第9話 トーチランド
「もしもしロード!? ちょっとヤバいです!」
過疎地だがスマホの通常の機能は健在だ! 日本の通信最高! 異次元としまえんトーチランドに連絡を取り、状況を報告する。
「どうしたのヒトミちゃん」
「敵が……。パワーアップしました! Bトリガーで一発を頭部に、通常打撃で胴に一発入れたんです。確かにダメージを入れたんですが、Aトリガーで自分を撃ったら回復したみたいです」
「アチャー。“光”の弾かな? あいつがここで使えるようになるとはジェイドはよく鍛えてるなぁ」
常人なら立ち上がるどころか死んでいるはずの重傷を負ったカイは強い光に包まれ、その光を吸い込むように力強く大地を踏み、痛んでいるはずの背筋を伸ばし、真っすぐに自分に目を向けている。もうガキの目じゃない。一端の戦士の目だ。この敵は、借り物の力とはいえ、自分の命を繋ぎ止めたことで命のやり取りが出来る戦いの世界に足を踏み入れた。
「……」
折れた歯や失った血液は戻らないが、出血は止まって脳の揺れも収まり、全身の痛みがアドレナリンでごまかされていく。精神的な強がりについてこられるくらい肉体的にも最低限の回復が出来た。
カイの願いを叶える“光”の弾。「立ち上がりたい」「勝ちたい」という強い願いに応え、今、都築カイはもう一度ヒトミに立ち向かうチャンスを得た。
「ユキからもっと教わろう」
人体をもっとよく知れば、次に“光”の弾を使った時は応急処置じゃなくて完全な回復が出来るだろう。不完全な回復だが気持ちは潰えない。むしろ新たな力に気力がどんどん湧いてくる。なんだって出来そうだ。
そして自分の願いを叶える弾ということは、こんなことも出来るはずだ。
「あの敵を傷つけずに気絶させろ! “光”の弾!」
銃口から閃光が発射されるが、不慣れな弾は普段の使用している“鏖”よりは弾速が遅く、弱弱しく頼りなく見えた。ヒトミは蓄えておいた弾力のエネルギーを足に回し電光石火の回避で廃屋の陰に隠れ、一目散に逃走する。廃屋に着弾した“光”の弾は何も出来ずにパカーと光って消えるだけだった。
「どうします? まだ敵のパワーアップの全容が掴めません。わたしとしては十分見学出来たので、帰りたいところです」
ヒトミは成人男性の全力疾走に相当する速度で逃走しながら息も切らさず燈への連絡を続ける。グシャッと広い音源でさっきまで身を隠していた廃屋が木っ端みじんに切り刻まれた。あれは“鏖”の弾の効果。刻まれたガラスや茅葺を踏む乾いた音、足元の落ち葉や朽木を踏む音がどんどん背後に近づいてくる。
「待て! 何がしたいんだ! お前たちは何がしたいんだ! XYZの黒幕か!? なんの目的でフジさんを襲った!?」
ヤベェ、このガキ、ハイになっちまってる。新しい自分の力に酔っている。故に今が一番危険だ。“光”の弾の使い方がようやくわかったようだが、まだわかっただけで完全には使いこなせていない。それでも力を手に入れたことは確かだし、応急処置であれだけ動ける程興奮している。総合力ではまだヒトミの方が上のはずだが、イケイケドンドンのカイと逃げ腰のヒトミ。スペックの比較ではない大番狂わせというものはこういう時に起きてしまうのだ。
「そういう訳で転送お願いします!」
変則走法でステップをカットし、フェイントを入れつつ樹木を壁にして逃走を続けるが敵の“鏖”の弾が樹木を八つ裂きにして切り株を飛び越える。ダメージがあるはずなのにスピードアップしている!
