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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第1章 さすらいの星クズ
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第2話 地球人ダイスキ!

「たまぁに俺がメイド喫茶に来る理由は何だと思う?」


「なんですか?」


「キャバクラに女子高生はいないけどメイド喫茶にはいるからだよォ。ヌキはねぇが。芦屋(アシヤ)ちゃんも酒は飲めないでしょ?」


「お酒はダメなんです」


「どぉせ芦屋ちゃんも酒を飲めるようになったらダメなホストに貢ぐために稼ぐようになるんだよ。ダメなホストだからアタシが支えなきゃって」


 不二(フジ)(カケル)

 職業は正義の戦士? 好きなものは酒、タバコ、女、ギャンブル、金! 嫌いなものは特にない! この世に酒、タバコ、女、ギャンブル、金が絡んでいないものなどないからだ! だからフジはこの地球の全てが大好きだ!


「俺はドンペリ入れちゃうもんね! タバコもこんなちょっとしか吸ってないのに次のに火をつけても全然余裕ゥ。ハァーハッハッハ! 無敵だ……。今の俺は無敵だ!」


 フジ・カケルの正体は、約五十年前、地球と日本を異星人の侵略から守り続けた伝説の英雄“アブソリュートミリオン”の息子“アブソリュート・アッシュ”だ。彼が何のために地球にやってきたかはまだお伝え出来ないが、地球人や多くの異星人にからすればまさしく“無敵”な能力、戦力を有している。そのフジは、先日の賭場荒らしで一千万円もの大金を手に入れた。、一千万円は日本で人間のフジ・カケルとして過ごす彼に、にわかに無敵に近い感覚を与えていた。何しろ養う家族も家のローンもない。一千万円全てが彼の金だ。誰かのために使う金額などビタ一文ない。


「ハァ……。芦屋ちゃんは不老不死に興味ある?」


「ないですねぇ」


「一緒一緒! 限りがあるからいいんだよ! 金だって限りがあるから楽しく使える。何にも金を払わなくていいです、なんて言われたら何も楽しくないぜ。生命も一緒だ。限りがあるから楽しいんだ。だから俺はサブスクもやらねぇ。イチイチ金を使う。だが、限りはあるが上限がデカいってのは最高だ。そういうことで、見てくれ俺の財布!」


 フジはメイドの芦屋に自分の財布の中を見せてやった! レンタルビデオ店の会員証やキャッシュカードはあるが、クレジットカードやモテ男がいざという時のために使うゴム製のグッズはない。


「空っぽですけど?」


 芦屋は目の色を変え、店の隅にいたコワモテの店長に目配せする。


「まぁ急ぎなさんな」




 〇




「お、望月さんが勉強してますな。珍しい」


「ちょっとね」


 望月(モチヅキ)(カナエ)

 職業は大学生。好きなものは自分のことが好きな人。嫌いなものはたくさんあるが、特に嫌いなのは頭を使うことと難解なことと自分のことが嫌いな人だ。


「しかもその本は『アブソリュートミリオン』の入門書ですな。やっと望月さんもワタシたちのジャンルに興味を持ってくれて嬉しいですぞ」


「ヨシダさん、結局アブソリュートミリオンってなんだったの?」


 ヨシダ、ナカムラ、タミヤ、マツモト、ホウジョウ、ミヤネの六人が鼎の所属するオタサー“超常現象研究会”の会員だ。彼らの好きなものはSFとオカルト、そして自分たちの姫である鼎だ。もちろん、SFとオカルトの極致であるアブソリュートミリオンの研究も欠かさない。鼎がようやく超常現象に興味を持ってくれて、ヨシダも嬉しいのだ。何しろ自分たちの姫は、目の下にクマを作り、肌が荒れるほど熱心にアブソリュートミリオンの研究を始めたのだ。それでもかつての鼎のように一線は越えられない。そうでなければ鼎も姫ではいられない。


「アブソリュートミリオンは英雄ですよ。異星人や怪獣の侵略から地球と日本を守った伝説の大巨人。その正体は異星人とも、荒ぶった土地神とも言われています。世間では結局暴力で解決したバケモノとか、異星人の侵略から地球を守り、異星人がイメージダウンする中で唯一株を上げた皮肉な異星人とか、自分以外の異星人を締め出したとか、トンデモでは全部自作自演とか抜かすドアホもいますが、ミリオンが最強なことに変わりはないです。現在では異星人の犯罪は皆無とか警察は言っていますが」


「そうなんだぁ。正体って誰?」


「正体? そんなものあるんですか?」


「ほら、地球人に変身してたとかさぁ」


「面白い冗談ですな。質量保存の法則というのがありまして」


「じゃあ正体が地球人とか、そういうことはないんだね」


 鼎が目の下にクマを作ったのは“超常現象研究会”に歩み寄ろうとしたからではない。その場しのぎで異星人ヤクザから奪った一千万円を洗濯するとは言ったものの、鼎はそんなに頭がいい方ではない。死ぬ気でマネーロンダリングの方法を調べなきゃいけないし、異星人ヤクザの復讐も怖い。異星人ヤクザの復讐から身を守ってくれるはあのフジ・カケルだけだ。フジ・カケルの正体が本当にアブソリュートミリオンの息子なら、異星人ヤクザの復讐にも対抗出来る? だが鼎はアブソリュートミリオンのことなどよく知らなかった。最強の戦士とされているが、それは異星人ヤクザよりも強いのか? フジは簡単に事務所のヤクザを蹴散らしたが、「雑魚狩りだけしてるやつは雑魚」なのだ。


