第49話 コリンダダダ
「龍脈?」
「聞いたことない? 地球を一つの生物ということにする。それを走る血管や神経に例えられるものが龍脈や。『ファイナルファンタジー7』のライフストリームみたいなもんなや」
就活は一時停止。ナカムラは前キャプテンヨシダの残した膨大なオカルト書籍とそのアウトプットのアーカイブを検めた。“超常現象研究会”のブログにアップされたもの、そうではないヨシダが趣味でまとめたもの。それでもヨシダが四年間で書いたものは鼎への想いを綴ったもの以外は全て、会員に閲覧する権利がある。そして、ナカムラにはそれを鼎のために役立てる義務がある。
「破壊神GOD……」
鼎は呟き、ナカムラは眉をひそめた。そういえば鼎は昨年の春、急にアブソリュートミリオンの勉強を始めて破壊神GODについて調べていたこともあった。思えばあの頃から鼎とフジは……。
「GODはその生物としての地球を守る存在だとして、それが実際に出現したことは望月さんも知ってるやろ? それでもまだ信じられん?」
「信じるよ」
「それからタツもようわかっとるやろうけど……。東京が首都としてこれだけ繁栄してるのはその龍脈を上手く利用している……。つまりカンフーで言う経絡秘孔、出口である経絡秘孔が東京近辺に集中しているからだというのがヨシダさんの意見や。そんで、こんなドアホウ大学生でも気付くことにアブソリュート・マインが気付かないはずなくないか?」
「例のアカウントでもリークされていたけど、マインは横浜にポータルゲートを作ったんだってね。……横浜もずっと栄えているし、東京に近いね」
「俺は横浜にも経絡秘孔があると考えてる。マインはその横浜の経絡秘孔から溢れるエネルギーをポータルゲートの動力にしていた。地球がなくならない限り尽きない動力や。マインが死んでも動かせる」
「……」
鼎は希望を口にしない。口にすればついでに口が滑り、顔も綻ぶような気がしたからだ。
「でも肝心のマインが死んで、不完全に動かされたポータルゲートが失敗したというのなら、アブソリュート・アッシュは地球を巡る龍脈の中に取り込まれた可能性がある。アッシュが消えた横浜が注射を打たれた地点で、その龍脈の心臓部分が東京なのだとしたら……。横浜から東京の道中にアッシュが転がっとる可能性もある。北の大空洞でライフストリームに落ちたクラウドが出てきたみたいに」
「……横浜でアッシュが落ちた血管が、静脈だといいね。それなら東京まで一直線だけど、動脈だったら世界旅行だよ」
「フッ、俺の卒業旅行にちょうどええな」
「横浜に向かおう。今すぐにでも。アッシュを見つけたら……。またフォーラムで表彰されちゃうね。ヨシダさんみたいに。タツくんも横浜行きたいでしょう? 中華街あるし」
……。鼎と横浜だって? それだけでナカムラの卒業旅行には十分だ。一生記憶に残る。……。この希望をちらつかせたのは自分だ。鼎はその目先の希望でこの変わりよう。
そう。やはり、もう姫の望月鼎はアブソリュート・アッシュの恋人なのだ。
〇
「世界堂に行きたいなぁ」
狐燐にとってあそこはテーマパークだった。仕事に不可欠な道具もあれば、いずれ役立ちそうなもの、見ているだけで想像が膨らむ各種文具があそこにはあった。むしろあそこに行きたいがために、マンガ家時代の狐燐はアナログ作画にこだわっていた。それに効率を求めると、自分が嫌悪している、効率と統率の追求の末に個性が消え失せ、芸術の概念を失ってしまった一般的なアデアデ星人になってしまう気がした。
そんな狐燐がいるのはつくばの研究施設。効率と統率こそが絶対の場だ。
「……」
