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第63話 今日もまた誰か、乙女のピンチ

 東北地方某所。まだ寒い山の中を移動する怪しい集団がいた。その怪しさったるや……。まず、三十人はいる。しかも、身長は百五十センチにも満たない少女たちだ。パーカー、レインコート、ブルーシート、レースカーテン、ゴミ袋など上着代わりのものを羽織り、人目を避けて本州を北上する。それもそのはずだ。この集団は、全員同じ顔なのだから。

 そう。ヒジリ製菓の制御下から離れ、勝手に行動し始めた量産型自律導架たちだ。彼女たちはマタギ導架やキノコ博士導架、クッキング導架らの活躍によってキャンプを張っていた。


「西の方の首尾は?」


「西の方はそんなにうまくいかないよ。人口密集地だもん。目立ちすぎるし、ヒジリ製菓にも見つかるよ」


 リーダーシップ導架とテレパシー導架が会話を交わし、別働隊の進捗状況を確認する。


「北……こっちは手薄だね。山中の移動とはいえ、目当てのブツまでもう少しだよ」


「そうだね。北でブツを入手し、どこかで合流して数の力で西を制圧しよう。ただし静かに素早くね。今、ヒジリ製菓ではハンマーがタイムズスクエアでメッセと、スカーが虎威狐燐アンドフジ・カケルと大泉学園で戦っている。ハンマーとスカーが負ければチャンスだ」


「サラの姉御を出し抜くのは心が痛むね。でもやっぱり危険なのはスタバだ。ポータルもある」


「静かに素早く。『コマンドー』のジョン・メイトリックス大佐はカービィ将軍からそう教わった」


「あんた一体なんなのよ! 車は盗む! シートは引っぺがす! あたしはさらう! 娘を探すのを手伝えなんて突然メチャクチャは言い出す! かと思ったら人を撃ち合いに巻き込んで大勢死人は出す! 挙句は電話ボックスを持ち上げる! あんた人間なの!? お次はターザンときたわ! 警官があんたを撃とうとしたんで助けたわ! そうしたらあたしまで追われる身よ! 一体何があったのか教えて頂戴! ……メイトリックス大佐のどこが静かだよ」


「本当に静かに素早くだったら映画にならない。ド派手に見せつけて行こう。合流したらね」




 〇




「狐燐さん!」


「フジ」


「外側のエスカレーターで来ましたけど、客には逃げるように促し、騒ぎながら来ました」


「オッケェーイ」


「敵は?」


「今のところ、わたしを見失ってる。とりあえず顔面にカニみそを留めたけど……。ちょっと緊張するな」


 スカーが悪罵を極めながら練り歩いているリヴィンオズ地下一階、食品売り場。メロンのナビゲートでたい焼き売り場の近くで合流したフジと狐燐は、これから本格化する戦いの前に心境や作戦の整理をした。


「稲尾サラが出陣したら、ユキが頑馬隊長を手配する。スタバはベローチェがマーク。多分ベローチェは一人で行けるし、スタバもそれをお望みだろう。リサーチの段階では、稲尾サラは無駄な破壊活動をしないし、無関係の人間に危害を加えない潔癖な武人タイプだ。万が一の場合もすぐに駆け付ける必要はない。問題は、ベローチェがスタバに負けた場合だ。ベローチェがスタバに負けた場合、君の最寄のポータル使いのわたしが君をスタバのところに転送する。スカーは野放しになるけど、火のついたスタバを放置するよりはマシだ」


「狐燐さんが勝てばいいだけの話でしょう」


「……だから緊張するんだよ。悪いけどフジ」


 狐燐はアーマーを纏っていない右手をフジに差し出した。イラストレーター転向以降はデジタル作画に移行したが、連載マンガ家時代はアナログ作画にこだわった天才マンガ家虎威狐燐。そのペンダコは消えることはない。


「掌に十回、“碧”って書いてくれない?」


「画数多いな。……」


 ミスター・チルドレンのフジは、生身の女性の肌に触れることが出来ない。献身的に盤面を支えるため、臨機応変な選択を迫られ、目の前の敵への集中すら難しい狐燐。そして、フジが横浜で言った通り誰よりもマトモな大人、社会人、精神年齢。一般的なよく出来た大人、という意味ではユキ以上、いい意味で普通だ。


