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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第17話 「君に託す」。

 マッカチン・スターナイト……。名前の通りザリガニの怪獣が人間化したものだろう。だが腕を覆うガントレットは真っ赤で細かいトゲトゲ……。あからさまにザリガニだ! もはやガントレットではない。腕そのものが巨大なザリガニのハサミになっている。このマッカチンは人間化の際の外見克服の技量が不足しているか、プロレス団体というよりもフリークショーであるDD興業で目立つためにあえて残したザリガニらしさかは判断不可能だ。

 ロケーションは中野ブロードウェイ。こういった閉所かつモノが溢れた場所は、その場その場のものを利用して戦うフジにとって独壇場に近い。だが中野ブロードウェイはフジ自身もお気に入りな上、新たな友人になれそうなシカリの職場で、メロンが前世から地続きで愛し続けた地にして前世と同じまま過ごせる唯一の場所だ。むしろロケーションが制限になってしまう。

 シカリと仲良くなれるかもしれない。メロンがピンチかもしれない。

 だから見せつけるしかない! 実力も覚悟もだ! 環境もメンタルもコンディションも関係なく、何があってもアブソリュート・アッシュの勝利だったという過程と結果を自らと敵と、巻き込まれたすべての人々に刻むために!


「Δスパークアロー・LE!」


 この技で戦いの嚆矢とすることはほとんどない。枝を張り巡らせる不可視の桃の木を弓に放たれる百本の光の矢は蛇行、直進、カーブと百様の軌道を描き、マッカチンへの牽制と同時に背後に控える雑兵を十人程片付けた。マッカチンは真っ向から装甲で防ぎきったものの、仲間を一撃で倒されたガスパー・シールズは腰が引け、マッカチンの背後に隠れてしまっている。マッカチンが削ったフジにトドメを刺す。そういう腹積もりだろう。


「イディオット! ちゃっちゃとヨシツネ式でアッシュを囲んでしばかんかい!」


「あきません! ヨシツネ式はマッカチン様みたいな大エースがいるときは無意味です! あれは雑魚だけの時にやるものなんですよ!」


「ほな展開して略奪と破壊やらかせ! それだけでアッシュにプレッシャーかけられるやろ! ちったぁ役に立てや!」


 マッカチンがフジと距離を詰める。これならばΔスパークアロー・LEのエイムはマッカチンに集中し、自分たちは狙撃されることはない……のか? とりあえずそう判断したガスパー・シールズの一人は、猫耳メイドカフェへの乱入を試みた。選んだ理由はもちろん、かわい子ちゃんなメイドへのお触りだ。


「バロォ!?」


 そのガスパー星人のマスクから凄まじい勢いで血液が噴出した。胸からはマチェーテともククリともサバイバルナイフとも呼べなくもないような分類不能の刃が突き出し、切っ先に肉片をこびりつかせて胸から腹を切り裂き、肋骨に刃が引っかかったところでガタンと背中を蹴られてようやく殺意の鋼から離れることが出来た。だが、もうその時にはそのガスパー星人は完全にこと切れていた。ガスパー星人が倒れても、刺した人物は姿が見えない。ガスパー・シールズはさらに腰が引けた。やつらも知っているのだ。ステルスとポータルの高度な両立によって不可視、そして残忍冷酷、いつどうやって殺してくるかわからない、アクシデントじみた死を与える殺意の権化。ほんの僅かに、あえて自らを認識させるように残した残像じみた一瞬の出現。青い野球帽、その上にパーカーのフード、サバイバルゲーム用のゴーグルにスカーフ。宇都宮での戦いで、今と同じように無慈悲にガスパー・シールズを殺害した暗殺者と同じ姿。

 シカリだ。シカリが一緒に戦ってくれたのだ。こんな嬉しさに左右されてはいけないというのに、フジはあまりの頼もしさに膝が震えそうだった。

 ガスパー・シールズはさらに消極的になる。敵は……ここにいて自分たちを見張り、無作為に殺しているのか? それとも中野ブロードウェイに危害を加えようとしたものを優先的に殺しているのか? そもそもシカリはまだこのフロアにいるのか? 一人目が殺された。次も殺されるかもしれない。それだけでガスパー・シールズには圧となり、行動を抑止する。

