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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第3章 絶対零度
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第2話 彼の名前

 犬養(イヌカイ)(イツキ)(19歳)。

 地球人であり、ゴア族でもある女性。甜瓜のようにゴア族に利用された地球人だが、甜瓜が後天的な手術でゴア族の遺伝子を埋め込まれたのに対し、彼女は生まれつきに地球人であり、ゴア族だった。

 彼女の生い立ちや過去はまだ触れるべきではないだろう。彼女の現在をお伝えすると、イツキは新たな(ロード)から命令を受けていた。

 都築カイを殺さずに極限まで痛めつけ、そして帰還しろ。

 それを果たすためにロードは、自ら開発した超兵器“ビーストリガー”略してBトリガーを一つ、イツキに渡していた。

 Bトリガーの怪しい開発プロジェクトXもまだ多くをお話し出来ない。何が出来る道具なのか? お答えしよう。非常に簡素な説明になるが、インプットされた怪獣の能力や技を疑似的に使用出来る恐るべき武器であり、イツキに渡されたBトリガーには、かつて初代アブソリュートマンやアブソリュート・アッシュを超高熱の火球で苦しめた未来恐竜クジーが登録されている。そしてイツキの水鉄砲と連動して可燃性の墨を火炎弾に変え、液体の持つ粘性と表面張力でピンポイントに、或いは広範囲に爆炎を起こす。人間もゴア族も超越したイツキの超脚力はその無慈悲な火炎の雨を降らせるのに適している。

 はずだった。


「ううっ」


 イツキは土手を超脚力で駆け上がり、向かい側にいるカイから身を隠して嗚咽を漏らす。ドレスと肌をズタズタに切り刻まれ、装備の生命線であるチューブはおろか、筆、水鉄砲、タンクに至るまで残忍な凶暴な斬撃の嵐で切断されていた。黒いドレスに血が滲む。指先から零れた血は赤かった。地球人の血だ。


「カイくん……」


「隠れてろケンヂ。まだ近くにいる」


 ジャキッ。

 カイは“(ミナゴロシ)”と刻まれた弾丸を装填し、赤い血痕を辿って一歩一歩イツキを追跡する。

 弾丸と拳銃の使い方は、頭の中で検索するとすぐにヒットした。この“鏖”の弾丸は、発砲するとショットガンのように散弾が撒き散らされ、散弾は着弾と同時にさらに炸裂して対象を切り刻む。しかも撃っても弾は消費されず、シリンダーを一回転させればまた“鏖”の弾が使える。今までは使おうとすらしなかったから知るはずもなかった記憶だ。

 だが使用するたびに記憶にバグが発生する。汚染された空気、レトロな街並み、今とは違う流行りのファッション、カイが知っているものとは違う、若い姿の現大御所タレントやスポーツ界のご意見番たち。カレンダーには一九六九年と書かれていた。

 カイはそれらを資料として見たのではなく、確かな体験としてその時を過ごしていたのだ。存在しない記憶ではなく、忘れていた記憶。

 最初はまともに立てないくらいの違和感を覚えさせた急なフラッシュバックも、“鏖”の弾丸を使うたびに収まっていった。この“鏖”の弾は自分を助けてくれる、敵と戦える力だ。


「アブソリュートミリオン?」


 シリンダーを戻した瞬間にそう呼ばれた気がした。使うたびに押し寄せる記憶の本来の所有者の名前だろうか? アブソリュートミリオン……。どこかで聞いたことのある名前だ。人名とは到底考えられない謎の単語だが、カイには誰かの名前のように感じた。少なくとも自分の名ではないが……。


「……。帰ってくれないか。もう僕やケンヂの前に姿を現さない。そういう約束で、もう終わりにしないか」


 あと数歩。あと数歩土手を上がれば、そこにあの謎のインベーダーがいる。敵の武器は破壊したし、ダメージも与えた。もう自分の勝利は確定したも同じだし、これ以上戦っても無駄に相手を傷つけ、最悪の場合殺してしまうかもしれない。そこまで行ってしまうともう守るための戦いではない。将棋のプロのように詰んだことをわかり、退いてほしい。