「照れんなよぉフジ。こっちこそ照れるだろぉ。……メッセ所長やメロン副所長に比べりゃわたしなんて。でも、あの二人に劣っているからと言って自分をブスだなんて言える程の度胸もないよ。そんなわたしを好きになり、選んでくれた人もいるしね。あの二人がバケモン過ぎるだけなんだ」


「狐燐さんは十分にいい女ですけどね」


「なぁんで正面切ってそれが言えて君はモテなく……。いや、モテるか。あの子も君が好きだった。でもそのセリフ、女の人に触るよりよっぽど恥ずかしいセリフだよ。ふふ、それとも鼎ちゃんの手を握るよりも先にわたしの手に触るのは嫌かい?」


「狐燐さんは一人目じゃねぇ」


 フジは狐燐の手を取り、十回指で書いた。“狐”と。


「随分と好かれたもんだ。よっし、行ってくるか」


「頼みます」


 静かに素早く……。それは戦いの中でのタスクだ。狐燐が描く、この戦いのネームは大ボリューム。相手は持久力に不安のあるツルギショウ……そのはず。そしていざという時のフジ転送に備えて、徹底して被弾と消耗を抑えねばならない。交戦中は静かに素早く……。なおかつ戦いのコンセプトは持久……。速攻が出来る力量があれば静かに素早くだが、そんなに簡単な相手とは思えない。だが、いざというときのためにその選択肢も必要だ。

 と、この戦いで狐燐がやらねばならないことは非常に多い! というかこの戦いは狐燐にしか出来ない。強すぎるユキと頑馬は速攻が可能かつ、戦略的撤退やバトンタッチの選択肢はない。フジはまだ子供だからこんな臨機応変な切り替えは不可能。メッセもいったん火が着くと熱くなり過ぎる。その結果、戦闘種族ではないどころか最も戦闘経験の浅い狐燐がキーマンになってしまった。しかしそれはフジの言う通り、狐燐が最もマトモな大人だからである。

 ステルス機能をONにし、スカーに見つかるまでにあちこちをステープラーアーマーでマーキングする。


「出てこいクソブス! ブス女! クソダサ女!」


 ……。スカーは随分とテンションが上がっているようだ。そのメンタルコンディションは速攻中心のツルギショウにとって追い風だ。


「このままじゃ勝てないな……」


 クソブス。ブス女。クソダサ女。万人を無条件で傷つける魔法の言葉、ブス。狐燐はクソダサではあるがブスではない。特段美人でもないが……。

 自分の美醜ではなく、自分をいい女と言ってくれたフジ、そして自分を選び、愛してくれたかつての婚約者のために、狐燐も少々熱くなる。


「ステーショナリアクター、タイプ3(スリー)、ステープラーアーマー……。アンド……タイプ7(セブン)……。ハイブリッド・アクティブ」




 〇




 What's her name?

 そんな書き込みがタイムズスクエアを中心にSNSから枝葉を広げる。

 アジアンビューティー? そんな言葉では収まらない。制限付き、条件付きではなく無差別級、全階級で通用する美貌!


「ハーハッハッハァ!」


 ハンマーはカチャカチャとバックルを鳴らしながらベルトを外し、スタン・ハンセンと同じ黒パンツ一丁にカウボーイハットへ。その際に脱いだズボンのポケットのスマホで、世界トレンド入りしそうな、タイムズスクエアに突如現れた美女の名を尋ねる書き込みを見て豪快に笑った。


「よくエロ動画サイトで見るタグだな! Belle(ベル)、だろう!?」


「メッセよ。メッセンジャー」


「そうなのか? だって今のタイムズスクエアはブロードウェイも裸足で逃げ出す『美女と野獣』のゲリラ公演。ヒロインの名前はベルに決まってる! 安心しろメリケン共! このベルをブッ倒した暁には、てめぇら一同パンツも脱いで、世界中でエロ動画サイトでWhat's her name? が溢れるような動画を撮ってやるからよ! ハーハッハハァ! 女の顔の写真で検索を掛ければ顔の似ているポルノ女優を探してくれるアプリでも開発すっかなぁ! でも安心しろ! この女は似ている女じゃなく、マジモンのポルノ動画をアップしてやるぜ!」


「下品なブタね。エレジーナとエクトーブ、電撃怪獣が二体もタイムズスクエアにいて、『アメイジングスパイダーマン2』のvsエレクトロの再現をしようとかイカしたセリフは言えないの?」


