第5話 アブソリュート・アッシュ&アブソリュート・シーカーvsアブソリュートマン:XYZ
「おのれ、駿河燈……」
夏休みの大学に女子高生が毎日のようにやつてくる。インテルとGoogleとディズニーから内定を貰っているくせにこんなガッカリ私立文系に? こういう天才はいいよなぁ! 本人は手抜きなのに鼎の全力を超えてくる! 鼎がなんとか平地を時速三十キロで走っている横の急な上り坂で三十キロを楽々出して走っているのだ。オタクたちはカレーを献上し野菜ジュースを献上し本を献上する。ブッ壊れてた扇風機を捨てて新しく羽ナシの最新型を買ってきて、モサモサの頭を清潔に切ってくる。畜生が……。
「駿河さんもゲーム好きなんだ?」
「うん。望月さんは?」
「わたしのエースバーン、超強いよ!」
燈とポケモン対決をしていたヨシダがフッと笑いを漏らす。そんなの、フジと違って全然様になっていないんだからね!
「望月さんのエースバーンは『ふいうち』と『とびひざげり』をよく外しますけどね」
「あー、考えナシに『とびひざげり』撃つ人っているよね。それに真の強者は『ふいうち』を外さないのに。わたしもエースバーンはお気に入り。頼りにしてるの」
「ハハハハッ」
フゥー……。
「やぁ、メガミミロップに慣れてるからゴーストにも『ひざ』が当たる気分になっちゃう。もう駿河さん、ヨシダさん転がし上手ぅ。インテルってサッカーチームの方に入るの?」
「?」
「ヨシダドリブル的な……。長友の……」
「望月さん、長友はもうインテルじゃないですよ」
クソォッ! 海外サッカーに詳しければカッコいいと思ってるのか?
全て噛み合わない。今までオタサーは、自分で妥協していたんだな。
ヨシダさんじゃないが、少しの間はゴミクズなりにいい夢を見さしてもらった。
「わたし、考えナシに『とびひざげり』撃つのマジでイヤ」
糞餓鬼が……。空気を読むっていう美徳を知らないガキはいいよなぁ! それすらも違う? 真の強者である駿河燈は空気を読んで人に合わせるってこと自体しなくていい? かつて、飛燕頑馬が言っていた。「お前らが俺に合わせろ。それが俺の“覇道”だ」と。駿河燈は自分よりもゲームも上手そうだし……。何よりオタサーと駿河燈の趣味は合致している。ゲームもSFもオカルトも。鼎は鼎なりにオタサーに従える“覇道”だったが、言い換えれば怠慢でもあった。オタサーは仕える姫を替えたのだ。姫の座を奪還するには努力が必要だが、趣味嗜好の問題で、鼎が努力しても駿河燈のスタート地点にようやくつけるかどうか。そんなにオタサーに好かれたいか? もういい。面倒。
バツが悪くなってスマホに浮気していたらちょうどよくLINEにメッセージが来た。
「明日、なんか面白いマンガ持って池袋な」
もうこっちに専念しようかな。荷物をまとめていると駿河燈が前髪の間から目をキュピーンと怪しく光らせた。
「望月さんともっとお話ししたいなぁ」
〇
「っと」
なんだか直感で鼎が嫌な気分を味わってそうなので助け舟を出したがそれでいいのかな? オタサーの姫を強奪されそうとか、気に食わないガキが来たとか喜怒哀楽のどれかもわからないほど赤裸々に語っていたが、夏休みの学生って毎日サークルかバイトをしているのだろうか?
本当にこれから先、地球人として生きていくならそういうあるあるネタを持つべきなのだろうか。置き去りにしてしまったことに対し、人並に罪悪感を持って鼎に接するが、罪悪感を抱きすぎると関係が対等じゃなくなる。スキを見せ過ぎずにやらねば。善意のストーカー、メロンを利用すれば何もかも簡単に上手くいくが、自分でどうにかしなきゃいけないことだ。メロンは大人。さすがにこれには手を貸してくれないだろう。
「よぅ、“気に食わないガキ”」
「誰?」
昼食に和泉と割り勘で焼き肉を食べたが七割はフジが食べた。だが食べ放題コースなので和泉には実際損はない。損した気分になるだけだ。夕涼みと消化に散歩し、訓練を終えた都築カイを待ち伏せする。
「フジ・カケル。アブソリュート・アッシュの方がわかりやすいか?」
「ああ、“電”の弾の! お疲れ様です」
「どうだ、俺の記憶は。どこからどこまであるのか知らねぇが、自分の記憶が他人に見られてるってのは薄気味が悪い。俺が地球に来てからの記憶もあるのか?」
「アッシュさんの」
「アッシュじゃねぇ。今はフジだ」
「フジさんの記憶には、地球に来てからのものはないみたいです」
「よかったぁ。グレちゃうもんなぁ。で、元気か? 今日の訓練は?」
「午前は走り込みとフォームの確認、午後は休みながら記憶の整理です」
「戦えるって訳だ。悪いな。俺、シスコンだから」
フジを包むユルいというかダレていた空気がピリつく。実戦経験が皆無のカイには犬養樹から向けられたものと似ている、としか認識出来ない、大雑把な敵意。
「戦えないですよ。戦う理由が……」
あるのでは?
