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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第2章 拳を振る太陽
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第14話 星クズロンリネス

「……マジで?」


 『モヤモヤさまぁ~ず2』まで終わったがまだフジが帰ってこない。マジで? マジで帰ってこないつもりか? スマホを充電してSNSを覗くと、寿ユキが新しく投稿をしている。つまり寿ユキvs飛燕頑馬はもう終わったのだ。どこか遠い星で行われたとびっきりの最強対最強。異星人のケンカの強さや激しさなんて知らないし知りたくもないが、寿ユキはもう地球で手作りの質素かつ優雅なディナーを食べている。これほど寿ユキが無事なら、飛燕頑馬は敗れたのだろう。

 鼎にとって最強であってほしい人物は、かつてはフジ・カケルであり、今はフジ・カケルよりも正しい正義のモラルと守ってくれそうな責任感がある寿ユキだ。異星人ヤクザや宇宙ヤンキーから自分を守ってくれる人間が最強。こんなに心強いものはない。

 そして飛燕頑馬は自分を殺そうとしたり生かそうとしたりよくわからない人物で、自分の為に命を賭けてくれた。こいつも自分の味方だとしたら最高だ。

 フジ、ユキ、頑馬、メロン。こんなメンバーが自分の命を保証してくれるなんて、なんて……。

 本当にそうか?

 俺がお前を守ってやる、なんて歯の浮くようなセリフを、本当はあのクズ野郎にもう一度言ってほしいんじゃないのか? 今度は金の番ではなく。

 待ってやる。意地でも待ってやる! メロンは鼎を無力じゃないと言ってくれた。ユキや頑馬を知るまで、最強だと思っていたあのフジ・カケルに何か抵抗したりプレッシャーをかけられるなら、意地でも待ってあいつを待ってやる。

 手始めにテレビのHDDを確認する。


「うわっ、『水曜どうでしょう』撮り溜めてる」


 しかも『対決列島』だけは手つかずで全話にNEWがついてる。再放送で酷使されている『対決列島』を一度観て、DVDを買わずに済ますために二度目以降の放送を保存しているのだろう。あと『戦国鍋TV』も数週前からNEWマークだ。


「消去」


 歯が浮くと腹が減るってなんか語感が似てる。夕食はまだだが、外に食べに出てそのうちに帰ってこられると面倒だ。ここで済ますか。冷蔵庫を開けるとプラスチックのトレイに入った大量の天かすがあった。だがうどんやそば、てんぷらはない。まさかの天かすオンリー? よくて天かす丼か? そんなものを食っているやつにラーメン屋がどうのこうのは言われたくない。

 冷凍ご飯を解凍して天かす丼のコンビーフ添えを食べたが、シナシナの天かすとコンビーフの退廃的な脂は自分から何かを奪っていくような気がする。姫としてイキるために今まで多少我慢してきた食事とか、自分磨きとかの歴史と志が……。

 毎日こんなもんを食べてもあんなに動けるし体型もスリムなのはやはり宇宙人だからか。食べるものが違っても同じ“人”だと思いたい。




 〇




「ハッ」


 その頃、フジ・カケルは何をしていたのだろうか?

 あの偉大なる姉のアブソリュート・ジェイドと兄のアブソリュート・レイの聖戦を邪魔し、どちらかが手にするはずだった“最強”の座をどちらからも奪ってしまってから。

 スーパー銭湯でサッパリし、コーヒー牛乳を一本空けてコンビニでチューハイを空ける。マンガ喫茶で気になってたマンガを読み漁り、タバコを一箱灰にして、ため息にも似た笑いを時折漏らしながら時間を潰す。自分がやらなきゃいけないことが何かはわかっているが、それを今すぐやらなきゃいけない理由はまだ弱い。