ジェイドはお役所仕事も最強らしい。あっという間にこの施設と話をつけ、狐燐をポータルゲートのガードマンにつけた。ポータル使いの因幡飛兎身が攻めて来るならポータル使いで対応するしかない。それでもジェイドが行かないのは、ジェイドはつくばのポータルゲートがマインの遺灰を転用して作られている、という知られたくない事実を黙認するためだ。トーチランドのアドレスを教えるところまではごまかされているふりが出来ても、ジェイドがその場に行けば気付かないはずがなく指摘せざるを得ない。かといっていつ攻めて来るかわからないヒトミのために、マインの聖遺物回収という大任を背負ったイツキをあの場に留めさせることは出来ない。要するに狐燐はいざヒトミが攻めてきた際のイツキへの繋ぎ役だ。
「……」
忙しい研究員たちは何も気にしない。狐燐はスマホで最新文具のカタログを眺めた後、スケッチブックにお気に入りのマンガ『エンジェルNo.9』のメンバーをそれぞれ描き、着色した。画力はまだ鈍っていない。
「ちょっと待て。ベローチェはこれをなんて?」
『エンジェルNo.9』は昭和のマンガ家、島村章の未完のレジェンドコミック。つい最近になって晩年に描かれた痛々しい筆致の完結編が発見された。その出版記念パーティでベローチェは初お披露目し、その生原稿に……。
「あれがメタ・マインの設計図の一部だと?」
狐燐の言う通りだ。ベローチェはその理由で生原稿を盗もうとした。しかし結局メッセ探偵事務所の抑止により原稿は無事K社に……。狐燐はスマホを机から拾い上げた。
「忙しいんだ。相手はしていられない」
「……。はは」
狐燐についていた分身メロンがアクティブになった。ポータル反応だ。
星、泡、リボン、音符、ハートマーク。マジカルな模様に縁どられたポータルから現れたのは、虚弱かつ貧弱な狐燐とは正反対のフィジカルエリート。ジェイドがテアトル・Qで唯一欲しいと感じた凸・楓・リーバイスの登場だ。既にイエローソーサラーへの変身は済んでいる。臨戦態勢だ。
「同じようなシチュエーションで笑った子を知っている」
狐燐は椅子から立ち上がって両手を肩の高さまで上げ、掌を上に向ける。降参のお手上げではない。むしろ逆だ。
「それでもわたしは君を否定しないよ凸・楓・リーバイス。わたしはあの子を……。あの子が死んだ今、あの子を神格化している。だからといって同じことをした人間に対しお前は神じゃないと否定するのは的外れで、客観的に滑稽だ。無論、あの子と同じだからすごいなんて肯定する気もない。そういった処理が出来ず、未だにあの子のせいで苦しむ子もいる。でもわたしは……。大人だから、言葉をここまで吐けば気が済む。……忙しいから相手をしている暇はない、か。ジェイドも頑馬隊長もメッセ所長も、そんなことは言わなかったね」
膨らむイメージ! 狐燐の脳内に、凸・楓・リーバイスへの勝利のネームが描かれ始める。相手はメッセとの捨て身の連携でなんとか一時撤退させた相手。しかも意図せぬミストレブル出現によって拾った仮初の勝利だ。今度はメッセ抜き、ミストレブルという不確定要素の邪魔者抜き、そして以前の楓にはなかったクリプトがある。
「友情、努力、勝利。オッケ。わたしが君に勝ったら、仲間になってもらう。というか協力してもらう」
「期限と条件は?」
「勝ってから決める。ヘイ、メロン副所長。ちょっくら急用なんで、つくばの見張りはベローチェに交代でお願いします」
ペリっと薄いプラスチックが翻るような音でカケアミ、ベタフラッシュ、61番のトーンなどマンガ家の技術に装飾されたポータルが開き、野暮ったい服装の元天才マンガ家と白皙の美貌の魔法少女が転送される。
「……ランダムのはずなのになぁ?」
潮のかおり。喧騒。赤、金、緑。狐燐がランダムに開いたはずのポータルは横浜に繋がった。やはり横浜には何かある。福岡でフジとバースが対峙した時、ジェイドが咄嗟に転送したのはジェイドリウム内に再現された横浜だったと聞く。ジェイドは碧沈花との決戦の場に横浜を選んだ。そして横浜地下ポータルゲート。ポータルは、いや、ポータル使いは横浜に呼ばれるのだろうか?