「……警察も来るみたいだし、もうやめにしないか」


 土手の向こうでイツキは震えていた。

 こんな話は聞いていない。多少抵抗されることはわかっていても、自分のBトリガーのような超常の武器を相手も使えるなんて聞いていない。

 悔しい。痛い。悲しい。涙を拭くことも出来ずにガタガタ震える体をさすり、歯がガチガチと鳴る。悔しい悔しい悔しい。この感情をどうにか処理する術はただ一つ。命令に背き、カイを殺すことだけだ。

 まだあちこちが燃えている河川敷にサイレンの音が鳴り響く。通報を受けた警察と消防が来たのだ。その鋭い音はさらにイツキを追い込む。


「Bトリガー、リミット解除」


 水鉄砲の引き金を特定のパターンで操作すると、イツキの目から地面が遠ざかる。平坦な土手の影に巨大な影が重なり、その頂点からさらに鹿のような神秘的な角が伸びる。二か月前に福岡にいた人物なら、同じ特徴を持つ未来恐竜クジーの違法な知能特化型個体バースの巨大化した姿をすぐに思い出すだろう。


 神話に描かれるアヌビス神のような、肉食獣の頭部を模した銀灰色の仮面と青白い素肌にゴア族特有の黒衣をまとった三十九メートルの禍々しい巨人が、ゴア族の能力を開放したイツキの姿だ。だが黒衣はイツキのゴア族としての自覚や血の薄さを反映するように少なく薄く、華奢と鋼の筋肉を両立する体のラインがくっきりわかる。

 リミットを解除したBトリガーで未来恐竜クジーの能力を外付けの装備から変換し、自分そのものと融合して火球の使用を可能にする。角はその象徴だ。


「アシャ」


 だがオツムがちょっと……。残念なのにやたらと神経質なイツキはアバウトな狙いで火球を放つのは好きじゃない。両の角の間に発生させた火球を解れさせ、手に持ったゴア族の巫女の杖の宝玉に吸収させた後に火球を凝縮した細い熱線に変え、念入りかつ神経質に河川敷、荒川、その先の埼玉の田畑を焼き切り、沸騰、炎上させる。火球は撃てば一瞬で終わってしまうが、熱線に変えればしばらくは持つ。それに巨大化してしまえばもう警察も怖くない。

 ちょっと高所恐怖症の気があり、急に巨大化したせいでまだ目の焦点が合わず、真夏に急に立ち上がったせいで立ち眩みがする。正確な狙いとか神経質とか、そういうものを上回る激しい怒りと悔恨。


「なんだよマジで……」


 土手の向こうから急に現れた巨人の青白い向う脛に“鏖”の弾丸を打ち込むが効いている感覚は皆無、皮膚に一条の傷もつけられない。


「カイくん!」


「ここは僕に任せて逃げろっていたろケンヂ!」


「君はどうする!? カイくんも逃げろよ!」


「僕はこいつと戦う」


「どうやって!?」


 どうやって? 何故、自分はこの巨人と戦えると思っている? この拳銃や弾を使えたように、自分の中に巨人とも戦う記憶があるのだろうか? 探せ探せ探せ!

 “鏖”の弾を使った時に追体験した記憶を探る。


 人から安らぎを、財産を、思い出を、命を、奪う敵に対して、真っ白に燃えあがる正義と怒り。

 そんな敵を決して許さず、自らが手を汚すことも厭わず確実に息の根を止め、悪の苦しみから敵を解放するために真っ黒に塗り潰された強い決意と殺意。

 その相反する白と黒の感情は振り子のようにふり幅を縮め、やがてたった一つの使命として心に残る。その使命に突き動かされ、体の全細胞、積み上げた経験値、身につけた技で敵を討つ。