 フジはシカリのプランに任せた。自分の仕事は自分でやる。マッカチン・スターナイトはここで倒す。


「とはいえこいつは殴りたくねぇな」


 見るからに固そうな甲殻、細かいトゲ。ゴア族カンフー守りの奥義で流すにもトゲが邪魔すぎる。……。フジは右手を左目にかざした。


「アッシュアイスラッシャー!」


 メガネを象った鍔を持つ刃を異次元から抜刀! 切っ先、敵と目のフォーカスを合わせて目のピント調節を行った。敵はめでたいマヌケ面。楽勝だ。


「セエアッ!」


「クレアッ!」


 一太刀目はがきぃん、とけたたましい音を立ててマッカチンの前腕に防がれる。やはり見た目通りの硬さだ。そのまま鍔迫り合いへと繋がり、互いの唾がかかるくらいまでマッカチンが怪力で押し込んだ。星型のご機嫌なサングラスに映る自分の顔は意外と悪くない。メッセが語ったように、ジェイドやレイのような超一流の戦士に共通するのはプラスマイナスゼロ。楽観と悲観、傲慢と謙虚、愛と憎。今の自分はやや楽観、やや傲慢、やや憎に傾いてはいるが、致命的な揺らぎではないようだ。


「セエアッ!」


 カラス化で終わりの見えない鍔迫り合い……ガスパー・シールズに動きを許してしまう時間を脱し、少し羽ばたいたフジは人間の姿に戻って死角から突きを繰り出した。……やはりカルシウムの鎧に弾かれてしまう。むしろ、死角に入られたマッカチンがフジの攻撃が通らないことを確信してポーズをとったくらいだった。いくら高強度のアッシュアイスラッシャーとはいえこれ以上の攻撃は刃こぼれが心配だ。さらに宇宙一の剣の達人を父に持つフジはこれ以上剣で失態を晒せない。

 ……。今、ここにいる味方は誰だ? 誰かがいても依存するのではない。彼らの力を借りるにとどめ、あくまでも自分の力と主導で勝たねばならない。


「メロンとシカリか」


 情報伝達、情報収集、隠密行動、そして何よりフジのことを誰よりも深く理解する親友メロン。意図を察してくれるはずだ。

 ステルス、ポータル、武器の作成と改造による奇襲。だがそれ以上にアブソリュート・シカリは、この場では猿渡耕平という技術者である。

 この二人の力を合わせることは可能か?


「頼むぞ、シカリ、メロン」


 アッシュアイスラッシャー納刀! 代わりに得物としたのはバリアーで生成した巨大なサスマタだ。槍じみた長さ、ハンマーじみた迫力。それを両手持ちで構える。そして、殴る!


「効かへんぞボケェ!」


 形状こそサスマタでありながら、フジは薙刀よろしく払いながら殴ったのだ。得物の重さか、或いは不慣れな武器か、その動きは緩慢でアッシュアイスラッシャー装備時の速さと鋭さは見る影もなかった。マッカチンはまるで馴染みの居酒屋の暖簾でも払うようにサスマタの打撃を打ち払って火花を散らし、サスマタはびりびりと振動で鳴った。そしてザリガニ戦士はもう片方の手で貫き手を繰り出した。


「セエアッ!」


 重く不慣れな武器でもフジのディフェンス技術は健在! そしてマッカチンも甲殻の重量故に、威力と引き換えに速度に欠けている。躱すのは容易だった。ひらりと最低限のステップで回避し、もう一度サスマタを基本の構えに戻して見栄を切った。


