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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第35話 ドレッド/ディスカバリー

「フジさんは運転せんの?」


「俺はスポンサーに止められてる」


 空がまだバイオレットな朝のことだった。都内某所に胡乱な男が四人集まっていた。この四人のうち、三人は初対面で、この回を主催する友人に声をかけられたからやってきた。いわば主催者が、各人のことを考えず自分の仲のいいメンバーを集めた形であり、実際やや横暴だった。


「運転の前に酒とタバコとギャンブルやめろや。オモチャ売れへんぞ」


「お前さんの知ったことじゃあねぇな。じゃあ、運転は頼んだ、ナカムラ」


 この男を覚えているだろうか? ナカムラ・ロト(22歳)。鼎の大学の先輩であり、鼎を姫として囲う“超常現象研究会”の二代目キャプテン。鼎からは顧みられず人生のエキストラ扱いされているが、鼎の知らないところで知り合ったフジとナカムラは同じ女性を愛するもの同士意気投合し、ナカムラは醜く、それでも潔く自分の劣等感を打ちあけてフジに鼎を託した。鼎を想いつつも何もせずにフジに託し、鼎の人生のエキストラに徹するべし、とふっきれたナカムラは急激に目覚め、とりあえずフジが相手なら顔色を窺うこともなく四六時中陽気な関西人でいられる。


「で、えぇと……。こいつが大森龍之介」


「はじめまして。大森龍之介です」


「頭のいい大学に通ってるがこいつは就職しねぇ。大学院に行く。だが就活したら無敵だっただろうな」


 頭を下げたのは、三度見ても顔を覚えられないような特徴のない顔立ち、だが柔らかで優しく、品のいい印象だけは一度でちりりと頭に焼き付く好男子。おそらく、彼も学校では目立つタイプではないのだろう。だが温厚篤実な性格で人生をささやかに謳歌し、周囲の人を幸せにしているんだろうな、とナカムラは思った。それでも大森龍之介には嫌味がなかった。


「えぇと、フジさんの知り合いってことはその……。地球人ちゃうん?」


「ナカムラさんはフジさんがアブソリュート・アッシュだってこと、公表前から知っていたんだよね?」


「まぁな」


「口が固いんだね。じゃあ僕の正体を言うと、僕は地球人だけど怪獣だ」


「怪獣?」


「一年前はただの地球人だったけど、ウラオビに騙されて怪獣に改造されてしまった。ほら、ウラオビが去年の冬に石神井公園でロボット怪獣を暴れさせた時、あれと戦った魚の怪獣が僕だ。就活の一番大事な時期に僕は怪獣だったから、院に行くことにしたんだ」


「……」


「大丈夫だよ。僕は暴走して怪獣になってしまったりはしないし、怪獣になっても理性を維持出来る。でも一度怪獣に変身すると自力で戻ることが出来ないから、一生変身しないことをフジさんと約束している」


 龍之介はドがつく程のお人よし。怪獣に変身してもさして強くなく、性格も優しすぎて戦士には向いていない。そして無茶な改造とウラオビの嫌がらせの結果、龍之介は怪獣ナーガに変身すると特殊な超能力を持つ第三者によって強制変身解除されない限り人間に戻ることが出来ない。だがフジはそんな龍之介をあくまでも無辜の民である地球人とみなし、彼のような善良な市民を守ることこそアブソリュートマンだと答えの一端を見つけた。そして、お前さんがでしゃばると俺の面目が立たないとして、龍之介に変身を固く禁じている。文学研究科に進もうとしている龍之介である。フジの本音、行間は読める。


「じゃあこの人も怪獣か?」


 この人。この人とナカムラと龍之介の視線を浴びたのは、定型の根暗といった風体の人物で、じめりとした目つきに分厚いメガネ、飾り気のない防寒具に大きなマスクの小柄な男だった。輪郭から霧消して消えてしまいそうな悲壮なアトモスフィアだったが、なんとかこの場に留まろうと努めていた。彼は実際陰気な人間ではあるが、この状況を嬉しく思っていたのだ。


