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第72話 ロードムービー

「会長。ご子息にメロン殺害を任せるのですね」


「そうなるな、サラ」


「……。お尋ねしてもよろしいですか」


「なんでも訊くといい」


「これまでメロン殺害のために向かったのはスカー、ハンマー、そしてご子息。わたしは自分が威力部門で最も優れているという自負があります。何故わたしに、メロンを殺害してこいと命じないのですか?」


「それがわからぬ君ではあるまい」


「無論わかります。優れている自負がありますから。しかし、言葉として……」


「彼らにあって君にはないもの。それがわかるかね? “それ”を、スタバも持っている。君にはやはりない」


「わかりました。ありがとうございます。突然で申し訳ないのですが、溜まっている有給を消化させてください」


「いつから?」


「今日から。久しぶりにツーリングがしたいので」


「辞表でなくていいのかね?」




 〇




 翌日。サラは新潟にいた。ツーリング用のライダースジャケットを着用し、ヘルメットを小脇に抱え、首には赤いスカーフを巻いていた。サラは一人ではなかった。茶色のレザーのロングコートを着込んだ導架が一人、一緒にいた。


「ここから大阪まではまだまだ遠いよ」


「姉御と一緒なら、陸続きの場所ならどこへでもオトモします」


 そう。サラは、この導架を大阪までバイクで連れて行くつもりだった。

 北で生原稿強奪のために動いていた導架はまだ徒歩で大阪に向かっていたが、子供の足では西への合流までは時間がかかりすぎる。そこでサラはヒトミに、北から西に向かった導架の位置を掴んでもらい、そのうちのはぐれた一人と連絡を取ったのだ。

 二人は仙台で合流し、仙台から郡山へ、郡山から新潟へ、そして北陸を横断して日本海側から大阪へ入る。

 二ケツのバイクでひんやりとする風の吹く日本海のオーシャンビューを眺めながら二人は……。


「ねぇ導架。スカー、ハンマー、スタバ、タスクにあって、わたしにないものってわかるかい?」


「何をするために必要なものかによります」


「会長が、メロン殺害命令を出すために必要なもの。それを問答した」


「捨てる覚悟でしょうね」


「捨てる覚悟?」


「会長は、サラの姉御以外は捨てる覚悟、失う覚悟があるんですよ。言葉のあやですね。会長にないものを会長は答えたんですよ。サラの姉御だけは失いたくない。ヒジリ製菓がいくら罪を犯そうと……。タスクのような人間を抱え、その危険性を解き放とうと、会長がシズマ兄さんを失うきっかけになった殺人の罪だけは姉御に負わせたくない。罪の基準は人によって異なるってことは姉御もわかるでしょう?」


「ミリオンは殺しを罪と思わない。もちろん、死による断罪という意味での殺しだけどね。レイは怠惰を罪だと思っているようだ。そうか。会長にとって最も重い罪は、殺しだということか」


「その最も重い罪である殺しを直接的に行わせるのはスカー、ハンマー、スタバ、タスクでいいんですよ。もちろん命じた自分も罪を負うけど……。割れる骨、壊れる内蔵、流れる血、断末魔。動かなくなり、冷たくなっていく体。そういったものの感触をサラの姉御は知らなくてもいいべきだと思ったんですよ」


 箱入り娘。そんな言葉がふとサラの頭をよぎった。……。自分が、威力部門で最も優れた社員であるという自負。戦力、忠誠心。優れていたから愛着を持たれ、最大の仕事から遠ざけられてしまったのか……。シズマの二の舞にならぬように……。

 導架の言葉が真実ならば、タスクは捨てても失ってもいい人間ということになる。サラ本人はタスクなどボコボコにやられてしまえばいいと思っていたが、透澄本人が、親である透澄が、タスクを捨て駒にするのは何かが違うと感じた。サラ自身は、獅狼と円に大切に育てられてきた。カンフー映画の真似をして階段を飛び降りてケガをした時、両親は心配した後、無事を確認してから笑ってくれたし、格闘技の教室に通い始めてから男子とのケンカでその技を使ってケガをさせてしまった時は母からビンタされて烈火の説教を食らった。そしてその後に父はサラをバイクの後ろに乗せて少し夜の街を流してぶたれた頬を冷やした後、共に相手の男子の家まで謝りに行ってくれた。

 怖い思い、痛い思いもしたが、振り返ればベストだと断言出来る両親の教育があったからこそ今の自分、威力部門で最も優れた人材である自分がいる。

 そしてようやく気が付いた。自分は所詮、優等生。優等生に汚れ仕事は任せられない。自分に問うてみた。無防備なメロンを目の前にした時、殺せるか? 出来ないとすぐに自分は答えた。

 それを導架にもやらせようとする透澄への不信感は募るばかりだ。部下と上司として両想いだったサラと透澄が、どんどん片想いになっていく。

 そういえば透澄は辞表に言及していた。片想いだからこその別れの提案だったのだろう。


「いい風が吹いている」


「とても澄んだ、心地よい風ですね。きれいな景色」


「でも、君は……」


 この後。大阪まで着いてしまえば、この導架も太陽の塔と同化したメタ・マインのサナギに混じり、消えてしまう。景色をきれいだと言い、同じ風を感じ、サラのことをよく理解して透澄以上に具体的で、なおかつサラの欲しい言葉をくれたこの導架は、他の導架と同化し、メタ・マインになってしまう。そのメタ・マインから、この導架だけを抽出することは不可能だろう。