「クレアッ!」


 マッカチンは全く焦っていないようだった。フジの攻撃を鼻で笑い、愉快そうにカチカチとハサミを鳴らした。

 繰り出される左ハサミの開閉は自在に動くギロチン! 逃走しようとしたガスパー・シールズの一人を見せしめに切断して下半身と上半身に分離させた後、フジを狙って今度は鉄槌じみた重量と威力でやたらめったらにぶん回してコンクリの壁を破壊した。動きに技巧は感じないが、シンプルな馬力と重みを持つパワーファイターとしての身上をけたたましく喧伝する。フジが自らに有効な攻撃を仕掛けなくなってきた今、DD興業のアンダーカードであるマッカチンは強さとパフォーマンス力の高さをDD興業幹部にアピールしているようにも見えた。


「セアッ!」


 サスマタで殴打! マッカチンはこのサスマタ打撃を弱いものと断じ、ボディで受け止めてみせた。……反応が悪い。フジの求めたものではない。


「それでええんやで。プロレスの試合は二十分がベスト。瞬殺はおもんない!」


「同じパターンでも面白くはねぇだろ。セエアッ!」


 ばきぃっと殴る! そして繰り返される、マッカチンの前腕によるガード。やはり何の進展もない。決定打にならない打撃、繰り返されるガード。マッカチンとの一騎打ちならこれはよくない。そしてマッカチンに加勢するガスパー・シールズも、フジの決定力不足を見抜いて積極的に破壊活動を開始するだろう。だが……。気付いてくれ、メロン。


「フジくんの意図がわかったわ」


 フジの耳元で分身メロンが囁いた。メロン本体も中野ブロードウェイにいる都合上、直接計画を伝えることは不可能だったが……。メロンが察してくれたのならば、この勝負ももうそう長くもないだろう。


「サンキュー、メロン」


 フジの意気が高揚する。サスマタによる通じない打撃……その攻撃の回転数がみるみるうちに上昇し、ひたすらに身を躱しながら一定のリズムでマッカチンを殴り続けた。




 〇




 シカリ。

 それは狩猟を生業とした狩人マタギが、集団で狩りを行う際の頭領に授けられる称号。

 猿渡耕平はそのシカリを本名とする。そして名前負けだった。家族で狩猟を行う際もその口数の少なさと優れた能力故に連携よりも個の力を活用する方が効率よく、祖父が説いたようにもう狩猟で生計を立てていくことは不可能だ。自然と共生して獲物を殺すハンター、ゴミ捨て場をサヴァイブして廃品を修理、改造して再生させるスカベンジャー……いや、ネクロマンサー。その両方を行ってきた猿渡家において耕平は両方に適性を発揮したが、時代や世界が必要とするのはネクロマンサーだ。

 Z飯店においてもリーダーシップをとることはなく、群であることを無言のうちに強要する集団において、一般的な“普通”から逸脱した耕平はリーダーシップどころかどこか異物として軽視され、耕平以外の四人がやりたがらない仕事ややれない特殊な仕事を請け負うはぐれもの……。そこまで考えてしまうのはやや悲観的だが、少なくともエコーはシカリを無意識にそのように認識しているだろう。だが、集団での役割以外にも、猿渡耕平には猿渡耕平なりの矜持も意地も自己顕示欲も野望もある。Z飯店で求められるものだけを遂行するだけの人生ではない。


「シカリくん? それとも耕平くんって呼んだ方がいいかしら?」


 詳細な場所は明かせないが、いつでもガスパー・シールズを始末可能なポジションにシカリはいた。隠密行動において絶対の自信を持つシカリは、身長一センチメートルの魑魅魍魎が自分にくっついていることに少し動揺した。


「安心して。わたしはフジくんの味方のメロンっていうの」


「……シカリ。戦う時はシカリと呼んでくれ」


「シカリくん。今すぐわたしのいるところまで来られる?」


 盗聴……。誰にも見破れないと絶対の自信を持っていた自分のステルスがメロンなる人物に追跡されていたのならば、DD興業サイドにもそのような感知能力特化がいれば盗聴の可能性もあるのかもしれない。幸いにもシカリはメロンの居場所を把握している。彼女の居場所は四階のゲームセンターだ。シカリは頷いて肯定の意思表示だけを伝えた。同時に、それはマッカチンに加えてまだ十数人は残っているガスパー・シールズを全てフジに背負わせ、自分がどこよりも愛する場所である中野ブロードウェイの守りから自分が離れるという判断だった。