「ん?」


 鼎の携帯が鳴る。


「ごめんねヨシダさん。また今度、話聞かせてね」


「おっふ彼氏ですかな?」


 こういう冗談風牽制かけてくる自虐人間って本当にイタいんだよなぁ。

 鼎はダッシュで大学を飛び出し、かなりの金額になっている駅のコインロッカーからボストンバッグを引っ張り出して電車に乗った。人はこんなに自分を見ていただろうか? 一千万円の入ったボストンバッグには米軍予想の天気図の矢印みたいに電車内の注目が集まっているように感じる。この中に異星人ヤクザがいるかもしれない……。だからこそ鼎は駆ける! フジなら! フジならバイオレンス事案からは守ってくれる! 鼎は、フジに呼び出されたメイド喫茶の扉を渾身の力で開いた。


「なぁ? マジで来たろ? これが俺の新しいアイテム、呼べば来る財布だ。さっきから何度も言ってんだろ? 金はあるんだよ」


 足を組み、カウンターに肘をついたフジは高笑いしながらタバコをグラグラ揺らす。カウンターには既に空っぽの酒瓶がトロフィーのように並んでいる。走ってきたせいで荒れた呼吸を繰り返す鼎はフジを睨みつけた。

 自分が曲がりなりにも勉学に励み……。生きるために本来興味のない分野を研究し、恐怖に耐えて暮らしてきたというのに、「呼べば来る財布」扱いか……。


「フジィ……さん」


「何だ?」


「これでわたしの身は守ってくれるんですよね?」


「まぁな」


 タバコを灰皿に押し付けたフジは鼎から札束を受け取り、まるで犬にビーフジャーキーでもやるかのようにレジに投げつけた。


「いくらあるかは知らねぇが釣りはよこせよ。いくらあるかわからねぇ。つまり釣りも店次第ってことになるが、また来るねぇ芦屋ちゃん」


 雑居ビルの階段を千鳥足で下るフジを支え、通りの空気を吸い込む。これがシャバの空気なのか? 自分は二度と健全な空気を吸えないのではないだろうか。


「ちょっと大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫。俺んちこっちだから」


 ふらつくフジのそばを歩いていると、急に人の密度が上がり、騒がしくなってきた。子供がケタケタ笑う声がする。


「屋台か」


 どうやら今日は神社でお祭りらしい。こんな酔っぱらった犯罪者の宇宙人と一緒に来たくなかったなぁ。自分が大学生になる頃は、イケてなくても自分が一緒にいて幸せだと思える相手と楽しいと思える場所に来られると、十八歳の時までは思っていた。


「鼎」


「何? ……ですか?」


「これ買ってやるよ」


 フジは近くにあった屋台でアブソリュートミリオンのお面を買い、鼎の顔に被せてやった。


「これは悪くねぇ手だ。偽札対策バッチリ」


 お面は一つで千円。一万円札で払ったフジは“きれいな”千円札を九枚受け取ったことになる。電卓で勘定をしているようなお祭り屋台に異星人が金庫で保管していた金がニセモノか見破る術などないだろう。


「ハァ……」


「あの、フジさんは本当にアブソリュートの戦士なの?」


「そうだよぉ。親父はみなさんご存知アブソリュートミリオン。姉貴はアブソリュート・ジェイド。兄貴もいたが、あいつのことは忘れた方がいいと言われた。伯父も叔母も祖父母も親父の教え子もみんな揃って正義の味方さ」


「フジさんは全然そんな感じじゃないけど……。アブソリュートの戦士って大きいんじゃないの?」


「俺だってその気になればデカくなるさ。下ネタじゃねぇぞ」


「でも質量保存の法則っていうのがあって」


「え、お前さんらまだ質量保存の法則とか言ってんの? ウケる」


 フジはビールを買って一気に飲み干し、神社の広場で腰に手を当てて空を仰いだ。


「なんで地球に来たの?」


「酒は美味いし姉ちゃんはきれいだしAVは最高だし、天国だからだ。地球人ダイスキ!」


 フジは強引に鼎の手を掴み、そばに引き寄せた。


「まだ死にたくねぇならそばを離れるな。それからお面をつけておけ」


 ヤバいヤバいヤバい。周囲を見渡すと、日本人には似合わない金髪にジャージの男性が何人もいること、そして彼らが自分たちを中心に台風の米軍予想図のように収束していっていることがわかった。鼎は顔がバレないように必死にお面を顔に押し付ける。プラスチック製のミリオンのお面の向こうでは、大柄でマフラーを巻いた男が一歩前に出てきている。


