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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第6章 きたぞ! われらのアブソリュートマン
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第14話 そこに愛はあるんか

 業楽(ゴウガク)。それはゴア族の伝統芸能!

 業楽は歌、噺、舞の三つが基本となり、日本の伝統芸能に当てはめるならば能楽、狂言、歌舞伎の特徴を併せ持つ。面をつけるものもつけないものも業楽になるが、演者が若い場合は面をつけることが多い。

 業楽は基本的に世襲であり、業楽の家に生まれた子は幼少期より稽古を受ける。そういった封建的な体制がありながら、業楽の威厳と存在感、血を絶やしてはならぬと様々な演目が業楽アレンジされ、はじめは非業の死を遂げるものの業をテーマにしたものが多かったが、最近ではマンガやアニメをモチーフとしたものや、ゴア族の歴史では比較的最近の人物である“軍神”魚六十三を題材にした演目もある。

 若手は講談師、落語家といった話芸の専門家から噺を分けてもらい、あえて古典をやらずに新作を開拓するなど活発である。


「猊下! 本日はご多忙の中……」


「ムッフッフッフ。よい。楽にするがよいぞ、センイツ殿」


 シセン・センイツ(14歳)。業楽界最大の名門シセン家の跡取りにして、濃い化粧や面を外すと絶世の美少年。そのため業楽ファン以外からも注目を浴び、特に女性人気はアイドルにも劣らない。まだ面をつけることが多い年齢だが、顔を出して女形も務め、もちろん業楽のウデマエも超一流であり、能く歌い、能く話し、能く舞う。業楽の基本知識がなくても見た者を魅了する芝居をする。将来的には人間国宝は確かだ。

 業楽と宗教は密接な関係にあり、一部の演目は神事である。そのため五泉崑も業楽においては目が肥えている。長きにわたる業楽鑑賞の中でも、センイツはナンバーワンの逸材だ。ルックスも業楽も。

 今日は千秋楽。面をつけたまま舞った直後のため、センイツの髪は汗で火照った顔に張り付いている。それ以上に観客も温まり、そして五泉も熱を帯びていた。空気も人も、若く活気のある爽やかな熱にあてられていた。

 ……。センイツはまだ若い。だから、目の前の老人の醜い劣情とドブ以下の人間性を看破出来ていない。


「それでは預かろう」


「はい!」


 シセン家では千秋楽を終えた後、面を清めて邪を祓うために寺院に預けるのが慣例だ。誰が始めたのかはわからない。だがそうだった。そしてそれは五泉にとってラッキーなことだった。


「ムッフ」


 寺院に帰った五泉は、プライベートな執務室でセンイツがつけていた面を被ってそのにおいをかぎ、まだ体温が残っていないか狂おしく求めた。


「ふぉおぉおおお……」


 誰もいない部屋で五泉は興奮し、瞼の裏のイマジナリー・センイツの息遣いを脳内で補完して感極まり、ついに不気味なステップを踏み始めた。あの高齢と巨体だ、汗が噴き出る。その汗は、次の公演でセンイツの顔に間接的に浴びせられることとなる。


「ふぅ」


 肉体的には火照っているだけだが、精神的には彼は何かが達した。ふと冷静になり、面を置いて族長選の作戦を練り始める。


「私が一歩リードか」


 三川温子がパロパーソンに寄生されているという噂は裏付けが取れた。魚六十三は思っていた以上に頭が回らない人物であることが分かった。顔合わせの段階ではアブソリュート三兄弟を倒さねば民の支持を得られないと語ったにもかかわらず、アッという間にメッセと手を組みガーディアンを破壊した。五泉に対する宣戦布告に等しい。政権獲得後も魚六にポストを与えることはない。

 三川温子は放置でOK。イジェクトに分類されるパロパーソンに寄生されていることが明らかになれば、見つかり次第三川はパロパーソンごと始末される。

 魚六に倒されたガーディアンのノブクロは量産型の雑兵だ。もっともっと性能の良いガーディアンはいくらでもいるし、ガーディアン開発は次なる段階に進みつつある。そうなれば、魚六最大のアピールポイントである軍事力は意味をなさない。兵隊は死ぬが、ガーディアンは壊れるだけだ。壊れても誰も悲しまないし、裏切りもしない。

