバカだ! 才能だけでなんとかやってこれてしまったただのバカだ!」


「そう考えているうちはやっぱりアタシには勝てないわね。お節介を承知で教えてあげる。アタシの金科玉条は、気迫、敬意、忠誠心。参考にするかどうかはアナタ次第よ」


「また来る。好物は?」


「沈花が好きだったのはファミリーマートのチョコチップクレープ」


「あんたのだよ」


「ベビースターラーメンね」


「次はベビースターラーメンとチョコチップクレープを持ってくる」




 〇




「えぇと……」


「みちか。淀川みちか」


「ハイ……。よろしくお願いします淀川さん」


「みちかって呼んでね」


「アッハイ」


 フジがシカリを連れて海釣りに行く少し前、フジは無理を承知の上で鼎にお願いをしていた。

 それが、Z飯店崩壊後におけるアブソリュート・ロゼのケアだった。

 ロゼ……みちかはイツキと面識があり、イツキは鼎と仲良くなりたいと思っているが鼎は一方的にイツキを嫌っている。今では少し考えを改め、イツキを味方と認めているし、フジがイツキをタッグパートナーと呼ぶのも許しているし、好きになろうと考えてはいるが……。上手くはいかない。鼎はあくまでも陰気で根暗な女子大生に過ぎず、同年代でもみちかのような高学歴女子を相手には怯む。大学名と偏差値だけで見下されていると思ってしまうのだ。このままでは就活でグループディスカッションに臨んでも、グループ内の学歴コンプレックスで自滅するだろう。そして一人が自滅すればグルディスクラッシャーとしてグループ全員が道連れになる。

 だから乗り越えなければならないのだ! 人見知りも、学歴コンプレックスも!


「えぇとですね……。これがわたしのかつての親友の遺品なんですけど」


 ロケーションは、イツキの住む千歳烏山のアパートだった。かつて、フジの父アブソリュートミリオンは千歳烏山のボロアパートに愛し、そのアパートが取り壊されて新築された後はミリオンを私淑するイツキが部屋を借りた。きれいに整頓されているが、単純に持ち物が少なかった。書籍の類はほとんどなく、調理器具も鍋にもフライパンにも使えそうな底の深いものが一つあるだけだった。誰かを迎えることを前提としていない殺風景な部屋だった。鼎は『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイがただ薬を飲んで寝るためだけのコンクリート打ちっぱなしの部屋を思い出しながら、イツキのテレビとプレイステーション2を繋げた。そして、紫色のメモリーカードを挿入した。すべてかつての親友……碧沈花の置き土産だ。このメモリーカードに、彼女がPS2でプレイしたすべての記録が眠っている。

 沈花なら、びくびくおどおどとした自分、ひたすら寡黙なクールビューティーのイツキ、華やかで賢いみちかの全員を簡単にまとめられたんだろうな。ふと今は亡き親友を思い出して鼎は少し辛くなった。


「その親友が途中まで進めた『ファイナルファンタジー7』で裏ボスのエメラルドウェポンを倒すまで、イツキさんは修行しなくていいって言ってました」


「つまり、この三人で親睦を深めてってことかな?」


「そういうことだといいんですけど」


 本質的に鼎は常に猜疑心に悩まされている難儀な人間であり、受験の失敗が彼女をそうしてしまった。それでも彼女が大学では一時サークルの暴君と化していたのは恵まれた容姿と猜疑心の裏返しである序列癖であり、彼女はサークルの活動に興味を持たず、支配のためだけにイケてない男子だけのサークルに加入しオタサーの姫としてオタクを奴隷とした。

 やがてフジと出会う。同じように劣等感を源とした猜疑心に悩んでいたが、彼との時間がお互いを成長させた。だからわかる。フジは鼎に期待しているし、みちかへのスパイを命じた訳ではない。

 まだ人付き合いに難のある鼎に対し、それを克服するように促したのだ。就職活動の準備を始めた鼎は、ギリギリ出来そうなことを確実にやる、というだけではもう足りない。ギリギリ出来そうにないことをなんとかやることが必要なのだ。そうでなければ身分が学生から社会人に移り変わった時の急激な変化に潰されてしまうだろう。

 今はまだ、フジから本来しないはずの無茶ぶりを向けられた、でも意味がある、としか思えない。意味はこれから見出すしかない。


「まずは始めてみましょうか」


「鼎ちゃんは」


 鼎ちゃん。初対面の人間なのに下の名前とちゃんづけで呼べる淀川みちか。自分とは社交性が違いすぎる。そして、あの日赤羽で自分を叩きのめしたフジへの怒りも憎しみもないのだろう。あれは正当で純粋な試合だったとし、既に彼女の中ではノーサイドとなっている。……これは学歴の差ではない。人間としての性格、経験の差だ。ならば学ばねばならない。


「このゲームに心得があるの?」


「あります。SWITCH版で一応ラスボスまでクリアしました」


「頼もしいね」


 ゲームを起動すると見慣れたオープニング。だがそこに沈花との思い出がよみがえり、見慣れたはずが違う情緒を抱いた。メニュー画面を開いてみると、キャラクターのレベルは99、沈花がラスボスを一撃で倒せる最強の召喚獣と呼んでいたマテリアも入手済みだった。おそらくシナリオをすべてクリアしたと思われる段階だった。


