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第68話 アイム・ソー・ハッピー……

 このまま埋まっていた方が得策だ。

 米軍が援護に来てくれる。

 隠し玉の強化形態、それもエレジーナには出来ないはずの姿。時間制限は必ずある。

 よって埋まっていた方が得策とハンマーは判断したが、彼は立ち上がって鼻息荒く瓦礫を吹き飛ばし、脂肪と筋肉の黄金比の迫力ボディでガリガリボディのエレジーナのプリンセスを探した。


「どこだ!? 出てこい!」


「ここよ」


 メッセはビルのてっぺんで腰に手を当てたスーパーモデルじみたポージングを取り、自らがポーズをとるビルと周辺の建物を尻尾からの電撃を焼き切って崩れさせ、その瓦礫の上をビルの残った部分でスノボよろしく滑走した。


「ドルマァ」


 ビッグスイングゥ! ハンマーの拳は空を切り、大ジャンプしたエレジーナの髪に混じった電球が、空で百万ドルの夜景。その電池である美しい電后怪獣の王女は、長い尻尾を巨体の雷傑怪獣の首に巻き付け大放電! 電池が増えた髪の電球はさらに大きく閃いた。


「見てるだけ? ウィンドウショッピングでもしてるの? さっきの空振りは試着? 勝ちたいなら欲しがりなさいよ」


「……」


 ハンマーはあえて何もしなかった。待つだけだ。何をしている米軍……。早くしろ……。相性の問題でメッセの電撃はハンマーの肩コリに効くぐらいの威力だがこれから来るのは多分、首に効く。


「ニューヨークはわたしを歓迎してくれているみたい。ルームサービスみたいにベストなポジション、ベストタイミング。メラァッ!」


 尻尾の伸縮で下方向に重力以上で加速するバンジー! ハンマーの脳天へ落ちたフットスタンプは先程とは比にならない威力でイリッツゴーンヌッ! メシャアと打撃が通り、ハンマーの頸椎にヘルニア寸前の大ダメージ! だが有難いことに、純白でふにふにの柔らかい尻尾がコルセットになってむち打ちを未然に防いだ。


「メメっと……。ニューヨーク観光はいかが?」


「ドル……。エレジーナ程度の電撃で調子に乗るなよ。ピカチュウに教えを請え」


「ピカチュウ市チュウ引き回しでチュウ。ニューヨークデートはしてあげるけど、チューはしてあげないわ」


 メッセの髪の電球は全て裸の白熱球だが、メッセの中にはグリーンのランプがつく。スタートだ。


「メラァッ!」


「ドメェッ!?」


 ハンマーの首に尻尾を巻いたまま、メッセのダッシュがスタート! 地面を削り、ストリートの左右に巨体をバインバインと打ち付けてレンガと窓ガラスを割る。そして急ブレーキィ! そして直角に曲がって、再スタート! 怪獣化したメッセの尻尾は最大で二百メートル、つまり身長の五倍は伸びる。数万トンの雷傑怪獣を引きまわし、慣性の法則で大きく伸びてニューヨークの街を空から見学するハンマーヘッド。そしてすぐにビルの屋上に叩き付けられ、市中引き回し再スタート! ニューヨークの街は、ストリートを走る電光石火を先頭に光を奪われるように次々に停電し、破壊されていく。


「アラ? 方角を間違えたわ。エンパイアステートビルを見たかったのに。メロン! こっちの方向には何があるの?」


「こっちの方角も悪くはないわ。セントラルパーク、メトロポリタン美術館、ヤンキースタジアムがあるわ」


「悪くないわね。メトロポリタン美術館……メットの学芸員に見てもらわなきゃ。“美人の見本”として後世に残すために」


 メッセとハンマーのニューヨーク観光は少しスローペースになった。ハンマーの体の向きが仰向けになり、地面に爪を立てやすくなったのだ。ガギギとブレーキがかかるが……。

 しかし残念! 相手はメッセンジャー! 歴代のエレジーナで最も美しく、強い血筋の個体とされてきた!

