第73話 あるがままの心で
「ヘイ、メロン。人口密集地だ。どうにか出来ないか?」
「フジくん、フォックス、暴れるミストレブルを同時に転送するのは狐燐では出来ないかも」
「そうか、ならいい。ダメで元々だ。ミストレブルが全力で暴れるなら、どこだろうと大災害は免れない。聴いてたか、顕真。手早く頼む」
カチ、とライターで火を打ち、フジは路上喫煙を開始した。ふぅーっと吐いた煙はいつも以上に大きく濁った。ミストレブルの冷気で息が白くなり始めている。
「怪獣化するぞ、の脅しがよぉく効いちまう」
「素早くやろう」
顕真は真っ直ぐに右腕を伸ばし、手首を返してキツネ型に組んだ指の双眸、つまり中指と薬指の爪がタスクを捉える。つやつやと輝くきれいに手入れされた爪だ。
「レックジウム光線ッ!」
「アビィッ!」
タスクが荒く腕を振る。顕真は咄嗟に腕で顔をかばった。その後ろではスウィーツを楽しもうとしていた女の子のフォークが予想外の固さのモンブランに弾かれ、大学生のペットボトルはいくら傾けてもお茶が出てこなかった。近江町市場で生物を買ったおじさんは、冷蔵だったはずのカニが冷凍になっていることに混乱するだろう。
タスクのそばにいたフジ、顕真、共に肌の露出が少ないことが幸いしたが、フジのメガネはぼっと曇ってしまった。この場は顕真に譲っておいてよかったと、フジは心底安堵した。ミストレブルは自分の天敵だと理解したのだ。この不安定な冷気でいちいちメガネが曇っていては常時視界不良、メガネを外せば五感の一つを失うこととイコールになる程視力が弱い。そしてこのまま低温が続けばメガネの金属製のフレームでこめかみに凍傷を負う。さらに怪獣化されるとアウトなレベルの大災害怪獣だ。
「僕を誰だと思っている? 知り合いのロシア人から習った軍隊式暗殺格闘技も当然難なく習得している。雑魚次男は落ちこぼれだとネットでも山程エビデンスを得ている。無論、ジェイドやレイも僕の敵ではないがね。それにフォックス。お前はアブソリュートですらないんだろう? 簡単なんだよ、お前らを始末するくらい。二人合わせて、四捨五入で経験値がようやく1になるスライム未満だ。机上の空論とネットのエビデンス、そして言うまでもなく相手はこのミストレブル。それだけで勝負は決まっている」
……。
「言うまでもねぇな」
実際に生き抜いたのも、戦い抜いたのも自分たち。
何度も顕真にリマインドされた言葉を今更フジが顕真にリマインドする必要はない。失礼な程に無用だ。顕真が姉と同年代だとすれば、フジの倍以上は生きている。多くの敵と戦い、アブソリュートですらないのにアブソリュートを名乗る重圧に打ち勝ってきた顕真が、今更ミストレブル程度の相手との種族差に臆する訳もない。種族上は野干とミストレブルでも、大黒顕真とこのニートでは個体としてのレベルが違う。
この戦いが終わったら、さぁ、何から話そう? まずは地獄旅行の帰り道を案内してくれた礼にカニでも買ってやろうか。
「だがやはりそいつはミストレブルのようだな」
「知ってる。むしろ、お前たちは知らなかったのか」
「後で訊かせてくれ。ミストレブルだぞ。重要だ。やっぱ急いでくれ顕真。何しろ寒いし、そいつが暴れて近江町市場が閉まるとせっかく金沢に来たのにもったいねぇ。密着してあんまり冷気を飛ばさせないようにしてくれ」
「混んでるだろうな、近江町市場」
「どうだろうか? ゴールデンウイークも過ぎたし、平日だし」
近江町市場が混んでいると心配なのは、被害が出るからではない。待ち時間が長くなるから……。
