第6話 レイの真価
あれェ~?
この子、おかしいよォ~?
望月さんともっと話したいなぁ、とか言ったくせにずっとスマホいじってるよォ~? 指を上下や左右にスライドするだけじゃなくてパチパチタップしてるので文字を打つかゲームしてるよォ~?
鼎の熱視線に気づいた燈がにっこり笑って鞄を引っ張り寄せた。
「望月さぁん。おやつ持ってきたんです。女の子は甘いものが好きだから! 干し柿と十万石まんじゅうとおはぎなんですけど」
干し柿と十万石まんじゅうとおはぎだと? 古風なものばかり持ってきて……。それに埼玉銘菓十万石まんじゅう。埼玉出身の田舎者ババアだと言いたいのか? それは埼玉県と全国のハタチに対する冒涜と挑戦か!?
「夏だからおはぎ傷んじゃったかなぁ~? でもわたし、すっごく手が冷たいの! でも六個しかないの。サークルの皆さんが望月さん含めて七人で、わたしも含めると二個足りない……」
手作りのおはぎ……。やるじゃぁないか……。
ゲームのコントローラーのレバーのゴムがズタズタになっているが、レバーがズタズタになるほどゲームをやりこんだ手が作ったおはぎ。オタサーの目の色が変わる。
「いいよ、わたしダイエットしてるから!」
「えぇ? 望月さんそんなにセクシーなのにぃ? うらやましいくらいなのにぃ」
あぁ……。もう……。怒ったってしょうがねぇだろ……ッ!
鼎は太ってはいないが燈よりは肉感的だ。太ってはいないが、ビルド・マクミラン級のヘビースモーカーで飛燕頑馬の筋肉が全部ぜい肉になった場合の血圧を超える勢いで血管が大暴れする。
〇
緊急取材!
あのアブソリュート・レイが帰ってきた! 各界からの熱烈ラブコールの手始めにレイが選んだのは我らが誇る“ユニバース・スポーツ新聞”だ!
宇宙某所のステーキハウスに緊急招集がかかった!
●アブソリュート・レイ(飛燕頑馬)
「ユニスポは昔から買っていた。特にUPEに関する記事はお気に入りだったよ。宇宙でも大手のスポーツ新聞が、宇宙木枯らしに乗って地球から脱出した太古のフェアリー超天狗とか、最新型のコンピューターウイルス、サイバーアブソリュートミリオンの記事とかを素面で書いてて大丈夫なのか? なんて思っていたが、なんだかんだ欠かさず買っていた。そういえばそちらさんの地球のプロ野球の交流戦順位予想、信じてトトカルチョにブチ込んだらユニスポ一年分くらいの損になったんだが?」
軽いジョークを飛ばしながら本誌記者とがっちり握手。全員分のドリンクバーの飲み物を運ぶ気前の良さを発揮。強炭酸ジンジャーエールを一瞬で空にしてニヤリと笑った。
全宇宙がアブソリュート・レイにお尋ねしたいことは決まっている。
―あなたはジェイドを超えられますか?
「ジェイドを超える? そんなものはもう目指してはいない。俺が目指すのは“宇宙最強”。今、金メダルを持っているのはジェイドだが、ジェイドが銀メダリストや銅メダリストならジェイドを超えて満足をしてはいけない。偶然あいつが金メダリストだった。それだけだ」
―ジェイド越えではなく最強を目指すと?
「その通りだ。ジェイドは体が小さい。親父のミリオンはもう老いた。弟のアッシュはやる気がねぇし、年寄りが妄信している初代アブソリュートマンには欲がない。ならば、デカく、若く、やる気があって強欲な俺が最強になるのが当たり前だ。偉大な記録の誕生をリアルタイムに目撃させることは何よりも人をエキサイトさせる。今のガキ共は生まれた時から最強=ジェイドだが、その記録が塗り替えられる瞬間を誰もが待ち望んでいる。ただの金メダルじゃ意味はない」
―性格が少し丸くなったのでは?
「それは結局、アブソリュートに戻ってまっとうに鍛えているということか? 丸くなったと言われようと、目指す場所はただ一つ。そのためにアブソリュートで訓練もするさ。ここで頭を下げる強さを俺は手に入れた。何度も言わせるな。俺はトガっていたいんじゃない。最強になりたいだけだ。こうしてユニスポの取材に応じたことだって丸くなった証拠じゃないのか? 丸くなったって強くなれる。現に(アブソリュート)ジェイドはあんなに強いじゃないか」
―最強への勝算はあるのか?