「耕平。猿渡耕平」


「耕平さんも怪獣なんか?」


「俺は……アブソリュート人」


「自分、アブソリュートマンなん!? フジさんの新しい仲間か?」


 一週間前。

 Z飯店は暴走し、フジ・カケルの鎮圧によって崩壊した。リーダーであるブレイズがフジに敗れる前に耕平……アブソリュート・シカリは友情と言う呪縛から抜け出してZ飯店脱退を表明し、それでいてフジとブレイズとの戦いではブレイズの敗北を願いながらブレイズを応援し……。そしてZ飯店はなくなった。もうZ飯店という組織は存在しないし、自分は組織がなくなる前に脱退したのだから他のメンバーが今どこで何をしているか知ろうとしてはいけないと思っていた。しかし、幼少期からコミュニケーション能力に難のあった耕平にはZ飯店以外の友人はいなかった。

 しかし、フジ・カケルに出会った。彼は耕平を対等な人間として扱い、耕平にはZ飯店外で唯一の友人が出来た。

 そしてフジは、人もいいし気もいい男友達に声をかけ、耕平を誘ってレンタカーで海釣りに行くことにしたのだ。

 フジより上の世代……兄姉の世代も、親の世代も、古代から生きていたマインですらも、共有せずとも「人生における最大の敵は孤独」という答えに辿り着いていた。ただでさえ傷心の耕平を、その強敵と戦わせたくはなかった。


「小学校だけ同級生だった。久しぶりに会ったから誘った」


「……フジさんそういうキャラやったっけ?」


 ナカムラはいかにも悪童といった笑みを口の端に浮かばせ、耕平を眺めた。


「俺はナカムラ・ロト。ポンコツ大学のイケてないオタクとして、サークルで姫待遇してた女子をフジさんに持って行かれた悲しきボンクラや」


 フジ、ナカムラ、龍之介、耕平。はっきりいって四人とも積極的な人間でもなければ、わいわいとすぐに友達、友達と呼び合って騒ぐようなタイプではない。交友関係は狭く深く、そしてそれすらも上手くいかないこともある。

 だが、もう四人とも友達を作るのが苦手、なんて言葉が言い訳になる年齢ではない。

 だが、フジに弱みと本音をぶつけたことでふっきれたナカムラはだいぶ大人になった。この不器用で不憫なスーパーヒーローが、精いっぱいによい人間になろうと試みている。自分たちが人畜無害な安牌だと思われていることも悪くない。少なくとも、今日が初対面の龍之介を見てそういう朴訥とした人間でいるのも悪くないと思った。つまり、既にナカムラは龍之介と化学反応を起こしていたのだ。

 それにナカムラは積極的に発言して空気を和ませてくれる。こいつを頼って正解だったとフジは安堵した。


「うるせぇ。ナカムラ、お前さん今年の夏にサークルのレクで鼎を連れて新潟まで運転したんだろ? 頼りにしてるぞ」


「じゃあ俺はフジさんの財布を頼りにするわ。宿も車代も釣り具のレンタルも全部頼んだ。スポンサーに逆らえへんのならがっぽりもろてるんやろ」




 〇




「次は何を観たい?」


「とびっきりにすっきりするやつを」


「じゃあとびっきりに下品なやつを観ましょう。『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』。グロ満載、コンプラ無視の下品な言葉満載で人権団体から抗議までされた。しかもあのトム・クルーズが特殊メイクでハゲデブになって、一番下品な言葉を吐きながらブチギレるのがハイライトよ。-----の----なんてセリフを平気で言う」