 フラッシュバックの中には、記憶の他にこの感情があった。

 そしてカイは、この記憶の持ち主のとある動きをそのまま真似る。

 左掌を左目にかざし、気合の雄たけびを上げるのだ。


「ヴァッ!」


 左目に強烈な光を浴び、目が眩んで何も見えなくなる。視力が残っている右目には、自分が光の柱に囲まれ、エレベーターのように上昇して街を焼こうとしている敵の顔がどんどん近づいてくるのが見えた。踵に冷たさを感じる。どうやら踵だけが荒川に触れたようだ。目線の上昇が止まって体の隅々まで神経の支配が行き渡り、身動きが取れるようになった。そして荒川を覗き込み、自分の姿を確認する。ただ屈むだけで頭は何メートルも上下する。


「これが僕?」


 眼窩、眉、眼球のあった場所は真っ黒に塗りつぶされ、赤い隈取がある。口のあった場所には短い縦の線がいくつも引かれ、剥き出しの歯を肌の上に再現している。頬には口を耳まで切り裂いたように赤い線が伸び、体も無機質な白の素肌の上に骨を模した模様がある。なんて禍々しい姿……。これはパンダというよりドクロか悪霊だ。

 自分の姿を映した荒川から自分が消える。巨大化した敵が歩いて発生させた地響きで波が立って巨大化したカイの姿をかき消したのだ。右手には自分と一緒に巨大化した拳銃が握られている。唯一の武器はついてきてくれた。


「ヴァッ!」


 まだ戦える。それに……。ケンヂももうさすがに逃げてくれるだろう。四十メートルに巨大化した自分が逃げ込める場所などもうないし、四十メートルの巨人が一体何を恐れて逃げるというのだ?


「アシャ!」


 イツキの杖の宝玉から熱線が発射され、カイの左足の表面が焼け焦げる。熱線を受けた橋や建物はまるでストーブの前に置き去りにされたチョコレートだったが、カイはまだ「かなり痛い」で抑え込める。この短い間で暴力を振るわれることにも、暴力を振るうことにも耐性が出来てきた。やることは一緒だ。一緒というかただ一つしかないのだが、拳銃に“鏖”の弾を込めて撃つ。それだけだ。

 火傷した足を荒川に浸すが、まさに背水の陣。川の向こうは東京都、人口密集地帯だ。さっきまでのようにケンヂ一人を守るのとはもう違う。それでもやることはやはりただ一つ。

 不謹慎? 不適? やることは同じはずなのに、さっきまでと違ってこの暴力でのコミュニケーションを楽しみ始めてしまったような気がする。“鏖”の弾に刻まれた本来の記憶の持ち主のものだということにして、禍々しい姿の巨大な少年は銀灰色の悪鬼に襲い掛かる。




 〇




 特殊警察ACID!

 異星人や異次元人など、本来地球に存在していない者の悪意ある行動に対抗する組織!

 異星人による人身売買や闇カジノ、振り込め詐欺などを取り締まってきたが、この数か月に起きた事件には手も足も出ないのが現実だ。ACIDが切れる最高のカードは全国ポリスマンタイマントーナメント大会でフル装備の皇宮警察を素手のまま叩きのめせる運動神経と格闘センスを持つ和泉岳とアブソリュートミリオンスーツだが、日本人としては長身の一八七センチの和泉も四十メートルに迫る巨大怪獣には歯が立たない。


「はい、寿ユキです」


「もしもし、ジェイドか? 和泉だ」


「和泉さん。状況はどう?」


「場所は荒川だ。笹目橋と戸田橋の間で戸田市側に約四十メートルの異星人が二人出現した。片方はゴア族の特徴、もう片方はアブソリュート人の波長がある」


「わかった。わたしが行ってもいいですか?」


「あなたに任せる以外、もう何も出来ない」


「そんなことはない……。なんて今は言われたくはないかもしれないけど、いじけているヒマなんてないはずよ」




 〇




「お疲れ様、フジさん! もうあのサルが来ないといいけど! はい、ココナッツウォーターよ!」


「へぇ、アザース」


 脱力感溢れるウクレレと偽ハワイアンのフラダンス。ココナッツウォーターを注いでもらった鮮やかな青の琉球グラスを傾けながら、物思いに耽る。

 カナちゃんの妄想も加速する。なんてステキな陰!  クラスメートには出せない都会と大人のアトモスフィア! 陰のある男には憧れちゃうわ! 『男はつらいよ』とか『伊豆の踊子』みたいなストーリーがここ、草津で始まっちゃうのかしら!? フジさんがお風呂に入ってたら素っ裸で手を振ったっていいわ!