 音もたてず、一切の痕跡と気配を残さずシカリは中野ブロードウェイを移動する。そして薄暗いゲームセンターの隅に彼女は座っていた。……オタクの聖地であるこの地には不似合いな程の清潔感と淑やかさ、想像を絶する美貌なのにどこか同じ空気の住人であると感じた。そうだ。彼女もこの中野ブロードウェイという魔窟の“お客”ではなく“住人”なのだから。


「こんにちは、シカリくん」


「こんにちは」


「早速だけど手伝ってもらいたいの。フジくんはあのザリガニ戦士と戦っているけど、装甲の硬さに手を焼いている」


「そんな風に見えましたね」


「そこで、彼はバリアーで作り出した音叉で敵を殴り、その反応を電波に変換して分身を通して本体のわたしに送信し続けていた。でもわたしにはその情報を処理し、マッカチンの弱点……装甲の薄い場所なんかの、狙うべき場所を見つけ出す技術がないの。でも、シカリくんなら出来るとフジくんは判断した。だからわたしも信じる」


 ……。

 もしもフジ・カケル/アブソリュート・アッシュが何も背負わず、何も考えず……。マッカチン・スターナイトを倒そうと思えば恐らく開始十秒もかからなかった。

 フジの最大火力である、強い雷撃を纏ったバリアーの槍を投擲する“カミノフル”……。それを放てばDD興業の二軍戦士程度なら、いくら硬さ自慢でも貫くことは造作もない。そこが問題なのだ。おそらく最大火力で放たれたカミノフルはマッカチンを貫通し、その後方の人々や店……世界遺産の遺跡に等しい程に尊い中野ブロードウェイを著しく破壊したことだろう。

 故にフジは、リスクを承知の上で戦いが長引こうと、一時は相手に侮られようと、他人の力を頼りにしようと、それを嫌う。そしてメロンもシカリもその強い使命感と意思に応え、危険を冒しても無償で彼に協力したいと考える。

 守るために戦う! それこそが……。アブソリュートマンであると証明し、叫ぶように!

 それは音叉のように、フジ・カケルの勝利と正義を信じるという共通の理念と目的としてメロンとシカリに共鳴した。


「フジくんの音叉の一打ごとの記録はすべてわたしが持っている。どうすればいいかしら?」


 信頼。フジからの信頼。メロンからの信頼。特にメロンとは初対面だ。信頼される極上の甘味、自分にしか出来ない仕事という緊張感のあるスパイス。Z飯店では味わうことの出来ない、酩酊してしまいそうな程の高揚にシカリは……。しばし……。


「シカリくん?」


「大丈夫です。パソコンをとってきます。もう少し持ちこたえて」


「……難しいみたい」


 バロォ……。その呻きと共に、一人目のガスパー・シールズが四階に到達した。もし……DD興業がただのヤクザやフリークショーでなければ、当然参謀や司令塔はいる。そいつの頭がキレ、情報収集も得意であるならば、すべての作戦運用の核であるメロンを最優先に狙うだろう。そして、彼女が中野ブロードウェイに入り浸っていることも突き止めているに違いない。今日の襲撃は偶然ではない。もし、今日の襲撃に偶然があるとするならば、それはフジが中野ブロードウェイに来ていたというDD興業にとって不幸な偶然だ。

 その敵方の司令塔も知るだろう。メロンも、ディエゴが欲するような美女であると。


「シカリくんはポータルを使えるのよね?」


「使えますが、メロンさんと俺がここから逃げたらこのゲーセンは壊される」


 じゃあどうするのか?


「メロンさん、分身能力で密に連絡を取りましょう。集合場所は追って知らせますので、俺がこいつらをブッ殺してやる」


 戦え、アブソリュート・シカリ。


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