カイにとって扱いやすい弾はミリオンの“鏖”とアッシュの“電”。ここでフジ・カケル=アブソリュート・アッシュという人物をもっとよく知れば、“電”の弾をもっと上手に使えるのでは?
「手加減は出来ませんよ」
「て、か、げ、ん、だァア? 姉貴は口の利き方を教えてねぇな。セアッ」
フジのほんのナデナデするような軽いローキックがカイの足に命中する。痛みもぐらつきもない、手加減したローキックだ。
カイはユキの言うことにほとんど疑問を持たない。ユキを妄信しているのではなく、実際に正しいからなのだが、引っかかったのは「アッシュの記憶はハイリスクハイリターン」だ。
アブソリュート・アッシュに対応する“電”の弾の記憶は、カイ自身には最も必要な記憶のように感じたのだ。最も型にハマった、基本に忠実な戦士。ユキが教えたアブソリュートの基本を最も正しく踏襲しているのはアッシュだった。
現在、カイが使える九種類の弾丸の中では、唯一ジェイドより年下であるのも理由の一つかもしれないが、アッシュの習得した基礎は初代アブソリュートマンからアブソリュート・ジェイドまで受け継がれた集大成であり、原点だった。その答え合わせが今のローキックだ。アッシュは戦士の下地がキレイだった。バリアーの一芸はあるが、アブソリュートの星にいた頃はあまりバリアーに関する記憶はない。だがそこに至るまでに習得した基礎訓練はウソをつかない。
むしろ一番リターンの多い記憶なのでは? 応用が多すぎるアブソリュート六大レジェンド+レイ&ジェイド&アッシュの九人ではアッシュの記憶が一番わかりやすく基礎を教えてくれる。
「ヴァッ!」
「おっと。セアッ」
角ばったカイの蹴りを流水のように躱し、足を払って転倒させる。カイが尻もちをつき、周りの人々が若者同士のケンカにスマホを向け始めた。
「フジくん!」
「だぁぁああうるせぇ! なんだメロン! 今ちょっと忙しい」
「敵が現れたみたい」
「敵? どこに?」
「幕張に約四十メートルの巨人が出たけど、どうやらアブソリュート人みたいなの」
「ハァ? 姉貴にウソでもいいから止めろとでも言われてるのか? シスコンという炉にジェラシーの薪がバキバキにくべられるなぁ!」
……。ああは言ったがメロンはウソがつけない。スマホを引っ張り出してニュース速報を確認すると、確かに幕張周辺に悪の瘴気を撒き散らす巨人が出現している。縫われた口、全身に巻き付いた鎖、色が反転した初代アブソリュートマンと瓜二つの姿。この恐ろしい姿はフジにも見覚えがあった。教科書や資料に必ず載っている宇宙最大の災厄。
「アブソリュートマン:XYZか」
弱冠十五歳のジェイドが瀕死の大ケガと引き換えに倒し、アブソリュート六大レジェンドのカギで封印したはずの神に匹敵する強敵。いや、敵ではない。戦いが成立しない相手は敵ではない。全身の汗が引っ込み気力がダダ下がる。テンションがゼロを突き破って果てしなくマイナスへと下降し、膝が折れて目線も落ちていく。地球も終わりか?
