第8話 アムネジアム
場所は秘密、何もかも極秘。
それが異星人犯罪者の収容所だ!!
どういう基準で誰をここに入れる? 入れておくことは出来るのか? 地球人の技術で?
だがGODとサウザンを操って地球侵略を企み、寿ユキに敗れたゴア族の幹部の生き残りや、超危険外来種デラシネを地球に持ち込んで地球人殺害を試みたバース、マートン、メッセもここに収容されている。オーは修理されないまま、無力な箱になっている。頑馬はデラシネを利用した地球人殺害には直接関わっていないので前科持ちにはならなかった。
どこの法で裁くのだろうか? メロンもGOD復活の際に暗躍したが、彼女は地球人であり、さらに「洗脳無罪の掟」でここにブチこまれることはなかった。代わりに割と外出の制限が緩い特別病院に入院している。だが分身の動きは自由なので実際はシャバで暮らしているようなものだ。
「よう、バース」
「頑馬」
シャバにいた頃とは真反対の純白のシャツのバースが収容所の中庭でかつてのボスと面会する。飛行能力やポータル、もっと荒業だが火球で施設ごとブッ壊して脱獄だってバースには可能だ。だがここに入れられるとまず異星人たちはやる気を失い、自信を喪失する。次第に何もかもがどうでもよくなり、脱獄なんてする気も失せるのだ。宇宙最弱級の種族、地球人。そんなやつらに一度だろうと捕まってしまった、という事実は強力な異星人たちから自尊心を奪う。
「今更何しに来た?」
「お前の力を借りたい。勘のいいお前なら気付いてるだろう? この地球で何かが起きてる」
バースも多くの収容者と似たようなものだが、一つ違うのは彼が負けた相手はアブソリュート・アッシュだったということだ。敗北の際に彼の勝利を認めるような言葉をカッコつけて吐いたが、あまりにも悔しい。あんなインチキみたいな方法で敗れるなんて悔やみきれない。だがアッシュにすら勝てず、ジェイドを相手にする場合でも巨大化かジェイドリウムしか策はなかった。ジェイドに勝てる算段がない以上、シャバでイキるのも空しいだけだ。頑馬なら……。頑馬さえいればジェイドもアッシュも初代もミリオンも、何も怖くはなかった。頑馬さえいてくれれば……。頑馬がデラシネの爆発から生還したことは知っていたが、今の頑馬と過去の頑馬は目のギラつき方が違う。
「お前の望みは何だ? バース」
「俺の望み? 今の俺にそんなものはない。何をしようとしても、あの邪魔者のジェイドがチラつく。何の望みも持てやしない。所詮俺らは宇宙のチンピラ。何をしようにもジェイドに邪魔されるようなことしか出来ねぇ」
「……。夢の方がどんどんデカくなっていくな」
最強の背負うものは大きい。その称号には多くの称賛とリスペクトが集まるが、同じくらいの憎悪と嫌悪を背負う大きな背中が必要だ。
「どうしてもジェイドを認められないか?」
「アブソリュートとクジー。俺たちは先祖の代から殺し合う運命なんだぜ? お前が例外なだけだ頑馬。ジェイドのやつは大っ嫌いだね! 俺だってわかってる。ジェイドには誰も勝てねぇ。そんなジェイドに勝てるとしたらお前だけだった。なのになんだこの有様は。感化されてカタギになっちまいやがって」
「ジェイドの敵じゃなくなっても最強は目指せる。ジェイドを嫌うあまりにジェイドと反対のことをし、それでも最強になりたいなんてムシがよすぎる。それでも俺は最強になる。お前にはいの一番に頂の風景を……」
「帰れ。お前は変わった。今ので確信したぜ。お前が目指している最強っていう目標は変わらないんだろう。だが俺は最強の戦士の右腕になりたいんじゃない。そんなものを目指していたんなら三十年前にジェイドに媚び売ってたさ。俺が望んでいたのはあの頃の頑馬の右腕だ。傲慢で、強欲で、暴力的でエゴイスト。暴力だけが俺たちの道で、志で、心だった。俺たちの近くで少しずつ変わっていってくれたんならまだ納得出来たんだがな。いきなりキレイなお目目で見られても俺は急には変われない」
バースは頑馬に憐れむような眼を向け、顔を逸らして背を向ける。こんな頑馬になってしまうくらいなら会いたくなかった。