「これ、もらっていい?」


「どうぞ」


 カナちゃんからペットボトルのココナッツウォーターを受け取ったフジは、桶にペットボトルを入れる。フジはこの桶にタオルやせっけんを入れて一日中草津のありとあらゆる温泉を渡り歩いているのだ。真夏の草津では風呂から上がった後のお散歩でも汗ばんでしまうが、彼は夏休みを満喫していた。カナちゃんに想いを寄せられていることに気付いているが、それに応えたいとは思わない。女の子は失恋という砥石で美しく磨かれるのだ。


「あら大変! 埼玉に宇宙人が現れたらしいわ」


 カナちゃんのスマホにニュース速報が流れる。フジはニヒルに笑い、グラスに残ったココナッツウォーターを少し口に含んだ。宇宙人ならここにもいるぜ。言える訳はねぇがな。そんなフジの陰にカナちゃんの心はまた高鳴る。


「怖イヨー。草津ニモ来ルカシラー?」


「チョット、ラグチャン! ココハ草津ジャナイヨ! ハワイダヨ!」


 女子高生を拒むようにタバコの結界を張ったフジはカウンターを勝手に物色し、テレビのリモコンを見つけてスイッチを押す。確かに、しばらく見なかった都会の景色に挟まれたささやかなオアシス、荒川の河川敷でゴア族の巫女と禍々しく不吉な異星人が戦っている。いや、戦っているとはまた違うか。ゴア族の巫女が杖から発射するレーザーが不吉な戦士を襲い、一方的にいたぶっている。


「嫌なやつを思い出しちまったぜ」


 ゴア族の巫女に生える角でフジはかつて自分を苦しめたあのバースを思い出してしまった。だがそんなセリフすらもカナちゃんをドキドキさせる。

 もうフジの眼中にカナちゃんはいない。先程から微かに感じていた同類の波長の源はこいつだ。凡そアブソリュート人には見えない異形の異星人からアブソリュートの空気を感じる。


「あぁーと大変です! 対岸にも火の手が上がりました! ドラマアンコール『神癪高校(カンシャクコウコウ)極道部(ゴクドウブ) ~生きててスイヤセン~』の第3話『おどれェ、女じゃけぇワシがパチキできんとでもおもっちょるんか?』の時間ですが、予定を変更して埼玉県で発生した怪獣災害の特別報道番組をお送りします」


「埼玉県? カナちゃん、今テレビに映ってるあそこさぁ、どこだかスマホで調べることって出来る?」


「え、どうして?」


「俺、もう一か月スマホは冷蔵庫に放置してんだ」


 なんて奇行!? 昔のことを思い出したり、一人暮らしの寂しさから家族に電話したりしないようにするために、大人の男として電話を断ってるの!? それとも過去の女との未練を切るためかしら!?

 カナちゃんはテレビに映っている埼玉県の一級河川を検索バーに打ち込む。テレビを睨みつけているフジが何かに気付いた。河川敷に見覚えのある少年がいたのだ。名前はケンヂ。鼎の弟で、よく出来た立派な少年。異星人のいさかいで死ぬには惜しい男。


「見つかった」


「貸せ」


 強引にカナちゃんのスマホを奪い取り、地図をスワイプしてどこで戦いが発生しているか確認する。戸田市から川を挟んで向かい側は埼玉県和光市。鼎の住んでいる町だ。

 まだ男には肌もスマホも触らせたことのないカナちゃんは、ユルい風来坊だったはずのフジの顔が強張っていく様に新たなトキメキを感じる。


「悪いカナちゃん。帰るわ」


「ちょっと待って、フジさん! また、会えるよね?」




 〇




「ヴァッ!」


「アシャア!」


 荒川の戦況はイツキに大きく傾いていた。カイの放つ“鏖”の弾はイツキに届くことなく熱線で破壊されてしまう。戦闘センスの違い、八つ当たりではあるがモチベーションや殺意の違い、今日初めて使った武器と何度かトレーニングした武器の違い。そういった差が如実に現れ、カイは一方的にビームで肌を焼かれていく。傷も浅く焼かれているため流血はしないが、焼け爛れた痛みとダメージは確実にカイに蓄積していく。このままじゃ模様だけじゃなくて本当に火葬されてドクロになっちまう!