 そして彼女は王族の血か、レイたちから学んだ高貴で野蛮な暴力の結実か、贖罪の探偵稼業によって得られた精神的な成長か……。エレジーナの壁を越えた、史上最強のエレジーナと成った! もはや非力な器用貧乏や後衛の司令塔ではない。怪力自慢のヘビー級怪獣セラトーブを尻尾で括って引き回す? それどころじゃない。メッセのダッシュはセラトーブの決死のブレーキで最初こそ減速したものの、セラトーブの爪を引き剥がして再加速、ダッシュを続ける。

 ハンマーは悟った。もうパワーでも勝てない。

 さらに急ブレーキ、急カーブでバインバインと建物にぶつかり、粉砕する。ニューヨーク観光? むしろニューヨーカーがお勉強させてもらった。あのガリガリの怪獣の方が、デカい怪獣よりも強い!


「こんにちは、セントラルパーク」


 セントラルパーク!? ハンマーの意気がさらに減退する。セントラルパークに入ればアスファルトではなく土の地面が増え、ブレーキの利きが悪くなる。ぶつかるオブジェクトは減るが……。これ以上引き摺られると気持ちがすり減りすぎる。既にハンマーはニューヨークのアスファルトをおろし金に血肉をすり減らしているが、そんな程度のダメージは些末なことだ。だが気持ちは! すり減っていはいけない! 米軍……。米軍さえ来れば逆転出来る!


「ハンマーヘッドと言ったわね。まだ話せる? あなたには、何か動機はある?」


 セクシーなウィスパーボイスが置き去りにされ、前方からプレゼントされる。この重量を引き摺ってのスプリントにもかかわらず、その声には一切のノイズがない。まるで行きつけのカフェでロイヤルミルクティーでも飲みながら、友人に話すような余裕に満ちた声だ。


「ドルメェ……。アマレッティ・アルマーニという女を知っているか? それから目ヶ騷(メガサワ)(ヨル)


「二人とも知らない訳ではないわ」


「俺はこれでも歌が好きでなぁ。アマレッティもヨルも好きだったのに、二人ともてめぇが潰した」


「アマレッティも? 確かにうちで手掛けた案件だけど、アフターケアまでは手が回っていないの」


「察しはつくだろう? 俺がてめぇを恨んでいるという時点で、彼女の末路も」


「……それでもわたしは謝らない。でも歌が好きだってのはいいわね。わたしもどうせアメリカに来るならシアトルが良かった」


「Nirvanaか。いい趣味だ」


「Nirvanaのカート・コバーンは二十七歳で拳銃自殺して、二十七歳で死ぬという伝説的ロッカーたちと同じ道を辿ったわ。……わたしもギターは好きだけど」


 そう。実は頑馬率いる“虎の子の助っ人”はバンドでもあった。頑馬がボーカル、バースがベース、マートンがドラム、オーがキーボード、メッセがギターとコーラス。作詞作曲は各々がするが、メッセ作曲が最も多く、次はマートンによる打ち込みの曲が多かった。もうバンドはない。それでもメッセはたまに事務所でエレキギターをかき鳴らす。


「わたしはロックの伝説じゃないし、カートが死んだ年齢よりも年を取ったわ。だからロックじゃなくてエレジーナの伝説になってみせる」


 何のために? それを自問自答しながら、それでも迷いなく! セントラルパークの縁でスタンダップ・ストップ! しかしハンマーは急に止まれない! 首にリードを繋がれた忠犬めいてメッセの足の射程距離にフレームイン!


「メラァッ!」


 シー・ユー・レイター! 大振りのサッカーボールキックで巨体怪獣を蹴り飛ばし、インパクトの瞬間に髪の電球はフィラメントが焼き切れんばかりに瞬いた。

 大きな放物線を描く寸前、セラトーブの体を襲ったインパクトと脂肪の層の振動は巨大な衝撃波を発生させ、電球を後ろにサラっと流してニューヨーカーの憩いの地の樹木を薙ぎなおし、池に津波を起こした。楽しいデートをリードしてくれたチップは、真っ白な能面に支払った真っ赤な鮮血。そしてハンマーを待っていたのは、放物線の途中でビルにぶつかって破壊しても減速しない程の高威力のムーンショット! そしてここで楽しい遊覧飛行の燃料追加だ。


「エレジーナ電磁流:Part Deux! ×3!」


「ドルメェエエエ!?」


 両手の人差し指と中指、尻尾の先端からのマネーピッチ! 先程の電磁流PDxとはケタ違いの高威力! 電撃に耐性のあるハンマーは初めて“電撃”という攻撃が自分の体に引き起こす現象、即ち激痛を知った。そして電磁流PDxは着弾と同時に大きく炸裂し、ハンマーの巨体の放物線の軌道を変えた! なんという威力だ! ビッグフライ、メッセ=サァーン!!!