「また来る。考えておいてくれ」
頑馬も自分が背負っていた憧れと望みの重みを知る。アブソリュートで鍛え直すと決めた時点でバース、マートン、オー、メッセに愛想を尽かされる覚悟は出来ていた。それでもバースの態度に傷ついたのはどこかで許してもらえると甘えていたからなのだろう。
初代アブソリュートマンに絶滅寸前まで追い込まれた未来恐竜クジー。
数百年以上アブソリュートと戦争を続けていたゴア族。
アブソリュート退治のために作られた機婦神ゴッデス・エウレカ。
アブソリュートミリオンに先祖を八つ裂きにされた電后怪獣エレジーナ。
四人の部下はアブソリュートへの復讐の動機と血族の因縁を持っていた。
「XYZ退治に協力すればシャバに出してくれるの? いいよー」
こんな風に即決で乗ってくれるメッセの方が異端なのだ。
〇
「面白いマンガ、持ってきたよ」
「おう、ありがとな」
なんて平和な池袋! 紙袋にオススメマンガ約十冊を詰め込んだ元オタサーの姫の鼎はフジへの思いを募らせていた。オタサーに無碍にされるのは飼い犬に手を嚙まれるようなものだがフジは孤独な一匹狼。お手もしないし尻尾も振らない。こっちはオタサーよりも雑魚じゃないで負けても心の傷は浅くて済む。
カフェや遊べないシーソーなどシャレオツ要素満載の南池袋公園で、立場や居場所を見失いつつあるいつもの二人は駄弁りあう。
「ケガしたの?」
「ナンデ?」
「左手をかばってるように見えたから。マンガ持てる?」
「あぁ、ちょっとな。バーベキューってのは何だ、俺はまたワニ肉を食わされるのか?」
「全然、そんなのないよ。ただ見せつけてやりたいだけなのかも。前にも話した通り、わたしはもうすぐオタサーをお払い箱になる。最後に自爆テロかまして見返してやりたいのよ。雑魚相手にイキるだけじゃなくて、ちゃんとわたしにはあんたがいるって。そして駿河燈にも誰かがいるかもって疑いの地雷を埋めて、全員道連れにしてやる」
「奪還しようって気は?」
「ナイナイ。っていうか無理。相手はずっと可愛いし、趣味や素質が違う」
「薄情なやつらだな。与えられる物を選り好みするなんて。全員気の毒なやつらだ」
痛む左手でマンガを持ち、右手でページをめくる。紙が日焼けしそうなのですぐに戻したが、チラっと見た鼎はだいぶ追い詰められているようだった。無理もない。唯一のアイデンティティを侵略者に奪われ、今まで恩も少なからずあったはずのオタサーを皆殺しにしようとしているのだ。
「最初はね、合宿と称した旅行のはずだったんだ。わたしにも来てくれオーラがすごくて。でも駿河燈がやってきてからは、まだ入学もしてない女子高生を泊りがけに誘うのは難しいからって日帰りのバーベキューに急遽変更になった」
「……そうか」
「女子が愚痴ってる時は肯定した相槌だけ打てばいいって思ってる? あんたにも何かあったんでしょ?」
「俺は自分で答えが出てるからいい。お前さんは本当にそれでいいのか?」
「本当は良くないよ……。でもわたしは甘えてた! この人たちにはわたししかいないって調子に乗って思わせぶりな態度すら見せなかった。わたしの驕りと怠慢でこんなことになった。でも……こんな仕打ちを受ける程!? わたしたちは駿河燈以外、臆病で醜かった」
「だが理不尽に理不尽で対抗しててもなぁ。フッ、俺らしくないな。このフジ・カケル様に嫌いなものは都築カイ以外に何もねぇ。そして俺はアブソリュート・トラッシュ。人の心も情けも知らない宇宙一のクズ野郎のはず」
背後に何かイヤな気配を感じる。
フジの勘は正しかった。池袋だから浮かずに済んだが、官能的なバニーガールコスプレのスレンダーな女性が右手に怪しげな装置が内蔵されたピコピコハンマーを握り、力士像のように左手を突き出して攻撃の姿勢に入っていた。
「そういえばさっきのマンガさぁ、陰毛みたいの挟まってたけど?」
「死ねっ! 見たこともないくせに!」
