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第71話 誰かの優しさも皮肉に聞こえてしまうんだ

「兄貴」


「どうした」


「俺に出来ることはねぇか……。と、訊かれるのって意外と傷つくんだよな。だが、俺が訊きたいのは俺は何をしたらいいかだ」


 メッセの事務所のベランダでタバコをふかしながら、兄弟は遠くを見つめた。近くにはメッセ、メロン、狐燐の洗濯物が干してある。メロンと狐燐はここに住んでいる訳ではないから彼女らの持ち物はタオル程度だが、メッセの寄せて上げる必要もない豊満なバストを包むブラなんかもそのまま干したままだ。目のやり場に困る。


「重いな。俺はユキにリーダー面するなと言った。メッセも代理のリーダーは俺であるべきだと言っている。メッセは何でも考えてくれるが、代理でもリーダーなら俺が決断し、命令せねばならない。カケル。お前はメロンを守れ。一番重要な核だ。メッセも狐燐も自分で自分を守れる。それこそ、出しゃばりで傷つく程だ」


 メッセは怪獣態のまま時速二百キロを超えるスピードで西海岸までダッシュし、いつでも狐燐のポータルで戻ってこられる圏内に入ってアメリカ観光を続けている。しかし、あの真面目なメッセだ。アメリカの動向を観察でもしているだろう。事実、走って北米大陸を横断する怪獣を米軍は攻撃しなかった。


「ヒジリ製菓の残りの稲尾サラは俺、因幡飛兎身は犬養。他にいるかもしれない誰かからメロンを守れ」


「誰かって誰だよ。フォックスか?」


「あいつはまだ何かする気なのか?」


「するぜ、あいつはよ。ここで終わるようなやつじゃあねぇ」


「フォックスを俺に倒してほしいか?」


「姉貴はフォックスを射止めた……。或いは射止められたか。俺はフォックスを射抜く。兄貴だけは無縁だな」


「無縁じゃねぇよ。ミストレブルのせいでお預けになった勝負がある。本音を言えばあいつと戦いたい。だが、お前の獲物だ。任せる」


 二人のタバコの煙にふわりと鼻腔を妖しくくすぐる甘い香り。どうやらメッセはメタ・マイン復活の報せを聴き、サンフランシスコもロサンゼルスもスルーして東京に戻ってきたようだ。


「頑馬、フジ。ミーティングしましょう」


 海外特有の毒々しい青のキャンディを齧り、それをアテに秘蔵のコニャックを開けていた。糖分、糖質、適度な酔いはこの極めてシリアスな状況に起因するストレスを緩和させ、肉体労働を終えた頭脳労働担当の本職の効率を進める。


「いい部屋を借りたつもりだけど、この人数は床が抜けないか心配ね」


 フジ、ユキ、頑馬、メロン、メッセ、狐燐、イツキ。テアトル・Qのメンバーのほとんどがここに集まっていた時よりも重みを感じる。


「メタ・マインは目覚めかけている。ユキ、フジ、狐燐、ベローチェの話をまとめ、時系列順に並べると、まずマインは大阪に何か縁があり、太陽の塔に何かを仕込んだ。その何か、が何かはわからないけど、おそらく自分の分身の核のようなものね。そして、聖透澄は稲尾サラのクローンであるホローガにマインの細胞を仕込み、バイオロイド型のブッコローガに改造した。いわば、あの糸泉導架もマインの分身。そのブッコローガは自らの意思かマインの意思か暴走し、分身の核である太陽の塔へ向かい、同化してメタ・マインになろうとしている。そして今、太陽の塔はサナギになった。同化する導架の人数が足りないのか、時間がかかっているのか……。でも、今攻撃するのは危険な気がする」


「根拠は?」


「メタ・マイン復活を狙っている勢力がいくらいるのかはわたしたちにはわからない。テアトル・Q……。いえ、もうフォックスだけね。フォックス、ヒジリ製菓、それ以外のわたしたちも知らない勢力。その全てが今、大阪を注視している。そこにノコノコ出て行けば何が起こるかは想像つくでしょう? 勢力と勢力が衝突すれば、誰かが漁夫の利を得る。だから今のメタ・マインのサナギに攻撃はしない。どうせ、本当にマイン級のバケモノが復活するなら、ジェイド、レイ、アッシュの三人でしか止められないから、そうなれば誰もが手出しを躊躇う。止めるのは復活してからでいいわ」