「わたしに耐えられるでしょうか」


「というか耐えなきゃダメよ。あなたみたいな筋金入りのいい子ってのはね、下品なアウトプットが出来ない分、映画やゲームで発散しないとダメになるのよ」


 ソファに座ったまだあどけなさの残る美女の頭を、成熟したレディが琴線に触れるように丁寧に撫で、肩を抱いてぽんぽんと叩いた。

 新宿にあるメッセの探偵事務所はしばし休業。ここに一時的にアブソリュート・パトラ……砂金彩凛を居候させ、匿っていた。

 あの日。赤羽でZ飯店が崩壊した日。崩壊の引き金を引いたのは彩凛だった。Z飯店はこのままでは同調圧力と顔色の窺い合いで腐敗していくだけだと悟った彩凛は、Z飯店を縛っていたいくつもの暗黙の了解を叩き壊し、スクラップアンドビルドするために戦ったのだ。だが、建設業が本業のブレイズにはビルドする力はなく、それどころか彩凛がどれだけ仲間を想い、どれだけ悲壮な覚悟を決めて戦ったのかもわかっていなかった。その瞬間に彩凛の心は決壊し、物心ついた時から一緒で墓場まで連れそうつもりだった恋人を見限った。そして二十年近い付き合いの友人も、少なくともその友人たちをくくる“Z飯店”という言葉は霧が日に照らされるように消えてなくなった。

 そんな彩凛を見かねたメッセは彼女を保護し、共にブレイズとの同居先からの荷物の運び出しも手伝い、今は傷心を癒すためにとにかく憩っている。ゲーム、映画、アニメ。


「うわ……。首が飛びました……」


「笑ってあげなさい。コメディ映画で死んだ人間が悲しまれたら、死んだ甲斐がないわ」


 最初は探り探りだった。間違っても『(500)日のサマー』や『秒速5センチメートル』を観せてはいけなかった。幸いにも北野武のバイオレンスヤクザ映画も観るとのことだったのでグロには耐性があるようだったが、ストレスがたまった時は下ネタと暴言の暴風雨が吹き荒れるジャンクなコメディに限る。

 メッセや彩凛のように、誰もが理想と夢を押し付ける稀代の美女は、そういった汚い言葉は話して楽しむものではなく聞いて楽しむことしか出来ないのだ。


「あの……『キックアス』って映画、『2』もあるんですよね?」


「あなたにはお勧めしないわ」


「何故ですか?」


 『キックアス2』では、主人公のキックアスはすれ違いから恋人に捨てられる。今の彩凛は、キックアスを一方的に見限った恋人に自分を重ね、自責してしまうだろう。そしてヒロインのヒットガールは普通の人生を夢見て戦うのをやめる。今すぐ再起せよとは言わないが、彩凛には戦うことをやめてほしくない。ヒットガールも戦場には戻るが、それは呪縛めいて呼び寄せられた戦いの運命だった。彩凛には使命ではなく、自分の意思で戦う運命を選んでほしい。

 だってあなたは……。Z飯店で誰よりも勇気があって優しかったから。

 ある意味でフジ以上にアブソリュートマンの素質を備えている。“アブソリュートの最高傑作”と名高いジェイド以上かもしれない。メッセが長年間近で見てきたレイとは容姿も性格も全く違うが、厚情を根拠に戦える優しい戦士としてレイに近いものがある。

 Z飯店の誰よりも成熟した人間で成長したアブソリュートマンだったからこそ、彼女はZ飯店を壊してしまった。


「普通につまらないからよ」


「じゃあ……。修行はいつから再開しましょうか?」


 その言葉にメッセは心底感動し、恋人にするように肩を抱き寄せてまた頭を撫でてやった。『キックアス2』を観せずとも、彼女は自分の運命を受け入れている。いや、受け入れる過程で、彼女はたった一人で葛藤し、立ち向かって選んだのだ。

 彼女にはラウンジの専属シンガーという本業がある。だが、彼女はアブソリュートマンの仮免をとっただけでは満足出来なくなり、いよいよ本腰を入れてスーパーヒーローになる気なのだ。……。それはイバラの道だ。アッシュがいるこの数十年でさえ、若手アブソリュートマンは不作と言われている。若者で、しかもスーパーヒーロー以外の本業を持っているものならば、そんなことを言われれば「じゃあもういいよ」と目指すこともやめるだろうし、パトラはアッシュの実力がわからない程バカな子ではない。アッシュを倒して実力を証明する……。間違った目的で強くなろうとしたブレイズと違い、パトラは強くなり続ければいずれアッシュをも超えている、という長期的スパンで物事を見られている。火をつけたのはアッシュでもブレイズでもない。赤羽で戦ったハンマーだ。そのハンマーもかつてメッセが倒した相手だが、メッセとパトラに因縁がなければあそこまで熱心に戦ってはくれなかっただろう。いよいよメッセはハンマーに感謝すら抱いた。倒した時はなんてことはないチンピラ親父だと思っていたのに。