「……。カケル。お前は地獄で手の内は全部出し尽くしてしまったのか?」
「まぁな」
フジは指折り数えた。Δスパークアロー、カミノフル、強化形態、ゴア族カンフー、アブソリュート拳法、拳銃。全て出し尽くしてしまった。
「お前とはフェアな戦いがしたい。その誠意だ。フォックスvsミストレブル。よぉく見ておけ。地獄に行ってもこんな面白いショーは見られないぞ」
顕真は腰のフォックスゲートを抜き、手品で指の間にリーフを出現させた。誰の力も借りずに……。誰の力も借りずに? いや、逆だ。変身の素材としては誰の力も借りていないが、アブソリュート・フォックスのリーフは顕真が最後に手に入れたリーフ。そこに至るまでに出会った燈、夕希。そして数々の好敵手。それが、アブソリュートを名乗っても笑われず、笑ったやつには思い知らせてやる実力を与え、アブソリュート・フォックスを作った。
「アブソリュート・フォックス! “ネイチャー・ウォーカー”!」
白狐のサイドキックがタスクを大きく蹴り飛ばし、ダイヤモンドダストをパラパラと散らせながらニートレブルはビルの外壁に叩き付けられて冷気でガラスにヒビを入れた。だがさすがミストレブル。この程度では体はビクともしない。ダメージはない。
「こぉの……」
「スワーッ!」
串刺し式のヤクザキックが脂肪の層を穿つ! 狙いすました一撃は内臓にも多少響く。人体の構造上くの字に折れて壁面から離れたタスクの横っ面に、糸を引くような後ろ回し蹴り! 親父にも殴られたことのないニートはバキバキとコンクリを削りながら横に飛ばされ、定礎の石板に足が引っかかって手裏剣よろしく横回転しながら少し浮かび上がり、受け身も取れずに頭からコンクリに落下し、上下逆さまになってオーブンに送られる七面鳥のように両足を天高くつき出した。
「レックジウム光線・Γッ!」
ZAP!
主のオーダー通り、エメラルド色の光線はタスクの右膝、右足首、右太ももを撃ち抜き、関節と動脈に傷をつける。タスクは四つん這い……いや、傷を負った右足を浮かす三つん這いの体勢になり、怒りで唾液を滴らせながら顕真を睨みつけた。
おぉ……。これは本当に野干vsミストレブルの戦いか!? ただ人に化けられるだけのキツネと、高度な文明を一日で滅ぼす危険な怪物の戦いか!?
ありえないシナリオ! 怪物に試練を! 白狐の戦士がそれを描き、それを演じた!
「これで終わると思うなよ……」
「俺が強くなったのか、それともカケルの言う通りお前という個体が弱かったのか。どちらかはわからないが、俺のアトミック・ハートが不完全燃焼なのは確かだな」
外すはずもない至近距離で指のキツネの目がタスクの目を覗き込む。獲物の目は浅い。とても浅い目だ。だからこそ危険である。……顕真はそう、己にリマインドしなければならなかった。
「後者でないことは確かだ。このニセモノがぁ!」
「ならばロシア人から習ったご自慢の軍隊式格闘技でも見せてみろ」
顕真らしくない、揚げ足を取るような安い挑発は厚い雲を吹き飛ばす猛烈な稲光にかき消された。形容しがたき邪悪な何かの混じった黄金色の電光は、姿を変えたタスクの髪にも反映されている。顕真は慎重に距離を取り、フジに目配せをした。問題ない。フジは既に周囲の環境と人の流れを確認し、必要な場所にバリアーを張る準備を済ませている。この戦いの見学者というには、顕真に有利な見学者だ。
落ちた稲妻を吸収したタスクは穴の空いたズボンから無傷の肌を覗かせ、両足で大地を踏みしめて顕真にメンチを切る。
「後学のために、その姿と現象について訊かせてもらおう」