 しかも五泉の有利な要素はそれだけではない。


「みぃーちゃったみぃちゃった。せーんせいにいってやろ。ってバカ男子なら言う場面だったね」


 気配もなく、甘ったるく誘う中に一方的に戯れるような色気のある声が五泉の鼓膜を愛撫するように揺らし、一瞬にして部屋はその声の主の存在感に支配された。


「君なら言わないのかね?」


「一つ教えてあげるよおじいちゃん。学校でもね、わたしは先生より偉かったんだよ。言いつけても意味がない」


「……。君にあるのか疑問に思う。“歪んだ自己顕示欲”はあるようだ。実に歪だ。だが本当に“寂寥”を持つのかね? その傲慢っぷりで」


「あるよ。わたしはいろんな社会や組織に属してきた。家族や学校、企業……。でも愛を得たことがなかったから寂寥をそもそも知らなかったし、愛する、という行為は上から目線だと思ってたら願い下げ。でもわたしより格上の人物が一人だけいる」


「マインか」


「トーチランドだけが、わたしが一番偉くなかった場所。だからわたしは駿河燈に愛されたかったし、わたしより愛されたイツキちゃんに嫉妬した。寂しい。イツキちゃん程じゃないけどわたしは駿河燈に愛されていた。でももっと愛されて、一番になりたかった」


「残念。君はここでも一番じゃない」


「……ンフフ。猊下みたいなキモいじいさんに愛されたいとは思わない。でも一番じゃないと気が済まない。理論上、メタ・マインはまた作れる。寿ユキと大黒顕真に倒されたメタ・マインは、マインが用意した最強のメタ・マインだろうけど、マインの残り香である分割された魂はまだあちこちにある。それを受肉させ、サイバーマインで思考パターンを植え付け、オーパーツをつぎ込めばまたメタ・マインは作れる。腐ってない巨神兵を引き連れたクシャナはナウシカより慕われる姫になれるよ」


「それでも君は角だよ。飛車に劣る。なぁ? 因幡飛兎身。随分必死だな、一番じゃないと、“キモいじいさん”に言われただけで随分と必死。ご自慢の自尊心を砕かれる出来事でもあったかね?」


「あったかだって? それを知らないんじゃモグリだね」


 『死亡遊戯』のブルース・リーの黄色いトラックスーツを模したジャージを『キル・ビル』で着たのはユマ・サーマン演じるザ・ブライド。そのザ・ブライドを真似た黄色の地に黒のラインを引いた衣装にウサ耳バンドが因幡飛兎身だ。

 つまり、こうである!

 族長候補四人の顔合わせに出席した族長候補は三川温子、五泉崑、魚六十三。三人しかいなかった。欠席した残りの一人こそ、因幡飛兎身なのである!

 ヒトミは地球人だが、ゴアの遺伝子を持つ托卵ゴア族である。その托卵ゴア族計画こそ、外庭数の生涯をかけた研究であり、外庭の功績を汲むならば一番の有資格者とも言える。


「まぁいいや。セッティング、頼むよ」


 つまり、こうである!

 既に五泉崑と因幡飛兎身は秘かに手を組んでいる。ポータル使いの女性であるためヒトミは洗脳対象であり、ドスケベ五泉なら味がなくなって全身が唾液でふやけるまでむしゃぶりついて舐めまわしたいメロメロボディとプリティフェイスの持ち主ではあるが、現時点では洗脳はされていない。

 正気のままにさせておく方がヒトミは融通が利く。それに利害も一致している。

 セッティング! それがヒトミから五泉への要望!

 その一つは、アブソリュートミリオンの殺害である。

 犬養樹に敗れたことは救いではあったが、その場しのぎの一時的な救いだった。結局ヒトミは変われなかった。常に自分が一番、自分が優位、他者を蹂躙し、害することを至高の喜びとする。イツキに敗れても気分が良かったのは一瞬だった。だが不思議とイツキを恨んではいなかった。イツキと駿河燈への歪な愛情ばかりが募り、何故駿河燈はイツキを最も愛したのかわかった。なんでも言うことを聞く着せ替え人形で見た目が可愛かったからじゃなかったのだと理解した。

 そして、敗北で発生した憎しみはアブソリュートミリオンへと向かう。自分が生涯で負けた回数は二回。一回目はミリオンの次男に負けた。二回目はミリオンの愛弟子に負けた。

 ……。イツキはもう、ヒトミや駿河燈よりもミリオンを愛しているだろう。それを許せないのが、ミリオンを殺したい最大の理由だ。マインよりもヒトミよりもミリオンを慕っている。それではトーチランドが否定されるばかりだ。

