第52話 欠
「よっと」
相手のタフネスを計算し、速攻を諦めて冷静沈着に相手を見極め、消耗を抑えつつ持久戦を仕掛けるという顕真の作戦は功を奏し、着実に牛頭を削る。腱を断ち、筋肉には刺突でダメージを与えて今の牛頭は回避や防御にすら激痛を覚える。既に勝敗は決していた。両足の腱を切って足を崩し、降りてきた顔面に飛び膝蹴り! 激痛に身を屈めたその背中に乗り、度重なる斬撃で傷が増えている分、刃の通りがよくなったうなじに刀を突き刺して延髄ギリギリでストップ。生殺与奪の権を握ったまま、即席の相棒の戦況を見守る。
「セエ……?」
「……」
ハッキリ言ってフジの旗色は悪い。回避や防御は通用するものの、打撃は通らず、辛うじてΔスパークアローが刺さる程度。それでも筋肉の鎧に止められ、致命傷には至らない。フジも意地になってしまう。Δスパークアローとカミノフル以外の攻撃が使い物にならないようでは今後困るのだ。それでもΔで射抜いたのは馬頭の上腕。拳打一辺倒の馬頭である。無視出来ぬ筋肉の損傷で威力の落ちた攻撃なら流すのも容易だ。つまり、フジは馬頭に勝てる。Δスパークアロー及びカミノフルで太ももなど大きな血管を狙い、失血死まで守り続ければ勝てる。だがそれでいいのか?
欠。何が欠けている? あんなに可愛がってくれたのに、何故父は自分に欠と名付けた? 自問自答がフジの戦闘回路に雑念となって混じる。
「ブッフォン!」
「セッ!」
……。
顕真はあと少し力を込めれば牛頭を殺害出来る。その顕真は見定めるように、或いはコーチングするかのような眼差しだ。お節介と下心、そういったものを見抜くのは得意なフジである。真剣にフジの悩みを解決してやろうとも考えているし、点数を稼いでジェイドとの復縁に前進したいとも考えている。そんなところだろう。
そんなことを考えている時点で、既にフジは雑念に呑まれている。
「タイムとるか?」
「タイムだァ!?」
「俺が馬頭を抑止する。その間にお前と話したいことがある」
「今話せ」
「大丈夫なのか?」
「守るだけなら『あらびき団』観ながらでも出来らぁ」
「わかった。お前、武器は使わないのか? 何かこだわりが? レイが肉弾にこだわっているのはわかるが、お前はユキの弟でミリオンの息子だ。武器に適性のあるタイプのアブソリュートマンのはず」
「それが向いてねぇんだなぁ。槍……。一応、槍を自分の武器としたかったが、それすら向いてねぇ。バースに勝った時ぐれぇだ、槍でどうにか出来たのは」
「バースに勝てるなら十分だろう」
「あの時は神器があった。純粋な槍のウデマエじゃお前のところのパパ活親父すら倒せねぇ」
「ならば剣は?」
馬頭のパンチを受け流し、その勢いを反転させた回し蹴りを顔面に! 体が軽い。コンディションは悪くないのに、やはり馬頭にはさほどダメージはない。馬頭の方も失血死によるタイムオーバーを恐れず、痛んだ筋肉でのKO狙いでゆっくりと戦いを組み立てているようだ。
「剣はダメだ」
「向いてないのか?」
「いや。お前の言った通りなんだよ。姉貴は剣の超達人。親父は剣と言えば、の最強の剣豪だ。その俺が剣を使い、負けるということの意味が分かるか?」
剣技に優れているはずの家系の恥晒し。そして自分だけ剣の才能ナシ。顕真のリサーチ不足だが、ここ最近の頑馬はディレクト化した神器の剣を使用しており、それも大きな選択肢としてレイを支えている。恥晒し、落ちこぼれ。それがくっきり目立ってしまう。
“アブソリュートミリオン2nd”の称号を背負い、アブソリュートブレイドを手に取った絶対に負けられない勝負でフジはあっという間に沈花に敗れた。これ以上“アブソリュートミリオン”の名を汚せない。
だがあの思慮深き、愛深き父が、欠けているのは自分から受け継がれなかった剣の才だなんて傲慢で具体的なことを言うはずがない。欠けているのはもっと抽象的なもので、フジ自身にそれを模索しろという課題がこの名前だ。
「……。俺の所感を述べる。木楠との戦いを見た。そして俺が知っているお前の戦い方。決して悪いものではない。無論、弱くもない。機知、機転、そしてユーモアが転じた容赦なき攻撃性。これらはお前が強化形態に入らずとも手にしており、十分武器として信頼に足るものだ」
「邪道だな。アブソリュートマンの戦い方じゃねぇよ」
「それは、お前の嫌っている燈の考え方だ」
「んだぁ?」
「お前は戦う燈を知らないだろうが、お前の知っている情報から逆算してみろ。燈が弱いと思えるか?」
瞬き以上の速度で開閉されるポータル。マイン以上の練度、精度、強度のポータルを扱う人物をフジは知らない。条件付きでジェイドを殺害寸前まで追いやる爆発……鬼火の力。その威力はデラシネを上回る。それを自在に操れるとしたら脅威という他ない。加えて千里眼、治癒。Aトリガー製作、Bトリガー製作、テアトル・Qの手を経てCトリガーとなったフォックスゲートの製作、アブソリュートマン:XYZの蘇生。トーチランドの若者たちのポテンシャルはピンキリだったが、エースの因幡飛兎身は当時から強敵だった。
ポータルによる機動力! 鬼火による攻撃力! 多彩な超能力! オーパーツを量産する科学力! 今なお脅威の因幡飛兎身、今となっては大きな希望の犬養樹を育てた育成力!