「……」
「フジくん、ユキから伝言があるわ」
「はぇ?」
「カイと力を合わせてXYZを足止めして。三分でいい、と」
「三分!? ふざけんなよ……。俺は本気を出しても姉貴には二分で負ける! いや、三十秒だ! XYZは同じぐらいヤバいんだぞ!?」
「ユキは今、手が離せない。千葉マリンスタジアムの観客三万人と付近住民をジェイドリウムに避難させないと。バースの時みたいにジェイドリウムにフジくんとカイくんとXYZを転送する方法だと五分もキープ出来ないみたい。しかもそのあとにユキは戦えない」
「ふっざけんなよマジでおい! えええ? マジ? これ。さっきまで普通にメシ食ってたのにXYZー!? さっき明日遊びに行く約束をしたばっかりなのに!? 姉貴でも完璧に倒せないのに、俺とこいつで三分って……」
「ここで三分稼がないと、あの子も死ぬ」
「……ッ! 三分だな? それ以上は出来ねぇ。交換条件がある」
「言ってみて」
「今すぐにあいつを避難させろとは言わない。テンパるからな。ただし、最優先であいつの警護に和泉をつけろ」
「わかった。……。ユキが了承した。ユキの持っているXYZ情報をすぐに提供するわ。カイくん」
フジの肩に乗っていた分身メロンがさらに分裂し、カイの腕をミスター・SASUKE山田のようによじ登り、肩に付着していた木の葉を遠くにぶん投げた。
「初めまして。メロンよ。あなたが追体験した中には、ジェイドがXYZと戦った記憶もあるでしょう? わたしが間に入って伝えるから、フジくんと共有して」
「はい!」
「三秒後に幕張に転送する」
三、二、一。
幕張の上空約百メートルに穴が開き、フジ・カケルと都築カイが降ってくる。二人の若者は空中で左目に左手を当て、気合の雄たけびを上げる。
「セアッ!」
「ヴァッ!」
四十メートルに巨大化した青の巨人とドクロの巨人の足元から突風が巻き起こり、XYZのネガティブな瘴気が守備の名手の目測を狂わせる千葉の強風でかき消え、グラウンドにぽとっと二つのメガネが落下する。
XYZは何もしない。見開いた眼球は風を受けても微動だにせず、体に巻き付いた鎖が金属音を立てるだけだ。微かに感じる鼓動と血潮がなければオブジェと間違ってしまうだろう。何もしない。マリンスタジアムで守備に就いている選手たちは、キャッチャー以外はアッシュとシーカーが現れるまでXYZの出現に気付いてすらいなかった。バックネット裏の観客のカメラは打席の選手の背番号ではなく、フラッグ越しに三人並んだ巨人をギャラリーに追加する。
「えぇと、シーカー?」
「はい!」
「俺も今はアッシュでいい。避難を手早くやつてもらってさっさと姉貴に片づけてもらう。俺の得意ジャンルを?」
「はい、バリアーの達人! 攻守にわたってバリアーを使うユニークさと忠実な基礎! ユキが言っていました。アッシュは誰よりも基礎を頑張って、だから一番苦労したって」
「……」
うぉおおお! シスコンという炉に! 姉からの最大級の賛辞という爆薬が! くべられる!!
くだらない意地だった。いくらジェイドが弟子をとろうが、ジェイドの弟は自分一人。ジェイドの関心は一時的に弟子に移ったかもしれないが、今までに積み重ねられた想いの量は決して減ってはいない!
「俺が壁を作ってお前と街を守る。お前は好きなようにXYZを撃ってろ。……と、言いたいところだが、あいつ何もしねぇな。下手に刺激しなけりゃ三分経つんじゃねぇ?」
「そうかもしれません。一応ミリオンの“鏖”の弾を準備します」
ジャキッ。Aトリガーにアブソリュートミリオンの“鏖”の弾が装填され、シーカーも基本に忠実な拳銃操法の構えに入った。
「ウゥウウウ……」
「キモい……。なんかあいつ泣いてねぇか?」
XYZの全開の目から大粒の涙がこぼれ落ち、口のバーナーに炙られて蒸発した。フジが今までに聞いてきたアブソリュートマン:XYZと違いすぎる。