 シビれながら空からビッグアップルを堪能したハンマーの楽しい遊覧飛行が終わる。数百年前にニュートンがリンゴを見て発見したように、全てのものは必ず落ちる。ハンマーヘッドはリンゴのようにビッグアップルに落ちた。ヤンキースタジアム……。怪獣“ゴジラ”松井秀喜が暴れた場所だ。

 だが既に今日のメッセの調子の良さと戦果のすさまじさは二〇〇九年ワールドシリーズの“GODZILLA(ガッジーラ)”以上だとニューヨーカーに……恐怖を刻んでいる。

 ニューヨーカーにとっては、メッセもハンマーも恐怖の対象、恐れるべき怪獣でしかない。

 その証拠に、十五億ドルもかけて新設したヤンキースタジアムは六万トンのハンマーヘッドの落下で芝が脈を打って全て土とミックスされ、その衝撃波でスタンドが全て崩落して不出来な鳥の巣になった。

 その中心でハンマーは笑った。


「……待ってたぜ、“マーヴェリック”!」




 〇




「ゾーキングを呼べ!!」


「もう来ているよ、カーネル・アイシィクアーズ。私のスマホで観るよりも、このモニターの方が大きい」


「貴様の意見を言え」


「片方は非常にメジャーな怪獣だ。エレジーナ。個体数も多く、穏やか性格だ」


「個体数も多く穏やかだと? ついにボケたか。ありがたい。上に報告してプレジデントのお気に入りの愛犬はそろそろ暖炉のそばでオムツと流動食で大人しくさせるように進言出来る」


「日本人女性のようなものだよ。ヤマトナデシコ。だが、君も軍人なら、進駐軍にメンチを切ったあのジャパニーズ・キモッタマ・カアチャンたちを知っているだろう? それに、どこの国でも美しい花と女性にはトゲがあるものだよ」


「素晴らしいポエムだ! シェイクスピアだ! カート・コバーンだ! 苦労するだろうな、報連相一つでこんなに文字数を食うのならTwitterも出来ぬことだろう」


「あの異常な痩身。あの個体はMESSENGER(メッセンジャー)と呼ばれる個体だ。エレジーナの王族の血を引き、戦闘能力、美しさ、知能、いずれをとっても一級品。アブソリュート・ジェイドの仲間だ。君はどうやらマーヴェリックの実戦を見たいようだが、ジェイドが止めに来ないのなら彼女に任せよう」


「彼女?」


「すまない、メッセンジャーは女性だ」


「メス、の間違いだろう?」


「私は怪獣の人権を尊重するしレディには敬意を払う」


「その敬意を少しはステイツにも分けてほしいものだな。貴様が所属しているこの(検閲により削除)というチームも尊重してほしいものだ!」


「フム……。もう一つの怪獣はセラトーブだな。おそらく堤乱、ヒジリ製菓のハンマーヘッドと呼ばれる個体だ」


「あのファッキン・スターバックスの仲間か。……迷うところだな」


「ああ。メッセンジャーが勝手にセラトーブを相手に暴れているのならばメッセンジャーも駆除対象だ。だが、スターバックスはステイツに仇をなす悪魔だ」


「珍しく意見が一致したな。ここであのセラトーブの援護にマーヴェリックを出せばファッキン・スタバに屈したことになる」


「領空侵犯とマーヴェリックをリークされるのよりも、ステイツが一企業の一個人に屈する方がオオゴトだ」


「ム……。どうしたスミス。電話? ……何? このアスホォッ! ボーシッ! ゴーッファッ! こぉのイディオットがァッ! 居留守ぐらい使えんのかぁッ!」


「どうしたカーネル・アイシィクアーズ。珍しくご機嫌ナナメに語気を荒げて。ほら、大丈夫だスミスくん。ベルギーチョコとコーヒーだよ」


「珍しくだと? 鈍感な老人だ。フゥ……。どうやらホワイトハウスもご機嫌ナナメらしい。プレジデントは老いた愛犬よりも新しいラジコンにご執心だ。このスミス野郎が……。空気を読め。柔軟さを手に入れろ。さもなくばもう旅行には行けないぞ。その頭に詰まった石、いや、化石にまでなったクソに金属探知機が反応する」