 だから今は何もしたくない。日の光も街の明かりもないマンガ喫茶で惰眠を貪り、腹が減ったので目を覚ます。会計を済ませ、コンビニで生チョコクレープを補充して、マンガ喫茶を出てすぐのパチンコ店の行列に並ぶ。なんか夢のお告げがあって、今日は一万円使えばいい台が引けるような気がするのだ。


「アッシュ。いや、今は(カケル)か」


「頑馬兄さん」


「お前も『CRアブソリュートミリオン』を?」


「別に。ヒマつぶしだ。っていうかなんだその述語を省く洋画でしか観ねぇ言い回し。……キレてねぇんだな」


「キレてない? キレてるよ。だが俺は我慢を覚えたし、お前という人間を多少わかったつもりだ。まだわかってないこともあるがな。お前に言いたいことはいくらでもあるよ」


「ナシにしねぇか? 今日はついてる気がする。夢のお告げで」


「それじゃあヒマじゃねぇじゃねぇか。葛西臨海公園で待つ。十五時だ」


「十五時までに台を離れる気かよ。あの飛燕頑馬が」


「フッ」


 隣り合わせの台で体格も性格も理想も違う兄弟が同じ父親の雄姿で遊ぶ。


「ディエエエ! ボーナス確定!」


「ッシ」


 全盛期に体を張りすぎて今はアブソリュートきってのホワイトカラーになってしまった父アブソリュートミリオンも、自分がお役所仕事で稼いで息子に送った仕送りが回り回って若い頃の自分の雄姿を讃えるきっかけになるのなら悪い気はしないだろう。フジはまだ本気で戦うアブソリュートミリオンを見たことがなかったが、話で聞くミリオンは伝説的戦士。ジェイドを認めたがらない年寄りや懐古の評論家気取りは、今でも現役最前線の初代アブソリュートマンと、他人の為に命まで捨てて戦い抜いて“鬼”と恐れられた全盛期のアブソリュートミリオンこそが至高の戦士だという。息子であるフジも悪い気はしない。CRアブソリュートミリオンは、そんな偉大な父への感謝と畏敬の念の集合体であり、約五十年が経った地球でも未だに人気で正義のシンボルであり続けていることを意味する。

 フジがミリオンと共に戦える舞台はこのCRアブソリュートミリオンだけだが、夢のお告げの件もある。今日は欲張らずにここらで退くべきだ。飛燕頑馬と違ってフジ・カケルには退く勇気がある。景品カウンターでタバコと冷凍食品と交換し、じっとりと曇ってきた初夏の東京にひんやりした冷凍のカニがじんわりと解凍されていく。

 無策でカニをもらったわけじゃない。帰る理由になるからだ。冷凍のカニを貰ってしまったからには、家の冷凍庫で保存するしかない! チョコレートやなんかだったらすぐ食えるが冷凍のカニはそうはいかない。


「ハァ」


 ため息の数だけ束ねたブーケがあるのなら、もう自分よりデカいだろう。タバコを吸いながらなのでその大きさはよりわかりやすい。覚悟を決めろ。部屋の鍵を入れている財布にはいざという時のためのゴム製のグッズも入っている。


「頼むから、もう帰っていてくれ」


 鍵は閉まっている。第一関門突破だ。ドアを開けるとふわっと甘い化粧品とせっけんのにおいがした。バースにボコられた後に寝かされていたユキの部屋と似てるけど違うにおい。タバコと天ぷら油と肉の焦げるにおいじゃなく、女性が自分をより魅力的にするために漂わせるにおいだ。


「クソッ。マジかこいつ。もう午後だぞ」


 ふすまを開けるとオーラが違う。外に着ていけない趣味百パーセントのダサTシャツを飾ってあるはずの六畳一間にせんべい布団が敷かれ、外に着ていけない趣味百パーセントのダサTシャツを寝巻代わりにした鼎がすぅすぅとゆっくりとした寝息を立てていた。フジが着ても膨らまないところが膨らみ、引っ込むところが引っ込んでいる。埼玉県民の娘って貧相なんじゃなかったのか?