XYZは宇宙の災厄。アブソリュートの戦士たちに倒された怪獣や異星人の怨念の集合体で、全ての怪獣と異星人の技と超能力を持つという。身体能力はジェイドと並んで歴代二強の初代アブソリュートマンと全く同じで、怨念の糸をより合わせた頑強なロープとして複数の怨念が統一された人格を持つ。怨念がいくら多くても感情がなければただの情報に過ぎない。大ボリュームの大辞典を使いこなすには必要なページをめくる目的と人格が必要だ。かつてのXYZはそれを持ち、アブソリュートへの呪詛を吐きながら大暴れする高い知能を有していた。そのどれもが当てはまらない。今のXYZは完全なる無。それがようやく今、号泣という有になった。
「ウアアアアア!!!」
号泣の慟哭と連動して口の炎が強くなり、二人の若手に襲い掛かる。二人の背後の建物ガラスが大音量の慟哭で砕け散り、飛び散ったガラスが邪悪な火炎で融解して千葉の街にガラスの水滴の雨が降る。だが二人の戦士が立っていた場所の背後は全くの無傷だ。
「シーカー! 無事か?」
「アッシュさんのバリアーはすごい! 本当に鉄壁だ!」
「おべっかはいい。お前は異なる記憶の比較はできるか?」
「と、言うと?」
「初代と俺が戦った未来恐竜クジーの火球と、今あいつが使ったバーナーの威力の比較。あいつの方が強いならもっと強いバリアーを張る。俺とバースが戦った時の記憶はあるか?」
「ありません。でも、初代の記憶と比較しても今の方が弱いはず」
「あれ? これ勝てるんじゃねぇか? これなら三分行けそうだぞ」
「撃ちますか?」
バキ……。バキバキと耳を塞ぎたくなるような金属音がマリンスタジアムの客を悶絶させる。号泣したXYZが自らの体にバーナーを噴射し、鎖を熱して内からの力で破壊しているのだ。全ての鎖を引きちぎり、口の鍵以外の拘束を解いたXYZの腕に電信柱のような太さの血管が浮き上がって脈を打って筋肉が隆起し、全身がパンプアップされていく。ドクンと一度打つたびにまた隆起。僧帽筋が肥大化しすぎて肩と顎を繋ぐ三角形が筋肉で埋め尽くされ、肉体の変化に耐え兼ねてXYZがつんのめり、苦悶する。両手を地面について口からドス黒い液体を嘔吐し、止められていた車がショートしながらアッシュとシーカーの足元まで流れつく。
「おいおい、なんかニューサンシャインのキン消しみたいになったぞ。あれはマズいんじゃねぇか?」
XYZの変化がようやく終わった。フジが資料で見た以上、カイがジェイドの記憶で見た以上に、明らかに過剰な量のとてつもない筋肉! 初代アブソリュートマンと全く同じ肉体ー!? 初代も筋肉質だがそれと比べてもとてつもないバルクの差だ。四つん這いから直立二足歩行に移るだけで一人民族大移動だ。一人と言うにはデカすぎる! 二人と言うと辻褄が合わない!
「ウワアアアアア!!!!」
滂沱の涙で霞んでいるはずなのに正確な狙いでアッシュに狙いを定め、肩なのか首なのかわからないが便宜上ショルダータックルと呼ぶしかない突進が青の戦士から真っ赤な鮮血を引き摺り出し、耐衝撃の検証映像を流す車のCMのマネキンみたいに吹っ飛ばして東京湾に叩き落とす! 着水の衝撃で気絶した魚と急死したプランクトンが赤潮となってアッシュの血と気泡に混じった。
「ヴァッ!」
今から別の弾丸に切り替える時間はない! 装填済みの“鏖”の弾丸は射程が短い! 引きつけるしかない。カイの脳裏に現実がよぎる。……普通に考えて無理だろ。バリアーなんてなかったように突破した相手だ。戦闘経験はそれなりに豊富なはずのアッシュが対応出来ない速度のショルダータックル。今から受け身に切り替えるべきか?
「セアッ!」
海中のアッシュが地上のXYZに向かって海と地盤を貫いてΔスパークアローを飛ばす。かなり威力は落ちたが、地盤を破って斜め下からXYZの脹脛に直撃して一瞬だけ動きを止める。
サンキュー、メロン。XYZの位置、アッシュの位置の三角関数で撃つべき角度と場所を割り出し、間一髪だったが援護が間に合った。ボコボコボコと気泡が立ち上る。今だからな! 今を逃すともうないぞ、ガキ!
「ヴァッ!」
“鏖”の散弾がXYZの顔面に全弾着弾し、無慈悲な斬撃が炸裂して瞼、頬、口といった筋肉で武装出来ない部位を切り刻む。XYZが痛みに顔を掻きむしり、シーカーから受けた傷以上の傷を自ら負う。ダメージが入った! 倒せない相手ではないのかもしれない。ジェイドの記憶とはかなり違うが、違うからこそ勝てるかもしれない!