「君は導架であり続けたいと思う?」


「質問の意味と意図がわかりません」


「そうだよね……。君は導架の使命に従い、君という存在が消えてもメタ・マインになろうとしているんだもんね。君との旅はきっとあと数時間。でもわたしは、その先の生涯でもきっと君と旅した数時間を忘れられない。君が“導架”のままだと、メタ・マインになってしまう他の導架と区別する時、誰かに君と過ごした時間を話す時。数時間一緒に旅をした導架、では長い。君がもし嫌でなければ、贈りたいものがある」


「ヨロコンデー」


「名前だ。君の名前は、リンダだ。君たちはプラントで義務教育のようにアーノルド・シュワルツェネッガーの『コマンドー』を観ていたね。同じシュワちゃん映画の『ターミネーター』シリーズにはサラ・コナーというキャラクターが登場する。そのサラ・コナーを演じるのがリンダ・ハミルトンという女優だ」


「ははっ、逆みたい。稲尾サラのクローンに手を加えたものが、稲尾サラの別物として導架を演じているんだから。……わたしにはもったいないよ、名前なんて……。サラの姉御」


 リンダは後ろからぎゅっとサラを抱きしめ、顔をサラの鍛えられた硬く広い背中に押し付けて日本海の冷たさではなく、姉御の温もりを強く求めた。


「絶対に死なないでください。でも、レイとは戦ってください。姉御のために、そしてホローガとブッコローガのために。つまり、勝てばいいんだ。勝って……。それで子供を産んで、名前を付けてあげて。わたしみたいなものに名前を付けて、ステキなネーミングセンスを消費するなんてもったいない。だから、サラの姉御の子供には二番目にいい名前を付けてあげてください。一番はわたしが貰いました」


 導架は血を流さない女。子供は産めない。無論、リンダもだ。

 無意味な機能だから製作者がつけなかったのか、マイン細胞を移植する際に消え失せたのか、それともタスクの性処理に使われるたびに妊娠していては厄介だったのか……。

 サラに理由はわからない。だがリンダの持つ豊かな感性や情緒、言葉を知る度に、導架たちを虐待したタスクへの怒りは増していく。一方で自分の卑しさにも気付いていた。

 リンダは無作為に選んだ迷子の導架だ。迷子の導架はもっといる。誰でもいいからと導架を選び、自己満足に導架を付き合わせるのではタスクと大差はない。タスクは性欲処理の、サラは罪悪感処理のマスターベーションに導架を使っているようなものだ。

 だが、リンダの使命についてはもう訊かない。別れが余計に辛くなる。

 願わくは、サラのバイクで送られるより、スタバのポータルの方が早いからそっちの方が良かったなんてリンダが思わないよう……。


「次のサービスエリアでは何か食べたいものはあるかい?」


「ホットドック! それからカッコいいドラゴンキーホルダーも欲しい」


「……」


「君にお土産なんて必要あるのかい? って言いたいんでしょう、サラの姉御。不思議ですよね。わたしは片道で、しかもこの世から消えるのに、なんでお土産が欲しくなるのか……。わたしも不思議です」


 二人がサービスエリアに入ると、遥か彼方に佐渡島が見える。絶景だ。もし、サラがリンダとの旅に酔っていなければ、同じ絶景の地にいながらその絶景ではなく二人のツーリストに視線を注ぐ、二人組の存在に気付けていただろう。

 幸いにも、サラの油断はまだ命取りにはならなかった。




 〇




 新潟県在住、ヤグチ・クニオ(69歳)。東京でバリバリサラリーマンをやってたんまり稼いで年金もガッポガッポ。長らく独身貴族であったが、定年退職後に故郷の新潟に戻ってきて、幼馴染でバツイチの女性と結婚。既に親元を離れた義理の息子がいるが、家族仲は良好だ。クニオは実家を改造し、趣味のもので埋め尽くした。その一つが、ロシアの衛星放送も受信出来るパラボラアンテナを始めとした設備一式である。

 サラリーマン時代は化学肥料大国であるロシアに何度も出張に行ったクニオだ。ロシア語には多少の心得がある。

 今日も今日とてロシアのテレビ。そのテレビが突如、急激に乱れた。今までにないバグ……。何か違法行為を犯してしまったか? それともロシアの刺客か?

 答えは違う。その原因は、クニオの住む新潟県内にあった。


「サラの姉御」


「ああ。わたしの勘が鈍かった。ようやく再起動したよ。まだ安全、とわたしの直感が告げている」


 サービスエリアを出たサラとリンダの後ろをつける、ド派手な排気音の大型アメリカンバイク。ミラーを覗くとサイドカー付きで、そこに座っているのはフルフェイスのヘルメット装着でもそれを通り抜けてくる美しさの女性だ。


「レイとメッセだ」


 そう。ここ最近、ちょっといい買い物をしたロシアはアブソリュート・レイをマーキングし、彼がポータル移動すると衛星が彼の居場所を掴むために急遽テレビが乱れるのだ。


「楽しいツーリングになるといいですね」

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