 そのため、ヒトミはミリオンの死を求めた。自分でも手段を探るが、五泉の手を借りる方が楽だ。ちなみにヒトミは五泉にミリオン殺害を依頼してはいない。ヒトミの手が届く範囲にミリオンを入れろ、と言っているだけだ。そうすれば、族長選からは辞退し、五泉の族長就任に全面協力する。

 つまりヒトミはミリオンに勝てる気でいるのだ。

 そしてミリオンを殺してもヒトミは満たされないだろう。だが一時的な気休めにはなる。その気休めを数珠繋ぎに、天寿を全うするまで続けるつもりだ。


「カードはある。わたしが生きてることがバレれば、日本政府がポータルゲートを作ったこと、そのポータルゲートで拘留中の犯罪者で人体実験を行ったことが明るみになる。日本をカオスにすることなんか楽だけど、それじゃあじいさんが族長になった後に事後処理に困るでしょう?」


 脅迫まがい。自分が優位であるという立場をアピールしているが、もうキレはない。既にヒトミのプライドはへし折れていると五泉は睨んでいた。むしろかわいい虚勢だ。


「それは困るなぁ、ほっほっほ」


「……」


 ダァン! と乱暴な音がこだました。ズダン、ズダンと乱暴な音を立て、五泉にとっての“飛車”がやってきた。


「冷えてねぇんだよこのサイダー!」


「あっははははは!」


 ギブソンタックに編んでいたはずの髪は金髪に染めワンレングス、丁寧に手入れされていた清楚かつ精悍な眉毛は脱色。卍をサインペンで書き込んだマスクにスケバン風ロングスカートにセーラー服。「宇宙最強」など御大層な文句の刺繍入りだ。あられもない姿の最強の戦士ジェイドにヒトミは爆笑した。


「んだぁてめぇは……。タイマンすっか? アタイは宇宙一強いんだぞ」


 マスクを素早く下にずらし、ユキは過剰に赤く塗った唇から唾をフローリングに吐き出した。よかったな五泉崑。フローリングなら畳と違って水分を吸わないから床を舐めても女の子のツバは結構残っているぞ。


「地球でのベジータの見栄と違うぞコラァ。アタイの上にフリーザはいねぇんだよ。ケンカ売ってんだろ。買ってやるよ、十円でな」


「冗談じゃないよ。……プークスクス」


 こんなのが“飛車”? こんなジェイドを倒しても自慢にもならないし、放っておいてジェイドの評判を下げたり、レイに倒させる方が楽ちんだ。

 だが五泉、ヒトミ。互いに互いを見下し合い、それでも利害の一致はある。ジェイドは人質だ。清廉潔白で真に“国宝”となったジェイドが醜態を晒し続ければ、いずれ親父が出てくるだろう。


「それじゃ頼むよ」




 〇




 大泉中央公園! 中央公園という名前ながら、隣接するのは埼玉県の和光樹林公園と練馬区の大泉地域の端にあたる!

 ここが音々のベストプレイスだった。大学生時代からここでヒーローショーの練習をし、今では動画を撮り、アクションやセリフの練習もしている。コアな音々ファンからは“聖地”と呼ばれている。

 セミの鳴き声の帳は夏特有の湿気を伴い、帳というよりも濡れた布がまとわりつくような不快感を与える。


「様になってきたな」


 唯愛と若葉のアクションの練習を見て、少し腫れた瞼でフジは言った。二人は動画の中で戦うが、実際の格闘技は必要ない。撮影される角度から戦っているように見えればよい。

 やはりここでも唯愛の技術は若葉の数段上を行く。映える動きを心得、カメラの存在を意識して見せ場を作る動きがインプットされている。一方の若葉は唯愛と戦っているつもりだ。違うのだ。観る者が「戦っている」と思えばよい。ヒーローショーは格闘技ではない。必要なのは格闘に見えるトリックだ。

 その練習の様を実際に万城目が撮影し、音々とフジはファインダーを覗き込んだ。万城目の撮影もアクションを際立たせるためには不可欠な技術であり、万城目次第で出来栄えは変わる。その万城目も静止画から動画の動きにコミットし始め、注目させたいポイントに視聴者の目を誘導出来るようなカメラワークを実践で身につけ始めている。