「……エントレブル。風禽怪獣ヴェンレブルを超えし嵐禽怪獣ミストレブル! それをさらに超えるのが、雷を操る雷冥怪獣エントレブル! まだ、僕しか確認されていない姿だ!」
「……」
なぁんかイマイチ、テンション上がらないんだよなぁ。だが強化形態まで使っちゃったし……。だがそのエントレブルとやらがミストレブル以上のスペックであるならば最早クジーに並ぶかそれ以上。でもテンションが上がらない。
「贅沢かもしれないが、この俺ともあろう者が敵を選り好みすることってあるんだな。まるでお前だ」
本当にミストレブル以上なら地球がヤベー。数日で世界が焼き尽くされるだろう。それでも地獄で戦ったエックス、ノーヴェンバーで戦ったギャモン、あの夏の日の稲尾獅狼程滾る相手ではない。
こいつを倒しても“アブソリュート・フォックス”は作られない……。夕希の品性、燈のカリスマ、獅狼の矜持、ギャモンの根性、エックスの勢い。……フジの重圧と悲哀、そして抵抗。そういった顕真にとって糧になるものをこいつは持っていない。
……。
タスクは腕に雷撃のエネルギーを溜め、横薙ぎに腕を振るう。
「アビィッ!」
ほらな。
「地獄で見たエックスのラリアットとは、比べるのもおこがましい」
ロシア人から習ったかもしれない大振りのラリアットを楽々躱して足を払い、倒れる側頭部に狙いを定めて鉄拳を振り下ろす! メシッと骨が軋む感触! 今のタスクは冷気と電撃の二刀流になったようだが、肉体のスペックは速度も耐久力も変わっていないという情報が、拳から顕真の脳へ伝えられる。
「アベベベ……」
「レックジウム光線・Δ!」
バックステップしながらエメラルド色の矢じりの連射! 血を先端に塗った飛箭が後方へと抜けていく。顕真は手を止めることなく攻撃を加え続けていく。タスクの攻撃は当たらず、顕真の攻撃は全て会心となる!
勝負にならない! やはりこのエントレブル(笑)が弱すぎたのか? それとも顕真が強すぎるのか? 両方かもしれない。狙いすました一撃で急所を射抜き、敵の隙をデザインして流れるような連撃。それを可能とする身体能力、追撃の光線技。理論上はどれも鍛錬の果てに身につけられるものだ。あくまで理論上は……。だからこそ、それが出来る顕真はまぎれもなく超一流。だが、そう遠くない未来に自分がこいつの相手をしなければならないと思うと、不思議と……。ネガティブにはならなかった。
碧沈花の気持ちが分かった気がした。フジは自分の人生を回顧する。挑戦らしい挑戦をしたことがなかった。今度は指折り数える必要はない。戦わねばならぬ、勝たねばならぬ、超えねばならぬ! それでいて切迫せず、心地よい緊張感をもって戦えたのは、碧沈花との三戦目と紅錦鳳落との二戦目、あとは、まぁエックスも入れてやっていいだろう! その程度だ。
「タスク!」
羽毛のポータルがパフっと開き、スーツに身を包んだ聖透澄の登場だ。満身創痍で倒れるタスクとつかず離れずの距離で、彼自身もどうしていいのかわからないような表情だ。見捨てるべきクズ息子なのか、それともやはり息子であるのか。しかし助けには入らない。
薄々感づいてはいた。ミストレブルということは、ヴェンレブルである透澄の関係者。スカー、ハンマー、ヒトミのような血縁のない部下の悪事なら、最悪会社ごとでもトカゲの尻尾に出来たかもしれないが、血縁者ともなると切り離そうとするならば透澄も出血覚悟だ。それに、スカーが口を滑らせたようにヒジリ製菓と異星人反社には繋がりがある。