「据え膳食わぬは男の恥」


 だが待ってくれ。

 腹がいっぱいだったらさすがに食えぬ。そうだ。アフリカの子供たちだって腹いっぱい食った後なら飛騨牛のすき焼きを残すだろう。美味くいただけないのに無理やり食う方が失礼に当たるのでは?

 もう食えぬ、もう食いたくないと辟易しながらこみ上げる吐き気やなんかと戦いながら食われるのは、食われる方も本意ではない。イヤイヤ食われるためにコンビーフの原材料も死んだ訳じゃないし、生産者もそのつもりだ。鼎の両親の名前は知らないが、仮にゆうじとのりこだとしたらゆうじとのりこも嫌がる男が無理矢理娘を食うのは腹が立つだろう。

 フジに出来ることはほぼなかった。メガネを外し、鼎の寝息で少し曇らせた後、カニを冷凍庫にしまうことだけだった。

 頑馬なら……。強すぎて逆に勇気がないと豪語できる頑馬ならどうにか出来ただろうか?


「畜生が」


 再び玄関で靴を履き、バリアーの足場で移動して観覧車の近くで高度を落とす。いかついスポーツグラスをかけた男性、一九〇センチ、髪は黒の筋肉モリモリマッチョマンの変態が、そのバルクに耐えるのがギリギリのディレクターチェアに腰かけてマイナスイオンを吸っている。彼のサングラスの太陽に日食を起こし、弟のフジ・カケルがだだっ広い葛西臨海公園に降り立った。


「特に何って理由で呼び出したんじゃねぇ。ボートでも乗るか?」


「ああ、万景峰(マンギョンボン)(ゴウ)だっけ? また来てんのか?」


「なんでジェイドに勝てねぇのか考えたことがあるか?」


「才能だろ」


「あいつはヒーローなんだよ。かつて俺たちの父親のアブソリュートミリオンは、地上侵略を試みた海底遊牧民というやつらと戦った。そして親父はその海底遊牧民の兵士を皆殺しにしたんだ。海底遊牧民は所詮、兵士。だがアブソリュートミリオンは戦士だ。誰にも頼まれずとも、褒められずとも、自分の意思で己が正しいと思う戦いを選択する。そして命と引き換えにホリゾン・ブラスト光線でマグナイトを倒した。もちろんアブソリュートミリオンはヒーローだ。そしてジェイドも戦士でヒーローなんだよ。誰かが傷つくくらいなら自分が傷つくことを厭わず、他人が晒されるはずだった脅威の盾となり、鍛えぬいた体を、磨きぬいた技を、貫いた正義を、その姿と行動で示す。利害関係はなく人々に安心を与え、リスペクトを集める。あいつは紛れもなくヒーローだよ。俺やバースやオーやメッセは、街や人を質に取ればジェイドを不利に出来ると思っていた。違ったんだ。街や人を質に取って不利になるということ自体が、ジェイドの強さであり俺たちの敗北だった。兵士は戦士に敵わない。そして戦士はヒーローに敵わない。チンピラが勝てる訳ねぇ。お前もジェイドやミリオンには勝てないさ。お前は俺と違ってアブソリュートの訓練を全て受けたから戦士と呼べるだろう。バースにも勝ったらしいしな。だがヒーローにならない限り、なるつもりもない限り、俺たちはジェイドを超えることは出来ない。才能の差もある。だが志が違う限り……」


「どうした頑馬兄さん。丸くなりすぎだろう。ちょっと殴られた程度でそんなに丸くなるのはアルマジロかダンゴムシぐらいだぞ。あんたは十分に強いよ。あんたの中ではチンピラのレイより戦士のアッシュが格上らしいが、俺じゃあ神器があってもあんたには勝てねぇ。俺や和泉が血反吐吐いてやっと戦えたマートンやバースだってあんたなら十中八九勝てる。力への信奉をあんたが見失ってどうする? 姉貴に勝てなかったからって飛燕頑馬もアブソリュート・レイも全否定された訳じゃない。ジェイドやミリオンや初代アブソリュートマンに憧れてヒーローなんざ目指すのはよっぽどのバカかドMのやることだ。才能もないし、優しくも薄情にもなれない半端者がヒーロー目指すなんて。誰よりも優しく誰よりも薄情なのは姉貴や初代アブソリュートマンにのみ許された特別中の特別の先天性の才能だ。あんたにはあんたなりに力っていう道があるだろう。志とはまた違う道ってものが」