「ゴメンね、ヒトミちゃん。ヒトミちゃんを転送して逃がすことは出来ないの」
「ナニユエ!?」
「ヒトミちゃんを回収するためのポータルを開くと、ヒトミちゃん以外のものも一緒にトーチランドに入ってきちゃう。多分だけど、都築カイにはメロンがついてる。ヒトミちゃんと一緒にメロンがトーチランドにやってくると、メロンの位置を辿ったジェイドに居場所がバレる」
「でもジェイドのポータルじゃトーチランドにアクセス出来ないはずじゃ!?」
「出来ないことを出来るようにしちゃうのがジェイドのヤバいところなの。XYZ様の緊急脱出みたいなものはヒトミちゃんにはついていないから……。転送されたのが都内ならあちこちにキーを仕込んであるから、Bトリガーで認証された者だけを送ることが出来るんだけど、今のヒトミちゃんの最寄のキーは札幌よ。乗り物ナシで逃走するには難しい距離ね」
「じゃあ都築カイ……。っていうかメロンを振り切るまで逃げてロードにポータル開いてもらうしかないですね」
「そうなるね。でもここでヒトミちゃんを失う訳には行かないわ。ヒトミちゃんは一番大事な人財。ムードメーカーだしクレバーだし、リーダーシップがあって反射神経もいい。スタイルもバツグン」
「そりゃあ、一応“楽”の担当者ですからムードは、ねぇ?」
本当にロードはいい上司。逃げるモチベーションも戦うモチベーションも上がる。ここで捕まったり負けたりすることはロードの笑顔を曇らせる。守りたい、ロードの笑顔。右手の指でBトリガーに触れ、反撃のプランを立てる。都築カイは体力も戦力も未完成。不完全な回復でここまでチェイスしたのならスタミナもかなり削られている。一方のヒトミはまだ余裕綽々。自分が戦うならもうしばらく逃げてさらに気力も体力も削り、叩き伏せるのが最適だろう。敵の回復は不完全だ。十分に勝ち目がある。
「でも、実はそこにポータル開けるんだよね」
「マジッスカ。そういうの、ちゃんと教えてくださいよ」
「開けるんだけど、メロンの逆流を防ぐためにトーチランドからそっちへの一方通行だけなの。本当に面倒くさいな、メロン。ミーティングでも言ったけどメロンはジェイド以上にめんどい。だからちょっと待ってね。貞治くん! いるぅ?」
トーチランドのゲーセンで一人の男性が腰を上げる。日本人基準だとシャクレだが、外国人基準だとシャクレじゃない微妙な顎の持ち主で、日本人離れした彫りの深さにアメリカンなジャンパーの青年だ。オールバックにした髪のカチューシャ代わりに細いグラサンを頭にかけている。
トーチランドの“喜”担当。やはり托卵ゴア族で日米ハーフの青年、深浦貞治だ。
「オゥラァイッ!」
「ゴメンね、ジョージくん。ヒトミちゃんの代わりに死んでくれる?」
「ホワッツ!?」
「ヒトミちゃんを失う訳には行かない。大丈夫。死ぬとか言ったけど、ジョージくんが都築カイに勝てれば死なずに済むよ。Bトリガーも渡すから、ヒトミちゃんが逃げる時間を稼いでちょうだい」
「カイってヤロウはヒトミよりも強いのかい?」
「強くはない。でも勢いが来てる。勢いって本当にあるから……。日本文理の夏を? 勢いがついた若者は実力以上のものが出る」
「もう一つ訊きたい。俺はヒトミよりも強いかい?」
「ヒトミちゃんの方が上だね」
捨て駒か。ロードだって慈善事業じゃないし、自分とヒトミの貢献度や能力を考えればヒトミの方が高評価に決まっている。ムード、頭脳、精神力、戦闘力、性格。
ネガティブで賢いやつよりポジティブなバカの方がいろいろ上だ。だがヒトミはポジティブで賢いと来てる。ここでこんなことを考えて少し傷つくようなネガティブの時点で自分はヒトミに劣っているし、“喜”の担当者としては失格だろう。評価は寝て待つものじゃない。掴み取るものだ。ネガティブにとれば捨て駒だが、ポジティブにとればチャンスだ。
「オゥラァイッ! ブッ飛ばして来てやるよ!」