 一方、謎の拳銃と弾丸の効果で意表を突かれたが、落ち着きを取り戻したイツキの戦い方は堅実かつ子供のように無邪気で残酷だ。確実にカイの戦力を削ぎ、結果オーライだがロードの命令通りに彼を痛めつける。

 拳銃を突き出すと即座に杖で銃口を逸らされ、撃つこともままならない。ドクロのクソガキが放ったフォームも狙いもメチャクチャな跳び膝蹴りにカウンターで杖の突きを見舞い、イツキは狼の仮面の向こうで笑みを浮かべる。


「ヴァ……」


 もう手がない。仰向けに倒れるカイの視界の端に銀粉が舞い、空を覆いつくしていく。死が近づいてきたのか悪寒を覚え、体から湯気が立つ。


「テアーッ!」


 SMACK!

 楽器のように鋭く整った掛け声と同時に、視界の外から現れた白銀の巨人の糸を引くような美しい跳び膝蹴りが邪悪なゴア族の巫女をカイの視界から排除する。さっきまで敵がいた場所をぶんどった白銀の巨人はカイの背後に人差し指を向け、その先端から発射された水の弾丸が河川敷や対岸の不浄の炎も排除する。


「ネフェリウム光線」


 ZAP!


「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 カイの視線を横切ったヒスイ色の光線の先でゴア族の巫女が断末魔をあげる。こんな悲鳴を聞くのは初めてではない気がするが、その叫び声から感じた強い怨念と悔恨はカイの心を不愉快にザワつかせる。自分に力があれば、手を下す覚悟は出来ていたはずなのに。


「一難去ってまた一難か」


 焼けた膝に手を当て、気持ちを奮い立たせる。目の前の白銀の巨人はあの黒衣の巨人より強いようだ。自分が勝てるとは思えなくても、誰かが戦わねばならない。ならば、この禍々しい姿でも白銀の巨人と戦えるのは普通に考えて自分だけだ。


「ヴァッ」


 フッ。荒川の上空に到着したフジはバリアーの上であぐらをかいて失笑する。あのガキ、姉貴とやる気なのか? せっかく草津のハワイアンパブから帰ってきたってのに、姉貴が出てきたんじゃやることはねぇ。だがこのドクロのアブソリュートマンが何者なのかは多少気になる。

 一か月ぶりにポケットに入れたスマホがヴモーヴモーと悶える。


「おぅ、どうした鼎」


「ずっとどこ行ってたのよこのクズ野郎! 何回も電話したんだから! それより、ケンヂが!」


「ケンヂなら大丈夫だ。今、現地にいるがもう姉貴が来てる」


 ジェイドと戦うことなく、満身創痍のドクロのアブソリュートマンが膝を着き、倒れながら霧散する。倒れ方まで素人だ。ジェイドはテレビを消すみたいに小ぎれいに変身を解除し、河川敷に倒れる少年を介抱した。


「一件落着だ。また電話する」


 バリアーの舵を草津に切る。約二か月ぶりに聞いた鼎の声は、草津のハワイアンパブのマスターの娘カナちゃんを失恋という砥石で研がせる決意をフジにさせるには十分だった。草津の旅館に預けた荷物を取りに行かなきゃいけないが、カナちゃんに自分をきっぱり諦めさせるためにも別れは言わずこのまま彼女の人生から消えよう。




 〇




「目が覚めた? 気分はどう?」


「あなたは?」


「寿ユキ。またの名を、アブソリュート・ジェイド。あなたがさっき見た白い巨人よ。敵ではないわ。あなたは立派に戦った」


「僕以外にも変身出来る人がいたのか。ユキ、あの黒い巨人を倒してくれてありがとう」


「あなたの素性を訊いてもいい? あなたのようなアブソリュート人がいるなんて、聞いたことがない」


 アブソリュート人? アブソリュートミリオンなら、“鏖”の弾に記憶が宿っていた。この女の子も巨人に変身する。黒い巨人を倒したが、自分の敵ではない? この拳銃と弾とは何か関係があるのか? 何故敵は襲ってきた?