「……マジかよおい」
急に転送されてきた狐燐を見て硬直する人物がいる。望月鼎、ナカムラ・ロトを始めとする“超常現象研究会”のメンバーだ。ポータル使いの存在はこの一年で世間にも常識として広く認知されている。“超常現象研究会”のメンバーの驚きは初めてそのポータルが展開される瞬間を目撃したこと、それも転送されてきたのが顔出しもしている天才マンガ家だったというショックだろうが、鼎とナカムラの場合はまた異なる。この二人は昨年の冬にイタミ社に古文書“三香金笛抄”についてインタビューに行ったため狐燐と面識がある。鼎に至ってはしばらくバイトをしていた。鼎はもっとディープに彼女を知っている。その狐燐はイタミ社崩壊後はメッセ、メロンと探偵稼業に身を投じ、荒事に関わっていること、そして今は! フジ救出を最優先に動いているはず!
鼎の脳内に希望も絶望もちらつく。狐燐が横浜にいるということはフジの手がかりはやはり横浜? そして本来穏やかな狐燐の目に火が燈り、ド派手な人物と対峙しているということは荒事……。フジ救出の邪魔をする敵だ。
「……逃げろ鼎ちゃん!」
狐燐は一瞬にして判断を下した。かつてのバイト先の上司だから面識があることは自然、それに狐燐はウラオビ失脚後にも『エンジェルNo.9 転生編』の出版記念パーティでVIP待遇され、無罪であることが世間に認識されているのでそれもクリアだ。それでも狐燐の心は痛む。自分の出現でちらついた鼎の希望も絶望も容易に察せられる。
「虎威さん」
「忠告は一度。始まるよ」
狐燐は一切の筋肉の存在が感じられない左腕……。「だって怪獣だから」で納得出来るメッセ怪獣態のそれとは異なる、不安になる細さの左腕の肘を直角に曲げ、上腕と地面と水平に、前腕を地面と垂直に構えて骨の浮いた手首と血管の浮いた手の甲を楓に見せつける。マッチョがやれば上腕二頭筋の力こぶをアピール出来るポーズだが……。
「どうせこの前のままじゃ勝てないんだ。試してみるか、ニューウェポン! ステーショナリアクター、タイプ3!」
バトル漫画の主人公めいて声高に宣言すると狐燐の左前腕を半透明で細長い立方体が覆う。楓もそういうのは嫌いじゃない。変身、パワーアップ、タイプチェンジ。楓がそうなったのもこの横浜だ。狐燐の新形態お披露目を邪魔せず、笑みを浮かべて待つ。
狐燐の左腕を覆う立方体の形状が安定し、色が濃くなってきた。手の甲側と掌側はピンクに塗装され、中心部分は銀色の金属だ。その金属部分がワニの顎のように上下にパカッと開き、芯になっている狐燐の指と連動してジャキっと閉まる。そして左右対照に両端が折れた針金が排出された。
「ステープラーアーマー! アクティブ!」
パカパカ、ジャキジャキ、バツンバツン。狐燐の言う通り、彼女の左手を覆い、開閉するのは巨大なステープラーだ。狐燐は幾分時間のかかった新装備の換装を待ってくれた、意外に粋なカワイコちゃんの魔法少女の期待に応えるため、粋にステープラーアーマーの先端を楓に向けてポーズをとった。
「変わったものだ、この虎威狐燐も。かつてない程、強さを必要としている。自分のアイデンティティの変化に驚きすら覚える。……この間カチ割った頭の傷。大丈夫かい?」
「おかげさまで」
「よかった」
「敵同士なのに?」
「いや、あれだけ見事に割れた頭をスッキリ治せるんだ。前も言ったよね? その可愛いお顔、急所だから狙うって。後でスッキリ治しなぁ!」
ジャキッ。狐燐の手首の操作でステープラーアーマーの針の射出口の角度が変わる。そして二人のオタクの戦いは、まずはステープラーアーマーによるマシンガンじみたステープル弾の連射で幕を開けた!