「すぐに修行したい? 教えたいことは山程あるの」


「じゃあ、今から河川敷へ?」


「ジェイドの受け売りだけど……。ジェイド曰く、修行はもちろん、戦いの中でも一番大事なシークエンスは休むことだそうよ。心身ともに休養日を設けることはもちろん、精神的にきつい時は周りに任せて休むのもあり。何しろ、昨年ジェイドは失恋で数か月単位で休んでいた」


「失恋……。ジェイドさんをフれるような男性がいるんですか?」


「正確には違うけど、詳しくはジェイドに訊いてみなさい」


「面識がないです」


「あの宇宙最強ジェイド様に認知されるくらい強くなればいいわ。まぁいいわ……。いい? まずあなたは体を休めることが最優先。例えば型の確認を三十分とか、そういう基礎の確認と維持程度なら許すけど、現状維持以上に繋がってしまう強度の高い修行は許可しない」


「わかりました」


「二つ授けるわ。戦艦大和を?」


「日本史上最大最強の軍艦ですよね?」


「そうよ。その主砲は当時世界最強の威力。でもあまりにも強すぎて船が揺れて船内の食器が吹っ飛ぶ、船体が横滑りする、海面の形さえも変えるなどなど逸話があるわ。あなたの絶対会心は、今はその戦艦大和の主砲。そしてあなたには戦艦大和程の頑丈さがない」


「つまり……噛み合っていないと?」


「ハッキリ言ってそうよ。出力と技のリロードのリスクに耐えられる体じゃないわ。でももう一つハッキリ言うならば、その状態でハンマーを相手にあそこまで戦えたことは十分褒めてあげられる」


「よかった……。ありがとうございます」


「もう一つ教えてあげるわ。平安時代、紀貫之という人物が『土佐日記』なるものを書いた。この『土佐日記』は少し特殊なのよ」


「どう?」


「基本的にひらがなで書かれているの。平安時代、男性は漢文かカタカナをメインに使い、ひらがなは女性的なものとされていた。そして紀貫之は男性よ」


「えぇと……」


「ひらがなとカタカナの最大の違いは? 特別な知識は必要ないわ。直感で答えてみなさい」


「ひらがなは曲線的、カタカナは直線的」


「そういうことよ。そして基本的にすべての運動は曲線……。直線的にカクンと曲がることによるエネルギーの無駄な漏出を防ぐことが原則。フジを見なさい。あいつは防御の名手だけど、攻撃を受け流す曲線的なゴア族カンフーでのディフェンス時は敵の攻撃は流れていく。でも角ばったバリアーでブロックする時はそこで敵の攻撃は停止させられる。それに加え、力の始点となる部分から技の作用点となる部分までのレールは短い方が減速しない。そして、曲線的で柔らかい筋肉はわたしたち女の特権よ」


「つまり……。今わたしがやるべきことは、絶対会心の威力を高めることではなく落すこと……?」


「正解よ。バランス、イメージ。それがあなたを強くする」


 メッセはふと思った。今まで自分は、考えながら戦っているつもりだった。考えた結果、苛烈に相手を蹴って電撃で焼いているつもりだったのだが、客観的に見てそれは正しかったのだろうか? 結果的に大体いつも勝っている。だが、もっと自分の動きに理屈をつけて……。今、彩凛に授けたようなことを自分にも還元すれば、自分ももっと強くなれるのでは? まだまだ自分にも伸びしろがあるなんて、ドキドキするにも程がある。

 もう一度メッセは、白く優艶な手で彩凛の肩を抱いた。瑞々しい弾力を帯びた曲線美が優しい熱を帯びた。


「ありがとう、わたしのベスト・キッド」

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