 メッセは懐から能面を取り出し、顔に被せてため息をついた。


「せっかくのお顔が台無しだぜ? ベェルゥ」


「ベルじゃない。それにこれは『美女と野獣』じゃない。メラァッ!」


 痛烈! 一閃! きれいにヒット! 先制のハイキックが決まっていくゥ! ビルビルビルと波を打つ巨漢の唇、飛び散る唾液……。iPhone、エクスペリア、アローズ、ギャラクシー、ありとあらゆるスマホが瞬いた。


「『野獣と野獣』よ。メラァッ!」


 先制のハイキックで敵が倒れなかったなら次のプランだ。もう片足も使ってハンマーの顔面に飛び移り、上半身のバネを余すことなく使った強烈な肘の落雷が脳天を穿つ!


「ドルメェ……?」


 怯む一人の巨漢、瞬く数千数万のフラッシュ、神経の伝達速度の限界0.11秒……。数字だけ挙げれば難しく見えても、プロ野球選手は時速160キロ以上の速度で向かってくる速球を一振りで仕留める。ならばメッセなら楽勝だ。アスリート以上の身体能力、反応速度、勘の鋭さと、スマホ以上に正確な演算能力を併せ持つ。あまぁーいチャンス、決定機!

 呼吸のタイミング、ハンマーの意識の切り替え、痛覚が激情に変わる一瞬。ここ!


「メラァッ!」


 ジャストタイミング! ナイスバッティング! 鼻っ柱目掛けて掌底撃ち! この攻撃が効くというエビデンスのあるタイミングでの乾坤一擲! 頭の内側へと衝撃が通い、ハンマーの脳が揺れてのけ反り、神経という導線が全身に痛みの電撃を走らせる!


「メメっと、メェラァッ!」


 ハリウッドや香港のどんなスタントマンでも再現出来ない軽業でふわりと飛び上がったメッセは鼻を抑えるハンマーの肩に飛び乗ってしっかりと踏み込み、全米ナンバーワン人気スポーツ、アメリカンフットボールのパントキックの要領で思い切りハンマーの顔面を蹴り上げた!

 強烈な一撃にたまらずダァウン! 鼻血を噴き出す不沈艦が沈む一瞬に再びメッセは踏み込んで片足で跳びあがり、ヒゲのクッションにピンポイントで強烈なダイビングフットスタンプを叩き込んだ!


「……」


 “痛み”は十分だろう。激烈に痛いハイキック、エルボー、掌底、パントキック、ダイビングフットスタンプ。だが“ダメージ”が入っているかと言えば微妙だ。勘が告げている。この程度でくたばる相手ではない、と。理性より先の本能が働いた。メッセは慎重すぎる程慎重に距離を取り、その反射的な行動の裏付けをとるべく五感で狂おしく情報を求めた。


「フッフッフ……。ハァーハッハッハ!」


 ブッ倒れたハンマーは膨れたお腹をボッコンボッコンと膨らませては縮ませ、膨らませては縮ませ。血で真っ赤に染まったヒゲに包まれた口から、ププッとスイカの種を吐くように歯を吐き出した。


「死んでろ! ブタ野郎!」


 メッセの細く白く、黒のネイルで彩られた人差し指と中指から一直線の電撃が発射され、それに電力を誘われ周囲の照明や看板が一時的に消灯する。しかし、オーディエンスのスマホのフラッシュは骨まで透けて痙攣する粗暴で下品なカウボーイを照らし出し、新必殺技を見事に決めた能面の美女を喝采する。

 “エレジーナ電磁流:Part Deux”! 舌の先端から出す従来の電磁流は舌を噛む危険性が高いというシンプルな欠陥技! そのリスクは現在も残る舌の縫合痕と事あるごとに口内炎が発生する舌で実証済み!

 そして、厚顔無恥に「アブソリュートに味方する正義の怪獣」を名乗るなら、戦闘種族アブソリュート人に戦闘力で格段に劣るエレジーナは、その厚い面の皮を彩る化粧はやはり強さであるべきだ。などとメッセは思ってはいない!