「もちろんあるさ。どれ、一つ、新たに身に着けた修行の成果を見せてやるか。ただ室内では無理だ。外の駐車場で見せてやるが、用意が必要だ。ここで少し待ってろ。時は来た。それだけだ」
本誌記者をレストランに留めたまま退店。そのままアブソリュート・レイが帰ってくることはなく、テーブルには爆盛ギガアブソリュートステーキ一八〇〇g、ドリンクバー、マルゲリータピザ三枚、ローストビーフサラダ、若鳥のグリル、コンソメスープ、レアチーズケーキの伝票だけが残された。
〇
千葉の路上で寿ユキが膝を着き、荒い呼吸を繰り返していた。三万人以上の人間の転送、しかも転送先はジェイドリウム。想像以上の消耗だ。とても転送してからXYZと戦えるコンディションじゃない。避難させた人間をキープするのが精いっぱいだ。アッシュとシーカーに任せることも失策だった。アッシュはモチベーションが低いし、シーカーは未熟すぎる。完全なるミスだ。
だが嬉しい誤算もあった。
「ジャッ!」
「ウエエ!」
機関銃のような逆水平チョップの乱れ撃ちがXYZをのけ反らして足元のアスファルトに巨大な轍を作り、お城の堀の如く水が流れ込む。
「ジエアーッ!!」
脳天唐竹割の空手チョップ! 衝撃でXYZが頚骨刻みでガクガクとギアチェンジされ、口の炎がビルを真上から焼いた。
筋肉筋肉筋肉! アブソリュートきっての筋肉! アブソリュート唯一のゴリラ! 栄養管理と最前線の鍛錬! 生まれ持った素質と体格! 科学と野性の最大公約数!
“ジェイド”というあまりにも強すぎる好敵手! 未完成な力で仲間と共に過ごした生存競争! そして希代の天才が手にしたものは、温室育ちのジェイドをはじめアブソリュートの戦士が知らない“無頼”という名の個性!
今、筋肉が未来を切り開く!
「ジャアーッ!」
覇ァ危ィッ!
妹ジェイドを彷彿とさせる美しいフォームでの右フック! 足りなかった基礎の反復練習、ハングリーとはまた違う我武者羅で手にした、アブソリュートの集大成!
“無頼”と“伝統”の二つを持つ異例の戦士レイは、ついに“力”の道と“ヒーロー”の志の先に新たな境地を見る。
「ジャッ!」
「フエエ!」
筋肉量では負けていないが号泣するXYZと手四つで力比べし、レイの握力でXYZの指がへし折れてグロテスクなタランチュラのようになる。今のレイならトリケラトプスだって握り潰して掌でビー玉にして収められるだろう。力任せに手首を返してへし折り、腕をねじり上げて顔面にヘッドバットを食らわせる。敢えて炎で危険な口元に! XYZのバーナーもやる気に満ちた今のレイの陽炎のオーラを突破できない。下顎骨が粉砕され、顎がボロ雑巾のようになる。組み合った手にもはや力は残っていない。今のレイにとって、XYZはもう泥の詰まった革袋でしかない。
「ジャ!」
トドメの右フック! 回復と抵抗、破壊を短時間に繰り返しすぎたXYZの首のギアはついに使い潰される。再生が追い付かず首が一八〇度回転し、膝が折れてついにダウンを喫する。四十メートルの大巨人のダウンに駐車してあった車の防犯装置が作動し、警告音が拍手のようにレイを讃える。
〇
「アチャー。これは勝てないっぽいなぁ。っていうか勝てなくていいんだけどね。最初っからそれが目的じゃないし」
電波を異次元のとしまえんに経由させ、千葉の戦いをスマホで観察していた燈がコメントを入力すると右から左へと字幕が流れる。
異次元のとしまえんには燈を除いて“喜怒哀楽”を担当する四人の幹部がいる。犬養樹は“哀”担当だ。
ジェイドとの戦いとレジェンドの鍵で魂が消失したXYZを動かすためには人間を模したプログラムが必要だった。そのコードとなる喜怒哀楽を、仲間とBトリガーを通して回収するのが燈の目的と手段だ。喜怒哀楽を燈の主観でプログラムしてもそれは燈の複製でしかない。客観が必要なのだ。
XYZをラジコンにすることが当初の燈の目論見だったが、戦いには不向きな燈ではジェイドやレイ、そのうち出てくるかもしれない初代やミリオンにはコマンドが追い付かず歯が立たない。
「勝てなくていいんですか?」
「勝てなくていいよー。でも手の内と経験値は貰う。誰だって手に入れたばかりの力は使いたい。事実、ジェイドはそれで下手を打った」
トーチランドで待機している担当者に指示を出す。燈の言う通りだ。ジェイドは新たに手にしたシーカーという力を使いたがるあまりにアッシュとシーカーにXYZを任せるという致命的ミスを犯した。だが燈にも気持ちはわかる。イツキが回収した“哀”をベースにするXYZの動きを見たくてウズウズしているのだ。今のXYZじゃジェイドやレイ、初代どころかミリオンにすら勝てないだろうが、力というのは試したくなるものだ。そこんところの引き際の見極めの上手さこそ用兵の腕の見せ所!