ウラオビたちが言っていた通りだ。理想と性格さえマトモならレジェンドクラスのアブソリュートマンになっていただろう。
「ちなみに俺は燈に完封されたことがある。今なら勝てるかもしれないが……。燈の理想のアブソリュートマンの具体例を挙げてみろ」
「初代アブソリュートマン」
「初代アブソリュートマンの強みはバランスの良さとされているが、実際はフィジカルだ。フィジカル一点突破が可能なスペックに超能力を加えたのが、バランス型と称される現在の初代アブソリュートマン」
「何が言いたい?」
「お前も燈も、強いアブソリュートマンとはその身一つ、或いは武器一つで攻撃的に戦い抜くものだという理想がある。言い換えれば、何もないリングに自分と敵を放り込んでフィジカルで圧倒するストロングスタイル。臨機応変とは程遠い、ある意味で頭を使わない戦い方だ。だからあれ程の超能力を有しながら、燈は自分を最弱のアブソリュート人だと言っていた」
「……」
「俺は燈の考えが全てだとは思わない」
「……。それでも……。剣は使えねぇ」
「ならばお前はお前の武器を使え。嫌悪している人間の思い通りになんかならない、賛同しない、ということは、その武器を使うモチベーションにならないか? なるだろう。今は、それでいい。お前がストロングスタイルのアブソリュートマンを目指すのなら、今はまだ無理だということだ。だがせっかく武器があるのに理想と乖離があるからと持ち腐れると、いつか燈のように性根も腐る」
「う、う、うっせぇハゲダコ! この……。マインの次は姉貴ってお前ロリコンだろ」
「なんだと!?」
「めちゃくちゃムカついたから、八つ当たりでこの馬は殺す」
欠。何かが欠けているからこの名前。その欠けている何かを持っていると感じたのは、姉でも兄でも父でもなかった。都築カイであり、碧沈花だ。
「セッ」
左手をドットサイトに右手のエイムを定め、超自然の落雷がフジに落ちて稲妻を纏った強化形態へと移行する。その三秒後!
「ブッファアアエエエエエ!?」
半透明の槍が馬頭の胸に突き刺さり、胸筋を裂いて胸骨にヒビを入れる。その奥の心臓と肺こそ無事だったが、フジの最大火力カミノフルは数メートル程馬頭の蹄で轍を刻み、その後浮き上がった体が、てっぺんに鼎の立つ葉が刃で出来た樹木……刀葉樹の幹に叩き付けられ、上半身に刃の葉が突き刺さる。腕や肩、脇腹には葉が貫通しており、血が溢れ出て確かなダメージとしてフジに認識される。
「ヒモはいねぇか? 間違った、ヒモはねぇか、だ。よっと」
フジは亡者を縛っていた荒縄を強奪し、カウボーイの如く振り回した後に馬頭が突き刺さっているのとは別の刀葉樹に視線を滑らせ、そして縄を投げた。
「“名前は三葉”!」
刀葉樹の頂上をロープでホールド、葉の切れ味からはバリアーのコーティングが守ってくれる。その刀葉樹の幹に一度Δスパークアローを撃ちこんでグラつかせ、そしてそのロープのフジ側をバリアーの槍に固定し、再び強化形態へ!
「今度こそ死ねっコラァーッ!」
バキッ! Δスパークアローで幹が損傷していた刀葉樹はカミノフルの勢いでへし折れ、既に背中が串刺しになっている馬頭の前面に倒れ込み、質量と刃の葉で馬頭は断末魔を上げた。とどめに雷を落とし、刃の葉で電撃が伝い体の隅々まで焼き尽くした。
「出来るじゃないか」
「いや……。めっちゃ疲れた。しばらく休みてぇ……」
……。カケル。鼎は一度も、フジのことをそう呼んだことがなかった。照れ隠しじゃなくて名前の由来を知っているからだと信じたい。