「しかし、見ているだろうアーヴィン」


「こんな時にファーストネームで呼ぶなファッキン・ゾーキング」


「マーヴェリックで出撃は危険だ。メッセンジャーを攻撃すれば、彼女は必ずマーヴェリックを撃墜する」


「ならば有人機か? いつも貴様が言っていることだろうが。グラム単位で刻めば、入隊してから退役するまでの軍人は飛行機よりも高価だ、と」


「……」


「プレジデントから貴様に報せが二つある。市街地戦に対応した新型……“マーヴェリック: MARKⅡ”が既に完成しているそうだ。ヘリにマーヴェリックを乗せるだと? トップガンの誇りはないらしい」


「いいニュースは?」


「残念ながら二つとも悪いニュースだ。既にMARKⅡは出撃している。いいか、いいかよく聞けクソジジイ。貴様がジェイドと交流があるかどうかなど知らん。そしてあのガリガリの怪獣がジェイドの仲間かどうかも私の知ったことではない! あの怪獣は、世界一のメガロポリスを蹂躙し、積み上げられた歴史も、これから築かれる未来も破壊した! そこになんの正義がある! ……。残念ながら、マーヴェリックにコマンドを下す権限は私にはない。だが、願わくば、あの二匹の怪獣に等しく鉄槌を……。それこそが、正義だろう」


「かつて、私はジェイドに問うたことがあった。ジェイド、レイ、アッシュがいるこの地球を仮に地球Aとし、全く同じレベルの地球Bがあるとする。そして地球Bを守っているのはアブソリュート・スタローンとアブソリュート・シュワルツェネッガーだ。やがて地球Bが力をつけ、地球Aへの侵略を開始した時。ジェイド、レイ、アッシュの三人は、同族であるスタローン、シュワルツェネッガーと戦うのかね? と」


「答えは?」


「……答えがどうであれ、私は彼女の友人を気取るつもりだよ。……やはり! 私はマーヴェリックを出すことには反対だ。メッセンジャーがジェイドの仲間であり、ハンマーヘッドとスタバが同じヒジリ製菓という勢力ならば、スタバがステイツにとって不都合な情報をリークする前にジェイドの仲間がジャパンで彼女を倒してくれる。私はジェイドたちに期待する」


「君はジェイドにレイズするという訳か、ザッカリー」


「こんな時にファーストネームで呼ぶな。ゾーキング博士と呼べ」


「それでもプレジデントは全チップを賭けてマーヴェリックにレイズだ。……ファッキン・キング・オブ・イディオットが」


「それは私のことかね? それともプレジデントのことかね?」


「説明するのも面倒だ、貴様で勝手に想像しろ」




 〇




「メッセ! ポータル反応!」


「ポータルですって? 誰の?」


「……不明。でも波長が近いのは、マイン……」


「チッ、手遅れだったという訳ね。メタ・マインとやらはどこかが作り上げてしまった。あのババアが蘇った」


「本当にマインだったらどうするの?」


「今度こそ殺すまで」


 今のメッセなら増上慢に聞こえない。今のメッセなら、アブソリュート人さえ倒しかねない。むしろ今のメッセが自分では倒せない、と挑むのをやめてしまう相手は、バースだけだ。バースにだけは敵わない……。


「さっきのデブにとどめを刺す。マインとはわたしが戦う」


「ええ、それでいいと思う」


 バラバラバラというローター音。しかしニューヨーク壊滅を告げる報道のヘリすらいないはずだ。そしてニューヨーカーたちのスマホが一斉に狂う。秘密兵器が発した強力な電波はレーダーになると同時に通信を妨害したのだ。


「……やりやがったわね」


 電波のレーダーでその敵の存在を確信した。レーダーを潜り抜ける不可視の敵。ユキから聞いたマーヴェリック、それの新型に違いない。このステルスはマインの残骸から逆算して作ったポータルドライブという機能だ。

 メッセは少しガッカリした。この力がアブソリュートに届くか試したかったのに、メタ・マインでも本当のマインでもないらしい。


「相手は米軍ね」


「ええ。マーヴェリックとかいうのよ。……あなたを倒しに来た」


「壊した方が好都合ね。おそらくエウレカ・マテリアル製。レイたちでは勝てない」


「本当に壊すの? きっとゾーキング博士はあなたがユキの仲間であることを知っている。不都合よ」


「関係ないから。でも先にデブにとどめを刺す。メラァッ!」


 セントラルパークからヤンキースタジアムまで一っ飛び! センターからキャッチャーフライを楽々捕球出来そうだ。

 と! メッセの背後から激しい炸裂音! どうやらマーヴェリックⅡの参戦らしい。だが今のは威嚇射撃だ。むしろメッセにエビデンスを与える。落ちた弾丸は、エウレカだ。そしてデブは息を吹き返した。


「ハッハァ! お楽しみの時間だぜ、メッセンジャァー!」


「メラァッ!」


 スタジアムの中心でお手本にもならないくらい流麗な回し蹴りがヒットォ!