 狐燐は大きなため息をついてメガネを曇らせた。


「導架ちゃんの人数が足りない、時間がかかる……。どれもテーブルの上にありますが、まだ足りないかもしれないものがあります」


「何?」


「アイテムです。あの子たちは宮城の島村章記念館を襲撃し、“生原稿”を奪った。それがメタ・マインの設計図の一つだと。ですよね? ベローチェ」


 イツキは頷いた。宮城県で遭遇した導架は生原稿を奪い、その生原稿を持った導架をヒトミが大阪に転送し、事態は一気に悪化した。


「そういうもの……。ベローチェがオーパーツと呼ぶものが、他にもあるんじゃないスかねぇ」


「あると思う。でも今のところ、わたしが確認したのは、まずは古文書“三香金笛抄”の原本。それからAトリガーの“理”の弾。この二つはわたしが持っています。そして奪われた“生原稿”。それから“マインの遺灰”……。これは米軍が持っている。“偽札の原版”はフォックスが持っている。……三香金笛抄には、こう書かれています。“外道の聖母が輪廻を超えて目覚めた時、理が書き換えられ新たな生命が誕生する”。でも、これはメタ・マインのことではない気がします。燈さんは、全てのものは寿命を迎えた時、同じ姿で生まれ変わると、輪廻の存在を信じていました。その輪廻の先に生まれる本当の燈さんのことだと思います」


「あぁあ、あの本か。あの本、原本ってことは古語で書かれているよね。前に君のことを、国語の偏差値が低いなんて言ったけど、謝るよ」


「国語を専門に扱っている友人がいるもので」


 そう。大森龍之介……。フジも龍之介を思い出した。フジに「何か出来ることはないか?」と訊き、拒否されたお人好しで出来た男。もし、メタ・マインの脅威が東京まで伸びれば、大森龍之介は街や人、恋人を守り、フジとイツキを助けるために必ず怪獣ナーガに再変身する。それは、フジとイツキが龍之介を守れなかった証だ。お人好しだからこそ、人を傷つけてしまうこともある。


「あの本の新約を書いたのはウラオビだ。あのクソボケハゲカスゴミクズファッキン馬鹿野郎は今、どこで何をしているんだろうか」


「どうした狐燐さん。大丈夫か?」


「フジ、君はSNSを見ないのかい?」


「見ねぇ。アッシュが雑魚とか弱いとか、出る幕じゃねぇなんて書かれているのを見るのは流石に辛い」


「……。……まぁ、君がそう思っているならそれでいいさ。SNSは今、ウラオビの再来を求めている。ウラオビのような扇動者の登場をきっかけに、今度はメタ・マインによる世界の滅亡と破滅、カオスを求めて暴れたいやつらの衝動が高まっている」


「それをどうこうするのは和泉の仕事だ」


「百点満点の答えだ。これ以上にない。褒めてるんだよ。そう、これはわたしたちの仕事じゃない。メッセ所長、頑馬隊長。わたしたちの仕事を決めましょう」


 頑馬は不動の腕組み。そしてメッセをちらりと一瞥した。それだけでメッセには伝わり、理解する。


「狐燐の仕事はシンプル。ヒジリ製菓はこの混乱に乗じてメロンを狙ってくる。だから守るためにメロンをここから動かすことは出来ない。トラップ型ポータルの情報は相手にも伝わっているけど、現時点でトラップ型ポータルは効果バツグン、完璧に機能している。今後も変わらずトラップ型ポータルを張り続けること。でもヒジリ製菓で残っているのは稲尾サラと因幡飛兎身。狐燐やわたしでは対応が難しい上に、狐燐が潰されると防衛の要であるトラップ型ポータルが第二陣に突破される。誰かが罠を踏んで転送された場合、ヒジリ製菓とは戦うしかない。そうなったら罠を踏んだやつを遠距離に隔離し、踏んだのが稲尾サラだった場合は頑馬を、スタバだったらベローチェを通常のポータルで転送して戦わせる。OK?」


「スタバ相手にベローチェ一人は危険じゃないスかねぇ。ベローチェの実力を疑ってるんじゃなく、Aトリガーを奪われるリスクが高い」


「だいぶ前にあなたに言ったわね。人情が真実を曇らせる、と。それでもわたしは人情を大事にしたい。どうする? ベローチェ」


 イツキは迷わずにバトンを受けた。


「ヒトミちゃんは、わたしとの決闘まで寿ユキ一派の誰とも戦わないし悪事も何もしないと約束してくれた。ヒトミちゃんがここにカチコミをかけてくる可能性はありません。ここに来ればトラップ型ポータルで飛ばされることもわかってるだろうし」


「それも、一つの人情の形ね。ならば、来るとしたら稲尾サラ。でもあいつも、突然カチコミを駆けてくるタイプには思えないのよね。まぁ、要は、メロンとユキと狐燐はここに据え置き、狐燐がトラップを張り、想定される敵はそれぞれ誰が相手をするかを決めて、敵に応じて狐燐がポータルで分断する。稲尾サラには頑馬。スタバにはベローチェ。フォックスには、フジ」


「……」


「おそらく、想定されるこの三人は罠を踏まない。この三人以外で罠を踏んだイレギュラーにはわたしが対応し、手に負えなければユキを出す。シンプルとは言ったけど、狐燐がハードワークになるわね。出来る?」