「ウエエエエエン!!」
悶えるXYZが地団駄を踏む。まるでオモチャを買ってもらえない子供だ。何人かの野球選手は、特定の場面で登場すると球場の中でファンが一斉にジャンプする応援があり、球場は震度四相当に揺れるという。XYZの地団駄はそのジャンプ応援に匹敵するエネルギーを一人で放出する。
「ウエエ……」
XYZが顔をむしるのを止めた。指先には血が付着しているが、顎や筋肉山脈になった首にはもう血は伝っていない。
「再生した?」
まだ泣いているが、撃たれる前の落ち着きを取り戻したXYZが筋肉のエンパイアステートビルと化した足でゆっくりとシーカーに向かってくる。イツキの火炎弾を見た時と同じだ。アッシュがブッ飛ばされた時と同程度の速度なのにゆっくりと認識出来る。普段見ているのとは違うテンポで物体が落下し、自分の鼓動が一度のうちにいつもの数倍の情報を得られる。水滴のアクアリウムに映るシーカーとXYZだって……。それだけだ。いつもの数倍の速さで動くことは出来ない。
一歩一歩で足の筋肉が緩和と収縮を繰り返し、振り上げた腕には肩、上腕、肘、手首と力が伝って拳に威力が溜まっていく。シーカーの脳裏に二年の人生の走馬燈が走る。
「ウエェン!」
「セアッ!」
先程破られたバリアーとは硬度と濃度が違うバリアーがシーカーを守り、バリアーの砕ける音で我に返ったシーカーが間一髪ハリウッドダイブで回避に成功する。拳だけバリアーを貫通したXYZは引っこ抜くのに手こずっているようだ。
XYZを挟んだ向かい側でアッシュが肩で息をしている。硬度の高いバリアーを破られるとダメージを受けてしまうのだ。
「ボケっとするな。お前が醜態を晒すと恥をかくのは姉貴だ。っていうか経ったろ、三分! もう無理だって。勝たれぬから!」
ブリキの人形の如くギギギとぎこちない動きでXYZが首を回し、海を背にしたアッシュを双眸に捉える。ボボウと口を縫う六本の鍵が赤熱し、その隙間から紫の炎が噴射されてアッシュのバリアーを蝕んでいく。防ぐのがやっとだ。この炎は高熱以外に何かヤバい気がする。絶え間なく炎が吹きかけられていて周囲が見えない。シーカーのヤロウ……。何してる?
「アッシュさん! 今撃ちます!」
だが“鏖”の弾ではダメージが浅すぎた。今までに試し撃ちしたどの弾でも威力が足りない。何かを起こすなら……。使い道が唯一わからないこの弾に賭ける!
「初代アブソリュートマン! “光”の弾!」
パカー。
弾速は普通! 射程は“鏖”よりは長いが普通! XYZの後頭部に着弾したのに目も眩まない程度にちょっと光っただけ! というか弾自体が弾の光に全てかき消された!? ダメだこの弾、使えない。シーカーはパニックで鈍化した手つきでミリオンの弾を装填する。
「おいシィーカァー!! アッシュさんもう死んじゃうかもしれない!」
マリンスタジアムから悲鳴と人の気配が消えた。
ZAP!
「ウエエ!?」
アッシュの斜め後ろから視界に蜘蛛の糸と見紛う程細いヒスイ色の光線が伸び、XYZの喉を貫いた。喉の傷から炎が不規則に漏れ出て爆発し、首が折れて火炎放射がようやく止まる。バースの火球と比べようとした自分が間違っていた。瞬間最大風速ではバースの火球の方が上だが、バースの火球は一瞬だ。XYZのバーナーは長時間の根競べになる。そしてバリアーを使えないシーカーは自分が守らないと死ぬ。
姉貴が助けてくれなかったら今のはヤバかった。……姉貴が助けてくれた?
今の状況がヤバすぎて、ジェイドに変身するよりもユキのままネフェリウム光線を使った方がいいと姉貴は判断した。マリンスタジアムの三万人+近隣住民を避難させ、しかも転送先はジェイドリウム。
姉貴は変身しない方が早いと判断したのではなく、避難に力を使いすぎてもう変身出来ないのでは? 今のネフェリウム光線でガス欠……?
半分正解だ。戦場の人口密度が高く、どれくらい大きな規模になるかわからない戦い。ジェイド、アッシュ、シーカーの三人を計算に入れる初めての状況。弟を救う今のネフェリウム光線を撃った後のジェイドには、もう変身する力は残っていなかった。残量で出来ることはただ一つ。ポータルを一回開くことだけ……。
無人のマリンスタジアムのグラウンドに発生した小さなネズミ花火の円は径を広め、マウンドもベースも飲み込まれていく。芝生の代わりに金色の星と漆黒の宇宙が広がり、突如発生した爆風がバックスクリーンのフラッグを空に巻き上げる。カメラは残っているが、実況者と解説者も場内に残っていたら吹き飛ばされたツブテが場外に駐車されている車のフロントガラスを破壊するところを面白おかしく実況しただろう。
「ウエエン!」
首を正しい位置に戻して骨を再生させ、新たに出現した敵を見開かれた瞳に刻み込む。
「ジャラッ!」
最後の力を振り絞って切った最高のカードにして双子の兄、アブソリュート・レイが雄たけびを上げてエントリーする。