「おいおいおい。ご機嫌いかが? ヤクザさん」


「おいフジィ……。一千万返せとは言わん。それはくれてやる。組もフジ・カケルには手ぇ出すなってことで一致してる。だが俺の気が収まらん。金は返さなくていいから死んでくれ」


 幹部の男が指を鳴らすと、フジと鼎を取り囲んだジャージたちが拳銃を抜いた。


「セッ!」


 フジが掌を地面に向けるとフジと鼎の体は急上昇、見えない足場のエレベーターに乗ったように浮かび上がり、ジャージたちの銃口も空に向かう。鼎は片手でお面を抑え、もう片手をフジに絡みつかせてスカートを抑えた。


「これなら守るのが楽だ」


 円錐状になったジャージたちの弾丸の軌道は、その頂点に立つフジの足元で弾かれ、狙われている二人に当たることはなかった。二人の真下に焼けた弾丸が積もっていく。


「これで信頼に足るか?」


「え、何がだすか?」


「おいカッペになってるぞ。ビビりすぎだろ。見てわかるだろ? 異星人ヤクザ如きじゃ俺には歯が立たねぇ」


「ハイ……」


「気ぃ済むまでやらしとけ。直にわかるだろ。フジ・カケルには何をやっても無駄でしたって」


 二人の足元にはまるで逆に雨が降ってきたように弾丸が撃ち続けられる。空に向かって弾丸の雨が降ります、なんて米軍予想の天気予報でも当てられないだろう。だがヤクザももう無意味と察したのか気が済んだのか、空しく銃を震わせるがもう引き金を引かない。そして踵を返し、ジャージを連れて撤収した。


「ガキのオモチャなんざ効きゃしねぇよ。じゃ、お祭りを楽しむとするか」


 ゆっくりと足場が下降し、鼎は生きて再び砂利を踏めた。弾丸交じりではあるが……。


「こいつも効かないか? フジ・カケル」


 背後から聞こえた声に、フジはため息をして腕を組み、メガネのフレームを掴んだ。木陰からまた一人、拳銃を持った男が現れる。長身で引き締まった筋肉質の体に黒一色のスーツを纏い、鋭い目つきに不機嫌なへの字の口だ。


「弾頭はエウレカ・マテリアル製。地球人が扱える最強の物質だ」


「それはきくな、和泉」


 和泉(イズミ)(ガク)

 職業は警察官。まだここまでしか明かせない。好きなものは正義、理想、行動、トレーニング、アブソリュートミリオン。嫌いなものはフジ・カケルだ。


「フン、今日のところは見逃してやる。お嬢さん!」


「へぇ」


「どうした? カッペになってるぞ。まぁいい。そのガキは悪人だ。あまりそいつに関わるな」


「へぇ……」


 お面を顔に押し付けながら鼎は震えた。だが和泉と呼ばれた男も何事もなかったかのように、また木陰からどこかに消えていった。


「あんた一体なんなのよ! 金は盗む! 異星人はぶっ飛ばす! お次は超能力ときたわ! ヤクザがあんたを撃とうとしたんで助けを求めたわ! そしたらわたしまで変な黒服にマークされる身よ! 一体何が何なのか教えて頂戴!」


「和泉は警官だ。ナントカっていう異星人犯罪専門のお巡り。だがやつの行動はお前さんに二つの答えをくれたはずだぜ。一つ。俺は警察に捕まらない。二つ。和泉はヤクザに囲まれた俺たちを放置した。やつは俺ならヤクザをなんとか出来るとわかってた。つまりお前さんは安全だってことだ」


「じゃあマネーロンダリングの必要なくない!?」


「……いいとこついてきたな。無敵のフジ様の唯一の弱点は何だと思う?」


「頭脳と品性」


「正義とアブソリュート一族だよ。さっきも言ったろ? 俺はアブソリュート一族。全員正義のために尽くしてきた最強の戦士。そいつらが積み重ねた正義と信頼の数字は絶対だ。アブソリュート一族と言えば正義。その行動には一点の迷いも曇りない。例え市街地で怪獣や異星人をブチのめそうが、首を刎ねようが目玉を潰そうが正義執行のための行動だと誰もが納得する。その保証がある。そんな一族の俺が何をしようが、周囲は“正義”としかとらない。逆オオカミ少年だ。だから和泉も俺をマークしても逮捕も攻撃も出来ない。俺を取り締まれるのは俺と同じアブソリュート一族だけさ。だからアブソリュートの星にバレないように金を洗えってことだ! みんな言ってるぜ。アブソリュート・アッシュは一族の恥、究極のクズ、“アブソリュート・トラッシュ”だってな。だが正義の味方しかいねぇアブソリュートの星に俺なようなやつを裁く法はねぇ。俺を取り締まる法律がアブソリュートの星に出来るまでは、ケチつけられねぇように立ち回るって訳よ」


「ホントにあんた……。何しに地球に来たの?」


「酒は美味いし姉ちゃんはきれいだしAVは最高だし、天国だからだ。地球人ダイスキ!」

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