鼎が顔を真っ赤にして手で覆った瞬間、背後にポータルが開かれ、転送された少年がバニーガールにタックルをかます。だが二人はすぐに着地しなかった。南池袋公園の地面に開かれた二つ目のポータルが少年とバニーガールの二人をどこか遠くに飛ばしたのだ。二人が池袋にいた時間は一秒もないだろう。目の前でこれが起きていても気付かない間もいた。突然のセクハラに赤面する鼎が気付くはずがない。
グッジョブ。姉貴、カイ。
「ヴァッ!」
「こんにちはぁ、カイくん。イナバ・ヒトミよ」
転送先の空から敵、“楽”担当の因幡飛兎身をクッションに岩石や地面を転々とさせ、廃墟の山村で都築カイが芯の通った動作で、そしてヒトミがゾンビのように立ち上がる。フジ襲撃がユキとカイに読まれていたことも想定内だったようだ。
「Bトリガー、“電后怪獣エレジーナ”」
ピコハンのBトリガーを操作するとヒトミの両手で炸裂音と火花が散り、うさ耳バンドや尻尾のファーが逆立った。岩や地面に全身を強打したはずなのに痛がる素振り一つ見せずに狂気の笑みを浮かべる。まさにゾンビだ。本来の耳の方に仕込んだワイヤレスイヤホンを気にしているようだが、転送先は北海道の山間の廃村。通常の電波は届かないだろう。だがカイに分身メロンはついてきている。
「カイくん、連日の連戦になるけど、ユキと頑馬もスタンバイしてる。狼の巫女の時よりもあなたは強くなってるってユキも言っていた。頑張って!」
「はい!」
腰のホルダーからAトリガーを抜き、アブソリュートミリオンの“鏖”の弾を装填する。敵の得物はピコハン。距離を詰められるとまずそうだ。
「ヴァッ!」
だが敵の速度もわからない。先手を打って牽制するが、敵は脱兎の如き超回避で弾丸を躱し、“鏖”の弾丸はヒトミの背後の樹木を切り刻み、樹液が滲みだして今夜のカブトムシさんのいい晩飯になる。
「ルァッ!」
憐れカブトムシさん! ヒトミのピコハンの一撃で盾にされた樹木が根っこごと掘り出され、土砂を撒き散らしながらカイに向かって一直線だ。巨大な岩石の陰に隠れるが、へし折れた木がバキバキと鳴きながらチップにされてしまい、岩石の輪郭沿いに泥と木片が積もる。平常心を忘れるな。もう一度“鏖”の弾を込め、呼吸を整える。岩石の影から長いうさ耳が生えた。ヒトミが岩石の上にちょこんと座っているのだ! 小さな長方形の影も伸びる。ピコハンが振り上げられた。
「お元気?」
「ヴァッ!」
驚いて銃口を上げた瞬間に左手でビンタされる。一瞬微弱な電気が頬に走ったが、ダメージを受けるどころか怯みもしない。それ故にカイは戸惑う。なんだったんだ? 今の。
「ルアッ!」
バキィッ!!
ダメージも受けなかった、怯みもしなかった先程のビンタ。だが平常心が一瞬乱された。その隙をついてビンタされた頬に逆水平でピコハンの一撃をもらってしまった。回転する風景に激痛と混乱が鯉のぼりのようについてくる。次に襲ってきたのは口腔内の違和感。ゴロゴロとしたものが口の中を転がっている。だが舌で探ることも出来ない。今のカイの体には神経の支配が追い付いていない。
「月のウサギだけじゃなくてゴア族のウサギも餅をつくのよ。左手で手水を打って場所を指定し! 右手のピコハンでつけば二つの間に強力な電磁力が発生! 強力な斥力でブッ飛ばす! これがわたしの持つ電后怪獣エレジーナのBトリガー! 月まで吹っ飛ぶこの威力! さぁ、来るとわかってるテレフォンパンチにあなたはどう挑む!? それとも師匠にリンリンリリンする?」
「くっ……」
ヒトミが左手でトゥルルルして挑発する。カイもグーパーを繰り返して体の動きを確認するがあまりにも長い時間動けなくて手の甲をアリが這っている。そのアリに真っ赤な血のシャワーが浴びせられる。支配が戻ったようだが、このウサギの巫女のピコハンの一撃は重過ぎる! 頭痛がひどくて吐きそうだ。畜生。勝ちたい。勝ちたい! プッと折れた歯を吐き出し、強い気持ちで己を奮い立たせる。Aトリガーで追体験した記憶の中に、この程度で挫ける戦士はいなかった。その末席を汚すものとして、ここで諦めては本当に汚すだけになる。
「ヴァッ!」
「ルアッ!」
バキィッ!