「OK、じゃあ十秒後に転送するね」
ジョージの足元に深緑の森林が広がる。突然繋がった異空間に森の虫たちが驚いて飛び立つが、一方通行のポータルはトーチランドに何一つとして逆流させない。転送、着地、臨戦態勢のタイムラグが加味され、ヒトミの逃走ルートでジョージのスニーカーが足下の腐葉土を踏む。
「ジョージくん!」
「俺が時間を稼ぐ。逃げなヒトミ」
「そんな捨て駒みたいなこと……。ロードに言っておかなきゃね! 無事に帰ってきてね!」
向かい合わせだった二人の托卵ゴア族が交差し、ついに背中合わせとなって距離が遠ざかる。これだ。ロードからの扱いが微妙でも必ずヒトミがフォローする。クレバーな二人のどちらかからは必ずモチベーションが上がる何かがもらえる。
「ちなみにジョージくん、ロードはみんなにはサプライズにしてたけど、今夜は“ウキウキ! 夏のトーチランド・ボーナスランキング発表会!”があるわ。楽しみにね!」
新たな敵の出現にカイのスプリントにブレーキがかかる。足が止まってようやく興奮が収まり、疲労や息切れ、足の痛みが一気に押し寄せてくる。“光”の弾の効果によるアドレナリンもこれ以上はごまかせない。
「メロンさん! 敵を追えますか?」
「わたしのスピードじゃあのウサギは追えないわ」
「目の前のこいつを倒して居場所を暴くしかないみたいですね」
“鏖”の弾を装填し、シリンダーを回転させる。初勝利はまだお預けになっていない。初勝利を誰から貰うかなんて選べるほど偉くはない。標的が自分に移ったことを確認したジョージがメリケンサックに仕込んだBトリガーのスイッチを入れる。
「Bトリガー、“摩天楼怪獣センゴク”!」
ジョージの両腕をアシンメトリーの鎧が覆う。フリーの左手は岩石のようにゴツゴツと硬く厳めしい手相を持つ掌へ、メリケンサックを握った右手は長さ三十センチに及ぶ三本の巨大な爪を持つ怪獣の腕へ巨大化する。装備が重くなりジョージが自然とノーガードになってしまうが、強靭、巨大、厳格な両腕はイケイケドンドンのカイの勢いを削ぐに値する迫力を持つ。
「カモン!」
「ヴァッ!」
夏休みによく流れる海の生物に関する子供の好奇心刺激しまっせ系番組の本気を出したタコのようにガァバァっと左手が広げられ、凶悪な手相が“鏖”の弾を全弾握り潰す。ドン、ドン、ドン! と鈍い音が連続し、巨大な掌はジョージの托卵ゴア族としての特異体質、“超握力”によって極限まで凝縮される。
摩天楼怪獣センゴク! クジーの火球やエレジーナの電撃のような特殊な力は持たないが、力を三分割した瞬間三段攻撃の衝撃波で敵を握り殺し、爪は敵を粉砕させる。一撃目が入れば守りも避けも通用しない速度ですかさず二撃目と三撃目! 左手での握撃と右の爪でもこの三段撃ちが使用可能なのがセンゴクの力。かつて宇宙でも屈指の怪獣使いで、地球では天下布武がテーマのあの武士の相棒の怪獣だったとされ、純粋な腕力のみで初代アブソリュートマンからダウンを奪った“魔王”の異名をとる剛腕怪獣だ。
超握力×超腕力! パワーのみで相手を制圧する特異体質とBトリガーのシナジー効果がバツグンだ! 一歩一歩で腐葉土を抉り、土を湿らせながら剛腕の装甲車がカイへと進撃する。
「ガリィッ!」
敵の性質が違いすぎる。さっきまでのヒットアンドアウェイの高機動タイプから真正面から撃ち合う重戦車タイプへ変わった。だが“鏖”の弾は最低限の仕事をしてくれた。いくら砦そのものが進軍してきても“鏖”は装甲でしか防げないようだ。強化された両腕をくぐって剥き出しの頭、下半身を狙うか、装甲を貫通するか……。
「……」
“光”の弾は万能じゃない。さっきは気持ちに応えてくれなかった。というか気持ちが足りなかった。この弾はまだ最強に出来てはいない。
チャンスは多くて一度か二度。敵にはまだ“鏖”しか見せていないから目は“鏖”に慣れたままだ。ならば試し撃ちで可能性を感じたこの弾だ!