 フジはパッケージからタバコを一本引き抜き、指で弄んだ。

 フジのマークが顕真。勝てる気がしない。だが、戦わねばならないのだ。それが恩返しだ。


「おっとメッセ所長。いきなりイレギュラーの可能性があるようですよ?」


「どういうこと?」


「トラップ型ポータルを踏んだやつが二人います。一人はフォックスだ。でも様子がおかしい。転送するよ、フジ。今、フォックスと一番マトモに会話出来るのは君だ」


 やっと屋外に出られる。フジはタバコを咥え、狐燐に合図を出した。……フォックスと一番マトモに会話出来る、という事実とそれの言語化で、どれだけ姉が傷ついたか想像しながら。

 カケアミ、トーン、ベタフラッシュに縁どられたポータルをくぐると、東京よりもやや寒く曇った空。駅前の巨大オブジェから、フジはこの場所が金沢であると確認した。

 青の戦士はプロデューサー巻きにしている青いパーカーを羽織ろうかどうか考え、羽織ることにした。おそらく運動によって自分の体温が上がることなく、この場所の気温はどんどん下がるはずだ。


「顕真」


「ようカケル。“後遺症”はどうだ?」


「治ったのか、まだ来てねぇのかもわからねぇ。だが姉貴の顔を見ても大丈夫ってことは、治ったんだろうな」


 姉貴。即ち寿ユキことアブソリュート・ジェイド。その名を聞き、顕真が相対する相手……(ヒジリ)(タスク)はさらに人相を歪めてフジを睨みつけた。


「そいつがジェイドの弟だな。よくも僕の導架を! ブッ殺してやる!」


「誰だてめぇは。……ミストレブルか?」


 いくら金沢が東京より北だとは言え、これほど寒いはずがない。この寒気、冷気、上空に張った厚い雲。ミストレブルは人間態であろうともこのくらいなら環境に干渉する。


「そういうことだ、カケル。俺はポータルを使えない。もうテアトル・Qにポータル使いはいない。だがミストレブルが東京で暴れれば被害は計り知れない。そこで俺は、あえてこいつを連れてトラップ型ポータルを踏んだという訳だ」


「話が見えねぇ。お前さんは偶然、こいつと出会ってじゃあメッセの事務所前で戦いましょうねぇとでも言って連れてきたのか?」


「悪いな。俺はずっと事務所の前でこいつを待っていた」


「メッセ、メロン、姉貴の感知機能をかいくぐってか。すげぇな」


「そこにこいつがようやくやってきたという訳だ。通じたか?」


「通じた。つまりこいつは、俺たち全員が集まっているところにカチコミをかけても勝てる気でいたか、あえてトラップ型ポータルを踏んで飛ばされ、そこに送られてくるやつを一人ずつ始末するつもりだったということだな。まぁこいつが本当にミストレブルなら……。俺では勝てない怪獣だが、こいつという個体なら勝てそうな気がする」


 見た目の年齢の割に成熟していない幼稚な表情、鍛えられていない弛んだ体。透澄は自分の息子とはバレないようにしたものの、さすがにオタクTシャツはよくないと判断したのか服を用意した。ブラウンの無地Tシャツにオフィスカジュアルのスーツ。ヒゲ、髪も整えてやった。言い換えれば、それだけタスクは無精であり、不潔なヒゲや髪もこだわってそれをやっていた訳ではないということだ。

 何もない男、聖佐。精神年齢では既にフジ・カケルの方が上だ。


「まだまだ甘いな、カケル。何も背負わず、何もこだわらず、何もバックボーンのない人間こそ危険だ。美学のリミッターも、戦闘経験のリミッターもない。だがそれは強さではない。ただの危険だ。相手を害するための戦力は、鍛錬だけで得られるものではない。このクズのように」


 ヒジリ製菓に対する“企業研究”は寿ユキ一派よりもテアトル・Qの方が進んでいた。寿ユキ一派は聖佐の存在すら知らなかったがテアトル・Qは烏頭のハッキングでこのクズの存在を知り、導架に対する虐待も含めタスクの所業を知っていた。


「ミストレブルか……。よっし。もし、俺がこのデブを倒したら、お前さんが今何を考えているか教えてくれないか?」


「半分ダメ、半分いい。こいつとは俺が戦う。ミストレブルは希少種だ。そうそうお目にかかれない。お前なら……お前には話そう。俺はかつて出会ったミストレブルから戦わず逃げたことがある。今度は戦いたいんだ。もし俺が戦うことを許可してくれれば、今の俺の考えや目的をこっそり教えよう」


「そう来るだろうな。だからパーカーを着たんだ。だが一つ条件がある」


「言ってみろ」


「見学させてくれ。今後のために」


「もちろんだ。頼んだっていい」


 タスクは何も言わなかった。溜めて溜めて……。爆発させる! ナメにナメられたこの落ちこぼれの二人! しかも一人はアブソリュートですらない!


「ブッコロッシャアアアアア!」


「よっし、見逃すなよ。スワーッ!」

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