フジは透澄が出てきたことに安心していた。スポンサーだろうと叩き潰さねばならない。だが、その大義名分がなかった。あとはこのニートレブルと透澄の関係でヒジリ製菓の社会的地位にとどめを刺せる。
「メロン」
「わたしは大丈夫」
「なら、いい。顕真! そいつはお前さんの言った通り、何の背景も持たねぇ空っぽの人間のようだ。下手に刺激する前にとどめを刺そうぜ」
その瞬間、フジの背中に柔らかい感触が触れ、甘い匂いを鼻腔が、温かな吐息を肌が、耳障りな声を耳が捉えた。
「随分とお義兄ちゃんに懐いちゃってェ」
「失せろゴミカス。てめぇのツラぁもう見たくねぇぜ。俺が振り返る前に消えろドブウサギ」
フジの背後から肩を回し、胸を背中に押し付けてやるのがヒトミのお気に入りの嫌がらせだ。
「ん? おいてめぇマジかよ。犬養と戦うまではでしゃばらねぇ約束じゃねぇのか? そこまで落ちたか。犬養まで蔑ろにしててめぇに何が残る?」
「なぁんのこと? わたしは戦ってないよね、君とも、顕真くんとも」
「一生そうやって抜け道だけ探してろ。メインストリートを歩くな」
「見ものだねぇ。解説してあげるよ、わたしがね」
「ンだと?」
「理性では理解しているはずだ。一つ。聖一家はヴェンレブル。二つ。地球にはミストレブルがいる。アメリカの領空侵犯をしたミストレブルがね」
「それがあいつだと?」
「どう考えるかは君次第だ」
ここでヒトミはアメリカとの約束を破った。領空侵犯をしたミストレブルはタスク。それはリークしないはずだ。だがヒトミならこう言い返す。「アメリカはハンマーを援護してくれなかった」。反社と付き合いのある反社同然のチンピラとアメリカの機密情報のトレード? トレードではない。あれはヒトミによるアメリカ脅迫だった。だがアメリカにも意地がある。ここで機密をバラされれば、アメリカはもうヒジリ製菓を放置出来ない。ヒトミも含めて。
「導架ちゃんをご存知?」
「ファッキン人造人間だろ」
「あのミストレブルは、その導架ちゃんたちをファックしていた」
「何?」
「コスプレをさせ、性欲処理のために使っていたんだ。ありとあらゆるコスプレをさせて。わたしのコスプレもいた。イツキちゃんも、メッセも、虎威狐燐も……。もちろん寿ユキも」
「ブッ殺せ顕真!!!!!」
最早信頼や擁護など味方でも出来ない鬼畜中の鬼畜、ウソつき中のウソつき因幡飛兎身。いや、もう親からもらった名を名乗ることすら親の顔に泥を塗る鬼畜のスターバックス。それでもフジはその鬼畜の言葉を真に受けてティファールも真っ青になる速度で真っ赤に沸騰した。
「落ち着けカケル。チャンスだ」
「ああ!? お前さんの元カノだぞ!」
「深呼吸しろ。そして、お前が地獄で使ってしまった手の内を数えろ」
意図は掴めなかったが、フジは顕真に促されるままに地獄で使ってしまった自分のレパートリーを数えた。鬼畜とのコントラストではなく、顕真は優しく頼れるという確信がある。加えて人生経験も豊富だ。従うほかない。Δスパークアロー、カミノフル、強化形態、ゴア族カンフー、アブソリュート拳法、拳銃。
「怒りの感情は六秒で去る。お前の豊富なレパートリーを数えればあっという間に過ぎる時間だ。頭は冷えたか?」
「なんとかな」
怒りのメカニズムかどうかは知らないがあぁら不思議。顕真の言う通り、フジの怒りはだいぶ薄まり、顕真の言うチャンスの意味を理解出来ていた。転がされるふりをして鬼畜をインタビュー。ヒジリ製菓と鬼畜の隠し事を探るチャンスだ。ただ、ウラのかき合いや口の達者さ、悪意を燃料にする鬼畜の口車には敵わない。だが激高したままならば得られる情報はゼロだ。