 贖罪……。宇宙中で無秩序に快楽と暴力を貪った過去を全否定はしない。あの時間が自分を作った。悔いる部分はあっても、レイ、バース、マートン、オーから得たものを清算して消すつもりはない。それでも自分の行為の原動力は贖罪であると感じる。過去の上書きではなく、奇麗な続編を描こう。レイはそうしている。ならばレイに味方し、レイの偉容から学んできた自分は、贖罪と忠誠心で戦おう。

 そしてフジ、鼎、メロン、狐燐、イツキといった守るべき存在。フジも狐燐もメロンもイツキもメッセより戦力は上かもしれないが、それでもメッセは守りたい。

 守る。奥の深い言葉だ。脅威からの盾になる、というだけの言葉ではない。自分の経験を他者に同期し、糧にさせること。知識でもなんでもいい。分かち合うこと。……彼らを助けられる。自分はそれも出来ないような出がらしではない。仲間、フレンド、ファミリーと馴れ合うつもりはなくても、自分が親しみを抱いている人間のためにもっと自分は貢献出来る。もっと成長すればもっと……。

 強さはその化粧の一部でしかない。

 この厚顔無恥な性格が、悪名高き宇宙のチンピラのキレイどころを、あのアブソリュート・ジェイドすら全幅の信頼を寄せる司令塔へと成長させた!

 このエレジーナは、どこまでもアブソリュートに迫ろうと成長をやめないし、種族の差に絶望を覚えもしない。戦闘力、頭脳、メンタル、チームワーク、コーチング、情報収集と処理、ありとあらゆるアプローチでアブソリュートに迫ってくる。そしてこれだけ厚化粧でも元の美しい顔に勝るものはない。


「さぁ、立ちなさいブタ野郎。もう少し遊んでやるわ」


 このままではダメージが足りない可能性がある。メッセの中に選択肢は二つ。一つは怪獣化だ。攻撃力とスピードは大きく上昇するが、体重が極端に減る。二十キロ台まで落ち、それに比例して耐久力も下がる。まだハンマーの攻撃を見ていない。素のままで避けられるならば、一か八かの怪獣化はまだ切らなくてもいいカードだ。


「ハァー……」


 ハンマーは視界の四方から伸びる摩天楼を眺めながら少し考え事をしていた。

 エレジーナとエクトーブは同じ電撃怪獣のカテゴリ、メッセの攻撃は鋭いが電撃のダメージはさほど自分に入っていない。だが格闘の鋭さは事前の情報以上だ。こいつもパワーアップしている。無論、家畜のエレジーナと高度な文明を持つエクトーブだ。格の上では勝てる相手ではあるが……。


「社畜だったぜ、そういや俺は」


 家畜を相手にする社畜は鬼畜がアメリカに渡ったことを思い出していた。そういえば自分の情報を、アメリカは知っている。

 アメリカで怪獣が暴れた場合、ヒジリ製菓は威力部門の怪獣を派遣し、アメリカと共闘する。一企業が米軍と密約を交わすなど……。馬鹿げた話だが、鬼畜のスターバックスがその気になればアメリカに毎年無条件で百億ドルをヒジリ製菓に寄付させることだって出来るだろう。


「おいメッセ。お前の一番好きな映画は?」


「『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』」


「俺は『トップガン』だ。会いたかったぜ、“マーヴェリック”。ドルマッ!」


 何かが来る……。何かを起こす気。……悪意。メッセは敏感な感性の持ち主だ。相手の感情が大きく揺れた時には僅かに心を読める。この下品なブタは、何かを企んでいるが、自分で動く気はなく何かを待っている。ここは勝負を決めた方がよさそうだ。


「死に晒せ!」


 メッセは腕をクロスさせ、周囲から電気を集めて収束させる。倒れるハンマーの顔が人工的な光ではなく超常の光に照らされた。その光を着地点に、空からゆっくりと光の柱が降り、徐々に速度を上げる。これぞ! 今のメッセの最大火力! その名も!


「ピープルズ・E!」


「ドルマァッ!」


 札幌での戦いでは巨大化、変電所と雷雲からの電気強奪によって翌日の朝刊の一面を飾る天変地異クラスの超火力を叩き出したピープルズ・Eだが、今回は電気の絶対量、人間態であるメッセの状態、チャージ時間の不足により、通常の落雷よりも少し強い程度の威力しか発揮出来なかった。それでも、電撃に耐性のない怪獣……例えばツルギショウならKO出来たはずだった。