「万城目さん、ちょっとフジさんと二人で話したいの」


 承知です、と言って万城目は席を外し、音々とフジは互いにしか聞こえない声量で会話した。


「川越に出たの……。あれ、初代アブソリュートマンじゃないよね?」


「ん?」


「あれは初代アブソリュートじゃない」


「音々さんは何で気付けた?」


「やっぱりそうなんだ」


「俺もあれはニセモノだと思う。だが言語化出来ねぇ。論理的にあれはニセモノだと説明する根拠と術がない」


「フジさんと初代アブソリュートマンは伯父と甥の関係だよね」


「話したことはねぇがな。あけましておめでとうございます、とか、こんにちは、とか、その程度だ。すぐに親父と一緒にどっか行って、二人で話してる。俺は初代伯父さんのことはほとんど知らねぇ。ヒーローとしちゃそれでいいかもしれねぇよ。正義の偶像、無敵の救世主。だが人間としてはちょいと疑問が残るぜ。あれは本当に心を持つ一人の人間なのか?」


「わたしはそうだと思う」


「面白そうな話だ。聞かせてくれよ」


「わたしは……。昭和の時代にこの地球で戦った初代アブソリュートマンとアブソリュートミリオンにずっと憧れて、そのアーカイブを観てきた。令和になってアッシュ、ジェイド、レイをリアルタイムで目撃した幸福なオタク。ミリオンのアーカイブを観た時も……。ところで、ミリオンって呼んでいいの? お父さんだよね? ミリオンさん、とかの方がいい?」


「ミリオンでいい」


「初代は淡々としていた。だからアブソリュートマンってそういうものかと思ってたけど、ミリオンの気迫、ジェイドの優雅、レイの熱気、アッシュの洒脱を見て、アブソリュートマンにも心や理想があるんだってわかった。だから初代の人物像を考えてみた」


「答えは出たか?」


「意外と意地っ張りなんじゃないかな」


「意外過ぎるぜぇ」


「意地っ張りというか、かっこつけしい。アブソリュートマンってみんな必殺技があるでしょう? 初代の場合はファクティウム光線ね。で、カウントしてみたの」


「もったいぶるねぇ。だが転がされちまう。面白いぞ、この話。何を数えてみたんだ?」


「ファクティウム光線がフィニッシュになる確率。いろんな技を使うけど、初代がファクティウム光線を使うと敵は必ず死ぬ。まさに必殺。でも映像に残る限り、ファクティウム光線はウルティメイトネフェリウムやレイレイザーキャノン程の威力はない。この話を面白いと言ったね。じゃあもう少し焦らす。川越に現れたのが本当に初代なら、あの場面でファクティウム光線は撃たない」


「……一撃で兄貴と姉貴を仕留めきれない可能性があったからか」


「ご名答。初代はファクティウム光線でとどめを刺すために格闘技……プロレスと空手の泥臭い技を使い、各種超能力で敵を弱らせる。確実にファクティウム光線でとどめをさせるまで。将棋のように徐々に詰め、王手をかけるまでファクティウム光線を使わない。だから、威力ではウルティメイトネフェリウムやレイレイザーキャノンに劣っていても、アブソリュートマンの必殺技といえばファクティウム光線なの。そういう風に初代がプロデュースした。もちろん、出て来ていきなり必殺技で終わらすのは観ている側もつまらないと考えたのかもしれないね。だからわたしの意見では、初代は見栄っ張り、意地っ張り、でも照れ屋。無口で最強な自分をカッコいいと思うけど、それがバレたくないから誰とも話さない」


「推測が暴走しているが……。ファクティウム光線を必殺技としてプロデュースした、というのは有力だと思うぜ。観ている人間を楽しませていたのかは知らねぇが、ファクティウム光線の致死率が百パーセントなら文字通りファクティウム光線は救いの光だ」


「答えは藪の中」


「面白いし名考察だが、あんまり人にこの話するなよ」


「なんで?」


「どこにニセモノがいるかわからねぇ。次からは学習されるぞ。だが、一つ分かったことがある」


「聞かせて」


「ニセモノの正体は音々さんじゃねぇ」


 もし音々がニセモノの正体だったらやってられない。フジは初代の人物像を考えることすら放棄していたのに、音々は数少ない情報から推測と、推測が暴走した妄想を膨らませた。そこに愛はあった。

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