「アブソリュート・アッシュ! “電”の弾!」
銃口から発射された超高速の閃光が左のBトリガーの左小指の先に直撃し、勢いのまま爪にらせん状の穴をあけ、樹木、葉、空を貫いて北海道の空に消える。弾は余計な破壊をせずに貫通したが、余りの高威力にBトリガーの指には痺れが残ったまま、撃ったカイも反動で膝が震え、すぐに次の行動に移れない。
実戦での使用は初めてだが、これがアブソリュート・アッシュの“電”の弾。“鏖”が通用しなかったBトリガーの装甲を貫いたが、弾が小ささと高すぎる貫通力で逆に針で刺したようなダメージしか入らない。
「ガリィッ!」
「ヴェッ!?」
だが敵は見逃してくれない。“鏖”よりも使用回数が少なくフラッシュバックもまだあり、反動も大きいカイの顔面に巨大なナックルでの強打が叩き込まれて不完全な回復の奥歯の傷を開かせる。目の前に銀粉が舞って空がジトジト這いまわって地面がフワフワ漂い、意識が遠ざかって立ち上がる力を再び奪う。咄嗟の反撃だったがジョージの狙い通りだ。カイについていた分身メロンが拳で殺され、ヒトミがトーチランドに無事に帰還した。最低限の仕事だ。
「悪ぃなボーイ。俺にも背負ってるものはある。プライド、立場、評価。ここで捨て駒にされて終わりたくはねぇんだよ」
「プライド、立場、評価? そんなもののために戦っているのか? ならお前は、僕には勝てないな」
「何?」
「僕がここで勝てないで、誰がユキの孤独に寄り添える? 自分が孤独だってことにすら気づいていないあの人に。“光”の弾で傷を治せるってわかった時に一番うれしかったのは、ユキの傷を治せるとわかったからだ。僕がいればもうあの人は一人で傷つかずに済む。僕にはプライドも立場も評価もない。僕には目標しかない」
「ユキユキとうるせぇやつだ。ここでジェイドが出てくるまでお前と遊んでもいいんだぜ。ポジティブだけじゃ何も拓けない。耐えがたい屈辱が、覆しがたい力の差が、越えがたい格の差ってものがある」
「じゃあなおさら負けられない。分相応に与えられる物に感謝しろっていうのか? 格の差にビビってちゃ寿ユキの弟子は務まらない。何もない僕の人生に一体どれだけのものをユキがくれた? ユキの手はこれ以上煩わせないし、いつかは超える」
「呆けたガキだな。それを口にしない常識を知って、アブソリュートもエイリアンもゴア族もスタートラインに立つんだよ。牛はカウボーイに勝てねぇ。一つ賢くなったな、ボーイ」
「じゃあ僕には勝てないな!」
強がってみたがもうカイにAトリガーを撃つ余力はほとんどない。撃ててあと三発……。そのうち一発は自分を“光”の弾で撃って応急処置し、生き残るために使わなければならないが、今使っても中途半端にしか回復出来ずすぐにやられるだろう。一発目と二発目で敵を倒す。そして最後に自分を撃って命を繋ぐ。これしかない。
信じるしかない、“光”の弾を……。自分の意志の強さを……。
“電”の弾で微かにダメージを受けたジョージの指先からポタリと血が滴った。あそこを狙って致命傷を与えるには、この弾だ!