「……」
「どうしたの? チャンスの時間でしょ? 望月さんを口説いた時はどうしたの?」
「悔しいが俺はてめぇより頭も口も切れ味が鋭くねぇ。だから真っ向から訊く。てめぇは、転職先が決まったのか?」
「ノーコメント」
「そりゃねぇだろ。口説かれるつもりで出てきたくせに」
「これだけは決まっている確定事項。イツキちゃんとはわたしが戦う。だからここで君とは戦いたくない」
「まるで俺と戦えば負けるような言い草だ」
「違うの?」
「……」
「はは。同じように帰る手立てのない絶望的な場所、そして自分を自分と定義出来ない霧消の状態から戻ってきたシンパシーやリスペクトを感じているというのなら、君はもう“トラッシュ”じゃないよ。お世辞でも言っちゃだめだよ、一人で帰ってきたてめぇはすげぇよ、なんて」
「胸の内に留めてく。……リスペクトか。そういやあの人が言ってたな、気迫、敬意、忠義こそ人の道だ、と。その偉人をだ。暴力の道を捨て、贖罪のために生きる無抵抗のあの人をだ! てめぇはボコボコにしたらしいな」
「それは正直、スマンかった」
鳳落を病院送りにしたこと、沈花の墓を荒したこと。鬼畜の咎は掘ればいくらでも出てくるが、今はそれを罰する時間じゃない。フジは必死に自分に言い聞かせた。では何を訊けばいい? いや、逆だ。鬼畜は、何を答えたがっている? 何を明かそうとしている? その答えから逆算して質問しなければならない。
「式はなりたってる。言質が欲しい。あのニートレブルは、聖会長の家族か?」
「イエス。彼の名前は聖佐。聖透澄のご子息。女子中学生の見た目の人造人間の少女に性的虐待を加えるなんて序の口のクズ中のクズ。知れば君はやっぱり“トラッシュ”なんて名乗れない程のクズだ」
「聖会長の息子は四十万一人じゃないのか?」
「幼少期から手の付けられないクズだったタスクは、聖会長がその存在はなかったものとして扱い、社会的に抹消した。そしてタスクは自分の存在を世に明かさないための口止め料に、導架ちゃんとお金を集っている。誰が産めと頼んだ! 産んだからには責任を取れ! ……このクソッタレの社会に産み落としたことへの正当な慰謝料だそうだ、お金も、導架ちゃんも。でも聖会長はそれを選んだ。人格破綻者のミストレブルを野放しにするよりは賢明な判断だ。社会的地位のキープやシズマの邪魔者排除以上に、ただでさえヤバいミストレブルの中でもよりヤバいタスクを隠すことはね」
「……」
アブソリュートミリオンは子育てに失敗した。
そんな心無いことをいう輩もいる。長男のレイは義務教育を放棄した不良。次男のアッシュは出がらし。長女のジェイドでお釣りが来るが、ジェイドを育てたのはミリオンではなくプラ、などと……。だがレイが帰還と改心を遂げ、正当に育てたアッシュが台頭しゴッデス・エウレカSCから大金星を挙げるともう誰も文句は言わなかった。
レイも一時期はアブソリュートの星でタブー扱いではあったが、積極的に話題には上げずともミリオンはレイを貶めたりはしなかったし、不出来なアッシュをきちんと可愛がった。アブソリュート六大レジェンドのナンバーツーという立場、それもナンバーワンの初代アブソリュートマンが無口でマイペースで社会性ゼロな旅人な上、現在はホワイトカラーのミリオンは事実上レジェンドのトップだ。それでも不出来な次男を恥とは思わなかった。
「どう思う?」
「何がだ」