 カイは散在する情報を全てユキに吐き出した。お互いに巨人の姿だったときは敵対者だと思ったが、人間の姿だと味方に思えた。

 無機質で表情のないアブソリュートの姿と、柔和で優しい表情の寿ユキでは印象も違うのだろう。ユキはカイから聞いたフワフワした記憶を紡いで糸に変えていく。


「つまり、あなたは記憶喪失で、アブソリュートの力を持っていて、人々の平穏や財産や命が失われるくらいなら自分が戦おうと思った。そしてアブソリュートミリオンも知っているような気がする」


「そういうことだね」


 出自不明の野良のアブソリュートマンがいたなんて話は一度たりとも聞いたことがない。アブソリュート人は非常に強力な力を持つ戦闘種族。地球人からしたらツァーリボンバが人間の姿でその辺でティーブレイクをしたりパチンコを打ったりハワイアンパブでモテモテ気分を楽しんでいるようなものだ。それ故に、アブソリュート人は全てのアブソリュート人を把握し、互いに管理し合わなければならない。あのレイだって、消息不明ながら警戒はされていたし、いざ襲撃してきた際のための対策は立てられていた。この都築カイのように誰も知らないアブソリュート人なんて前代未聞だ。

 姿はどのアブソリュート人にも似ていない異形。

 だが。そろそろ若手から中堅に差し掛かるアブソリュート・ジェイドには、見どころのある少年のように思えた。戦いは未熟。詳細不明の武器でゴア族と少しは戦えたようだが戦闘経験は皆無だろう。それでも何度も立ち上がり、自分とも戦おうとする程のガッツがある。弟に最も欠けている素質、ガッツが。

 きっとこの少年は、ジェイドの力量がまだわからなかったのだろう。だがこの少年なら、自分とジェイドの間にどれほどの差があろうとも、ジェイドが敵になるのなら戦う覚悟がある。この上ない素質だ。


「また戦いたいと思う?」


「思わない。でも僕が戦わないと誰かが傷つくのなら、戦う」


「わかった。単刀直入に言う。わたしの弟子にならない?」


「弟子ぃ?」


「わたしも一人では戦えない。背中を預ける相手が欲しいと思っていたの。あなたが正しい行いの為に力を使うのなら、その意志を貫く正しい力を身につけるための手伝いをする。記憶を探すのにも助力するわ。すぐに答えろとは言わない」


 ジェイドが困っていることもまた確かだ。さっきのように巨大な侵略者が出現した場合、今は自分が巨大化して戦うしかない。ガッツどうのこうのの問題ではなく、弟は戦いがあまり好きではないから遠ざけてやりたい。頼りになる兄は鍛え直している最中で地球にはいない。だがもう一枚、計算できるカードがあるのなら、先のアッシュvsバースのように敵とその切り札をジェイドリウムに閉じ込めて被害を抑えることが出来る。


「いいねぇ。生き甲斐や目標がやっと見つかった。ケンヂは教師を目指して進学する。ケンヂが教師として子供たちのための環境を作るのなら、僕は巨大なヒーローとしてみんなが安心出来る環境を作るのか。悪くない。迷いなんかない。ユキ。よろしくお願いします」


 都築カイは頭を下げて手を差し出した。寿ユキはそれに握手で応じる。

 人生のツヅキがχ(カイ)だった少年は、ヒーローという使命をようやく手に入れたのだ。


「ありがとう。そうね、あなたの名前は……。シーカー。アブソリュート・シーカー。捜索者、探索者を意味する。正しい未来、道、正義、力、使命をその心で探し続けて。あなたの名前は、今日からアブソリュート・シーカー。まずはお祝いにメガネを買ってあげる」


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