「アブソリュート・プラ! “水”の弾」
銃口からドプンと鈍い音が発せられ、緑や紫、ショッキングピンクのグラデーションの毒々しいシャボン玉がフワフワと無気力に漂う。全ての弾を試し撃ちした段階でミリオンの“鏖”をメインに、遠距離ではアッシュの“電”、搦め手ではプラの“水”とジェイドの“凍”を使うと決めていたが、実戦初使用の“水”の弾は、プラのフラッシュバックとその効果で撃ったカイ自身にその使用を後悔させる。
「その泡に触るな! 死ぬぞ!」
「ホワッツ!?」
ドンドンドン! ジョージの拳の三連撃がシャボン玉を完全に粉砕し、消滅させる。その飛沫はさっき“電”の弾でついた傷にも付着している。それを見たカイは即座に“光”の弾を装填する。自分ではなく、ジョージを撃たなければならない。
「ウッ……。アエエ!?」
Bトリガーで再現したセンゴクの指の傷口がグチャグチャに腐り果て、千切れた肉片から煙が上がる。ジョージは目を真っ赤に充血させながら喉を掻きむしって吐血し、膝を負って悶絶する。
着弾した相手にとって水、H2Oを猛毒に変える“水”の弾。弾速は最遅でシャボン玉なので壊す、防ぐ自体は簡単だが目、口腔、傷口から泡が入ればすぐに毒が体に回る。やがて自分の体内の水さえも毒に変異し、肉が全て腐食され死に至る。起死回生、死に物狂い、大番狂わせ、奇襲の最凶最悪の弾だ。この“水”の弾で敵を弱化させ、勝敗をキッチリさせてから“光”の弾で解毒する。そんな考えだったが、毒で相手に負けを認めさせるとかそんなレベルじゃなかった。この弾は存在してはいけない力だった。
「Oops……」
「大人しくしろ! 僕が“光”の弾で解毒する。避けるな」
パシッ!
軽快な音と同時にジョージが空に舞い上がる。ヒトミにはつけていなかった緊急脱出装置がジョージを一度札幌に送り、メロンの有無を確認してトーチランドに帰還させたのだ。
「ロォードォ……」
裏側の世界に戻ってきたがまだジョージの毒は消えていない。トーチランドからさらに薬湯を入れたスーパー銭湯(男湯)に直送し、ようやく解毒され、呼吸が安定してきた。ズタボロにされたジョージには温かい薬湯から顔を出して息をすることしか出来なかった。
「俺が勝てるなんて微塵も思っちゃいねぇーのか」
ヒトミにはつけていなかったのに自分には緊急脱出装置。いろいろあるんだろうな。
あそこであのガキが本当に俺を解毒しちまえば、あのガキは本当に“光”の弾を自分のものにしちまう。“光”の弾はこれ以上使わせてはならない。自分を助けるためではなく、“光”の弾の経験値を溜めないために自分を逃がした? それとも一度は「死んでくれ」とまで言ったツンからのデレで支配力を強めた?
以上の理由に加え、ヒトミの言っていた“ウキウキ! 夏のトーチランド・ボーナスランキング発表会!”を欠席者なしで行いたかったのだろう。どっちにしろこれは敗北だ。
北海道の森に緑色のポータルが開かれる。
「カイ」
「また勝てなかった。ハァ……。頑馬さんの言う“兵隊”に僕は含まれてるのかな?」
「何度も逃げられてフラストレーションが溜まるのはわかるわ。でも鼎ちゃんは襲われたことを知らずに済んだ。ファインプレーよ。ゴールを決めるだけがファインプレーじゃないでしょう?」
〇
「ウキウキ! 夏のトーチランド・ボーナスランキング発表会!」
異次元のとしまえん、トーチランドのゲームセンターで燈がタスキをかけ、マイクで高らかに宣言するとヒトミとイツキが紙吹雪をザルから巻いて真夏の一大イベントを盛り上げる。いくら散らかしたって大丈夫だ。明日にはゴミは全て異次元の狭間に投棄してとしまえんをリロードし直す。
「みんないつも頑張ってくれてありがとう! ささやかながらわたしから夏のボーナスをプレゼントするわ。貢献度に応じて金額に差が生じるのが心苦しいけれど、少なかった人も頑張り次第でもっともらえるから! まずは五位! 深浦貞治! 貢献ポイントは150! ボーナス額は十五万よ。病み上がりだけどもうちょっと頑張ってね! 黒一点で大変だろうけど!」