左手で水を打たずに繰り出された右のピコハンがカイの肋骨越しに内臓を叩く。口腔内ではなく消化器から出た血が口の中に滲み、激痛に目を見開き、歯を食いしばって折れた奥歯のあった場所はさらに痛く、口の中にさらに鉄の味を広げる。
「そしてこれが! 托卵ゴア族としての特異体質、“超弾力”! シャワーのお水が弾けるなんてのとはレベルが違うわ。ゴムのボディで衝撃を分散、振動させて蓄え、必要な時に収束、爆発させる! さっきわたしをクッションにしてくれた時、十分な衝撃が溜まったわ。さぁ、Bトリガーの餅つきとわたしの超弾力、どっちに狙いを絞る? リンリンリリン、この愛、受け止めて、欲しいよぉ!」
ヒトミはご機嫌に歌いながらカイが立ち上がるのを待っている。
Bトリガーのワンアクション挟んだ餅つきと弾力ボディからの直接の一打、正直どっちが来てももう一撃耐えられないだろう。シーカーに変身すべきか? いや、ダメだ。いくら森林地帯とはいえ被害が大きくなりすぎる。それにイツキとの戦いでは、人間態の時はイツキを押せていたのに変身後はワンサイドになってしまった。このヒトミも巨大化するとさらに変化するかもしれない。
「ヴァ……」
脳の揺れ、折れた歯が傷つけた口の中、内臓へのダメージは何も解決されていない。ノープランだ。何も考えていない。何考えられない。ただ……。ここで倒れたままでいるほどヤワじゃない。
ユキは立ち上がる時に差し伸べる手をくれた。勇ましく頼れる背中をくれた。立ち上がれる足をくれた。今のために必要なことは全てユキがくれた。ユキに恥はかかせられない。
ゴア族もXYZもアブソリュート人も知ったこっちゃない。だが平和に暮らしたい人たちを脅かすようなやつらを許してはいけないって自分の心も言っている。さっきだってこいつはフジさんとその彼女を襲おうとした。知らないことばかり、至らないことばかりだが、こんなやつらを許してはいけないって信念だけは、この心に何が足されようと、何が引かれようと必ず残る“真実”だ。
ユキが自分の“素質”と見込んだ真実だ。
「今ならわかる」
ビチャッと血を吐き、致命傷を負った少年は髪から血を滴らせながら瞳の揺らぎを抑える。
「初代アブソリュートマン。“光”の弾」
“光”の弾を装填したAトリガーの銃口を危機的な鼓動を繰り返す自らの心臓に押し当てる。銃口を通して鼓動と血潮が伝わってくる。
“光”の弾に対応する初代アブソリュートマンには、感情がなかったのではない。初代アブソリュートマンの感情を理解出来なかっただけだ。何の効果もない弾なのではない。自分にまだ使う資格がなかっただけだ。
正義でも悪でもなく、客観でも主観でもないたった一つのもの。それは“真実”だ。初代アブソリュートマンはその“真実”のみを求めていた。これは初代アブソリュートマン以外にはミリオンにもジェイドにも出来ないことだ。その“光”を使いこなすには、自分の中に不動の“真実”がなければならない。その“真実”に応え、カイの願いを叶える最強にして最弱の弾。それが“光”の弾だったのだ。
何も願っていない意志薄弱な自分に使えるはずもなかった。XYZに“光”の弾を撃った時、何かを強く願っていたか? アッシュかジェイドがどうにかしてくれると思っていただろう。だが今は自分がどうにかしなければいけない。その強い願いが込められた“光”の弾丸が今、カイの心臓を貫いた。
「ヴァッ!」
カイの全身が光に包まれていく。“楽”の担当者らしくなく、ヒトミはつまんなさそうなおすまし顔(通称:「ムーン」顔)でピコハンを弄ぶ。
「おぉっと上から聞いてないなぁ」