 しかし目の前のエクトーブは! 髪を逆立たせて天を衝き、避雷針としてピープルズ・Eを呼び込んだ! その髪の長さは本来のハンマーのそれを超えている。落雷を受けたハンマーの皮膚は青みを帯びてさらに腹が膨れ上がり、メッセが見上げる高さへと巨大化している。これはもう映画の撮影ではない! ニューヨーカーたちはインカメラでSNS用の自撮りしながら後方の怪獣を確認しつつ避難を開始した。


「ハァーハッハッハァ!」


「怪獣化か。しかもセラトーブになっている」


 メッセは能面の奥で考える。

 ゾーキング博士の密告によって、寿ユキ一派にはマーヴェリックの存在が伝えられている。自分も巨大化と怪獣化すれば、それが来る可能性は高いだろう。だが鬼畜のスターバックスがそれを知らぬはずはない。

 メッセの推理ではこうだ。鬼畜のスターバックスの暗躍により、ヒジリ製菓は米軍の最新兵器マーヴェリックの存在を知った。それでもハンマーが巨大化するということは、米軍はハンマーを攻撃しないということだ。それも多分スタバの仕業だ。

 その根拠がある。

 メッセがまだベローチェの正体がイツキだと知る前。イツキはマインの聖遺物を回収して回っていたが、情報に齟齬があった。

 ゾーキング博士は、米軍保管のマインの遺灰がベローチェに盗まれたとユキに告げたが、イツキは米軍保管のマインの遺灰は盗んでいないと主張した。そもそもイツキのポータルでは、日本からアメリカまで行くことは不可能だ。

 ならば答えは一つ。嫌がらせ大好き因幡飛兎身が、米軍保管のマインの遺灰を盗んでベローチェのサイン入りカードを残した。そして米軍には、「ベローチェに盗まれた分のマインの遺灰はヒジリ製菓が補填する」と言って交渉の材料にしたが、実際にヒジリ製菓から米軍に渡されたのはスタバ本人が盗んだマインの遺灰。さもヒジリ製菓が秘蔵のお宝を出したように恩に着せて。


「仕掛けるか」


 メッセが角砂糖を五つ噛み砕いて糖分補給し、トレンチコートを翻すと、筋肉と内蔵の存在すら疑わしいガリガリの体に乳白色の肌、背中に流れるわたあめのようなふわふわの頭髪。


「怪獣化か! 珍しいエレジーナだな! エレジーナってそんなにガリガリだったか!? 蚊が刺しただけで全部血ィ抜かれて死にそうだぜ!?」


「ガリガリなのはわたし、メッセンジャーという個体の特徴よ。そして、まだこれが出来るエレジーナはいない……。メッセンジャーという個体だけの特徴のはずよ」


 電気のスイッチを切るようにメッセも四十一メートルにまで巨大化し、摩天楼の住人たちは十階程までは窓ガラス越しに至近距離でメッセを目撃出来た。その巨大化の速さはハンマーの反応が物語っている。下品なブタはまだ下を見ている。そして徐々に目の前の敵を見上げた。

 足は黒タイツのように黒一色。上半身の色は乳白色から輝くような白銀へ、能面のこめかみから伸びるらせん状の角は青く変色し、髪は赤みを帯びて淡いピンクとなり、フィラメントが透ける豆電球がいくつも混じっている。

 ハンマーはガリガリのエレジーナを見たことがなかったが、皮膚や角の色が変わり、髪に異物が混じるエレジーナなど前例が全くない! マインだって見たことがないはずだ!


「なんだそりゃ……」


MESSENGER(メッセンジャー): RAMPAGE(ランペイジ)!」


 髪に混じったいくつもの豆電球が一斉に点灯し、ハンマーの目を眩ませた。荒々しいのに神々しい、異形なのに美しい……。


「メガァッ!」


 イッツゴォーンヌッ! 力任せのローリングソバットで巨体の雷傑怪獣は建物を後頭部で削りながら数ブロック吹き飛ばされ、瓦礫にまみれながらロックフェラーセンターを見上げた。


「ドメメメ……。強化形態なんてエレジーナ如きに許された領域超えてんぞ……。ありえねぇ」


「メガァッ!」


 次の瞬間、空を一直線の電気が横切り、ハンマーの後退で壊れかけていた摩天楼にとどめを刺した。嫌になったハンマーがため息をつき終わる頃には、雷傑怪獣は壊れたビルで生き埋めになっていた。


「ハァッハァ! マジでこりゃあ『野獣と野獣』だったなァ、ベェルゥ。いや、メッセンジャー!」

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