「お前こそ随分丸くなったんじゃねぇのか? それとも俺なりにジェイドを語ったことが気に障ったか?」


「クズなりに力が欲しくなったら、自分の非力さを痛感しただけだ。あんたに会えば何か掴めると思ったのにな。ガッカリだ。チャンスをやるよ頑馬」


 タバコを灰一杯に吸い込み、またため息の数だけ束ねるブーケを大きくする。


「アブソリュートの星が人手を探してる。親父から連絡があったが、俺は地球人ダイスキ! 俺に勝ったら、俺の代わりに行ってもいいぞ。むしろ俺が行くよりあんたが行く方が誰だって喜ぶだろう。なにせ、二度もあのアブソリュート・ジェイドと引き分けたんだから。二度もアブソリュート・ジェイドと戦って一度も負けてない。星に戻ってカタギの仕事をすれば少しはヒーローとやらに近づいて、姉貴に勝てるビジョンが湧くんじゃねぇのか?」


 パーカーを投げ捨て、身軽なTシャツ姿になる。頑馬の目に映る弟の構えは、まさに正統派アブソリュート戦士の、ベーシックで一切アレンジのない、教えに忠実な基本の構え。アレンジを加えずに正統派スタイルを貫いたのか、それとも自分流のアレンジを加えるべきという結論に至るほど戦闘経験がないのか。対する頑馬は生まれ持ったタフネスと暴力に満ちた過去を如実に物語るダイナミックなポーズだ。


「セアッ!」


「ジャラッ!」


 ()()ィッ!

 交じりっ気のない純粋な暴力の前にフジ・カケルは一撃で起死回生の降参の余地すら残されず完全敗北を喫する。殴られた顔面が火鉢のように熱く石のように重い。体が自分のものじゃなくなり、肘をついて這うことすらままならない。


「畜生が……。何がヒーロー……。何が志……。力だけでここまでやれてるじゃねぇかクソ頑馬……」


「今度はタヌキ寝入りじゃねぇようだな」


 手を貸さないことが頑馬の気持ち。優しくも薄情にもなれるような、ジェイドの持つ才能がないのだから。


「タヌキ寝入りってのはなぁ……。見透かされるとダセェんだよ……。クソが……。あああ!」


「お前、本当に俺に勝てたら星に帰るつもりだったのか?」


「んな訳ねぇだろう。クソォ痛ぇ! 俺はさすらいの星クズロンリネス。どっちにしろそろそろここは去る気だったよ。カニを手切れ金にな。カニだけにちょんぎってもいいし手ごと置いてってもいい」


「鼎とはキッチリ、ケリぃつけてやれよ。お前が好きなのは地球人じゃなくて鼎だろう?」


「やなこった。ケリつけたらマジで終わっちまうだろう」




 〇




 タヌキ寝入りの中で、フジに顔を覗き込まれたその時。ウッカリ呼吸を止めて一秒、あいつ真剣な目をしたから……。

 もっとゲスでエロい目をしてたら飛びつくこともビンタすることも出来たんだろうが、真剣な目をしてたから、そこから何も言えなくなった。待っている時間すら愛おしいが、鼎も見破られたタヌキ寝入りを続けてしまった。

 もうこの部屋の主が帰ってこないとも知らず、すれ違いや回り道を何度も繰り返して不老不死の恋する乙女はタヌキ寝入りを続ける。


「クズ野郎」

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