そしてバカをからかいたくなるのは中途半端に頭の良いものの本能だ。
「チクショウ! 完全体に、完全体になりさえすればぁ! ってXYZ様に言わせればレイは見逃してくれるんじゃない? ほほう、じゃあその完全体とやらになってみろ、って」
“楽”の担当者でバニーガールのコスプレの因幡飛兎身。イツキと同じく地球人でありゴア族でもある巫女の一人。同じ境遇のはずなのにネガティブでバカなイツキとは違い明るく、頭もキレるし、タイピングを面倒がらずにレスをよくくれる。自分以上に楽観的なリーダーの燈との間に立ち、ジョークを飛ばして空気を読む。イツキと違って脳ミソが高性能なので御しがたい部分もあるが、イツキは使いやすいが頼りになるのはヒトミの方だ。こうして燈が異次元としまえんを留守にしている間はXYZの操作や指示はヒトミに任せている。
“喜”と“怒”は今日は欠席だ。
「狙ってんのはアッシュなのになぁ」
「アッシュは無理だと思いますよ。あいつやる気ないですから」
「じゃあ適当に当たって後は流れで」
「再生を繰り返してレイを苛立たせるって感じでいいですか?」
「あぁ、じゃあこれで行こう。再生と挑発だけすればいい。戦わなくていいよ」
「どうして?」
「レイは自分の力を試したがってて、しかも見せつけたい。最初は再生に手ごたえを感じて手の内を明かしてくれるだろうけど、こっちがやる気ないのに気づいたら勝手にやめてくれるよ。しかも勝った気になってくれるから、XYZ様にはサンドバッグになってもらおう」
「了解でーす」
脱兎の勢いでキーボードとPS3のコントローラーでXYZにコマンドを入力する。
「ウエエン!」
「ジェアッ!」
無慈悲なボディブローがXYZの肋骨を抉る。口から血が湧出してまたバーナーが途切れる。宇宙の放浪で刻み込んだ経験値、アブソリュートで学び直した人体の設計図! 二つの根拠は確かな手ごたえとなってレイの拳から頭脳に伝う。
……。
もう慢心はない。無頼を手土産に最強へと大きく近づいた大器。恐ろしい。恐ろしい! 才能、技術、体格、経験、精神。アブソリュート・レイはついに全てを揃えてしまったというのか!?
……。その戦いっぷりを見てフジは絶望する。勝てる訳ない。姉貴も兄貴も強すぎる。自分に求められていることが「一端の戦士」でもこの兄姉はちらつき続け、比較され続ける。同じ親から生まれたはずなのに……。
シーカーもいずれ、自らに課せられた自分と似た宿命を知るだろう。ジェイドの弟子。そしてジェイドはまた一つ、肩書を増やした。「あのレイ以上唯一の戦士」として。レイの急成長がジェイドの価値を上げたのだ。
アッシュとシーカーをXYZと戦わせる失策。今までに経験したことのない人数の転送でどれほど消耗するかを見誤った失策。それを挽回すべく呼び出したレイ。その強さはジェイドの予想を上回った。まさかたった二か月でこんなに強くなっているとは……。誰よりも強かで広い背中。強さを競うことを神格化してはいけないが、以前のレイにはなかった王者の風格。また一つ、ジェイドの読みは外れてしまった。
アッシュ、シーカー……。まだ若い二人にとってレイのこの雄姿は毒かもしれない。目指してもいけないし、自信を喪失してもいけない。あまりにも多くの心配をジェイドに与える程今のレイは、とにかく強い!