「わたしの友人が」


 碧沈花とは言えない。世間は彼女をテロリスト、人殺し、泥棒と呼ぶ。だが親友だった鼎は彼女のことを知っているし、イツキも沈花の最期を知っている。だが、みちかがどう思っているかはわからない。みちか世代にとってジェイドとレイは神のような存在だ。その二人を倒したというだけで、沈花は本人の思想や善悪に限らず疎まれるだろう。


「FF7において最強なのは、ヴィンセントの最強装備デスペナルティを最大強化した状態だと言っていました。その状態はあまりの強さにゲームがオーバーフローして裏ボスすらもワンパンだと。そうするためにはヴィンセントで規定の数の敵を倒せばいいそうです」


「じゃあそれを使えば簡単なんだろうけど、現状その段階ではないってことだよね?」


「確認します」


 装備画面を確認すると、パーティメンバーは主人公のクラウド、沈花が「理想の男性」と語っていたナイスミドルのシド、そして件のヴィンセントがパーティメンバーだった。装備品は最適と思われるものにセットされ、FF7において戦闘の核となるアイテム……魔法や技、それを支援するマテリアも組まれていた。ただし、クラウドとシドは戦闘不能のまま蘇生されず、パーティではヴィンセントだけが機能していた。おそらく生前の沈花は、ヴィンセントで敵を多く倒すために味方すらも排除した……。つまりヴィンセントだけで戦闘を進めていたのだ。


「友人はカウンターや、魔法を全体攻撃にする全体化をつけてなるべくヴィンセントで敵を倒してデスペナルティを強化すべきと言っていましたが、これは違いますね」


 ふいうち+ひっさつ

 すべてぜんたいか


「これで一度戦ってみますか」


 敵にエンカウントしたその瞬間だった!


「え? 何が起こった?」


 戦闘が開始した途端に先制攻撃かつ全体攻撃が敵を襲い、一瞬にしてヴィンセントは敵を殲滅したのだ! 沈花が組んだ撃破数稼ぎに特化したマテリア編成だったのだろう。


「で……。デスペナルティを最大強化するのに必要な撃破数は何体なのかな」


 みちかはスマホをスワイプし、調べ始めた。彼女はこのゲームに心得がなかったのだろうが、心得があるはずの鼎に訊かなかった。鼎に訊いてもスマホに訊いても同じだろうが、スマホで調べれば鼎にすべてを委ねることにはならない。自力でやれることはやる、相手への負担を減らす。細かいことだが、そういうところが自分と違うのだろう。その後何回か戦闘を繰り返したが、やはり先制全体攻撃により最短での撃破が可能だった。


「うん、やっぱり先制攻撃プラス全体攻撃で最速で戦闘が終わるようになってますね」


「計測してみたけど、さっきの戦闘のリザルト画面から、エンカウント、戦闘、攻撃モーション、勝利ポーズ、リザルト画面が終わるまでの一サイクルは約25秒だったよ」


「25秒……」


「軽く計算してみるね。今までに出てきた敵の数は平均で3.5体で……。必要撃破数は……落ち着いて聞いてね。65535体」


「キエエエエ!? 65535体ーッ!?」


「65535÷3.5で必要戦闘回数は約18724だったよ。一サイクル25秒で18724回戦闘すると……。約130時間かかる計算になるね」


「キエッ!? ギャバババババババ……」


 頭がバグってしまいそうだった。

 ただ走り回り、エンカウントしたら一瞬で勝負はつくものの画面はひたすら単調。130時間かかる超大作RPGのストーリーをやるとしても苦痛であるのに、この単調な作業を130時間、18700回超の戦闘……。普通に考えて普通じゃない。加えて今の鼎は就職活動で大事な時期、人見知りであるため130時間のやり込みを知らない人とも一緒にやることは苦しい……。130時間をクリアした時はさぞかし仲が良くなるのだろうが、もっと早く仲良くなる方法はいくらでもある。130時間……。一日10時間やるとしても……それも狂気だが13日間。狂ってる……狂っている。鼎の大学の卒業生たちは多くがブラック企業に行ってしまうが、これはブラック企業の違法労働の域に達している。


「キエエ……ちょっと吐くかも」


 わかっているのか、フジ……。よく調べもせずに、軽い気持ちでヴィンセントを最強にしろとか言ったのなら……。考え直してほしい。


「やるしかないよ」


 イツキはぽつんと言った。地球人でありながらアブソリュートマンを目指す彼女は、やはり狂っているのだ。


「じゃあ、始めようか」


 みちかはイツキの静かな熱意に闘志を燃やした。最初からアブソリュート人であった彼女は漫然とアブソリュートマンの仮免をとった。実力も今は自分が上だが、イツキの意思の強さは遥かに自分の上を行っている。だから証明するしかないのだ。こんな些細な遊びであろうとも。

 苦労知らずの天才故に楽観的なみちか。根性ですべてを解決するイツキ。何も持たない鼎。

 三人の決死の130時間が始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