「If you smell what The MESSENGER is cookin'!」


 再び尻尾が伸びる! このまま市中引き回しがリスタートすれば、マーヴェリックⅡで追える速度ではない。だがハンマーも素人ではない! 市中引き回しでこれ以上ニューヨークを破壊すれば、連帯責任は免れない。透澄、サラからも咎められる。

 首を狙ってくる尻尾を掴んで絞首を阻止! すかさずメッセから電撃が送られるが、ダメージは受けても電撃への耐性はあるままだ。尻尾をそのまま踏みつけ、メッセの可動域を半径二百メートルに限定する。ハンマーの足の裏が感じる。メッセの尻尾の筋肉が縮み始めている。間合いに入ってくるようだ。


「ドルマァ!」


「メラァッ!」


 イリッツゴーンヌッ! 鋭いボディブローが脂肪の層を抉る! ハンマーは血を吐きながら体を屈めた。だが踏んだ尻尾は命綱。これを離せば勝機はない。


「メェ……ラァ!」


 怪獣化したメッセンジャーの体重は……おっと、レディの体重は明かせない。だが四十メートル規模の怪獣としては異例中の異例、一万トンにも満たない。一方のハンマーヘッドは六万トン! ボクシングで言えばミニマム級とヘビー級以上に危険な体重差! だがしかし! メッセがこれから撃つ技は、DDT!

 アメリカプロレスの王家“アノアイ・ファミリー”の一員にしてアメリカプロレス史上最高傑作の一人“ザ・ロック”のレパートリーの一つ! そして当然、プロレスは無差別級! ルールは体重差を理由に守ってはくれない! 実戦と同じだ! そして相手の体を持ち上げて脳天を地面に叩き付けるこの技では、当然ハンマーの足の命綱も……。


「ドルメェ……?」


「メラ!」

 

 イリッツゴーンヌッ!

 仰向けに倒れた顔面にストンピング! こんな美女に踏んでもらえるなんてドMなら泣いて喜ぶ攻撃だが、この状況ではハンマーはいろんな意味で「たたない」。米軍の援護を待つしかない。頑張れ頑張れハンマーヘッド! マッコウクジラよりも脂肪の詰まった脳内に己を鼓舞する言葉を反響させる。


「メラァァッ!」


「ドルメェ!?」


 イリッツゴーンヌッ!

 ローター音は聞こえる。味方はまだ健在! 数的有利!


「メラァッ!」


「ドブマァ!?」


 イリッツゴーンヌッ!

 そ、そうだ! スタバはポータルを使える。助けに来てくれるかもしれない!


「メガァッ!」


「ドバァ……!?」


 イリッツゴーンヌッ!

 あ、ああ! サラ! そうだ、スタバがサラも連れて来たら絶対に勝てる!


「助け……」


「メメメメメメメメメメメメメメラァーッ!」


 バックトゥバックトゥバックトゥバックゴーンヌッ! シー・ユー・レイター!

 そうだ! このエレジーナの変身には制限時間があるはずだ! まだ不慣れに違いない! それが終われば……。なんて言葉は、誰も口にしなければ考えてもいなかった。


「……」


「こいつを下品だなんて言う資格はわたしにはないのかもね」


 ゲームセット! 誰が……。誰が異を唱えようか! この勝負! メッセの勝利であることに! それも圧勝であるということに!


「さて、第二ラウンドを始めましょう」


「いえ、やめておきましょうメッセ」


「あの兵器は地球人には過ぎた力よ」


「その過渡を見守り、続く者が正しいかどうかで見極める。ユキならそう言う」


「……ユキが言うなら従うしかないわね。ハァー。どこまで走ればいいかしら?」


「狐燐からの伝言よ。ニューヨークはポータル圏外。狐燐の圏内に入るアメリカ中部はつまらないらしいから、確実に転送出来る西海岸まで来てロスを観光して社員旅行を楽しんで、って」


「それならいいわね。あのデブは運ばれて帰る。わたしは自分の足で帰る」

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