「こいつやる気ねぇな」
強さが与えた余裕はレイに欠けていた洞察力をもたらす。時間稼ぎか? 今のままではズルズルと時間を稼がれる。再生が追い付かない程徹底的に殺すしかない。
「初代! ミリオン! ブロンコ!」
レイが左手を突き出すと初代アブソリュートマン、アブソリュートミリオン、アブソリュート・ブロンコが刻まれた杯が三つ現れ、右の拳で一気に殴りつけてその光の破片を自らに浴びせる。光の破片が陽炎のオーラで発火し、巨大な炎の渦がレイを包みこみ、爆風で足下のコンビニの看板がレイの頭上まで跳ね上げられた。
「姿が変わった?」
より一層増したオーラ……。物理的ではなく精神的にも大きな迫力と生命力にアッシュが後ずさりする。レイの強化形態は、O2Tで見た神器と融合するゴールデン・レイのはず。だが今のレイは神器を使わずさらに筋肉を膨張させ、腕は異形とまで呼べる。全身に銀、青、炎のパターンを刻み込み、それでいてより野性的な姿。
「“レイジングスタリオン”!」
伯父であり原点にして頂点の初代アブソリュートマン! 誰よりも勇敢で闘志剥き出しで鬼人と呼ばれた偉大な父アブソリュートミリオン! レイ以上の巨体を持ち、レイに筋肉と力を教え込んだ元プロレスチャンピオンの師匠アブソリュート・ブロンコ! 三人の力を借りてさらなる高みに彼を導く二つ目の強化形態! これこそがジェイドに最も見せてやりたい自分の姿だ。あんなステーキハウスでスポーツ新聞の記者に見せるのが初披露なんてもったいねぇや。
レイの心は姿とは対照的に穏やかだった。
今まで本当に済まなかった。顔に泥を塗ってしまった家族に師匠。一チンピラ如きでケンカを売ってしまった妹ジェイドに弟アッシュ。本当に今まで済まなかった。ようやくあの時のジェイドの言葉の意味が分かった。
「わたしが最強である以上、わたしは模範でなければならない。くだらないケンカに力は使わない」。
初代、ミリオン、ブロンコの力を背負った今、俺の戦いをくだらないケンカなんて呼ばせない。今の俺は謝って何かを失うほど背負っている。
そしていつか、俺も……。
「ジャラッ!」
墓恨!
殴られたXYZの内臓、骨がところてんのように押し出され、胸の風穴の向こうで抜けた肉塊が炎上しながら海に落ちた。ちょうどニューサンシャインとアシュラマンのサンシャインマグナムのようだ! 少し逆上したか? XYZの口のバーナーが強くなり、紫の火炎が千葉に真っ直ぐな焦げ目を作りながらレイに迫る。
「ジャッ!」
乾坤一擲の火炎も今のレイには通じない。気合の雄たけびだけで消散し、二人の間の空気が澄む。
本当にこれでいいんですかロード!? XYZを操作しているヒトミはらしくなく頭を抱える。適当にあたって後は流れで!? このレイを相手にし続けていれば、レイの手の内なんてものを探る前にさすがのXYZ様も死ぬのでは?
「兄貴! その野郎は兄貴に探りを入れてる。全部使うことねぇぞ」
「安心しろアッシュ。俺はまだ使用っちゃいねぇ。レイジングスタリオンは通過点に過ぎん」
「理解っちゃいねぇ。使うなって言ってんだよ! 今、こいつをここで仕留める理由は多分そんなにないぞ。時間と場所を改めて姉貴と二人で……」
「……」
バシッ! 軽い音と同時に千葉に撒き散らされる瘴気が消滅した。異次元としまえんではヒトミが緊急脱出のコマンドを入力し、“楽”の担当者らしくなく歯をギリギリさせていた。パソコンの画面にはまだロードからのコメントはない。だが怒っているならすぐに何か来るはずだ。ヒトミの判断にはまだ検討の余地はあるが、概ね正しかったのだ。
すぐにXYZをプールで沐浴させるが、全身に火傷、骨折、内臓破裂、打撲を負っていてとてもじゃあないが……。ジェイド抜きでもレイ、アッシュ、シーカーを相手にして戦えるような状態じゃない。脱兎のごとく好判断!
「スミマセンロード。これ以上やったらXYZ様が死にます」
「ヒトミちゃんの判断は正しかったわ。タダで退いたわけじゃない。今後、レイはXYZ様と戦いたがる。ジェイドよりは簡単な相手よ」
「そうは思えませんでした」
「その頃にはジェイドももっと簡単になってる予定。今日の分だけでも十分成果はあった。わたしの働きに期待しててね! 今日は勝つつもりじゃなかったから!」
あまり腹の内の読めないお方だ。垣間見える負け惜しみ。その幼稚さだけが怖い。だから従う以外の選択肢が思い浮かばない。
千葉にあわせたチャンネルでは、レイが腰を抜かしたシーカーに力強い腕で手助けをしてやっていた。
「よう、お前がシーカーか。俺はレイ。アブソリュートで二番目に強いレイ。一番はジェイドだ。今はまだ、な」