「オウラァイッ。次はあのボーイをブチのめしてやるぜ!」
深浦貞治(喜)―十五万円
“水”の弾のダメージが消化器にも来ていて燈の手作りカレーを食べられない。憐れ。最近一番喜んだ出来事は自分以外全員女子でしかもみんなかなり可愛い職場にスカウトされたこと。
「続いて四位! 目ヶ騷夜! 貢献ポイントは250! ボーナス額も二十五万よ。ヨルちゃんに預けたBトリガーとの相性はバッチリね! メロン対策の切り札になれちゃうかも! わたしとイツキちゃんとヒトミちゃんの歌のレッスンもしてくれる歌姫様よ! じゃあ、もう! 歌のレッスン代も含めてドンと上乗せ三十万で! いや、あのメロンを潰せる可能性も加算して三十五万で!」
「キィーッ! イツキに負けたわ!」
目ヶ騷夜(怒)―三十五万円
イライラしてTシャツを引き裂き、メンバー最大のボインを見せつけてやる。最近一番怒った出来事は、自転車でもちゃんと赤信号の一時停止線で止まったのに電動自転車のババアに追突されたこと。
「第三位! 犬養樹! 貢献ポイントは大きく伸びて500! とにかくイツキちゃんはキャワイイから大好き! あの時点で全く戦力が不明だった都築カイとよく戦って大まかな輪郭、それからジェイドのスタンスを見極めるのに大貢献! クジーの火球をレーザーに変えて長時間火力を維持したのは超好プレーよ。Bトリガーの可能性を大きく引き出した。もうクジーのBトリガーはイツキちゃんにあげちゃう! なんてキャワイイ特攻隊長かしら! 今週の目標の清書もしてくれるし、もう本当に大好き。食べちゃいたい! 受け取って! 七十五万!」
「ありがとうございます」
犬養樹(哀)―七十五万円
抜群の運動神経で現在フリースローが九連続成功中。最近一番哀しかったことは自販機で百六十円のポカリを買おうと二百十円入れたらおつりが十円玉五個だったこと。
「そして第二位の発表よ。ダルルルルル……。ダン! このわたし、駿河燈よ! 最終的や判断や用兵の手腕、みんなのモチベーション管理に薬湯の補給、XYZ様のプログラミングにトーチランドの開設とリロード、ポータルでの移動、そして望月さん潰し! わたしだって意外と頑張ってるんだからぁ! そんなわたしへのご褒美は八十五万ね」
駿河燈―八十五万円
ビシッと扇子を開き、紙吹雪を華麗に舞わせる。最近一番テンションが上がったことは内緒だ。
「栄えある一位はーッ? もう彼女しかいない! 因幡飛兎身! 兎に角クレバー! 兎に角ムードメーカー! 出しゃばりがちなわたしと上手くバランスをとってみんなにリーダーシップを発揮してくれているわ。メンタルも強いしユーモアもあるし、どの今までに預けたクジー、エレジーナ、センゴク、ウインストンのどのBトリガーも扱えるセンスの良さ。強さがもたらす余裕から参謀としても優秀だし、XYZ様の操作を任せられるのはヒトミちゃんだけ! それにとっても強いの! 大台ドーンの百万円よ!」
「うぃー!」
因幡飛兎身(楽)―百万円
生涯に一片の悔いもなかったようにゲーセンに拳を突き上げる飛兎身に百万円の札束が贈呈される。最近一番楽しかったのはマリオカートのオンラインで有名実況者にトゲ甲羅をぶつけて一位を妨害したこと。
明暗くっきり別れたが、こうして“ウキウキ! 夏のトーチランド・ボーナスランキング発表会!”は幕を閉じた。
「デザートにクレープを食べましょう。腕によりをかけたんだから! ジョージくんには大トロの刺身。ヨルちゃんにはサニーレタス。イツキちゃんにはピーチ。ヒトミちゃんには抹茶アイスの創作クレープよ!」
一名楽しめていないやつもいるがヨル、イツキ、ヒトミ、燈の四人は心底楽しい。托卵ゴア族という身分が発覚して人並の幸せと将来を奪われたが、燈は普通以上の幸福をくれる。それぞれ自分の生まれに疑問や呪詛を持ったこともあるが、燈が世界を遊園地に変えてくれた。
「ロードに乾杯ー!」