「期待していた有望な長男が死んだと思ったら、急に次男は役割を与えられ、世界の警察の敷地内を走り回って挑発し、宇宙最強アブソリュートの七、八、九番目の戦士にケンカを売らされる。これは果たして捨て駒? 体のいい始末? だってわたしが言わなければ、君はタスクが会長の息子だと確信することは出来なかった」
「今だってしてねぇよ」
「でもこの情報の証拠を探るでしょう? ……ンフフフ。ミリオンは、現場にはいないねぇ」
「親父がなんだ?」
「あえて言おう。聖佐は捨て駒、或いは補欠。ミリオンは現場にいなかったから、君を捨て駒にも補欠にもしなかった。実際、ミリオンにとって君は愛すべき次男であり、どれだけ困ろうと君を捨て駒にも補欠にもしない。だが聖透澄は今、そのどちらかとして聖佐を扱っている。どっちだろうか? それは、これからの聖透澄のリアクションで確かめよう。ああそうだ。お土産がある。本当はイツキちゃんに渡したいものだけど、君にも渡したい。でも一つしかない。とはいえ、これは消耗品ではないから回し読みしてよ」
ヒトミがフジの背後から一冊の本を差し出した。
「『三香金笛抄』の新作よん」
「……」
このドブウサギとはマトモに話せない。困った時は沈黙しかない。『三香金笛抄』の原本はイツキが盗み、保管しているはず。その新作……。
「今後ともセンチュリー文庫をご贔屓に! ああ、それから。イツキちゃんにねェ……。伝言だ」
「イツキイツキとうるせぇやつだな」
「うふ。あの子のことが大好き。デートは通天閣で、いつでもいいと伝えて」
「てめぇは見届けねぇのかよ。聖透澄を」
「忍びないからね。じゃあね」
パキンと薄いガラスにヒビが入る音でヒトミは消えた。フジと密着していたのに、フジを巻き込まず自分一人だけポータルで消えたのだ。彼女があの世にも等しい一方通行の異空間で身につけた力は、何も持ち帰れなかったフジからすれば羨ましいくらいだ。
否! 何も持ち帰れなかった訳ではない!
「顕真!」
「話は聞かせてもらった。試す時間だな」
果たして、聖佐は聖透澄にとって捨て駒だったのか、それとも切り札だったのか。
指のキツネの目は真っ直ぐに見据え、問う。
「……タスク」
「親父ィ……。何だァ?」
「裁きを受けろ。私もすぐに追う」
「ヘェア!?」
老獪。そして、狼狽。
「レックジウム光線・Ζ!」
ZAP!
「テアトル・Qはこいつのことを知っていた。その上で、俺たちにこいつを裁く権利などないことも知っていた」
「ならば何故撃った?」
「正義感」
「……。その言葉を出されちゃ、俺にはお前さんを裁く義務が生じるな。俺はこれでも正式なアブソリュートマン。間違った正義を是とすることは出来ない。方便だろうとなんだろうと、マインの復活を唱えた。その時点でお前さんは……。それでも自分に正義があるというのなら……。この質問には、何も答えないで欲しかった」
純粋な恩返しのために戦いたかったから。
「アブソリュート・アッシュの名において、俺がお前さんを裁くぞ、アブソリュート・フォックス」
「ここで?」
「どうする? 俺たちも大阪旅行と行くか?」
「知っての通り、俺は文学好き。そんな俺がこれ! と一つ選ぶなら、万城目学の『鹿男あをによし』だな。その万城目学と似た作風の森見登美彦。その二人に影響を受けていると思われる北夏輝の『恋都の狐さん』は、新人賞を受賞してデビューした新人らしく、瑞々しい作品だ」
「じゃあ奈良か」
「フッ……。楽しみにしているぞ、九番目の戦士。いい数字だ、九番目。“太陽を盗んだ男”のナンバーだ」
「そうか。じゃあ行こうぜ、とりあえず近江町市場。この程度の戦いなら問題なく営業してるだろ。積もる話はそこでゆっくりやろう」